TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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獅子吼(ししく) : 大いに熱弁をふるう。


獅子吼

 小屋の中にいる梨花と上田。

 熱の溜まる室内で、汗だらけになっていた。

 

 

「……暑いのです」

 

「これ、解放される前に死ぬんじゃないか?」

 

「熱中症で死ぬのは経験した事ないのですよ」

 

「いやいや、バッカな……死ぬ事自体、経験した事ないだろ」

 

 

 上田のツッコミに対し、梨花はつまらなそうな表情を見せた。

 その間彼は、改めて辺りを見渡す。

 

 

 自身の隣に、立て掛けられたギターがあるだけ。

 縄を切り離せる物なんて無い事は、何度も確認した事だろう。

 

 

「参ったぜ」

 

「まいっちんぐマチコ先生なのです」

 

「それと『いけないルナ先生』は幼気な少年たちをオスに目覚めさせてしまった。俺もそうだったなぁ」

 

「暑さのせいで聞きたくない事暴露したのですこいつ」

 

 

 とは言え、少し暑さでボーっとするのは確かだ。

 意識を保つ為も兼ねて、梨花は上田に質問した。

 

 

「……あの言伝、良く即興で考えられたのですよ……」

 

「即興な訳がないだろ……昨日の晩から考えていた。まぁ、あの子の狙いを知ってからちょっとアドリブ入れたが」

 

「でもレナが言伝とかを受け取らなかったり、狙いが違っていたりしたらどうしていたのですか?」

 

「…………諦めるしかなかったなぁ」

 

「先読み出来ているのか詰めが甘いのか……」

 

 

 しかしと、梨花はつい不安を吐露する。

 

 

「……上田の言伝の意味、山田は分かってくれるのですか?」

 

「あいつなら分かるさ。まぁ、俺の最高にパーフェクトでジーニアスな頭脳を多少セーブして、凡人にも答えられやすいように考えてやった暗号だ。難儀するだろうが、解けない事はないだろぉ!」

 

「でも結構、あの言伝の文章がおかしかったのです。レナにも気付かれかねないのです」

 

「…………ま、まぁ、大丈夫だろ」

 

「本当に大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫だつってんだろッ!! 俺が信じるお前とお前が俺で俺がお前の俺を信じろッ!!」

 

「頭大丈夫なのですか?」

 

「言っててこんがらがった……暑さで脳がヒートしちまいそうだぜ」

 

 

 とは言え、上田のおかげで助かる可能性が出来た事は確かだ。

 後はみんなの判断を信じ、祈るだけ。

 

 内心での梨花は、とても緊張していた。

 熱中症で死ぬだとかは考えていない。ただ、緊張していた。

 

 

 

 

「……ここで全部、おしまいになったら……」

 

 

 ぽつりと呟いた言葉はあまりにも小さく、蝉時雨に掻き消され上田の耳には入らなかった。

 

 

 その時、ゴンゴンと軽く木を叩く音が響く。

 突然の音に驚き、梨花と上田はビクッと身体を跳ねさせた。

 若干、上田の方が梨花よりも驚いているようだった。

 

 

「な、なんだ……!? りゅ、竜宮レナが帰って来たか……!?」

 

「……いえ。足音じゃなかったのです」

 

「気のせいじゃないよな? 確かに鳴ったよな?」

 

「しつこいのですよ。鳴ったのです」

 

「確認で聞いたって良いじゃない……」

 

 

 上田は身体を起こし、音源を探そうと小屋内を見渡す。

 もう一度、ゴンゴンと音が鳴った。

 

 

「入り口の方じゃないのです」

 

「……後ろ?」

 

「……みたいなのです」

 

 

 二人はくるりと、身体を捻って振り返った。

 確か背後は、ただの壁があるだけだが。

 

 

 

 背後の壁の、床との境目が腐敗して穴が開いていた。

 この小屋は傾斜に建てられているのか、そこから四段ぐらい下がったところの地面が見える。

 森が鬱蒼としているのか、太陽の位置の問題か、日中にしてはやけに暗い。

 

 

 二人はその穴に、ググッと顔を近づけた。

 ジーっと、穴の向こうを凝視し続ける。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 穴の下からヌッと、何かが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァイ、調子良い?」

 

 

 干からびたムンクの「叫び」のような物体だ。

 さすがの梨花も驚きから、身体を大きく引いて床に転げた。

 

 

「なぁっ!? だ、誰なのですか!? 誰って言うか、なにっ!?」

 

「あ。わ、私です。私ですよ!」

 

 

 変な物体が退いたかと思えば、代わりに山田が顔を出した。その変な物体とは、オニ壱の事だ。

 

 

「いた……! 梨花さん、無事ですか……!? レナさんは!?」

 

「山田……!? だ、大丈夫なのです。レナはいないのです……山田が来たと言う事は、上田の言伝を解いたのですか!?」

 

「えぇ。まぁ、私の最高にパーフェクトでエクストリームな頭脳にかかれば、凡人の仕込みなんてすぐに見破れますよ」

 

「この二人似た者同士なのです……」

 

 

 山田は穴の向こうから、キョロキョロと小屋を見渡した。

 

 

「それで……アレ? 上田さんは?」

 

「上田ですか? 上田は────」

 

 

 

 

 梨花の隣でぐったり、気絶していた。

 突然ヌッと現れたオニ壱は、彼にとっては刺激が強過ぎたのだろう。

 

 

「……オネンネしているのですよ」

 

「すげぇ呑気な奴だな。心配して損した……」

 

「とりあえず早く、ボクたちを助けて欲しいのです!」

 

「えぇ、元よりそのつもりですよ。今からそっち側に行きますが……」

 

 

 穴からチラリと、二人を拘束するロープを確認する。

 ロープは二人の足首、手首、太腿を拘束している。

 その内手首の方のロープが、壁に刺さっているパイプに固く括り付けられ、繋がれた状態だった。

 

 

「切る物はあるのですか?」

 

「あー、確か……やべっ、どうだったかな」

 

「……ここで切る物持って来なかったとか言ったら、末代まで呪うのですよ」

 

 

 オニ壱を肩に置き直し、スカートのポケットを弄る。

 何か硬い物が指に触れ、山田は嬉々として取り出した。

 

 

 廃墟で回収していた、ちょっと折れたトランプの四十枚セットだ。

 

 

「……トランプしか持ってねぇ」

 

「末代まで呪ってやるのです。古手家の本領を発揮してやるのです」

 

「ま、ま、待ってください! う、上田さんを覚醒させる魔法の言葉があるんです! ほぉら上田ぁッ!! ベストだーーッ!! ベストだベストだベストだベストだーーッ!! ベストを尽くせーーッ!!」

 

「それ確か、昨日の晩に上田が言っていたのです。ワンクールに一回しか発動しないとか」

 

「深夜アニメかこいつはっ!!……あっ!! 上田さん確か、ミサンガ持っているハズなんです!」

 

「……それが?」

 

「それを上田さんの股間に巻けば」

 

「頭おかしいのですか?」

 

 

 どうしようと困り果てた山田は、溜め息を吐いて天を仰ぐ。木々が隠し、空なんか見えないのだが。

 

 仕方がないので小屋の中へ行こうとした山田だったが、彼女を止めに来たのは圭一だった。焦燥感に塗れた表情で、駆け寄って来る。

 

 

「や、や、やま……提督!!」

 

「なんでだよ」

 

「…………圭一なのですか?」

 

 

 彼も小屋の中の梨花らに気付くと、覗き穴に齧り付いた。

 

 

「り、梨花ちゃん……! 上田先生も……無事で良かった……!!」

 

「……山田、なんで圭一が……だって言伝には……!」

 

「大丈夫です、梨花さん。分かってます」

 

 

 しっかりと梨花の目を見据え、山田は頷いてみせた。

 梨花が真剣な様子の彼女を見て言葉を詰まらせている内に、圭一は山田を引っ張って忠告する。

 

 

「レナが来てます……!! 山田さんの言った通り、小河内に向かう俺たちを監視してたんですよ……!!」

 

「やっぱり……」

 

 

 ならばこの場に留まってはいられない。

 一度隠れて、やり過ごそうかと二人は離れようとする────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──では、梨花さん!……出来るだけ、彼女を刺激しないように」

 

「分かっているのですよ」

 

「梨花ちゃん! マジでヤバくなったら叫べよ!!」

 

 

 離脱する二人の背中を見送ってから、大きく息を吐く。

 次には必死に身体を捩った。

 

 

 気絶している上田を踏み越え、飛び上がるようにして進む。

 

 

 

 

「……ここまで来たのよ……無駄にしてたまるもんか……!!」

 

 

 確固たる意思で、彼女はキッと前を睨み付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪魔する草葉を鉈でなぎ払い、レナは重い一歩一歩で小屋を目指す。

 

 今の彼女は、完全に頭に血が昇っていた。

 それでも小脇に抱えたスクラップ帳は肌身離さず持っている。

 

 

「バレた、バレた、バレた…………ッッ!!」

 

 

 跳ね出た枝、生い茂る草むらも、何もかもが憎たらしい。

 激情の一つ一つを込めて、怒りに任せて鉈を振り乱す。

 

 殺気と焦燥に満ちた目をしていた。

 あんな言伝、断っておけばこんな事にならなかった。

 

 

 怠慢だ。傲慢だ。

 痛恨の失敗を犯してしまった。

 

 

 

 

 だが同時に、自身の計画の「本質」は、まだ首の皮一枚繋がれ、辛うじて生きている。

 

 

 迎えるハズの獲物が、向こうから来ただけだ。

 まだ機会は失っていない。

 

 

「奪われてばかりなんだ……! 奪ってやる……取り戻してやる……!!」

 

 

 小屋の目の前まで来た。

 

 

「オヤシロ様から逃げ切ってやるんだ……ッ! 幸せになるんだ……ッ!!」

 

 

 そのまま扉を、怒りに任せて蹴破る。

 

 

 

 

 

 

 激しい音が響き、レナが小屋の中に入る。

 彼女の登場に驚いた梨花が、すぐに顔を向けた。

 

 すぐにレナは、二人から伺える違和感に気付く。

 気絶している上田に、なぜか彼に被さるようにして身体を横にしている梨花の姿。

 何かあった事は明白で、そして何が起ころうとしていたのかは即座に理解出来た。

 

 

「……なに、やってるのかなぁ、梨花ちゃん?」

 

「レナ……!」

 

「絶対に逃げようとしているよね、それ。絶対そうだよね?」

 

 

 梨花が弁明をするより早く、レナは一足飛びで彼女に近付いた。

 眼前まで到達すると、上田を踏み付けて梨花の首元に鉈の刃を付ける。

 

 

「ち……ッ!?」

 

「おぉう!?」

 

 

 よりによって巨きい根っこを踏まれた上田は、呻き声をあげた後にまた気絶。

 

 そんな彼を無視し、レナは声に覇気を込めて梨花を問い詰める。

 

 

「……山田さんと、圭一くん。来てなかった?」

 

 

 振り返り、背後からの不意打ちを警戒するレナ。

 凶器を持っている以上、寧ろここで二人に入って来られては困ると、梨花も入り口の方へ目を向けた。

 

 二人もそこは了承済みなのだろうか。

 姿を現さない。

 

 

「……知らないのです」

 

「じゃあなに? 上田先生の上に倒れてて、何してたの?」

 

「みぃ……熱中症で身体がダルかったのです」

 

「………………」

 

 

 納得してくれたのだろうかと安心した時、突然彼女は梨花の髪を掴んで思い切り床に叩きつけた。

 

 

「う……っ!?」

 

 

 露わになった、梨花の背後を確認する。

 どうにも何かを隠しているように見えたからだ。

 

 

「なにか持ってるの?」

 

 

 後ろ手に拘束された彼女の腕を捻り、手に何か持っているのかと目を向ける。

 

 

 

 しかし彼女の手には、何もなかった。

 また結んである縄にも、切られる予兆さえなかった。

 

 

「……持ってない?」

 

「レ……レナの、勘違いなのです。ボクたちはここで、大人しく待っていたのですよ……?」

 

「……そんなハズはない」

 

 

 レナは梨花の腕から手を離すと、彼女の身体を探り始める。

 とは言え、今の彼女の服装は体操服だ。

 ポケットも少なく、物を隠すのに適していない。実際、どこにも何も入っていなかった。

 

 

「……なら、上田先生……!」

 

 

 スーツの彼ならば隠し場所がある。

 すぐに倒れたままの彼に掴みかかるレナ。

 

 その際、スクラップ帳を床に置いた。

 気絶した上田を転がしたり、身体中を弄ったりと、ハサミやナイフの類がないか確認する。

 

 

 しかし、そんな物はどこにも発見されなかった。

 

 

「……ない?」

 

「だから言っているのです」

 

「いや、そんな事はない……! 絶対にあるんだ……!! どっかに隠してるんでしょ!?」

 

 

 立て掛けてあったギターを倒したり、近くにあった机の上に置かれたダム作業員のヘルメットなどを叩き落としたり、或いは床を睨んだり。

 ここまで疑い深いとは、と梨花は緊張から生唾を飲んだ。

 

 

 

 しかしその内、何か考え直したのか、ピタリと動きを止めた。

 

 

 

 

「……あぁ、そうだ。もう良いや」

 

 

 再度、梨花に近寄り、鉈を突き付けた。

 

 

「……元より、魅ぃちゃんも沙都子ちゃんも圭一くんも山田さんも……私の言う事聞けていなかったし」

 

「………………」

 

「……頭、開いちゃおうか? いっそ……」

 

 

 刃が、梨花のひたいに当たる。

 もう少し力を加えられたら、皮が裂けてしまうだろう。

 

 痛いのは覚悟している。

 命乞いなんかするつもりもない。

 

 

 しかし、もう死ぬつもりも更々ない。

 梨花はただ、信じるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです、レナさん」

 

 

 

 

 レナに投げかけられる、第三者の声。

 聞き覚えのあるその声に、ジロリとレナは目を向けた。

 

 

「山田……!!」

 

「……山田さん」

 

 

 小屋の入り口に立っていたのは、山田奈緒子だ。

 

 

 

 

 

 と、頭の上で立つオニ壱だ。

 

 

「……それはなんですか?」

 

「友達です。それより、お久しぶりですね。レナさん」

 

「……ッ!」

 

 

 山田が自身に近付いて来ると察した為、人質を取ろうと梨花を抱き寄せ、鉈を首に突き付ける。

 しかしそんなレナの予想に反し、山田は寧ろ一歩二歩と、小屋から出た。

 

 

「え……?」

 

「出て来てください、レナさん……大丈夫です。警察だとか、園崎さん所の『イニヨシなき戦い』みたいな怖い人たちはいませんよ」

 

 

 山田の言った「イニヨシなき戦い」について、首を捻るレナと梨花。

 

 

「……『仁義なき戦い』?」

 

「仁義なき戦いの事言ってるのです?」

 

「そ、そこはもう良いでしょう!? ほら、圭一さんしかいませんから!!」

 

 

 圭一しかいないと言う発言に、ピクリとレナは反応する。

 

 

「……梨花ちゃんは連れて行きますから」

 

「えぇ。ご自由に。私たちは絶対に、手を出しませんから」

 

 

 即座にレナは鉈で、梨花を繋いでいたロープを切る。

 同じようにして足を結んでいたロープも切断し、歩けるようにした。

 

 解放する為ではない。無論、人質として運びやすくする為だ。

 

 

 

 しかしレナは、分からなくなっていた。

 山田の狙いはなんなのか。自分を説得するつもりなのか。

 

 

「……ねぇ、山田さん。なに考えているのかな」

 

「……それは、外に出たら教えます。私たちも、レナさんには戻って来て欲しいですから」

 

「……あはは」

 

 

 乾いた笑い声が、レナから溢れる。

 

 

「……山田さん。レナはもう、戻れないの。もう先も長くないし、家族もいないの」

 

「レナさん、それはお父さんの事を言っていますか? お父さんは、ご存命ですよ」

 

「そうじゃない。生きてるか死んでるかじゃない」

 

「……え?」

 

 

 どんより曇った眼が、山田を捉える。

 この、父親の生死は関係ないと言う旨のレナの発言は、梨花さえ驚かせた。

 

 

「……どう言う事、でしょうか?」

 

「とりあえず外に出よう? この中は……暑いからね」

 

「……分かりました」

 

「上田先生はどうします?」

 

「放置で」

 

 

 あっさりと山田は見放す。

 ピクッと、反応するように上田の身体が動いた。

 

 レナは了承し、立ち上がれるようにした梨花を連れて歩き出す。

 首にはしっかり、白刃を立てている。無理やり助け出そうとすれば、彼女の首はあっさり斬り落とされるだろう。

 

 

「……では、小屋の前まで」

 

 

 山田の先導に従い、レナは辺りを十分に警戒したまま、小屋を出た。

 

 

 

 

 小屋の前の、少し拓けた場所。

 圭一は別に隠れてはおらず、そこでジッと待っていた。

 

 

「圭一くん……」

 

「……やっと見つけたぜ、レナよぉ……!」

 

 

 圭一の言葉には、安堵と危機感が半々宿っていた。

 無理もない。行方不明になっていたレナを見つけられた事と、そのレナが梨花に凶器を向けている事とが信じられないからだ。

 

 

「……圭一」

 

「大丈夫だ、梨花ちゃん」

 

 

 しかし、目の前にある事全てが事実だ。飲み込まなくてはならない。

 それでも短気を起こしそうな脳内を何とか鎮め、深呼吸をしながら山田の隣に立つ。

 

 

 ここまで冷静なのは打算と、レナの狙いを知っているからだ。

 

 

 

 

「……それで山田さん。わざわざここまで来て、何が狙いなのかな?」

 

 

 山田はジッとレナらを見据え、落ち着いた口調で話を切り出す。

 

 

 

 

「まず、レナさんも気になるかと思いますので……どうやってここに辿り着けたのか。その、種明かしをさせてください」

 

 

 傍らに持っていたノートを取り出し、ぴらりと開く。

 

 

 

 山田奈緒子

 梨花もここにいるけども

 無理して来るのはいいなやめるんだ

 デカらには絶対話すなよ

 余談だが君が近くに来ると

 すぐさま俺らが狙われる

 息の根さえ止められるだろう

 待機するんだぞいいな

 

 

 

 そこに書かれていたものは、「上田の言伝」の全文だ。

 

 

「やっぱり、上田先生の言伝だったかぁ……」

 

「えぇ。余裕からか、時間に追われている私たちは従うだけだと踏んでいたのかは分かりませんが、これをわざわざ伝えたのがいけませんでしたね」

 

 

 ニヤリと笑う山田。

 彼女はまず、言伝の上の三行を指差す。

 

 

 

 

「場所を示したのは、私の名前を含めたこの三行です。ヒントは四行目の、『デカ』」

 

「デカが?」

 

「えぇ。以前、上田さんが垂れていた蘊蓄に、こう言うのがあったんです」

 

 

 園崎邸内で、金庫を運ぶ途中で上田が言ったものだ。

 

 

「なぜ、刑事をデカと呼ぶのか。それは、昔の刑事が『各袖』と言う着物を着ていた事に由来します。『かくそで』の、最初と最後の文字を抜き出し、前後を入れ替えて、刑事を表す暗喩として呼んでいました」

 

「かくそで、かで……で、か…………」

 

 

 意味に気付いたようで、レナは目を閉じて鼻で笑った。

 

 

「……そう言う事か。やられちゃったなぁ」

 

「お気付きになられましたね。『やまだなおこ』、『りかもここにいるけども』、『むりしてくるのはいいなやめるんだ』……」

 

 

「や」まだなお「こ」。

 

「り」かもここにいるけど「も」。

 

「む」りしてくるのはいいなやめるん「だ」。

 

 

 これら三行の文字列の最初と最後の文字を抜き、前後を入れ替えろと言う意味合いで、わざわざ上田は「デカ」と書いた訳だ。

 

 

「それぞれ抜き出せば、『やこ』『りも』『むだ』。前後を入れ替えれば……」

 

「……あはは。ダムは〜、ムダムダ〜……だっけ」

 

「えぇ。ダムは〜、ムラムラです」

 

 

 圭一と梨花とオニ壱が口々に、「ムダムダ……」と小さく訂正の声を出す。

 山田は少し顔を歪めた後、また何食わぬ顔で説明を続行した。

 

 

「ムダムダです。『ここにいる』で結構な所を『ここにいるけども』にしたりと不自然な言葉遣いだったのは、この最初と最後の文字を『やこ、りも、むだ』で揃える為」

 

「………山田さんの名前まで使うなんて、気付かないよ」

 

「そしてこれらの前後を、デカと同じように入れ替えると……『こや、もり、だむ』……『小屋、森、ダム』」

 

 

 後方へ指を差し、山田は言い放った。

 その指のずっと先には、ダムの建設現場跡地がある。

 

 

「ここは雛見沢村の、一つ山の向こうにある『ダム建設現場跡地』……そしてその、近辺の『森の中』にある『小屋』。確か、お二人がジオ・ウエキらに捕われていた場所のようですね」

 

「この単語が並べられた瞬間、どこの事を指してんのか俺には分かったんだよ。しかしまぁ、意外と近い場所に隠れてたんだなぁ」

 

「警察も園崎の人たちも、こんな穴場のような場所までは把握していなかったようですね。まさに、隠れるにはうってつけだった訳です」

 

 

 鮮やかなまでの解説に、レナはただ笑うしかなかった。

 笑い声だけなら、いつものレナだ。だが、その声の中には、狂気が見え隠れしている。

 

 

「ははははは!……凄いなぁ。完敗だよ。それで、ここに辿り着けたんだね」

 

「沙都子さんと魅音さんには保険として、言われた通り谷河内まで行ってもらっています。途中、あなたが監視していると予想していましたから、私たちも時間との戦いでしたけど」

 

 

 

 

 

 

 その頃、その沙都子と魅音は、レナに指定された電話ボックスに到着する。

 

 

「これだね! はぁ、疲れた……」

 

「あらあら、魅音さん。この程度でバテていては、部長の名が泣きましてよ?」

 

「疲れてないっ!! 断じて、疲れてないっ!! まだ余裕だし! こんな山道、あと六周出来るからっ!!」

 

 

 強がりながらも、魅音は電話ボックスの戸を開けて中に入る。

 ここに電話番号を書いたメモがあると聞いていた。

 早速、あちこち見渡して探してみる。

 

 

 すると、公衆電話の側面に貼られた紙に気が付いた。

 

 

「あ! あった!!」

 

「ありましたの?」

 

 

 それをペリッと剥がし、書かれている内容に目を通す。

 

 

 

 

 

『聖子ちゃんカット と掛けまして キノコ と解く。 その心は?』

 

 

 

 

 番号ではなく、謎かけだった。

 二人は目をパチクリさせ、小首を捻る。

 

 

「……番号じゃないじゃん。せ、聖子ちゃんカットと掛けて、キノコと解く……?」

 

「マッシュルームでしょうか?」

 

「いやそれ、『ずうとるび』だから!」

 

「『ビートルズ』ですわ」

 

「あ、そっか、ビートルズだった…………沙都子、違うって分かっててマッシュルームって言ったの?」

 

「……れ、レリビーですわ」

 

 

 番号云々よりも、その答えの方が気になって仕方なくなって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花を人質に取られ、手出しは出来ない膠着状態。

 山田に出来る事はまず、全ての種明かしを話すだけだ。

 

 

「それで……レナが来る前に梨花ちゃんも上田先生も助けられなかったようだけど……どんな思惑があって出て来たの?」

 

 

 山田はまた、ノートをペラリとめくった。

 次のページには、上田の言伝を全てひらがなにした物が書かれていた。

 

 

「思惑についての前に一つ……私たちは既に、レナさんの狙いに気付いているんです」

 

「…………へぇ?」

 

「最初から計画していた訳ではなさそうですが、村中を引っ掻き回していた真意は、まさにコレの為なんですよね」

 

「それも上田先生の言伝に?」

 

 

 山田は首肯し、真剣な表情で語り始める。

 

 

「小屋の場所を示すだけなら、私の名前を含めた四行だけで十分です。残りはカモフラージュの為……だと、最初だけ思っていました」

 

「………………違うの?」

 

「そうです。良く読んでください、所々まどろっこしい言い回しが多いですよね?『殺される』で十分なのに『息の根さえ止められる』、『すぐに』で十分なのに『すぐさま』……下手な小説の字数稼ぎみたいです」

 

「師匠、もうちょっと良い例えなかったんですか?」

 

 

 圭一のツッコミは無視し、山田は簡素にその意味を教えてやる。

 

 

 

 

 

「……『縦読み』です」

 

 

 レナは顔を顰める。

 無理もない。縦読みと言っても、最初の列からして意味が通じないからだ。

 

 

「あまり記憶にないんですけど……上田さんとは、似た事をやっていたんです。『会いたい、今から、シスラナ、手配』みたいな感じの暗号で……」

 

「あ、い、し」

 

「やめやめっ!! この話は関係ないから終わりッ!! ハイッ!!」

 

「てか主さま。シスラナってなんすか?」

 

 

 話を本筋に戻し、山田はポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 裏山で発見した、上田のメモ帳だ。

 

 

「……一列一列縦読みする訳じゃないんです。ある、特定の列だけで結構です。その列は……」

 

 

 メモ帳を開く。

 そこには何かの、数式と下手な絵が描かれていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「松田優作?」

 

「この絵は良いですから」

 

 

 山田は無言のまま、ある数字を指差して示してやった。

 その数字とは、やかましいほどに主張していた「9」。

 

 

「…………9……」

 

 

 意味が分かったようだ。

 喉から絞り上げるような笑いが、レナから溢れる。

 

 山田の言う特定の列とは、9列目の事だ。

 

 

 

「9列目を、縦読みしてください」

 

 

 もう一度、ひらがなで言伝の書かれたノートを見せつけてやった。

 

 

 

 

 

 やまだなおこ

 りかもここにいるども

 むりしてくるのはいなやめるんだ

 でからにはぜったはなすなよ

 よだんだがきみがかくにくると

 すぐさまおれらがらわれる

 いきのねさえとめれるだろう

 たいきするんだぞいな

 

 

 

 

 山田は無言で項垂れ始めたレナに、言い放つ。

 同時に圭一もまた、悲しげな表情となった。

 

 

 

 

「あなたの狙いは……この、『圭一さん』だったんですね」

 

 

 

 

 けいいちねらい。

 圭一狙い。

 

 

 これが上田の言伝のもう一つの真意で、レナの本意だ。


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