TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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・仮面ライダー龍騎20周年おめでとう。


神楽囃し

────私の名前は山田奈緒子。

この昭和の世に舞い降りた、超実力派未来人マジシャンだ。

 

 

亡き父…………この時代では全然生きているが、とにかく亡き父「山田剛三」は日本を代表する偉大なマジシャンだった。

そんな父の影響を幼い頃から受けて、私は育った。

 

 

父が磨き続けた技を引き継ぎ、平成のステージで進化させて来た。

つまり昭和の技術よりも先を行っている。

 

 

 

そんな未来人である私が、この大きなお祭りの大トリとしてひとたび未来のマジックを披露してやれば…………

 

 

 

 

客席はほら、この通り!

 

 

 

 

 

 

 

──さっきまで埋まっていた客席は、今やもぬけの殻。

 残っているのは魅音ら部活メンバーや上田、富竹、鷹野、そして感涙を流して叫ぶ圭一の、ほぼ身内だけ。

 

 

「山田様ぁぁぁーーーーッ!!!! 我が師匠ぉぉぉーーーーッ!!!!」

 

 

 その後ろの道を、北欧人集団がパレードしている。

 

 

 

……一部の昭和人にはまだ早過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジックショーを終えた山田は舞台横で蹲り、それはそれは随分と荒れていた。

 魅音は心底申し訳なさそうな顔で慰めてくれてはいたが。

 

 

「今までウケてたのになぜ……なにゆえ…………なしてやっ!!」

 

「ご、ごめーん山田さん! なんか集まってたみんな、奉納演舞やるもんだって勘違いしてたみたいで……!」

 

「そ、そうですよね。情報伝達がまだ甘かっただけで──」

 

 

 

 

 山田の次に現れたのは、村の青年たちで結成されたダンスチーム。

「It More Coco Color」と言うグループ名を名乗り、自作のダンスを披露していた。

 

 

「悲しい時ぃーーッ!!」

 

「かわいいねぇーーッ!!」

 

「バカやろこの野郎めーーッ!!」

 

「頭を下げれば大丈夫ぅーーッ!!」

 

「一歩進んで偉い人ぉーーッ!!」

 

 

 すっからかんだった客席は一気に埋まり、ドッと歓声と拍手で包まれる。

 それを舞台横で愕然と眺める山田。

 

 

「………………」

 

「まぁ、ほら、身内に甘いとかってのがあるからさ!」

 

「で、ですよね! 私がアウェイってだけで──」

 

 

 

 

 次に現れたのは、なぜか出演している矢部の部下の秋葉。

 

 

「ショートコントします!『人気のないスタンドバイミー』!……ダダダン、ツッダン。ダダダン、ツッダン──ニンキィナァイッ!」

 

 

 客数変わらず、爆笑と賛美の嵐。

 山田は納得行かないように口を曲げた後、ついには諦めて溜め息を吐く。

 

 

「……良く分からないネタでもほら、ウケる時はウケるからさ!」

 

「…………いやもう、出演料貰えますし……何より指差しで笑われたりしないだけまだ──」

 

 

 

 

 通りすがりの村民一家が山田を指差して「あーっはっはっは!」と嘲笑う。

 それからスンと真顔になり、何事もなかったかのように去った。

 

 

「………………」

 

「で、でも、めちゃくちゃ凄かったじゃん!? ほら! 持ってたボールを手と手の間で浮かせたヤツとか!」

 

「師匠……俺っ……!! 紐を入れた徳利(とっくり)が落ちなかったマジックに衝撃を受けました……ッ!!」

 

「え、圭ちゃんいつからいたの?」

 

 

 暑苦しい男泣きを見せ付け、震えた声で感想を述べる圭一……その後ろより、梨花とレナもやって来た。

 

 

「みぃ。なかなか良かったのですよ」

 

「観ててとっても楽しかったです!……あっ、山田さんこんばんはっ!」

 

 

 子供たちからの慰めを受け、山田まだ顰め面ではあるが何とか気を持ち直した。

 まずは立ち上がって久々に会ったレナと話を交わす。

 

 

「あー……こんばんはレナさん……あれからその、大丈夫でした?」

 

「……はい。その……あの時は本当にごめんなさい。レナはもう、大丈夫ですから!」

 

「なら良いんですけど……ええと、上田さんとかは?」

 

 

 遠回しに上田が富竹らから目を離していないかと、梨花に確認を取る山田。

 彼女の意図を察した上で、安心するようにと梨花は答えてやる。

 

 

「上田なら詩ぃと富竹、鷹野たちと一緒に舞台の方へ行ったのですよ」

 

「じゃあ、沙都子さんも?」

 

「沙都子はおトイレなのです」

 

 

 とりあえず上田は山田が離れている間も、ずっと富竹と鷹野を見守っていたようだ。

 そして詩音もまた裏山で交わした約束の通り、二人の傍にいてくれている。はぐれていないのならば、まずは安心だろう。

 

 ズイッと、魅音が山田に話しかける。

 

 

「それより山田さん! 個人的にはサイコーのショーだったからさ、何とか出演料に色付けてあげるからね!」

 

「ありがとござますありがとござます。もう信じられるのは園崎様だけですホント」

 

「山田さん…………俺も、貢いで良いっすか?」

 

「お金か食べられる物なら」

 

 

 

 

 気が付けば余興ステージに来ていた観客たちが、ぞろぞろとどこかへ移動を始めていた。

 何事だろうと山田が注視する横で、レナが思い出したように梨花へ話しかける。

 

 

「そろそろ奉納演舞の時間じゃなかった?」

 

「あ、もうそんな時間なのです」

 

 

 それを聞いた山田は、観客は奉納演舞が行われる舞台へ移動しているのだなと気付く。

 

 

「じゃあもう、早く行った方が良いんじゃないですか?」

 

「名残惜しいけどそうするのです。みんなももう来るのですか?」

 

 

 皆が首肯し、口々に移動する旨を話したので、この四人で舞台へ向かう事となる。

 移動を始めた時、後方にいた圭一は胸を躍らせていた。

 

 

「俺初めて見るからなぁ、梨花ちゃんの演舞。楽しみだなぁ……巫女服梨花ちゃん。むふふ……」

 

「………………」

 

 

 更にその後ろには魅音が立つ。

 圭一の後ろ姿を見てから、赤らめた顔で俯いた。

 

 

 

 

「……ぐっ……! わ、私は園崎魅音園崎魅音、次期当主に出来ない事はない……!」

 

 

 ぶつぶつと呪文のように自分への鼓舞を呟き、キッと前を向く。

 

 

「……あ、あ、あのさぁ圭ちゃん!」

 

 

 レナ、山田、梨花は先を歩いており、気付かれやしないハズだ。

 そう判断した魅音は、意を決して圭一を呼び止めた。すぐに彼はその声に呼応し、振り返る。

 

 

「んあ? どした?」

 

「え、え、え、えと……その……じ、時間ある!?」

 

「は? いや、今はないだろ?」

 

「あー! そ、そうだったね! おじさんウッカリ!」

 

「なんだよお前。落ち着けよ」

 

「さっきまで叫び散らかしてた圭ちゃんに言われたくないかなぁ」

 

 

 すぐに魅音は「じゃあさ、じゃあさ」と言って引き止め、緊張と恥ずかしさで半ば混乱状態の頭で何とか約束を取り付けた。

 

 

「……奉納演舞が終わって、綿流しまでちょっとだけ時間、あるからさ……神社の裏手に、来てくれない?」

 

「え? なんでそんな……」

 

「はいっ! これは部長命令っ! 分かった!? 奉納演舞終わったら神社裏! 来なかったら『前原圭一がやっぱカレーの具と言えばチクワだよなと言ってました』って知恵先生に言ってやるっ!!」

 

「おおおお!? そりゃ横暴だ!? 殺す気か俺を!?」

 

「それが嫌なら来いっ! 私は待つッ!! 以上ッ!!!!」

 

「お姫様を人質に取った魔王かお前は!」

 

 

 一気に捲し立て、魅音は圭一を横切って山田らの方へ駆けた。

 彼から背けたその顔は、赤提灯の灯りに負けないほど真っ赤っかだ。

 

 一方で呆気に取られ、首を傾げる圭一。魅音の真意にはまだ気付いていない様子だ。

 だがその内、何か察したようにしたり顔となる。

 

 

「……ははーん。さては、この俺様にドッキリでも仕掛けるつもりだなぁ……?」

 

 

 分かった気になったまま、圭一も先に行ったメンバーらの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に奉納演舞の舞台へと到着していた上田たち。

 余興用のステージとは違い、演舞用の舞台はしっかりとした桐造りとなっていた。

 

 神楽殿ほど華やかではないものの、無駄な装飾のない雅やかな舞台だ。

 鎮守の森を前に建てられた舞台の四隅には細い柱が立てられ、その柱と柱とを紙垂(しで)が垂らされたしめ縄が繋ぐ。そうやって舞台を囲むようにし、謂わば結界を張っている。

 

 

 既に大太鼓と笛を用意した奏者たちが浄衣(じょうえ)と袴に身を包み、最後の音合わせをしている。その為、辺りには澄んだ神楽囃子が木霊した。

 舞台の向かって左側には布団や袢纏(はんてん)が積み上げられ、中央奥には供物が並べられた折敷(おしき)が置かれている。

 

 また、舞台上やその周辺には極力電気が使われておらず、全て設置された松明の火で闇を払っていた。

 その為から露店が並んでいた場所と比べ、幾分か薄暗い。とは言えこの薄暗さもまた、今この場に漂う厳かな雰囲気作りに一役買っている。

 

 

 

 想像以上にきちんと造られていた舞台を見て、上田は鷹野を見ながら感嘆の声を上げた。

 

 

「いやはや……実は私はねぇ? 日本のみならず、全世界の祭りと言う祭りを股にかけて来た人間ですがね? これほど立派な舞台は見た事ないですよ!」

 

「奉納演舞は村にとって大事な行事ですわ。ここで手を抜けば、オヤシロ様に怒られちゃいますもの! するとまた祟りが起きるかもしれませんし……」

 

「はっはっは! ご安心ください! この上田次郎の手にかかれば、オヤシロ様の祟りも何のそのですとも!」

 

「まぁ! 心強いですわね!」

 

 

 気を良くした上田は胸を張って、得意げにしたり顔だ。

 隣でパシャパシャとシャッターを切っていた富竹だが、途端に顔を歪めた。

 

 

「ご、ごめん! ちょっと催しちゃって……お手洗いに行って来るよ!」

 

「えー? 今からなのよジロ……富竹さん!」

 

「すぐ戻って来るから!」

 

 

 我慢出来ないと言った様子でトイレへ行こうとする富竹に、上田は焦る。

 一瞬でも彼から目を離す訳にはいかないからだ。

 

 

「あー! 私もいきなり催してしまったー! ジロウよ! 共に行きませんか!?」

 

「ジロウもですか? なら共に参りましょうぞ!」

 

「御意のまま……あっ、でも、あの……クソぅ! 山田の奴はどこだ!?」

 

 

 この場を離れてしまえば、鷹野の目付け役がいなくなる。

 キョトンとする鷹野と、山田を探す為に見渡している周辺とを顔を行ったり来たりさせて、焦りを見せる上田。

 

 

 仕方なく無線機で矢部たちを招集しようかと思った時、彼の背を叩いて話しかけて来た人物がいた。

 振り返ると、そこには詩音が立っていた。

 

 

「行って来てください! 私、ここで鷹野さんと待ってますんで!」

 

「なんですと……?」

 

 

 詩音はこっそりと、上田に耳打ちする。

 

 

「……山田さんから、鷹野さんと富竹さんに注意するよう頼まれてます。大丈夫ですよ」

 

 

 話を聞いて少し驚いたような顔をした後に、上田は二、三度頷いて了承する。

 

 

「……じゃ、じゃあ、任せましたよ……?」

 

「はい、任されました!」

 

「では……ジロウよ、参るぞッ!!」

 

「はいジロウ……参ろう、共にッ!!」

 

「「プルスウルトラーッッ!!!!」」

 

 

 二人は掛け声と共に、トイレへ颯爽と飛び立って行く。

 それを見届けてから詩音は鷹野へ身体を向け、少し気まずそうに会釈する。対する鷹野はくすくすと微笑んでいた。

 

 

「こうやって二人きりで話すのも久しぶりね?」

 

「そ、そうですね。あはは……」

 

「うふふ! ねぇ、また一緒にオヤシロ様の祟りを追究しない?」

 

「あー……えと、またの機会に……」

 

「それは残念……」

 

 

 詩音は当初、失踪した悟史の行方を追う流れで村の風習や歴史を調査していた時期があり、その際に鷹野と交流をしていたようだ。

 しかし現在はそれを取り止めている。調べれば調べるほど、「悟史は生きていないのでは」と思ってしまうからだ。

 

 

「詩音ちゃんってなかなかの勤勉家だから、是非私の助手になって欲しかったのだけど……?」

 

「いえいえ、そんな、ありがとうございます……そう言う鷹野さんも、あれから進展はどうですか?」

 

「んー……『進退これ(きわ)まる』って感じかしら。調べられる範囲は調べ尽くしちゃったわね」

 

「何事も限界ってありますものね……」

 

「あれから色々、オヤシロ様の祟りの説を考えたのよ! 宇宙人説とか、鬼ヶ淵沼のオッシー説とか!」

 

「へ、へぇ……」

 

「十三人のライダーを集めて、鏡の世界で殺し合わせてる説とか!」

 

「その説は斬新過ぎる気が……」

 

 

 一通り喋ってから、鷹野はフゥっと息を吐いてから口元を手で仰ぐ。

 

 

「興奮して喋り過ぎたちゃったわ……ちょっと飲み物でも買って来ようかしら!」

 

「え!?」

 

 

 鷹野までその場を離れようとした為、大急ぎで詩音は呼び止めた。

 

 

「あ、わ、私も行きます! あッッついんで喉乾いちゃって!」

 

「ならついでに買って来てあげるわよ? そろそろ奉納演舞も始まるし、帰って来たジロウさんたちを心配させるかもしれないから、ここで待ってたら良いわ」

 

「い、いえ!……あの! 久しぶりに私も、同志の鷹野さんと色々と語りたいんで! はい!」

 

 

 そう言うと途端に鷹野は嬉しそうな笑みを見せた。

 詩音の殺し文句が効いたようだ。

 

 

「そう言われたら仕方ないわねぇ……よし! 同志として、舌が乾くまで語っちゃうわよ!」

 

「お、お手柔らかに……」

 

「じゃあ……ジュース屋まで歩きましょっ!」

 

「はい!」

 

 

 何とか彼女を見離さずに済むと安堵しながら、上機嫌に鼻歌を歌う鷹野のすぐ後ろを必死に付いて行く。

 途端、さっきまで鳴っていた神楽囃子が消えた。本番が近くなったようだ。

 

 

 

 

 

 鷹野と詩音がいなくなったタイミングで、山田と魅音、圭一とレナが現れる。

 通りがかりの村人たちに、また山田は指差しで「あーっはっはっは!」と笑われた。

 

 

「なんだバカヤローっ!?」

 

「荒井注ですか師匠!?!?」

 

「ったく……なんでお金貰える時に限って客が入らないんだ……」

 

 

 四人は舞台が良く見える場所に行き、そこで並んで立つ。既に梨花は演舞の準備の為、一行を離脱している。

 

 

「いやぁ……あの梨花ちゃんの演舞……全然想像できないよなぁ」

 

「どんな感じなんですか?」

 

 

 綿流し自体が初めてな圭一と山田へ、レナが教えてやる。

 

 

「とっても綺麗だったよ! しかも別人みたいで、どこか貫禄もあって、レナも初めて見た時にギャップで驚いちゃった!」

 

「ほぇ〜……そんなにか? そりゃ楽しみだな……!」

 

「思わず梨花ちゃんが戻って来た時にお持ち帰りしちゃった!」

 

「今年は俺が持ち帰るぜ。巫女服のまま」

 

 

 期待に満ちた瞳で舞台を見上げる圭一とレナの隣で、山田は辺りをぐるりと見回している。

 上田たちを探しているようだが、一向に見当たらない。

 

 

「どこ行ったんだ上田……」

 

 

 昨夜より上田の様子がおかしかった事もあり、やけに嫌な予感がする。

 彼は何か、鬼隠しに関する決定的な「確証」を得ているようだ。だが、それは山田にも話せないほど衝撃的な内容なのだろう。

 

 

「必ず話す」とは言っていたが、その前に巻き込まれてしまわないかと不安だ。

 上田は基本的に小心者で臆病な癖に、思っても見ない局所で大胆な行動を取る。しかも基本的にそのような時は、山田にすら計画や思惑を話さない始末。

 

 

 とは言え、彼のその行動で窮地を救われた事もしばしば……巻き込まれて窮地に追いやられた事もしばしばだが。

 なので上田に関し、山田は不安に思う反面、「あいつなら大丈夫」と言う漠然とした安心感もあった。

 

 

 

 

「……ったく、もう。不器用なんだか器用なんだか……」

 

 

 見える範囲にはいないと確認し、仕方ないと再び舞台の方へ目を向けようとする。その際に、俯いて黙りこくった魅音に気が付いた。

 

 

「魅音さん? どうしたんですか?」

 

「………………」

 

「……あの〜? 何か落ちてるんですか?」

 

「…………んぇっ!?」

 

 

 山田の声に気付き、魅音は真っ赤っかに染まった顔を上げた。

 

 

「あ、な、なんでもないっす!」

 

「……なんか、めちゃくちゃ顔赤くないですか?」

 

「え!? う、嘘……!?」

 

「夜でも熱中症とかあるっぽいですし、入江先生の所に行ったら……?」

 

「そそそ、それには及ばないから大丈夫! うん! あ、あははは! て、てか沙都子遅いねぇっ!?」

 

「……? は、はぁ……?」

 

 

 魅音は演舞後の事で頭いっぱいのようだ。

 

 

 

 

 怪訝そうな表情で彼女を見ていた山田だが、不意に響いた笛の音で舞台へと顔を向けた。

 山田のみならず、この場にいる全ての者が舞台上へ視線を浴びせる。

 

 

 階段を上がり、頭から徐々に姿を現した梨花。太鼓と笛の音に合わせ、一段一段ゆったりと登っているようだ。

 最後はトンと舞台を上がり切り、観客たちに全貌を晒す。

 

 煌びやかな装飾と、皺染み一つない巫女服に身を包んだ、澄ました表情の梨花が立っていた。

 その両手には錫杖(しゃくじょう)と鍬を合わせたような祭具が、恭しく乗せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演舞が始まった時、仮設トイレは行列だった。

 行列の真ん中に並び、沙都子はもじもじと足踏みをしている。

 

 

「う、うぅ……! 並び過ぎですわ……!」

 

 

 遠くで囃子が聞こえた為、もう奉納演舞は始まったのだと気付いてはいた。

 見なきゃ駄目で、膀胱も限界であり、二重の意味で焦る沙都子。

 

 途端に、彼女は天啓を得る。

 

 

 

 

「…………お家ですれば良いじゃありませんの」

 

 

 なんで気付かなかったのだろうと不思議に思いながら、行列を抜けて梨花の家へとひた走る。

 

 

 

 

 入れ違いで現れたのは、上田と富竹だ、

 

 

「じ、ジロウ……ッ!! 凄い行列ですよ……ッ!? 僕の膀胱は保つのか……ッ!!」

 

「あぁ、ジロウ……! 奉納演舞に合わせて用を足しておこうと言う集団心理による行列だろう……! このままでは、お互い漏らしてしまうッ!!」

 

「ジロウッ!! こっちのトイレ空いてますよッ!!」

 

「さすがだジロウッ!!」

 

 

 富竹が見つけた空きトイレへ駆ける上田。

 しかしトイレの扉に描かれていた文字を見て、二人は落胆する。

 

 

女性用

 

「これは女性用ではないかッ!!」

 

「これは男は使えませんね……ッ!!」

 

 

 

 

 急いでその隣の空きトイレへ駆ける。

 マークを見て、また二人は落胆。

 

 

『♀』

 

「これも女性用だッ!!」

 

「男は使ってはいけませんね……ッ!!」

 

 

 

 

 その隣のトイレのマークを見て、二人は両手を空へ広げて叫ぶ。

 

 

『❂』

 

「太陽万歳ッ!!」

 

「僕らのタイヨォーーッ!!」

 

 

 

 

 その隣のトイレに書かれている文字を見て、富竹は目をパチクリ瞬かせた。

 

 

JOSEIYOU

 

「…………これは……な、何のマークなんでしょう……?」

 

「ジロウよ、これは古代シーカー文字だッ! そして『JOSEIYOU』と書かれているッ!!」

 

「これは使えませんね……!」

 

 

 

 

 間髪入れずに隣のトイレのマークを見る。

 

 

【挿絵表示】

 

「これだぁーーーーッ!!!!」

 

 

 二人は一緒にそのトイレの中へ飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の矢部と石原は、とある屋台にいた。

 今度は菊池と秋葉が背後で踊っている。

 

 

「兄ィッ!! このロボットは手紙ィ、代わりに書いてくれるそうじゃッ!!」

 

「ほんま大丈夫かぁ? えぇ? さっき散々な目()ぅたからなぁ? コレ見てみぃや! 昔の松田優作みたいになってもうたわ!」

 

「なんか今の兄ィのソレ、昔を思い出すのぉ!?」

 

 

 矢部の髪は一度熱湯に入れられて乾かせたので、小さなアフロみたいに毛がチリチリとなっていた。

 

 

「それより手紙書いてみてぇや。おう? この人形出来るんか? なんや、喋れるんかい? 喋ってみぃや」

 

『少佐が「愛してる」と言ってくださった事が、私の生きていく道しるべになりました』

 

「これ自我持ってへんか?」

 

「最初っからクライマックスじゃのぅッ!?」

 

 

 

 

 遊んでいる公安部たちの横を、詩音と鷹野が通り過ぎて行く。「花鶏」とテントに書かれた屋台の前には悠木(龍騎)内藤(ナイト)が見つめ合っていたが、特に気にしない。

 道中、鷹野は自身が調べた事を語ってくれた。

 

 

「さっき詩音ちゃんに私、『調べられる範囲は調べ尽くした』って言ったわよね?」

 

「えぇ……でも、仕方ない事だと思いますよ。ただでさえ資料も少ないですし、後はもう憶測だけになっちゃいますよね」

 

「そうねぇ……でも、私はまだ『最後のピース』があると思っているの」

 

「……最後のピースですか?」

 

 

 鷹野は不敵な笑みを浮かべて、流し目で隣にいる詩音を見やる。その視線は全てを射抜くような魅力があり、暫し彼女をドキリとさせた。

 詩音の動揺を気付いているのかいないのか、鷹野は熱っぽい声音で「最後のピース」を話す。

 

 

「……古手家には、『禁じられた古文書』があると言う話よ」

 

「……え?」

 

 

 その話をする鷹野の目の奥に、燃え盛るような炎が見えた気がした。

 

 

「代々古手家のみに受け継がれながらも、その中身は古手家すら読んではならないと言う禁書……その中にこそ私は、オヤシロ様の正体が書かれていると睨んでいるのよ」

 

「……そんな大事な物を、梨花ちゃまたち古手家が持っているんですか……?」

 

「えぇ。園崎家すらその存在を知らない……トップシークレット中のトップシークレット……今の私はそれを探しているのよ」

 

「でも、古手家すら読んでは駄目な物なら……言っちゃなんですけど、もう場所は分からないんじゃないですか? その……梨花ちゃまのご両親はもう亡くなられてますし……まだ幼い梨花ちゃまが教えて貰っている訳はないかと……」

 

 

 詩音の考察を聞いて鷹野は「ちっちっち!」と茶目っ気を含ませて舌打ちする。

 

 

「いいえ。梨花ちゃんは禁書の存在も、場所も知っているハズよ……もっと言えば」

 

 

 鬼気迫る鷹野の語り口に、思わず引き込まれる詩音。

 何とも愉悦そうな笑顔で鷹野は、衝撃的な事を言い切った。

 

 

 

 

「……梨花ちゃんは、禁書の中身を読んでいるハズよ」

 

 

 それを聞いた詩音は目を丸くさせ、一瞬黙った後に小首を傾げた。

 

 

「え、でもその禁書って、古手家すら読んじゃ駄目って……?」

 

「えぇ。でも例外があるのよ……『オヤシロ様の生まれ変わり』ならば読んで良いのよ」

 

「確かに梨花ちゃまはオヤシロ様の生まれ変わりって言われていますけど……」

 

「ふふふ……なんで彼女が生まれ変わりって言われているか知ってる?」

 

「え?」

 

 

 思えばあまり深く聞いた事も、気にした事もなかった。てっきり古手家の娘だからだと思っていた。

 素直に分からないと首を振る詩音を見てから、鷹野は勿体ぶらずに教えてやる。

 

 

「古手家ではね? 八代続けて第一子が女の子だった時、その子がオヤシロ様の生まれ変わりだと伝わっているそうなの……そして梨花ちゃんこそ、その条件に当て嵌まるのよ」

 

「ど、どうやって調べたのですか?」

 

「危ない橋を渡って古手家の家系図を見たのよ。だから間違いないわ!」

 

「凄いバイタリティ……」

 

「だから、それを知ってる村の人は梨花ちゃんをオヤシロ様の生まれ変わりだって言ってるって訳……そんな特別な子に、禁書を見せない訳はないわ!」

 

 

 そう結論付ける鷹野。

 なるほどと詩音は一応の納得を見せるものの、次には苦笑い。

 

 

 

 

「……仮に読めたとしても、古い禁書ってもうそれ古文ですよね……梨花ちゃまどころか、専門家さんしか読めないんじゃないですか?」

 

 

 詩音の話を聞いた鷹野は、とても愉快そうに笑った。

 

 

「あははは! えぇ、そうかもしれないわね! でももしかしたらオヤシロ様の生まれ変わりだし、スラスラ読めていたり……?」

 

「か、かもしれないですね」

 

「とにかく、私は古手家の禁書の存在を確信してるの! どうにかしてそれを見つけてやりたいと思っているわ……!」

 

「気を付けてくださいね……あの、あまりやり過ぎると村の人に怒られるかもしれないですから」

 

「……うふふ。『怒られる』で、済めば良いわね?」

 

 

 鷹野の目がギラリと鈍い光を放った気がした。

 途端に詩音自身も、「怒られるで済めば良い」と聞いて、不意に去年受けた園崎からの「洗礼」を思い出してしまう。

 思わず呼吸が乱れ、自らの左手を摩った。

 

 

 そうこう話している内に、ジュースを売っている露店が遠くに見えて来る。

 すぐさま鷹野はタッと、駆け出した。

 

 

「あ……待ってください!」

 

 

 見失わないよう後を追う詩音。

 幸い道は混んでいない。奉納演舞が始まったので、そちらの方に客が流れているからだ。

 なので少し離れていても、まず見失う事はない。

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

「イタッ!?」

 

 

 露店の横からヌッと現れた人物とぶつかり、詩音は道に尻餅突く。

 キッとぶつかって来た人物を睨み付ける。立っていたのは、生活安全部保安課の雑賀(タイガ)だった。

 

 

「ちゃ、ちゃんと前見なさいよっ!?」

 

「あぁ、ごめんね。大丈夫だよね?」

 

 

 それだけ言って何事もなく去って行く。

 カチンと来た詩音はすぐに立ち上がって後ろから蹴飛ばしてやろうかと思ったが、自分の役割を思い出してグッと堪える。

 

 

「ぎゃっ!?」

 

 

 しかしまた、さっきまでいなかった歩行客と衝突する。警備部警備企画課の対屋(ライア)だ。

 

 

「あんた。今日の運勢は最悪だな……俺の占いは当たる」

 

「なにがっ!?」

 

 

 また何食わぬ顔で立ち去る対屋。

 恨みがましく睨む詩音だが、また前を向いて鷹野を追おうとする──ところにまた、突如現れた人物に突き飛ばされる。

 

 

「ギェっ!?」

 

 

 その人物とは、交通部の王田(王蛇)だった。

 

 

「邪魔だ……イライラさせるな……」

 

「こっちの台詞ですよっ!?」

 

 

 とっとと立ち去る王田とすれ違って駆け出す詩音──に、また突然現れた刑事部捜査一課の井寺(インペラー)にぶつかられる。

 

 

「痛いってっ!?」

 

「どうです? 俺強いでしょ?」

 

「殴りますよっ!?」

 

 

 井寺を押し退けた──先で、刑事部捜査共助課の志座(シザース)と激突。

 

 

「アッだっ!?」

 

「私は卑怯もラッキョウも好きです」

 

「な、なんなのよコレ……!?」

 

 

 ここまで五連続でぶつかりまくった詩音──だが、今度は二人がかりでぶつかられる。

 刑事部捜査共助課の照辺(ベルデ)と、警備部警備企画課の甲斐(ガイ)だ。

 

 

「ディフェンスですか!?」

 

「生きるって事は、他人を蹴落とす事なんだ」

 

「俺を愛してくれよ」

 

「怖っ……」

 

 

 心底不気味に思いながらも、二人の隙間を抜けて先へ行こうとする。

 しかしまた前方にヌッと男が現れた。今度はぶつからなかったものの、その男は詩音の行手を遮るように立つ。

 交通部の大手院(オーディン)だ。

 

 

「ちょ……!? ど、どいてくださいよ!?」

 

「戦え……戦え……」

 

「な、な、な、何なんですかってのッ!! 何かの最終回ですか!?」

 

 

 無理やり押し退けた事で転びかける。

 何とか踏ん張り、急いで前を見据えてジュース屋を見た。

 

 

 

 

 

 鷹野の姿は、どこにもない。

 振り返ると、さっきまでいた男たちの姿も無くなっていた。




・途中のはただの、エジプトの文字です。

・突っ込まれる前に言っときますけど、スタンドバイミーは1986年公開です。

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