TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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大災害

 夏の朝は昼と紛うほどに眩いものだ。

 

 朝が来たと、仕事に向かう誰かの車が遠くを走る。

 それら全てを望める、畑が挟む小さな小道。そこ行く沙都子の肩を、誰かが叩く。

 

 

 振り向くと、圭一と魅音がいた。

 

 

「よっ。おはよーさん」

 

「あら、圭一さんに魅音さん。おはようございますですわ」

 

「おっはー。おじさんはぁー……ちょっと寝足りないかなぁ」

 

 

 挨拶の後に、圭一はきょろきょろと辺りを見渡す。

 

 

「お? 梨花ちゃんは?」

 

「……もうっ、まだ昨日の次の日ですわよ」

 

「あー……そ、そっか」

 

 

 さすがの圭一でも察する事は出来た。

 丸一日、蒸した小屋で明かしたのだから体調を崩すのは無理もない。

 魅音が心配そうに、沙都子に聞く。

 

 

「大丈夫なの? 今、梨花ちゃん一人?」

 

「山田さんと上田さんが留守番をしてくださっていますわ」

 

「はは! そりゃ下手な用心棒より安心だねぇ!」

 

 

 それならと、圭一が魅音に提案を入れる。

 

 

「今日、学校午前中までだっけ? お見舞いに行ってやろうぜ」

 

「あー。祭りの準備に先生たちも行くからだっけ……生憎、おじさんも昼から村の会合に出なきゃでさぁ……」

 

「そうなのか? 大変だなぁ、次期当主様ってのは……じゃあ、俺だけで行くか」

 

「ホント、こればっかりはごめん! ひと段落ついたらスイカ持って行くからって、梨花ちゃんにも言ってて!」

 

 

 手を合わせ、行けない事を謝罪する魅音に、沙都子は首を振って「気にしていない」と笑う。

 

 

「圭一さんも、お気持ちだけで十分ですわ! 言っても昨日の梨花、お料理は食べていらしたし、明日には全快になっているでしょうし!」

 

「まぁ、あまり酷くはないんなら良いけどよ……」

 

「梨花は私が見ておきますから……それに圭一さんは、何よりも行かなきゃいけない所がございましょう?」

 

「!」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような、唖然とした顔を圭一は見せた。

 魅音は少し目を逸らして言い辛そうにした後、ニカッと笑って彼の背をかなり強めに何度も叩く。

 

 

「どぅッ!?」

 

「そ、そうだよ圭ちゃん! 病院のレナに差し入れでもしてあげなきゃね!」

 

「おうッ!?」

 

「みんなレナの復帰を心待ちにしてるって、ちゃんと言ってやりなよ!」

 

「イテェよ魅音! 車に追突されたかと思ったぞ!?」

 

 

 怒る彼の前で、朗らかに笑いながら「ごめんごめん」と軽く謝る魅音。

 

 そんな彼女の胸中は穏やかなものではない。

 勿論、レナの事を心配している点は絶対。

 

 対して、圭一がレナとくっ付くだろうと言う事も、認めたくない思いがある。

 だが、父親を亡くしたレナには慰めが必要で、その役割を担うのは圭一が一番適任だとも考えてはいる。

 

 

 早い話、「複雑な気分」と言うものだ。

 

 

 

 レナの話題となり、沙都子は俯きがちで心配そうに、表情を曇らせた。

 

 

「……今一番大変なのは、レナさんですわ。だからこそ、お節介でも慰めてあげなくては……」

 

「確かにそうだけどさ……沙都子よぉ。ほら、さ。そっとしておいてやるのも優しさだぞ?」

 

 

 家族を亡くした。だからこそ接し方に気を配わねばなるまい。

 気持ちの問題もあるが、人一人が亡くなった時と言うのは忙しいものだ。行政への届け出に相続の件、葬式までの準備など、遺族は忙殺される。

 

 

 時間を置き、葬式で慰めの言葉をかけてやる。

 本当に相手の事を思うのならば、寧ろ相手側の準備を待つ必要があるだろう。

 

 

「バタバタしている時に行って、お茶だけ啜って帰るみたいなのも嫌だろ? せめて……明日まで待ってやらなきゃ」

 

「……そうですわね」

 

「あー……なら、さ。圭ちゃん」

 

 

 また少し、言い辛そうにした後、弱々しく微笑んで彼女は頼み事をする。

 悲しさと心配、そこに混ざる複雑さを何とか押し留めながら。

 

 

「……せめてさ。『花』を、持ってって欲しいんだ」

 

「花?」

 

 

 供花(きょうか)の事を言っているのかと、圭一は考えた。勿論、魅音の意図もその通りだ。

 だがもう一つ、意図があった。

 

 

「ウチの庭で咲いてた、綺麗な花でね。ちょーど今朝切った物をさ、レナにもって思って」

 

 

 圭一が何かを言う前にと、「それと」と一際大きな声で話題を繋ぐ。

 

 

「レナ多分、何も食べていないだろうから差し入れも添えて……それならあまり、邪魔にならず慰めになるんじゃない?」

 

「……昨日の後だから、レナも俺と会いにくいんじゃないか?」

 

「だからこそ一回は会っておくべきだと思うね、私は。お葬式までイザコザ引き摺る訳にはいかないでしょ?」

 

「んまぁ、そうだけどよぉ……」

 

 

 もう一つの意図は、やはりレナと圭一を会わせるべきだと言う考えだ。花はそのキッカケにもなる。

 だからこそ魅音は、複雑ではあった。

 

 

「……綿流しにみんなで行こうって、誘って来たら良いからさ」

 

「……!」

 

「ほら! 圭ちゃんって……あー……口達者でしょ? 圭ちゃんならレナを慰めてあげられるって!」

 

「うげっ!?……だからイテェーよ!」

 

 

 そんな複雑な感情を何とか切り捨て、精一杯の力を込めて圭一の背を叩く。

 次いで沙都子に目配せし、後押しをするよう伝えてやった。

 

 沙都子も彼女の考えを汲み取り、圭一に話しかける。

 

 

「そうですわ! それに今、レナさんはお一人……お節介なぐらいが、レナさんもご安心なさいますわよ?」

 

「………………」

 

「あまり大人数で行くのも迷惑だと思うし……どうかな、圭ちゃん……?」

 

 

 口元を縛り、唸りながら熟考した後、圭一は困ったように笑った。

 

 

 

 

「……分かった。花と差し入れ、あと祭りに行く約束だな。了解」

 

 

 軽く敬礼し、降参とも言いたげな表情で二人の提案を飲む。

 魅音と沙都子は共に、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 次第に気温は高まって行く。蝉の声も高まって行く。

 垂れる汗を拭いながら学校を目指す彼らを、停まった車の運転手らが見ていた。

 

 

 魅音らでもさして、興味も示さないような凡庸な車の中。

 その者たちは虎視眈々と、無表情に、子供たちを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面戻り、古手神社。上田の放った爆弾発言の詳細を聞いた梨花は、愕然とした声で繰り返す。

 

 

「村人全員が火山ガスで全滅!? それで二人を呼んだのはレナで」

 

「ホルガぁーーーーッ!!」

 

「……二人を呼んだのはレ」

 

「ホぉールガぁーーーーッ!!」

 

「ちょっと待つのです」

 

 

 梨花は二人を待たせ、家の戸を乱暴に開けてから謎の集団に向かって怒鳴る。

 

 

「うるさいッ!!」

 

 

 またピシャリと閉め、居間に戻る。

 怒られた彼らは小声で「ミッドサマー」と口々に呟いた後、悲しそうな顔で黙り込んだ。

 

 

 

 

 唖然とする二人の前に再度ドカッと座ると、鬼気迫る形相で上田に詰め寄った。

 

 

「……レナが二人を呼んだのですか!?」

 

 

 上田と山田は若干、困惑した様子で首肯し、事の顛末を説明し出した。

 

 

「あ……あぁ……その大人になった竜宮礼奈が、俺の研究室にやって来てな──」

 

 

 その時の彼女を思い出す。

 疲れた見た目だが年相応に穏やかで、どこか若々しさを感じた中年の礼奈の姿。

 

 

 

 

「……先生に、私がずっとずっと……追い掛けて来た謎を解いて貰いたいのです」

 

「……私はとっくの昔に、オヤシロ様の祟りの正体を明かしています。けれどそれは……結局、永遠に謎にされました──」

 

「上田先生……雛見沢村を調べて、私の明かした謎を暴露してください」

 

「みんなの無念を晴らしたいんです……最後まで信じ切れなかった、私の贖罪です……!」

 

 

 

 

──彼女が持ち掛けた依頼を引き受けた事が、この受難の始まりでもあった。

 ここでは自分が、自著作品を礼奈に列挙させられた後に、高級コーヒーを飲まされて断る意思を封殺された事は隠しておいた。

 

 

「……とか何とか言って、もう一度雛見沢村を調べてくれと依頼して来たんだ」

 

「私は巻き込まれました」

 

「おいッ! 割と乗り気で付いて来てたろ!!」

 

「てっきりまた、私の記憶を取り戻す為に関係した場所へ連れてって貰えるんだと思ったんですよ。通称『聖地巡礼』」

 

「俺は最初に内容を言ったよな?」

 

「タダ飯食えるんで。えへへへへへ!!」

 

「良いから話を戻すのです」

 

 

 二人だけで話を始めたので、梨花は不機嫌声で遮る。

 彼女の少女らしからぬ貫禄に負け、二人は「はい」と呟き、言われた通り話を戻す。

 

 

「……それで、彼女と合流する前に、廃墟となった未来の雛見沢村に来て、祭具殿に入ったら……気付いたらタイムスリットだ」

 

「……だから最初の夜、忍び込もうとしていたのですか。未来に帰れると思って」

 

「私を置いて、ホント最低な奴だな上田」

 

「黙れッ!!」

 

 

 上田の話した、礼奈の言葉を聞き、山田なりに補足を入れてやる。

 

 

「……矢部さんの話だと、レナさんは学校を爆破したとの事です。何らかの原因で雛見沢少林拳を」

 

「症候群な?」

 

「症候群を発症したんでしょう。その後に精神病院に入ったらしいですし、それで災害を免れたんでしょうね」

 

「発症した原因だが……まぁ、それが今回の件だろう。父親に嫌われたと思い、更には殺されかけ、最後はタカノンのスクラップブックを拾った事がストレッサーとなったのだろう」

 

「そのスクラップブック落としたのは上田さ」

 

「黙れ黙れ黙れッ!!」

 

 

 二人の話を聞いた後に、梨花は口元に手を置いて考え込む。

 村が火山ガスで崩壊するなど、思っても見なかった未来だ。故に当惑している。

 

 

「……本当に自然災害なのです?」

 

「そこが疑わしいところなんだが……あぁ、そうだ。どうせなら、アレを見せてやろう」

 

「アレ?」

 

「あぁ。アレ……だぜぃ。山田!」

 

 

 上田はすぐに、山田へ命令を飛ばした。

 

 

「はい!」

 

「アレを持って来い!」

 

「サー・イエッサー!」

 

 

 威勢よく返事をし、立ち上がりアレを取りに廊下へ出ようとする山田。

 廊下に片足を出した途端に、動きを止めて振り返る。

 

 

「アレってなんですか?」

 

「………………」

 

 

 仕方なく上田が二階へ取りに行く。

 戻って来た彼が抱えていた物は、二冊の本だ。

 

 

「これは?」

 

「未来で俺たちが、興宮の図書館で借りた雛見沢村に関連する本だ。一冊目は村自体の歴史を著した概要書で、二冊目は災害後の報告書だ」

 

「……二冊目の方を貸して欲しいのです」

 

 

 手渡された書物を開き、まずは目次を読んだ。

 被害状況と原因、そして発生から発覚までのあらましなどが網羅されている。

 

 

「六月二十二日。突如として噴出した火山性ガスにより、村民二千人が……待って。綿流しの三日後……?」

 

「あぁ。どう言う訳か、君が殺されると言う日に起きている。偶然にもな?」

 

「………………」

 

「しかし、この数日村を見て回ったが、一切の兆候が見当たらない。それに廃墟となった村を見ても、生態系のダメージが見当たらなかった。ガスは鬼ヶ淵沼からだとあるが、どうにも火山があるようには思えん」

 

「………………」

 

「それにどうにも、未来じゃ雛見沢村の件を隠したがっているようにも思える。テレビでも特番はなし、関連書籍もなし。ネットで検索してやっと出て来るのは、オカルトサイトだ」

 

 

 一ページ一ページ捲り、大災害の概要を読み進めて行く梨花。

 あらかた把握した後に目を細めつつ、上田に質問した。

 

 

 

 

「……ねっと、さいとって、なんなのです?」

 

「なに?……あぁ、そっか。この時代にインターネットなんざ、都会でも普及してないな。こんなドドドド田舎じゃ無理もないか」

 

「こんなドドドド田舎で悪かったのです」

 

「まぁ、公にされていない上、俺たちの時代じゃ存在さえも忘れられてるって事だ。村関連の書籍がその二冊ってのが、それを物語っている」

 

 

 上田の解説を聞いた梨花は、合点がいったような感じで頷いた。

 大災害と聞いた時に見せた動揺は、もう落ち着いている。

 

 

「……つまり、『本当に火山性ガスが出たかは分からない』って、事なのです?」

 

「そこはまぁ、何とも言えんが……」

 

「未来のレナはなんて?」

 

「災害については何も…………あ、そう言えば」

 

 

 依頼に来た彼女は確か、昔の新聞記事を広げて色々と熱弁していたなと思い出す。

 その時の礼奈の様子に多少圧倒された事を、昨日のように想起した。

 

 

 

 

 

 

「──寄生虫が人を狂わせるんです!」

 

「村が滅んでからみんな、連鎖的におかしくなっているんです」

 

「村で何かがあって、寄生虫に操られ……滅んで」

 

「でも村の崩壊の後すぐ、同じ場所の出身者が事件を起こすなんて、偶然とは思えません!」

 

 

 

 

 

──村が崩壊した後に、雛見沢村出身者がこぞって精神的に不安定になった件についてだ。

 上田は以上の事も梨花に話してやる。

 

 

「村が災害に遭った後、村外にいた村の出身者が連鎖的に事件を起こしたとか……」

 

「………………」

 

「似たような事をタカノンも言っていた。村から出た者は、寄生虫が必死に引き戻そうとして、鬼みたいに狂わせるとか何とか……」

 

「………………」

 

 

 困惑するかと思われたが、意外な事に彼女は冷静だった。

 

 

「……あぁ。そう言う事ね」

 

「何がです?」

 

 

 目が据わり、何か気付いた風な彼女へ、山田はおずおずと話しかける。

 梨花は本を読み進めながらも、ただ一言だけ告げた。

 

 

 

 

 

「災害なんて嘘なのですよ」

 

「はい?」

 

「ワッツ? え? どしてだ?」

 

 

 突然の否定に、寧ろ当惑を見せたのは上田と山田だ。

 二人の反応を、予想通りとも言いたげな涼しい表情で梨花は眺めている。

 

 

「纏めて入江から説明して貰うのですよ。その前にボクも……問いたださなきゃ駄目みたいです」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「とりあえず今から呼び出すのです」

 

「今から!?」

 

 

 梨花はすぐさま黒電話を取り、ダイヤルを回して入江診療所に連絡を飛ばした。

 そんな彼女の背中を、上田山田と、次郎人形と首無しオニ壱が見守っている。

 

 

「みぃ、おはようなのです。突然だけど、今から十分以内にボクの家に来てください。はい」

 

 

 ガチャっと受話器を置く。

 見守っていた面子は思わずガクッとずっこけ、山田はツッコむ。

 

 

「体育会系の先輩の呼び出しかっ!」

 

「迷惑じゃないか……?」

 

「まだ診療所を開ける時間じゃないのです。入江なら速攻来るのですよ」

 

 

 それから梨花は、二人に向かって告げる。

 

 

「……二人は入江が来る前に、一旦出て行って欲しいのです」

 

「な、なに?」

 

 

 突然の締め出しに混乱する上田。

 一方で山田は訝しみながらも、理由だけは予想してみせた。

 

 

「……入江さんを、説得するんですね? 二人だけで」

 

「平たく言えば、そうなるのです。入江が二人を信頼していると言っても、雛見沢症候群の件は極秘……山田たちに気を遣って、ボクの知りたい事を隠してしまいかねないのです」

 

「知りたい事、ですか?」

 

「とにかく入江には、色々隠した上で何とか、ボクが殺されると伝えてみるのです。二人はその協力者として手伝ってくれるとも……」

 

「いやいや、待て待て……信じてくれるのか?」

 

 

 上田の質問はごもっともだ。

 この先の未来で鷹野と富竹が殺され、梨花も殺されて更に災害によって村人全員が死ぬとは、あまりにも突拍子のない話。理性のある人間ならば、嘘だと一蹴するのが普通の反応だろう。

 

 

「……分からない。ボクの話ですから、信じてはくれるハズですけど……半信半疑ぐらい、かもです」

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「………………」

 

 

 梨花は曖昧な表情を見せた。

 いつも自信に満ち溢れている彼女の、知らない一面。入江を引き込めるのか、梨花でさえも不安そうだ。

 

 

 しかし何とかその不安を押し殺すかのように、次に彼女は凛とした眼差しを二人に向ける。

 

 

「……そこは、山田と上田次第になるかもなのです」

 

「なに?」

 

「私と、上田さん次第……?」

 

 

 藤色の長い髪を揺らし、彼女は頷いた。

 

 

 

 

 

 

「まずは鬼隠しを、明かすのです。必ず、入江には二人に話すように言っておきます、のです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして二人は、梨花の家を出ていた。

 途中、境内にいた例の集団に囲まれて花の冠を被せられたが、特に何の支障もなく二人は田舎道を歩いていた。

 

 

 上田は少し、疑わしい様子だ。

 

 

「殺される未来に、雛見沢症候群に、大災害……全く繋がらない上、梨花は嘘だと。理由を聞きゃ、後で入江先生からとか……どうにも秘密主義な感じがするなぁ……それと予言とか、んな非科学的な……」

 

「でも梨花さん、私が未来から来たのは知っていましたよ。それにあの口振り……時を超えた原因も知ってそうです」

 

「あぁ、そうだな。だが、色々と隠し過ぎだ。なぜ梨花が雛見沢症候群の研究を手伝っているのかとか」

 

「後から話してくれるんで、まずは良いんじゃないですか?」

 

「……梨花は普通の少女じゃない。だから得体が知れない……それに鬼隠しを調査させて、何が目的なんだ?」

 

「………………」

 

 

 梨花の話を信じるならば、今年も鬼隠しは起こる。何者かの手によって。

 それを阻止する為、過去の事件を追うのが目下の目的だ。

 

 

「提案したのは俺とは言え、もし過去の事件と今回とでまるで関連性がなかったらとんだ無駄足だなぁ。まぁ、調査はするが」

 

「………………」

 

「しかし、梨花が何を考えているのか分からない。そして、何者なんだ? 俺に説教かました様子を見ても、『お前のような小学六年生がいるか』状態なんだがな。アターッ!!」

 

 

 奇声をあげながら花冠を投げ捨てる上田。

 その隣山田はずっと、肩に乗せたオニ壱を労りながら黙り込んでいた。

 

 

「………………」

 

 

 首を傾げ、眉間に皺を寄せ難しい顔。

 梨花の意図を何とか、推理しようとしているようだ。

 

 

「………………」

 

「何か思い付きそうか、山田?」

 

「………………」

 

 

 

 山田はまず思ったのは、梨花が入江を信用している点だ。彼を引き込む事が重要なのかとも思える。

 そこから色々と思考の試行錯誤を重ね、一つの結論に至った。

 

 

 

 

「…………もしかしてですけど。梨花さん、鬼隠しを──」

 

 

 

 

 言いかけたところで上田が、オニ壱を指差して横槍入れる。

 

 

「と言うかYOU。いつまでその、壊れた人形肩にくっ付けてんだ」

 

「ハァ!? どこが!? オニ壱は壊れていませんよ!」

 

「いやだって、首がないぞ」

 

「はい?」

 

 

 パッと山田はオニ壱を見て、やっと頭部が消えている事に気付く。

 

 最初はポカンと見て、目を二、三回瞬かせ、足を止めてフリーズ。

 停止した彼女に気付いた上田は、振り返って恐る恐る話しかけた。

 

 

「山田? おい? どした?」

 

「………………」

 

「や、山田さん?」

 

「オニ壱ぃぃーーーーッ!?!?」

 

「うぉう!?」

 

 

 突然叫び出し、奇声をあげながらなぜか、オニ壱の身体を掴んで水田に投げ込んだ。

 ドタプンと、泥の中にオニ壱は消える。

 

 

「なんで投げた!?」

 

「ダメダカラーーッ!! ああああああーーッ!!」

 

「や、山田ぁ!? 待て、落ち着けッ!?」

 

「オニ壱ぃぃーーッ!! アタマガ無いナゼーーーーッ!?!?」

 

「やめろ山田ぁ!!……これが雛見沢症候群かッ!?」

 

「ヒナミザワショウリンケンッ!!」

 

「症候群だッ!!」

 

 

 田んぼに飛び込もうとする山田を、阻止する上田。オニ壱は既に、泥の奥へと沈んで見えなくなっている。

 

 

 

 

 二人の馬鹿みたいな茶番劇を、遠目から見つめる者たちがいた。

 車の中から、虎視眈々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雛っ見♡…………沢…♡♡……村♡…♡…♡!連…♡…っ!続♡………!怪♡♡♡死♡…♡っ!事♡……っ件……♡っ捜…査……♡本♡…部……♡♡っ

 

「……なんでこんな、ハートマークやら何やらを……」

 

 

 ここは興宮署内にある、矢部たちが勝手に占拠した会議室。

 彼らはここを拠点とし、来る鬼隠しを阻止すべく、日夜捜査に励んでいた。

 

 

 

 

 立て掛けられた看板を見て、引き気味にボヤいた人物は大石。出勤した彼は、様子を見に捜査本部にやって来ていた。

 

 ドアを開けると、椅子にふんぞり返って肩をマッサージさせている矢部の姿があった。

 マッサージしているのは石原だ。

 

 

「矢部さん。昨夜はお疲れでしたな」

 

「おー! 波平さん! そっちこそお疲れサン!」

 

「だから大石ですって。ちょっとだけ声似ているとか言われますけどねぇ」

 

 

 そう言いながら、かいていた汗を拭いつつ傍らに置いていた椅子に座る。

 

 

「事件性はないとか言っとりましたが、レナさんを取り調べしなくて良かったんですか?」

 

「別に誰か傷付けた訳やないし……まぁ、親父さん亡くしてもーたから、これ以上子どもにとやかく言うのは酷やろ。かまへんかまへん」

 

「兄ィ! なんかいきなり男前になったのぉ!! やっと刑事っぽくなれたんじゃのぉ!?」

 

 

 肩を揉んでいた石原の顔面に裏拳。「ありがとうございます!」と叫びながら床に伏す。

 大石は感心したように笑った。

 

 

「んふふふ! んまぁ、そう言う事にしときましょうか。我々が追うのは、鬼隠しなんですからねぇ」

 

「せや! 鬼隠しや!」

 

「レナさんの件が無関係だったのはまぁ〜、正直なところ拍子抜けしちゃいましたが……もうあと二日です。そろそろ本腰入れてやらねばなりませんな」

 

「それはもう大丈夫。菊池がもう次の一手考えとるわ。ワシらはもう、綿流しまで待っときゃええ!」

 

 

 菊池と言えばと、大石は思い出したように話す。

 

 

「薬品の使い方も熟知していて、変わったやり方で識別しているとか何とか。あのじい様が驚いていたから、腕は確かなんですねぇ参事官は」

 

「あいつそんな凄い事出来んのか。いけすかんわぁ」

 

「さすがは東大理三ですかねぇ。アレが将来、警視総監になると言うのは嫌ですけどねぇ」

 

「分かる」

 

「しかし知り合いが警視総監になったとなりゃやっぱ、感慨深くなっちまうんですかねぇ! まぁ、参事官がなっとる頃にゃあ私はおっ死んでますか!」

 

 

 矢部は気まずそうに顔を背けて、聞こえないよう小声で言う。

 

 

 

 

「まぁ、警視総監になっとんのは赤坂さんやけどな……」

 

 

 未来で警視総監は、大石の友人の赤坂だ。そんな事は未来の話なので話せまい。

 ついでに不意に一つ思い出した事があり、矢部は興味から大石に質問する。

 

 

「そういや赤坂さんから聞いたんやけどな。なんか数ヶ月前ぐらいに、建設大臣の孫を救出したそうやないか」

 

「国ぐるみで隠された話題なのに良く知ってますなぁ……公安なら常識なんですな?」

 

 

 大石は腕を組み、懐かしむようにその時を想起し、語ってくれた。

 

 

「半年少し前に、赤坂さんと初めて会いましてねぇ。本人は身分を隠したつもりでしょうが、青過ぎてバレバレで! それなのに階級は私よりも上のキャリアさんで、対応に困ってしまいましたなぁ!」

 

「へぇ〜」

 

「ただ柔軟な方でしたよぉ。我々に情報を言って、協力を取り付けたんですからな。菊池さんより謙虚な方だから、あの人が警視総監になれば良いのにと思っちまいますな!」

 

「なっとるんやけどな」

 

「今なんと?」

 

「なんもない」

 

 

 石原はなぜか床を、ニョロニョロと這っていた。

 彼を鬱陶しく感じた矢部が勢いよく踏ん付ける。「ありがとうございます!」と石原は叫んだ。

 

 

「……お孫さんの救出はしましたが、犯人は分からず終いでしてな。私ぁ、ダム反対派の園崎が犯人だと言ったんですがねぇ……」

 

「なんや違ったんかい?」

 

「証拠不十分でしてねぇ。追求したらボロが出ると言ったんですが、赤坂さんはもう良いと……」

 

「え? 赤坂さんから取り止めたんか?」

 

 

 

 矢部を身を起こし、意外そうに声をあげた。

 彼の持つ赤坂衛のイメージは、妥協を許さない正義漢。彼ならば犯人をとことんまで追い詰めるハズだと思っていた。

 

 

 それが孫の救出後、あっさりと手を引いた。

 

 

「えぇ。まぁ、お孫さんの救出が目的ですから、深追いする必要はないっちゃないんですがねぇ……終わったらすーぐ東京に帰っちまいましたし」

 

 

 恐らく「例の少女」に妻の死を予言され、蜻蛉返りしたようだ。

 まだ赤坂も青い時代だ。その時ばかり、私情を挟んで捜査を取り止めたのだろう。

 

 

「あの事件後ぐらいに、ダム開発が強行されたと聞きましたな。建設大臣の逆鱗に触れたんでしょうが……先のジオ・ウエキ事件で凍結確定でしょう。園崎しか得してないのが気に食いませんなぁ!」

 

「そのジオウ事件っての知らんなぁ」

 

「矢部さん方が来る一日前の出来事でしたからねぇ」

 

 

 尤も矢部は記憶喪失に陥っていたのだが、大石は気を遣ってその話だけは止してやる。

 

 

「まぁまぁ、私と赤坂さんとはそんな仲で。お子さんが生まれた折には祝いに行きますかね」

 

「東京行くんか? ちと遠ない?」

 

「なぁに! 岐阜と東京なんざ、東海道新幹線で二時間くらいですよぉ! いやぁ、便利な世の中になったもんですな!」

 

「新幹線とかよぉ乗らんからなぁ。構内とか風キツいし」

 

「頭のそれが飛ぶからで?」

 

「大石さんこれ地毛なんですわ。うん。飛ぶとかないから」

 

 

 髪を撫でて地毛アピールをする矢部。

 

 その時、大石の部下でもある熊谷がおずおずと部屋に入って来た。

 

 

「失礼し……あ、大石さんいたんですか。おはようございます」

 

「あら熊ちゃん、おはようさん。どうしたんですか?」

 

「おう、くまクマ熊ベアー」

 

「なんですかそのあだ名……」

 

 

 矢部の変な名付けを嫌に思いながらも、その彼らに伝達があるらしい。

 熊谷は、床で矢部に踏み付けられながらビタビタもがく石原を無視しながら、それを伝えた。

 

 

 

「……矢部警部補にお客さんですよ」

 

「ワシに?」

 

「こんな朝方に? どなたですか?」

 

 

 二人の容姿も併せて伝えてやる。

 

 

 

 

 

「背の高い学者先生と貧にゅ」

 

 

 

 

 

 

 言いかけた途端、彼は背後に迫っていた人物に殴られた。

 何事かと立ち上がる大石らの前で、その人物は怒り心頭に主張する。

 

 

 

 

「誰が貧乳だバカ野郎この野郎おめぇ!」

 

 

 山田奈緒子だ。いきなり殴られてオロオロしている熊谷を、殺意剥き出しの目で睨んでいた。




・TRICKシリーズ全ての劇伴を担当された、「辻陽」さん。実は「仮面ノリダーのテーマ」と、龍騎の挿入歌「果てなき希望」の作曲者さんだったり。ビャァ〜オッ!

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