『やめよう私利私欲』
『とめよう暴力の愛』
『いえよ、花の名前』
『おいなんだ手前このやろう』
『自転車の通行は左』
『第一回肝試しゾゾゾ大会』
『大鳥ヘップバーン』
『きをつけようフェーン現象』
『やってやれディフェンスバトル』
「そんなに人間が好きになったのか……?」
パトカーが興宮署に到着する。
署の建物前には、屋上から垂れ下がる変な標識が書かれた垂れ幕と、金と黒色の体表をした宇宙人が立っていた。
「……う、ウルトラマン……?」
「カラータイマーあらへんからちゃうやろ」
「CV山寺宏一が似合いそうっスね〜」
「みよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!!!」
困惑する山田を他所に矢部と秋葉は、月に向かって慟哭し続けている富竹も連れて署内のエントランスに入る。
そのまま署の階段を上がって四階まで行き、取り調べ室までの廊下を歩く。
途中で、一旦別れていた菊池・石原と合流。二人とも、祭りで買ったであろうエアーガンでBB弾を撃ち合って遊んでいた。
「おう、お前らも帰って来とったんか」
「あ! 兄ィ! ちゃんと引き継いで来たけぇのぉ!!」
「焦るなよ
「イッタっ!? お前なにすんねんボケェッ!?」
「ありがとうございます!!」
ベレッタM92Fのエアーガン二挺で矢部を撃った菊池は、敢えなく彼の鉄拳制裁を顔面に食らって倒れた。
廊下中に散らばったBB弾を鬱陶しく思いながらも、山田は石原に焼死体の件を聞く。
「……それで、焼死体はやっぱり鷹野」
「ミヨぉぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!」
「……さん、でした?」
石原が話そうとした途端、倒れていた菊池が起き上がって彼に頭突きを食らわせる。
「断定は出来ないッ!! 死体は既に炭化して、人相の判別は不可能だったからなッ!! ただ骨格の判別は何とか出来た。正式な検死結果を待つ必要になるが、恐らくは女性だと思われる! 彼女がまだ見つかっていない以上、鷹野三四である可能性は高いな!」
「他に特徴とかは……?」
「現場に落ちていた髪ぐらいだな。髪色は完全に彼女と一致はしているが」
「じゃあそれでベイスターズ鑑定したら分かりますね!」
「DNAだッ!!」
「あ、そっちか」
「確かに髪から採取したDNAを調べれば、千パーセント本人だと断定出来るだろう」
そう言った菊池だが、次に彼は渋い顔で首を振る。
「だが無理だな。この時代では」
「え?」
「そも、我が日本国に於いて初めてDNA型鑑定が取り入れられたのは、一九八八年の六本木強姦傷害事件からで──」
「ちょちょちょちょ!? と、富竹さんの前で未来の話は──」
廊下の隅で、また胎児姿勢になって泣いていたので聞かれていないようだ。
矢部と秋葉が彼を、懐中電灯を明滅させながら照らしていた。
「……大丈夫そうでした」
「まぁ、そう言う事だ。そもそも一九八三年現在はまだ、DNAで個人を特定出来るのか否かすら議論の対象だった時代。科学捜査に於いて、まださほどの注目度がなかったんだ」
「何とかその、ほら、現代の知識使って無双しまくって、ホエールズ鑑定の準備とか出来ないんですか!?」
「ホエールズははベイスターズの前のチーム名ッ!!……さすがに自前で試薬の入手は無理だ、技術が専門的過ぎる。マルチプレックスSTR法どころか、DNA指紋法の設備も整っていないどころか存在すらしないからな。無理だなッ!」
「ホントに無理なんすか!?」
「ムリカベだなッ!! むーーりーーッ!!」
持っていたエアーガンの銃口を山田に向け、菊池は首を激しく張りながらそう断言した。
床の上を、倒された石原が泳いでいる。
「それ向けないで貰えます?」
「とにかく、僕と言う世界の天才未来人代表がいながら、みすみす鬼隠しを発生させてしまったのは不覚ッ!! せめて、古田梨花の保護を優先せねば……!」
そうだ。あと二日程度で梨花は何者かに殺害され、それによる雛見沢症候群の集団発症を防ぐべく、災害による被災と偽られて全員殺される。
これが雛見沢大災害の正体だ。
だが正体が分かったところで、鬼隠しの首謀者も、梨花を殺害した者も分かっていないのなら、あくまでそれは大災害の真相。原因と元凶が分からないのなら、あまりに価値のない情報だ。
山田はそれまでに、全てを明かしてやろうと覚悟する。
「……それじゃあ、矢部さんたちには、梨花さんの護衛をお任せしても……」
「言われなくてもやるつもりだッ!!」
「言い方が腹立つな」
「それで君は何をするのだね?」
「引き続き、鬼隠しを暴いてみせます……でも」
山田は眉をひそめながら言う。
「……まずは、上田さんを探さないと」
山中の惨殺死体が上田ではないのなら、生死を問わずに見つける必要がある。
いや、必要はないのかもしれない。そうだとしても、山田には上田を放っておく事が出来なかった。
これからの動きを明言したところで、菊池は大きく胸を張る。
「フンッ! 好きにするが良いッ!!」
「何で上から目線なんだ」
「まぁ我々には豊富な組織力がある! 古田梨花の護衛など余裕のよっちゃんイカで──」
息巻く菊池であったが、山田の後方に目をやった途端に口を止める。
彼の様子に気付いた山田も、何事だろうかとくるり、踵を返した。
視線の先、廊下の奥より、ぞろぞろと壁が押し寄せるように迫る大勢の男たち。
髪型からスーツに靴先まで限りなく統一された、無個性で無機質な風貌がかなりの威圧感を醸し出している。
「な、なになになに? なんなんすか?」
オオアリクイの威嚇を始めた山田。
そんな彼女を含めた公安メンバーに向かい、集団を率いていた眼鏡の男が呼びかける。
「こんばんは皆様。是非、あなた方に話を伺いたく馳せ参じました」
物腰は柔らかだが、語気からは明らかに嘲りと軽侮の念が宿っていた。
鼻持ちならないエリート気質な男は、山田らの数十歩ほど手前の位置で止まる。合わせて後に続いた多くの部下たちも足を止めた。
「何でも、警視庁公安部から参られたとか?」
「おぅおぅ、なんやワレェ?」
謎の集団に対し、まず突っかかったのは矢部だ。
先頭の眼鏡の男に詰め寄り、ガン飛ばす。しかし男は冷ややかな眼差しで見下すだけ。
「失礼ですがあなたは?」
「ワシか? ワシは矢部謙三や。お前の言うた通り、花の警視庁公安部様やぞ?」
「階級は?」
「警部補や。へっへっへ! チビったか?」
「初めまして。私、岐阜県警の『
彼──大高は警察手帳を取り出し、自身の身分証明欄を見せ付けた。
合わせて後ろの部下たちも手帳を取り出し、なぜか一斉に見せ付けて来る。
「へっ! オウサマだかオマジオだか知らんが」
「オオタカです」
「どーせ若そうやしお前、実は巡査部長とかで──警部殿であられましたか! 失礼をッ!!」
「……変わり身早いなっ!」
大高に敬礼する矢部に、山田は後方でツッコむ。
身分証明が済んだところで、大高とその部下全員は警察手帳を懐に仕舞う。
「一連の雛見沢村連続怪死事件……現地での呼称に従い、鬼隠しと呼ばせていただきますが、その鬼隠しの捜査指揮を執っているのだとか?」
大高の確認に、すっかり従順になった矢部が答える。
「その通りでありますッ!」
「お前はハケろ矢部っ!」
「お前今ハゲろ言うたかッ!?」
「もうハゲてるだろっ!」
「ハゲてへんわッ!?」
「ハゲてるって!!」
「ハゲてへんって!!」
矢部と山田の口論を見て呆れ果てた菊池が、矢部を押し退け大高の前に躍り出た。
「僕は警視庁公安部参事官の菊池であるッ!!」
背中が反り返るほど大きく胸を張り、相手勢に負けないほど威圧感たっぷりに迫る。
「参事官だぞッ!? 分かるかね!? つまり警視正ッ!! 上から数えた方が早い階級だッ!! ぼちぼち警視長への昇進も確定しているッ!! 頭が高いぞ県警風情がッ!?」
「せやっ! こっちには参事官がおるんやぞ!? 頭下げんかいっ!」
「……お前にプライドはないのか」
逆に尊敬したくなる山田。
胸を張って「どうだ」と腕を広げる菊池を前に、大高はまず眼鏡をクイッと上げた。
「警視庁公安部並びに、警察庁警備局から確認は取れています。『そんな人間、送った覚えはない』と」
表情が固まる菊池と矢部。
「……は?」
「聞き逃されましたか? なら掻い摘んでもう一度……警視庁と警察庁は、あなたたちを知らない、と」
大高と部下たちは一歩前進し、矢部と菊池は一歩下がる。
「ま、待ちたまえッ!? なぜ県警の警部風情が本庁とパイプなんかあるのだッ!? と言うか……我々の事は興宮署以外に知らせていないのに、なぜ知っているッ!?」
「つーか何でそもそも県警がここ来んねん!? 管轄ちゃうやろ!?」
矢部の質問に対し、大高は一度ニヤリと笑うと、傍らにいた部下に目配せをする。
それを合図にその部下は、バレエダンサーのような両足跳びと両足着地を決めた後に、鮮やかな手付きで書類を広げて見せ付ける。
「アントルシャ・ロワイヤル……! 僕がロシア留学時代にボリショイ劇場で公演されたボリショイ・バレエ団の『バヤデルカ』で観たものと同じ形だと……ッ!?」
「えー、何や何や?……これお前、警察庁刑事局からの許可証やんけ?」
内容を二人揃って読み上げ、そしてまた二人揃って叫ぶ。
「「連続怪死事件の捜査主導権を岐阜県警捜査一課へ委ねる事を許可ぁッ!?!?」」
「そう言う事です」
大高は得意げに鼻を鳴らす。
書類を読ませた部下はクルクルとスピンしながら彼の後ろへ戻った。
「そして私、大高は、県警本部より秘匿事件捜査担当に任命されました」
「ま、待ちたまえッ!? はぁぁ!? なんでッ!? なんで県警風情に警察庁がッ!?!?」
「あなた先ほどから県警風情、県警風情と……はぁぁぁーー……」
わざとらしく大きな溜め息を零した後、凍てついた眼差しで菊池を睨み付ける。
「……警察官を僭称し、勝手な捜査を指示した偽者『風情』がそう言うのは少し、分不相応では?」
「なんやとぉッ!?」
「っ!?」
偽者呼ばわりを受け、激昂する矢部。菊池を押し退け、大高に立ち向かう。彼のその凄味にはさすがの大高も一つ後退り。
「偽者ちゃうわッ!! ワシらはなぁ、キッッチリ同じ地方公務員試験受けた真っ当な刑事じゃいッ!!」
そんな彼の声に合わせ、石原と秋葉も駆け寄り、菊池含めて陣を作った。
「ほうじゃ! ワシらスーパー公安部じゃけぇのぉ!!」
「秋葉原人っ! こう見えて刑事人生十五年目のベテランだぞーっ!!」
「僕は国家公務員総合職採用試験一類に合格したからこいつら地方公務員風情とは違ありがとうございますッ!!」
菊池を裏拳で黙らせ、公安カルテット総員で大高らに立ちはだかる。
不意に冷や汗をかいてしまった彼だが、すぐに部下に汗を拭かせ、何食わぬ顔で反論する。
「では警察手帳をお見せください」
「おう見せたるわ!」
「あ、矢部さんマズいですよ」
秋葉の忠告を無視し、矢部は堂々と、大石にも偽物と疑われた「現代の警察手帳」を取り出した。
それを見て案の定、大高は失笑。
「……オモチャですかそれは? どこに手帳の要素がおありで?」
「ほ、ほら矢部さん……その形状の警察手帳は二◯◯二年からの奴で……」
説明する秋葉に合わせるように、大高は手を叩いて指示を出し、控えさせていた部下全員に警察手帳を突き付けさせる。バッジケース型で縦開きの新型警察手帳とは違う、本当に手帳らしい横開きの物だ。
この時代に於いて矢部たちの警察手帳は、実に出来の悪いオモチャにしか思われない。
「さて……」
勝ち誇った顔で大高は一歩また踏み出し、合わせて部下たちも警察手帳を構えたまま前進。
「官名詐称と信用毀損並びに、公務執行妨害。あなた方四人、県警本部へ連行させていただきます」
旗色が悪いと察したのか、意気揚々だった石原、菊池、秋葉はエアーガンを構えながら後ろに引いた。
じりじり嫌らしく詰め寄り、すぐに彼らを確保出来るよう、刑事たちはメンバーを取り囲み始める。
「おう待たんかい」
しかし矢部だけは動かない。ジッと、軽蔑を込めた眼差しで県警刑事らを睨め上げた。その顔はいつになく、シリアスだ。
「お前ら知っとるか?……偽者かどうかってのはなぁ。警察手帳で決められるもんやないんや」
「……いや、決められるものだろ」
思わず山田がツッコむが矢部は無視する。
「刑事っちゅうのは、警察手帳が全てやない……行動や、行動が全てなんや」
「何ですって……?」
「どれほどキャリアで、どんっだけ媚び売って出世したところで……行動をした事無きゃなぁ?……それは刑事やないねん」
「はぁ?」
「んで、その行動っちゅーもんは……ただ仕事をこなす事だけちゃう。その仕事に、信念と正義の心を持って挑めたかどうかが重要なんや」
矢部の熱弁に再び、県警たちは押される。
刑事としての信念を語る彼の姿は、公安メンバーらの目頭を熱くさせた。
「兄ィ……!」
「矢部さん……!」
「前が見えねぇ」
部下たちの熱い視線を受けて一瞬口元を綻ばせ、矢部は続けた。
「……今からそれを、お前らに見せたる」
その発言に慄き、大高は身構える。合わせて背後の部下たちも様々なバレエポーズを決め、戦闘態勢に入った。
それらを前にしても一切臆する様子を見せずに、矢部は立ち振る舞う。
「……これがワシの──」
顎を引き、燃える目付きで県警刑事らを見据える。
「──行動や」
闘争心を放ちながら、腕を突き出した。
クルッと、踵を返し、そのまま全力疾走で逃走開始。公安メンバーも彼の後に続き、両手両足を振るって大股で逃げる。
「ちょっ!? お、おい矢部!?」
「逃すなッ!! エレガントに追えーーッ!!」
大高の命令が叫ばれたと同時に、県警刑事らは飛んだり跳ねたり、ピルエットを決めたり爪先だけで走りながら、華麗に矢部たちの後を追った。
公安組と追手たち共に角を曲がって行き、もうもうと立つ埃を残して彼らは見えなくなる。
「あんの駄目刑事……!」
「う、うぅ……山田さん、どうしましたか……?」
「あ、やっと立ち直った……」
ずっと廊下の隅でメソメソしていた富竹が、まだ酷い泣き顔のまま山田に寄る。
その横で大高が隣で気を落ち着ける為に深呼吸をし、眼鏡の位置を直してから、今度は二人に声を掛けた。
「あなた方も他人事ではありませんよ。先ほど発生した鬼隠しの第一発見者並びに被疑者として、県警本部への同行を願います」
「…………」
廊下に散らばったBB弾を部下たちが箒とチリ取りで掃除し、綺麗になった後で大高は二人の方へ歩み寄る。
「勿論、令状はまだなのでこれは任意ですが……既に裁判所にも話は通っております。逮捕状が出る前に付いて来た方が、後々面倒な事にならないかと」
「…………おかしい」
「はい?」
刑事らの威圧を跳ね除けるように、山田は大高を睨み返して言う。
「鬼隠しが起こるまで何もしていないのに、その後の事はとんとんで進んでいる……まるで、事件が起こる事を見越していたような……」
「はっはっは……何を仰いますのやら……」
小馬鹿にするような乾いた笑いを、大高はあげる。
「警察庁刑事局からの命令です。そんな上手くタイミングが合う訳ないでしょう……それとも、この許可証を偽造とでも?」
部下が警察庁の許可証を再び広げ、山田の顔にくっ付くほど近付けて読ませる。
「近いわっ!」
「さて、今は一秒でも時間が惜しい。同行されるのでしたら早いところ決めてください……あぁ、あと──」
大高の視線が、山田から富竹の方へ移る。
その目は嫌らしく、そして怪しく輝いていた。
「……富竹ジロウさん、あなたの事は聞いております。出身、経歴……『所属と正体』まで」
「……っ!?」
泣き面だった富竹の表情が固まり、色を失う。
凝然と大高を見やるその目ばかりが、戦慄に揺らめいていた。
「……まさか、お前たち……そんな……ッ……!?」
「……と、富竹さん?」
あまりの豹変ぶりに驚く山田だが、問い詰める暇は与えられなかった。
部下を控えさせた大高が彼女らに詰め寄って来たからだ。
「さぁ……」
不敵な笑みを浮かべ、爛々とした目で、彼は迫る。
「ご同行を……」
部下たちの視線と執念も含めて、とてつもない圧力だ。
「……願えますか?」
「……駄目です、山田さん……!」
富竹の忠告も虚しく、その圧力に耐え切れず山田は、大高に屈服したかのように俯いた。
すぐに顔を上げたかと思うと、明後日の方向を指差し叫ぶ。
「あっ!? シン・ウルトラマン!?」
「シン・ウルトラマンですって!?」
一斉に大高や刑事らは、その指差した先を向く。注意が逸れた。
その隙に山田は行動を起こす。
「今だ! 富竹さんっ!!」
「は、はいっ!!」
「「シュワーーッ!!!!」」
グングンとズームアップするかのように飛び上がり、二人は颯爽と逃げた。
大高らが気付いた頃にはもう遅い。
「あッ!? クソッ! 一度ならず二度までも……ッ!! ブリリアントに追えーーーーッ!!!!」
彼の命令を受け、残りの刑事らがバレエ・ステップで追い掛ける。
すっかり廊下には、息を荒げた大高しかいなくなる。
そのタイミングで血相を変えてやって来た者は、大石だった。
「大高くん!? どう言う事ですかぁ!?」
「大高『くん』と呼ぶなぁーーッ!!」
「っ!?」
声を荒げる彼に驚き、思わず足を止める大石。
再び大高は深呼吸で気持ちを落ち着け、「失礼」と謝罪した後に、元の口調で話しかけた。
「……これはこれは、ご無沙汰しています大石さん」
「話は聞きました! 鬼隠しの捜査主導をなぜ県警が!?」
「偉大な警察庁様もやっと分かったのでしょう。過去三度、そして四度目さえも防げなかった興宮署にはもう任せられないと」
「こんなの認められませんッ!!」
「既に署長も裁判所も了承済みです」
「明らかな越権行為ですよ!?」
鬼気迫る表情で問い詰める大石だが、大高はどこ吹く風と言った様子。
「それより大石さん。得体の知れない連中を、裏付けも取らずに刑事と認めて捜査に協力させたその失態……どう落とし前を付けられるのですか?」
「何ですって……!?」
「アレは偽者の刑事でした」
「だが、鬼隠しの情報を握っていたではありませんか!? 刑事としての経験もあったし……!!」
わざとらしい溜め息を一つ。
「警視庁とも赤坂氏とも関係はありませんでした、これは事実です」
「そんなぁ……!?」
「あなたの処遇をすぐさま決めたいところですが……まぁ、保留としましょう」
立ち尽くす大石を横切り、立ち去ろうとする大高。その際にポンッと、彼の肩に手を置き、嫌味な声音で囁いた。
「……亡くなられたご友人の仇を討ちたいのでしたら、これから私に貢献をしてください」
「……ッ……!」
「……分かりましたか? 大石『くん』」
怒気を纏って振り返る大石だったが、既に大高は高笑いをあげて廊下の奥へ。
すぐに追い掛け、投げ飛ばしてやりたかった。その思いを何とか、両手の拳を爪が食い込むほど握り締めて耐える。
「……ど、どうなっていやがるんだ……ッ!?」
今の彼には困惑を言葉にして吐くしか、出来る事はなかった。
シュワっと逃げた山田と富竹は、興宮署の玄関口を抜けて道路へ走る。
丁度良い時にタクシーがやって来たので、必死に停めて乗り込む。そのまま急いで運転手に富竹は叫ぶ。
「し、鹿骨市へ! とりあえず! 早くッ!!」
二人を乗せたタクシーが走り出す。
興宮署が小さくなって行き、二人を見失った追手たちが道路上に散らばって慌てていた。
やっと山田は安堵の溜め息を吐いた。
「な、何だったんだあいつら……いきなり現れて!」
「山田さん……」
「めちゃくちゃエレガントだったし……!」
「エレガント……?」
窓の外を夜景が流れて行く。儚いその光を浴びながら山田は、富竹に聞く。
「……富竹さん。あの、大高って人……知っていたんですか?」
「……いえ。あの人は知りません……知りません、けど……」
膝へ目を落とし、考え込む様子の彼の顔は、被っている帽子の影が覆って見えない。
ただ事ではない大高の言葉への反応と、思い詰めたような様子。誰が見ても富竹に関係があると察せられるだろう。
重苦しい空気が満ちる車内。山田は意を決し、富竹に聞いた。
「……あなた、本当に……カメラマンなんですか?」
「…………それは……」
「この際だから言いますけど、私も上田さんも、雛見沢症候群について入江さんから聞いてました」
「……え?」
「鷹野さんが研究の第一人者だって事も……あなたも彼女たちの、関係者なんですか?」
やっと顔を上げた富竹の表情は、相変わらず蒼褪めた顔色だ。
動揺で震えた唇で、恐る恐る彼は聞く。
「……山田さん、あなた……『東京』の人間、なんですか?」
山田は顔を顰めた。
「……東京? は、はぁ……確かに東京の人間ですけど……」
「やっぱりそうだったんですね……全く。そうならそうと、初対面の時に言ってくだされば……」
「は?」
納得したように頷く富竹だが、山田は相変わらず困惑しっ放しだ。
「え? 言ってませんでしたっけ?」
「……え!? 言ってました!?」
「言ったと思いますけど……」
「マジか……え? 言ってました? ホントに?」
「はい……まぁ、厳密に言えば私は違いますけど……」
「違うんですか!? なら……ど、どこの所属ですか!?」
「しょ、所属? ええと……長野……?」
「長野!? そんな辺鄙な所に支部があったのか……!?」
「あぁでも、沖縄なのかな?」
「沖縄!?」
「まぁ、沖縄の方は滅んじゃったもんなぁ」
「滅んだ!?」
話が噛み合わないなと気付いた富竹。やっとその原因に思考が辿り着く。
「…………あ。東京住まいって意味じゃないです」
「は?」
「あぁ、もう……ややこしいんだよこの名前……!」
頭をワシワシと掻き回し、苛つきを見せる富竹。
何が何やら分からない山田は困惑気味に首を捻り、更に問いかける。
「その、東京は……何の意味なんですか?」
「………………」
「……富竹さん!」
追求する彼女を前に、もう隠し通せは出来ないと踏んだのか、諦めたように顔を手で撫で付けた後、ゆっくり山田と目を合わせる。
決意を固め切った、それでもって柔らかな眼差しをしていた。
「……分かりました。全てお話します」
「…………」
静聴に徹する山田は、いつになく真剣な顔付きだ。
少しだけ間を置き、言葉を纏めてから、富竹は口を開く。
「……それは──」
途端、タクシーが急停車。
ガクンと二人の身体が前のめりになり、会話が中断される。
「うわっち!? な、なに!? 何で急ブレーキするんだ!?」
運転手に猛抗議をする山田だが、振り向いた彼の冷え切って据わった瞳を見て、息を呑んだ。
まずは運転手の男は、タクシーの後部座席のドアを開いた。
「……降りな」
そう二人に命じると、彼は先に降車。
まずは当惑気味にお互い目を合わせ、そして言われたままにタクシーを降りた。
そこは町外れの暗い、不気味な道路。
降車した山田はまず、先に降りた運転手を探そうと辺りを見渡した。
「……う、運転手さん? 一体なに──」
後ろ首を、何者かに当て身され、山田は気を失う。
その様を見ていた富竹。
「恐ろしく速い手刀……! 僕じゃなきゃ見逃しウグッ!?」
富竹にも手刀が首に入れられ、そのまま気絶してしまう。