ロキファミリアのホーム。その主神の部屋は普段の騒動が嘘のように静まり返っていた。
そこにはソファに体を預けるように座るリヴェリアとフィン。対面には空になった酒瓶を片手に硬直したロキが座っていた。
先程戻ってきたリヴェリアからもたらされた情報に、頭の処理が追い付かなくなったロキは空瓶を抱きかかえながら再度聞き返す。
「…………なんやて?」
「ロキ、現実から目を背けないでくれ」
「……もっぺん言うてもらってええ?」
「ベルが発現した魔法で階層に穴を開け——」
「あああああああああああ!?」
瓶を放り投げ(フィンがキャッチした)、ソファの枕に顔を突っ込むロキ。
その主神の心を支配しているであろう感情に、二人は同意しながらも話を進めるべく口を開いた。
「私やレフィーヤですら階層に穴を開けるのは難しい。不可能ではないだろうが、それはレベル6やレフィーヤのスキルあってこそだ」
「だが、ベルはレベル1にしてそれをやってのけた。そのことについてロキなら何か知っているんじゃないかなと思ってね」
リヴェリアの言葉を引き継ぐようにしてそう言ったフィンの目には、確信にも近い何かが宿っていた。
フィンと視線を交わすロキ。数秒か、或いは数分の沈黙を破ったのはロキの諦めにも似たため息だった。
「心当たりはある。んでも確信は持てん……かった」
目を細めながらそう呟いたロキは、立ち上がるとベッド横のタンスから紙を一枚取り出した。
「ベルの魔法が階層を破ったのは多分これの所為や。でも納得はできんけどな」
意味の分からないことを言いながらロキは机にベルのステイタスが書かれた紙を広げるとある一点を指さした。
「神聖特攻宝具……前見た時にも思ったが、これはどういうことなんだい?」
フィンの言葉にロキはドカッ、とソファに座りながら答える。
「まんまや。宝具の意味は分からんけど神聖特攻。ようは神、あるいはそれに近いもんへの威力補正っちゅうわけやな」
「……まさか」
先に答えにたどり着いたであろうフィンが顔を上げる。ロキはフィンに頷きながら続ける。
「そや。でも可笑しいんや。ダンジョンにこの補正が
何時になく真面目な雰囲気のロキを前に、リヴェリアたちは口を挟むことができない。
「確かにダンジョンはあるもんを閉じ込めるためにできたもんや。でもそれは”神なんて”もんやない」
「んでもベルが階層に穴を開けれるんはそれぐらいしか説明がつかん。ってことは……」
部屋を支配するのは先ほどと同じ静寂。しかし、先ほどとは全く違った緊張が全員に走っていた。
「ダンジョンに何かが起きとる。それも、うちらが想像もつかん何かが」
生唾を飲み込む音は誰のものだったか。ロキは「18階層でのこともそれが関わっとるんかもしれん」と呟きながら新しい酒瓶へと手を伸ばした。
「禁止、ですか……」
「すまないね。ただこれはベルの身を案じた決定だというのを理解してほしい」
翌日、目を覚ました僕を待っていたのはフィンさんからの『新しく発現した魔法の使用を禁止する』という言葉だった。
昨日魔法を打った僕は
長文詠唱によって隙が大きく、更に発動後気絶してしまうようではダンジョンでの使用は許可できない、ということだった。
そのことを説明したうえで頭を下げてくるフィンさんに、頭を上げてくださいと僕が言うと、フィンさんはもう一度「すまない」と言って頭を上げた。
「フィンさんが謝る事じゃないです。もっと僕が強くなって、魔法を撃っても倒れないようになれば問題ないですよね!」
僕がそう笑顔で言うと、フィンさんも笑顔で「その通りだ。そのための協力は惜しまないよ」と言ってくれた。
その後僕はフィンさんと模擬戦をしてからリリの待つ広場へと向かった。
「強くなるには、どうすればいいのかな」
「……ベル様はまだ強くなるつもりなのですか」
僕が無意識のうちに呟いた言葉に、リリはげんなりした様子で僕を見つめる。
周りの人がどうかは分からないけど、僕は恵まれているんだと思う。
毎日、いろんな人から武器の扱い方を教わって、模擬戦やアドバイスを貰ったりしている。
第一級冒険者であるフィンさんやリヴェリアさんたちにも指導してもらえているのだ。
でも、その人たちに僕は何ができているだろうか。何を返せているだろうか。
もっと、もっと強くならなくちゃ。
僕は槍を握りしめながら、結局いつもの考えにたどり着いてしまう。
「……ベル」
レフィーヤさんが何かを呟いたようだったが、その声はモンスターの生まれる音に消され、僕に届くことはなかった。
「それではベル様、ウィルディス様。お先に失礼します」
リリはお金をバックにしまうと、僕たちに頭を下げてからスタスタと去っていった。
「それじゃあ僕たちも帰りましょうか」
「はい。————ッ! アイズさーん!!」
帰路につこうと一歩踏み出したレフィーヤさんは、次の瞬間には僕の視界から消えていた。
薄らと映った残像と後に残った砂埃を追うとレフィーヤさんは、僕らと同じようにダンジョンから帰還したであろうアイズさんと一緒にいた。
レフィーヤさん。速すぎない?
満面の笑みでアイズさんに話しかけるレフィーヤさんに、僕は苦笑を溢しながら彼女たちの元へと走っていった。