TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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昨夜はなんと、TRICK20周年
活動報告の方にお祝いのSSを書きましたが、是非ともそちらでTRICK愛を聞かせていただけたらなと思っております


決定的

『ドンビシャスな賀会』

『@ニャホニャホタマクロー』

『いつもここからの国から』

『なんとしてでも例守れ』

『マヨネーズのみ味せよ』

『仏の足元にあるの花』

『幸せナンバーは

『連勤辛いシフトわれ』

『日日日日日日日日』

『全国公開決定 シンデレラ

『お惚けボーイズ&ガールズ』

 

 

「祝えッ!!」

 

 

 奇妙な垂れ幕と通りすがりの一般クォーツァーが、興宮署前で目立っていた。

 何とか知恵から逃げ果せて来た矢部が、ふらふらとロビーに入る。石原が床で泳いで遊んでいた。

 

 

「石原。なんでここで寝とるんや?」

 

「床が冷たくてキモティーーッ!!」

 

「お前は幸せそうでええなぁ」

 

 

 すると奥の方から菊池も出て来た。どうやらこちらも、レナを見つけ切れていない様子。

 

 

「矢部くん……駄目だ! 全然見つからないッ!! 一体どこに…………」

 

 

 

 彼の姿を見て絶句する菊池。服がカレーの沁みまみれだからだ。放たれたいる匂いもカレーだ。

 

 

「……何があったのかね?」

 

「地獄から逃げて来たんや。おっそろしぃ……もうあと、五年はカレー見たないわ」

 

「と言うか君……学校の監視はどうした?」

 

「あー……おぉ。まぁ、竜宮礼奈が来んかったから、とりあえず秋葉に任せて来たわ。ワシの信頼する部下やからなぁ、大丈夫や!」

 

 

 哀愁の篭った目で、矢部は天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 その秋葉は今、隙を突いて一人で逃げた矢部の皺寄せを食らっていた。

 

 

「さぁッ!! 逃がしてしまったあの人の分も食べなさいッ!! 食べるのですッッ!!!!」

 

「うららちゃん助けてーーッ!! フルスロットルーーーーッ!!」

 

「スプーンを動かしなさいッッッ!!!!」

 

「死ぬぅーーッ!! 誰かぁーー!! ヘルプ……ヘルペスミーーッ!!

 

 

 グラウンドの真ん中で、知恵に無理やりカレーを詰め込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼の様子は知らず、矢部は逃げ切れた安堵からホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「そんでお前、まだ女の子見たからへんのかいな?」

 

 

 進捗状況を聞く矢部の表情には微かに、哀愁が漂っていた。

 

 

「君が見つけたのに取り逃したからこうなってるんだろッ!?」

 

「覚えてへんわそんなん。村ん中でも変質者変質者言われたり、ホンマ何があってんなワシ?」

 

「記憶喪失中の事を記憶喪失じゃけぇの! アピャーーッ!! ややこしーーッ!!」

 

 

 床を泳ぎながら石原が叫ぶ。

 その時、大急ぎで彼らの元へ走って来る男たちがいた。

 

 

「み、みなさん!!」

 

 

 大石と、その部下の熊谷だ。息を切らしながら、矢部らの前に立つ。彼らの表情には鬼気迫るものがあった。

 熊谷が床で泳いでいる石原を踏んでしまったが、誰も気にしていない。

 

 

「おー、どした? 竜宮礼奈が見つかったんか?」

 

「あ、あなたでしたか……記憶が戻ったのなら、病院に行かれてはどうです?」

 

「だからワシに何があってんな!?」

 

 

 怒鳴る矢部を押し退け、菊池が尋ねる。

 

 

「見つけたかッ!? 竜宮礼奈をッ!?」

 

「……いえ。しかし、関係して大変な事が起きたのですよ……!!」

 

「どうした!?」

 

「病院の方で、さっき連絡がありましてなぁ……!」

 

 

 大石は矢部らを見据え、伝える。

 

 

 

 

 

「竜宮さんのお父さんが……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的がバレてしまったレナ。

 何も言わず、ただずっと俯いている。

 

 

 打ちのめされているのか、ショックを受けているのか。

 しかし山田は容赦なく、捲し立てて行く。

 

 

 

 

「……この騒動の発端は、間宮姉妹の殺し合いの現場から始まっていたんですね?」

 

 

 あの晩路上で、鉈で切り裂かれ殺されたジオ・ウエキこと浮恵と、その傍らで死んでいた律子。

 圭一が隠していたレナの帽子から察するに、その場には彼女がいた。

 

 

「ジオ・ウエキを殺した妹はあなたを発見し、殺そうとした。しかし、あなたは何とか逃げ切った……その際、ナイフを刺すと言った防衛行動を取ったハズです。ジオ・ウエキの妹の脇腹にナイフが突き刺さっていました」

 

「………………」

 

「それであなたは、ジオ・ウエキの妹を殺してしまったのは自分だと思い、隠れていた」

 

 

 圭一は山田を見てから、また悲しそうな目でレナを見やる。

 

 

「隠れている途中か、その前に、あなた何かを拾ったかで、こんな事を知ったんじゃないですか?」

 

 

 校庭で言っていた矢部の話と、ここに来る前に上田から聞いた話を思い出す。

 

 

 

 

「……例えば、寄生虫が頭の中にいるとか」

 

 

 

 

 彼女が突き付けた内容には、レナのみならず梨花さえも目を開いて驚いていた。

 

 そもそも山田らがこの雛見沢村まで来たのは、二◯一八年の竜宮礼奈が「村の滅亡の原因は寄生虫」だと上田に言った事からだ。

 

 

「そんな事が書かれた何かを、あなたは拾った」

 

「……凄いね、山田さん。なんで寄生虫の事まで?」

 

「……また、それはいずれ」

 

 

 この場で「未来のあなたから聞いた」と言う訳にはいかない。

 山田はこれとなしにはぐらかし、話を続けた。

 

 

「恐らくあなたは、それを信じてしまった。信じてしまい、罪の意識も相まって自暴自棄になった。今までの騒動は全て、その結果によるもの」

 

「………………」

 

「隠れ家で偶然出会った矢部を騙して、警察の目を園崎家に向けさせる。その間あなたは、こっそり学校に忍び込み、圭一さんの下駄箱にでも手紙を仕込んでいたハズです」

 

 

 山田が梨花の服装に言及する。

 

 

「梨花さんは体操服を着ています。あなたはあの日、あの時間、学校では体育の時間があると知っていた。だからそこに手紙を仕込んでおけば、グラウンドに出る際に圭一さんが気付くハズだった。しかし誤算として、その日の圭一さんはレナさんを探す為に自主休校していた点と、代わりに気付いたのが上田さんと梨花さんだった点」

 

 

 山田の視線が、鋭いものとなった。

 

 

「授業に遅れそうな梨花さんを探すように上田さんに頼んでいた、沙都子さんの証言と、その後に必死の形相で裏山に向かう上田さんの姿を見た村民の証言は取れています」

 

「…………へぇ」

 

「本当ならばそこで圭一さんを捕らえるハズが、とんだ誤算でした。だからあなたは更に、用意していた麻酔で眠らせた二人を盗んだリアカーに乗せて、仕事に行く途中の農婦を装い、ここまで運んだ」

 

 

 一呼吸置き、そして滴る汗を拭ってから、また喋り出す。

 彼女のその汗には、緊張も混ざっていた。

 

 

「そして、私たちの家に連絡をかけて、圭一さんたちを呼んだ。わざわざあの家に電話をかけたのは、盗聴などを警戒してですね? あの家なら先日まで空き家でしたし、警察も把握していませんでしたから」

 

「……山田さん、本当にどこまで気付いているのかな? 殆ど正解だよ」

 

「…………ありがとうございます。何なら、あなたが本来しようとしていた事も、言えますよ?」

 

「言ってみて」

 

 

 乾いた唇を湿らせ、再び話し始めた。

 

 

「まず、あの回りくどい指定。谷河内の山に行き、圭一さんは入り口で。私は山の中腹で。魅音さんと沙都子さんが登頂の電話ボックスまで。最初は分からなかったんですが……圭一さんが狙いだと分かれば、こっちの物です」

 

「………………」

 

「……レナさん、あなた。最初から電話口でクイズを出題するつもりはなかったんですよね?」

 

 

 レナはサッと流れる汗を拭ってから、ニヒルに笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の魅音と沙都子。

 電話ボックスに貼り付けられた謎解きを持って、来た道を戻っていた。

 

 

「確か、ヒントが圭一さんと山田さんが待機するハズだった場所に隠してあるのでしたわよね?」

 

「それ探すのぉ? 山田さんの言う通り、電話番号はなかったけど……」

 

 

 二人は電灯の周りをそれぞれ、探してみた。

 しかし宝箱やら袋やら、それらしい物は一つも見つからない。

 

 

 暑さも相まって疲れて来たところだ。

 そんな時、沙都子が「あっ!」と声を上げた。

 

 

「魅音さん! 見てくださいまし!」

 

「え? なに?」

 

 

 彼女は道の脇にあった、森の中にいた。

 一本の木の後ろを指差しながら、魅音を呼ぶ。

 

 

「なになになに? 何かあったの?」

 

「これ!」

 

 

 沙都子が示した場所を見ると、木の表面に彫られた文字に気付いた。

 

 

『ヒント』

 

 

 その文字の下にあったのは、群生のキノコだ。

 薄い笠のキノコが、束になるようにして生えている。

 

 

「……なにこれ?」

 

「マイタケ、ですわね」

 

「マイタケ?」

 

 

 二人は顔を見合わせる。

 見合わせてから魅音は再度、マイタケに目を向けた。

 

 

「マイタケ……キノコ……聖子ちゃんカット……」

 

「マイタケ……」

 

「マイタケマイタケ……」

 

「……まいた、け」

 

「巻いた、毛」

 

 

 聖子ちゃんカットのカールした髪を思い出す。

 二人はまた顔を見合わせてから、納得したように「あぁ〜」と唸った。

 

 

 

 

「…………それで。だから、なんですの?」

 

「なんだろうね?」

 

 

 そして互いに目をパチクリさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は確信を持って、まくし立てる。

 

 

「あなたは指定した場所に隠れていて、遠巻きから私たちを追跡する。そして、山に入る私たちの立ち位置を分散させたのは、『圭一さんの側に誰も置かせない為』ですね」

 

「………………」

 

「私たちが山に入っている間に、入り口で待機する彼の不意を突き、麻酔を打つなどして気絶させてから確保するつもりだった」

 

「……ふふっ」

 

「わざわざ場所指定だのゲームをするだの回りくどかったのは、私たちの意識をそっちに向けさせ、なおかつ圭一さんを出来るだけ自然に孤立させる為だった」

 

 

 

 

 勝ち誇った笑みで、山田をレナを見据える。

 そしてそのまま、言い放った。

 

 

「そうなんですよね」

 

「………………」

 

「竜宮レナさん」

 

「………………」

 

「……あなたがやろうとした事は」

 

 

 山田とオニ壱は一斉に、彼女へ指を差す。

 

 

 

 

 

「……まるっとレナっと全てお見通しかなっ!!」

 

 

 

 

 ダメ押しにもう一言。

 

 

 

 

「……かなっ!?」

 

 

 カクンと、呆れたようにオニ壱の首が曲がった。

 圭一と梨花もまた、ちょっとだけずっこけかける。

 

 

 

 

 ここまで黙っていたり、たまに面白がるように微笑んでいたレナ。

 片手間にポケットから取り出した、麻酔の入った注射器を地面に投げ捨てる。

 

 本来ならば、圭一を気絶させる為の物だ。

 

 

「……山田さんって、やっぱり凄いよね。手先も器用で、頭もキレてて、肩凝りの悩みもなさそうだし」

 

「いやぁ、やっと分かってくれる人に出会え…………おい。肩凝りの悩みなさそうってのは何だ」

 

「師匠! 多分、お胸の話で」

 

 

 すかさず圭一の首根に力道山ばりの空手チョップをかまし、黙らせる山田。

 

 ひと段落置いてから、またレナは話し出す。

 なぜか人質にされている梨花だけが、山田に同情的な視線を向けていた。

 

 

「でも、でもでも……山田さんまだ、解けていないところがあるよね」

 

「……え?」

 

「なんで私が、圭一くんを狙っているのかな?」

 

「え」

 

 

 途端に、余裕綽綽な雰囲気を醸していた山田の表情に、焦りが見えて来る。

 そもそも圭一狙いと分かったのは、上田の言伝で初めてだ。

 

 

「そ……そりゃあ、あの、日頃の恨み辛みとかですよ! この際折角だし、圭一さんをボッコボコのみっくみくにしてやろうと……!」

 

「みっくみくってなんなのです?」

 

 

 レナは半ば、呆れた様子で首を振る。

 

 

「……山田さんが解けるのは、タネと仕掛けだけみたいだね。感情とか、気持ちとかは、難しいのかな?」

 

「ぐぅの音も出ない…………バッチンぐぅ〜……!!」

 

「全然バッチングーじゃないのです」

 

 

 次にレナは、試すように山田へ条件を提示した。

 

 

「……もう、答えてくれたら梨花ちゃんは解放してあげるよ。どう?」

 

「山田! 早くとっとと答えるのです!」

 

「えぇ!? そ、そういう展開になる!?」

 

 

 一転して、攻守が入れ替わったかのようだ。あれこれ頭を捻る山田。

 しかしどうしても、なぜレナが圭一のみを狙うのかが分からない。

 

 

 

 このまま時間が過ぎて行くだけか。

 

 そう思われていた時、悶絶していた圭一がふらりと、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「んな事は簡単だっつの」

 

 

 真剣な目で、レナを見る。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺に言ってたもんな。『遠く遠く、オヤシロ様も追いつけない遠くまで、待合室のレナを連れてって欲しい』」

 

 

 

 

 彼の発言に、山田と梨花、そしてオニ壱は愕然とした表情を見せる。

 レナもまた、同じような表情だ。

 

 

 押さえていた首元から手を離し、一歩、レナの方へ歩み寄る。

 

 

「……あの後、お前は冗談だってはぐらかしていた。でも俺はずっとアレが、冗談には聞こえなくてな。それと……」

 

「…………」

 

「……レナは、実は寂しいんじゃないかって、俺は思っていたんだ」

 

 

 山田らの家に入った時、魅音に言いかけていた内容は、これの事だった。

 

 

「……だから狙いが俺だって分かった時に……完全に、俺も分かった」

 

「け、圭一さん……!?」

 

「俺と一緒に、村から逃げたかった……いいや、違うな」

 

 

 圭一は首を振り、止めようとする山田さえ無視し、レナの真意を言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺と、死にたかったんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 レナは目を見開いた。

 

 

「……ここから、二人で逃げた後さ。レナだけ、家にいる親父さんに美人局の事を教えに行っただろ。でも、お前はなぜか、家じゃなくて村外れの待合室にいた。多分、親父さん……レナを信じてくれなかったんだ。そうだろ?」

 

「なんで……」

 

「それで逃げて、逃げて……寄生虫だとかを知っちまって、疑って、怖くて、寂しくて」

 

 

 また一歩、レナに近付く。

 

 

 

 

「……似た者同士の、俺だけしかいなかった……って、思ったんだよな」

 

 

 彼の言葉が進む度に、レナは段々と暗く影がかった表情を見せ始めていた。

 

 

「……寄生虫はいるよ。私にも、みんなの頭の中にも。最後はみんな、死んじゃうんだ」

 

「レナ。何に吹き込まれたか知らねぇが、そんなのはなぁ……」

 

「寄生虫に冒された人間の末路、知ってる? 首を掻き毟って死ぬんだよ……あの時の、律子さんのように」

 

 

 途端、圭一はビクリと身体を跳ねさせた。脳裏にあの凄惨な自殺現場が過ぎったからだ。

 

 

「アレは確か、喉をナイフで切ってたじゃねぇか。掻き毟ってねぇよ」

 

「ちょっとそこは違ったけど……でも大まか全部、鷹野さんのスクラップ帳通りだったよ」

 

「……え? 鷹野さんの……?」

 

 

 山田は昨日に初顔合わせをした、鷹野を思い出す。

 

 彼女は祭具殿に忍び込むほど、村の伝承やらオカルト話やらにお熱だった。そんな人物の書いた物だ。信憑性で言えば、コンビニで売っているようなオカルト雑誌並みの低い信憑性だろう。

 

 なぜそんな物を信じるのかと、レナが理解出来なかった。

 

 

 

 話の埒が明かないと踏んだ圭一は、父親の話で説得しようと試みる。

 

 

「それとなぁ! レナの親父さんは生きてんだ! 病院にいるから早く行ってやって……」

 

「お父さんの生き死には関係ないよ、もう」

 

「なに……?」

 

「……私ね」

 

 

 虚な目で、ふっと空を見上げる。

 空と言っても、鬱蒼とした森が隠していた。

 

 深緑の葉のドームが、心も身体も覆い隠そうとしているようだ。

 レナはそれを眺めながら、縷々語る。

 

 

「……あの時、お父さんにこう言われたんだ。『また壊すのか』『お前は前からそうなんだな』……この三日間、嫌というほど思い知ったの……私には、『嫌な事』がずっとずっと、付き纏い続けるんだなって」

 

 

 また、再び、圭一に視線を向けた。

 

 

「お父さんは、本当はそんな……厄病神みたいな私と一緒にいるのが嫌だったんだよ。お父さんがリナさんを好きだったのは、リナさんがいれば私を忘れられたから。お母さんといた時の幸せな家庭を思い出せるから」

 

「…………なんで」

 

「そりゃそうだよね。全部壊した自分の子どもと一緒に住むなんて、本当は嫌で嫌で仕方ないよね」

 

 

 吐き出した息には、諦念と絶望が混ざっているようだ。

 

 

 

 

「……圭一くん。お父さんが離婚しちゃったのは……私が、『お母さんの浮気を黙っていたから』なんだよ」

 

 

 

 場が一際、静まり返る。

 その中で語られたレナの話は、なによりも透き通って聞こえた。

 

 

「……あの時、凄いお父さんに叩かれちゃったなぁ……それで離婚しちゃって、家からお母さんの色が無くなって、お母さんもいなくなっちゃって…………」

 

 

 少しだけ間を置いた。

 

 

「…………なんだか、頭の中ぐちゃぐちゃして……気付いたらバット持って学校の友達とか窓ガラスとか、殴って殴って、血塗れになっちゃってて」

 

 

 山田の脳裏に思い浮かぶは、上田と矢部の話。

 彼女が金属バットで起こしたその凶行には、そんな事情があったのかと一人納得していた。

 

 

「……お父さんは仕方なく、雛見沢村に私を連れ戻したの。それが、みんなに出会う前の『竜宮礼奈』だよ」

 

 

 レナの過去を前に、山田と梨花は何も言えなくなっていた。

 

 

 だが圭一だけは、腑に落ちた様子だ。

 

 

「……『似た者同士』ってのは、そこかよ」

 

「圭一くんもぐちゃぐちゃになっちゃって、誰かの幸せを奪ったんだよね?」

 

「………………」

 

「お父さんに叩かれたんだよね?」

 

「………………」

 

「全部隠して、幸せな時間に浸っていたんだよね?」

 

「………………」

 

「圭一くんからあの話を聞いた時……とっても嬉しかったんだと思う。『レナだけじゃないんだ』『同じ人がいるんだ』『似た者同士なんだ』……」

 

 

 彼女の表情には一種の、恍惚が宿っている。

 それはすぐに、影がかったが。

 

 

「……言っちゃうとね。私、圭一くんが好きだった」

 

「……っ」

 

「……好きになった理由はあまり分からなかったの。でもあの時、やっと分かった。私たち、とても似ていたからなんだって」

 

 

 下唇を噛んでから、最後に一つだけ、言い切る。

 

 

 

 

 

「……どうせ死ぬなら、好きな人とが良いなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけんなよ、レナ」

 

 

 止まっていた圭一の足がまた、動き出す。

 レナはピクリと反応し、丸くなった目を向ける。

 

 

「聞きやがれレナ。魅音が教えてくれたが……お前の親父さん、あの後警察に通報してんだよ。『美人局の被害に遭いかけた』ってな」

 

「……え?」

 

「親父さんはなぁ、土壇場でそのリナってのより、お前を選んだんだ。『家族』を選んでんだよ」

 

 

 一歩一歩、レナの様子を伺うようだった圭一の足だった。

 だがもう、躊躇はない。どんどんと、レナへ詰める。

 

 完全にレナは、動揺していた。

 

 

「それに俺も父さんに殴られたが、父さんは事件をキッカケに家族をやり直そうと考えてくれた」

 

「……ッ! と、止まって……!」

 

「あとどうせ死ぬからってなぁ、勝手に決めてんじゃねぇぞ。俺は死なねぇし、お前も死なねぇ。寄生虫もいねぇし、元より俺らは孤独なんかじゃねぇ」

 

「と、と、とま……っ!」

 

 

 圭一はもう、目と鼻の先まで迫っていた。

 

 

「確かに俺ら、似た者同士だよなぁ。互いに負けず嫌いだし、暴走したら止まらねぇし、笑い声もデカいし」

 

「……っ、ッ!?」

 

「なぁ、レナ。お互い、過去は色々やり過ぎたが……過去は過去だ。そんで人生、隠したい過去なんて幾らでも誰にもある。それを開けっぴろげにする事が、正しい訳じゃねぇ。隠したって良いんだ」

 

「……!?」

 

 

 圭一はやっと、足を止めた。

 そこは、レナが鉈を振れば、間違いなく直撃する距離だ。

 

 

「そこの小屋で約束しただろが。『間違えたら頼れ』ってな。だから、助けに来たぞ」

 

 

 汗だらけのその表情は、凛として飄々とした────いつもの圭一の顔だ。

 

 

「……過去、何しでかしたって、俺たちは絶対に変わらない。だから頼むから、レナも変わらないでくれ」

 

 

 レナの大好きな、彼の表情だ。

 

 

 

 

 

 

「変わらず、俺を好きでいてくれ。そんで俺が好きなら、生きて幸せになる方を選んでくれ」

 

 

 

 圭一は止まらない。

 頭の中のぐちゃぐちゃが止まらない。

 

 

 後悔が止まらない。

 彼への好きが止まらない。

 

 

 思考が纏まらない。

 計画が纏まらない。

 

 

 混乱している。

 混乱してしまっている。

 

 

 レナは彼の視線を前に、身体を震わせていた。

 

 

「違う、怖い……やだ、やだやだ……やだ……!!」

 

「……ッ、レナ!!」

 

 

 混乱が極まったのか、レナは梨花の首元に添えていた鉈の白刃を、圭一に向ける。

 刃は、圭一の鼻先に触れそうだ。

 

 

「違う、みんな死んじゃう! そんなのイヤッ!!」

 

「落ち着けって、レナ!!」

 

「どうせ、どうせなら……!!」

 

 

 錯乱するレナ。

 自分の声は届かなかったのかと、苦々しい顔付きになる圭一。

 

 だが、圭一はもうその場を動くつもりはない。

 なった時は、なった時だ。

 

 

 レナから一瞬も目を逸らさないよう、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あのぉ〜」

 

 

 ヒートアップする現場で、山田が後方から気の抜けた声をあげた。

 レナの注意が、彼女の方に向く。

 

 

「なにっ!?」

 

「だいぶ、お二人の世界に入られていましたけどぉ……私たち、忘れられてません?」

 

「そうなのです。完全にボク、ただの置き物になっていたのです」

 

 

 山田が手の平を出した。

 

 

「今、ここにいるのはあなた方二人だけじゃなくて……私と」

 

 

 親指を折る。

 

 

「梨花さんと」

 

 

 人差し指を折る。

 

 

「オニ壱と」

 

 

 中指を折る。

 オニ壱がチャーミングにウィンクする。

 

 

 

 

 

 そして、薬指も折った。

 

 

 

 

 

「……上田さんもいるんですが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最速で最短で真っ直ぐにぃーーーーッ!!!!」

 

 

 レナの背後から、叫び声と大きな腕が飛び出す。

 反応するよりも早く、その腕はレナの持つ鉈を取った。

 

 

「え……ッ!?!?」

 

 

 理解し切る前に、とんでもない力で鉈を取り上げられた。

 

 

「う、上田先生……!? なんで……!?」

 

「ヒーローは遅れて来るもんだぜッ!!」

 

「普通に遅いのです」

 

 

 呆然としながらも、レナは誰かは分かった。

 

 

 

 

 

 背後から鉈を取り上げたその人物は、縛って動けなくさせたハズの、上田だった。


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