TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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エルデの王となるのに忙しかったので、遅れてしまいました。


奉納演舞

 白小袖(こそで)緋袴(ひばかま)の巫女装束に、花冠を模した頭飾りとで身を包み、古手梨花は祭具たる鍬を握る。

 舞台の端には、鳥帽子と浄衣姿の楽人(がくじん)たちが神楽囃子を立てた。

 

 篝火が火の粉舞わせて照らす舞台の上、古手の巫女と楽人たちによる隔年の舞──「奉納演舞」が始まる。

 

 

 太笛が奏でる緩やかな調べへ、巫女の舞も緩慢とした動きで以て合わせた。

 間を含ませ足を上げ、ストンと下ろす。その身体の揺れに合わせ、頭飾りと鍬に付いた鈴や金細工が清らかな音を響かせた。

 

 

 次に鍬を片手で持ち、宙に円を描くようにして動かす。

 その途中より太鼓は次第に拍数を上げ、慌ただしくなる。加えて梨花の動きも性急となって行き、舞台上を急ぎ足で回り出す。

 

 だが梨花の舞に忙しさは感じられない。

 彼女はずっと凛とした表情だ。そして挙動の一つ一つに無駄がなく、急ぎの場面でも落ち着きがあった。

 演舞として、型として、洗練されて体を成した美しさが惜しみなく出ているようだ。

 

 

 澄んだ神楽囃子、暗闇に舞う火の粉、風の音や木々の騒めきさえも舞を完成させる要素の一つとなる。

 これら万象の中央にて舞う梨花の威風が辺りを払い、舞台下より見上げる老若男女全ての目を奪って惚れさせる。

 

 

 

 

 奉納演舞はとうとう終わりへと近付く。

 梨花は鍬を握り、振り上げる。見据える彼女の眼下に敷かれていた、古い布団が一つ。

 

 一際大きな太鼓の音と共に、梨花は鍬をその布団目掛けて振り下ろした。

 ばすん、どすんと鈍い音が鳴り、鍬先を突き立てられた布団に食い込む。

 

 

 そして思い切り柄を引き、布団を裂いて、中身たる白綿を引き摺り出した。

 

 何度も、幾度も、続け様に、重ね、重ねて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨花さんって双子でしたっけ?」

 

「双子なのはウチだよ山田さん」

 

 

 あまりにも見事な舞だったので、山田は梨花を別人ではないかと疑うほど。魅音も「気持ちは分かるけど」と言って話を続ける。

 

 

「梨花ちゃんっていつもは元気ハツラツって感じだけど、奉納演舞の時はホント物凄いからね〜。おじさんも初めて見た時はたまげたよぉ! いつも村内会議の時とか居眠りしてたからさ!」

 

「たまに別人かってぐらい変わるからなぁ……」

 

「あー、分かる分かる。毒舌なところあるもんね」

 

「いやまぁ、それもありますけど……」

 

 

 どうやら山田らに見せた、切実で大人びた言動は部活メンバーや村人には見せていないようだ。

 未来から来た事を知っている件も含め、本当に彼女は何者なのだろうかと山田は首を捻る。

 

 

 

 

「……ホントにオヤシロ様だったり?……いやいやそんな、梨花さんが祟りなんてする訳ないか」

 

 

 神楽囃子が消え、鍬を振り下ろす梨花の手も止まる。一年に一度たる奉納演舞の終わりだ。

 観客たちは盛大に拍手をし、この見事な演舞への称賛を送る。

 

 最後に一礼をする梨花。誰にも見せない下げられた顔には、不安が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 奉納演舞の終了と共に、また人の流れは変わる。

 梨花が鍬で裂いた布団や褞袍の綿が集められ、神社から離れた河原へと運ばれる。それに続かんと、観客たちは鳥居の向こうへと移動。

 

 これから「綿流し」が始まるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 参道を流れる人混みの脇で、大石は無線機片手に話している。

 

 

「では計画通り、鳥居前の張り込みと、綿流し会場周辺の警備に移ってください。特に園崎家の動向には十分注意を払うように。少しでも不審な動きを見せたなら、即座に私か菊池参事官まで連絡をお願いしますよぉ!」

 

 

 警備にあたっている刑事たちへ、共通の指示を飛ばす。

 一度切ろうかとした時にふと思い出したように、もう一言付け加えた。

 

 

「あぁ、あと……張り込み組は鷹野さんと富竹さんが境内から出ようとした際に、そのまま尾行をするように!」

 

 

 墓所での山田の訴えを尊重した命令だ。真意はさておき、「これくらいならば」と訴えを受け入れてやる事にした。

 あらかた伝え終えた後、彼はダイヤルを回して周波数を変え、個別に熊谷へと連絡を入れた。

 

 

「熊ちゃんは変わらず、最初に言ったとぉ〜りにやりなさい。決して『彼女たち』から目を離さないように!」

 

 

 スピーカーの向こうから「了解致しました」と熊谷の声が鳴り、プツッと消える。

 指示を終えた大石は無線機を口元から離すと、厳しい眼のまま歩き出す。彼は流れる人混みから逆行していた。

 

 

「……今年で全て終わらせてやる」

 

 

 強く決意を零し、ただ真っ直ぐと行列沿いを遡って行く。

 

 

 既に行く先は決まっていて、流れて行く客たちの方を見ていやしなかった。

 ふと彼の横を通り過ぎる、鷹野三四の姿に気付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客たちが移動する中、山田は一向に見当たらない上田たちを心配に思い、辺りを見渡して探していた。

 

 

「どこ行った上田……いつの間にか魅音さんも圭一さんもどっか行っちゃったし……」

 

 

 まさか富竹や鷹野とはぐれたのではないかと焦る。

 このまま見つからなければどうしようかと思ったその時に、やっと見つけられた。

 

 

「あ、いた」

 

 

 会場の隅にいたのは、肩を組んでイカ焼きを食べる上田と富竹。

 見当たるのはその二人だけだ。

 

 

 

 

「あぁ。ちゃんと富竹さんだけと一緒だったんだぁ〜……」

 

 

 少し間を置いてからずっこける。

 

 

「駄目じゃんっ!!」

 

 

 鷹野がいないではないか。本格的に焦り出した山田はすぐさま上田の元へ駆け寄った。

 一気に走り寄る山田に気付いたのは、まず富竹から。

 

 

「あ! 山田さん!」

 

「なに? 山田? おいYOU! 今までどこほっつき歩い」

 

「エルボーーっ!!」

 

 

 勢いそのまま上田へ突っ込んだ山田は、彼の背面からエルボー・バットを食らわせた。

「みゃあぉッ!?」と甲高い悲鳴をあげ、肩を組んだままの富竹と共に上田はぶっ倒れる。食べかけのイカ焼きは路上にすっ飛んだ。

 

 

「何しやがるッ!! 三沢光晴かお前は!?」

 

「いや何しやがるじゃなくて、鷹野さんは!?」

 

 

 問い詰める山田へ答えたのは、一緒に倒された富竹だった。

 

 

「た、鷹野さんなら詩音ちゃんと一緒だと思うけど……いないのかい?」

 

「……見る限りいないっぽいですけど」

 

 

 ズレかけた眼鏡を元に戻しながら上田は立ち上がる。

 

 

「なら既に、綿流しの会場に行ったんだろ。園崎詩音もいないなら、二人は多分一緒だ」

 

「てか、なんで鷹野さんと別れたんですか!?」

 

「ジロウと共に友情の連れション行っていたからな」

 

「青春かっ!」

 

 

 詩音は山田との約束通り、鷹野を見守ってくれていたようだ。

 とは言え、視界に鷹野を捉えていないと不安になるのは仕方ないだろう。

 

 

「早く鷹野さんを探さなきゃ!」

 

「んまぁ、安心したまえYOU。祭りには刑事さんたちがいて、絶えず警備している。それに矢部さんたちもいるだろ」

 

「…………矢部なんか信用してるのか上田」

 

「失礼な奴め。なんだかんだ矢部さんたちも志して刑事になった人たちだ。いつも、それなりに職務は全うしてくれてるだろぉ?」

 

 

 二人の後ろを踊りながら駆けて行く公安部メンバーがいたが、気付けなかった。

 それはそれとして、いつの間にか富竹の姿がなくなっている。

 

 

「……って、富竹さん消えてるしっ!」

 

「あぁ、あっちだ」

 

「いつの間に……!? 忍者かっ!?」

 

 

 上田が指差した先を見やると、巫女服で帰って来た梨花を撮りまくる富竹の姿を発見する。

 地面に寝そべって際どいアングルから撮ろうとした為、レナからストップをかけられていた。

 

 

「……あの様子じゃ一人でいなくならなそうですね」

 

「とりあえず鷹野さんを探して合流しよう……そう言えばYOU、園崎詩音に鷹野さんらの警護を頼んでいたそうじゃないかぁ? YOUにしては機転が効いたなぁ。まぁ俺ほどではないが」

 

「一言余計だっ!」

 

「ともかく園崎詩音なら大丈夫だろう。あの子結構、真面目そうだしなぁ?」

 

「なま真面目ですね」

 

()真面目だ」

 

「確かに上田さんと比べると百倍信頼できますし?」

 

「せめて一.五倍で抑えたまえ」

 

 

 詩音が付いているなら大丈夫だろうとたかを括り、二人揃って楽観的な雰囲気だ。

 ひとまずあと四十分ほど粘れば、鷹野と富竹の死の運命を変えられる。それまでに鷹野を見つけようかと歩き出した。

 

 

 その最中、山田の背後にやって来た詩音が彼女の肩を叩いて振り向かせた。

 

 

「あ、詩音さん! ちょうど、探して行こうとしてたトコでしたよ!」

 

「よぉ? さっきぶりだなぁ。きちんとタカノンをお守りしてくれたか?」

 

「や、や、山田さんに上田さん、そ、その……」

 

 

 暑い夏夜に反し、詩音の顔は真っ青だ。

 ふと、立っているのが彼女一人だと言う事に気付く。

 

 

「鷹野さんは?」

 

「み、見失っちゃって……」

 

「あー、そうなんですか。まぁ〜、しょうがない。見失ったぐらいでしたらまだ」

 

「え、良かったんですか?」

 

「駄目じゃん」

 

 

 

 

 詩音の報告を聞いて一気に上田、山田の表情も真っ青となる。

 

 

「えぇえーーッ!?!? 見失なっちゃったんですか詩音さん!!?」

 

「ど、どうしてだ君ぃッ!? なま真面目なハズだったろッ!?」

 

「ほほほ、ほ、本当にごめんなさいっ!!……なま真面目?」

 

 

 何度もぺこぺこ頭を下げて謝罪を繰り返す詩音。長い後ろ髪が鞭のようにしなり、上田の顔面に当たって眼鏡をズラす。

 それから詩音は、顔を上げて心底申し訳なさそうな表情を見せた。

 

 

「その……屋台まで走って行っちゃった鷹野さんを追おうとしたのですが……もう冗談じゃないのかってぐらい通行客にぶつかられまして、気付いたら……」

 

「そんな龍騎の最終回みたいな事あるのか……?」

 

「龍騎は知りませんけど、本当に上田さんも、山田さんも、私を信頼してくださったのに……」

 

 

 尚も頭を下げ続ける詩音をこれ以上責める気になれず、後ろ髪の鞭を浴びながら上田は顔をまた上げさせた。

 

 

「や、やめなさいやめなさい! ここで謝っていても仕方ない……幸運にも、俺には警察の協力者がいる。まだ境内にいるハズだろうし、何なら鳥居前で刑事さん方が張り込んでいる。まだ慌てちゃいけないぞ!」

 

「うぅ……面目ありません……」

 

「すぐ矢部さんたちに話して来る。山田は富竹さんに付いているんだぞ! 分かったか貧乳!」

 

「!?」

 

 

 脈絡もなく貧乳と言われて動揺する山田を放っておき、上田は颯爽とその場を走り去る。遠くなる彼の背中に向かって、怒鳴った。

 

 

「貧乳は余計だ巨こーーんっ!!」

 

「山田さん、あの……私を信じて打ち明けてくださったのに、こんな結果になって……」

 

「えぇ、まぁ……上田さんもあぁ言ってますし、まだ挽回できますよ……そんなほら、気を落とさなくても……」

 

 

 未だ罪悪感の抜けない詩音を励ましてやる。

 ふと富竹らの方を見れば、彼らは私服に着替え直した梨花を連れて、移動を始めようとしていた。

 

 

「あぁ、もう移動してる……ほらもう行きましょう! 汚名だったらまだ挽回できます!」

 

「ええと……汚名は返上するものでは……」

 

 

 せめて富竹は見失うまいと、二人揃って走り出す。

 そして山田は食らいつくように、富竹の肩甲骨にエルボー・バットを食らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 一旦、山田らから離れた上田は、静かな場所で無線機を使おうと早足で会場を抜けようとする。

 事前に指定した周波数に設定しようとした時、すれ違った誰かに呼び止められた。

 

 

「あ! 上田先生! 探しましたのよ!」

 

「う、うん?……なんだ、沙都子か」

 

 

 足を止めた上田へ近付く沙都子。その表情はニヤニヤニマニマと、悪戯っぽい薄ら笑いであった。

 

 

「どうした。変な顔して」

 

「変な顔って失礼ですわね!」

 

「悪いが今、俺はとても忙し過ぎるんだ。話なら後でも良いか?」

 

「あら? 後回しにしてもよろしくて? 私、上田先生が喜ぶ物を預かっておりますのよ?」

 

「は? 俺が喜ぶ物?…………エッチな奴か?」

 

「上田先生……」

 

「じょ、冗談だ冗談だ。見るからに引くんじゃない」

 

 

 沙都子はニヤニヤ顔のままポケットに手を入れて、手紙を取り出した。そしてそれを「はい」と言って、上田に手渡す。

 

 

「何だこれは? 手紙ぃ? 誰から……」

 

「……んふふふふ〜」

 

「……何か気持ち悪いぞお前」

 

「上田先生も隅に置けないですわね? をーほっほっほ!」

 

 

 それだけ言い残すと沙都子は踵を返し、梨花たちの方へ駆けて行った。

 

 

「ごめんあそばせ〜」

 

「なんだあいつ……」

 

 

 呆れ顔で彼女の後ろ姿を見送ってから上田は、渡された手紙を開く。

 

 

 

 

「…………おおうっ!?」

 

 

 上田の目がギョロッと見開かれる。

 次の瞬間の彼は、無線機を耳に当てながらどこかへ走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは神社裏。表からの光が微かに届く、薄暗がりの中。

 星と眼下で照る提灯の光を忙しなく交互に見ては、もじもじと自らの指を弄ぶ魅音が一人。

 

 

「う、うぅ……やっ、やっぱやめときゃ良かったかなぁ……」

 

 

 真っ赤な顔を顰めさせ、緊張と後悔を声音より滲ませる。

 もうすぐ圭一が来るだろう。魅音は彼へ、告白をするつもりだ。

 

 

「……け、圭ちゃんだし、万が一振られてもまぁ、そこまでギクシャクはしないだろうし……うんうん。良し。気楽に行こう。深呼吸深呼吸、リラックス、リラックス……」

 

「なにブツブツ言ってんだお前?」

 

「アァオウッ!?」

 

「マイコーか?」

 

 

 後ろまで来ていた思い人もとい圭一に驚き、飛び上がる魅音。

 

 

「お、驚かさないでよ圭ちゃん!? 心臓止まるかと思った……」

 

「へっ……お前が何か仕掛けてると思ってなぁ? 先手必勝だぜ!」

 

「失敬な! あまりにも失敬過ぎる! 何も仕掛けてないよ!」

 

「あ? そうなのか? 何かのドッキリ仕掛けてんじゃないのか?」

 

 

 一世一代の告白の誘いを「ドッキリ」だと思われていて、魅音は恨みがましい目で圭一を睨む。

 一度張り倒してやろうかとも考えたが、本来の目的を思い出して踏み留まった。

 

 

「……ドッキリでも何でもないから」

 

「そんならどうしたんだ?」

 

「えと、その……つ、つつつ……月が綺麗ですね〜って……」

 

 

 圭一はチラリと、夜空に浮かぶ半月を見やる。呼吸の荒い魅音に反して、何とも思っていない雰囲気だ。

 

 

「月? いつもと変わんなくねぇか?」

 

「…………え、知らないの?」

 

「何が?」

 

「……くぅう……! 都会じゃ常識だってお母さん言ってたのに……!」

 

「何かお前、さっきから様子が変だぞ? らしくねぇな? やっぱドッキリか?」

 

「違うって!」

 

 

 両手を頭の後ろに組んだ、リラックスした状態の圭一。しかしそれなりに魅音を気遣っている事は口調から伺える。そこがまた嬉しくもあり、「気付かないで欲しい」と祈る理由でもあり。

 

 

「……たははは……ちょっと今から慣れない事するからさ……」

 

「それは俺も関係あるのか?」

 

「……う、うん。関係ありまくる」

 

「……分かった! ドッキリ仕掛けんのは、梨花ちゃんとか沙都子になんだな!?」

 

「違うからさ、ドッキリから離れなよ」

 

 

 両手を後ろに組み、目を伏せて口をぎゅっと結ぶ。

 覚悟は決めたつもりが、本人を前にすると覚悟し切れていなかった事を痛感する。

 

 

 それでも今更は退けないだろうと、一度息を吸って、吐いてから、キッと前を向いた。

 顔は燃えそうなほどに赤いが、この夜の闇が優しく隠してくれていて、圭一は気付いていない。

 

 

「あ、あの、圭ちゃん……」

 

「ん?」

 

「じ、実は…………」

 

 

 意は決した。

 とうとう魅音は募り積もった思いを放たんと、口を開く。

 

 

「……ずっと前から」

 

 

 告白されるなどと思ってもいない彼へ、言ってやろうとした。

 

 

 

 

 

「す」

 

「アァーーーーオウッッ!!!!??」

 

「!?」

 

 

 宵闇をつん裂くような、誰か女の悲鳴。

 その声に驚き、二人は辺りを見渡した。

 

 

「な、なんだ!?……マイコー?」

 

「え? え? ど、どこから?」

 

 

 続いて聞こえて来たのは、多くの人間の怒号と罵声だ。

 

 

「あんの余所者どもがぁぁーーッ!!」

 

「何としてでもひっとらえるんじゃあッ!!」

 

「事件だよッ!! 全員集合ッ!!」

 

「全員修造ッ!!」

 

「熱くなれよッ!!」

 

 

 不特定多数の声はどんどん熱と、その数を増やし、境内中に響く。

 何かおかしいと気付いた圭一は、魅音に背を向けて戻ろうとする。

 

 

「何かヤベェぞ……行くぞ魅音!!」

 

「あ、ま、待って圭ちゃ……」

 

 

 呼び止めようとする彼女の声はあまりにも小さく、駆け出した圭一の足を止められやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレ? そう言えば圭一くんと魅音ちゃんは?」

 

 

 富竹の言う通り、この場にいるのは梨花、レナ、詩音と山田のみで二人がいない。これについては梨花も同じく聞いて来た。

 

 

「ボクも気になるのです。土手で喧嘩なのですか?」

 

「いやそんな、昭和の不良じゃあるまいし…………ここ昭和か」

 

「んー……奉納演舞が終わった辺りからいつの間にいなくなってたかな?」

 

 

 思い出そうとするレナの話を聞いた詩音は、察したように口元を歪めた。

 

 

「よしっ、やった!……オネェはやれば出来る子……!」

 

「詩音さん何か言いました?」

 

「何も言ってませんです」

 

「そうですか?……アレ。そう言えば沙都子さんもいないじゃないで……あ、いた」

 

 

 山田がそう言った途端に、パタパタと沙都子が駆け寄って来た。

 

 

「お待たせしてしまいましたわー!」

 

「沙都子どこ行ってたのです? ちゃんとボクの晴れ舞台は見てくれたのですか?」

 

「途中から見ていましたわよ。それからちょっと、人探ししてて……」

 

「誰探してたのです?」

 

「あー……秘密ですわ!」

 

 

 とりあえずメンバーの半分以上は集まった。待つか移動するかを、詩音は皆な尋ねる。

 

 

「どうします? 綿流し、始まっちゃいますけど……」

 

「圭一くんも魅ぃちゃんもいないけど……もう行っちゃったかもしれないしね」

 

「上田教授も帰って来ないね。何かあったのかな……」

 

 

 富竹がそう心配すると、沙都子はニマッと笑う。

 

 

「んふふふふ……!」

 

「みぃ。沙都子が大石みたいなのです」

 

「まぁまぁ! 上田先生なら大丈夫ですわよ! をほほほほ!」

 

 

 明らかに何か知っているような様子の沙都子に、怪訝な目を向ける山田。

 とは言え彼女態度からして後ろめたい事ではなさそうだ。どこかで油でも売っているのだろうと、邪推する。

 

 

「……じゃあ、綿流しの会場に行きます?」

 

 

 全員が首肯した為、今いるメンバーで移動を始める事にした。既に辺りにいた客たちは綿流し会場へと流れ、舞台前は静まっていた。

 後片付けが始まっている舞台より背を向け、山田たちも綿流しが行われる河原へと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 今年こそ、何も起こらないように。それは梨花だけではなく、ここにいる多くの人間にとって共通の願いに違いないだろう。

 山田も、上田や矢部たちと共に尽力した。結果、富竹は今も梨花の視界にいる。

 鷹野とははぐれたが、今回は警察が能動的に動いている。すぐに彼女は見つかるだろう。

 

 

 今年こそは、今度こそはと、梨花もやっと希望を抱き始めていた頃合い。

 もう大丈夫だと、やっと胸を撫で下ろした頃合いだ。

 

 

 

 

 

 次の瞬間に、その安堵は脆くも崩れ去ってしまうのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動を始めた一行の前に、ゾロゾロと村の住民たちが集まる。

 最初は舞台の片付けに来た者たちかと思ったが、彼らはずらりと、一行の前で立ちはだかった。その数は悠々二十人はいる。

 

 

「え?」

 

 

 唖然とする山田を、彼らは怒気と、怨恨さえも見え隠れする目で睨み付けている。

 そしてその目は、彼女の隣に立つ富竹にさえも注がれていた。

 

 集団の先頭に立つ中年の男が一歩近付き、二人を睨みながらドスの効いた声で話し出す。

 

 

「…………オメェら……こんの余所者が……やってくれおったな……」

 

「な、なんですかあなたたちは!?」

 

「なんすか!? なんなんせいすか!? 南南西から鳴く風ですか!?」

 

 

 富竹は皆を庇うようにして立ち、山田はオオアリクイの威嚇をする。

 様子のおかしい彼らに、気の強い詩音が問いかけた。

 

 

「何ですか皆さん!? 山田さんと富竹さんに失礼じゃないですか!?」

 

「……失礼じゃと?」

 

 

 ぎろりと詩音を睨んでから、男は続けた。

 

 

「失礼と思うんなら、ワシらに付いてこんかい」

 

「こんの罰当たりがぁーーッ!!」

 

「オヤシロ様の怒りに触れ合ってッ!! ただでは済まんぞぉッ!!」

 

 

 口々に村人たちは罵声罵倒を浴びせかける。

 何が起きたのか、なぜ彼らは怒っているのかが分からない山田と富竹は、沈黙したまま目を瞬かせるばかり。

 

 困惑しているのは二人だけではなく、梨花や詩音に、レナと沙都子もそうだ。

 村八分を受けている沙都子に関しては怒る村人たちに怯え、近くにいたレナの背後にしがみ付いていた。

 

 

 

 

「……何かあったのですか? オヤシロ様に関係しているのなら、ボクにも教えて欲しいのです」

 

 

 梨花が村人たちの前に躍り出て、詳しく聞こうとした。

 怒りに染まった彼らであっても、梨花を前にすれば幾分か態度を変える。代わりに見せた感情は、畏怖と焦燥だ。

 

 

「あぁ、梨花ちゃま……大変な事になったんだよぅ……まずはその余所者から離れなさい」

 

「そんな顔じゃ、山田も富竹も怖い怖いなのです。二人は村の外の人だけど、ボクのお友達なのですよ」

 

 

 梨花が二人を庇おうとしても、男は憐れみの目を向けるばかり。

 

 

 

 

「……そのお友達が、梨花ちゃまを裏切ったんだよ」

 

 

 その目に再び怒りが灯り、富竹と山田を射抜く。

 男が片手を上げて合図をすると、控えていた村人たちが梨花の横を通り抜けて、一斉に二人を取り囲み始めた。

 

 

「うわぁぁ!? な、なにをするんですか!? 僕はただのカメラマンですよ!?」

 

「アァーーーーオウッッ!!!!??」

 

「見事なマイコーです山田さん!!……言ってる場合じゃないッ!!」

 

 

 どこかへ連れ去ろうとする村人たちに、詩音とレナは対抗しようとしてくれた。

 

 

「ちょ、ちょっと!? 何かの間違いじゃないんですか!?」

 

「待ってください!! やめて……っ!!」

 

 

 しかし多勢に無勢で、しかも相手は男ばかりだ。あっさり詩音とレナは押し退けられ、離されてしまう。

 その後ろで呆然と立ち尽くすのは沙都子と、梨花。

 

 

 

 何が起きたのか分からず、混乱する梨花の隣に、村人たちを纏めていた男が近寄る。

 

 

「さぁ、梨花ちゃま。我々も行こう」

 

 

 男は歩き出し、山田らを捕らえた集団の後に付いて行く。

 そのタイミングで沙都子は梨花に駆け寄り、彼女の服の袖を握って身を付けた。

 

 

「り、梨花……怖いですわ……」

 

「…………ボクたちも行くのです。沙都子は待っていても……」

 

 

 沙都子は首を振る。怖いハズなのに、山田たちを見捨てる気はないようだ。

 彼女の意思を尊重し、梨花もまた先に行った彼らの後を追い始めた。

 

 

 

 胸騒ぎは止まらない。抱いた希望が崩れ始め、夏の暑さとは関係のない嫌な汗が流れ続ける。

 

 

「……何をしたのよ山田……!」

 

 

 隣にいる沙都子には聞こえないほど小さく、苛立ちの声を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 射的屋には、祭りの警備もとい遊びに来ていた矢部と菊池が陣取っている。

 コルク銃を撃って景品を落とそうとする矢部の隣で、菊池が無線機片手に応答を続けていた。

 

 

「なぁにぃ!? 綿流し中止ぃ!?」

 

「うるさいねんお前ぇ! 集中して撃てへんがな!」

 

「何でそんな勝手な事をさせた!?……えっ!? 村人たちが何か怒っているだとぉ!?」

 

「よぉーっし、当たったでぇ!……おい景品倒れへんがな! 何か底に仕込んどるんちゃうんかコレェ!?」

 

 

 屋台の主人である老人は、ただ穏やかな顔で矢部を見つめるだけ。彼の隣にはアジア系の外国人が、両手を蓮の花のように開いて立っている。

 釈然としない様子で首を捻りながらも射的を続行する矢部へ、菊池は話しかける。

 

 

「矢部くんッ!! 綿流しが中止だとッ!! 何かあったようだッ!?」

 

「雨でも降ったんやろぉ?」

 

「降ってないぞッ!!」

 

「ほら、アレや。沖縄でよーあったやんけぇ! カタブイやったっけ? ほら、こっちは晴れとるけどあっちは降ってるってヤツ」

 

「なら仕方ないなッ!! しかし、村人たちが何か怒っているようだが?」

 

「そりゃ人間誰しも怒るやろぉ〜」

 

 

 二人の背後から少し離れた道を、山田と富竹を囲んだ村人たちの集団、そしてそれを追う詩音とレナが通り過ぎるが、気付く事はない。

 構わず矢部は射的を続けるが、続いて入った通信に隣の菊池は耳を傾ける。

 

 

「誰だねッ!?…………あっ!! 上田教授でしたかっ! 失礼を!」

 

「お? 先生か? そういや石原が専用の無線機渡した言うてたなぁ」

 

「はい! はい!…………え? そこに行けば良いんですか!?」

 

 

 通信を終えた菊池は、矢部から射的を取り上げた。

 

 

「ちょぉ!? なにすんねん!?」

 

「遊びは終わりだッ!! 上田教授が我々を待っているぞッ!!」

 

「先生が? そんなら行かなアカンなぁ。よっしゃ! 石原と秋葉も呼べぃ!」

 

「僕に命令するんじゃないッ!!」

 

 

 そう言いながら言われた通りに、石原と秋葉に通信を送る菊池。

 集団が通り過ぎた後の道を、次は梨花と沙都子が通り過ぎる。二人が気付く事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村人たちに連れ去られた山田と富竹は、祭具殿の前で突き飛ばされた。

 

 

「イッタァっ!? もうちょい優しさとかないんですかっ!?」

 

 

 彼らに文句をぶつける山田だが、既に祭具殿の前に集まっていた他の村人たちの目線を浴びて押し黙る。

 二人の到着に気付いて振り返る村人たちの目は、どれも燃えるような怒りと恨みに満ちていた。

 

 

「……見せてやりなぁ」

 

 

 一人の村人がそう言うと、祭具殿前に立つ者たちが一斉に割れて、道を開けた。

 唖然とする山田と富竹の背中は押され、強引に歩かされる。

 

 

 四方八方より浴びせられる、負の感情に満ちた視線。それらに皮膚が焼かれるような感覚を覚えながら、息を呑みつつ前へ前へと進む。

 辿り着いた先は、祭具殿の入り口の前。

 

 

 

 

 そこには今まで無かったであろう、看板が立てられていた。

 看板に貼られていた紙を見た途端に、二人は顔を真っ青にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『余所者の不届き者 祭具殿の禁を破りたり

 穢れ呼び込み オヤシロ様の怒りに触れた

 祟りじゃ 祟りじゃ 災いじゃ

 今宵も祟りが起こるぞ 村に災いが降るぞ!』

 

 

 

 

 そう書かれた紙の下には、二枚の写真も貼り付けられていた。

 祭具殿に忍び込もうとする、富竹と鷹野、上田の姿。そして祭具殿から出て来た、山田と上田の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い森の手前、鷹野は一人待っていた。

 そしてざわりと草を踏む音が聞こえ、待ちかねていたかのように振り返る。

 

 

「待っていたわ、ジロウさ…………」

 

 

 微笑んでいた彼女の表情が、驚きのものへと変わった。

 暗がりから現れたのは、ジロウはジロウでも──

 

 

 

 

「…………上田教授?」

 

「えぇ。上田、ジロウですとも!」

 

 

 上田は悲しげな目のまま、微笑んだ。


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