──涙を見せる彼女を前にして、上田はどうするべきか迷っていた。
「エイエイ怒ったぁあぁあああッ!?!?」
「「「怒ってないよぉぉぉおおおおおッ!!!!」」」
閉めた窓ガラスを貫通する部活動の掛け声に耐えかね、カーテンまで閉める。
陽の光を遮断した為、電灯の無機質な光が際立つ。
「えー……あ、これ使ってください」
自分の講演会の宣伝紙が入ったポケットティッシュを渡そうとする。
しかし礼奈はそれを断り、自分の持っていたポケットティッシュで涙を拭く。広告紙には「園崎珈琲店」の案内が入ってあった。
断られた上田はとりあえず、自分のティッシュで眼鏡を拭く。
「それで……あー……雛見沢村の、祟りの真相と言うのは?」
竜宮礼奈は、まだ微かに潤んだ目を向けて言い放つ。
「寄生虫です」
「なにか制限かかっているんですか?」
「『規制中』ではなくて、寄生虫です。あの、カタツムリに寄生するやつが有名で」
「やめなさいッ!……あの画像見て、数日間森に入れなくなったんですから……」
しかし祟りの真相が寄生虫と聞き、上田は心の鼻で笑った。
祟りや呪いは何かしらの科学的理由があると謳っている上田だが、寄生虫なんてものはまだ科学寄りだがSFの話題。
確かにサイエンスだが、フィクション。つまり、現実的ではない。
「つまり、竜宮さんが仰りたいのは……村の人は、寄生虫によって死んだと?」
「はい……」
「……そもそも、なんで寄生虫なんですか?」
なんとか理解に至ろうと努力するが、無理だった。
礼奈はさも、当たり前のように主張する。
「私は一度、寄生虫だとかは嘘だと思っていました……でも、あの時の圭一くんの……」
「ビーフオアチキぃいぃいいいンんッ!!!!」
廊下の方から、部活の掛け声。
どういう訳か廊下でマラソンをしているようだ。
「……ええと、すみません。誰ですって?」
「……とにかく、寄生虫が人を狂わせるんです!」
彼女は持ってきたカバンを開き、そこから数枚の新聞紙を取り出した。
『家族惨殺。娘による凶行』
『真昼の通り魔殺人。犯人は雛見沢村出身者』
『夫を殺害。金銭トラブルか』
『ダイヤモンドは止められない』
『憧れは砕けない』
上田はその内の、二枚だけ取る。
「……第4部とメイドインアビスが逆になっている」
「それは今日の新聞です」
礼奈に没収され、仕方なく他の新聞を見やる。
全て、平成以前の古い新聞ばかりだ。
そしてそのどれもが、殺人だとか自殺だとか、物騒な事件が一面を飾っている。
「…………」
上田はその全てに目を通し、顔を顰めた。
事件の犯人には、喧しいほどに「雛見沢村出身者」が貼り付けられていた。
「これは全て、大手の新聞社が出した、当時の本物の新聞です……村の出身者が、相次いで凶行に及んでいるんです」
新聞の年代を見る。全て、彼女が言った雛見沢大災害以後のものだった。
「村が滅んでからみんな、連鎖的におかしくなっているんです」
「…………」
「村で何かがあって、寄生虫に操られ……滅んで」
「……待ってください」
上田は眉間を押さえながら、礼奈の発言を止めた。
「これはたまたま、雛見沢村の出身者が起こした事件を、纏めただけですよね? 新聞の数も多いとは言えない……そりゃ、限定してピックアップしたものばかりを並べれば、『雛見沢村出身者ばかり』ですよ」
「でも村の崩壊の後すぐ、同じ場所の出身者が事件を起こすなんて、偶然とは思えません!」
「一部の出身者が自分の故郷が無くなったことで、心神喪失に陥っただけでは? そこから寄生虫に結びつけるなんて、あまりに論理が飛躍し過ぎですよ! はっはっはっ!」
論理的に考えれば、原因はあっさりだった。
「私も忙しい身ですから、あまり信憑性に欠ける事は調査出来ませんねぇ」
なにか高価な物を持って来るなら別だが、と心の中で冗談を飛ばす。
礼奈は打ちのめされたように俯き、暫し押し黙る。
彼女の姿を見て、言い過ぎたかなと罪悪感の芽生えた上田は、コーヒーを淹れてやろうと立ち上がる。
「コーヒーでも飲みませんか! 私は、豆から拘るタイプでして! これは友人から貰った、本場ブラジルの豆で」
コーヒー豆の入った袋を取り出し、礼奈に見せつけようと振り返る。
目の前には、いつの間にか迫っていた礼奈の顔。
「ヒュッ……!?」
動揺している隙に、礼奈は豆をひったくる。
上田が呆然と見ている前で、袋から豆を片手で何度も丁寧に掬い、ときおり揺らしたりしながら眺める。彼女の目は、真剣だった。
「…………だいぶ粗悪ですね」
「え?」
「欠点豆が多過ぎます。本場ブラジルの豆なら何でも良い訳ではありませんよ」
上田に豆の袋を返すと、礼奈はソファの方に戻り、またカバンから何かを取り出そうとする。
「ご友人さんは、あまり豆に頓着しない方のようですね」
「いえいえ……お言葉ですが、その友人のコーヒー好きは有名なんですよぉ?」
「なら買ったけれど駄目だった豆を譲られたか、ですね」
反論しようとしたが、思い当たる節があるので口を閉じた。
その友人は、二枚舌でも有名だったからだ。
「コーヒーミルがあるのでしたら作りますよ。こちらを飲まれます?」
カバンから出て来た物は、コーヒー豆の入った布袋。
「せっかく東京に来ましたので、お土産に買っていたんです」
袋を開き、中身の豆を上田に見せる。
自分の持っている豆とを比較。確かに礼奈の持っている豆の方が、傷付きが少なく、艶もある。
「コーヒーミルは?」
押しの強い礼奈に負け、上田は驚き顔のまま、コーヒーミルの場所を指差す。
大掛かりな物ではない、ハンディータイプの小さな物だ。
礼奈はコーヒーミルを出すと、テーブルの上に置く。そして自身の持って来た豆の、傷の入った欠点豆を取り除いて行く。
「お湯を沸かしますね。給湯室は?」
「あ、私が入れて来ます!」
させてばかりも気が引けるので、上田は給湯室まで走る。
「……俺が助手みてぇじゃねぇか!」
「ビーフッッ!!!!」
「!?」
廊下から上田に向かって、部員たちの掛け声が叫ばれる。
お湯を沸かして戻って来た頃には、豆挽きは済んでいた。
持参していたのか、コーヒーフィルターに粉状になった豆が乗せられている。
後はカップ上でゆっくり注ぎ、完成だ。
「計量器がないので、豆は私の目分量ですが……」
「い……いただきます」
カップを持ち上げた時に、「なんの話だったっけ」と忘れかけてしまった。
あまりに鮮やかにコーヒーを淹れてくれたので、ありがたく飲む。
「……美味い……!?」
ブラックのままだが、明らかに自分で淹れた物とは全く違う。
苦味の中に奥深さがある。ここのところ良い物ばかり食べ飲みしていて舌が肥えていた彼さえも、唸らせる。
「お気に召されたようで、よかったです」
「こんなの、初めてですよ! もしかして、プロの方ですか!?」
「喫茶店を経営していまして」
「道理でだ! あ、礼奈さんは飲まれないんです?」
「私は、ブラックが駄目でして……」
「あぁ……砂糖とか常備しときゃよかったな」
あまりに美味い為、上田はすぐに飲み下した。きっちり、お代わりもいただく。
「これなら何杯でもいけますよ!」
「飲み過ぎると身体に毒ですよ」
「そういや、なんの豆ですか?」
礼奈はにっこり笑いながら、袋に記載されている品名を見せつける。
それを見て、ギョッとした。
「……コピ・ルアック……!?」
「久しぶりに散財しました」
「え? ウソ? 世界一高いって有名な…………」
上田はカップの手を止めた。
同時に、「やられた」と目を細めた。
「流石は東京、何でもありますね」
「………………」
「この豆、なかなか見つからなかったもので、大変でした」
「……………………」
「もう半分くらい、挽いちゃいましたけど」
「…………………………」
確か、100グラムでも四千円すると聞く。
上田はそれを、二杯も頂いてしまった。
自分のあまり売れない本を全巻揃え、高価なコーヒー豆さえ差し出された。
これだけ貢がされたのだ。上田の断る意思を、完全に粉砕される。
「お代わり、飲まれます?」
「…………はい。いただきます」
コーヒーを淹れて貰いながら、チラリと礼奈の顔を見る。
彼女はなぜか、笑顔だ。
ただその笑顔は、とても悲しいものだった。
「寄生虫だって言うのには、理由がありまして」
芳しいコーヒーの香りを嗅いだ瞬間、上田は目を疑う。
目の前の礼奈が突然、子どもの頃のものに変貌したからだ。
しかも視界は、上下が逆さまになる。
「上田先生?」
研究室が、森の中になっていた。
混乱する彼は、自分を吊り下げていた縄を突然切られたかのように、ボトリと頭から落下する。
コーヒーの香りと、悲しい笑顔。
「ナナチッ!?!?」
彼は床に倒れ、その衝撃で目を覚ました。
そこは研究室でも森の中でもなく、古い掘っ建て小屋。
「……高いコーヒー飲まされたから引き受けたんだったな……策士め……こんな事、山田に言えないから隠していたが……しかしなんで俺がコーヒーミルとか持っていると知ってたんだ?」
身体を起こそうとするが、足と腕が動かない。
後ろ手に縛られている。足も、足首と太腿をガッチリ縛られており、少しも動けない。
「……ここは、どこだ?」
薄暗い小屋の中で、目を凝らす。
すると、後頭部に軽い衝撃。
「上田! 足が伸ばせないから退くのです!」
「……なに?」
顔の向きを変えると、また鼻に衝撃。
「イテェッ!!?」
「ボクの体操服姿をローアングルで見ようったって、そうはいかないのです!」
「お、お前、梨花か!?」
何とか体勢を整え、上半身を起こす。
そこには、上田と同じく縛られた梨花がいた。
いや、同じくではない。梨花に関しては胴体にも縄が巻かれ、床に突き刺さったパイプに繋がれている。
「……なんでお前も捕まってんだ」
「みぃ……上田を見つけて追っかけたら、トラップに嵌ったのです。にぱ〜☆」
「にぱーじゃねぇッ! けっ、使えねぇ!」
「ほいほい裏山行って情けない格好で捕まった上田に言われたくないのです」
「うるちゃい!!」
ここで口論をしている場合ではなかった。上田は気を取り直して、小屋を見渡した。
壁の所々に、虫食いとヒビ割れがある。
機密性は著しく低い。声をあげれば、ある程度遠くまで届くハズだ。
「おおーいッ!! 誰かぁああッ!!」
「無理なのです。目覚めてからずっと、ボクが叫んでいましたのですよ……みぃ。喉が痛い痛いのです……」
言われてみれば、梨花の声は少しガサガサだ。
「民家からかなり遠い場所なんだな……どこだここは……ん?」
小屋の中で、気になったものを見つけた。
それは作業用ヘルメット。ヘルメットの前面には、見覚えのある会社名が書かれていた。
「……確か、ダム工事の会社だったか……と言う事は、ここはダム建設現場に近いのか?」
「みぃ……なら納得なのです。建設現場から民家は遠い遠いのです」
「クソッ!!……一体、どうしちまったんだ竜宮レナ!」
やっと見つけたと思えば、まんまと嵌められた。
全く行動が読めない。彼女は、逃げたいのではなかったのか。
「……竜宮レナめ。あの注射器は見覚えがある……」
「ボクも見たことあるのですよ。沙都子が使っている物と同じなのです」
「と言うと、あの麻酔含めて、入江先生の所から掻っ払って来たんだろう……いつの間に」
本当にその通りだ。彼女は昨日の夜には、診療所に忍び込んだ事となる。
一体そこまで、なにが彼女を突き動かしているのか。
「今、何時くらいなのですか?」
小屋のヒビ割れから、斜陽がそそぐ。もう夕方に差し掛かるようだ。
「時間か? じゃあ、俺の腕時計を見ろ」
「いけすかない時計なのです」
「ここから解放されたら、まずお前にデコピンしてやるッ!」
「児童虐待で訴えるのです! ここから出たら法廷で会うのです!」
「いいから時間を見るんだ、見たいんだろ! 後ろ手に縛られているから、俺から見えん!」
時刻は、十八時手前を指している。
良く聞けば、ひぐらしが鳴き始めていた。
「六時なのですよ」
「十八時な?」
「わざわざ訂正いれるところに器の小ささが出ているのですよ」
「シャラップッ!!……じゃあ俺は、四時間くらい眠っていたのか……」
「ボクは上田よりも前に起きたのですよ。その頃にはレナはいなかったのです」
「……このまま放置とかじゃないよな」
「上田にはご褒美なのですか?」
「放置プレイは趣味じゃねぇッ!!」
何度かもがいてみるが、縄は外れない。
切る物はないかと小屋を探してみるがヘルメットと、立て掛けられたギター以外はもぬけの殻だ。
「あのギターはどうしたのです?」
「貰いもんだ……それよりもだ、まずは脱出方法だ。多少無理して、あの扉から出られないか?」
「向こう側から何かで押さえつけられているのですよ。ビクともしないのです……みぃ」
「男の力で蹴ればどうにかなるか……幸い、膝は縛られていないから動かせる……良し。俺が行く」
芋虫のように這い、唯一の出口である扉を目指す。
「死にかけの蛆虫みたいなのです」
「もっとお上品な喩えにしなさいッ!!」
「分かったのです……虫さんの赤ちゃんみたいなのです」
「ほぼ変わってねぇじゃねぇかッ!! お前を蹴るぞッ!!」
上半身を跳ねさせ、足を駆動させると、何とか動けた。
上田は必死に、レナが帰るよりも前に着くよう急ぐ。
「思いついたのです!」
「脱出の方法か!?」
「今の上田、ねずみ花火みたいなのです!」
「お上品な喩えの方か!? お前はなんでそんな、落ち着き払ってんだ!?」
「みぃ、心外なのです。これでも焦っているのですよ?」
「全くそうには見えんがな……」
夏の暑さも相まって、ひたいから汗が止め処なく流れる。
あと少しで出口だ。木屑だらけの服で、一心不乱に進む。
「上田」
「なんだ!? 少ししつこいぞ!」
「答えて」
お転婆な梨花らしからぬ、寒々とした声。
その声に驚いた上田は、思わず彼女の方を振り返る。
いつものまん丸な彼女の目は、凛とした、真剣なものとなっている。
一瞬、この少女は梨花なのかと疑ったほどだ。
「……り、梨花かお前?」
「他の誰でもない……だから上田、答えて」
「なな、なにが?」
「あなたは、ボクを救えますか?」
板の隙間、虫食いの隙間、ヒビの隙間から、斜陽が突き抜ける。暮色の紅が、梨花の顔を逆光で影に落とす。
それでも真っ直ぐとした、その目だけは輝いている……ようにも見えた。
「い、いきなり、なんだ……もしかして、二重人格の方でした?」
「性格が変わるくらい、長かったからよ」
「なにがだ」
「いいから早く答えて」
いつもと明らかに様子の違う梨花。
上田は戸惑いながらも、何とか言葉を選ぶ。
「なに言ってやがんだ、当然だろ。俺は天才物理学者だぞ?」
暗がりからでも、梨花の目が閉じた事が分かる。
呆れと、放念した様子がまじまじと見て取れた。
「……この事件とレナをどうにかしてくれたら……話すわ」
「話す? なにを?」
「それともう一つ」
「はい?」
梨花は息を吐く。
「レナはずっと、この小屋の前にいるのです。一回逃げようとしたから、こんなキツく縛られているのですよ〜」
バタンと、扉が開かれた。
情けなく這う上田を見下すのは、冷酷な目のレナだった。
「……OH SHIT」
上田の「どんと来い超常現象」を読んでいた、富竹。
「……上田教授、コーヒーは豆から拘るタイプなのか……僕もやってみようかな」
インスタントコーヒーを飲みながら、そう呟く。上田は自身のコーヒー好きを、自著に著していた。
本を閉じると、最後のページだけをピョコリと開く。
「……二◯◯二年発行、二◯一四年第二刷……教授は未来に生きてるんだなぁ……」
感心しながらも、「それよりも」と呟き、また本を閉じた。
「……ここのところ、『彼ら』の様子が変だ……調べる必要があるな」
ホテルの窓から、沈み行く太陽を眺める。
太陽はビルに吸い込まれるように、降る。
そろそろ夜が、訪れる。水曜日が終わる。
「梨花さんもいなくなったんですか!?」
身体中を葉っぱにまとわりつかれた山田が、園崎邸からの帰り道で会った沙都子から聞かされる。梨花の失踪に気付き、その報告をしにわざわざ三人を探していたようだ。
またその場には圭一と魅音もいた。
「学校のどこにもいないんですわ……!」
「神社の方にはいなかったのかよ?」
「帰っておりませんでしたの……」
レナを逃し、警察は翻弄され、気付けば上田も消えて、梨花も消えた。
今の時刻は夕方を過ぎ、空が暗がりに沈む頃。
「ちょっとちょっと……どうなってんの!?」
あまりの情報量に、魅音は頭痛がする気分だ。
老夫婦の手伝いをしていた上田が、沙都子からの報告を最後にいなくなった。
沙都子から梨花を見つけてくるようにと向かわせたのに、その梨花もいなくなった。
全く事態が把握できない。混乱するのが普通だ。それでも必死に纏めようと頑張る。
「ええと、まず落ち着いて整理するね……レナが、あの良く分からない刑事たちを騙して私の家に警察を差し向けた」
「んで、俺たちと一旦別れた上田先生が、学校前で沙都子に会う」
「私が運動場に来ない梨花を探してと、上田先生にお願いしたら……二人ともいらっしゃらなくなりました」
山田は肩のオニ壱と一緒に、首を傾ける。
「…………つまり、どういうことだってばよ」
本当に意味が分からなかった。
「上田先生と梨花、攫われたのでしょうか……」
沙都子の推測に、魅音は普通に否定する。
「いやいやいや、か弱い梨花ちゃんならともかく、あの上田先生を攫うのは無理でしょ」
「……そうでしたわ。オトコのウツワで人を追い払える方ですもの」
「上田先生すげぇ!!」
「なにやったんだ上田」
そんな事を言っている場合ではないと、圭一は頭を振る。
「とにかく、とにかくだ……ここはクールに行こう。分かっているのは、二人もいなくなったって事だな」
「あと、レナはもしかしたら……村から出たかもしれないって事だね」
警察の責任を突き、大石から情報を流させた。
レナに騙されたと気付き、村の各出入り口に見張りをつけたが、結局はこの時間までレナが来る事はなかった。
その後は早急に、魅音が興宮に捜査網を敷いた。谷河内へは、警察が捜索するようだ。
「警察を家に集めて陽動したって言っても、たった三十分。馬か車でもない限り、レナの足でウチのシマからは出られないハズだよ」
沙都子は気が気でない様子で、忙しなく手で頰や口元を触っていた。
「レナさん、どうなさったのですか……」
「問題は梨花ちゃんと上田先生だな。マジでどうしたんだか……」
「梨花ちゃんと上田先生もウチの人間に探させているけど……」
事態があまりにも難解だ。
どう行動を起こすのかを考える支柱が多過ぎる上、暗くなりつつある今の時間に動くのは悪手だろう。
「……ひとまず、今日は解散しようよ。梨花ちゃんまで消えたのは村にとって一大事だし、さすがの婆っちゃも便宜を図ってくれるハズだから」
太陽はますます、見えなくなって行く。
四人の近くにあった街灯が、二、三度の明滅の後に点灯する。
山田の隣にいた沙都子の顔が灯りに照らされ、泣き出しそうなその顔が露わになる。
「おいおい沙都子……無理してんだろ?」
「……ごめんなさい。あの……二人がいなくなって……」
沙都子の事を知っている者ならば、彼女の気持ちが分かるだろう。
彼女は失い続けた。また失ってしまうのかと、怖くて寂しくて仕方ない。
「あの……あれだったら俺の家に泊まってけよ」
「……お気遣いに感謝しますわ。でもひょっこり、二人が神社に戻って来るかもしれませんので、空けておくのは忍びないですわ」
「なら私の方からも、神社の方に見張り付けさせるように言うからさ。あまり無理は……」
圭一と魅音が気遣いを見せる中で、山田はぴょこっと手を挙げて提案する。
「あの〜。でしたら、私が神社に泊まりましょうか?」