艦娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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1.黒髪ツインテールの五十鈴

 10月も終わりに近づく日の午前。

 提督である俺は今日でついに30歳になってしまった。

 10代の頃は30歳までには結婚したいなとぼんやり思っていたが、年月はあっという間に過ぎていく。

 艦娘たちの提督となって8年が経ち、周りに女性はたくさんいるものの恋人すらできないのが現状だ。

 別に俺自身にそれほど問題があるとは思わない。顔は美形ではないものの、そこそこ見れるもので体も鍛えているから大丈夫なはずだ。身長は178㎝あり、体重だって75㎏と悪くはない。体は清潔に保ち、髪だって耳にかぶらない程度の長さまでしかない。

 ギャンブルは深くはまってなく、酒とタバコは滅多にやらない。

 仕事ぶりは我ながら真面目だ。悪いところがあったとしても、自宅にいる時以外は交代でずっと一緒にいる秘書の3人が教えてくれる。

 だから自分自身に問題はそんなにないと思っている。

 なのに、女性に恋愛感情を向けられたことがないような気がする。部下である艦娘たちとは良好な関係で、仲が悪いのは一部だけだ。

 そんなことを物が少なく、がらんとしている執務室で机に向かってはずいぶんと久しぶりに1人でぼぅっと過ごしている今だ。

 もうずっと恋人なんてできずに人生を終えてしまうという想像もしてしまうが、そうなったらそうなったで趣味や自由な時間が増えるだろうと前向きに考えようとする。

 そう考え込んでしまっているときに軽いノックの音が聞こえ、顔をあげる。

 俺の返事と共に入ってきたのは半年前に来た絹糸のような美しい黒髪に、曲線の綺麗で大きな胸を持つ、制服を着た五十鈴だった。

 中学生の終わりごろな顔立ちの五十鈴は机を挟んで俺の前へやってくると、演習結果の報告をしてくれる。

 それが終わると、ちょっとの間を挟んで五十鈴が微笑みと共に嬉しい言葉を言ってくれた。

 

「誕生日おめでとう、提督」

「ありがとう。ついに今日で30歳になってしまったよ」

「いいじゃない、別に。死ぬことも大きな怪我もなく、生きられたのなら喜ぶべきだわ」

 

 五十鈴の返事に苦笑しつつ、そういう喜びかたもあるのだと気づく。

 本土にいるとはいえ、深海棲艦と戦争をしているのだから命の重要さをありがたく思うべきだった。

 

「プレゼントをあげてもよかったんだけど、受け取らないでしょ?」

「ああ、前に言ったとおりだ。もし誰もくれなかったら俺は悲しくて1週間は引きこもってしまうからな」

 

 わざとらしくため息をつき、背もたれ付きの椅子に深く背を預ける。

 プレゼントを受け付けないと言わなければ、義務的にしかたなくあげる艦娘もいる。そういうのが嫌で禁止したが、五十鈴のように言葉で祝ってもらうだけでも結構嬉しいものだ。

 

「普通の男の人なら、女の子からのプレゼントはとても喜ぶと思うんだけど」

「まわりが賑やかになりすぎるから俺は喜ばないな。今だって秘書たちがいない静かな時間を楽しむぐらいだ」

「あら、邪魔だった?」

「いや、五十鈴と話すのも1週間ぶりぐらいだから嬉しいよ」

 

 遠慮する表情を浮かべる五十鈴に、俺は心からの笑みを向ける。

 五十鈴との会話は新鮮な空気を吸ったかのような、いい気持ちになれる。秘書たちとは仕事以外の話もするが、それとは別だ。

 執務机からちょっと離れたところにある秘書専用の机を見ると、五十鈴も釣られて視線をそちらへとやる。

 いつでもどんな時でも一緒にいて、困ったことやコーヒーが飲みたいと思えば率先してやってくれるのはありがたい。だが、時々は秘書がいない不自由で静かな時間も欲しくなるものだ。

 

「提督っていう職も大変ね」

「彼女たちは俺のことが不安なだけだ。立派な人間でありたいと思うが、ずっと一緒にいてくれる彼女たちから見れば全然そうはなれていないらしい」

 

 秘書という名目を持ち、行動を監視されているのは仕方がないことだと思っている。いつの日か、彼女たちが心配せず1人でも行動させてくれるような人間になりたいものだ。

 そう自分のことを考えていると、五十鈴は首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべる。

 

「提督に苦情を言うときのあの3人は、言葉どおりの意味を言ってない気がするけれど」

「いや、実際にそうなんだ。その証拠として『私がいなきゃあなたは本当に何もできないダメ人間ね』なんて言われたからな」

 

 以前に3人の秘書である仲がいい艦娘たちからそれぞれ笑顔で言われた時には、なんともいえない悲しみが襲ってきた。笑顔や明るい声だったから、からかい程度だと思うが。

 思えば、秘書以外の艦娘たちからも事あるごとに俺を手伝ってくれるのは本当に仕事ができないのかと考え始めてしまう。

 今まで提督という仕事ができているから、最低ラインより上にいるには違いない。

 

「時々、自由に生きたくなるよ」

「自由にすればいいじゃない。自分を抑えてばかりいると、ストレスで胃が痛くなるわよ?」

 

 自分を抑えないということは、なかなかに難しいことだ。100人ほどいる艦娘たちの上に立つ仕事柄、変なことはできない。

 でも五十鈴に言われて自分が何をやりたかったか。何が好きだったかを思い出そうとする。

 そうして考えているあいだ、五十鈴はツインテールをなびかせながら秘書用の机へと行き、そこから椅子を持って俺のすぐ隣へとやってくる。

 

「お昼ご飯までは時間あるから、少しだけ話に付き合ってあげる」

「……そういうふうにされると嬉しいな」

「なに? 提督は秘書の人たちに優しくされていないの?」

 

 俺がしみじみと言うと、五十鈴はあきれた風な声を出してきた。

 秘書たちは優しくしてくれる。優しくしてくれるが、五十鈴のようにゆったりとした感じではない。とても行動的で、俺に対して何かをしていないと落ち着かないんじゃないかと思うほどだ。

 

「俺は五十鈴といる、今のような穏やかな時間を過ごしたいんだ」

 

 そう言うと、五十鈴は恥ずかしそうに俺から顔を横に向ける。

 その恥ずかしがる仕草がいつも活発で強気な秘書たちと違うことに安心感を覚える。

 そして顔を動かしたときに一緒に動いていく髪に目を奪われてしまう。

 さっき、自由にすればいいと言われてから、五十鈴の髪から目が離せない。

 初めて会ったときから五十鈴の髪には興味を持っていた。五十鈴の髪は光にあたると宝石を思わせるように輝き、シャンプーのいい香りがする髪に一目惚れしてしまったほどだ。

 じっと見つめていたからか、視線に気づいたらしい五十鈴が俺へと振り向いた。

 

「……視線を感じるんだけど、五十鈴の顔か髪にゴミでもついていた?」

「そういうわけじゃないが」

 

 正直に言って、髪に見惚れていたなんて言うのは恥ずかしい。それに1度五十鈴の髪のことを口に出してしまうと、抑えている気持ちが表へと出てしまう気がする。

 俺は五十鈴のまっすぐに見つめてくる視線が辛く、目をそらす。

 

「言ってごらんなさいよ。怒らないと思うから」

「遠慮しておく」

「……言わないと髪を引っこ抜くわよ?」

 

 髪のことを気にするような歳になってきた俺にとてつもなく怖いことを言ってくる五十鈴に、仕方がなく言うことにする。黙っていると本当に何本かは抜いていきそうだから。

 

「怒らないでくれると嬉しいが、その、五十鈴の髪を見ていたんだ」

「髪? 五十鈴の? 別に面白くないでしょ」

 

 五十鈴は自分のツインテールを手に持って軽く見ては眉をひそめて疑問な表情を浮かべる。

 

「面白いというか……いや、このまま言うと五十鈴から変態と言われそうだからやめておく」

「そこまで言っといてなによ。言っちゃっていいじゃない。提督は自分の欲を出していいのよ。普段から真面目すぎるところしか見てないし」

 

 優しい五十鈴はそう言ってくれるが、俺の欲とはフェチズムになる。

 前から気になっていた五十鈴の髪を間近で見て、さわりたい。それが今の想いだ。だが女性にとって髪は大事なもので、男になんかさわらせたくないものだろう。

 今までは艦娘たちの綺麗な髪を見ているだけで満足していた。太陽の光にあたって輝き、爽やかな風になびく髪。それを見ることは俺にとって大きな癒しだった。

 でももう抑えられない。五十鈴の大きな胸を見ても心が落ち着かず、女性の髪を見ること以上にやってしまいたい気持ちを!!

 

「そこまで言ってくれるなら言うが…………五十鈴を、五十鈴の髪をさわりたいんだ」

「普通、男の人からすれば胸やお尻って言うところじゃないかしら。まぁ特別に今日はさわってもいいわ。提督の誕生日だしね」

 

 五十鈴は不思議そうに言いながらも右のツインテールを手に持つと、俺へと差し出してくれる。

 その髪に自然と目が吸い付けられ、さわっていいと本人からの許可も出ている。

 俺は深呼吸して高ぶっていく精神を少し落ち着けたあとに、緊張しながら五十鈴の髪をそっと片手でさわっていく。

 五十鈴の髪を手のひらに乗せると、その髪は指の間からさらさらとこぼれ落ちていく。男の髪とはまったくの別物だ。

 ずいぶんと久しぶりにさわる女性の髪の感触は心が澄んでいくようだ。

 この素晴らしさを語るには30年生きた程度の俺では語ることは難しい。だが、それでも俺は髪に対して思うことは色々とある。

 艦娘は海が仕事場だ。だから髪は潮風に痛んで綺麗な髪にするのはなかなかに面倒だ。でも五十鈴の髪はよく手入れがしてある。

 五十鈴の髪、それはひとつの宇宙。力強さ、情熱という感情が髪に込められている。

 感激しかできない、俺の手からこぼれ落ちた髪を手ですくうと、そのすくった髪を反対の手で何度も撫でて味わっていく。

 

「あの、もういい?」

「あー、すまない。変なとこを見せてしまったな」

 

 恥ずかしさからか顔を少し赤くした五十鈴の様子を見て、俺は名残惜しくも髪から手を離していく。

 髪を撫でるという行為は、五十鈴から今まで得てきた評判、真面目さやちょっとした威厳はなくなってしまった。だが、その代わりとして堂々と髪をさわられたのだから何も問題はない。むしろ提督をやってきて、今が一番嬉しい時間だったかもしれない。

 今なら言える。こんな素敵な髪をさわれたのなら、もう提督をやめてもいいと。

 下や上に挟まれて苦労する中間管理職は辛い。いくらここが訓練・演習・物資輸送専門な部隊といえどもだ。深海棲艦と停戦協定を4か月前に結んだが、後方ではまだまだ忙しい。

 書類、艦娘たちの状態確認、訓練を終えた艦娘をどこの前線に送ればいいかとヒアリングもして日々頭を悩ませてストレスがたまっていく日々だ。

 仕事の効率は3人の秘書たちのおかげで仕事はそれほどたまっていかないが、そのために日々の生活に縛りが出てくるのは苦しい。……綺麗な子、かわいい子に毎日ずっとそばにいてもらうのは嬉しいが。

 

「これで提督の弱みを握ったって思えば、私は得したわね」

「黙っていて欲しい。他の艦娘たちに知られれば、引かれるのは間違いないな。特に秘書たちが知ったら、軽蔑の目を向けられながら仕事だなんてできるわけがない」

 

 もし他の艦娘たちに知られたら、さっさと辞めることにしよう。それまでなら、今日のように五十鈴は時々髪をさわらせてくれるかもしれない。

 五十鈴は首を傾げて悩んで考え込みはじめた。

 今の発言に何か考え込む要素があったのかと、五十鈴が考え終わるのを待つ。

 

「秘書の3人に髪をさわらせてくれって言わないの?」

「関係が悪くなるだろう。あいつらは真面目で仕事ができる俺じゃないと嫌がるぞ」

「でもそれと提督の性癖は関係ないんじゃないかしら。それに言ってみると受け入れてくれるような気がしない?」

「それと失敗した時のことを考えると無理だ。五十鈴が時々さわらせてくれれば、それでいい」

「提督にべったりな様子なら、いけると思うんだけどね。あ、髪をさわらせるのは今日だけよ? 誕生日だから特別だっただけで。女性の髪にさわりたいのなら、まずは秘書の人たちにお願いしてみたら?」

 

 五十鈴の俺を突き放す絶望の言葉に強い衝撃を覚えるが、さっきまではもう提督をやめてもいいと思っていたから、髪をさわるお願いをしてみるのはいいかもしれない。

 天井を見上げ、自分の欲求をちょっと出してみるかと覚悟を決めると五十鈴が席を立つ。

 ツインテールの素敵な黒髪をふりふりと動かしながら、椅子を元の位置へと戻すとかわいらしい微笑みを俺に向けてくる。

 

「じゃあ提督、秘書の人たちと仲良くね」

「待て、五十鈴。俺が我慢していた感情を出させたのにもういなくなるのか」

「これ以上いると秘書に怒られるもの。それと爆発する前でよかったじゃない。私に感謝するべきだと思うの」

 

 俺は五十鈴に帰ってもらいたくなくて手を伸ばすが、五十鈴は小さく手を振って部屋から出ていった。

 ……五十鈴は実にひどい女だ。

 あの素晴らしい髪をさわってしまったら、もう感情は抑えられない。さっきさわったばかりなのに、もう綺麗な髪をさわりたくてたまらない。

 自分の両手を見ると、今まで綺麗な髪に飢えていたから艦娘の髪が間近にあったら自然と指が動き出してしまいそうだ。

 五十鈴の髪と出会い、さわってしまっては自分の欲求を止められなくなるだろう。

 今までは周囲の評価が気になっていたが、もうそんなのは気にしない。

 これからは美しい髪を見つめ、さわっていく生き方に変えていこうと誓った。そう思えば、辛い仕事の時間でも艦娘たちの髪を思えば元気にやっていけそうだ。

 


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