TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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祭囃し

 陽が落ちる。

 

 祭囃子が聴こえる。

 

 明かりが灯る。

 

 人で溢れる。

 

 

 宵闇に沈む村の中で、古手神社周辺のみはまるで燃え上がるかのように、明々と煌めいていた。

 

 

 

 

 一年に一度にして一夜だけの催し。村民一丸で一斉に行われる一大行事。

 それが「綿流し」。一年の厄を祓う日にして、村の守り神たるオヤシロ様への奉納祭。

 

 多くの村民、または祭りに参加した興宮の町民や県外からの旅行者にとって、飲めや騒げやの楽しい祭りとなるだろう。

 しかし一方、鬼隠しを警戒して気が気ではない者も多くいる。

 

 

 

 提灯や露天の明かりが闇を払い、人熱(ひといき)れが夏を盛り上げる。

 笑い声、歌声、雑踏、神楽の音に、多くの拍手……すっかり落ちた陽の下で、待ってましたとお祭り騒ぎが始まった。

 

 

 

 

 夏、夏、変わらない夏。

 

 この祭りは、ひぐらしのなく頃に始まる。

 

 

 

 キキキキキ………………

 

 キキキキキキ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏だー! 海だー!」

 

「内地やろこの田舎。一生海なんか見れへんでここの村人」

 

「内地ンゲール! 婦長ぉー!」

 

 

 矢部が秋葉を引き連れて、祭りの警護をしていた。警護のついでに、祭りを楽しんでいた。

 カステラ、綿飴、射的にお面屋などの様々な露店へ目移りしながら、二人はウロウロ警護する。

 

 

「アーッ!! 矢部さん!? ロボットがラーメン作ってますよッ!? すっげッ!? 昭和なのにロボットすっげッ!?」

 

「ナニニシマスカ」

 

「これ人入っとるやろ。なんやお前、タカハシゆーんか? 名人か?」

 

 

 タカハシと言うロボットのような物が、菜箸で矢部の頭の上のモノを掴んで寸胴鍋に入れた。

「何すんねんお前何すんねんお前」と店前で騒ぐ矢部を横目に、石原と菊池は踊っている。

 

 

 

 

 

 

 

 彼らとは少し離れた場所を歩いているのは、イカ焼き片手に歩く大石。

 こちらは無線機を片手に、他の刑事たちと連携を取っていた。

 

 

「熊ちゃん? そちらはどうですか?」

 

『えぇ。今のところ、怪しい人物は見当たりません。祭りの参加者は皆、大抵決まっている人ばかりですので……知らない顔があればすぐに分かるんですけど……』

 

「それじゃあ駄目ですよぉ! 犯人は村外の人間とは限らないんですから! 目に映った人間は全員、疑ってかかりなさい!」

 

 

 イカ焼きを咀嚼してから大石は周波数を変え、別の刑事と連絡をする。

 

 

「そちら、草加雅人刑事!……山田さんと上田さんの動向は?」

 

『良くないなぁ、こう言うのは……』

 

「何言ってんですかあなた……決して、彼女たちから目を逸らさないように!」

 

『じゃあ死んで貰おうかな……』

 

「何かあったらまずあなたを取り調べますからね!」

 

 

 無線を切り、イカ焼きの残った部位を一気に食べ尽くす。

 設置されていたゴミ箱に串を投げ捨ててから、鋭い眼光でとある方を睨む。

 

 

 

 

 

 

 

 視線の先、人だかりの向こうで、やや離れた場所。そこには魅音と詩音が並んで歩いていた。

 澄まし顔の詩音の隣で、魅音はかき氷を間断なく食べながら、イチゴのシロップよりも真っ赤な顔で俯いている。

 

 

「……では、告白する方向で、よろしいですね?」

 

「…………よろしいです」

 

「ご覚悟の程は?」

 

「……てか! 詩音が勝手に話進めたんじゃん!? 覚悟も何もある訳ないよ!?」

 

 

 そうツッコミを入れられ、詩音の表情はチャーミングな笑顔に変わる。

 

 

「奥手過ぎるんですよオネェは! 誰かが背中押してあげないと、多分オネェ、一生圭ちゃんの『友達』で終わっていましたよ?」

 

「だからって余計なお世話過ぎるって!……その、やっぱまだ出会って一年だし、もう少し親睦を深めてから……」

 

「そんなに渋るなら入れ替わりますか? 代わりに私が告白してあげますよ?」

 

「それは駄目ッ! ヤダッ!」

 

「あ、今のオネェ可愛かったですよ!」

 

 

 火照る身体を冷ますようにかき氷を掻き込んでいた魅音だが、容器の中が空っぽな事に気付き、また俯いた。

 

 

「………………」

 

 

 その際に、昨日の事を思い出す。圭一たちの事ではなく、祖母との話の事だ。

 照れて焦り顔だった彼女の表情に、微かな影がかかる。その表情の機微に気付いた詩音が、心配そうに声をかけた。

 

 

「どうしました?」

 

「……ん? あ……いや! 何でもない!」

 

「そうですか?」

 

「それより山田さんと上田先生は!?」

 

 

 はぐらかすように、山田と上田の事を話す。詩音は「あー」と呟いた。

 

 

「上田先生は見なかったですけど、山田さんでしたらお昼に一緒でしたよ。でも貧血で倒れてしまって……」

 

「……え!? 山田さん倒れたの!? 大丈夫!?」

 

「ご本人は大丈夫と仰っていましたけど……」

 

「そっかぁ……奉納演舞までの余興、山田さんのマジックショーとかどうかなって思ってたけど……急だし、断られるかなぁ」

 

「一応聞いてみたらどうです?」

 

「……まぁ、そだね」

 

 

 突如、誰かが二人の背中をポンポンと叩く。

 振り返ると、沙都子と梨花が立っていた。

 

 

「こんばんはですわ、お二人とも!」

 

「奉納演舞までまだちょっと時間ありますので、一緒に祭りを回りますのです!」

 

「あら梨花ちゃま! お久しぶりですー!」

 

 

 大体一週間以上ぶりの梨花を、詩音は頭を撫でながら抱き付く。

 

 

「みぃ。お久しぶりなのです。もう三年ぶりになるのですか?」

 

「あららら? 山田さんもですけど、時間感覚どうなっちゃってるんですかー? そんな事言っちゃうのですか梨花ちゃまー?」

 

「んむんむ」

 

 

 トンチキな事を話す梨花のほっぺをむにむに弄る詩音。

 その様を見て呆れながらも、魅音は沙都子に話しかけた。

 

 

「やっほー沙都子! 沙都子さぁ、山田さんたち見てない?」

 

「山田さんですか? 診療所で見たのが最後ですけど?」

 

「あ、貧血で倒れたって時のかな。うーん、そもそも祭りに来てるのかなぁ」

 

「祭りには出るって仰っておりましたから、どこかにいらっしゃるかと思うのですが……」

 

「まぁ、境内回ってたら会うかな〜」

 

 

 山田たちを探そうと、魅音は辺りを見渡した。

 

 その際に、人混みの向こうからこちらを覗く大石に気付く。

 気付かれたと言うのに大石は、余裕そうな笑みを浮かべて手をヒラヒラ振っていた。「監視しているぞ」と、彼なりの意思表示らしい。

 

 

 一気に嫌な気分になる。大石へ敵意を込めて睨んだ後、すぐに目線を外した。

 

 

 

「……あ、レナ!」

 

 

 その先で見つけたのはレナ。

 向こうもこちらを見つけたようで、手をパタパタ振りながらやって来る。

 

 

「え、えへへ。お待たせさせちゃったかな……昨日はありがとね、みんな」

 

「いや全然全然! 集まったばっかだから!」

 

「レナさんも来てくださって嬉しいですわよ!」

 

 

 魅音と沙都子の声を聞いた詩音も、レナに気が付き挨拶をする。触り心地が良いのか、梨花のほっぺは弄ったまま。

 

 

「ちょっと遅めのはろろ〜ん、です!」

 

「あ、詩ぃちゃんも。えっと、はろろーん!」

 

「うん、元気でよろしい!」

 

「んむんむ。そろそろやめて欲しいのです」

 

 

 梨花の訴えも聞かずに、そのままほっぺを伸ばし始めた詩音。

 その間沙都子は、今揃っているメンバーを確認している。

 

 

「圭一さんはまだですわね? レナさんと来るかと思っておりましたのに」

 

「……今日はまだ見てないよ。真っ先に来てそうだけど……」

 

 

 それを聞いた魅音は少し、安心した様子だ。

 

 

「……まぁ、圭ちゃんだったら間違いなく来るっしょ! 先に私たちで露店巡りしちゃう? 山田さんたちを探すのも兼ねてさ!」

 

「賛成ですわ!」

 

「はい! そろそろお腹も空いてきたところです!」

 

「んむー、んむー。詩ぃ、正気に戻って欲しいのです」

 

 

 さすがに口の中へ指を入れようとしたのは阻止した。

 これから露店を巡ろうかと一同が歩き出した時、レナは魅音を呼び止める。

 

 

「あの、魅ぃちゃん! 病院で貰ったお花、廊下に飾っておいたよ!」

 

「んー? あぁ、アレね! 綺麗でしょ? ウチのお庭で採れたからめちゃ貴重だよ〜ん?」

 

「何かお返ししないとね」

 

「いやいや、良いよ良いよ! これも部長の務めってもんよ!」

 

「お掃除テクニック教えてくれたし、レナ流唐揚げの作り方とかどうかな……かな?」

 

「フッ。舐めて貰っちゃ困るよ……唐揚げなんて、私にとっちゃ朝飯前で」

 

「味付けで褒めてくれたのは圭一くんだけだけど……」

 

「詳しく教えてください」

 

 

 圭一を抜いたいつものメンバーで露店巡りを始める。それを見届けたところで、大石は人混みの中に消えた。

 

 

 

 

 ラーメン屋では、ロボットによって矢部が寸胴鍋の中に突っ込まれていた。秋葉がそれを救出しようと必死。

 石原と菊池は、相変わらず踊っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田たちはどこにいるかと言えば、神社への階段の下で待ち合わせていた。

 左手にはめたクォーツの三万円もする腕時計を眺めて待つ上田の元へ、山田が到着する。

 

 

「おぅ、山田! どこほっつき歩いてたんだ?」

 

「すみません、ちょっと遅れて……今、何時ですか?」

 

「んー? このクォーツの三万円もする時計は、十八時二十三分を示している!」

 

「……そんな重そうな腕時計、良くずっと付けてられますね」

 

「勝利者の証だからな。ほぉら。ずっと着けてたせいで、日焼け跡も出来ちまっている! ワイルドだろぉ?」

 

 

 腕時計を少しずらし、日焼け跡を見せ付ける。

 確かに左手首の辺りが、周りの皮膚よりも白みがかっていた。どうでも良い。

 

 

「日焼け跡とかどーでも良いですよ……事件は何時に起きるんでしたっけ?」

 

「二十一時。祭りの後だな」

 

「大体あと三時間か……まぁ、三時間ずっと鷹野さんらと一緒にいれば良いだけですよね」

 

「……そうなるなぁ?」

 

 

 階段下で三分ほど待つと、やっと富竹が現れた。

 

 

「お待たせしましたー、上田教授に山田さん! はい、いきなり富竹フラッシュ!」

 

 

 出会い頭にシャッターを切る富竹。

 反応が遅れた二人は、フラッシュがなくなってからポーズを取る。山田はエド・はるみの「コーっ!」のポーズ、上田はコマネチ。

 

 

「……なんでコマネチなんですか!」

 

「コマネチを馬鹿にするんじゃない! 二百万円のネタだぞッ!」

 

「だからなんだ」

 

「んまぁ、お二人がポーズ取る前に撮り終えてますから……突然すいませんね?」

 

 

 パッと富竹は、階段の先にある鳥居を指差した。

 下眺めると、辺りの暗がりも相まって、祭りの明かりでとても輝いているかのように見える。

 

 

「輝く鳥居をバックに並ぶ男女……うーん。とても良い画だと思ってしまいましてね。撮らずにはいられなかった訳です!」

 

「はー……確かにこうして見ると結構、やっぱ立派な鳥居ですね……」

 

「祭りのライトアップすらモノにしちまうとはなぁ。さすが、村のシンボルと言われるだけある」

 

「そう思ったところでハイ! もう一回富竹フラッシュ!」

 

 

 また不意打ちで撮影。二人は咄嗟に、「よろしく〜ねっ」のポーズを取った。

 鷹野はそのタイミングでやって来て、手をヒラヒラ振り三人の元へ駆け寄る。

 

 

「お待たせジロ……富竹さんに上田教授!」

 

「名前被るから名字で呼んでいるんですね」

 

「もっと次郎ちゃんって呼んでくださって良いんですよ」

 

 

 上田の影に隠れていた山田に、鷹野が気付く。

 彼女が倒れた事を知っているようで、少し心配そうだ。

 

 

「あら、山田さん! あれからご体調はいかがですか?」

 

「あ、何とか……」

 

「無理はなさらないでくださいね? 何かあればすぐ私まで……」

 

「はい! 富竹フラッシュっ!!」

 

 

 両手でピースする鷹野の両隣で、山田と上田はまた「よろしく〜ねっ!」のポーズ。

 あらかた挨拶が済めば、三人はやっと神社の方へ歩き出した。上田は階段の途中で滑って転げ落ちる。

 

 

 

 

 その様を呆れて見ていた山田の後ろより、声がかけられた。

 

 

「ダーヤマーさん!」

 

「誰だよっ!……あ、圭一さん」

 

 

 呼びかけた人物とは、すっかり山田の追っかけと化した圭一。

 階段を二段飛ばしで駆け上がり、彼女の隣まで辿り着く。

 

 

「こんばんはっす、ダーマ様!」

 

「略すなっ!」

 

 

 挨拶を終えた圭一は煌びやかな鳥居を見上げ、目を輝かせる。

 思えば彼は昨年から村に来たばかりだ。綿流しは初めてのハズ。

 

 

「いやぁ……なんて言いますか、結構大きい祭りなんすね! もっとこう、学校の校庭でやるような奴かなって思ってたんで」

 

「確かに凄い力入れてますよね」

 

 

 鬼隠しを経て盛大に行われるようになった経緯は知らないものの、この非日常的な祭りの空気と言うものは何歳になってもそそられる。

 先に行った富竹や鷹野、上田らを追うように段差を上がるが、その度に高揚感は少なからず湧いて出て来た。

 

 階段を上がり切り、鳥居をくぐって境内へ。

 いつも見ていた神社の景色は大きく様変わりしており、多くの参加者や目眩く光、派手めなテントの露店に埋め尽くされていた。

 

 

 振り返り、圭一に気付いた鷹野らが彼へ手を振る。

 それを笑顔で返しながら圭一は山田に話しかけた。

 

 

「山田さんは富竹さんや鷹野さんと回るんですか?」

 

「まぁ、その予定ですけど……」

 

 

 これから殺されるあの二人の目付け役とは、口が裂けても言えない。

 

 

「じゃあ俺も……折角なんで、魅音ら見つかるまで付いて行くっすね」

 

「あぁ……ちょっと聞くのは野暮かもしれないんですけど……あれからレナさんって、色々大丈夫なんですか?」

 

「レナですか?……大丈夫っすよ! あれから元気にやってます!」

 

 

 微笑む圭一からは、彼女への信頼が伺えた。

 気を遣ってはいるものの、過ぎてはいない。出会ってまだ短いながらも、山田は圭一と言う人物の絶妙な優しさにただただ感心していた。

 

 

「……さぁて! 山田さんも祭りの時ぐらい、今までのあれこれは忘れましょうよ! 楽しんだモン勝ちっすよ!」

 

「……んまぁ、そうですね……はい」

 

 

 山田からすれば忘れたいにも忘れられない状態ではあるが。

 

 

 

 二人は鷹野らと合流すると、そのままの流れで祭りを巡り始める。

 まず最初にチェックしたのは、あの変わった老夫婦が完成させた段ボール製のエッフェル塔。

 

 

「ひっくぃーーんッ!!」

 

「ひぃぃっっくぃーーーーんッ!!」

 

 

 塔の両隣で手を広げて叫ぶ老夫婦と、頂点に突き刺さった、上田が降ろしてやったハズのひっきー。上田は思わず二度見する。

 

 

「あの……それ、私が降ろしたハズじゃ……」

 

「おぉ、むくつけき男よ!」

 

「上田名誉教授と呼んでください」

 

「あの摩天楼に突き刺さった様が存外に良かった故、また刺したのだ」

 

「新宿エンド回避出来ず……」

 

 

 老婆がコンセントを繋ぐと、エッフェル塔に巻かれたライトが力なく光り始める。

 それを富竹がパシャパシャ撮っていた。

 

 

 

 

 次は鷹野から綿流しの流れを聞きながら、四人でフランクフルトを食べる。

 

 

「古手家の巫女による奉納演舞の後、集められた綿を使って綿流しが始まるんです」

 

「鬼ヶ淵の川に流して厄払いをする……なんだよね」

 

「その通りよ、富竹さん……うふふ。流すのが人の内臓ではなくて良かったわね……!」

 

「フランクフルト食べながら言う話題じゃないよ……」

 

 

 ウキウキと楽しそうな笑みでフランクフルトを頬張る鷹野。

 その様を隣で同じく頬張りながらガン見する、上田と圭一。

 

 

「……美人さんがこう、長くて太い物を頬張る姿って、どうしてこう……男の琴線に触れるんすかね、上田先生」

 

「あぁ、少年……それは、物理学者が長年に渡って研究してきた永遠のテーマなんだ……」

 

「そんなに美人の頬張る姿が良いならほら、私だって見ろー!」

 

「……フランクフルトを真ん中から食う奴に用はない。トウモロコシじゃないんだぞッ!」

 

 

 張り合おうとする山田を咎め、一向は更に出店の通りを進む。

 山田、鷹野、富竹が少し先を歩いている。その後ろで上田は、向かい側を歩く二人組に気付き圭一に耳打ちする。

 

 

 

 

「少年。園崎シスターズが来たぞ?」

 

「そ、園崎シスターズ?……あ! おーい!」

 

 

 上田の言った通り、魅音と詩音が露店前を歩いていた。

 すぐに圭一が呼びかけると、彼女らは同時にこちらへ目を向ける。

 

 

「け、圭ちゃん……!?」

 

 

 圭一を視認した途端に固まる魅音を押し退け、詩音が上田へ挨拶をする。

 

 

「あら上田先生! なんだかお久しぶりですね!」

 

「園崎詩音だったか? 三年ぶりだな!」

 

「言うだろなぁとは思ってましたけど、ホントどうしちゃったんです?」

 

「いやまぁ、なんだ? それほど久しい感じしないか?」

 

「もう! まさかそんな、時間が急に飛んだ訳じゃあるまいし!」

 

「……………………はっはっはっ」

 

「何ですかその反応?」

 

 

 若干気まずそうに、詩音の前に立つ時間超越者は目を逸らして顎を撫でる。

 その間圭一は辺りを見渡し、沙都子や梨花、レナがいない事について魅音に尋ねた。

 

 

「あれ? 梨花ちゃんたちは? 多分来てるよな?」

 

「あ……え……あれ、あの、レナたちは別のお店見に行ってて……」

 

「……? どした魅音? なんか様子が……」

 

 

 やけに魅音がしおらしく、怪訝そうに見つめる圭一。

 そんな視線を受け、魅音は余計にドギマギしてしまうのだが。

 

 

「い、いや、いやぁ? おじさん、全然普通だよぉ?」

 

「そうか?……いいや、やっぱ変だぞお前。顔も赤いしよぉ」

 

「か、顔!? え!? そんなに赤い!?」

 

「…………お前大丈夫か?」

 

 

 誰が見ても気付くほどの狼狽え具合。

 それもそうだ。「今夜中に告白しなければならない意中の人」を前に、魅音は意識しまくりだからだ。

 上田との挨拶中にそんな、不甲斐ない姉の姿を確認した詩音は見かねて、助け舟を出してやる事に。

 

 

「……あっ! オネェ、圭ちゃんに言う事あったんじゃないですか!?」

 

「!?!?!? え、そんな急に言う!?」

 

「お? 俺にか? なんだどうしたんだよ?」

 

「あ、いや、圭ちゃんね、これは、その……!」

 

 

 指をもじもじさせて俯き、魅音はしどろもどろに言葉を吐く。

 彼女の横で詩音はただ「二人っきりになろうと誘え」と目で訴えていた。

 

 そんな折に、上田は少し離れていた山田や鷹野、富竹らを呼ぶ。

 

 

「おーい! 我がジロウに鷹野さーん! オマケの山田ぁー! こっちですー!」

 

「オマケとはなんだ! 食玩かっ!」

 

 

 不機嫌顔の山田が目に入った途端、魅音は彼女の方へ飛び出した。

 

 

「山田さんっ!!!!」

 

「うひょいっ!?」

 

「飛び入りでマジックショー出来るっ!?!?」

 

「……はいぃ!?」

 

 

 逃げを取ってしまった彼女の後ろでは「何だったんだ?」と首を傾げる圭一と、失望から顔を覆う詩音の姿があった。

 魅音と言えば圭一から背を向け、目をぐるぐる回しながら山田に出演依頼を捲し立てる。

 

 

「必要な物があるなら何でも用意するからッ!! 何でも用意したげるからッ!?」

 

「いやそう言われましても……いきなりそんな、準備もしなきゃですし、ちょっと無理が」

 

「出演料十万円ちょいでどうッ!?」

 

「まぁ私ほどのマジシャンなら突然頼まれても全然対応出来るので全く問題ありませんけどね?」

 

「ありがと山田さーんっ!! じゃ、早速舞台の方に…………あ」

 

 

 ハッとして振り返ると、困惑顔の圭一にジトッと睨む詩音。

 魅音は申し訳なさそうに手を立てて、詩音に謝る。それから山田の腕を引き、舞台まで案内しに行ってしまった。

 

 

 

 呆れ顔で見送る詩音の方へ、入れ替わるようにして鷹野と富竹がやって来る。

 

 

「あら、やっと会えたわ! うふふ……今年のお祭りも盛況ね!」

 

「こっちも楽しんでるよ。ずっと食べてばっかだけどね!」

 

「もーっ……少しは控えないと駄目よ? 最近お腹出て来たじゃないの!」

 

 

 三人を呼んだ上田とも再び合流し、一層賑やかとなる。

 それ自体は良い事だが山田を伴って逃げた魅音を思うと、詩音は苦笑いするしかない。

 

 

「あ、あはは……楽しんで貰って何よりで……」

 

「……あ。それより魅音の……さっきのは何だったんだよ?」

 

「……えぇと。まぁ、またご本人に聞いてくださいな……」

 

「うん?」

 

 

 口々に談笑をし、その内に山田のマジックショーの話となり、舞台の方へ行こうと決まった。

 移動を始める一行の後方で、上田は腕時計を睨みながら気が気でない様子。

 

 

「…………事件発生まであと二時間……矢部さん、ちゃんと俺を見守ってくれてるんだろうか……?」

 

 

 とは言え、石原からは専用の無線機を貰っている。何か起きても、すぐに連絡は可能だ。

 故にこの心配が杞憂に終わると信じながら、上田も先々と行く鷹野らを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 りんご飴の屋台の前に、梨花と沙都子とレナはいた。

 真っ赤でまん丸の飴を、突き刺さった棒を握って美味しそうに舐めている。

 

 

「デザートもお済みましたし、そろそろ舞台の方へ行きますわよ!」

 

「あ、そっか。そろそろ奉納演舞だもんね、梨花ちゃん。大丈夫? 緊張とかしてない?」

 

「みぃ。この日の為に、それはそれは血も滲むような練習をしたのです。緊張でフイにはしたくないのです」

 

「もー! 梨花ったら嘘ばっかり!」

 

 

 人熱の中で、少女たちの明るい笑い声が響く。

 並んで歩く三人だが、ふとレナは足を止めて振り返る。

 

 

「…………」

 

 

 視界は延々と、屋台と人だかり。

 目眩く光と、屋台より立ち昇る白煙、鳴り続く神楽囃子が満ちる今の景色が、夢の中のように思えて来た。

 

 立ち止まったレナに気付き、梨花も沙都子も小首を傾げながら振り返る。

 

 

「レナー?」

 

「レナさーん? どうなされましたー?」

 

 

 二人の声に呼び戻され、レナは儚げに微笑んで向き直る。

 

 

「あ……ごめんね。なんか、寂しくなっちゃって」

 

「寂しい……ですか?」

 

「……うん」

 

 

 再び三人は、飴を舐めながら並び歩く。

 物憂げなレナの表情が、何とも不安げだ。

 

 

「どうしたのですレナ?」

 

「………………」

 

 

 暫し考え込むように飴に口を付けていたが、思い立ったようでパッと離した。

 

 

「……明日、やっとお父さんのお葬式が出来るんだけどね……お母さんが色々やってくれて」

 

「あら! 良い事ではありませんか!」

 

「ちょっと驚いちゃったけどね。『あ、やってくれるんだ』って…………多分、理由はお父さんって言うより、レナかもしれないけど」

 

「え……?」

 

「…………もしかしたらお母さん、レナを引き取りに来るのかなって……」

 

 

 レナは俯き、口元だけを笑わせた。

 

 

「……そしたらまた、雛見沢から出るだろうし……このお祭りも当分来られないなって思っちゃって」

 

 

 恐らくそうなるだろうなと、レナなりに想像してずっと考えていたようだ。

 彼女の抱く不安の種は、母親の「今の家族」に引き取られ、雛見沢から出る……それよりも強く不安なのは、出た先で何をやらかすのかと言う点だ。

 

 

 

 

「……村の外に出てもレナは……上手く生きて行ける自信がない、かな……」

 

 

 そう呟き、取り繕うように目元を綻ばせた。

 頑張って笑顔になろうとも、表情に宿る影は拭えていない。煌びやかな祭りの中で、レナだけが灰色のようにも見えた。

 

 

「……なんてね。ごめんね、暗い話しちゃって……」

 

「…………あの……私……」

 

「決まった訳じゃないからね……まだ、レナの妄想だよ……だよ?」

 

 

 返す言葉を見つけられず、沙都子は考え込む。

 仮にそうなったらどうすれば良いのか。笑顔で送り出すのも違うのではないかと、色々と思案する。

 どれだけ考えても、甘酸っぱい飴の味がほろ苦く感じるだけだ。

 

 

 遠く、舞台が見えて来た。

 人々の談笑が遠く聞こえるような時間だ。

 

 

 

 

 

「ボクもっと、ワガママになって良いと思うのです」

 

 

 隣で梨花がそう、話しかけた。

 驚き顔でレナが彼女の方を向く。梨花は真っ直ぐ、真面目な顔でこちらを見上げていた。

 

 

「レナは人に尽くし過ぎなのです。大事な時ぐらい、自分の思う通りを選んだら良いのです」

 

「……梨花ちゃん?」

 

「ちゃんと話し合って、言っちゃうところは言っちゃうのです。どうしても出来ない事とか、譲れない所なんてどんな人にもあるのですから……大人が決めたからって、譲り切っちゃ駄目だってボクは思うのです」

 

「………………」

 

「だから、レナはまだワガママになって良いと思うのです」

 

 

 真面目な顔がパァッと、満面の笑みに変わった。

 

 

「でもワガママ過ぎるのも勿論駄目なのです! もう小屋に閉じ込められるのは勘弁なのです! にぱ〜☆」

 

 

 最後の言葉に沙都子は思わずドキリ。

 レナを気に病ませてしまうのではと不安になり、チラリと本人を見やる。

 

 

 一瞬、唖然としたように口を開いていたレナ。

 次に見せたのは、安心したような微笑みだった。

 

 

「……梨花ちゃんって、時々大人っぽい事言うよね」

 

「当然なのです。オヤシロ様の生まれ変わりだからなのです!」

 

「…………ふふ。そのアドバイス、ちゃんと覚えておくね」

 

「忘れたら手ずから罰を与えに行くのです」

 

「はーい!」

 

 

 顔を上げて真っ直ぐ見つめるレナの表情からは、影が薄れ去っていた。

 不安や心配は残っているが、それも軽くなったようだ。

 

 

 その間、沙都子はドッと息を吐くと、ササッと梨花の傍に寄って耳打ち。

 

 

「梨花ってばあんな事ズバズバ言って……こっちがちょっと緊張しましたわよ!」

 

「みぃ。言いたい事は言っておくのが正解なのですよ?」

 

「……でも、今回はグッジョブですわ」

 

「ばっちぐー」

 

 

 二人はサムズアップを見せ合った。

 そうこうしている内に彼女らは舞台の前に着く。

 

 

 

 

 

 

 途端、壊れかけのラジカセから鳴るような、ノイズ混じりの音楽が辺りに響き渡った。

 良くマジックショーか何かで使われている曲だ。

 

 珍しい物見たさに訪れた客で賑わう、その最前方。

 余興用に用意された小さなステージの上には、山田が立っていた。


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