TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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十六夜

 夕暮れ刻から、次第に夜へと移る頃合いとなった。

 レナの気が落ち着いた段階で、山田らは山を降り始める。

 

 

 奇しくも部活のメンバーがやっと、揃った瞬間でもあった。

 しかしその道中は決して、晴れやかな気分ではない。それもそうだ、ここまで色々とあり過ぎた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 先導する形で、魅音と沙都子と梨花が並んで歩き、

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 最後尾を付いて行く形で山田と上田と、少し首の折れたオニ壱が並んで歩く。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 そしてその二組に挟まれて歩いているのが、圭一とレナだ。

 圭一がまだ、動揺を押さえ切れていないレナの手を引いている。

 

 

 なぜか暗い雰囲気だ。

 気まずく、鬱蒼とした気分だ。

 

 それもそうだろう。レナが上田と梨花を監禁し、皆を騙し、圭一を殺そうとしていたのだから。

 何とかレナは狂気を振り払えた、とは言え、どう言葉を投げかけるべきか。

 

 

「…………上田さん。あの」

 

 

 さすがにレナに話しかけるのはキツかった為、山田は隣にいる上田にボソッと話しかける。

 

 並んで歩いている三組だが、それぞれは若干離れている為、小さめの声で話せば会話は他の組に届かなかった。

 

 

「……なんだ」

 

「その……さっきは色々と必死過ぎて……言えなかったんですけど」

 

「……おう」

 

「……無事で何よりです。目立った傷とかもなくて……」

 

「……あぁ。だが、折角貰ったグレッチのギターがこんなザマだ」

 

 

 上田は、弦が引き抜かれたギターを担いでいた。

 とは言え、山田から心配と労いの声をかけて貰えた事が嬉しかったようだ。上田は微笑む。

 

 

「……とにかく、上田さんが無事で良かったです」

 

「あぁ……ハッ! なんだなんだぁ、YOUにしてはやけに素直──」

 

「百万円、落としてないですよね?」

 

「…………そんな事だと思った。この守銭奴め」

 

「あと矢部さんたちもタイムスキャットしてましたよ」

 

「だからタイムスリットだと……おおう!?」

 

 

 いきなり矢部たちの事を話され、驚く上田。オニ壱の首がカクッと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 山田の叫びで後ろを見た後に、魅音ら三人はまた前を向く。

 なんだかんだで、いつも通りの山田らを見ると、少し緊張が解れたようだ。沙都子が梨花に話しかける。

 

 

「……梨花も、なんて事なさそうで良かったですわ」

 

「みぃ。体操服だから、腕とか足が蚊に刺されまくりなのです。痒い痒いのです……」

 

「帰ったらお薬を塗らないといけませんわね」

 

「あと、お腹ペコペコなのです。沙都子のお料理がこれほど恋しいのは久々なのですよ」

 

 

 そう言うと沙都子は丸い目になり、次には困ったように笑った。

 彼女もまた、梨花の無事が何よりも嬉しいようだ。

 

 

「もう……梨花ったら! 甘えん坊さんなんですわ!」

 

「わぷっ」

 

 

 ドンッと、沙都子が寄り添うようにぶつかる。

 今度は梨花が、「甘えん坊さんなのはどっちなのですか」と、呆れたように笑う。

 

 

 

 次にチラリと、沙都子と梨花は魅音の方を見る。

 

 

「………………」

 

 

 彼女の事だ。久々のレナとの再会に、派手なリアクションをするだろうと思っていた。

 だが、圭一と並ぶレナを見た彼女の反応は、気まずそうだ。小屋を離れる際も、「じゃあ、行こっか」だけと淡白だった。

 

 

「………………」

 

「あの、魅音さん?」

 

「…………ん? あっ。ご、ごめんごめん! 考え事してたっ!」

 

「レナさんの事でしょうか?」

 

「ま、まぁ、そう……なるのかな!」

 

 

 沙都子に話しかけられ、取り繕うような笑みを見せる。

 その際チラリと、後ろを一瞥した。

 

 

 釈然としない沙都子に対し、梨花は察したようにコショコショと小さく声をかける。

 

 

「……圭一と話したいのですか?」

 

「うん………………ん? んん!?」

 

 

 本音が出て、思わず魅音は自身の口を押さえる。

 暗がりでも伺えるほど、赤面していた。

 

 

「圭一さんと話されたいのですか? なら、私が呼びま──」

 

「い、い、い、良い良い良いっ!!」

 

「え? 大事な話でもされ」

 

「大丈夫大丈夫!! また後で良いからさっ!」

 

 

 沙都子を引き留めた後も、ついついまたチラリと、二人を見た。

 

 

 

 

「…………良い、から」

 

 

 表情は切なそうだ。

 彼女の目は、圭一とレナの繋がれた手に注がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を観測した上田と山田。

 山田はオニ壱の頭部を落っことした事に気付いていない。

 

 

「……めちゃくちゃ二人を見てるな、園崎魅音」

 

「めっちゃチラチラ見てましたね」

 

「……まぁ、あの子……どうにも、少年に惚れていたっぽいからな」

 

「……えっ? そうだったんですか? 魅音さんが?」

 

「気付かなかったのか……」

 

 

 上田は溜め息を溢し、口を噤んだまま首を振る。

 

 

「……人間ってのは奇妙だなぁ。殺されかけたってのに、その相手と寧ろ距離が近付いちまった。殺したいほどアイラブユーってか?」

 

「でもまぁ、圭一さんの性格もありますよ。圭一さんずっと、レナさんの事を気にかけていましたし。結果的に何も起きなかったのなら、良いんじゃないですか? 知らんけど」

 

「大阪人みたいな話の締め方やめろ」

 

 

 二人もまた、圭一とレナの繋がれた手を見る。

 どちらかと言えば圭一が手を引いてやっている状態だが、間違いなく二人の心的距離は縮まっているハズだ。

 

 

 

 

「失礼します」

 

「はい?」

 

「詠います」

 

「なんで?」

 

 

 突然上田は、息を吸い込んだ後に一句詠み始めた。

 

 

 

 

「秘めて潜めしこの思い」

 

 

 左手をクルクルクルと回し、おでこに当てる上田。

 山田も咄嗟に真似して、なぜか頭の上まで手が行ってしまった。自分の手を二度見する。

 

 

「重ねて姫初め思い重い」

 

 

 右手をクルクルっと回して、またおでこに当てる。

 山田も真似するが、ペチっと自分のおでこ叩いて「なんてこった!」と顔を歪めた。

 

 

「曽根崎心中(しんじゅう)、それだけ心中(しんちゅう)……黒沢かずこは森三中」

 

「駄洒落かよっ!」

 

「駄洒落ではないッ! 文学だッ! 実は俺は、亀山歌の継承者なんだ。マーベラスッ!」

 

「てか森三中関係ないし!」

 

「優れた文学には遊び心があるものだよ」

 

 

 そう言って上田は突き出ていた枝に頭をぶつけた。

 枝には、「クレア黒沢」と文字が彫られていた。

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「──おぉうっ!?」

 

 

 背後で頭をぶつけて転ぶ上田に気付かず、圭一とレナは共に歩く。

 

 

 レナを立ち上がらせ、とりあえず手を引いた。

 怪我をした腕には、魅音の持っていたタオルで硬く縛り、止血している。

 

 

 圭一は奇妙な感情を抱いていた。

 むず痒いような、恥ずかしいような、安心するような。とにかく、初めて抱いた感情だ。

 

 

 レナの手を引いていて思った。

 最初はヒンヤリとしていた彼女の指が、次第に熱を帯び始めている。

 血が通っているようだ。その様子に圭一は、謎の安堵を感じていた。

 

 

 

「…………れ、レナは……」

 

 

 前方と後方の全員が話し始め、黙ったままが厳しくなって来る。

「話さなきゃ」と、強迫観念に押されて、圭一はやっと口を開く。

 

 

「……レナは、さ」

 

 

 俯きがちだった彼女の顔が上がる。

 ぼんやりとした瞳だ。夢から醒めたかのような風にも思えた。

 

 

「……なんでさ……その……元に、戻れたって言うか……いやあの、元に戻るって表現は変だよな……何と言うか……」

 

 

 見切り発車の会話は、どこか尻窄み。

 何を言ってんだと圭一は、心中で自分を責めた。

 

 

 しかしレナは圭一の言いたい事を理解したようで、答えてくれる。

 

 

「……良く、分かんない」

 

「……え?」

 

「なんであんなに怖かったのか、みんなが敵に見えたのかとか……」

 

「………………」

 

 

 レナは言い辛そうに口をモゴモゴさせた後、決心したように開いた。

 

 

「……圭一くんと一緒に死のうって思ったのかとか……分からない」

 

「………………」

 

「……でもね。圭一くんの話を聞いたり、腕から血が出ているのを見てたら……」

 

 

 弱々しく微笑みながら、レナは圭一と目を合わせる。

 

 

「……圭一くんや、みんながいなくなるのがとても……怖くなってきたの」

 

 

 表情に対し、その目は泣き出しそうだ。

 

 

「……鷹野さんのスクラップ帳も……なんであんな物、信じ込んでいたんだろうなぁ」

 

「……そう、か」

 

「……圭一くんは、さ」

 

「ん?」

 

「あの時、言ってくれたよね。『過去は過去だ。そんで人生、隠したい過去なんて幾らでも誰にもある。それを開けっぴろげにする事が、正しい訳じゃない。隠したって良い』……良く思い付いたね」

 

 

 レナにそう言われた圭一は、少し気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「あー、あれなぁ……実は、俺が思い付いた訳じゃねぇんだ」

 

「そうなの?」

 

「レナを探しに行く前にな……魅音と、沙都子に俺のやった事を打ち明けてな」

 

 

 前方を歩く、魅音と沙都子を見る。

 

 

「そしたら言われたぜ……『仲間に隠し事はしたらいけないワケ?』とか、『償いをしたなら終わり』とか」

 

「………………」

 

「目から鱗って奴だな……みんな、俺たちが思っていた以上に、優しいんだ」

 

 

 

 レナは丸い目で、彼を見つめている。そして次には、見覚えのある微笑み顔となった。

 いつも見てきた、彼女のいつも通りの笑顔だ。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 圭一はその笑顔を眺め、本当の意味で安堵する。

 

 

 気付けば、森を抜けて道路に出ようかとしていた。

 やっとみんなで、雛見沢村に帰れる。全員がそう思っていた。

 

 

 

 

 

 ただ、現実はそんなに甘くはないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道路をひた走る一台のパトカー。

 運転する矢部と、案内をする大石のペアだ。

 

 

「運転荒いですよ矢部さん!」

 

「警視庁じゃこれが標準や」

 

「赤坂さんは意外と丁寧でしたよ?」

 

「お? ここショートカット出来そうやな」

 

「ちょちょちょちょちょ!?!?」

 

 

 掟破りの地元走りを披露してやる。

 リアビューミラーにぶら下がっていた、「仁D」と書かれたスプリンタートレノのキーホルダーが揺れる。

 

 

「大体、探しましたからねぇ……可能性があるとすれば、この辺でしょうな」

 

「どこにおるんやぁ? 早う見つけんと、手遅れになるで……!」

 

 

 大石は自身の腕時計を確認する。

 

 

「……報告を受けて、もう一時間。こりゃもう、無理ですか……」

 

 

 内心、矢部も諦めが現れ初めていた頃だ。

 車を飛ばして、もう五十分ほど。村内は諦め、谷河内までの道を走っている。

 

 

「……いや、まだやまだや」

 

 

 アクセルを強く踏み込み、スピードを出す。

 もう矢部の中では、竜宮礼奈への敵意と懐疑心は一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死に礼奈の発見を祈り続ける、大石と矢部。

 その祈りは、とうとう届く事となる。

 

 

 

「……おや?」

 

 

 遠く、道路沿いを歩く複数の人影。

 もう暗くなっており、街灯が点々と点く頃だ。ひぐらしさえ鳴き止む時間帯。

 

 こんな滅多に人の往来があるとは言えない場所。

 大石は訝しげに思い、目を凝らす。

 

 

 次の瞬間、愕然とした様子で両眼をかっ開いた。

 

 

「矢部さんッ!? いました、いましたよぉッ!?」

 

「おおお!? おったッ!? おったでぇッ!?」

 

 

 すぐにパトカーは、その人だかりに寄せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人だかりとは、山田と上田、そして部活メンバーの事だ。

 山を降り、森を出て、汗でベトベトになりながら一行は、道路に出た。

 ここまで来れば、村まで三十分ほどの距離。全員がホッと、息を漏らした。

 

 

 しかし次には、ドキリと肝を冷やす。

 パトカーが一台、こちらに寄って来たからだ。

 

 

「…………ッ」

 

 

 怖くなり、表情が強張るレナ。

 彼女のその様子を確認した魅音が、レナの肩を叩いてやる。

 

 

「良い? みんな。『レナは何もやっていない』。警察の目が怖くて隠れていただけ」

 

「え?」

 

 

 魅音の言葉に驚くレナと、首肯する部活メンバーら。

 

 

「レナは、あの夜にあった事はキッチリ全部言えよ。あの間宮律子の件は正当防衛で何とかなるって!」

 

「みぃ。ボクらも何とか口裏合わせるのですよ〜」

 

「レナさんも反省していらっしゃいますし……山田さんも上田先生もそれでよろしいですわね?」

 

 

 沙都子に話しかけられ、山田と上田は互いに見合わせる。

 そして「仕方ないな」と、肩を竦めた。

 

 

「まぁ、矢部さんたちの勘違いのせいっぽいですし、アイコロですよね」

 

「相殺な?……しかし、もう二度とないようにするんだぞぉ?」

 

「ところで上田さんたちが消えた件は、なんて事にしますか?」

 

「上田のせいで遭難した事にするのです。にぱー⭐︎」

 

「俺のせいか!?」

 

 

 レナは目をパチクリ動かし、全員を見渡した。

 潤んだ瞳で微笑み、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

 

 

「……ごめんね……みんな……ごめんね……!」

 

 

 泣き出し、圭一の手を離して涙を拭う。

 彼女の姿を見て皆は少しだけ困った顔で笑う。

 

 

 

 レナを慰めようとする前に、パトカーは一行の前に停車。

 急スピードからの急停車なので、轢かれないかと全員少し慄いた。

 

 

 

 

 

 中から出て来た刑事は、大石と矢部だった。

 意外な人物たちに、山田は驚いて声をあげる。

 

 

「あっ! 矢部さんと、リトルバスターズさん!」

 

「私の事言ってるんですかねぇ? 蔵人です」

 

「良くここが分かりましたね!」

 

「いや、偶然や……それよりもなぁ……」

 

 

 上田の存在に気付いた。

 

 

「アレ!? 先生ぇやないですかい!?」

 

「本当にタイムスリットしてたのか……」

 

 

 次に部活メンバーが彼を指差し、口々に言う。

 

 

「あ!? あん時の不審者じゃねぇか!? 時計屋じゃなかったのかよ!」

 

「色々引っ掻き回してくれた間抜け不審者じゃん!? ソウゴくんは見つかったの?」

 

「あのずっとニコニコしてた人……? 結局ツクヨミちゃんって誰なのかな……」

 

「ブツブツ言いながら神社から出て来た人ですわ!?」

 

「見るからに目付きがヤバい感じの変人なのです!」

 

「ワシは一体何をしたんやッ!?」

 

 

 そんな事はどうでも良いと首を振り、すぐに矢部の視線が、レナに注がれる。

 捕まえられのかと動じてしまい、レナは半歩だけ下がってしまった。

 

 

 またレナを責め立てるのだろうか。

 全員が矢部の言葉に注意する中、彼から放たれたのは意外な言葉だった。

 

 

「竜宮礼奈やな!? 病院まで送るから、早うパトカー乗れ!!」

 

「……え? 病院?」

 

 

 魅音がどう言う事かと訝しむ。

 対して圭一は納得した様子だった。

 

 

「レナの父さんだ。ほら、今も入院中で──」

 

「それやッ!! その親父さんが今、大変なんやッ!!」

 

「え?」

 

 

 矢部が駆け寄り、焦燥感に満ちた顔でレナの前に立つ。

 現場にピリピリとした空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっき、容態が急変してなぁ!? もう……保たへんのやッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 全員が、胸に穴を開けられたかのような戦慄を覚えた。

 蒸し暑い熱帯夜さえ、冷え込んだ錯覚に陥る。

 

 

 

 さっきまで感じていた安堵が、一気に霧散してしまった。

 

 息を呑み、吐き出せない。

 レナは顔面蒼白で、矢部の報告を前に倒れてしまいそうだ。

 

 

 

 

「お父……さんが……!?」

 

 

 突然の展開に、レナのみならず皆が追いつけずにいる。

 ただ照り始めた十六夜の月光が、いつも通りにして物悲しく場を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトカーが一台停車し、すぐに中から三人が降車する。出てきたのはまず矢部、大石、そしてレナと圭一だ。

 

 

「こっちや! 早く!!」

 

「は、はい!」

 

「間に合うか……!?」

 

「間に合うと良いんですがねぇ……!」

 

 

 二人に案内される形で、レナは大急ぎで病院に入った。

 

 

 

 その数分後に、もう二台のパトカーがやって来る。大石が残りのメンバーを回収する為に呼んだものだ。

 それぞれのパトカーから出て来たのは魅音ら部活メンバー、そして山田と上田だ。

 

 

 

 いち早く降車した上田、山田、魅音が病院に入る。

 しかし矢部ら既に、エントランスからいなくなっていた。山田は必死に辺りを見渡す。

 

 

「あ、あれ!? 矢部さんたちどこ行った!?」

 

「多分、集中治療室だッ!! そこに行けば良いッ!」

 

「あっ! ほら、地図があるよ!」

 

 

 魅音に示され、エントランスの壁に設置されていた院内マップを確認した。

 

 

 

『←集中治療室 ↑ハルケギニア リハビリステーション→』

 

 

 

 集中治療室は矢印の先、廊下の奥にあるらしい。

 

 

「こっちみたい!! 山田さん上田先生早くッ!!」

 

「ギーシュと決闘ッ!!」

 

「どこ行く気だっ!」

 

 

 上へ飛ぼうとする上田を山田は阻止し、三人は集中治療室へ走る。

 

 ようやく標識が見え、明確な場所が分かった。しかしその前で、突如現れた医者に引き止められてしまう。

 なぜか女装しており、胸に付いている名札から、名前は「アキコ」らしい。

 

 

「ここより先は、関係者と親族以外は立ち入り禁止なんですー!」

 

「えぇ!? そんなぁ!」

 

 

 医者に引き止められ、魅音は頭を抱えた。どうにか出来ないかと、上田は彼に頼み込む。

 

 

「どうしても無理ですか?」

 

「当院の規則なんですー! 申し訳ありせーん!」

 

「彼、ここで入院されている方の娘さんの、ご友人なんです。何とかなりませんか?」

 

「でも、規則なんですー」

 

 

 焦ったくなった魅音が上田を押し退け、直々に懇願する。

 

 

「ほんとお願い! 園崎権限って事で、そこを何とか!」

 

 

 それでも無理だろうと山田は思いながら、医者におずおずと頭を下げる。

 彼は難しい顔をしたまま、三人に言いつけた。

 

 

 

 

「良い〜よぉ〜!」

 

 

 一転しての快諾に、一同ずっこける。

 山田が首無しのオニ壱を労りながらツッコんだ。未だに山田は首無しだと気付いていないが。

 

 

「良いのかよ!?」

 

「良いわよぉ! 規則なんかクソ食らえよぉ!」

 

「な、なんかオーケーっぽいし……とにかく行くよ!」

 

 

 後続の梨花と沙都子が、息を切らしながら走って来る。

 上田は二人と合流しようと立ち止まるが、山田と魅音は気が焦っていたせいか集中治療室へ先々と行く。

 

 

 

 奥にあった両開きの扉を開くと、医者や看護師が行き交う廊下に入る。

 二人は無我夢中で突き進み、病室を目指す。

 

 

 

 向かい側から頭に花冠を付け、白い民族衣装を来た北欧人の一団とすれ違う。

 一人はなぜか熊の着ぐるみを抱えていた。

 

 

「サマーミッド。サマーミッド」

 

「メイクイーン。メイクイーン」

 

「ソノザキ・キョニュウ。コイツ・ヒンニュウ」

 

「!?」

 

 

 思わず二度見する山田だが、足は止めなかった。

 そのまま二人は廊下の角を曲がり、病室へ辿り着く。

 

 

 

 

 

 後に続いていた上田に、梨花と沙都子も、集中治療室への廊下に入る。

 

 

「さぁ、二人とも! こっちだッ!」

 

「レナさん、間に合ったのでしょうか!?」

 

「せめて間に合って欲しいのです……!」

 

 

 向かい側から、例の一団と遭遇する。

 なぜか上田だけ彼らに絡まれ、梨花と沙都子だけが先へ行く事となった。

 

 

 

 

 その間二人もやっと角を曲がり、病室へと辿り着いた。

 大きな広間には多くのカーテンがあり、患者と患者を仕切っている。

 

 

 

 

 

 レナがいたのは広間の更に奥にある、窓付きの壁一枚隔てた特殊な病室。

 窓の前で、魅音と山田が立ち尽くしている。

 

 

 ガラス越しで見えたのは、変わり果てた姿の父親に抱き付く、レナの姿だった。

 

 

「……あ」

 

 

 梨花はピタリと、少し離れた箇所で立ち止まった。

 沙都子だけ窓際へと近付き、山田らと合流する。

 

 

 

 

 ここからでも良く見えた。

 泣き叫ぶレナと、居た堪れない表情の圭一に矢部と大石。

 

 そして、一本線が真っ直ぐ横へ伸びた心電図。

 

 

 遅かったのだろう。そして救われなかった。

 

 

「………………」

 

 

 呆然と立ち尽くす梨花。

 彼女に気が付いた山田が、そっと歩み寄って来た。

 

 

「……来た頃には既に、意識を失っていたようでして……」

 

「………………」

 

「……梨花さん?」

 

 

 ふらりと立ちくらみを起こし、倒れそうになる。

 山田は急いで梨花を支えようとしたものの、何とか堪えたようだ。

 

 

 額を押さえながら梨花は、吐き出すように呟いた。

 

 

「……思えばずっと、そうだったわ」

 

「え?」

 

 

 雰囲気の変わった梨花に驚く山田。

 そんな彼女の様子さえ無視し、梨花は父親の死体に抱き付くレナを眺めた。

 

 

 

 

「……何かがある代わりに……何かが消える」

 

 

 

 

 魅音と沙都子がレナを慰めようと、病室に入って行く。

 

 

 

 

「……完全な大団円なんて……絶対にない……絶対に来ない……」

 

 

 

 レナを背後から抱き締める魅音の姿。そっと寄り添う圭一と沙都子。

 

 部活のメンバーは誰一人として欠けていない。

 なのに漂う、悲しみと遣る瀬なさ、そして孤独。

 

 

 

 

 

「……だからなのです……山田……だから……」

 

「はい……?」

 

 

 ジッと、梨花は山田の方へ視線を向ける。

 

 

 

 その瞳には縋るような、弱々しい光を浴びていた。

 

 

 

「……それでも。みんなを、救えますのですか……?」

 

 

 咄嗟に山田は、言葉を思い付けなかった。

 悲しい目付きで見つめて来る梨花を前にただ、黙り込んでしまう。

 

 

 あまりにも状況が仄暗い。

 山田にもまず、整理する時間が欲しかった。

 

 

 

 

 

 集団に絡まれていた上田もやっと到着する。隣には一人のお爺さんが付き添っていた。

 

 

「……なんてこった」

 

「ベニスニシスーーーーッ!!!!」

 

 

 落日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TRICトリックK

 

 

 

言葉にならない夜は

あなたが上手に伝えて

 

絡みついた生ぬるいだけの蔦を

幻だと伝えて

 

 

心を与えて

あなたの手作りで良い

 

泣く場所があるのなら

星など見えなくて良い

 

 

 

呼ぶ声はいつだって

悲しみに変わるだけ

 

こんなにも醜いあたしを

こんなにも証明するだけ

でも必要として

 

 

 

 

あなたが触れないあたしなら

 

ないのと同じだから

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