TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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調査願

 山田の姿を認識した途端、矢部も大石も驚きの声をあげる。

 

 

「山田ぁ!?」

 

「あれ!? あなた、東京から来たマジシャンの……」

 

 

 乱入して来た山田はお構いなしに二人は罵声を飛ばした。

 

 

「うるさいハゲとデブ! 殺すぞ!」

 

「誰がデブやボケェッ!!」

 

「デブは私の方じゃなくて?」

 

「てか口わるっ!?」

 

「ご機嫌斜めのようですねぇ……」

 

 

 犬の唸り声のような威嚇をする彼女を、後から続いた男が何とか止める。

 

 

「ドゥドゥ! お、落ち着け山田! 人間に戻れッ!!」

 

「バカ野郎この野郎おめぇ!!」

 

「『いつもここから』になるなぁッ!」

 

「悲しい時ぃーーッ!!」

 

 

 上田次郎だ。

 ブチ切れ状態の彼女を何とか廊下まで引き摺り出し、入れ替わるようにして部屋に入った。

 

 

「あ! 先生じゃないですか!」

 

「フゥッ!……いやぁ、矢部さん! ご無沙汰してます! まさか、こんな場所でもお会いするとは! これも縁とやらですかねぇ!」

 

 

 初対面の大石が尋ねる。

 

 

「昨日の方じゃないですか。矢部さんのお知り合いで?」

 

「そらもう、二十年来の知り合いですわ!」

 

 

 ペコペコお辞儀する矢部に合わせて、上田もスマートに礼をする。

 その背後で閉めたドアを突き破って中に入ろうとする山田を、必死に押し留めた。

 

 

「山田の奴、どないしたんですか? バイオハザードみたいになってまっせ?」

 

「いや、ちょっとこいつ、今、だーいぶキレてまして!」

 

「キレてないっすよ!!」

 

「キレてんだろがッ!!」

 

 

 ギャーギャー喚く山田を押し切って何とかドアを閉め、鍵をかけた。向こうから激しくドアを殴る音が響く。

 

 

「恐らいですなぁ……これ我々、どこから出たら良いんですかねぇ?」

 

「最悪の場合……窓から出るしかないでしょう」

 

「ここ四階ですけど?」

 

「まぁまぁまぁ。その頃には元に戻ってるでしょう。ハハハ!………………多分」

 

 

 山田が暴走モードとなっている理由は、オニ壱の件だ。

 泥の底に沈んだオニ壱は見つからず、失意の念から人類に対して敵意剥き出しとなっていた。

 

 

 

 

 ともあれ矢部と再会した上田は、大石を交えて、椅子に座りながら対談を始める。

 

 石原と熊谷は、部屋の奥で長机を使って卓球していた。

 

 

「確か昨夜、矢部さんといた刑事さんでしたね? あの時はバタバタしていまして、挨拶が遅れて申し訳ない!」

 

「いえいえ、私の方こそ! 改めて、興宮署捜査一課に所属している大石蔵人です。以後お見知り置きを」

 

「セフィロスさんですね?」

 

「蔵人です。なんで皆さんこぞって、私の名前を間違えるんですか?」

 

 

 次いで上田も挨拶をする。

 

 

「では、私もご挨拶を……私、日本科学技術大学の、もうあと一経験値で名誉教授になる上田次郎と申します」

 

「先生、つい二年前もあと一経験値で言うてはりませんでしたっけ?」

 

「大石さん。お近付きの印に、これをどうぞ」

 

 

 上田は自著作品の「上田次郎の人生の勝利者たち」を手渡す。

 とりあえず受け取った大石は、困った顔でパラパラとページを捲る。

 

 

「あー、これはどうも……」

 

「サインも書きましょうか? 本来なら有料なんですがねぇ」

 

「いえ結構です」

 

 

 嬉々として取り出したサインペンを、嫌々懐に戻す上田。

 

 

 

 

「それで、ご用件は?」

 

 

 本をパタンと閉じ、わざわざこんな朝方からやって来た理由を聞く。

 

 

「ワシらに会いに来たんでしたっけ?」

 

「えぇ。少し、矢部さん方に頼みたい事がありまして」

 

「こっちも出来る事なら、何だって協力しますがなぁ先生!」

 

「実は、一年目の鬼隠し事件の資料が欲しいんですがね?」

 

 

 それを聞いた途端にギョッとしたのは、矢部よりも大石だった。

 

 

「あなたも鬼隠し調べてるんですか!? 大学教授のあなたが!?」

 

「へぇ! 先生もですかい! やっぱ先生、どこ行ってもこう言うのに巻き込まれんですねぇ?」

 

「そうなんですよ。まぁ、理由はちょっと、興味本位みたいなところがあるんですけど?」

 

「いやいや、興味で人が死んでる案件に介入しないでくださいよぉ……」

 

 

 難色を示す大石だが、無理もない。鬼隠し関連は犯人が分からない上、部外者が勝手に行動して巻き込まれでもしたら警察側が責任重大だ。

 それに有名な教授を自称しているとは言え、結局は権限もない民間人。易々と機密情報を流す訳にはいかない。

 

 

 

 

「あ、良いですよ。もう先生の頼みなら!」

 

「ちょっと矢部さん!?」

 

 

 と言うのにこの矢部謙三は易々と協力しようとしている。

 二つ返事で引き受けた彼を、必死で止めた。

 

 

「なんやねんな! 別にええがな資料ぐらい!?」

 

「いやいけませんよ! あんた本当に公安ですか?」

 

「公安に決まっとるやろがい。花の警視庁様やぞ」

 

「警視庁でも地方県警でもですねぇ……上田さんも聞いて欲しいんですが、一般市民に情報を渡しちゃ駄目なんですよ」

 

 

 断る大石を前に、上田も言葉選びを間違えたかと頭を掻いた。

 

 興味本位とは言ったが、実のところは次の鬼隠しを止めるべく、事件の洗い直しをしている。

 だが梨花の予言だとか、未来から来ただとかは言えるハズもないので、「興味本位」と言うのが関の山だった。

 

 

「どうにかなりませんかねぇ……私なら鬼隠しを立ちどころに、ベストを尽くしてズバッと角っと解決出来るんですが」

 

「角っとですかい先生?」

 

 

 それでも大石の態度は変わらない。

 表面上は物腰柔らかだが、彼は筋金入りの刑事だ。

 

 

「そもそも興味とは言え、なぜ鬼隠しを? そう言えばあなた、廊下の山田さん共々、園崎さんと仲が良いらしいじゃないですか?」

 

「おぅっとぉ?」

 

 

 その事も、彼には知られていた。上田は苦笑いしながら目を逸らす。

 

 

「まさかですけど、園崎家に何か頼まれているんですかねぇ? 警察の内情を知らせろ〜だとか?」

 

「いやまさかぁ! それはさすがに無いですよ! 寧ろ恩があるのは、あっちなんですから!」

 

「何にせよ、ヤクザと関わりのある方に情報は流せませんなぁ。まぁ、無関係でも流さないんですが」

 

「そう言って……拒絶した後に、『良〜よぉ〜』って言うのが鹿骨市セオリーなんでしょ?」

 

「いえ駄目です」

 

「ダミットゥッ!」

 

 

 身体を仰け反らして悪態吐く。

 矢部も何とか大石を懐柔してやろうと、横から口を出した。

 

 

「いやだからなぁ? グレゴリー」

 

「大石ですって。なんですかグレゴリーって」

 

「ホラーショー?」

 

「この上田先生はなぁ? これまで様々な難事件を、お一人で解決なさった凄い方なんや!」

 

「そりゃ本当で?」

 

「ハッハッハ! イグザクトリーッ!」

 

 

 矢部にヨイショされ、上田は意気揚々と自己アピールを繰り出した。

 椅子から立ち上がり、学者らしくウロウロしながら話す。

 

 

「私はこれまで、数多の霊能力者と相(まみ)え、そのインチキを暴いて来ました! 先日のジオウも含めて、暴いたインチキ霊能力者の数はおよそ六千人弱ッ!!」

 

「さすが先生!」

 

「いやそんなにいないでしょう?」

 

「付いた二つ名は、『平成のフーディーニ』ッ!」

 

「へいせい?」

 

「あ」

 

 

 思わず未来の元号を口走ってしまい、上田は口を押さえて黙る。

 すかさず矢部がフォローを入れた。

 

 

「へ、へいせい言うのはやなぁ? こう、いつでも平静やからっちゅー意味や!」

 

「はぁ……?」

 

「そ、そうなんです! 上田次郎は動揺しないッ!! 付いた二つ名は、『東洋の二宮金次郎』ッ!!」

 

「二宮金次郎は最初から東洋じゃ?」

 

 

 

 

 

 

 完全に動揺しまくりな上田を、「アルゴリズムッ!」と言う変な掛け声と共に突破されたドアが突き飛ばした。

 山田が渾身の力を込めてドアを蹴破ったようだ。

 

 

「や、山田ぁ!?」

 

「鍵を破った!?」

 

 

 即座に山田から距離を取る矢部と大石だが、彼女は息は荒いものの、落ち着きを取り戻してはいたようだ。

 

 

「あー、ストレス発散……あ、矢部さんとクラナドさん」

 

「蔵人ですって!」

 

「それ秋葉が人生言うてた奴やんけ」

 

「外で話は聞かせて貰いましたよ。あと矢部! 事件解決したのは上田じゃなくて私だろ!」

 

「うっさいわ疫病神! お前学校ン時の件含めて後で逮捕やからな?」

 

 

 次になぜか山田はしてやったり顔を浮かべながら、大石を見据えて宣言をする。

 

 

「大石さん。あなたは、一つとんでもない思い違いをしています」

 

 

 片目を一瞬細めてから、大石は取り繕った笑みで返す。

 

 

「いきなり何を……えぇ? 私が、思い違いですか? なんの?」

 

「えぇ。前に会った時に、仰っていましたよね」

 

 

 思い出すのは、この間の出来事。

 園崎からジオ・ウエキの追い出しを頼まれた山田の元を、大石が訪ねた時。

 夕立を呼び込む入道雲を前に、彼は言った。

 

 

 

 

「園崎家は、『鬼隠し』に関わっていやしないかと、あなたも疑っているんじゃないですかぁ?」

 

 

 

 

 

 園崎家が鬼隠しの犯人だと考えているような言動。

 事実、彼は色々と園崎関連を調査し続けてはいた。

 

 

「鬼隠しが、園崎さんによるものだと、あなたは思い込んでいます」

 

「……ちょぉっと、その言い方は引っかかりますなぁ? まるで園崎は関係ないと言っているような?」

 

「かもしれませんが、そうじゃないかもしれない」

 

「いや明言せんのかい」

 

 

 それでも山田は主張をやめない。

 大石へと指を差し、高らかに宣言する。

 

 

 

 

 

 

「今年の鬼隠しは、この私、山田奈緒子…………と、ほんのちょっぴり上田さんとで阻止します」

 

 

 うつ伏せになりながらも、抗議の眼差しで山田へと振り向く上田。

 彼を無視し、山田は怪訝な表情の大石へと言い放った。

 

 

 

 

「そして過去の鬼隠しも、スパッと丸っと解決してみせましょう。ナッチャンのジにかけてっ!」

 

「ジッチャンの名にかけてやろ。お前のじーさんなんか知らんわ」

 

「私だって知りませんよ」

 

「じゃあなんで賭けてん」

 

 

 これだけ言っても大石の表情は和らぐ事はなかった。

 ただ彼女が、鬼隠しについて何か秘密を得ているのではとは、薄々察する事が出来た。

 

 

 

 

「……山田さんあなたぁ……何か、知っているんですか?」

 

「……それは、事件の資料をいただいてから。あと、白川自然公園まで車出してください」

 

「ワシらはタクシーか」

 

 

 思わせぶりな山田の態度に、大石は暫し真意を探ろうと思考を巡らせた。

 しかし初対面時に抱いた山田への第一印象は、「聞かん坊」。説得でどうにかなる人間ではなさそうだと、判断する。

 

 

 

 尤も金さえ積めばベラベラ話してくれそうなものだが、警察官の立場でそれはマズイので考えない。

 

 

 

 

 

 

 

 数秒ほど熟考した後、諦めたように顔を曲げて溜め息を吐いた。

 

 

「……取り引きと言う訳ですかい。分かりました……資料は渡せませんがね? 調査は我々で、あなた方は『有識者の監修』と言う(てい)でどうにか手を打ちましょう」

 

 

 ここは折れて、出方を伺う姿勢を取る。

 大石の許可を取り付け、山田は「シャアッ!」と叫んで腕を引き、ガッツポーズ。

 

 廊下を横切った悠木が山田を二度見。彼の背後にある壁には「来年二十周年」の文字。

 

 

「ただあの事件、我々の管轄じゃないもんでしてねぇ。一回、白川署に寄らないと駄目ですね。まぁ、知り合いがいるんでどうにかなるでしょうが」

 

「有能やんけイッシー!」

 

「お願シャス!」

 

「ですが一度断っておきますけどねぇ、山田さん」

 

 

 山田の前へと一歩踏み出した大石。

 その間に上田は立ち上がって、服装を整えながら山田の隣で格好付けていた。

 

 

 

 

「あなた、園崎家だけじゃなくて、村の子どもたちとも仲良しのようじゃあないですか」

 

「それがなんです?」

 

「……んっふっふっふ。いいえ?」

 

 

 不敵に笑う大石。彼もまた一年目の事件に関し、何か情報を持っているようだ。

 

 

 

 

「今となっては、あなたに資料をお見せするのが楽しみですよぉ」

 

 

 老猾な雰囲気を感じさせる、丁寧ながらも粘着質な物言い。

 彼の真意が読めず、また山田も警戒心を高めた。

 

 

 今は飄々と佇む大石を、睨むだけしか出来ない。

 その奥、熊谷が放ったスマッシュで、石原がピンポン玉を顔面にぶつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こちら、『────』」

 

「東京から来た例の二人が、刑事らと共に興宮を出発」

 

「進路方向から予測。白川自然公園へ向かう模様」

 

「追跡を続行しましょうか?」

 

「………………」

 

「構わないのですか?」

 

「……はっ。ええ……はい」

 

「分かりました。撤収します」

 

「オーバー」

 

 

 無線機を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白川自然公園は、興宮を出て北上し、車で三十分の場所に位置していた。

 長閑な森と山々に囲まれた、都市の喧騒とは無縁の、雄大な緑の王国だ。

 

 

 山田たちを乗せたパトカーは、駐車場への道を走っていた。

 

 

『いらっしゃいませ 白川自然公園へ』

 

「あ! 兄ィ! 見えて来たでぇ!!」

 

 

 運転手の石原が指差した所には丸太を輪切りにして作った看板があり、彫刻で出迎えの言葉が書かれている。

 裏には当然見送りの言葉があるのだろうと、看板を通り過ぎた後で上田はチラリと窓から見やる。

 

 

 

 

 

『ご完結 おめでとさんです 李岳伝』

 

「!?」

 

 

 二度見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトカーは駐車場に入り、停車。

 中から出て来た人物は、運転手の石原と、助手席の矢部だ。

 大石は別のパトカーで、資料を取りに白川署へと向かった。

 

 

「さぁ先生、到着ですぅ! ここが白川自然公園ですわ!」

 

「奥多摩みたいな所じゃのぉ! 空気美味しい! 空気美味しい!! スーハースーハーッ!!」

 

「喧しいわいお前は」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 騒ぐ石原を殴る矢部の後ろで、後部座席から山田と上田も出て来る。

 蒸し返すような暑さで、まずは顔を顰めた。

 

 

 

 

「あっっつ! どこもかしこもクソ暑いな……さすが田舎……」

 

「平成でこそ温暖化だの異常気象だの言われるが……夏場の平均気温は昭和からあまり変わってないもんだ……そうだ山田!」

 

「いきなりなんですか」

 

「気象予報で降水確率ってあるだろ? アレは何を根拠に、降水確率五十パーセントだの八十パーセントだのと決めていると思う?」

 

「……知りませんよ」

 

「現在と同じ気象条件の過去のデータを、百個抜き出すんだ。で、その中から実際に雨が降ったデータだけを更に抜き出す。その数が十個ならば十パーセント、八十個あったなら八十パーセントと、降水確率が決められるって訳だ」

 

「はぁ」

 

「因みに降水確率の実施は、一九八◯年に東京のみで開始。全国へは八六年からだ。どうだ、為になったろ?」

 

「その知識いまいる?」

 

 

 

 

 上田の無駄知識を披露されながら、一同は自然公園の中へと入って行く。

 向かう先は渓谷上にある、展望台。事前に大石から聞かされていた、その現場への階段をゆっくりと上がった。

 

 

「めっちゃ高いがな! ちょっと風強いんちゃいます!?」

 

「矢部さん。ここにいる全員もう知ってるんですから、外したらどうです?」

 

「いやいやいや先生? 外すとか、ないですから? これホンマに地毛なんで」

 

 

 矢部の言う通り、展望台までの道のりで既に駐車場よりも高所まで来ていた。

 チラリと手摺りから身を乗り出せば、眼下を埋め尽くす木々が見渡せる。

 

 

 

 

 

「ゼヒィー……! ヒュー……!!」

 

 

 体力に自信のある上田はどんどんと先を行く。山田はバテて十段下でヘロヘロ。

 途中から石原と矢部は、「グリコ」をして遊んでいた。

 

 

「オニ壱……! 私に力を……! オリャーッ!!」

 

 

 掛け声と共に一気に駆け上がって行く山田。

 上田らは「なんだコイツ」と言いたげな目で彼女の背を見ていた。

 

 

 

 

 

 案の定、展望台で死にかけている山田。

 彼女を尻目に後続の上田らも、到着する。

 

 

 

 

『手摺りにもたれるな 死ぬぞ』

 

『死んでもいいなら もたれろ』

 

『でっど と おあ と あらいゔ』

 

 

 物騒な注意喚起が載せられた看板を一瞥した後、渓谷が見渡せるフロアに立った。

 

 

 

 崖の先は、頑丈な墜落防止手摺りで遮られている。

 それを跨いだのならば、その先は奈落。底には流れの早い渓流があった。

 

 

 上田は展望台から崖下までの高さを、三角関数を使って見積もる。

 

 

「崖から渓流までの高さはぁ〜〜、あ〜〜……大体四十メートルか」

 

「四十メートルっちゅうとどれぐらいでっか!?」

 

「道頓堀のグリコの看板を二個縦に並べた高さと同じですねぇ。まぁ、落ちたら普通に死ねる高さですね」

 

「そりゃあねぇ! もう見たまんまですからねぇ! 死にますねぇ!」

 

 

 強風が吹き、矢部は頭を押さえて余裕がない様子だ。石原も端の毛を掴んで、飛ばないよう手伝っている。

 

 

 

 呼吸を整えた山田が、上田の立つ崖際まで行く。

 そっと下を覗き込み、青い顔で顔を引いた。

 

 

「高っ! 落ちたら痛そうですね……」

 

「痛いとかじゃない。漏れなく死ぬ。四十メートル舐めるな、YOUはスーパーマンか?」

 

「ヤッホーーッ!!」

 

「ヤマビコやめろッ!!」

 

 

 遠く山の向こうから、「バンサンケツマーッ!!」と全然違うヤマビコが返って来る。上田は驚いて目を剥く。

 

 山田は一息吐いてから、自分の立っている位置を指差す。

 

 

 

 

「多分、この場所から落ちたんですかね?」

 

 

 見てみれば、展望台を囲む墜落防止手摺りには錆や傷の類は少なかった。

 事件後に柵の破損を糾弾され、纏めて一新したのだろう。

 

 

「事件当日の物じゃないとしたら、参考にならんな……」

 

「これが折れるのか……ほいほいほい!」

 

「ちょちょちょちょい山田山田山田ぁ!?」

 

 

 山田は手摺りを掴み、目一杯揺さぶっていた。

 前例のある場所でするには、あまりにも不用心。急いで上田は彼女を止めた。

 

 

「やめろッ! 万が一折れたらどうすんだ!?」

 

「別にそんな、しょっちゅう折れるモンじゃないですよ」

 

「何か分かりましたー!?」

 

 

 後ろから矢部が、頭を石原に押さえさせながら声をかける。

 ただ上田は口元をきつく縛って、首を振るのみ。

 

 

「さすがに事件から三年経ってますからねぇ。当時の資料を大石さんが持って来るまで、待つしかありません」

 

「ほな! ワシら駐車場で待ってますー! 風が! 風が吹いてますんでー!」

 

「あ、そういえば矢部さん」

 

 

 山田は思い出したかのように、去ろうとする矢部を呼び止めた。

 

 

「なんや!?」

 

「村で最初に会った時、極秘任務だの怪しい影だの言ってましたよね」

 

「それがどないしてん!?」

 

「て言うかそれ以前に、どうして雛見沢村に来たのか教えてくださいよ」

 

 

 しかし矢部は、呼び止められて苛ついている事もあって教えてはくれない。

 

 

「だぁーれがお前に教えるかぁ! 極秘任務っつったら極秘任務なんや!」

 

「トップシークレットじゃけぇのぉ!」

 

「まぁそう言わずに矢部さん、教えてくださいよぉ」

 

「まぁ先生が言うなら教えますけど」

 

「!?」

 

 

 上田には従順な彼は、要請を受けてあっさり喋ってくれた。

 釈然としない様子で、山田が彼らを睨んでいる。

 

 

「ワシらが来たんは……ズバリッ! 雛見沢大災害の謎を探る為や!」

 

「それはまぁ、気付いていましたけど……誰の要請で?」

 

「聞いて驚かんでくださいね? これ、警視総監殿の直々なんですわ!」

 

 

 警視総監と言えば警視庁のみならず、日本警察のトップに君臨する警察官だ。

 意外な人物からの依頼と知り、山田は目を剥いていた。

 

 

「津川雅彦に!?」

 

「それはドラマの配役だッ!」

 

「何でも、大災害の前に村で()うた女の子が自分の死を予言して」

 

「「なんですと!?」」

 

 

 聞き覚えのある話題に、上田も山田も綺麗にハモる。

 矢部はその辺もキチンと説明してくれた。

 

 

「警視総監殿はですねぇ、この半年近く前に村に来てたんですわ!」

 

「兄ィ! それ言ってええんかのぉ!? 平成でも隠しとった事件じゃろ!?」

 

「先生やからええねん」

 

 

 良くはないだろと言いたげに、山田は眉を寄せた。

 

 

「で! その子が死んだ日、ホンマに災害起きてて、しかもその子は殺されていたとかっちゅぅ話で!」

 

「え……!?」

 

「んまぁそれ以外に、色んな大物のフィクサーってのが結構な金、なぜか雛見沢村に送ったようなんですわ!」

 

「トイ・ストーリーの会社が!?」

 

「山田。それは『ピクサー』だ」

 

 

 警視総監が公安部在任中に見逃した件を調査する為、矢部たちが旧雛見沢村に派遣されたと言う訳だ。

 

 村を一度見ておこうと来た時に、タイムスリットしてしまったようだが。

 

 

「てな訳ですわ! まぁ、色々は菊池のアホが知っとるハズなんで、また聞いといてください!」

 

「えぇ……分かりました。ありがとうございます」

 

「ほな、下で待ってますぅ!」

 

 

 それだけ言い残し、矢部は石原を連れて下山。

 階段を降りようとした途端、一際吹いた風が何か黒いモジャモジャした物を天へ飛ばした。

 

 

 

 

 残された二人は、まず互いに向かい合わせとなる。

 梨花の話は本当なのだと、認めざるを得ない。

 

 

「……梨花さん、本当に……予言してたんですね」

 

「あ、あぁ……おったまげーだな」

 

「……じゃあ、綿流しの日にあの二人が死ぬ事も本当……?」

 

「…………かもな」

 

「……私たちを未来人と知っていた事も含めて……何者なんですかね?」

 

 

 上田は怯えた表情で、辺りを憚るような声量で予想する。

 

 

「…………ま、マジの……オヤシロ様……の、生まれ変わり……?」

 

「さすがにそれは無いでしょ。神様なら死なないし」

 

「お前不謹慎過ぎないか?」

 

 

 山田は手摺りに寄りかかった。

 熟考しているような真面目な眼差しで、遠く雛見沢村を見据えた。

 

 

 勿論、ここからは山々が遮って見えない。

 だがその向こうに、確かにある。

 

 

 

 

「……でも、なんで梨花さんは『殺される』、んですかね?」

 

「な、なに?」

 

「大災害が実際に起きたとすれば、梨花さんは被災によって亡くなる訳で……じゃあなんで、その前に殺されたんでしょうか?」

 

「ハッ! 何を言い出すかと思えばYOU……そんなの決まってんだろ」

 

「なんですか?」

 

「オヤシロ様パワーだ」

 

 

 呆れた目で、上田を睨む。

 その視線を受けて「冗談だ」とはぐらかした後、彼女の隣に寄る。

 

 

 

 

 手摺りが壊れるかもなので、寄りかかりも手すらもかけなかった。

 

 

「……例え翌日に天変地異が起きようが、それを前以て予測出来る人間はいやしない。それは俺たちの時代でもそうだ」

 

「………………」

 

「人を殺したそのすぐ後に災害が起きたと言うのも……可能性としてはゼロではない」

 

「でも梨花さん、大災害は嘘だって……」

 

「自分が殺される事は知っていたが、災害が起きる事までは読めていなかった。あいつが森羅万象の全てを知っていると言う訳ではないんだろ」

 

「何か気付いた様子でした」

 

「それも含めて……村に戻ったら、入江先生を交えて説明して貰うだけだ。雛見沢症候群についてな?」

 

 

 上田は大きく咳払いをし、「今はここで起きた事件に集中しよう」と話を切ろうとする。

 

 

 だが山田はまだ、続けるつもりだ。

 ほんの少し黙り込んだ後、噛み締めるように疑問を口にする。

 

 

 

 

「……鬼隠しは、男女のどちらかが殺されて、どちらかが消える事件」

 

「あぁ、そうだったな」

 

「……次に来る事件、どっちも死体が見つかっているのはなぜか」

 

 

 富竹が首を掻きむしって死に、鷹野が焼死体で発見される事件。

 言われてみれば確かに、今までのルールとはやや逸脱している。

 

 

「何よりまず……なんで、二人が殺されなくちゃならないのか。今まではダム賛成派、中立派だったり、村全体の意見と対立した人たちばかりでした」

 

「その話はまた後にでも……」

 

「良くありませんよ。気になるんです」

 

 

 これは止められないなと、上田は肩を竦めて諦念。話に乗ってやろうと決めた。

 

 

「……それにまず、富竹さんも鷹野さんも……村の外の人間」

 

「余所者だから、殺されたとか?」

 

「それは無いですよ。富竹さんは毎年来訪するので、村の人とも顔馴染み。鷹野さんに関しては村に医療を届けている方……別に村に敵対している訳じゃない……」

 

「鷹野さんは雛見沢症候群の研究者でもあるな。それが、村の人間にバレたとか……あぁ、そうだった! 病気の事実は、古手家以外知らないんだったか……」

 

「例えそうだとしても、だったら同じ研究者の入江さんが殺されているハズです」

 

「確かになぁ……それにジロウの死因だが、殺されたんじゃなく、病気の発症によってだ。これが分からない……何がストレッサーとなって発症したんだ?」

 

「………………」

 

 

 山田は暫し考え込み、「あっ」と何か気付いたように声をあげた。

 

 

 

 

「分かったのか!?」

 

「あの二人、確か入っちゃいけないって言う祭具殿に忍び込んでいましたよね。上田さんも」

 

「あー……確かに、ジロウのピッキングで………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 上田は彼女の言わんとしている事を察し、青い顔で目を向ける。

 

 

「…………バレてた、とか?」

 

「あの時、屋内で何かバタバターって、音がしたんですよ。私のせいにされましたけど、私は抜き差し足足で」

 

「抜き足差し足だ」

 

「入ったので、音は立ててません……」

 

 

 山田もまた、青い顔をして上田と目を合わせた。

 

 

 

 

 

「……誰か、やっぱいたんじゃないです?」

 

「…………余所者が勝手に祭具殿に入ったから……ここ、殺されたと……?」

 

「…………じゃあ、私たちもヤバいんじゃないですか? ガッツリ、入りましたけど」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 二人は遠景の山々ではなく、展望台を瞬時に見渡した。

 誰かいやしないかと、不安になったからだ。上田に関してはカマキリ拳法の構えを取っていた。

 

 

 人の気配がしないと確認すると、二人は口を揃えて宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「犯人絶対捕まえてやる……!!」」

 

 

 二人再び見合わせ、強い意志を込めた。

 

 

 梨花や富竹や鷹野のみならず、自らの命も危ういと気付き、俄然やる気を見せた。

 やる気と言うよりも、危機感から来た焦燥ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の肩が、次の瞬間同時に叩かれた。

 

 

「出たッ!? やれ上田ッ!!」

 

「ホワチャぁぁあッ!!」

 

「うぉわと!? 危なッ!?」

 

 

 来たな犯人と迎え討つが、見覚えのある人物だった。

 両手を上げて呆然としているその人物とは、大石だ。




・「サザエさん」のアニメ自体は、1969年から続いています。

・東海道新幹線は日本最古の新幹線にして、世界初の高速鉄道。1964年に開業しました。

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