今回三人称もどき? で書きました。
「読みにくい」など、意見がありましたらご指摘ください。
あと今回独自設定マシマシですのでご容赦ください。
魔力はほぼ全快。しかし、度重なる過剰回復によってベルの身体はギシギシと軋んでおり、防具は既に役に立たないほど崩落していた。
ザリッ、と音をたてて一歩前へ出る。
パラパラと崩れる防具を尻目に、ベルは深く息を吸うと、先ほどとは打って変わって羽のように身体を靡かせて走り出した。
唸り声を上げて剣斧を構え、迎撃の構えを取るミノタウロスを芯に捉えながら、ベルの思考は加速していく。
いつもの投射じゃ浅い傷がつくだけで決定打にならない。
渾身の一撃も防がれた。
どうする? 今の僕に何ができる? ……ッなら!!
ベルは数メートルまで迫ったところで王の財宝を展開。
横薙ぎに振るわれた剣撃を身を翻すように捻って躱し、できうる限り大きな槌と大剣を
”ミノタウロスの足元へ投射した”。
ベルの奇行に目を見開くアイズとミノタウロス。
二つの連撃はベルの思惑通り、ミノタウロスの足元へ着弾しミノタウロスの目から自身を覆い隠した。
土煙の中に消えるベルにミノタウロスは即座に斧を振るう。
吹き飛ばされる砂塵。明るくなる視界。しかしそこにベルはいない。
代わりに広がるのは2つの波紋。
遠目から見ていたアイズにはいつもと同じに見える波紋。しかし、間近でそれに対峙するモンスターは、正しくそれの脅威を認識した。
それに込められた魔力に、震える波紋を前にミノタウロスはここにきて明確な脅威を感じ取ったのだ。
ッ!!??
「ッ!!!」
身を捻って躱そうとするミノタウロスだったが、それを死角に回り込んでいたベルが妨害するように大槌を振りかぶった。
筋肉の断裂する感触と骨のきしむ音が手に伝わる。
横腹を強打したミノタウロスは致命的なまでに硬直する。
そして次の瞬間、黄金の波紋から放たれた二対の長剣がミノタウロスの胸に深々と突き刺さった。
光の残滓すら残さぬ光速において、レフィーヤとの訓練で見つけた可能性。
余剰魔力すら飲み込み、溜め込む波紋の特性を利用したベルが考えた、
強度も、神話性も劣る武器を、格上に押し勝つために考えた愚行は、しかし強引な加速によって生まれた圧倒的な運動エネルギーを以て、強靭なミノタウロスの肉を断ち切ったのだ。
ブフォォ……
余りの衝撃に数歩後ずさりし、真っ黒な血を吐き出すミノタウロス。
ぐらりと揺らめくその巨体は、しかし倒れることなく大地を踏みしめ、背後のベルへその巨椀を振りかぶった。
「ッ!!!」
微かに視認できる速さの攻撃に、ベルは咄嗟に後ろへ飛んで威力を逃がし、刹那に空いた空間に盾を顕現させる。
直撃した盾はまるで粘度のように押し曲がり、ベルと共に吹き飛んだ。
「グゥッ!? ――フッ!!」
風を切って数十メートル以上飛ばされるベル。
両腕に走る痛みに耐えながら空中で姿勢を正すと、彼は着地と同時に三度ミノタウロス目掛けて疾駆した。
再び襲い来るベルに対し、ミノタウロスは迎撃の構えを取ろうとし――――ふと、自身が笑っていることに気が付いた。
いや、そんなことよりも”自身を知覚できている”ことに気が付いた。
それは瞬きの間に生まれた疑問だ。
なぜ? ―――――
しかしそれに応える者も、答えを見つける時間もない。
自身に深々と突き刺さる長剣の一本が確かに己が急所を捉えているからだ。
もはや自身に残された時間は少ない。
ならば、すべきことは一つ。
ドクドクと溢れ出す血。ピキピキと自壊を始める
目の前の男――ベルは短剣を両手に持つと軌跡を描くように舞い、たたらを踏むミノタウロスの胴に連撃を叩きこむ。
縦横斜めに増える切り傷にミノタウロスはそれ以上は許さんとばかりに咆哮する。
木々が振動し空気が凍り付く中、しかしベルの瞳に恐れはなく、さらに舞を加速させる。
ッブオオオオ!!!!!
ベルの猛攻に、ミノタウロスは腕を差し込んで剣劇を阻害しながら、扇のように剣斧を振りしだく。
空気を押し退けながら迫る一撃に、ベルはまるで踊り子のように跳躍、空中で回転しながら長剣を投擲した。
一本は外れ、もう一本は角に弾かれる。
着地点を見定めたミノタウロスは突進し着地ざまを刈り取ろうと連撃を置く
が、
「
頭上に輝く波紋にミノタウロスは目を見開いた。
次の瞬間、加速していた巨体に幾重もの閃光が降り注ぐ。
ガガガガガッ!!!!!
爆発のような衝撃と火花が幾重にも飛び散り、ミノタウロスの硬い皮膚を切り裂いていく。
苦悶の声を漏らすミノタウロス……は次いで訪れた一撃に顔面を大地に陥没させた。
バガァァッッ!!!!! メギシィッ!!!
頭部に伸し掛かるは黄金と白銀で彩られた戦槌。
空中でそれを取り出したベルが、落下の力を借りてミノタウロスの頭蓋に振り下ろしたのだ。
柄越しに骨の罅割れる音を聞きながら、ベルは戦槌を手放し数メートル後退した。
「ハァッ、ハァッ……フゥゥ」
ベルは荒い呼吸を整えながらも戦闘態勢を解かない。
彼の鋭い目線の先で突っ伏していたミノタウロスは、次の瞬間巨腕を突き立て地面を抉った。
起こされた顔面は頭部から流れる血に染まり、鼻先は歪に歪んている。
ゆっくりと立ち上がったミノタウロスは転がっていた剣斧を持ち直すとまっすぐにベルを見つめる。
その目には、先ほどまでの憤怒の炎はなく、代わりに宿っていたのは戦士としての覚悟。
二人の間に数瞬か数秒の静寂が、永遠にも似た長い時が訪れる。
周りの一切の音が消滅し、色彩が剥がれていく。
互いのみを認識する世界において、全ての雑音は漣のように引いていく。
片や胸部を深々と貫かれ、魔石も半壊状態のミノタウロス。
片や全身擦り傷まみれで額から血を流し、魔力枯渇も間近なベル。
どちらも限界が近い。しかしどちらも譲らない。
ミノタウロスは武器を構える。
溢れ出る血は煮え滾るように熱く、ズタズタの肉体はしかし一抹の衰えもみせない。
ベルは武器を構える。
打撲痕だらけの肉体を振り絞り、奥底から沸く乾きに気力を注ぎながら。
この時、この瞬間、この二匹は確かに柵を忘れ、ただ一つの欲求を叶えんと動いていた。
この
引き延ばされた世界が収束し、時が再び鼓動を始める瞬間——————二匹の雄は、目の前の男目掛けて疾駆した。
「すごい……」
崖上で泣いたまま気絶していた少女を介抱しながら、アイズはただ茫然と呟いた。
崖下では、今まさにベルとミノタウロスとが互いの全てをぶつけ合っていた。
強靭な肉体と底なしの
それに対し、ベルは余りにも小さく細い体躯をしならせ、極限を見極める。
空を切る一撃を紙一重で交わし、10手数多の連撃を叩き込み、即死の暴挙を己が限界を振り絞って迎撃する。
これまで鍛え上げ続けた敏捷と技。幾人もの師を持つ彼が出しうる全ての手を以てして、眼前の脅威を屠らんとしていた。
その光景に、アイズはふと自身の手が震えているのに気が付いた。
それは恐怖? 否、それは興奮。
今、目の前で繰り広げられている死闘。その意味することに、彼女に眠る冒険者の血が沸き立っていた。
冒険者を長く続けているものほど、目の前の光景に惹きつけられるだろう。
久しく忘れていたその感覚に胸を高鳴らせながら、アイズは限界を超え続ける家族に、エールを呟いた。
「いけ、がんばれ。ベル」
次回で決着。その後とリリの処遇についてです