TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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蜘蛛巣

 十時半頃に、圭一もレナの家にやって来た。その手にはお見舞い用のお菓子が抱えられている。

 

 

「もうみんな集まってんのかな……」

 

 

 家のチャイムを押そうと、手を伸ばす。

 すると指で押し込もうとしたタイミングで、庭への掃き出し窓がガラリと開いた。縁側を飛び降りて出て来た人物は、詩音だ。

 

 

「いってきま……あらら! 圭ちゃんじゃないですか!」

 

「おぉ? 詩音か? 電話かけたのは魅音と梨花ちゃんトコだけど……」

 

「オネェに誘われまして! それにオネェ、祭りの準備で午後には家に戻っちゃいますし、人手を減らさないように?」

 

「あー……なんか、悪いな」

 

「いえいえ。バイトも非番で葛西もいないしで、どうせ暇していましたし!」

 

 

 そうか、と呟いてから、圭一は次に出かけようとしていた事に注目する。

 

 

「どっか行くのか?」

 

「掃除用の洗剤が足らなくなっちゃったんで、ちょっと買い足しにです。まあ、使い走りにされてる訳ですね~」

 

「それくらいなら、俺ん家から余ってる奴を持って来るぞ」

 

「あ、大丈夫です! ついでにカンカン棒も買って来ますんで」

 

「チューチューだな?」

 

「カンカン棒です。早く都会っ子を抜いてくださいね?」

 

 

 そこまで話し終えると彼女はヒラヒラ手を振り、圭一を横切って走って行く。暫し見送ってから、気を取り直して玄関口に足を踏み入れた。

 

 

 

 

「おじゃまし」

 

「あ!? 待って!! 水で流したばっかで滑るから──」

 

 

 下足場は石畳で出来ている。

 魅音の警告はやや遅かったようで、濡れてスベスベの石畳を踏んだ圭一は、前のめりにすっ転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 現在の彼はムスッとした顔で、転んで怪我した箇所を治して貰っていた。レナが彼の膝小僧に消毒液を塗り、絆創膏を貼ってやる。

 

 

「もっと早く言えよ……」

 

「ごめんね、圭一くん……」

 

「てか、圭ちゃんがピンポン押さなかったのが悪いじゃん。押してたら縁側から入って~、って案内出来たのに」

 

 

 思い出せば詩音も、掃き出し窓から縁側に出ていた。「そう言う事かと」と気付きながら、詩音との会話に気を取られてチャイムを押し忘れた自分を呪う。

 

 

 次にレナと魅音の格好を見る。レナはいつも通りであったが、魅音は三角巾を被ってエプロン姿と、過剰なほどのやる気が感じられた。

 

 

「なんか本格的だなお前」

 

「魅ぃちゃんったら、物凄いはりきっちゃって……でもでも、レナでも知らなかった掃除のテクニックとか、色々知ってて!」

 

「え? そうなのか? 魅音が? コレが?」

 

「コレってどーゆー言い方なのさ」

 

 

 魅音は腕を組み、自信満々げに忍び笑いを浮かべる。

 

 

「ふっふっふ……私はねぇ? 掃除のみならず、洗濯・殺菌・消毒・資産運用」

 

「資産運用は今はいらないだろ」

 

「エトセトラエトセトラなんでも出来る、ダヴィンチもびっくり大天才美少女なのだ!」

 

「こないだのテストはどうだったんだよ!」

 

「人間はね、成績が全てじゃないんだよ……嗚呼、まだ都会っ子が抜けないかわいそうな圭ちゃん……」

 

「姉妹揃って似た事言いやがる……」

 

 

 絆創膏を貼り終わり、「はい、おしまい」と言って、レナは優しく圭一の足に触れた。

 

 

「痛かったら言ってね。無理しちゃ駄目だよ?」

 

「あぁ……悪いなレナ。押しかけた側なのに世話になっちまってさ」

 

「気にしないで! それに圭一くんには、レナが迷惑かけちゃったし……」

 

 

 湿っぽい空気を感じ、大急ぎで明るく取り繕った。

 

 

「ま、まあ! この際水に流そうぜ! ほら、もう大丈夫だからさ──」

 

 

 

 

 その時にお互い、近い距離で目が合った。

 途端、様々な事を一斉に思い出す。「圭一くんが好き」だとかの、レナの告白が中心の記憶だ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 顔が赤く染まり、よそよそしくなり始めた。パッと二人は距離を離し、目を逸らす。

 そんな圭一とレナの一連の流れを、魅音は腕を組んだまま停止して、呆然とした様子で眺めていた。

 

 

「なにこの空気」

 

 

 居心地の悪さを感じ始めた魅音を救ったのは、掃き出し窓を開ける音だ。沙都子もやって来た。

 

 

「お待たせしましたわー! 軒先が濡れてらっしゃったので、こちらから失礼しますわね!」

 

「沙都子の方がよっぽど、圭ちゃんより観察眼あるね」

 

「嘘だろ!? 滑って転べよ!!」

 

 

 いつもの部活メンバーらしい空気に戻った。忙しない魅音らを見て、レナは小さく笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の山田たち。富竹の誘いに乗り、村の中を散策していた。

 お気に入りの撮影ポイントだと言う箇所に着くと、富竹は首に下げているカメラのシャッターを切る。

 

 

「本当なら神社の境内裏に行きたかったんですけどね……もう少し祭りの準備作業が落ち着いたら行こうかなと思っていましたが」

 

「そこが一番のポイントなんですか? ジロウよ」

 

「この村で一番の絶景スポットなんですよ、ジロウよ」

 

「そろそろ普通に呼び合ってくれませんかね?」

 

 

 山田の呆気は無視される。

 シャッターボタンが押される度、パシャッ、パシャッ、と乾いた音が響く。レンズは遠い山々と、その前の畑に佇むカカシを映していた。

 

 

「神社の境内裏……僕は良く鷹野さんとそこで待ち合わせして、一緒に撮影に行ったりするんです。たまに鷹野さんに引っ張られて、村のオカルトな話題を調査してみたり……」

 

 

 ファインダーから離れた富竹の目。その目にはどこか、哀愁が漂っていた。

 

 

「彼女はああ見えて、忙しい人です。都会の荒波に揉まれ続けた人でもあります……誰かが寄り添ってあげないと、思いましてね」

 

 

 ハッと思い出したかのように目を丸くさせると、何とも言えないと言いたげな二人を前にはにかんだ。

 

 

「す、すいません。訳の分からない事をべらべらと……」

 

「いえいえ! お気になさらないでください! 決してその時にいたのが私だったらとか考えていませんから!」

 

「考えてんだろ!」

 

 

 上田の右手は、悔しさでギリギリと握られていた。

 そんな彼に呆れながらも、山田は続けて鷹野について質問をする。

 

 

「鷹野さんって、そんなに忙しい人なんですか?」

 

「んー……」

 

 

 この質問に対して富竹は、言葉を選ぶかのように間を置き、答えてくれた。

 

 

「そうだね。正直、敵だとか何だとかは、僕よりも多い人だと思いますよ。だから、一番守られるべきは彼女です」

 

「その、敵ってなんですか?」

 

「あー……さすがに僕もそこまでは……ハハハ!」

 

 

 誤魔化すように笑う富竹。「喋り過ぎたかな」との自責の念を感じられる。鷹野が雛見沢症候群の研究者である事は知っていそうだった。

 

 

「とにかくまぁ、鷹野さんはとても苦労人なんです。あまり自分の事を話さない人で、色々と溜め込んでいるハズですし……少しでも気晴らしになれたらなって」

 

「…………」

 

「これ、僕が言っていたなんて鷹野さんには言わないでくださいね?」

 

 

 恥ずかしそうに笑う彼の表情からは、やはり哀愁は消えない。

 その正体を聞くにはリスクが生じる。ただ二人は約束を守ると、黙って首を縦に振るだけだ。

 富竹は安心したように帽子を被り直すと、またカメラを構え、ファインダーを覗いた。

 

 

 その先を見た彼は「あっ」と声を漏らす。気になった山田が声をかけた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「僕にとっては苦い思い出と言うか、何というか……いやはや、ここまで来ちゃいましたか」

 

 

 シャッターを切り終え、彼が指差した。

 二人がそこへ目を向けると、見覚えのある家が建っていた。

 

 

 今や廃墟同然となってしまったが、元々は山田らに園崎家から充てられた離れだ。雛見沢じぇねれーしょんずの一件が想起させられる。

 

 

「あぁ、あれか……そうか。もうここまで歩いていたんだな?」

 

「そろそろ僕は、興宮に戻りますね。明日に備えて、今からフィルムだとかの整理をしたいので!」

 

 

 そう言い残した富竹は、二人に改めて明日の約束を交わして、足早に去って行った。

 見送り、姿が追えなくなったところで、二人は意見を交わし合う。

 

 

「ソウルブラザーはどうやら、鷹野さんらのグループに近しい人間っぽいな」

 

「じゃあ村に来ているって言うのはカメラマンとしてではなく、何か別の目的が……?」

 

「これも梨花に聞いてみるか……それより、何だか懐かしいなぁ、ここも!」

 

 

 上田はウキウキした様子で、その離れの前まで近寄る。軒先に立ち、変な構えを取った。

 

 

「……何やってんですか」

 

「君は知らないだろうが、俺はここでジオ・ウエキの刺客らとやり合ったんだ! 武空術を駆使し、凌ぎを削り、最後は親子かめはめ波で撃破だ!」

 

「ゲームのやり過ぎだっ!」

 

 

 当時の戦いをしみじみ思い出すかのように、上田はその場で空手の型を行っていた。背後で山田が呆れた目で見ている。

 

 

「しかし戦いには犠牲が付きものだった……俺はその時、大事な鞄を傷つけられた。図らずもその時の傷で、愛しのタカノンのスクラップブックを落としてしまうとは……」

 

「それがレナさんの件の原因になったんじゃないですか」

 

「まあ、俺は悪くないけどな」

 

「クズの発言だぞ上田……」

 

 

 クルっとターンし、蹴りを入れた。

 

 その時、彼は草むらの中にある物に目を奪われる。

 

 

「おおう!?」

 

「え? どうしました?」

 

 

 瞬時に上田は飛び込み、発見した物を拾い上げた。それは、鷹野のスクラップブックだった。

 

 

「……鷹野さんから貰った、スクラップブック……てっきり、谷河内までの道で落としたかと……」

 

「……アレ? だからそれを、レナさんが拾ったんじゃ?」

 

「じゃあなんでここにあるんだ? これは恐らく、俺が落とした物だ。なら、竜宮礼奈の物はなんだ……?」

 

 

 回収したスクラップブックを開き、中身を何度も確認する上田。

 次に持っていた鞄から、もう一冊のスクラップブックを取り出す。こちらはレナが拾った物だ。

 

 

「……内容も同じだ。同じ事を、何度も本に書く人なのか鷹野さんは……?」

 

「まあ、それは上田さんと同じですね」

 

「それどう言う意味だYOU?」

 

「でも、それならレナさんの件は、上田のせいじゃないって事じゃないですか……じゃあ、アレ?」

 

 

 違和感が思考を引っかき、山田を顔を顰めながら首を傾げる。

 

 

「レナさんが拾った方は、誰が落としたんです? 鷹野さん?」

 

「いや……あの日、鷹野さんは診療所にいた。具合の悪くなった沙都子を診て貰っていた……となれば、それ以前に落とした物か? しかし鷹野さんは、落とした事を一度も言っていない……」

 

「言う必要がなかったからじゃ?」

 

「かもしれないな。とにかく回収して、明日一緒に返そう」

 

 

 二冊のスクラップブックを鞄に入れ、上田はのっそりと立ち上がる。

 

 

 太陽は真上、時刻は正午の入口に入った頃だろうか。相変わらず蝉はうるさく、気温は高い。

 

 

「あっついなぁ……喉が渇いた……おい山田! チューチュー買って来い!」

 

「ハァ!? 嫌ですよ! てか、人をパシリに使うつもりか!?」

 

「そう言うな……ほら、千円やるから!」

 

「仕方ないですね」

 

 

 あっさり了承した山田は千円を受け取り、ゲスい笑みを浮かべていた。彼女の扱いやすさに、上田もまたゲスい笑みを浮かべている。

 駄菓子屋へ行こうとした時、山田は離れて行く上田に声をかけた。

 

 

「上田さんはどこに行くんですか?」

 

「矢部さんに連絡して来る! 明日の警護について、色々と聞いておかないとだからな!」

 

「分かりました! どこで待ち合わせます?」

 

「なら、富竹さんの言っていた境内裏とやらで会おう! 梨花と話もしたいからな! チューチューに梨花の分も追加するんだぞー! 自分の分だけだったらビンタだからな!」

 

「そんな事しませんよ!」

 

 

 一旦、二人は別れた。しかし上田がいなくなったタイミングで、山田はボソリと呟く。

 

 

 

 

「自分の分だけ多めに買おっと。うきょきょきょきょきょ!!」

 

 

 不気味な笑い声をあげながら、スキップで彼女は駄菓子屋までの道を行く。

 

 

 

 

「揺れるモンねぇ癖にスキップしとるな」

 

「!?」

 

 

 通りすがりの村人にぼやかれる。

 

 

 

 

 

 

 そんな山田を、遠くに停まったバンの車中より睨む人影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参加オリ主募集

 

連載始めて四年目

 

そろそろ終わりにしませんか?

 

 

 村内の掲示板に綿流し用の告知が張り出された。

 古手神社の境内は村人で溢れかえり、露店や催し物の舞台造りに勤しんでいる。その中には園崎家の者も多く見受けられた。

 

 

 娯楽の少ない寒村なだけあり、一年に一度のお祭りへは多大な熱量で以て取り組まれる。世には「祭りは本番より準備が楽しい」なんて言葉もあるが、まさに今の村人たちの総意とも言える。

 

 

 

 

 ここにいる誰もが、楽しんで準備作業に励んでいた。

 ただ一人、梨花を除いて。

 

 

「…………」

 

 

 着々と建てられて行く舞台を見ながら、敷かれたテントの下で座っていた。

 

 何度経験しても、この日になれば心がざわつく。思念が頭の中を堂々巡りし、いつもは隠しているハズの不安が表情に出てしまう。

 

 今回は大丈夫だ。自分を信じてくれる味方は多い。富竹と鷹野の件も便宜を図ってくれた。何かあっても、必ず守ってくれるハズ。

 

 

 

 なのに胸騒ぎは止まらない。

 まるで何か、間違えているような気がかり。暑さによる汗とは違う、嫌な汗が何度も流れる。

 

 

 

 

 そもそも、「今回」は何もかもがイレギュラー続きだ。大まかな予想も何も立てられないほど、全ての順序や法則が狂っている。

 

 

「……赤坂が来たのは半年前……一年目の鬼隠しがない事にされてる上、ダム戦争がこの間まで続いていた……」

 

 

 表情に出ている不安を隠そうと、膝を抱え、そこに顔を埋める。

 

 

「……これも全て、山田の……?」

 

 

 脳裏に浮かぶのは山田奈緒子の姿。

 昨夜の一件で梨花は確信を得た。山田は間違いなく────

 

 

 

 

 

「梨花ちゃまー!」

 

 

 自分を呼ぶ声に気付き、ハッと思考の海より浮上する。

 呼んだ人物は一人の村人。舞台が出来上がったようで、梨花に具合を確かめて欲しいそうだ。

 

 

 梨花は不安を、完全に表情から消した。溌溂な笑みを浮かべ、「天真爛漫な童女」を演じる。

 胸中の蟠りを払拭し切れないまま梨花は、舞台の方へ向かった。

 

 

 

 その時に彼女は、拝殿の隅に出来た蜘蛛の巣を見つける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔から気になっていた。

 時には柱と柱の間にまで巣を張る蜘蛛だが、どうやって向かい側まで橋渡ししているのか。糸を持ったまま、対岸まで跳ぶのか。

 

 

 どうやら違うらしい。

 

 巣作りの始まりにはまず、一本の糸を垂らすそうだ。

 

 

 それだけ。

 その垂らした一本の糸が風に流され、どこかにくっ付く。あとはそれを支柱にして、巣を作って行くそうだ。

 

 

 対岸まで跳ぶ訳でも、糸を放つ訳でもない。ただ垂らし、風に行き先を委ねるだけ。

 

 もし人の通る道にでも流れてしまえば、巣を作る前に壊されてしまうかもしれない。折角作っても、そこが人の目に付く所ならば、虫も寄らない場所ならば、骨折り損となる訳だ。

 

 

 

 

 それでも作らなければ、生きる事が出来ない。

 

 ただ垂らし、後は流されるまで待つしかない。

 

 そこが何よりも、絶好の場所である事を信じるしかない。

 

 

 今の梨花もそうだろう。最初の一本は、既に風に流れて対岸にくっ付いた。

 後は信じて編むしかない。壊されぬよう、目に付かぬよう、ただただ祈りながら。

 

 

 

 

 気を取り直し、再度舞台の方へ走る。今は古手家の巫女としての責務を全うしなければならない。明日に備えなければならない。

 

 彼女は様々な思いを胸に、檀上へ上がる。

 

 

 

 

 

 蜘蛛の巣に気付いた村人が、箒を使って取り払ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭りの前と言えども、診療所はきちんと機能している。

 ある程度の業務を終えた入江は、カルテを抱えて薬品保管室に入る。

 

 

「鷹野さん! お手隙でしたらこのカルテの整理を──」

 

 

 室内には誰もいなかった。ただメイド服を着せた人体模型がガラスの箱の向こうで手を上げている。

 

 

「アレ? 鷹野さん? 数分前はいたのに……」

 

 

 薬品が詰まった棚の前に、一枚の紙が置かれている。それに気が付いた入江は、カルテを抱えたままヒョイっと手に取った。

 

 

『暑いのでチューペット買って来ます。探さないでください 鷹野より』

 

 

 内容を読み終えた入江は目をパチクリさせる。

 

 

 

 

「そんな、夜逃げじゃないんですから……」

 

 

 人体模型が手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は、上田から貰った千円を握り締め、ウヒョウヒョ笑いながら畑沿いの道をスキップしていた。目指すは駄菓子屋、買うはチューチュー。

 

 

「ジャガイモー! タマネギー! ペロリヤーナ! キャベツはどうしたーっ!」

 

 

 有頂天な山田であったが、前方から来る十人ばかりの行列を見て足を止める。

 その者らは「雛見沢『びよんど』じぇねれ〜しょんず」の旗を掲げ、「ジオは〜、ジオジオー!」と叫んでいた。

 

 

 今は亡きインチキ霊能力者、ジオ・ウエキのシンパたちだ。途端に山田は、葛西と園崎茜から受けた忠告を思い出す。

 

 

 

 

『……一部の雛じぇねの者が、未だにジオ・ウエキを信奉しているらしいのですよ』

 

『……宗教ってのは、こんなんだっけねぇ。死んだ教祖は神格化される……こうなりゃ宗教の完成だ。誰の声も届かんよ』

 

 

『……それで、山田さん。奴らはあなた……山田さんを敵視しております』

 

『昨夜のデマが、山田さんがジオ・ウエキを殺したと言う事になったようで……あなたとご一緒に来た上田先生もまた、同様です』

 

 

『村にいる間は若い衆が目を光らせておくよ。何かあっても、すぐに対処してやるさ』

 

『ただ、極力奴らには近付かない方が良い。リンチされるかもしれんよ?』

 

 

 

 

 途端、上機嫌だった山田の顔から血の気がサーッと引いて行く。

 この道は一本道。雛じぇねの進行方向に自分がいる事を確認する山田。

 

 大急ぎで辺りを見渡し、隣にあった畑にカカシが立てられている事に気付く。

 そのカカシの顔の下半部は布で覆われ、斜め掛けに巻かれた額当ては左目を隠している。なぜか銀色のカツラを被せられていた。

 

 

「カカシ先生!?……じゃなくて! え、えーっと……!!」

 

 

 雛じぇねとの距離は、十メートルを切った。慌てた彼女はカカシの隣に立って俯く。更に腰と右腕を落とし、残った左手でだらりと下げた右腕を抱えた。

 

 

「雷切っ!」

 

 

 畑のカカシに擬態して欺こうと言う作戦らしい。

 見事にこの作戦は功を奏し、雛じぇねの者らは山田に気付く事なく通り過ぎて行く。

 

 

「ジオは〜、ジョジョーッ!」

 

「ふぁんとむぶらっどー!」

 

「せんとーちょーりゅー!」

 

「すたーだすとくるせいだーず!」

 

「すりーからっとだいやもんどー!」

 

「まちねへの招待ー!」

 

 

 ジッとカカシの真似をしている間に、声は遠ざかって小さくなって行く

 気配がなくなった事を確認すると、安堵の息を吐きながら道の上に戻る。

 

 

「まだやってんのかあの人たち……ジオ・ウエキはインチキだって証明したのに」

 

 

 呆れたように吐き捨てながら、スカートの土汚れを叩く。

 叩きながら、たった十人ほどだったなと行列の数を想起する。多くの雛じぇねメンバーは目を覚ましたようだが、一部は今もジオ・ウエキをオヤシロ様の遣いと思い込んでいるようだ。

 

 だいぶ数は減ったと考えながらも、十人程度でも遭遇してしまえば危険。気をつけねばと自身に言い聞かせ、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「はろろ〜ん!」

 

 

 目の前に人が立っていた。

 驚いた山田はまた咄嗟に、さっきやったカカシの擬態ポーズを取る。

 

 

「千鳥っ!」

 

「ちょっとちょっと山田さん! 私ですよ私!」

 

「え?」

 

 

 聞き覚えのある声だと気付き、顔をぴょこりと上げる。

 立っていた人とは、詩音だった。


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