ヒリュテ姉妹を押し止め、未だ謎の泥を出し続けるモンスターへと歩いていく白髪の少年に、私は思わずため息を零す。
「止めなかったのかい?」
背後からの声に、私は呆れ交じりの声で返す。
「本当なら縛ってでも止めるべきだろうな」
私の隣で同じようにベルを見る小人族の団長に糸目を送ると、彼は自身の親指を舐めて言った。
「大丈夫。ベルならやるよ」
「……帰ったら説教だな」
「ははは、それは大変そうだ」
「お前もだ。フィン」
「……それは勘弁してほしいなぁ」
彼の頬を一筋の汗が垂れるのを眺めながら、私は詠唱へと移った。
アアアアアァァ ァアァァ
全身が崩れ、泥に体が沈んでも、それはまだ生きていた。
未だ蠢き続ける泥を前に、僕は立ち止まる
僕は大きく息をすると、目を瞑り胸元の鍵を握りしめる。
ゆっくりと周りの音が遠ざかっていく。心臓の音がゆっくりと延びていき、次第にその音すらも聞こえなくなってきた。
時間が止まったような感覚のなか、英雄王さんが言っていた言葉を思い出す。
『お前の英雄としての一端。見せてみよ』
今から僕がするのは、僕がなりたい英雄の欠片、憧憬、願いの顕現。
握った鍵から伝わってくる熱に耳を澄ませる。
頭の中に声が響く。僕を見定めるような口調で――——お前はどうしたい、と。
僕は答える――——守りたい、と
『誰を?』
皆を
泣いている人を、苦しんでいる人を
『赤の他人なのに? 血もつながっていない。家族でもないのに』
冷たく突き放すような声に、僕は首を振った。
関係ないよ。だって
鍵が熱く燃える。胸が、背中が熱い。あの人の姿が、あの人の言葉が僕を掻き立てる。
僕は胸の内にある狂おしいほどのうねりを、その『人』にぶつけた。
「僕は、誰かを守る。
『……やっぱり、僕は僕だ』
引き延ばされた時間が引っ張られるようにして戻っていくなか、最後に聞こえた声は何処か呆れた様な、うれしそうな声だった。
目を開けた時、眼前には泥が迫っていた。ボコボコと気泡を作りながら槍のように伸びる泥は、僕を串刺しにしようと迫る。
「フッ!!」
僕は手の中にあるソレで迎撃する。
フィンさんとの訓練で染み付いた動きで、腰を落としながら右足を後ろへ。重心の下がった下半身で体を支え、振り上げと一緒に腰を捻る。
切っ先が地面に擦れて土ぼこりを上げながら、僕に迫る泥へ吸い込まれるようにして接近し――――弾け飛ばした。
パシャッと音を立てて飛び散った泥は、空中で蒸発するようにして消えていく。
アアァァァアアアアァァァアァアアァアアッ
唯の泥であるはずのそれは、激しい痛みに悶えるように激しくうねりはじめた。
今までとは全く違う反応に僕は自分の手の中にあるそれを見た。
「これって…」
僕の手に握られていたのは使い慣れた槍だった。しかし、それは槍の形をしているものの酷く不鮮明で水晶のように透けていた。切っ先は矢尻のような形をしているものの、ぼやけて見える。
でも、僕はこれが未完成なものなんだと漠然と理解する。
これが、あの人が見せてくれた僕の可能性。
「いつか、これも自分のものにしなくちゃ」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!
そんなことを呟いていると、泥は再び僕を貫こうと槍を飛ばし始めた。自身を傷つけられる僕を脅威だと感じたのか、その攻撃はさっきよりも速く、大きかった。
僕は槍を片手に駆け出す。
迫りくる致死の槍を自身の槍でいなす。僅かな抵抗の後、さっきと同じように崩れる泥を置き去りにして、さらに加速していく。前から、側面から何度も襲ってくる泥を、いなし、回避し、弾き返す。そうして接近していくと泥が大きく波打ち始めた。
ズリュッ ドォッ!
大きな水柱が上がり、僕をこれ以上接近させまいと天高く上がった飛沫が雨となって僕へと降り注ぐ。
「ッッ!!」
僕は慌てて盾を何枚も取り出し進行ルートへと配置する。
龍の鱗を模した盾や丸い鋼の盾。純白の盾など大小さまざまな盾が道を作る。
自分の中で一気に魔力が減ったのを自覚しながらそれでも走り続けた。
ベシャッ パシャ
ボタボタと大量の泥が降り注ぎ僕が取り出した盾は瞬く間に崩れていった。
純白の盾が真っ黒に変色し炭のように崩れ落ちる。
僕は無我夢中で盾を新たに取り出す。魔力不足でふらついても気力で持たせる。
前からも泥の槍が迫る。だめだ、止まれない。
槍で弾き、盾を取り出して片手で防ぐ。一瞬で朽ちる盾を投げ捨て更に前へ。
目眩がひどい。脚がふらつく……でも、絶対に止まれない!
最後の一際大きな攻撃を大楯のフルスイングで弾く。腕が悲鳴を上げ体が引っ張られる。それでも、これで!
「届く!!!」
大楯を捨て体を無理矢理引っ張る。槍を強く握りしめ、思いっきり振りかぶって——
「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!!」
投げた。
瞬間、一筋の光となったそれはダンジョンを震わせる。
ドオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!
その一撃は泥を焦がしモンスターの胸部を貫き、あまつさえダンジョンの外壁を大きく抉った。
槍が突き刺さった部分は大きなクレーターができており、その大きさは18階層の壁の高さの約半分。更には巨大な亀裂が蜘蛛の巣のように走っていた。
僕は目の前の光景に開いた口が塞がらなかった。
こんな威力だなんて聞いてませんよ!
「ベル、しっかり捕まって」
「ぇ?」
背後から聞えた声に振り返ってみると、アイズさんが僕の左手を掴んでいた。うまく思考がまとまらない僕は突然のことに素っ頓狂な声を上げるだけだった。
ぐん、と視界が加速するのと僕の絶叫、そして氷塊が泥を凍らせるのはほぼ同時だった。
色々不満はあると思いますが許して
未完成のベルの宝具、うん威力が上手く伝わんねえや。
とりあえず、第一級冒険者でも壁は破壊出来てなかったはず。その辺を考えてもらえれば