TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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6月10日金曜日 指導者は霊能力者 その1
雛じぇね


 眩しい朝陽が障子の紙を通過する。その光を浴び、山田は目を覚ました。

 

 

「……フガッ?」

 

 

 枕と足元が反転し、片足が障子をぶち破っていた。

 

 

 

 山田に当てられた別宅は、小さな一軒家だ。

 森へ足を踏み入れたかけたような場所にある、一階建ての2LDKでテレビと冷蔵庫はあるが、エアコンはない。扇風機は、座敷の奥から引っ張り出した物を使用している。

 

 

 一見すれば不便だが、ここより不便な所に住んでいた山田にとって天国だ。

 

 

「えーっと、牛乳牛乳……」

 

 

 来る前に魅音は幾つか食料をくれた。

 山田は朝、スッキリした覚醒の為に牛乳を飲む。

 

 

「卵と牛乳に……」

 

 

 グラスに注いだ牛乳に、卵を入れる。

 

 

「……醤油を注ぎまして」

 

 

 醤油をトクトク注ぐ。

 白い牛乳は一瞬にして胡桃色となる。

 

 

「掻き混ぜて……レモン果汁をアクセントに……」

 

 

 山田特製、ミルクセーキの完成。

 それをグッと飲み、満足そうな笑みでプハーッと息を吐く。

 

 

「いやぁ〜快適快適! 夜は『遠山の金さん』が生で見れたし! もうここに住みた〜い!」

 

 

 上田の事をすっかり忘れ、大きく伸びをしながら時計を見遣る。

 朝の八時手前。今は扇風機をつけていないが、それでもまだ快適な程度には涼しい。

 

 

 部屋には、汚されたダウンが吊るされている。洗濯機があったので使わせて貰った。

 

 

「雛見沢村……なんて良い所なんだ……空気は美味いし、うるさい大家はいないし!」

 

 

 そう言った瞬間、家の前をドタドタと騒々しさが飛び込んで来た。

 折角の気分の良い朝なのにと、山田は一気に不機嫌顔。

 

 

「……なんだよこんな朝っぱらから……」

 

 

 カーテンを開け、外を確認する。

 数人の村人がどこかへ向かって走って行った。

 

 

 その内の一人の掲げていた旗を見て、山田は自分の仕事を思い出す。

 

 

 

 

 

『雛見沢じぇねれ〜しょんず・ほえば〜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章 指導者は霊能力者

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻の上田も起床。

 昨夜の詫びも兼ねて、梨花と沙都子の為に朝食まで作っていた。

 

 

「グッドモーニン! 冷蔵庫の物を勝手に使わせていただいたぜ!」

 

「おはようございます……あら、上田先生が!?」

 

 

 卓上には味噌汁とご飯、おかずはシャケの塩焼き、ほうれん草のおひたし。居間に入って早々、そんな豪勢な朝ご飯を目の当たりにして沙都子は嬉しそうだ。

 

 

「オーソドックスだが、朝はこんくらいで良いだろう。知り合いの刑事が料理好きでな? ちょこちょこ教えて貰ったんだ」

 

「やっと上田先生にも使える所が出来ましたわね!」

 

「人を道具みたいに言いやがって……おい。古手梨花は?」

 

「あの子、いつも一人で起きられた試しが無いんですから……梨花ーっ! 起きてくださいましーっ!!」

 

 

 沙都子は二階へ、梨花を起こしに上がる。

 腹が減っていた上田は先に食べてしまおうかと、キチンと手を合わせて朝食にありつけた。

 

 

 

 途端に誰かの怒号が聞こえた。高台の神社まで響くほどの大声だ。

 

 

 

 

「ダムの責任者と口論やそうじゃ!!」

 

「罰当たりな事しよる!『我が魔王女』に叶う訳ないだろ!!」

 

「八時だよ! 全員集合!!」

 

「馬鹿っ! まだ七時だ!」

 

 

 

 

 折角の朝を、ほんの少し邪魔されて上田は眉を潜める。

 

 

「……なんだ? こんな朝っぱらから……」

 

 

 呆れながらも興味を持った上田は、朝食を食べたら見に行ってみようと決めた。

 

 

「昼からは『哲!この部屋』……確かこの日は、伝説の『ドタキャン事件』回だったなぁ……!」

 

 

 過去の世界で見る長寿番組は、彼にとって実質リバイバル放送だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前原圭一は、今日はやけに目覚めが良かった。

 しかし気分は全く乗らない。死人のように通学路を行く。

 

 

「…………罰ゲーム……」

 

 

 昨日のジジ抜きの罰ゲームが、今日の放課後に行われる。

 何をされるのか憂鬱になり、機嫌の良い目覚めがいらないお世話のようにも思えて来た。

 

 

「………………」

 

 

 また、彼の心の中には、一つの蟠りもある。

 昨日の帰り際に見せた、魅音とレナの不自然な言動。

 

 何かを隠されていると圭一は気になり、ふと想起してはそればかり考えるようになってしまった。

  

 

 

 

「……この村。何かあんのか?」

 

 

 気になり、知りたくなって来てしまった圭一。

 だがそれは、目の前を通り過ぎ行く連中に気を取られて消える。

 

 

 

 

「……雛じぇね……」

 

 

 また何か問題でも起きたんだろうと、さほど注目しないようにはした。

 だがそのすぐ後ろを付いて行く、見覚えのある人物。

 

 

 

 

 

「山田さん?」

 

 

 考えを改め、何かあるなと踏んで圭一は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の雛見沢じぇねれ〜しょんずは、ダム工事現場前に続々集結している。

 騒ぎを聞きつけた山田が彼らの後に付いて行き、様子を伺う。

 

 

「なになに?」

 

 

 山田は雛じぇねが張ったであろう、一際大きな横断幕を見やる。

 

 

『雛見沢じぇねれ〜しょんず・ほえば〜』

 

『ダムはムダムダ』

 

『戦わなければ生き残れない』

 

『祝え! 新たなる指導者の誕生を!』

 

 

「……なんて言うか、拗らせてんなぁ……」

 

 

 細心の注意を払いながら、山田も工事現場前まで行く。

 そこには多くの人間の集団が出来ており、その最前列より幾多も飛ばされた怒号が、後方の山田の方まで重なって響いた。

 

 

 

「なぁ〜にがオヤシロ様の遣いよっ! 恥を知りなさいっ!!」

 

「貴様ぁッ!! 我が魔王女に何たる口の聞き方やッ!!」

 

「単なるペテンでしょっ!?」

 

「うっさいわタワケェッ!! 村をダムにするなんざ許さんぞッ!! 絶対ッ!!」

 

 

 怒号が響く中、人混みを掻き分けて前へ前へと進む山田。

 そんな彼女の腕を掴んで引き止めたのは、見覚えのある人物だった。

 

 

「うぉ!? なんですか一体……圭一さん!?」

 

「や、やっぱり山田さんだ……! あの、ここは危ないですって!! 関わるのはマズイですよ!」

 

「仕事なんですよ! 雛じぇねの指導者の、インチキを暴くんですよ!!」

 

 

 

 山田がそう叫んだ瞬間、場はいきなり静まり返った。

 空気の変化に驚き辺りを見渡すと、山田と圭一の二人を、敵意の篭った目で睨む雛じぇね構成員らが包囲していた。

 

 

 

 これが法廷に立たされた被疑者の気分、なのだろうか。

 山田と圭一は夏場なのに冷や汗と鳥肌が止まらない。必死に圭一ははぐらかそうと言い訳をする。

 

 

「……い、インチキってのは、あの……い、良いチキンって意味っす!! この人と唐揚げの話してまして!! ねっ!? 山田さん!」

 

「え? ファ、ファミチキ好きなんです!」

 

「ファミチキってなんすか?」

 

 

 誤魔化そうとする圭一と山田だが、最前列から聞こえて来た良く通る女の声に注意が向く。

 

 

 

 

 

 

「ア〜タクシが、インチキと?」

 

 

 群衆が割れ、声の主に道を開ける。

 その先にいたのはピンク一色の服と、同色の大きなツバのハットを被った、小太りで貫禄のある豪華な服装の女だった。

 

 

 

 

「そう……仰いましたわよねぇ?」

 

 

 ハットにはデカデカと「シドウシャ」と片仮名が貼られ、分厚い化粧とキツイ香水の匂いが図太さと嫌みさを感じさせる。はっきり言って、山田の嫌いなタイプだ。

 

 

 この人物が、鬼ヶ淵連合・雛見沢じぇねれ〜しょんずの現指導者「ジオ・ウエキ」だ。

 

 

 

「………………」

 

「あ、あの……それは言葉の綾って言うんすか何と言うか」

 

「……ええ。言いました」

 

「……山田さん!?」

 

 

 山田は凛とした物言いと気概で、一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 囲んでいる構成員の凄みの効いた目に慄き、やっぱ一歩後戻りする。

 

 

「啖呵切ったなら行ってくださいよ……!」

 

「いや怖いですってコレは!」

 

「だから出ようと言ったのに……!」

 

 

 山田も圭一も後悔を滲ませた所で、ジオ・ウエキは突然、指をパチっと鳴らした。

 途端に二人の後ろを囲っていた者たちが前進し、二人を無理やり彼女の前へ押し込んだ。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょ!? 俺も!?」

 

「痛い痛い痛い! 髪を引っ張るなっ!!」

 

 

 近付けば漂う、香水の強い匂い。

 ジオ・ウエキは二人を眼前に据えると、べっとり口紅が塗りたくられた唇を釣り上げた。

 

 

 

「アタ〜クシは、本物ですのよ?」

 

 

 

 背後を構成員らで固められてしまった。

 もう逃げられないと、山田も圭一も腹を括る。

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、構成員が材料の搬入を妨害したと言う現場監督らの主張からだった。

 そしてそのまま口論となり、一触即発の状態の中で、ジオ・ウエキが登場し仲裁していたそうだ。

 

 しかし監督らが怒り余ってジオ・ウエキを「ペテン師」と罵り、それに対して雛じぇねのメンバーらが集結して抗議したのが、ここまでの流れらしい。

 

 

 

 

「あんたに不思議な力があるなんてっ! あたし、信じないわよっ!!」

 

 

 膨よかな身体を震わして怒鳴る現場監督は、オカマだった。ガテン系の顔に濃い化粧と言うアンバランスな姿をしている。

 

 

「大体ねぇっ! ダム計画の話は既に進んでんのよっ! これ以上の文句は建設大臣に言いなさいっ!!」

 

「そーだそーだ!!」

 

「監督の言う通りぃ!!」

 

 

 監督の主張に対し、仕事仲間の作業員たちが口々に賛同する。

 だがジオ・ウエキは余裕のある態度を崩さず、彼らに言い放った。

 

 

「その建設大臣が強引に計画を進めたのが悪いんじゃあ、あ〜りませんの? 民主主義は一体どこに行ったのです?」

 

「そーやそーや!!」

 

「我が魔王女の仰せの通りぃ!!」

 

 

 

 互いの主張は堂々巡りの一方だ。

 ジオ・ウエキは監督らが何か言おうとするのを手で制し、再び山田と圭一を見遣る。

 

 

「それより……アタク〜シの力を疑う者がまた一人……二人、現れたようですわね」

 

「さっき『アタ〜クシ』だったよな……」

 

「丁度良いですわ皆さん!」

 

 

 ピンク色の手袋をはめた手をパチリと叩き、全員に対して声を張る。

 太っているからなのか、アルト歌手のように良く通る声をしている。

 

 

「ダム工事の方々も、アタクシ〜の力を知らないようですので……」

 

「今度は『アタクシ〜』……」

 

「今からここで披露致しますわ!」

 

 

 途端に人々から歓声が湧き上がり、その熱量に山田のみならず、現場監督らも尻込みを見せる。

 あまりにも度が過ぎた熱狂具合に、圭一は薄寒さを覚えていた。

 

 

「山田さん……これ、ダム反対の団体だとかよりも……新興宗教っすよね……?」

 

「だけど……必ず暴いてやりますよ……」

 

 

 山田はそう決意し、ジオ・ウエキと対峙する。

 

 すると彼女は人差し指を前後に動かし、合図を送る。雛じぇね構成員の数人が机と、トランプの入ったケースを持って来た。

 

 

「我が魔王女……これを……」

 

 

 恭しく差し出されたトランプケースを手に持ち、前に置かれた机の上に置く。

 

 

「では、ダム工事の方々もお近くまでいらしてくださいな」

 

「あたしに指図するんじゃないわよっ!!」

 

 

 そう噛み付く割に一同揃って近くに寄る、律儀な作業員たち。

 ジオ・ウエキはケースからカードの束を取り出す。

 

 

「ジョーカーは抜きますわ」

 

 

 二枚のジョーカーを抜き取り、念を込めて投げ捨てた。

 

 

「サイクロ〜ン!」

 

「「ジョーカーッ!!」」

 

 

 花嫁のブーケを取ろうとする来賓のように、雛じぇねメンバーはジョーカーを取ろうと手を伸ばしていた。

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、山田を蛇のような目で見遣る。

 

 

「ア〜タクシは、インチキではありませんわ」

 

「『ア〜タクシ』に戻った……」

 

「あなたの選んだカードの絵柄を……見ずに当てる事が出来ますの」

 

 

 その宣言を聞いて、圭一はチラリと山田を一瞥。

 

 

「……山田さんと同じマジックをするんすかね?」

 

「的中マジックなんて、在り来たり過ぎます」

 

「マジックではありませんわ? タネも仕掛けもない……アタ〜クシの、能力でありますのよ」

 

 

 ジョーカーを抜いた、五十二枚のカード。まずカードをシャッフルする。

 それは山田のやった、オーバーハンドシャッフルではなく、二つの山を作って交錯させるように混ぜ込む「ファローシャッフル」。意図的に順番を変えられるようなシャッフルではない。

 

 

「〜♪」

 

 

 なぜか月光仮面のテーマを鼻歌で歌うジオ・ウエキ。

 何度か同様のシャッフルを繰り返した後、上から順番に九枚のカードを抜いて、縦に三枚ずつ均等に並べた。

 

 

「この中から一枚、カードを選んで持ちなさい。アタク〜シは、暫し後ろを向いておきますわ」

 

「なら……彼らを全員まず、離してください」

 

 

 山田は取り囲む雛じぇねメンバーに言いつけた。

 彼らが見ておいて、秘密の暗号を使いジオ・ウエキを補助するかもしれない。

 

 

「えぇ。宜しいですわ。皆さん! フルスロットルで離れてくださいなーっ!」

 

「「マッテローヨッ!」」

 

 

 メンバーらは素直に、蜘蛛の子散らすように全速力で離れて行った。

 

 

 

「「イッテイーヨッ!」」

 

 

 息も絶え絶えな合唱が響く。老年者にさせるものではないだろう。

 しかし彼らは、大体十五メートル向こうにいる。トランプの絵柄は、双眼鏡でも無ければ見えまい。

 

 

「……では! お選びくださ〜い! Time Judged All!!」

 

「タジャドル?」

 

 

 ジオ・ウエキは振り返り、山田、圭一、ダム作業員らに背を向けた。頭の後ろに目でもない限り、見る事は出来ないだろう。

 圭一と現場監督は不安げに山田を見る。

 

 

「山田さんのマジックとは違うっぽいっすけど……?」

 

「あ、あんた……本当に見破れるのっ!?」

 

「………………」

 

 

 まずは全てのカードを観察する。

 裏向けのカードは、全部マーキングもされていないと確認。また裏側の絵柄に特殊な意匠もなく、「マークドデック」と呼ばれる類の物でもないとも確認する。

 

 道具的な仕掛けはないと、山田は判断した。

 

 

 

 

 三枚ずつ縦に並ぶカードたち。

 山田はその一つを選び、圭一らに見せ付けた。

 

 

「クラブの五」。

 確認させたらまた裏返しにし、彼女に見られないように手の中に隠した。

 

 

「お選びになりました?」

 

「……ええ」

 

「ではでは……Ride on Right Time!!」

 

「ラトラータ?」

 

 

 ジオ・ウエキは、再び振り向き直った。

 彼女は早速、残った七枚のカードを集め、束にする。

 

 

「選んだカードを、アタクシ〜に見せないように、上に乗せてくださいな」

 

「………………」

 

 

 クラブの五のカードを、裏向けのまま乗せた。

 その束のみを使うのかと思えば、傍らに置いてあった残りのカードの山を全て、束の上に乗せる。

 

 

「これから特別な『(いん)』を使い……アナタのカードを的中させてみせますわ?」

 

 

 ジオ・ウエキは一枚一枚、山の上からカードを抜いて行き、机の上に縦に並べて行く。ハートのクイーンが四枚目に並んだ。

 

 

「キングやクイーン、ジャックにはそれぞれ、スペード、クラブ、ハート、ダイヤ毎にモデルがいることはご存知?」

 

「……いえ」

 

「ハートのクイーンは、旧約聖書外典『ユディト記』に登場する、『ユディト』と言う女性ですわ。アッシリアのメディア王との戦いで、敵の司令官を殺し町を救った、強い女性ですの」

 

 

 嫌味な声で語られる薀蓄に、少し山田は苛つきを覚えた。

 それから彼女は同じ要領で更に二枚抜き、二枚目の「スペードの五」が出た途端に並べるのをやめた。

 

 

「もう一度」

 

 

 彼女は同じ要領で、作ったカード列の隣にまたカードを並べて行く。

 しかし十枚目の「クラブの三」が出た途端に、並べたカードを裏にして一旦山にした。

 

 

「今日は振るわないですわねぇ」

 

 

 そうぼやきながら、彼女が手元に持っていた山の一番上から一枚を加える。

 そしてその手元の山に乗せてから、再度続けた。

 

 

「……最初の一枚が違うだけで……残り九枚は同じだろ」

 

 

 山田のぼやきの通り、彼女がまた縦に並べたカードは、最初の一枚以外は先ほどと逆の並びになるだけで同じだった。

 十枚目は「スペードのエース」。今度はやり直さず、そのまま十枚を表にして放置。こうして二つ目の列が出来た。

 

 

 

 三つ目の列は「ダイヤの八」が出て、三枚目で止まる。

 ここまで来たら圭一はその法則に気付く。

 

 

「……多分、十からのカウントダウンで並べて行って……その数字と同じ値のカードが来たら止めているんですよ」

 

 

 確かに最初の列は六枚で、最後の絵柄は「五」。

 二つ目は十枚で、絵柄は「エース(一)」。

 三つ目は三枚で、「八」。

 カウントダウンして行った数と一致する。

 

 

 ジオ・ウエキは同じ要領で四つ目の列を完成させた。

 四列目は「ダイヤの六」までの五枚だ。

 

 

 

「……では。最後の印を作りますわ」

 

 

 一つ目の列の、「五」を指差す。

 

 

 

「最後に出たカードの数字と同じ枚数、下に置きます」

 

 

 彼女は手元の山より、上から五枚を抜いて、裏返しのまま下に置いた。

 そのまま同じく、二つ目の列には十枚、三つ目は八枚、四つ目に六枚を置く。

 

 

 

「印は完成しました。さあ……Turn UPッ!!」

 

「タトバ?」

 

「……さすがにそうは聞こえないっすね」

 

 

 ジオ・ウエキは一つ目の列の下の山から、一枚目のカードを捲って行く。

 一つ目は「ダイヤのジャック」。

 

 

 二つ目は「スペードの三」。

 

 

 三つ目は「ハートのエース」。

 

 

 最後のカードを捲る前に、ジオ・ウエキは上目遣いで山田を見据えると、ニタリと笑う。

 

 

 

 

「……アナタの選んだカードは」

 

 

 四つ目は、

 

 

「……これですわね?」

 

 

 

 

 

 

「クラブの五」。

 

 的中だ。

 

 

 

 

 

「…………!?」

 

「えっ!?」

 

「なんですってぇ!?」

 

「その様子では、当たりのようですわね?」

 

 

 ジオ・ウエキは満足げに、取り出した扇子を開いて扇ぐ。扇子には「センス」と書かれていた。

 圭一も現場監督も目を剥き、何度も並んだカードを見渡している。

 

 

「や、山田さん……俺、プロじゃないんで分からないっすけど……な、なんも特別な動きはしてませんよ!?」

 

「どう言う事だってばよですわ」

 

「……ッ……!……ぜ、絶対、なにか仕掛けがあるんですよッ!!」

 

 

 トリックが分からないのに、思わず山田は衝動的に否定してしまった。

 根拠もなく、証拠もないので、すぐに論破されるだろう。だがジオ・ウエキはそんな事はせず、余裕のある態度をそのままに次へ移る。

 

 

「ア〜タクシ、喉渇きましたわぁ」

 

 

 十五メートルを猛ダッシュし、缶ジュースを捧げる雛じぇねメンバー。

 自販機で売っているような、「コカコーラ」の缶。封は切れておらず、彼女が軽く振るとチャプチャプと音が鳴る。

 

 

「コカコーラは最初、万能薬として売られていたらしいですわね」

 

 

 タブを摘むと、プシュッと開いた。

 

 

「最近の缶は開けやすくて良いですわねぇ。前まで引き抜いていましたもの!」

 

 

 彼女がそれを口にする……と思わせて缶をグルっと回し、飲み口を逆さにした。

 これでは中身が溢れてしまうと、一同は思う。

 

 

 

 だが、中身は一向に溢れない。

 二、三滴の黒い雫を落としただけで、中身が充填されているハズのコーラが溢れ落ちなかった。

 

 

「なっ!?」

 

「マジで!?」

 

「コーラが落ちてこない……!?……コぉ〜ラ参ったわね」

 

 

 現場監督のダジャレに、全員がずっこける。

 

 

 それから十秒間逆さまにするものの、やはりコーラは落ちて来ない。

 ジオ・ウエキはまた缶を元通りに立てると、圭一に差し出した。山田は顔を顰める。

 

 

「飲むんじゃなかったのか……?」

 

「そういえばアタ〜クシ、炭酸が苦手でしたの!」

 

「じゃあなんで出したんだ」

 

 

 差し出しされたそれを圭一はおずおずと受け取り、開かれた飲み口を覗く。

 やっぱり中は満杯まで入っている。そして何かフタと言った物がくっ付けられていた痕跡もない。

 

 疑問は尽きないがとりあえず暑い事もあって、圭一はむしゃぶりつくようにそれを飲んだ。

 

 

「……んぐっ。んぐっ!」

 

「うわ躊躇なく行った」

 

「プハーッ!……ま、間違いなくこれは……コーラッ!?」

 

「だろうな」

 

「げふっ」

 

「きたなっ」

 

 

 中身が入っていない訳ではないし、キチンと飲み口から液体は流れた。

 彼女は、中のコーラの時間を停止させたと言うのか。

 

 

 

 

「ほいっと」

 

「あら!?」

 

 

 今度は現場監督に、ジオ・ウエキはメモ帳とペンを渡す。

 

 

「何か書きなさいな。アタク〜ジュに見せないように」

 

「……アクタージュ?」

 

「あ、あたしが!?」

 

 

 現場監督はメモ帳に、「犬と猫」と書く。

 他に見られないよう山田らにもそれを確認させるが、ジオ・ウエキはすぐに告げる。

 

 

 

「『犬と猫』」

 

 

 メモ帳は裏に台紙があり、透かして読み取る事は出来ない。

 彼女は何と、現場監督の書いた文字さえ、離れた所から的中させた。

 

 

 

「……!?」

 

「え!? 今書いたのに!?」

 

 

 目を見開く山田と、驚きの声をあげる圭一。現場監督らは、口をパクパクさせて、物も言えなくなっていた。

 三連続での、超常能力。山田に考える暇は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い話がありますの」

 

 

 ジオ・ウエキは、唐突に語り出した。

 

 

「一九六三年、西ドイツの『ヘレーネ・マルカルド』と言う女の子は、不幸な事故で意識不明になる」

 

「………………」

 

「病院で目を覚ました彼女は、何と訛りの強いイタリア語を話し始めたのよ」

 

「……? なんの話だよ……!」

 

「彼女は『ロゼッタ・カステーロ』と名乗り、出生地と誕生日を答えた」

 

「だ、だからなんの話なのよっ!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「イタリアの田舎に、その女性は実在しましたのよ。しかも、一九一七年に死んでいました」

 

 

 扇子を扇ぎ、晴れ渡る空から注ぐ日光を浴びた。

 

 

「魂は不滅。時を超え、誰かの中に宿るのです」

 

「………………」

 

「アタクシ〜の中にも宿っているのですよ?……『鬼の魂』が」

 

 

 彼女はメンバーらに机とトランプを片付けさせ、山田らに背を向けながら、宣言する。

 

 

 

「しかし園崎の方々は、そんなア〜タクシの頼みも無視するおつもりのようですわ」

 

「……!」

 

「……どなたか、園崎の方とご友人でございましょう?」

 

 

 クルリと振り返り、一瞬、聞き間違いとも思ってしまったほどの衝撃的な声明を放つ。

 

 

 

 

 

 

「十二日の日曜日……つまり、明後日ですわね。園崎家から、『三億円』を頂きに上がりますわ!」

 

 

 作業員や雛じぇねメンバーも含め、その場にいた者全てが驚きに目を剥いただろう。

 圭一も魅音の家に堂々と盗みに行くと言う彼女が信じられず、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ただ山田だけが嫌悪と疑念に満ちた目で、高笑いを響かせるジオ・ウエキを注視していた。




昔の缶ジュースの缶は、今で言う缶詰めのように、タブごと引き抜く形でした。それが、蓋のポイ捨てが問題視され、1980年より今の押して開ける形となりました。
引き抜くから「プルタブ」。今の形式のタブは缶と分離しないので、「ステイオンタブ」と呼ぶそうです。
(アサヒビールの生ジョッキ缶が、所謂プルタブ式の缶です)

1983年代は木曜20時より、高橋英樹版の遠山の金さんが放送されていました。

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