TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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LAST WEEK/TRICꓘ

「私は、IQフリーザの戦闘力越えの天っ才物理学者、上田次郎だ。ひょんな事から貧乳の売れない記憶喪失マジシャンと共に、昭和五十八年の雛見沢村へタイムスリスリスリットしている。もしやウルトラホール……!?」

「綿流し前だと言うのにジオウの陰謀、園崎三億円事件、竜宮礼奈の消失と暴走と、ひっきりなしに事件が起こりまくる。なんだこの村は」

「しかしパーフェクトジーニアススーパーアメイジング物理学者の私は、これら全てを一人で解決してみせた。天才ですから」



「だが肝心の綿流し当日、貧乳マジシャンは間抜けにも祭具殿に入った事が村人にバレ、愛しのタカノンは行方を眩ませ……そして発見される、二つの死体……おぉ! オヤシロ様! これもあなたの仕業だと言うのか!?」

「更に何よりも大事件なのは……首に注射を刺された上田次郎で…………え? 俺死んじゃうの?」


後の祭り

「いやぁぁぁーーーーッ!!!!」

 

 

 顔の潰れた死体が一つ。山田の脳裏にふと、いつか見た首無し死体がフラッシュバックする。

 髪を両手で揉みくちゃに掴み、ただただ恐怖と混乱から悲鳴をあげ続けた。

 

 

「や、山田さん……! ここから離れましょう……!」

 

 

 不安定な山田の精神状態と、近場にまだ犯人がいる可能性を考慮し、富竹は彼女を連れて走ろうと決める。

 

 

「ほら! 山田さん!!」

 

「いやぁっ! いやぁあ……!」

 

「早くッ!! 立ってッ!!」

 

 

 しゃがみ込んだ山田を無理やり立たせ、その腕を引いて再び山林を駆けた。

 悍ましい死体と、唸る銀蠅の羽音を背後に置き去りにして。

 

 

 

 

 必死に山を下り、木々と葉の隙間より漏れる光を目指す。

 その光は街灯のもの。二人が飛び出したのは、麓の農道沿いだった。

 

 

「とりあえず村から出ないと……って、ここどこなんだ……?」

 

「………………」

 

「あぁいや! ここは多分、鬼ヶ淵沼の方だから……興宮よりもいっそここから谷河内方面へ……!」

 

「……あの死体……」

 

 

 曇った声音で山田は、最悪な事態を想像し、呟いた。

 

 

「……もしかして……上田さん、なんじゃ……」

 

「……っ!」

 

「今、この場にいないし……上田さん何か私たちに隠していましたし……も、もしかしたら犯人にバレて、こ、殺され……!」

 

「山田さん……!」

 

 

 彼女の肩を軽く揺さぶって目を合わさせ、富竹は何とか励まそうと声を張る。

 

 

「僕はあの人と出会って、まだ一週間ぐらいです。でも、上田教授がそんなすぐに殺される人ではないと確信しています……!」

 

「でも……」

 

「僕より付き合いの長い山田さんが信じずにどうするんですか!」

 

「……!」

 

 

 少し乱暴な口調だったと気付き、富竹は反省した面持ちで山田から離れて背を向ける。そして一言、「すいません」と謝罪した。

 

 

「……とにかく。僕らだけでも逃げなければ……そうすれば後は僕の仲間に便宜を計って貰えるハズですから……」

 

「……あの……私」

 

「……え? どうしま──」

 

 

 何かを言いかけた山田だったが、富竹が注意を向けた途端に鳴り響いた、茂の激しく揺れる音がそれを遮ってしまった。

 

 

「っ!?」

 

 

 さては追いかけて来た村人ではないかと、山田は身を縮めさせ、富竹は彼女を守ろうと立ち塞がる。

 山から茂を掻き分け、何者かが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

「あー! やっと出られたでぇホンマ! んでここどこや!?」

 

「ちょ、ちょっと分からないっスねぇ〜? 田舎ってどこも同じ風景だから……」

 

「おぉ!? 誰やそこにおんの!?」

 

 

 そして持っていた懐中電灯の光を二人に浴びせる。

 眩しがる二人の視線の先、矢部と秋葉が立っていた。思わぬ再会に声をあげる山田。

 

 

「や、矢部さん!?」

 

「山田やないかい?」

 

「山田さん!? お久しぶりですぅーーっ!! 萌え〜〜っ!!」

 

 

 首からぶら下げていたカメラで山田を撮りまくる秋葉。鬱陶しそうにしながらも、山田は彼を無視して会話を続ける。

 

 

「矢部さんここで何してんですか!?」

 

「お前こそここで何やっとんねん? 綿流しやったんちゃうんか?」

 

「そ、そっちこそ祭りの警護だろ!」

 

「あの……山田さん、この方はお知り合いで……?」

 

 

 初対面の富竹は困惑した様子で矢部たちを見つめている。

 そんな彼の顔に懐中電灯のビームを浴びせる矢部。

 

 

「うお眩しっ!」

 

「誰やねんなこの兄ちゃん?」

 

「ぼ、僕は富竹ジロウですけど……」

 

「富竹ぇ? どっかで聞いたなぁ……」

 

 

 懐中電灯の光をハイビームに変える。

 

 

「うお眩しっ!」

 

「あー思い出した! 今日死ぬ奴やろ!?」

 

「何ですと?」

 

「せやろ? 首掻きむし」

 

 

 ポロッと機密事項を漏らした矢部を、秋葉が彼の髪を引っ張って黙らせる。

 それでも完全に訝しんでしまった富竹の気を逸らそうと、大慌てで山田が口を出す。

 

 

「そ、それより事件ですよ矢部さん! 大変なんです!」

 

「あの山田さん……さっきこの人僕が死ぬって──うお眩しっ!」

 

 

 矢部の腕を引いて懐中電灯の光を動かし、富竹の顔に浴びせて黙らせる。

 

 

「山の中で死体を見つけたんです!」

 

「死体ぃ? ほな奇遇やな。ワシらも死体見つけたんや」

 

「…………はい?」

 

 

 懐中電灯を富竹に向けたまま点けたり消したりする矢部。

 

 

「うお眩しっ! うお眩しっ! まぶうおしっ!」

 

「ドラム缶に詰められた焼死体や」

 

「はいぃ!?」

 

 

 目を瞬かせ、山田は愕然とした声をあげた。

 当たり前だ。今年起きる鬼隠しの事件がちゃっかり発生しているのだから。

 

 

「そ、それ、アレ、今年の奴じゃないですか!? なんでお前っ……お前ここで油売ってる場合かっ!?」

 

「安心せぇ! 石原と菊池に現場抑えさせて、ワシらは人呼びに来とるんやろが!」

 

 

 

 

 一方の現場を抑えている石原、菊池の二人。

 近場に流れる川から水を手で掬って来て、それで未だ燃え盛るドラム缶の中を消火しようとしていた。

 

 

「死体だぁーーっ!! 死体だぁーーっ!! 焼死体なんて初めて見たワーーイっ!!!!」

 

「キクちゃん! やっと無線繋がったけぇの!!」

 

 

 ノイズが消えて、通信可能となった無線機を掲げて喜ぶ石原。

 

 

 

 そんな二人の様子は露知らず、矢部は相変わらず懐中電灯をカチカチ点け消ししながら話す。

 

 

「うお眩しっ! うお眩しっ! まぶっしうお!」

 

「無線が調子悪くてなぁ」

 

「いやいやいや事件を起こさないようにするって話だったじゃないですか!?」

 

「起きたモンはしゃあないやろ」

 

「髪と一緒に道徳も抜けたか矢部っ!!」

 

「抜けてへんわ髪だけはァ!!」

 

「道徳は抜けてるのか……」

 

 

 立て続けに最悪な展開に遭遇し、山田はがくりと肩を落とす。

 

 

「……その焼死体って、誰のでした……?」

 

 

 それでも「鷹野ではない」と言う一縷の希望を込め、聞いた。

 彼女の質問には、矢部の隣に控えていた秋葉が答える。

 

 

「多分、鷹野サンシさんだと思います!」

 

「落語家みたいな名前やな。オヨヨ?」

 

「うおまぶ……ハイイッ!?」

 

 

 彼の報告を聞いた富竹。

 眩しがっている場合じゃないと、点けたり消えたりする光を瞳孔開いたまま浴びつつ、矢部たちを問い詰める。

 

 

「た、た、た、鷹野さんが!? えぇっ!? ほ、ホントに彼女だったんですか!?」

 

 

 鬼気迫る表情と気迫に押されながら、秋葉はおずおずと続ける。

 

 

「し、死体は女性のもので、切れていた髪の色も同じでしたし……あの、断定は出来ないですけどぉ……ほぼ間違いないかとぉ〜?」

 

「そ、いや、まっ、たか……はぁあーー!? 僕のミヨがぁっ!?」

 

「ミヨって誰やねん」

 

「サンヨンと書いてミヨだこのカツラがッ!!」

 

「カツラちゃうわッ!? いらっしゃーーいッ!!」

 

 

 声を荒げて矢部を罵倒した後、富竹はその場でガッカリと膝を落とす。

 それから更に胎児姿勢で道に寝そべり、大人げなく泣いた。

 

 

「ああああーーッ!! ミヨぉぉぉーーーーッ!! 僕のミヨぉぉぉおおおおんッ!!!!」

 

「私より酷い狼狽え方してる……」

 

 

 山田さえ引くほど慟哭する彼を、矢部はずっと懐中電灯をカチカチさせながら照らす。

 隣で無線を弄っていた秋葉が「あ、繋がった」と漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無線も繋がったとあり、山田たちは矢部らを引き連れて死体のあった現場へ逆戻り。

 今度は富竹の精神状態が最悪となってしまっているが。

 

 

「僕はとんだクソ野郎だ……っ!! 愛した人一人も守れないクズなんだ……っ!!」

 

「ま、まだ鷹野さんって決まった訳じゃないですし! 希望を持ちましょう!」

 

「ミヨぉぉぉぉーーーーッ!!」

 

「私より付き合いの長い富竹さんが信じずにどうするんですか!」

 

「ミヨヨヨーーーーンッ!! おぇぇーーーーっ!!??」

 

「私より酷いのやめろっ!」

 

 

 山田が彼を励ましながら、矢部に上田の事を聞いていた。

 

 

「そ、それで、上田さんが矢部さんたちに警護を頼んでたってのは!?」

 

「何でも祭りの途中で、その鷹野って女と話すから見張っててくれ言われてなぁ?」

 

「……やっぱり一人で進めようなんてしてたんだな、あいつぅ……それで、なんで鷹野さんと?」

 

「それはワシらにも教えてくれへんかったわ。結構ベッピンさんやったし、告白見せ付けてんのちゃうって思っとったけどなぁ?」

 

「ミヨの彼氏は僕なんだよぉぉぉーーーーッ!!!!」

 

「誰かこの眼鏡黙らせやぁ」

 

 

 叫び続ける富竹を、秋葉が懐中電灯カチカチ浴びせながら、背中をヨシヨシ撫でて宥めてやる。

 若干疲れたような顔をしながら、矢部は続けた。

 

 

「んでも見失ってもうたけどな?」

 

「相変わらずのザル刑事め……レナさんの時と言い、やる気はあるんかっ!」

 

「うっさいわぁ山田ぁ!? 無線が繋がんなるわ、ガッ虫おるわ髪に火ぃ付くわ散々やったんやぞワシらぁ!?」

 

「てか! 鷹野さんが神社から出さないようにしろって言ってたのに、なんでみすみす出しちゃったんですか!?」

 

「知らんがなぁワシぁ!? DJビッグマスターフライに聞けや!」

 

「誰だっ!」

 

 

 

 

 あれこれ暗闇の中で言い合いしながら、四人はやっと死体現場へ辿り着く。

 顔の潰れた、上半身裸の男の死体。一切動かされた痕跡もなく、銀蠅に集られ臥していた。

 

 

「うひゃー……こりゃまたエラいホトケさんやなぁ……」

 

「視神経まで丸見えの血まみれフィーバーですねぇ〜」

 

「ミヨぉぉぉぉぉーーーーッ!!!!」

 

 

 死体を指差しながら山田は暗い声で続けた。

 

 

「……もしかしたらアレ……上田さんかもしれないんです」

 

「先生ぇ!? た、確かに先生見失ったんは、ここからそう(とぉ)ないけど……」

 

 

 そう考えるとまた怖くなって来たのか、山田は死体に近付けずに足を止めてしまう。

 億劫となった彼女の様子に気付いた矢部は、面倒臭そうに顔を顰め、すっかりパンチパーマ気味になったカミを掻いてから話す。

 

 

「あんな山田? 顔潰れてもうてるんやから、まだ先生ぇや分からんやないかい?」

 

「……もし上田さんだったらって考えたら、怖くて……」

 

「そう言うて前かて、首無し死体先生ぇや思ったらやっぱちゃうかったやないか?」

 

「…………」

 

 

 山田は「あぁ、そうだった」と言わんばかりに、少し恥ずかしそうに顔を伏せた。

 あの死体を見てフラッシュバックした首無し死体は、上田とはまた別人のものだったではないか。

 

 

「ほなとりあえず確認しよか? おう秋葉ぁ、死体照らしといてくれ。あと無線でセフィロスのコピー呼べ」

 

「喜んで〜」

 

「誰を呼ぶつもりだっ!」

 

 

 半ばやはり怖いものは怖い。それでも山田はふっと下げていた目線を上げ、また胎児姿勢で寝っ転がっている富竹を跨いで死体へ近付いた。

 

 

 

 

 

 上田か否かの判断として先にやったのは、ズボンをずらして男の象徴の確認。

 秋葉が照らす中で山田は、丸見えの象徴を顰めっ面で目に入れる。

 

 

「……………」

 

「どや? 先生のか?」

 

「…………いや……どんなんだったか覚えてないですよ……」

 

「何やねんな!? お前何年先生とおんねん!?」

 

「何年おってもチンポコなんて見るかいっ!」

 

「チンポコ言うなや!? 象徴て言え!」

 

 

 アソコでの判別は諦め、改めて死体の全貌を確認する。

 顔は潰れて、もはや人間の面影が残っていない。唯一残っている髪を見ても、上田の髪型と髪色に似ているような、いないようなと曖昧な判断しか下せない。

 

 

「……首……掻き毟ってますね」

 

 

 潰れた顔もそうだが、皮を突き破るほどに引っ掻いた首と手もまた衝撃的な特徴だろう。首根を掴んだ死体の男の両指が、剥き出しの食道へ突っ込まれている。

 さすがの山田もこのグロテスクな様を見るのは辛いようで、サッと目を逸らす。

 

 

「…………ん?」

 

 

 その目を逸らした先で視界に入ったのは、死体の左手首だ。

 

 

「……これ、上田さんじゃない」

 

「あ? 何か分かったんか?」

 

「上田さんずっと、左手に高そうな腕時計着けてたんです。すっごい自慢してたんで覚えてましたけど……」

 

 

 彼女が指差して示した死体の左手首には、何も着けられていなかった。

 

 

「……その死体にはない」

 

「犯人が持って行ったんちゃうんか? 先生が持ってた鞄も財布もないんやろ?」

 

「そ、そっか……持って行かれた可能性もあるのか……」

 

 

 そう納得しかけたところで、再び左手首を見て思い出してように「あっ!」と声を上げた。

 

 

「上田さん確か、ずっと腕時計着けてたから……手首のところに日焼け痕が出来てたって言ってました!」

 

 

 

 

 死体の手首に、腕時計の物と思われる日焼け痕はない。

 

 

「ほんならこの死体は……」

 

「上田さんじゃないです! あーーホッとしたぁあ……」

 

 

 とは言え疑問は残る。懐中電灯で照らしながら秋葉が、その新たな疑問を投げかけた。

 

 

「じゃあ一体、これ誰なんでしょうかね……?」

 

 

 山田は死体の下半身を覆うズボンのポケットなどを調べるが、身元を確認出来るような物は出て来なかった。

 

 

「……これが鬼隠しの被害者だとすれば、富竹さんのハズ……でも……」

 

 

 

 

 チラリと山田は、相変わらず胎児姿勢で泣く富竹本人を一瞥する。

 

 

「……富竹さんはこの通り、ご存命……じゃあ、本当に誰……?」

 

「他に祭りで消えた奴おったか?」

 

「さ、さすがにそれは……私も、知ってる情報以上の事まではカバー出来ませんし……」

 

「てか先生も消えたまんまやからなぁ」

 

「………………」

 

 

 死体が上田のものではないとしても、彼が無事だと言う証拠になり得ない。

 不安と心配、そして深い疑問が胸中に蟠る。そんな最中、秋葉の持っている無線に通信が入った。

 

 

「はい! しもしも〜?……あ! もう近くっスか!? もう近くですって!」

 

 

 

 

 その通信のすぐ後に、熊谷率いる警官隊が現場まで到着。

 

 

「到着しましたけど……うっ!……これは酷い……」

 

 

 死体を確認した熊谷は口元を押さえ、青い顔。まだキャリアの若そうな彼だ、こう言った死体はまだ慣れない様子だ。

 

 

「……もしかして、今年も鬼隠しが……!?」

 

「残念やけどなぁ……まぁ、起こってもうたんちゃう?」

 

「そんな無責任な……あなた、必ず止めるって大石さんに約束してたじゃないですか!? だから僕ら、あんたたちに従って……ッ!!」

 

 

 殴りかからんばかりの形相で迫る熊谷を、他の警官たちが引き止める。

 矢部としても全く気にしていない訳ではなく、苛立つ熊谷を見て申し訳なさそうに下唇を噛み、顔を背けていた。

 

 

「……んまぁ、とりあえずここは任すわ。ほな山田ぁ、一旦署に行こかぁ」

 

「な、なんで!?」

 

「なんでかてお前、一応第一発見者やがなぁ?」

 

「それもそうですけど……」

 

「ほい、両手首出せ」

 

「手錠はいらないだろっ!?」

 

 

 矢部と秋葉はそれぞれ山田と、まだグズグズ泣いている富竹を連れて山を降りて行った。

 彼を半ば忌々しげに見送った後に、熊谷は諦めたような表情で無線機を取り出す。

 

 

「……大石さん。今年も……起きてしまいました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そうですか」

 

 

 熊谷の報告を聞き、大石は悔しげに奥歯を噛み締める。

 その口元の痣からは血が滲み、ひたいには小さな切り傷が出来ていた。

 

 

 祭具殿前の大暴動は、何とか鎮圧してみせた。

 尤も無線が突然繋がらなくなり、指揮系統が大混乱を起こしてしまい、警察だけではどうにもならなかったのだが。

 

 

 

「……全く。あなたに感謝する日が来るとは……屈辱ですよぉ」

 

 

 憎々しげに流し目で睨んだ先には、憂いを帯びた表情の魅音が立っていた。

 

 

「しかしまぁ、さすがは園崎……あなたの鶴の一声で皆さん手を止めるんですから」

 

「……こっちとしても折角ダム戦争に勝ったってのに、まだ警察にマークされてんのが不愉快だけど?」

 

 

 暴動を起こした村人らは、騒動を聞いて駆け付けた魅音の一声で止まった。

 彼女の声は、即ち園崎お魎の声と同等。魅音が「やめろ」と言うなら、そうするしかない。

 

 

 現在は暴動に参加した村人たちが、暴行と公務執行妨害による現行犯で続々連行されている。

 その様を魅音は悲しげな目で見送っていた。

 

 

 

 

「……魅音さん」

 

 

 大石が彼女と向かい合わせになり、下目遣いで睨み付けながら聞く。

 

 

「鬼隠しがまた、起きたんですがねぇ? しかも死体が二つ」

 

「……っ」

 

「もしや、あなたたち園崎の自作自演で村人たちを焚き付け、暴動を起こし、我々の目を欺いている内に事件を起こしたんじゃないですか?」

 

「それは違う……!」

 

「何もかもタイミングが良過ぎるんですよ。まぁ事件が起きた以上、あなたには署へ──」

 

 

 魅音を連行とする大石の前に、圭一が立ちはだかる。

 

 

「……魅音は関係ねぇよ。だってずっと俺たちといたんだ」

 

「圭ちゃん……」

 

「前原さん、あのですねぇ……魅音さんがあなたと一緒でも、園崎家は何百人いると思ってるんですかぁ? 彼女が前原さんと一緒でも、命令を受けた誰かが犯行を肩代わりする事など容易いのですよぉ?」

 

 

 そう大石が諭しても、圭一は両腕を組んで、引き下がる意思はないと示す。

 

 

「んでも証拠ないだろ。じゃあ同行云々ってのは任意になるよなぁ?」

 

「………………」

 

「……魅音も、魅音ン家もやってない。文句あんなら逮捕状持って来いってんだ」

 

 

 旗色が悪いと踏んだ大石は頭を掻き、それから溜め息を吐いた後に二人から離れた。

 大石がいなくなったと確認した圭一は、ドッと息を吐いた。

 

 

「ぷはぁーーっ!? めちゃくちゃ緊張した……!」

 

「別に任意同行なんて行ってやったって良かったのに……ダム戦争中とか何百何千回も留置所入れられたから、今更だってばぁ」

 

「……そうだとしてもだろ。やってないならやってないって、きっちり意思表示してやらねぇと」

 

 

 真摯的な表情で圭一は、魅音を見つめた。

 その彼の表情と視線を受け、強張ったままだった魅音の口元が緩んだ。心なしか頬も赤い。

 

 

 

 

 

 

 

 次に祭具殿の前。

 丁度、主犯格の男が手錠を掛けられ、他の村人と共に運ばれる最中だった。

 

 

 傍らには例の看板があり、レナと詩音がそれをまじまじと見ていた。一方の詩音は何とも呆れたような表情だ。

 

 

「……しかしまぁ、凝った物ですねぇ……これを信じて私刑しようなんざ、ちょっとお馬鹿過ぎるんじゃないですか?…………一体誰がこれを?」

 

「オヤシロ様だ」

 

 

 詩音らの背後、主犯格の男が真面目な面持ちでそう主張する。

 

 

「オヤシロ様が我々に訴えてくれたのだ。その写真も、その手紙も、オヤシロ様の御技なのだ」

 

「それは違うと思います!」

 

 

 次に手を挙げて主張をしたのは、手紙を読んでいたレナだ。

 彼女は文章の方を村人たちに突き付け、一番最後の行を指差した。

 

 

「ここ! よく読んで!」

 

「ええと……今宵も祟りが起こるぞ、村に災いが降るぞ……これがなにか?」

 

「問題はこの最後の……コレ!」

 

 

 レナが示したのは「村に災いが降るぞ!」の、「(びっくりマーク)」だ。

 

 

「ここに、『エクスクラメーションマーク』がある!」

 

 

 聞き慣れない単語に、詩音と警官たち含めたこの場にいる全員が顔を顰めた。

 

 

「…………え、えく……?」

 

「このエクスクラメーションマーク……明らかに現代の人でしか書けない物だよ! オヤシロ様が書ける訳ない!……つまり──」

 

「つまり?」

 

 

 真っ向からレナは村人たちへビシッと指を差し、言ってやった。

 

 

 

 

 

「オヤシロ様と嘘吐いて、写真と手紙を張った人は…………この中にいるっ!! レナっとお見通しだよっ!!」

 

「だから祭具殿に入ったのは間違いないんじゃろっての」

 

 

 あっさり流されてしまい、レナは下唇を噛みながら突き出した腕を下ろした。

 

 

「……あ、それに関してのフォローはない感じ……?」

 

 

 ずっこける詩音。

 

 

 

 とんだ茶番劇で時間を取られたと主犯格の男は、また呆れたように溜め息を吐く。

 そして次に顔を上げた時、彼のその鋭い眼差しはまず詩音に向けられていた。

 

 

「……園崎詩音。村じゃ誰もが噂している……あのどっか行った北条家のガキを、まだ探しとるらしいな」

 

「……ッ!?」

 

 

 押し黙らせた詩音をほくそ笑みながら、男は続けた。

 

 

「誰も口にせんだけで皆、知っているもんさ……爪を剥ぎ、お魎さんから許されたと言うのに、馬鹿な事はもうよしな」

 

「……馬鹿な事、ですって……?」

 

「北条家は呪われて当然だったんだ。そんな奴らに情をかけて、何になる。とっくに消えた北条の女もガキも、オヤシロ様によって腑裂かれとるよ」

 

「は……?」

 

「この際言っておくよ……もう諦めぇ。北条のガキも、あの余所者たちも」

 

 

 ざわりと、詩音の周りの空気が変わった。口元は引き攣り、瞳は燃えるように爛々と開かれ、両手は爪が食い込まんばかりに握り締められていた。

 形相が変貌した詩音の横顔を見て、レナは驚きながらも駆け寄る。彼女が危うい挙動で男の方へ一歩二歩と踏み出したからだ。

 

 

「……呪われて当然だ死んで当然だって……ッ」

 

「詩ぃちゃん待って!?」

 

「あんた悟史くんの何を知ってるのッ!? 何の罪があったって言うのッ!? 沙都子を苛めるだけじゃ飽き足らずにまだそんなふざけた……っ!!」

 

「詩ぃちゃんっ!!」

 

 

 必死に詩音を引き止めるレナに対しても、男は冷めた表情で話しかける。

 

 

「そこの娘もだ、竜宮んトコの忘れ形見」

 

「……!?」

 

「噂はもう広がっとる。余所者に現を抜かして村を出て、帰ったと思えばまた村外の女に惚れおって……そんな了見だから二度も裏切られたのさ」

 

「そ、そんな……」

 

「オヤシロ様の罰が降ったのさ。このままその余所者と仲良くしていりゃあ、いずれ北条のガキのように──」

 

 

 冷め切って、そして憐れみを含んだ瞳でレナを睨む。

 

 

 

 

「──次はあんたが消えるかもなぁ」

 

 

 愕然としたような、怯えた表情のままレナは、雷電に打たれたかのように膠着してしまった。

 暫し呼吸が止まり、今にも泣き出しそうな彼女の腕を抜け、詩音は激昂の感情のままに村人たちへ突っ込む。

 

 

 

 

「それ以上は駄目ですよぉ」

 

 

 彼女を殴りかかる寸前で止めたのは、厳しい顔付きをした大石だった。

 

 

「離せっ!!」

 

「後の話は、我々警察で引き受けます。どうか、それで気を鎮めてください」

 

「あいつ、レナさんと悟史くんを……ッ!!」

 

「詩音さん!! 駄目です!!」

 

 

 死に物狂いで暴れて引き剥がそうとするも、大石の腕から離れる事はもう出来なかった。その内、諦めたように詩音は俯き、泣く。

 

 レナは微かに震えながら、ただショックで立ち尽くしていた。

 二人のそんな姿を見ながら、男はしてやったりと嘲る。

 

 

 

 

 

 

「オヤシロ様は人に罰を下す神様じゃないのです」

 

 

 

 

 

 

 男たちの背後から声がかかる。

 ハッと振り返ると、そこには怯える沙都子を背に控えさせた、梨花が立っていた。

 

 

「り、梨花ちゃま……!」

 

 

 あれほど雄弁だった主犯格の男も取り巻きたちも、オヤシロ様の生まれ変わりとされる梨花を前にして膝を折る。

 

 

「オヤシロ様は人が好きなのです。例え悪い悪い人だとしても……反省し、心を入れ替えてくれると信じていますのです。祭具殿に入った事ももう、許してくれているハズなのですよ」

 

「で、でも……」

 

「それにオヤシロ様は人の決めた事に干渉しないのです……先代がダム建設に中立だったのも、その考えあってこそなのです。だから賛成派も、反対派も……等しく人の子ならば、オヤシロ様は手を差し伸べてくれる、余所者だろうと関係なく……そんな神様なのです」

 

 

 梨花の説教を聞いた男たちは驚いた顔を見せ、そのまま警官たちに連行されて消えた。

 詩音が落ち着いた事を確認した大石は、彼女を解放すると、唖然とした様子で梨花に話しかけた。

 

 

「……これはこれはまさかまさか……いやぁ、見違えましたよぉ! さすがは古手の巫女の貫禄、とやらなんでしょうかねぇ?」

 

「……みぃ。お父さんの真似なのです……にぱ〜⭐︎」

 

 

 パッといつもの朗らかな表情に変わった梨花に釈然としないながらも、大石は首を捻った後に仕事へ戻って行った。

 途端に脱力した様子でへたり込む、詩音とレナ。二人の元へ梨花はとことこ駆け寄った。

 

 

「……梨花ちゃま……その……」

 

「みぃ。オヤシロ様はホントは、みんなと仲良くしたいのです。祟りや呪いは嘘っぱちなのですよ〜」

 

 

 そう言ってにっこり、レナの方へと笑いかけた。

 丸い目をしていたレナだったが、安堵したように表情が柔くなる。

 

 

「……ありがとね」

 

 

 幾分か二人から不安や怒り、恐怖の念を拭き取れただろうと梨花は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 だが自身の中にある不安の種は消えない。

 背後にいる沙都子にも見えない箇所で梨花は、苦々しく唇を噛んだ。

 

 

「……山田……上田……」

 

 

 ぎゅうっと、拳を握る力を強める。

 

 

 

 

 

 こうして今年の綿流しはまさかの中止の上、鬼隠しも発生すると言う最悪の結末で幕を閉じる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神社の隅の方、人の目のない場所に、入江はいた。

 

 

「た、鷹野さんは……!? 富竹さんも無事なんですよね!?」

 

 

 彼は一緒にいた男を問い詰めるように迫る。

 男はまあまあと手を仰ぎながら宥める。

 

 

 

 

「えぇ、えぇ、大丈夫ですって入江所長。どっちも我々、『山狗』がきっちり見張ってますんで」

 

 

 

 

 髪を後ろで縛った、鷹のように鋭い目付きをした中年の男だった。

 どこか軽薄さのある口調で男は続け様に宥めの言葉をかける。

 

 

「今起きた鬼隠しとやらは、恐らく今までの事件の模倣犯ですんね……我々は関係ない」

 

「……本当なんでしょうね……?」

 

「本当ですとも。それよりこんなトコで自分と話しとるトコ見られちゃあ、マズいですぜ?」

 

 

 そう言われ、入江は眉を寄せて焦燥感を滲ませた後、「必ず僕に報告をするように」と念を押して去って行った。

 彼がいなくなった事を確認した男は、やれやれと肩を竦めた後に、忍ばせていた無線機を耳に当てた。

 

 

「『小此木』だ。富竹とマジシャンの居場所は掴めたか?」

 

 

 無線機の向こうから、別の男の声が響く。

 

 

『「鶯1」より「隊長」へ。二人共に、興宮署へ連行されました』

 

「了解……なら都合が良いな。その情報を『県警の大高』に流せ。向かっている途中だったろ?」

 

『鶯1、了解』

 

 

 無線が終わると男──小此木はニヤリと笑った。

 それから無線機の周波数を弄り、また別の人物に連絡を入れる。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、こちら小此木。『三佐』ですかい? えぇ、首尾は順調ですよ」

 

 

 その実、祭りの終わりにして、祭りの始まりでもあったようだ。


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