TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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時遭し

 びっしりと草を貼り付けた、自作のギリースーツに身を包む謎の三人組。

 山の中でもぞもぞ動きながら、たまに顔を上げては辺りを警戒していた。

 

 

「……矢部さぁん……深夜にどこか行ったっきり、帰って来ませんねぇ〜……」

 

 

 まず声をあげたのは、秋葉。顔に黒いペイントを塗り、完全に野戦スタイルだ。

 次に隣にいた二人目も話し出す。

 

 

「もしかしたら兄ぃ、捕まってもうたんじゃないかのぉ!?」

 

 

 石原だ。彼は目元を黒く塗り潰している。

 次に、そのまた隣にいた三人目が静かに語り出す。

 

 

「……『筋肉』は信用出来ない……」

 

「キクちゃん、キャラ変わったのぉ?」

 

「私はこっちだぞ!」

 

 

 木の影から現れた菊池が、石原の隣にいた三人目を蹴飛ばして帰らせる。菊池が出て来た木には、『警…視゛庁♡♡………公安…♡…っ部♡♡♡゛!緊♡…♡…急♡………っ捜♡…♡゛査♡っ本♡♡♡♡部♡゛』と書かれた看板が掛けられていた。

 

 

「なんだアイツ!?」

 

「ジョンガリ・Aですねッ!!」

 

「全く……あー最悪だッ! この僕が野宿なんて一生の恥だッ!! 蚊に刺されまくりだしッ!」

 

「仕方ないですよぉ〜。僕ら、お尋ね者も同然ですからね〜」

 

「ほうじゃ!」

 

 

 石原が続ける。

 

 

「ワシら、こんの時代じゃ警察に仲間おらんからのぉ! ワンナイカーニバルじゃけぇ!」

 

「ワンマンアーミーじゃないですかねぇ〜?」

 

「じゃけん、大石ちゃんみたいに、ワシらの話信じてくれるモンがおったらえぇんじゃがのぉ?」

 

 

 彼の話に対し、菊池は小馬鹿にしたような鼻笑いをする。

 

 

「そんな都合の良い人間なんぞ、今となってはそうそういる訳がないだろ?」

 

「まぁ、そうですよねぇ?」

 

「そうなんだぞ」

 

「それより矢部さんは?」

 

 

 秋葉が彼の名を言った途端、草を踏む誰かの足音が辺りに響き出す。

 咄嗟に地面に伏せ、身を隠す三人。暫くして足音の主が、三人がいる斜面の下の道に現れる。白衣を着た男だった。

 

 

「病院の先生じゃ!」

 

「なんで山に病院の先生がいるのだね?」

 

「アレ? でもなんかぁ〜……矢部さんに似てません?」

 

 

 秋葉の指摘を聞いて、背を乗り出し良く良く観察してみるものの、丁度背中を向けているので顔が判別出来ない。

 

 

「兄ィかのお?」

 

「矢部くんはあんな賢い見た目してないだろ」

 

「じゃあ矢部さんじゃないかぁ〜」

 

 

 その時一陣の風が吹き、白衣の男の頭上にあったモノを吹き飛ばした。

 

 

「あ、矢部さんだ」

 

 

 矢部だと確信した三人は即座に立ち上がり、彼の元へ駆け寄って胴上げをする。

 

 

 

 

 

 帰って来た矢部は白衣姿から元の格好に戻す。また飛んで行って消えてしまったモノに代わって、元々愛用していたパーマ状態のモノを使用した。

 

 

「ホンマ大変やったわぁ〜。えぇ? 警部補矢部謙三、大活躍やったでぇ?」

 

「何があったんですか矢部さん!?」

 

「一々説明すんのも面倒やから、ダイジェスト版でお送りするでぇ!」

 

「今はなろうとかで禁止されてる奴じゃないですかぁ〜!?」

 

 

 深夜に山田と再会した矢部。そこで彼は彼女から、秘密結社「東京」と、その東京が研究支援をしていると言う風土病「雛見沢症候群」の存在を聞かされる。また、梨花の死と共に、村人を全員殺害すると言う東京のマニュアルがある事も知る。

 

 東京の手が興宮まで伸びている現状、昨夜の鬼隠しで発見された死体が隠滅させられる事を恐れた二人は、変装をして病院に潜入。見事、死体の写真や情報を得る事が出来た。

 

 

 しかし梨花殺しと、ましてや鬼隠しの犯人はまだ分かっていない。果たして未来人・矢部 謙三は、国さえ関わっているこの難事件をツルっと解決出来るのか!?

 

 

 

「と言う訳や!」

 

「情報量が多いな!……となると、今年起きるハズだったカメラマンの死、そして竜宮礼奈の凶行は雛見沢症候群によるものと言う事か……」

 

「物分かりだけは早いな菊池」

 

「それでッ! 病院で手に入れたって写真は!?」

 

 

 菊池にせっつかれ、矢部は写真屋ですぐに現像して貰った遺体写真を彼に渡す。

 

 

「ほれ写真や。写真屋のおっちゃん、ごっつ震えとったでぇ」

 

「おぉ!! 死体の写真だーーッ!? うひょひょひょひょッ!! 惨殺死体だぁぁ〜〜〜〜!?!?」

 

「こいつホンマに死体好きよな」

 

「ところで兄ィ!」

 

 

 死体写真に興奮する菊池を置いておき、ギリースーツを鳥のようにはためかせて遊んでいた石原が尋ねて来る。

 

 

「兄ィ、この時代に警視庁の知り合いとかおらんのかのぉ?」

 

「あぁ? 何言うとんねん! この時代ワシまだ交番勤務やでぇ? おらへんに来まっとるやん!」

 

「おらんかぁ〜!」

 

「つーか何で、知り合いおるか聞くねん?」

 

 

 秋葉が代わりに説明してやる。

 

 

「ほら、現状僕ら、頼れる相手ほぼいないじゃないですか」

 

「『国立無念』って奴やな」

 

「『孤立無援』ですよ〜。エルメスみたいな間違いしないでくださいよ!」

 

「それに兄ィの話聞いとったら、『東京』って大きい組織も関わっとるんじゃろ!? ワシらだけじゃ非っ常にキビシーッ!……じゃないかのぉ!?」

 

 

 石原の意見を聞き、「その通りだ」と矢部も秋葉も深く頷く。菊池は死体写真を見ながら、ジョンガリ・Aと踊っている。

 相手は証拠の握り潰しもお手のものな、巨大勢力。もし梨花殺しや鬼隠しに全面的に関わっているとすれば、矢部一行や山田らだけでは太刀打ち出来ないだろう。誰か強力な助っ人がいなければ。

 

 

「なるほどなぁ……ここはいっちょ、『死中にガッツ石松』を求めなアカンな!」

 

「『死中に活』です矢部さん! またエルメスになってるー!」

 

「ほんで、ワシらの話信じてくれるような奴おるんか?」

 

 

 そこで秋葉が思い出したかのように意見する。

 

 

「赤坂さんとかどうでしょう?」

 

「ガッツやなくて?」

 

「ガッツ石松に求めても仕方ないですよぉ〜……ええと、赤坂さんなら、その古田梨花ちゃんに予言を受けていましたし、信じてくれるんじゃないですかね?」

 

「あー! 確かそやったなぁ!『福山雅治』やな!」

 

「????…………あ!『伏線回収』ですね! 全然合ってないし!」

 

 

 確かに赤坂であれば、この時代に於いても矢部らの話を信じてくれる可能性はあるだろう。だが、問題がある。

 

 

「んで。この時代の、赤坂警視総監の電話番号知っとるんか?」

 

「ワシは知らんけぇ!」

 

「僕もっす」

 

「知らんのかい」

 

 

 活路が見えたものの、また途絶えてしまった。困った顔で頭を掻き、どうしようか考え込む矢部だったが、ふと何か思い出したようで、ポケットから財布を取り出した。

 

 更にその財布を開いて出した物は、一枚のメモ用紙──それは雛見沢に向かう前に赤坂本人から貰った、彼の電話番号が書かれた物だ。

 

 

「……これにかけてみる?」

 

「いやいやいや無理ですって。この時代から何十年後の電話番号だと思ってるんですか?」

 

「繋がったら警視総監、昔の電話番号教えた言う事なるのぉ! ポンコツもエェところじゃ!」

 

 

 難色を示す秋葉と石原だが、矢部はなりふり構わず反対を押し切る。

 

 

「ミラクル起きるかもしれんがなぁ! よぉ言うやろ!?『旅人に一番必要なのは、最後まであがいた後に自分を助けてくれるもの、それは運や』て!」

 

「それキノの名言ーっ! 良くは言われないかなー!?」

 

「どーせワシらに残っとるんはコレだけやねんな! 試すだけならエェやろ?」

 

 

 そう言って矢部は公衆電話を探しに歩き出し、続けておずおずと石原と秋葉も続く。菊池も暫くして置いて行かれている事に気付き、急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花と山田は場所を変え、拝殿の前で話す事になった。

 

 

「話ってなんなのですか?」

 

「え、ええと……」

 

 

 言いづらい内容のようで、少し後悔したような具合で口ごもる。何やら小さく呟いているものの、忙しなく鳴る蝉の声が全部掻き消してしまった。

 

 ふと、彼女の目が太陽の方へ向く。

 照りつける太陽は西陽で、遠くの空は橙色になりつつあり、夕方の予兆を見せていた。その前にその前にと、山田は焦りを微か表情に浮かべながら、意を決して話し始めた。

 

 

「…………変な質問ですけど……」

 

「構わないのですよ」

 

「……もし、もしですよ? この時代で、自分の父親に……未来で起こる死の事を教えたら……ど、どうなりますかね?」

 

 

 その質問をした後にちらりと梨花を見る。案の定、彼女はポカンとしていた。

 

 

「あ、えと……む、昔見たドラマの話です! なんかこう、ふと思い出しちゃったと言いますか!?」

 

「…………山田のお父さんは、近い将来死ぬのですか?」

 

 

 誤魔化しも虚しく梨花に看破されてしまい、山田は間違い申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「なるほどなるほど……山田のお父さんは、どんな人なのです?」

 

「ど、どんな人って……この時代だったら、本当に有名なマジシャンです。山田剛三って人で……」

 

「……!」

 

 

 その名を聞いて一瞬、梨花は驚き顔となる。だがそれが山田に気付かれる前に、何とか取り繕った。

 

 

「…………テレビで観たかもしれないのです。あ! 山田がマジシャンなのは、お父さんの影響ですか?」

 

「え、えぇ……まぁ……」

 

 

 時間の超越について知っている梨花なら何か分かるだろうかと期待して、山田は質問した次第だ。何か知っているのだろうかと不安に思った時、梨花は少し唸った後に口を開いた。

 

 

 

 

「……山田は、上田とどうやって出会ったのです?」

 

 

 次に彼女の口から飛び出したのは質問への回答ではなく、上田との馴れ初めについての尋ね。完全に予想外だったので、当惑したように山田は顔を顰めた。

 

 

「う、上田さんとの出会い? なんでそんな……」

 

「大事な事なのですよ。少なくとも、山田のお父さんのお話をするには」

 

「…………」

 

 

 そう言われると断る訳にはいかない。

 山田はふと空を見上げ、何とか上田との出会いを思い出そうとする。

 

 

「…………ええと、あれは二◯◯◯年の夏……私が、マジックショーの舞台をクビになっ──クビじゃなくてリストラですね。実力も人気もあったんですけど、仕方なく辞める事になりましてね? 仕方なくです」

 

「それで?」

 

「ええと……ちょっとお金に困ってた時に、上田さんが出していた雑誌の広告を教えて貰ったんです。超能力を目の前で実践して、自分が見破れなかったら賞金を出すみたいな感じの……」

 

「上田にそんな事出来る訳ないのです」

 

「その通りです。実際あいつ、私にコロっと騙されてやがりました。えへへへへへ!!」

 

 

 変な笑い声をあげてから、気を取り直すように咳き込んで続ける。

 

 

「……んまぁ、実はそれは一次試験とかで……本当は学長の娘さんが変な宗教団体にハマっているから、率いている霊能力者のインチキを暴いて、目を覚させて、それで連れ戻してくれってんで……私に同行するよう言って来まして……」

 

「解決したのです?」

 

「……えぇ。まぁ、解決ぅ……し、たのぉ〜か、な?……一応」

 

 

 その時の事は既に思い出している。そして思い出すほど、苦しい記憶だ。

 

 結局、その学長の娘は殺され、霊能力者のインチキを暴いても信者たちは目を覚まさず、しかもその霊能力者は毒を飲んで自殺。自分たちの身は守れたものの、幕切れとしては最悪な事件だった。

 

 

「山田が使えるって思った上田が、それからも言い寄って来た訳なのです?」

 

「その通りです。あいつホント、あの手この手で私を引き摺り出してからに……」

 

「なるほどなるほどなのです」

 

「……それで。上田さんと私の出会いが、どうしたんですか?」

 

 

 梨花は何度も頷いた後、やや真剣な顔付きでやっと、最初の質問について答えてくれた。

 

 

「……山田のお父さんに未来の事を忠告すれば……死ぬ運命は、とても高い確率で回避出来ると思うのですよ」

 

 

 それを聞き、山田は目を丸くさせ、期待から微かに口元を上げた。

 すかさず梨花は「でも」と続けた。

 

 

 

 

「もしそうなった場合……上田との出会いも、高い確率でなかった事になるのですよ」

 

「……え?」

 

 

 期待の微笑みから一転し、唖然と口を開いたままになる山田。

 梨花は理由を述べて行く。

 

 

「山田のお父さんが生きた結果、山田はそのお父さんにマジックの技術を教わるのです。そうなれば、山田もお父さんを継いで、有名なマジシャンになれると思うのです」

 

 

 それを聞いた山田は息を呑む。実際、彼女が本格的にマジックを始めた頃には、父はもう亡くなっていたからだ。もし生きていたのなら彼に師事したかった思いもあった。

 

 

「……私が……父の、跡を……」

 

「でもそうなった山田は……上田の広告に興味を示すのですか?」

 

 

 示さないだろうと、山田は首を振る。マジシャンとして大成出来てしまったのなら、金の為に上田と会う動機もなくなる。

 

 

「山田がいない上田は、一人でその宗教団体に立ち向かって……もしかしたら殺されるかもしれないのです」

 

「……!」

 

「或いは山田に代わる人が出来るのかもしれない……そこは予想は付かないのですが、少なくとも上田の人生に、山田が関わる事はなくなるのです」

 

 

 更に梨花は、「そうなれば」と言って続ける。

 

 

 

「……今、『この場』に、山田はいなくなるのです。もしかしたら上田もいないのかもしれないのです」

 

 

 

 一瞬、蝉の声も鎮守の森のざわめきも、聞こえなくなったような気がした。

 山田は呆然と目を丸くさせ、ただ梨花の話の続きだけを待った。

 

 

「山田がここにいるのも、その時上田と出会ったからこそなのです。もしこの世界で未来を変えてしまったら……その未来から来た山田たちにも勿論、影響は出る……と、思うのです」

 

「…………え……?」

 

「ややこしい話なのですが……こればっかりはボクも想像するしかないのです。もしかしたら大丈夫なのかもしれないし、山田に代わる誰かが来た事になるかもしれないのです」

 

 

 梨花は腕を組み、眉を寄せてうんうんと考え込んでいる。タイムパラドックスほど考証が難しい事柄はないのだから、仕方ないだろう。

 その横で山田は狼狽え、目線を右往左往とさせながら、何とか言葉を絞り出した。

 

 

「…………私たちがこの村でやった事全部……な、無かった事になる……い、いや……それだけじゃなくて……」

 

 

 俯き、汗でじっとり濡れた自らの髪を触りながら、考え込む。

 

 

 

 

「…………上田さんと、会わない未来に……」

 

「あくまで可能性なのです」

 

 

 梨花は言う。

 

 

「ボクも想像付かない事をあれこれ決め付ける気はないのです」

 

「…………」

 

「分かって欲しいのは……一つの選択は、一つを捨てる事になる……と言う事なのです」

 

 

 それもそうだと、山田は納得する──いや、納得したのではなく、納得させた。今のこの状況で、軽はずみな行動を慎むべきだと思い直した。今さっきまで話していた事は忘れ、目の前の事に集中するべきだと、何度も心中で自らを言い聞かせる。

 

 

 しかしそれでも、蟠りと未練は消えない。父に抱く憧憬を捨てて忘れられるほど、山田の頭は合理的に出来ていない。

 

 

「…………」

 

 

 黙り込み、苦しそうな顔付きで俯く。そんな、深く迷いを滲ませる山田を一瞥し、少し目を伏せ、梨花はまた口を開いた。

 

 

 

「……行ってみたら良いのです」

 

 

 意外なその言葉を聞いた山田は、すぐに彼女の方を向いた。

 

 

「山田にとって、絶対にないハズのチャンスなのです。後悔のないよう、キチンと整理を付けるべきなのです」

 

「……止めないんですか?」

 

「みぃ、ボクは言ったのですよ。想像付かない事をあれこれ決め付ける気はない……だから止める気もないのです」

 

「で、でも、もしかしたら……き、今日までの事が全部……!」

 

 

 梨花はクスクスと、小さく笑う。

 

 

「山田たちは既に良くやってくれたのです。お陰でここまで……沙都子も、誰も、失わずに済んだのです」

 

「………………」

 

「ボクにとったら十分なのです。にぱーっ☆」

 

 

 いつもの溌剌とした、満面の笑顔を見せ付けた。

 山田にとっては背中を押して貰えたようなものだ。だがいざ押されてみれば、躊躇も出て来る。もしかしたら取り返しのつかない事になるかもしれない選択なだけに、慎重にもなる。

 

 

「……私は……」

 

「決めるのは山田なのです」

 

「………………」

 

 

 遠くでカラスが飛んだ。空は橙色に染まり始めた。

 渇いた夏の空気を思い切り、山田は吸い込む、それを全て吐き出した頃には──もう心を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は鳥居を潜り、階段を降りて行く。

 後ろでそんな彼女を見送る梨花。その目には、憂いが宿っている。

 

 

 

 

 

 行かせて良かったのか。

 

 

「……誰だってチャンスがあれば……未来を変えられる機会があれば、どうやったって掴みたいでしょ?」

 

 

 それは私たちだって同じだ。

 

 

「えぇ……でも……」

 

 

 でも?

 

 

「……山田たちを巻き込んだのは私たち。その償いって事で良いんじゃないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「どうなるのかは、僕にも分からないのですよ?」

 

 

──気が付けば梨花の隣に、藤色の髪を靡かせた、巫女装束の少女が立っていた。

 不安そうな眼差しで見るその少女に顔を向け、梨花は儚い微笑みを浮かべる。

 

 

「……山田の父親の名前……確か、興宮でマジックショーやってた人よね?」

 

「……はいなのです。一番初めの『カケラ』の時から……ずっと必ず、この日に来ていたのです」

 

「……まさかあのマジシャンの娘だなんてね。『山田』ってありきたりな名前だから、全然想像付かなかった」

 

 

 もう一度小さく笑うと、感慨深そうな声音で続ける。

 

 

「……不思議ね。『あなたが投げやりで選んだ人』が……件のマジシャンの娘だなんて?」

 

「…………」

 

「これこそ、『オヤシロ様』の思し召しって事なのかしら?」

 

 

 皮肉混じりな彼女の言葉。少女は少し困ったように俯いた。

 

 

「……あぅあぅ……イジワル言わないで欲しいのです……未来の僕がおかしかったのです……」

 

「ふふっ……」

 

 

 彼女の反応を面白がるように笑うと、スゥっとまた憂いを帯びた表情となる。

 

 

「……もしかしたら、彼女は来るべくしてこの村に……この時代に来たのかもしれない」

 

 

 蝉の声は消え、手水舎から流れる水のせせらぎだけが境内にこだまする。斜陽が鳥居に影を作り、それは二人のいる拝殿前と重なった。

 

 

「なら……その行く末をまずは見てみたいじゃない」

 

 

 東からそよ風が吹く。

 

 

「山田は始めるのか、終わらせるのか」

 

 

 風は強まる。梨花の髪とスカートが、花が開くようにふわりと靡く。

 

 

 

 

 

 

「……時が遭わした、その再会を」

 

 

 

 

 突風が吹き、木々が遠くから波立つように揺れる。

 境内を木の葉が舞い、水の音が搔き消え、風に驚いたカラスの声が響く。

 

 

 風は止み、また水の音が聞こえた。

 木の葉がふらりふらり、玉砂利の上に落ちて行く。

 

 

 

 鳥居の影が少しズレている。

 気が付けば梨花の隣にいた少女は、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牢屋の格子扉が開かれる。ずっと弔いスクワットをしていた上田と富竹は、その扉の方を向く。

 開けたのは、一人の黒服だった。

 

 

「…………」

 

「……ここから出ていいかなぁ〜〜?」

 

 

 スクワット途中の中腰姿勢で上田は聞く。

 黒服は腕を掲げ、「いいとも〜〜」と言った。

 

 

 

 上田らにとって半日ぶりの地上は、既に夕陽に差し掛かっていた。斜陽を浴びながら二人はタオルで汗を拭い、清々しげな表情で肩を組む。

 

 

「我がマイブラザー……次はあの、夕陽に向かって走りましょう。私たちの鷹野さんに捧げる為に……」

 

「えぇ、マイブラザー……僕の鷹野さんに捧げる為なら、何だってやり切ってみせますよ」

 

「私たちの鷹野さん」

 

「僕のミヨッ!!」

 

 

 園崎邸の庭でそう会話をしている二人の元に、魅音と詩音が揃って申し訳なさそうに現れる。

 

 

「上田先生ー! 富竹さーん! 本当にごめーん!!」

 

「私も園崎の人として謝罪します! ウチの鬼婆さんと愚妹(ぐまい)が本当にご迷惑をおかけ致しました!」

 

「愚妹なんて初めて聞いたよ!!」

 

 

 詩音も事情を聞かされたようで、魅音に合わせて頭を下げている。

 確かに半ば監禁されていたものの、園崎の複雑な事情は上田らも理解しているつもりだ。また、親と子ぐらい離れた歳の娘に頭を下げさせているこの絵面を想像し、やるせ無くなった二人は急いで魅音らを止める。

 

 

「いやいやいや全然、大丈夫だからなぁ? 寧ろ飯も布団も電話も用意されてたもんだから、ちょっと薄暗いビジネスホテルに泊まったようなモンだ!」

 

「そうだよ、大丈夫だから! こうやって上田先生と親睦も深められたし、何より僕の三四さんを失った悲しさと向き合えたし……」

 

「私たちの鷹野さんです」

 

「僕だけのミヨぉぉーーッ!!!!」

 

 

 恨まれていないと安心したのか、姉妹揃ってホッとした顔付きとなる。

 

 

「ありがとう上田先生に富竹さん! 本とか写真集出す時はバックアップするから!!」

 

「何だったらオネェをモデルに撮って良いよ富竹さん!!」

 

「え、ちょ、詩音?」

 

 

 ガヤガヤと騒がしい彼らの後ろより、もう一人が葛西を伴って現れた。

 

 

 

 

「あまり園崎の敷地で煩くしないどくれ。お魎さん、昨夜と今日で色々あったからもう休みたいってさ」

 

 

 そのもう一人とは、着物の喪服に身を包んだ茜だ。腕にはラッピング用紙に包まれた花が抱えられていた。

 上田は彼女にボコボコにされたトラウマが未だ消えないようで、へっぴり腰で身構えている。一方の富竹は彼女とは初対面なのか、おずおずといった具合で頭を下げていた。

 

 

「は、初めまして……」

 

「あぁ……あんたかい。この時期になると村に来るって言う写真家ってのは。災難だったねぇ……お詫びと言っちゃなんだが、葛西をモデルに撮ってやっとくれ」

 

 

 葛西は茜を二度見する。冗談かと思ったが、茜は本気だと言う顔をしていた。

 

 

「お母さん、もう準備出来た?」

 

 

 魅音がそう聞くと、茜は頷く。

 

 

「香典も用意したさ。ほれ、あんたらも喪服に着替えて来な」

 

「誰かのお葬式なんですか?」

 

 

 上田がそう尋ねると、彼女はまた頷き、誰の葬式に行くのかを教えてくれた。

 

 

「竜宮さん所さ」

 

「え?……あぁ、礼奈ちゃんのお父さんの……今夜やるんですね」

 

「娘らの友達の親以前に、殺したのはウチの従業員だからねぇ……」

 

「裏切り者だったじゃないですか」

 

「だとしても従業員は従業員だ。お詫びをしなきゃぁ、筋が通らんよ」

 

 

 そう言ってから葛西に目配せし、車の手配をさせる。

 

 

「先生も乗ってくかい? あんたも参列するだろ?」

 

「……えぇ、勿論……富竹さんはどうしますか?」

 

「僕も参列しますよ……レナちゃんもかわいそうに……」

 

 

 魅音と詩音は着替えの為に一度屋敷に戻り、富竹も葛西に続いて先に門の方へ行く。

 上田もその葛西らに続こうとした時、後ろから茜に尋ねられる。

 

 

「あの、山田ってのは?」

 

「山田? あいつはとっくに出ているハズですがねぇ……」

 

 

「まぁ」と言い、楽観的に話す。

 

 

「あいつも、今頃竜宮さん所に行ってるでしょう。一人で料理も出来ない奴だから、精進料理にありつこうとか考えているハズですよ!」

 

 

 肩を竦めて、鼻で笑い飛ばす。

 もう遠くの空は、暗くなりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰るまで暇になり、何となく街を散歩していた。

 街灯がぽつぽつと照り出し、家々の明かりが目立ち始める。車のヘッドライトに照らされ、それが通り過ぎるとまた薄暗がりに浸った。

 

 

 彼はこう言った出先の街を歩くのが好きだ。

 時間と共に姿を変えて流れる街の風情を見ながら、革靴を軽やかに鳴らして歩く。

 

 

「良い街だなぁ。向こうの村では祭りもあったそうだし、里見と奈緒子も来年連れて来てやろうかな?」

 

 

 そう楽し気に呟きながら、自分が宿泊していたホテルの前まで来る。

 帰りのバスが来るまでゆっくりしようかと、ロビーに入る為に扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの!」

 

 

 背後から声をかけられる。緊張しているのか、上擦った呼び声だった。

 誰だろうかと振り返ると、そこには一人、大きなバッグを持った女が立っていた。

 

 

「……君は?」

 

 

 男が尋ねると、彼女は少し躊躇したように唇を噛んでかは、やはり緊張した面持ちで口を開く。

 

 

「……こんばんは。は、初め、まして……」

 

 

 挨拶をし、深々とお辞儀をする。合わせて彼も、不思議そうな面持ちながらも会釈をした。

 次に顔を上げた彼女の表情は、どこか泣き出しそうにも見える。

 

 それでも気丈に表情を繕い、深い呼吸の後で彼の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「……山田、剛三……先生」

 

 

 彼女──奈緒子は、少し覚束ない笑顔を見せた。

 眼前にいるマジシャン──剛三に。


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