TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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信頼感

 沙都子の元々の家は、村の中心部にある。

 一度、鉄平から彼女を助ける際に、上田は訪れていた。どっしりと構えた二階建てで、村の有力者だっただけありなかなか大きな家だ。

 

 その家の前で、一人で立っている男こそ、上田だ。

 家の鍵は神社にあるからと、沙都子は一度取りに戻っていた。その間、上田は先に待っててと言われ、一人待っている。

 

 

 

 

「……あぁは言っちまったが、どうすりゃ良いんだ……」

 

 

 鬼隠しの調査をするなと言われたのに、もう鬼隠しの調査をしている。

 現状は関わりが深いであろう入江と組み、調査をしないと言う条件で情報と協力を得ている状況。これは立派な、契約違反だ。

 

 

「………………」

 

 

 あれこれ思案し、誰も見てはいないかと確認した上で開き直る。

 

 

「……ま、まぁ、言われたのは『過去の鬼隠し』の中止だからな! コレは一応、『今年の鬼隠し』のヒント探しだ! つまりセーフだセーフ!」

 

 

 大義名分という名の自己弁護をした後、上田はくるっと振り返った。

 

 

 

 すぐ後ろで立っていた人物に驚き、飛び上がる。

 

 

「うぉう!?」

 

「なに一人でブツブツ言ってんですか。ちょっと怖いですよ」

 

「ゆ、YOUか!? 驚かせるんじゃないッ!!」

 

 

 立っていた人物とは、山田だ。入江の関係者ではないと知り、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「……てか、山田……なんでお前がここにいる。診療所で話を聞いていたんじゃ……」

 

「終わったんで、村をブラブラしてました。そしたらここで偶然、上田さんを見つけて」

 

「本当に偶然か……?」

 

 

 説明が足りなかったなと、山田は経緯を付け足す。

 

 

「沙都子さんの実家はここだって、入江さんと梨花さんから聞いたんですよ。ちょっと見に寄ったら、デカい独り言言ってる色々デカい人に遭ったんじゃないですか」

 

「色々デカいは余計だ貧乳」

 

「貧乳こそ余計だろ!?」

 

 

 怒る山田を無視し、上田は辺りにまた目を通す。

 

 

「……梨花は?」

 

「帰りましたよ。『疲れた』って言って」

 

「呑気なこった……あと五日で殺されちまうってのに……」

 

「………………」

 

 

 渋い顔を見せる山田。

 彼女のそんな表情に上田は気付く。

 

 

「どした?」

 

「……いえ」

 

「全く……梨花も災難だろうなぁ。鬼隠しの調査をするって言った後で、こうなるなんざなぁ……」

 

 

 なんだかんだお人好しの上田は、梨花の意図に気付いていない様子だ。

 彼女が入江に圧力をかけ、協力させた裏話を知らない。ある意味、途中で出て行って正解だったのかもしれない。

 

 

 山田は敢えて、黙っておいた。

 騙すような真似をされたと知って、良い気になる人間はいない。事実、山田自身がそうだ。

 

 

「……そうですね。梨花さんも拍子抜けかもしれないですよね」

 

「……なんか、妙に他人事っぽくないか?」

 

「そ、それより上田さん! ここで何やってんですか? 沙都子さんは?」

 

 

 話を深掘りされる前に、話題の矛先を変えてやる。

 上田は顎を撫で、難しげな顔をしながら話す。

 

 

「んまぁ〜……なんだ? ちょっと、鬼隠しのヒントを探しに……」

 

「それやるなって言われたばっかじゃないですか……」

 

「フッ。違うなYOU……言われたのは、過去の事件の禁止……これは、今に繋がる事件の調査だ。つまりセーフ」

 

「学者とは思えない屁理屈だなオイ」

 

 

 得意そうな顔さえ見せた上田だが、すぐに真面目な表情を見せた。

 

 

「……沙都子の一件だけはどうしても気になるんだ。どうにもおかしい……」

 

「…………その……上田さんは、犯人は別にいると? あ、いや、別にいるって言うか、真犯人と言うか黒幕と言うか……」

 

 

 沙都子を犯人扱いすれば、彼をヒートアップさせかねない。恐る恐る山田は聞く。

 だが案外上田は、熱いながらも冷静な物言いだった。

 

 

「あぁ! 第一、考えて見ろ! 中学生女子が一人の力で大人二人を、それも鉄柵を破損させるほどまで突き飛ばせるものか! 雛見沢症候群の発症でタガが外れたやら、鉄柵が細工されていたやらを加味したとしても、物理的な無理があるんだ!」

 

「………………」

 

「それに、ピンポイントで柵が壊れていたって言うのも怪しい……奇妙だ!」

 

 

 熱弁する彼を見ている山田は、ポカンとしていた。

 

 

「……まさかそこまで沙都子さんの事を考えていたなんて……意外でした」

 

「よせやい」

 

「ロリコンか?」

 

「張っ倒すぞッ!」

 

 

 とは言ったものの、山田にも事件当初の状況に違和を感じてはいたようだ。

 自然公園の状況を想起しながら、あれこれ考える。

 

 

「……確かに気になる点は、幾つかありました」

 

「例えば?」

 

「柵の破片ですよ」

 

 

 大石が持って来た物を思い出す。破損し、残った柵の根元の部分だ。

 

 

「大石さんは捜査後に、細工された物と入れ替えられたのではって言っていましたけど……私はアレはまんま、事件当時の物だと思っているんです」

 

「と言うと?」

 

「警察に圧力をかけられるなら、入れ替えなんてせずに『失くした〜』とか言って、分取れば良いじゃないですか。言い訳としては苦しいかもですが、証拠の隠蔽は出来ます。あんな下手くそな替え玉用意したって、怪しむ人には怪しまれてんじゃないですか」

 

「つまり……どうせ怪しまれるのに、替え玉を作るのは手間じゃないのかって事か?」

 

「そうですそうです」

 

「相手が慎重な人間だったらどうすんだ」

 

「慎重は人間ならもっと……上手くやるでしょ」

 

「ごもっとも」

 

 

 納得し、頷いた上で、上田は「なら」と話を続ける。

 

 

「君の言ったあの、『下手くそな替え玉』が本当に事故当時の物とすると……あそこの柵だけボロボロに錆びていたと言う事になるぞ」

 

「そうですけど……」

 

「さすがに不自然じゃないか? 焼き切ったのならまだ納得出来るが……」

 

 

 とうとうそこで、山田は黙り込んでしまった。

 確かにその理由には、全くの推理が立てられていない。

 

 あれこれ考えている山田だが、上田は既に別の事を考えていた。

 

 

 

 

「……そう言えば、俺が出て行った後、入江先生から何を聞いた?」

 

「………………」

 

 

 一瞬だけ、彼女は動きを止める。

 眉間に寄せた皺は消え、思考と言うよりも迷いを伺わせる表情となった。

 

 

「……単刀直入に言いますと……」

 

「あぁ……」

 

「……私たちが、未来で『雛見沢大災害』って言ってるものの……正体? みたいな?」

 

 

 ギョッと目をかっ開き、動揺を見せた上田。一気に山田に詰め寄る。

 

 

「ど、ど、ど、どう言う事だ……!? そんな、大事な話をしたのか!?」

 

「近い近い!」

 

「今話せ! ここで話せ! さぁ話せ! やれ話せッ!!」

 

 

 上田を押して離しながらも、山田は「話す、話すから!」と観念の声をあげる。

 だがその時に限って、待ち侘びていた沙都子が帰って来てしまった。

 

 

「上田先生〜! お待たせしましたわ〜!」

 

 

 急いで二人は距離を取る。 

 妙によそよそしい二人を見て、沙都子はキョトンと。

 

 

「どうかしました? と言うより、山田さんも来ていらっしゃったのですわね!」

 

「そ、そうです。私もお邪魔して大丈夫ですか?」

 

「構いませんわ!……あまり良い思い出のないお家ですし、賑やかで良いですわ」

 

 

 鍵と暗い笑顔を見せた後、沙都子は庇の下にある出入り口に寄る。

 ガチャガチャと開錠している内に、山田は上田へ耳打ち。

 

 

「……後で話します」

 

「仕方ないか……また、古手神社に寄って話そう。梨花にも聞きたい」

 

 

 戸が開き、真っ暗な玄関がその先に現れる。

 沙都子はすぐには入らず、数秒ほど戸の前で立ち尽くした。

 

 陽の光が入り、舞った埃が薄らと見える。

 色々と嫌な思い出が巡ったのだろう。入る事を暫し、躊躇していた。

 

 

 彼女の気持ちを汲み取った上田が、無理をしないようにと話しかけようとする。

 それを沙都子はクルッと身体を向け、八重歯がチャーミングな笑みを浮かべて止めた。

 

 

 

 

「さあ! わざわざ暑い中、取りに戻ったのですから……入って貰わないと損ですわ!」

 

 

 虚勢だと知りながらも、二人は沙都子を止められなかった。何かを言ってやる前に、彼女が先に家の中へ飛び込んだからだ。

 パチッと、玄関の電気が点く。山田が後に続こうと、足を進めた。

 

 

 

 

 

「山田、これだけは教えてくれ」

 

 

 上田の呼び止めに応じ、止める。

 不安そうな彼の表情が妙に痛々しい。

 

 

「……入江先生や、鷹野さんは、これまでの鬼隠しとは無縁だったのか……?」

 

 

 少し目を背けて、言葉を組み立ててからまた合わせる。

 

 

「……それは分からなかったです」

 

「……そうか」

 

「でも私は……少なくとも、入江先生がそんな事をする人に見えませんでした」

 

 

 

 

 山田はそう言った後、自信がなさそうに視線を落とした。

 

 

「……ただの、印象ですけど……」

 

 

 踵を返し、彼女も北条邸の中へ入って行く。

 

 

 診療所で入江の話を聞いた時、彼が沙都子たちを不幸にした人間ではと疑い、絶望した。

 だが山田のその言葉と、声を荒げて土下座までした入江の姿を思い出し、考え直す余地はあると自問自答する。

 

 

「……あの言葉は、嘘ではないと思いたいが……」

 

 

 入江の訴えが虚偽ではないと希望し、上田もやっと足を踏み出した。

 北条邸に入り、戸をゆっくりと閉める。

 

 

 

 

 

 

 外観から察せる通り、間取りもなかなか広い物だ。

 居間を抜けた先にある和室は、襖で幾つかの個室に分けられているものの、全てを取れば十人ほど入っても足りるほど広々としている。

 

 

 だが、雨戸で窓の全てが閉じられた屋内は、電気を付けなければ何も見えないほど暗い。

 また電気を付けたは付けたで、白熱灯の寒々しい光が目立った。それが無駄な広さも相まって落ち着かなさと虚しさを感じさせて来る。

 

 

 沙都子は窓を開けたり、電気の紐を引いたりと、視界の確保を引き受けてくれた。

 山田と上田はまず和室に入り、強いイグサの匂いに顔を顰めた。

 

 

「うわぁ〜……実家の匂いだ」

 

「なかなか広いな。御三家と言われるからには大方、地主か何かだったんだろう。土地も丸ごと所有物だから、子どもは代々ローンやら家賃の心配もなく住めるってところか。磯野家みたいだな、羨ましいぜ!」

 

 

 あらかた家中の電気を付け終わり、沙都子が二人のいる所に戻った。

 

 

「お待たせしてしまいましたわ! お電気は全部、付いてます!」

 

「電気代やらは誰が払ってる? 固定資産税もあるだろ」

 

「勿論、私ですことよ! しさんぜーって良く分からないのも、アルバイトのお金で何とか支払っておりますわ! 電気と水道は止めてたのですけど……今月は叔父様が契約しちゃったので、払わないと駄目ですわね……」

 

「……俺が纏めて出してやる!」

 

 

 懐から残っている九十何万円を出そうとした上田を、山田が必死に止めた。

「この守銭奴めが!」と罵る彼と押し合いへし合いを続けている間に、沙都子は縁側の雨戸を外し終えていた。

 

 

「お暑いのでしたら扇風機を持って来ますわよ?」

 

「そ、そこまでしなくて良い……何なら電気も消して構わないぞ?」

 

 

 沙都子の気遣いに、寧ろ気遣ってしまう上田。

 勿体ないからと電気を消す彼の後ろ、山田は和室の隅に置かれた和箪笥を見ていた。

 

 

 気になった拍子に、箪笥の内の一つを開ける。

 請求書や、役所からの案内が集められていた。その一つ一つを見てみると、北条以外の違う苗字に宛てた物も出て来る。

 

 

「『吉澤』、『松浦』……き、き……『キングジョー』? 外国人か?」

 

 

金上(かながみ)』を読み間違える山田。

 とりあえず引き出しを閉め、別の箇所を開く。

 

 

 

 その間上田は、本棚の中や縁側などを見て回っていた。

 

 

「あまり埃っぽくはないな。叔父と暮らしていた時に掃除したのか?」

 

「それ以前にもちょいちょい掃除しに帰っておりましたのよ! えっへん!」

 

「ほぉ? いつ帰っても大丈夫なようにか?」

 

 

 沙都子は少しだけ、目を伏せる。

 

 

 

 

「……にーにーが、帰って来た時の為に……」

 

「十年先までの資産税は俺が出すッ!!」

 

「出させねぇよ!」

 

 

 またしても金を出そうとした上田を、いつの間にか現れた山田が必死に止める。

 

 

「どっから出て来た!? あっちにいただろYOU!?」

 

「なんかちょっと、変な物見つけたんですよ! こっち来てください!」

 

「なに?」

 

 

 そう言って山田が示した物は、先程まで引き出しを物色していた和箪笥。

 上部に引き出しではなく、四角い開き戸があった。そこを開くと、これまた小さな箪笥が現れる。

 

 

「箪笥の中に箪笥……マトリョーシカか?」

 

「これなんか……一番下の引き出し以外、開けられないんですよ」

 

「壊したんだろお前が」

 

「上田さんと違って私は器用ですから、そんな事しませんよ!」

 

「俺だって器用な方だッ!」

 

 

「小さな箪笥」は、四段ほどの箱型。

 山田の言う通り、下の段は問題なく開くが、なぜか二段目から上全てが開かない。

 

 沙都子も二人の後ろから見て、首を振っている。

 

 

「それ、元々から壊れているのですわ! にーにーもお父さんも開けられないって言っておりましたの!」

 

「鍵も付いてるって感じじゃなさそうですし……壊れてますねコレ。あー良かった! 私が壊したんじゃなかった!」

 

 

 その箪笥を色々と弄っていた上田。

 途端に何か合点がいったようで、鼻で笑う。

 

 

「沙都子に山田よ。こいつはなぁ?『からくり箪笥』だ!」

 

「からくりダンス? 榊原郁恵さんがやってた踊りですの?」

 

「笑わせないと死ぬ人が出てる漫画じゃなかったでしたっけ?」

 

「ボケるな同時にッ!」

 

 

 上田は得意げな顔付きで、開けた一段目の中を指で探っていた。

 

 

「決められた方法じゃないと、開かないように細工された箪笥の事だ。日本が誇る、最古のセキュリティロックだな。複雑な奴だと何度も開け閉めする羽目になるが……幸い、こいつは簡単な部類のようだ!」

 

 

 一段目の中に指を入れ、上部にあるスライド式の鍵を開ける。

 それから二段目の引き出しを引けば、難なく開いた。山田と沙都子は同時に声をあげる。

 

 

「おぉー! 面倒くせぇー!」

 

「上田先生! 私も開けてみたいですわ!」

 

「よーし。ほれ、開けてみろ?」

 

 

 からくり箪笥単体で、持ち運びは可能だった。上田はそれを下ろし、畳の上に置いてやる。

 沙都子も二段目の引き出しの中に指を入れ、鍵を見つけて開けた。三段目が解放される。

 

 

「こうやってロックする以外に、開けるまでの時間も稼ぐんだ!」

 

「沙都子さん! 次私に開けさせてくださいよ!」

 

「駄目ですわ! これは私のモノですから私が開けますのよ!」

 

「そうなんだけど! そうなんですけど! 良いじゃないですか!?」

 

 

 山田の懇願は無視され、同様の方法で四段目の鍵も開ける。そして引き出しを引いた。

 

 

 

 三段目まで、何も入っていなかった。だが、四段目には溢れんばかりに何かが詰められている。

 機械的な物だ。小指ほどの大きさのガラス筒に、何か銀色の球が入っている。

 

 見た事もない物だ。三人ともそれを見て、怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「……なんですの? コレ?」

 

「何入ってるんですかソレ? パチンコ玉?」

 

 

 沙都子は一つを取り出し、筒を動かしてみる。

 中の物体は固体ではなく、液体のようだ。とろりとろりと、上下に揺れた。

 

 

「銀色の……水? ですの?」

 

「待て待て……」

 

 

 上田は見覚えがあるようで、まじまじとそれを見つめていた。

 途端に思い出したのか、口元に手を置く。

 

 

「懐かしいな!『水銀スイッチ』だ!」

 

「水銀!?」

 

 

 水銀と聞くな否や、山田にそれを渡す沙都子。

 

 

「水銀って、何か危ない物って聞きましたわ……さ、さ、触っちゃった……!」

 

「なんでソレ私に渡したんですか?」

 

「とち狂って飲まない限りは大丈夫だ……コレはヒーターとか、電池で動くオモチャとかに入っていた物で、転倒の際に自動的に電源を落とす役割があるんだ」

 

 

 上田はその水銀スイッチの一つを取ると、左右に揺らして中の水銀を動かした。

 

 

「倒れると、中の水銀も動いて、片方の方に行く。その片方の方に行った時にスイッチが入って、電源を切るって仕組みだ」

 

 

 ゆーらゆーら揺らし、水銀を動かして遊ぶ上田。沙都子も真似して遊んでいる。

 山田もつられて遊ぶが、つい疑問を口にした。

 

 

「……なんでそんな物、こんなに集められてるんですか?」

 

 

 事情を知っているであろう沙都子に聞く。

 

 

「お父さんが電化製品の会社にいたって聞きましたわ。そこからじゃないでしょうか?」

 

「でもお父さん、この箪笥の開け方知らなかったんですよね?」

 

「あ、そうでしたわ!」

 

「仮にそうだとしても、持って帰る意味はないだろ」

 

「……じゃあ、コレはなに……?」

 

 

 それ以上は分からないようだ。沙都子は申し訳なさそうに首と水銀スイッチを振る。

 一頻り遊んだ後、三人は水銀スイッチを引き出しの中に仕舞う。

 

 

「とりあえず色々と調べたいなぁ……沙都子。コレを俺たちに預けてくれないか?」

 

「構わないですことよ」

 

「サンクスだぜ」

 

「あっ!? でも、絶対に返してくださいまし! そんな面白い物を手放したくないですわ!」

 

「分かった分かった! 誰が盗るか!」

 

 

 全ての引き出しを閉め、上田はからくり箪笥を持ち上げた。

 

 

「どうする山田? まだ、調べるか?」

 

「二階もあるみたいですし、そっち見に行きましょうよ」

 

「良し来た……そんじゃ、案内してくれ沙都子」

 

「モチのロンですわ! こっちこっち!」

 

 

 沙都子に連れられ、二人は二階へと向かう。

 窓を開けたとは言え、真夏の気温が晴れる事はない。汗を拭い、息を吐いてから、和室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らを遠目に盗み見る者の存在に、気付く事はない。

 その者はただ無表情に、山田らが出て来るまで監視し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり話し込んでしまい、気付けば太陽は傾き始めた頃。

 レナは圭一を見送る為、圭一は家路を急ぐ為、二人揃って病院の駐車場沿いを歩いていた。

 

 

 

 さっきまでは雑談に華を咲かせていたハズなのに。

 別れが近いとなると、次第に口数が減って行く。

 

 気付けば道行く二人の口数は、ぽつりぽつりとしたものに。圭一が多く話題を出し、レナが淑やかに反応するような感じだ。

 そのレナの両手には、圭一から貰った花束が抱えられていた。

 

 

「魅音たちも待ってるしよ。綿流し、一緒に屋台を回ろうぜ」

 

「……うん……あ、でも、どうかな……」

 

「……ま、まぁ、気持ちが落ち着いたらで良いからさ」

 

 

 気遣い、気遣われの、何とも居心地が良いとは言えない空気が包む。

 何とかそれを脱却するべく、圭一は何度も話題を絞り出した。

 

 

 

 そうこうしている内に駐車場を抜け、圭一とレナは別れるところまで。

 不思議な事に、別れるとなればお互い寂しさを覚えた。圭一は足を止め、もう一度話しかける。

 

 

「そんじゃ……ええと、明日は家に戻るんだよな?」

 

「うん……さすがに、ね……お葬式の前に片付けておかないと」

 

「……そっか。まぁ……そうだよな」

 

 

 悲しげに微笑みつつも、しっかりと目を合わせた。

 同情と慰めの言葉はもう使わない。彼からかけられた言葉は、明日の話だ。

 

 

「……明日! とりあえず明日!……みんな会いたがってるし、顔見せに来いよ!」

 

 

 少しだけ驚き、丸い瞳で目を向ける。

 いつもの彼らしく、溌剌とした笑顔で応えてくれた。まだ太陽が明るい時間なのに、レナにはとても煌めいて見えた。

 

 

「……頼りたい時は何度でも頼れ。だからさ、ゆっくりで良いから立ち直って行こう。俺たちは待ってるからな」

 

 

 親指を立てて、レナの前に突き出す。

 真っ直ぐだけど、やっぱりどこかキザっぽい。思わず吹き出してしまった。

 

 

「……ふふっ!」

 

「んな!? なな、なんで笑んだよ!? 今のサイコーにカッコいいトコだったろうが!」

 

「……ごめんね。でも、それは自分で言っちゃ駄目なやつだよ」

 

「な、なにー!?」

 

 

 笑われて不服そうな圭一を見て、やはり「愛おしい」と言う気持ちが強まって行く。

 彼はずっと優しかった。

 口先は上手いけど、偽りの言葉をかけられた事はない。

 

 そんな、器用そうで不器用な彼だからこそ、レナは惹かれたのだと思う。

 

 

 

 

「……ありがとう、圭一くん」

 

 

 彼から貰った花を抱えつつ、片手を出してバイバイと振る。

 

 

 

 

「また明日ね?」

 

 

 合わせて圭一も、嬉しそうに手を振り返してくれた。




・沙都子が言っているのは、榊原郁恵が「ROBOT」の歌唱時に披露したロボットダンスの事。
 作詞が伝説のバンド「はっぴいえんど」の松本隆で、作曲が筒美京平と言うとんでもなく豪華な一曲。

・水銀スイッチは、現在ではどのメーカーも使っていない。ストーブ分解しても出て来ないのでご安心を。

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