六月の朝は既に暑い。
陽光が燦々と照り、蝉が鳴く午前九時半。
その最中レナは一人、自宅に帰って来ていた。
「………………」
村を逃げ回っていた時にも何度か隠れ家に使ってはいたが、今の気分で帰った自宅は妙に懐かしい。
玄関を抜けて、靴を脱いで廊下に入る。
五感が澄んでいた。空気も、少し前までは吸っているようで吸えていない気でいたのに。
本当にあの時の自分はおかしかったのだと、家に戻ってやっと実感する。
少し進んだ先に、受話器の置かれたチェストがあった。
床は血の痕がある。父親は警察に通報した後、律子に凶器で殴られた。コレはその時の痕だろう。
「………………」
立ち止まり、数分ばかり血痕を見下ろしていた。
色々と考え込んでいたが、首を振って何とか我に返る。
彼は最後の最後で、娘を思って行動してくれた。惜しみないほどの愛情をレナに与えてくれた。
その事実が、今の彼女の支えとなっている。
だから、引き摺ってはいられない。
自らへの罪滅しと、過去からの脱却の為、自宅に帰って来た。
リビングに入る。
がらんとした空間に、カーテンの隙間から陽光が差し込む。それが戸棚のガラスに反射し、部屋を朧げながら照らしていた。
扇風機も何も付けてないので、蒸し暑い。滲んだ汗を拭う。
まずレナの目に入った物は、叩き、切り付けられ、原型を留めないほどに破壊された丸テーブル。
壊した人間は、レナ本人だ。
感情が爆発したかのように、父が律子の為に購入したそれを壊してしまった。
「………………」
付随し、床にも生々しい痕がある。
目一杯に鉈を叩き付けたので、仕方ないだろう。
父の葬式は、自宅で行う事となっている。
明日、レナの母親が来るらしいが、それまでにこれだけは片付けておかなければ。
それが家に戻って来た理由だ。
「……ちょっと、埃っぽいなぁ」
壊れた丸テーブル以外にも、掃除しなければならない事は多そうだ。
レナは息を大きく吐き、服の腕を捲ってから、「よし」と両拳を握り締めた。
その時に、チャイムが鳴る。
不意打ちだった為、レナの身体が跳ねた。
「……?」
こんな時間で、しかもこの家に用のある人がいるのか。
不思議に思ったレナはカーテンを開け、窓から軒先を見る。
あっ、と声をあげ、すぐに玄関先へ行き戸を開けた。
来訪者はレナを見ると、にっこりと笑い手を振る。
「おっはーレナ!」
「はろろ〜ん! レナさん、お久しぶりです!」
魅音と詩音の園崎姉妹だ。
レナは驚いた顔で二人を交互に見ている。
「お、おはよう……えと、二人ともどうしたの?」
衝動的に出迎えたが、どうにも二人とは顔を合わせ難い。特に魅音に対してはもっとだろう。
ただ魅音も、複雑なレナの感情を汲んでいるようだ。いつも通りで、出来るだけ穏やかな雰囲気で話せるよう心がけていた。
「圭ちゃんから電話が来てさ。レナが帰って来るって聞いて、ちょっとね?」
「何か、お手伝い出来るような事があればと思いまして!」
「圭一くんが?」
圭一は圭一なりに、レナが孤立しないよう気を遣ってくれたようだ。
その気遣いがどうにも気恥ずかしく、二人を前に苦笑い。
「あー、迷惑だった?」
「……ううん、大丈夫だよ。レナも二人に会いたかったから」
「……あ、あははは! なな、なんだよぉレナぁ〜! メチャンコ恥ずかしいじゃん!」
「はいはい、オネェはちょっとどいててね」
「ちょちょちょちょ詩音!?」
くねくねしながら照れる魅音を押し除け、詩音がレナの前に立つ。
そう言えば彼女とは、部活で遊んで以来だから一週間振りだ。
「暑いでしょうから飲み物も持って来ましたよ。また、落ち着いた後にでも!」
「悪いよ詩ぃちゃん」
「あぁ、気にしないでください。所詮オネェのお金で買った奴ですし」
「言い方ぁ!」
怒る魅音に意地悪な笑みを見せつけてやる詩音。釣られてレナも、小さく笑った。
それから一度詩音は俯き、表情を質実なものへと変えてから目を合わせる。
「……色々は姉から聞きましたから……お父様の事、心よりお悔やみを申し上げます」
「そんな、畏まらなくても……」
「気を遣せちゃってごめんなさい。せめて、ご挨拶だけでもって……ね?」
ちらりと魅音の方を向く。
気まずそうに目を泳がせていた彼女だが、意を決したように息を吸う。
「……あのリナ……間宮律子だったっけ。あいつ、ウチの従業員でね」
「…………」
「お父さんの件は、雇い主の私たちにも責任がある。だから何かあったら、私に言ってね……可能な限りの援助はするから」
言い切った、されどやはり襲いかかる罪悪と恐れ。やや目を伏せ、レナからの言葉を待つ魅音。
心配そうに姉を見守っていた詩音が、レナの方へと目を向けた。その視線に促されるかのように、彼女は声をかける。
「……魅ぃちゃんが謝る必要はないよ。悪いのは間宮姉妹と、その仲間の人たちで……それに魅ぃちゃんの所も被害に遭ったって言うのも知ってるから」
「……でも……」
「魅ぃちゃんが背負う必要はないんだよ……それに寧ろ、レナの方が魅ぃちゃんたちに迷惑をかけた訳だから……」
魅音の右手を両手で包み、伏せていた顔を上げさせる。眼前には困ったように笑う、曖昧なレナの顔があった。
「……だから、謝るのはレナの方だよ……ごめんね、魅ぃちゃん」
「…………」
数秒ほど瞬き、魅音はレナの手をギュッと握り返す。
二、三度頭を振り、「それは違う」と呟いた。
「……それなら、レナだって背負う必要はもうないよ。確かにレナには色々と振り回されたけど、さ……」
「…………」
「……あはは。私ったら……な、何が言いたいんだろね」
バツが悪そうに口を曲げ、それから魅音も両手でレナの手を掴む。少しだけ驚いた顔をした彼女を見て、魅音はしてやったりと笑う。
「私も必要以上に背負わない、だからレナも背負わないでよ」
「……魅ぃちゃん」
「ほらさ……私たち、友達じゃん? 水に流せるところも、助けられるところもあるよ。だからまず、レナが自分を許してあげないと!」
強く握る魅音の手を、レナは同じ力で握り返す。互いの力と体温を感じながら、次は頰を綻ばせ合う。
あぁ、これが友達なんだな。二人はお互いにそれを理解し、手を取り合った。
暫くして詩音が不機嫌に咳き込んだ。二人はハッと現実に引き戻され、パッと手を離した。
「美しい友情ではございますけど、放置されるのはさすがに悲しいですよ」
「ごめんなさい……」
「ご、ごめんね詩ぃちゃん?」
気を取り直し、これから掃除だと詩音が促してやる。
「飲み物も冷やさなきゃですし、上がっても大丈夫です?」
「あー……ちょっと待ってて。やらなきゃいけない事があって……すぐ終わるから!」
姉妹に断りを入れ、一旦レナは一人だけ家の中に入って行った。何だろうと、二人は目を見合わせ小首を傾げている。
大急ぎでリビングに戻ったレナは、台所から大きめのゴミ袋を引っ張り出し窓際へ向かう。
そこにあるのは、自分が粉々に壊したテーブルの破片が。
「……さすがに自分で壊した物は……ね?」
苦笑いを溢しながら、袋の中に破片を急いで放り込んで行く。その表情にもう暗い影はない。
「分かりましたわ! では、十時過ぎにレナさんのお家に!」
受話器を置くと、鼻歌混ざりに沙都子が居間へ戻る。
円卓を囲むようにして上田、梨花が並んでいた。卓上には宿題が広げられている。
「皆さん! 今日、レナさんが帰って来るそうですわ! 十時過ぎにお家に行って、お掃除をしますわよ!」
「行くのか? そっとしておいてやった方が良いんじゃないか?」
「綿流しも明日に控えておりますのに、一人ぼっちはかわいそうですわよ」
「そう言うものなのか……?」
「上田先生は私たちの絆を甘く見過ぎですわ。大丈夫ですってよ!」
不安がる上田を跳ね飛ばし、沙都子も座る。鉛筆を取ると、頬杖付きながら唸り出す。
紙の上には、十字に目盛が振られた図が描かれている。その横には(4,6)、(6,4)と、括弧で閉じられた二つの数字が幾つも並んでいる。
「うー……上田先生。どっちが上で、どっちが横ですの?」
「沙都子。上じゃなくて『y』で、横じゃなくて『x』なのですよ」
「その通りだ! やっと俺の教えが身に付いて来たなぁ!」
「これは上田の教えじゃなくて知恵先生の教えなのです」
同じタイミングで山田が居間に入って来る。二日酔いのような顔でフラフラ、覚束ない足取りだ。
「お寝坊さんですわよ、山田さん!」
「どうしたYOU? 週末の東京駅前で見るへべれけサラリーマンみたいな顔してるぞ」
「んー、うぅ……なんか頭痛い……て言うかなんで私、二階にいたんだっけ?」
畳の上に座り、置かれていた上田のお茶を飲む。
「プハーっ!」
「俺のだぞッ!」
一応叱るが、もう良いと諦めて沙都子の質問に答えてやる。
「まぁ、こんなの初歩の初歩の基礎の基礎だな! 括弧内の左の数字がx軸で、右がy軸だ! 馬鹿でも覚えられる!」
「…………xとyってどっちがどっちでしたっけ?」
「縦がyで横がxッ! つまり左が縦に幾つ動かすかで、右が横に幾つ動かすかを示している数値だ!」
「じゃあ、横に動かした後に縦って事ですの?……ややこしいですわね。縦から横の方がまだ解りやすいのに……」
「因みに将来、『z軸』も出て来るからキチンと理解に励みたまえよ」
何をやっているのかと、山田もチラリと宿題の問題を見やる。
そんな彼女に梨花はこっそり、耳打ちした。
「……昨日の夜の事、二人には言わないで欲しいのです」
「昨日の夜? なんかしました?」
「……え、覚えてないの?」
「二階に上がってからの記憶がないんですよね。えへへへ!」
「……飲ませるんじゃなかった」
ここまで酒に弱かったのかと、呆れ果て頭を抱える梨花。そんな彼女の心情を察する事なく、再度宿題を見やる。
括弧の数字を元に、十字の図へと丸を書き込む問題のようだ。
「あ、これ知ってますよ」
「まぁ、めちゃくちゃ有名なアレだからなぁ?」
「キリストのやつ」
「何も知らないのかお前は」
今度は上田さえも頭を抱えさせた。とは言え教えたがりの教授精神が出たのか、きっちり説明はしてやる。
「これは『直交座標系』だ。y軸とx軸を重ね、軸が重なる箇所を中心に座標を指定して行くものだ」
「上田の説明は難しいのです……」
「十字の中央から数えて、点を置いたり何番目か見たりするやつって仰ればよろしくて?」
「フッ。あいにく俺の頭脳は君たちの更に先へ進歩し過ぎている。そんな俺の説明を、解れなくて当然だよ!」
「子ども相手に上から目線で虚しくないのです?」
それから更に上田は思い出したかのように、直交座標系に関する蘊蓄を披露した。
「この直交座標系を発明したのは、あの『ルネ・デカルト』だ。山田も知ってるだろ?」
「『あの』って言われても分からないですよ。偉い人なんですか?」
「『我思う故に我あり』って言葉が有名だな」
「氣志團?」
「その元ネタだッ!!……だから二人とも。直交座標系が出て来たらこう唱えろ!」
「嫌なのです」
食い気味な梨花の拒絶を無視し、上田は立ち上がって、腕を振り回しながら叫ぶ。
「デカルトの力ッ! お借りしますッ!! フッ!! ハッ!!」
「……私たちと初めて会った時も言っておりましたわね」
「偉人へのリスペクトを忘れてはいけない」
山田も立ち上がり、真似をする。
「デカチンの力ぁー! お借りし」
「黙れッ!! 今は朝だぞッ!!??」
「もう言っちゃってるのです」
宿題を済ませ、少し早い昼食を摂った後は、呼ばれた通りにレナの家へと向かう。
ただし行くのは沙都子だけだ。梨花は明日の祭りの準備の為、今日は神社から動けなくなる。山田と上田に関しては、鬼隠しの調査の再会だ。
「夕方には帰りますわー!」
大きく手を振り、階段を駆け降りて沙都子が見えなくなる。三人は鳥居の向こうでただ、見送っていた。
沙都子の気配がなくなった頃に、山田は聞く。
「良いんですか? 沙都子さんだけ行かせて」
「……綿流しの準備で、そろそろ村の人が神社に集まるのです。沙都子にとっては居心地が悪いハズなのです」
「あー……そうですよね」
沙都子もとい北条家は村八分を受けている。園崎を筆頭とし、村の殆どの大人たちにとって今も北条の名は禁句だ。村人が大挙する中、沙都子には肩身の狭い思いをさせてしまいかねない。
上田は鼻で笑った後、忌々しそうに目を細めた。
「全く! もうダム戦争は終わったってのに……田舎者の粘着力は良〜く知っているが、甚だ理解できないもんだ」
「それだけ地元思いって言うのもあるかもしれませんけど……」
「地元の為だから良しとする風潮も、俺は反対したいがな? それにこれは、守るだとかの範疇を超えてる」
「ダム戦争と鬼隠しのせいなんですかね……」
二人の間に立ち、会話を聞いていた梨花も、少し俯いた後に意見する。
「……ダム戦争と鬼隠しで変わった訳ではないのです」
上田と山田は同時に、梨花を見る。しな垂れた藤色の髪が顔を隠し、表情は読めない。
「それは遠い昔から続く、雛見沢の問題。もはや村民にとって当たり前となってしまった、『異常な因習』なのです」
鳥居から先、山々に囲まれた雛見沢村が一望できる。
のどかで緑も多い、現代では失われつつある日本の原風景だ。だがその闇はどこよりも深く、触れてはならない歴史が数多く眠っている。
シャーロック・ホームズは「薄汚れた裏町よりも、のどかで美しい田園の方が遥かに恐ろしい罪悪を生む」と言った。雛見沢村はまさにその言葉の裏付けとも言える場所だ。
「……人が死んでいるのに、祟りで済ませて考えようとはしない。ボクはそれが、鬼隠しの真相を隠してしまっている気に思えて仕方ないのです」
顔を上げ、山田と上田をそれぞれ一瞥する。
凛と澄んだ眼差しに、燃えるような熱意が込もっていた。
「……もはや止められる者は、村に縛られない者しかいないのです」
三人は一斉に前を向く。
巨大な鳥居の下、様々な感情を含んだ目で村を俯瞰する。
今日は晴天。入道雲が山の向こうよりこちらを覗いている。
暫くすると村人たちが、工具や機材を持って現れた。
綿流しはもう明日だ。
村人たちの登場を受け、山田と上田は一旦神社を離れようかと横にはけた。
その時、上田は階段の下でとある人物を発見する。
準備に向かう村人らを撮影するカメラマン、富竹だ。
「富竹さん!」
もしかすれば明日、殺されてしまうかもしれない人物。会っておきたいと考えていた矢先の再会だ。上田は颯爽と階段を降り、彼の元へと近寄ろうとする。
しかし階段から足を滑らせ、スライダーのように雪崩れ落ちる。村人たちは指を差し、「ダイダラボッチ、ダイダラボッチ」と言っていた。
「なにやってんだ上田……あ。じゃあ梨花さん、また後で」
「……頼んだのですよ」
「鬼隠し阻止したら古手家の秘宝をくれるの、忘れないでくださいよ」
「忘れてないのです…………ちょっと待つのです山田! 昨晩の事バッチリ覚えてるじゃないのですか!?」
滑って転んだ上田を追って、山田も階段を駆け降りる。
村人とのすれ違い様、指差しで「貧乳」「ナイチチ」と言われた。反応し、彼らを睨み付ける。
その間上田は体勢を整え、富竹の前まで駆け寄っていた。
「マイブラザートミー!!」
「うん?……あぁ! ソウルブラザーウェルダン!!」
「なんだその呼び名は」
奇妙なあだ名で呼び合い、肩を組む上田と富竹。山田は引いた目で二人を見ながら、歩み寄る。
ここからどうやって、彼を殺されないようにするか。和やかな再会だが、ここが正念場だ。上田は言葉を選びながら、話しかける。
「時にマイブラザー・トミー・ジロウ。誰かに恨まれてたりしてません?」
「はい?」
「直接かよっ!」
一切の隠し立てはなかったので、思わず山田がツッコミを入れる。
案の定だが、富竹は当惑した様子で聞き返した。
「えぇと……ソウルブラザー・ウェルダン・ジロウ」
「だからその呼び名はなんだっ!」
「僕が恨まれているって言うのは、どう言う……?」
どうすんだよと目で訴える山田を前に、上田は跳ねた自身の髪を撫で付けながら続ける。
「いやぁ……まあ、別に他意はありませんとも……ほら、明日は綿流しではないですか。いつかの、鬼ヶ淵沼で話した事を思い出しまして……」
「あぁ……つまり、僕が狙われないかと?」
富竹も鬼隠しの事だと合点がいったようで、苦笑い。不安は垣間見えるものの、恐れや懐疑と言った感情は見受けられない。
「いえいえ……村の人とは良好な関係を築いていますし、僕自身も踏み込んではいけないところは把握しているつもりですよ」
「そう言えば雛見沢には長い事来ているんでしたっけ」
「えぇ。それにここだと、東京の知り合いはいませんし……仮に恨まれていたとしても、雛見沢まで追って来るほど血気盛んな人がいれば僕だって気付いていますとも!」
それもそうかと納得し、上田は顎を摩る。
思えば富竹は村外どころか、県外からの旅行者。噂の広がりやすいこの村に於いても悪い話は聞かず、寧ろ村民からの反応は好意的だ。ダムの問題もなくなった以上、殺される動機も謂れもない。
それに現状の彼の様子を見て、雛見沢症候群に発症しているような風でもなさそうだ。
殺されるような恨みを買っておらず、発症の前兆もなく首を掻き毟る予兆もない。鬼隠しの被害者から程遠いように思えるが。
「と言っても、やっぱり当日は不安じゃないですか? ほら私たち、祭具殿に不法侵入しちゃった身じゃないですか」
山田の意見には富竹も表情を曇らせた。さすがにまずかったのだと、自覚はしていたようだ。
「うん、まぁ……そうだね。僕もアレは軽率だったと反省しているよ……」
上田も真剣な眼差しで忠告を入れる。
「梨花から聞きましたが、あそこは村にとっても神聖な場所……我々余所者が土足で踏み入ったと知られれば、オヤシロ様に対して敬虔な者にとっては十分な恨みになる」
「とすれば……ぼ、僕の鷹野さんも危ない……!?」
「そうです……私たちの鷹野さんも危ない」
「僕の鷹野さんが!?」
「私たちの鷹野さん!」
「僕のミヨッ!!」
「私たちのタカノンッ!!」
「張り合うなっ!」
鷹野論争でヒートアップする二人に山田がツッコむ。
とは言え富竹の心配は尤もだ。本当に殺される訳だから、祭具殿での一件は間違いなく関わっているだろう。
そこで山田が提案を入れた。
「でしたら当日は私たちで、固まって行動しませんか? 鬼隠しは毎年、男女の二人がターゲットですし……四人揃っていれば、犯人も狙えませんよ」
「ハッハッハ! 実は私が、そう提案したんですよ!」
「確かに……! さすが上田教授!」
「おいコラ」
何とか富竹らのお目付役に付けた。これで余程の事がない限り、富竹と鷹野の二人が殺される事はなくなるだろう。
とは言え何が起こるのかは分からない。今からでも気を引き締めてかからねばならないと、二人は考えた。
約束も取り付けたのでこのまま解散か。そう思われた時に、山田は思い出したかのように富竹へ話しかける。
「あぁ……ついでに聞きたい事があるんですけど、石垣島さん」
「富竹です」
「せめて竹富島だろ。それは隣の島だ」
上田に突っ込まれながらも、山田は続けた。
「鷹野さんについて、色々と教えてくれませんか?」
「……鷹野さんの?」
「どうしてだ? YOU?」
鷹野について知ろうとする山田へは、富竹のみならず上田からも訝しまれた。勿論雑談ではなく、彼女なりの意図を含んだ上での質問ではあったが。
「鷹野さんってあまり村じゃ見かけないんですよね。だから彼女の人となりを確認しておきたいんです。殺されるにはやっぱ理由があると思いますので」
「え? コロ?」
「山田ぁーーッ!!」
急いで上田が彼女の口を塞ぐ。そのまま誤魔化すように笑ってから、取り繕ってやる。
「ま、まぁ! 村の外の人間同士なんです! 親睦を深める意味でも、話の種はあった方が良いですからねぇ! 来年も村に来るかもしれませんから!」
「はぁ……まぁ、上田・ソウルブラザー・次郎教授が仰るなら」
「なんかソレ系のミュージシャンみたいになってるしっ!」
口を塞ぐ上田の手を振り払いながら、山田はツッコむ。
それから鷹野の事を話す前に富竹は、「立ち話もなんですから」と言って一緒に歩くよう促して来た。
「これから村の風景を撮影する予定ですので、ご一緒にどうです? 良いスポットも知っているんですよ」
二人は一度目配せし合ってから、富竹の誘いに乗ろうと決める。
話が纏まったのなら早速と、三人は田んぼ沿いを歩き出した。
神社の鳥居の前、振り返ってそんな彼らを睨み付ける、一人の老父には気付けなかった。