英雄の欠片は何を成す   作:かとやん

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遅くなりました。
そして長くなりました。


最古の王の財を貸し与えられたもの

妙な胸騒ぎがしたのは早朝、一人で鍛錬をするレフィーヤを見かけた時だった。

 

「今日、ベルは?」

 

いつもなら一緒に鍛錬をしているか、ダンジョンに潜っているはずのレフィーヤを見かけた私は、レフィーヤに声をかけた。

私が尋ねると、レフィーヤは不機嫌を隠すこともせずに頬を膨らませ、地団駄を踏みながら私に迫ってきた。

 

「聞いてくださいよアイズさん!! ベルったら今日一人でダンジョンに潜るって私を置いていったんですよ!? なんでって理由を聞いても答えてくれないし!! あの顔は絶対何かを隠してる顔でした!!!」

 

ベルと一緒に潜ることが当たり前と感じているレフィーヤに驚くが、当の彼女は全身で不満を爆発させ、最近新調したばかりだったはずの的を炭化させていた。

今はそっとしておこうと、私はすっとレフィーヤから離れようとするが、丁度そのタイミングでフィンが現れ、難しい顔で私たちのところまでやってきた。

 

「やぁ、レフィーヤ。すまないがベルを見なかったかい?」

 

眉間にしわを作るフィンの様子に、レフィーヤも何かを感じたのか真剣な表情で先ほど一人でダンジョンに向かったと答えた。

 

「そうか。……すこし、まずいかもしれないな」

 

「フィン、ベルがどうしたの?」

 

「いや、先ほどギルドから連絡があってね。ダンジョンでイレギュラーが発生している可能性がある」

 

そう言って親指を舐めるフィン。

どうも詳しい情報はまだ上がっていないらしいが、ダンジョン上層、11階層からモンスターが何かに怯えるように上層へと流れてきているらしい。

現地でガネーシャファミリアが制圧に動いているが、ロキファミリアにも協力してほしいとのことだった。

 

「私が行く」

 

「わかった。ベルも心配だし他にもダンジョンに潜った団員もいるだろう。アイズは先に行ってくれ。僕も連れていける人員を集めたらすぐに向かう」

 

私はフィンの言葉を半分聞き流しながら、そのまま地面を蹴り、建物の屋根を伝いながらダンジョンへと急いだ。

 

 

 

 

「ハァ!!」

 

一歩踏み出すと同時に、ベルは身体を限界まで倒し急加速する。

ルベライトの軌跡を残しながら疾駆したベルは、槍の先端が撓むほどの剣速を持って切りかかった。

 

「ッ!」

 

長期戦闘によって研ぎ澄まされた感覚が、最適化された肉体が、警笛を鳴らす。

肉薄するベルの一撃に対し、ミノタウロスはただ己の武器を振るった。

 

ギィンッ

 

一線。

純粋な力。文字通りレベルの違うミノタウロスの一撃は、彼の積み上げてきた全てを一瞬で無に帰すような一撃をもって、槍を半ばから切り飛ばした。

空気を切り裂き、ベルの認識すら置き去りにして振るわれた横薙ぎの攻撃。

驚愕に目を見開くベル。次いで腕から駆け上がる引き裂けんばかりの激痛と地面を抉るような突風に、ベルはうめき声を上げながら吹き飛ばされた。

 

「ぐぅっっ!?」

 

空中で身体をいなし、二転して着地するベル。顔に張り付く脂汗をぬぐいながら、槍を握っていた掌を見れば皮膚が避けて血が流れており、激痛に腕は震えていた。

ベルは痛みと恐怖をかき消すように歯を食いしばって拳を握ると、再び槍を生成。王の財宝も最大展開し波紋から幾つもの武器を乱射しながら突撃した。

再び向かってくるベルに対し、ミノタウロスは剣斧を地面へ突きたて、胸を張って声高らかに雄叫びを上げた。

 

オオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!

 

空気が震え、鼓膜が痙攣する。潜在的な恐怖を呼び起こす死の咆哮(ハウル)に、ベルは致命的なまでに硬直させ、攻撃に決定的な隙を作ってしまった。

その瞬間、ミノタウロスは突き刺した剣斧を掴み取り、初撃を打ち上げ、2撃目を叩き落とし、3撃目を踏み込んで交わすと4,5撃目が身体に突き刺さるのも無視してベル目掛けて横薙ぎの一撃を放った。

ハウルから回復した直後、ベルは真横に迫る斬撃に対し割り込ませるようにして大盾を生成。雫のような形の盾を地面に突き立てた。

 次の瞬間、全身の骨が軋むような衝撃がベルの全身を突き抜ける。

 

ゴギィッ! メキメキィッ!! 

 

「ギッィィ!?」

 

盾はまるでガラスのように砕け、殺しきれなかった衝撃がベルをダンジョンの外壁へと吹き飛ばす。

霧をかき消しながら飛ぶベルは、外壁に背中から思い切りめり込んだ。

 

「グッッ……ガハッ」

 

壁に亀裂が入り、岩がバラバラと砕け落ちる。

ベルの肋骨は何本も折れ、潰れた臓器からドス黒い血がこみ上げてきた。

ずるずると地面に倒れるベルは浅い呼吸を繰り返しながら、必死に体を動かそうとする。

 

「ヒュッ――――コフゥ――――ッ」

 

地面へ這い蹲り、死に体の身体を引きずるベルを前に、ミノタウロスは自身に浅く刺さった短剣と槍を引き抜くと、ベルに止めを刺すために強者の余裕を感じさせる歩き方で彼に一歩一歩近づいていった。

 

ズシズシと近づいてくるミノタウロス。

その足音を耳に、ベルの内には怒りが荒れ狂っていた。

 

くそっ、くそっ、くそ!! 動けよ! こんなところで、死ねるわけないだろッ!! 

リリはどうなる!? ここで僕が死ねば彼女は助からないかもしれないんだぞ!? なのになんで寝てるんだよ!!!

 

血にそまった歯がギシリと軋み、地面を掻いた指が震える。

自らを叱咤し激怒する彼の瞳は、未だ消えることのない強い意志が宿っていた。

 

そんなベルを見下ろすミノタウロスは、大きく武器を振り上げ――――――――暴風に突き飛ばされた。

血なまぐさい空気を吹き飛ばしていく突風に、ベルは擦れた瞳で前を見る。そこには全身に淡い風を纏った金髪の少女が立っていた。

 

 

 

 

「よく頑張ったね」

 

 

 

少女の声がベルの耳に届く。

今日3本目のエリクサーをかけられながら、ベルは震える声で彼女の名を呼んだ。

 

「ぁ、いず…さん」

 

そんなベルに、アイズはレイピアを構えたまま振り返ると、微笑を浮かべて言った。

 

 

 

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 

 

 

その言葉がベルの芯に深く突き刺さり、暗い影を落とした。。

心に刺したその影は瞬く間に広がり、五感を覆い心を沈めていく。

 

 

もう大丈夫

 

大丈夫? 何がどう大丈夫なのか、僕はまた彼女に助けられる側に回るというのに

 

 

もう、だいじょうぶ

 

なにが? 僕はあまりに弱い。英雄王さんに力を貸してもらっただけの僕の、どこが大丈夫なの?

不安と後悔、罪悪感と羞恥が、僕の中で行き場のない渦となって荒れ狂う。

 

 

ダイジョウブ

 

なんで? なんで僕は黙って動かないんだよ。英雄になるんだろ!? 英雄になるっていうなら、ここで立たないでどうするんだよッッ

僕を信じてくれた人を裏切るのか? 彼らの期待を、自分の想いを捨てるのか!?

 

どんどん膨れ上がる思いは、身を焦がし、掌を焼き尽くす。

視界が黒い染みに塗りつぶされていく。心が、身体が、鎖に縛られる。

喉が引き裂けるような熱が全身を焼き、手足が砕けそうな冷たさに意識が霞む。

 

ベルの全身が黒いナニカに沈みそうになった、その時――

 

『雑種の言葉に一々惑わされるとは、我の見込んだ男はその程度ではなかろう?』

 

澄ました、しかしどこか焦りを含んだ声が聞えた。

 

『ベル・クラネル。我の見込んだ、我の宝物庫を開ける最初で最後の者よ』

 

悠然と響く声は黒い塊を弾き、視界を明るく染める。

呆然と立ち尽くすベルに、その声は自慢げに朗らかな声音で告げた。

 

『お前の後ろにいるのは誰と心得るか。お前を肯定するはこの我だぞ? たかが雑種一匹の戯言を真に受けてどうする! そんなもの笑い飛ばせ! 全てを笑い、許すのは王である我の務め!!! お前の全て(民の想い)を我が肯定しているのだから!!』

 

ベルの脳裏には、金色の鎧を身にまとい両手を掲げて空を仰ぐ男の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

カッと目を見開いたベルは、修復途中の身体を無理矢理動かし、絶叫を上げて立ち上がる。

涙を流し、声を震わせ、覚悟を叫ぶ彼の姿に、目を見開いて固まるアイズ。

そんな彼女の肩を掴み、ベルは一歩前へ出た。

 

「アイズさんは、この崖の上にいる娘を助けてください」

 

「ぇ、でも――」

 

自分が倒した方が、そう言いそうになったアイズの語尾は尻すぼみに小さくなり、声になることはなかった。

ふっと下げられるレイピア。アイズはベルに押し退けられるまま場所を譲り、彼の背中を見つめた。

 

「それは、オレが殺します」

 

そう言ったベルは、紅緋色の瞳を輝かせ、白銀の髪を靡かせた。

 

 




英雄王っぽくない! という思いは閉まっておいていただければ……


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