艦娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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2.金髪ロングヘアのビスマルク

 五十鈴に1度だけ髪をさわらせてもらった日から2日後の夕方。

 静かな執務室には石油ストーブが動く音と、俺と秘書であるビスマルクが机に向かって書類をめくる音だけが響く。

 俺は執務机に向かい、ビスマルクがマグカップに淹れてくれたコーヒーを飲みながら昨日の外回りの時に渡された書類を朝からビスマルクとふたりで読んでいる。

 それは軍関係以外の仕事。だが地元の人たちと仲が悪くならないために必要なことだ。

 昨日の要件だと、12月になってから雪かきなどの地元貢献をなにかやってくれということだった。

 このあたりの裁量はそれぞれの鎮守府にいる提督に任されている。

 軍のほうからも本来の業務にあまり影響がない程度には地元へ貢献しろと指示を出されている。

 戦争をしている今は軍への物資が優先され、多くの人が我慢を強いられる生活をしている。そのために一般の人からは軍が素晴らしい戦果をあげようとも、自分たちの暮らしが豊かにならなければ軍へ対する印象は下がるばかりだ。

 それを改善するための話し合いを昨日はしてきた。

 今日は昨日に地元の人から提案された企画書と、この鎮守府に対する意見不満の要望書を見ながら実現可能なものかを資料を参考にしながら俺とビスマルクのふたりで朝からずっと手分けしてやっている。

 だが、それもあと少しで終わる。艦娘たちの要望書のひとつである鎮守府焼き芋祭り案なるものを確認すれば。

 ……この要望書の内容は食堂で焼き芋を提供して終わりじゃダメなんだろうか。自分たちで落ち葉とイモを用意し、焼いて食べる。

 青空の下で自分たちの手で作るのは失敗してもおいしく感じられるが、外でやると煙のせいで出火なのかと周囲の人に不信感と怖い気持ちを感じさせてしまう。

 艦娘と周辺住民の気持ちに配慮しつつ、どうすればいいかと悩み、俺からちょっと離れたところにある秘書用の机。その机に向かって書類をにらめっこしているビスマルクを見る。

 ビスマルクは秘書である3人のうちの1人で、7年間ずっと一緒にやってきた。仕事やそれ以外の時も色々と世話をしてくれ、時々口うるさいこともあるが姉がいたらこんなものだろうかと思う。

 そんな世話焼きな彼女の外見は20歳あたりな感じで、俺と同じぐらいの背をしてモデルかと思うような美しい体のバランスだ。

 柔らかく、ふんわりとしていて腰まで伸びているきめ細かい金色の髪。白い肌は透き通るようであり、形のいい大きな胸がある。

 帽子を机の上に置き、制服姿で仕事をしているビスマルクの横から見る表情は凛々しく、そのかっこいい様子を見たあとに綺麗な金髪をじっと眺めてしまう。

 仕事をしている姿はかっこいいなと考えていると、書類を読み終わったビスマルクは疲れたように大きなため息をついてから俺のほうを見てくる。

 

「遅くなってごめんなさい。そっちも終わったのかしら?」

「ああ、ついさっきな」

「それなら今日はもうおしまいね。それで、なんでAdmiralは私を見ていたのかしら?」

 

 ビスマルクは疲れた様子でそう言い、秘書用の机にあるマグカップに入っているコーヒーを飲んでいく。でも冷えたコーヒーはまずかったらしく、眉をひそめた顔になった。

 俺はそんな様子を見ると、俺がコーヒーを淹れてこようと思って自分の机の上にある書類を引き出しの中へと片付けていく。

 

「コーヒーを淹れてくる。パックでよければ」

「ありがとう。今度、私が淹れるときはとっておきの豆を使ってあげるわ」

「それは楽しみだ」

 

 ビスマルクの嬉しそうな顔に笑顔を返し、俺は席を立ちあがると2人分のマグカップを回収して執務室を出ていく。

 あまり広くなく寒い給湯室でヤカンに水を入れて沸騰するのを待つあいだ、マグカップを洗う。

 その間に思い出すのは、さきほどのビスマルクの言葉。

 ビスマルクは自前でいいコーヒー豆を用意しては自分で焙煎して俺に飲ませてくれる。そのコーヒーの味は時々変わり、ある時にその豆が何かを聞いたときはマンデリンという高級銘柄だった。

 今は戦争が中断し、海外との貿易がちょっとだけ復活しているが輸送量が少ないこともあって海外の物はすべてが高い。そんな高いものを飲ませてもらったから、俺もお返しをしたかったが何を渡せばいいのか思いつかないまま、そのままになっている。

 沸騰するヤカンを見ながら今年中にビスマルクを喜ばせたいと目標を決め、マグカップにお湯をそそいで温める。そうして温まったマグカップからお湯を捨て、ドリップのコーヒーパックをセットし淹れていく。

 できあがったコーヒーをふたつ持って執務室へ戻ってくると、そこには女神がいた。

 いや、女神だけじゃ言葉が足りない。油彩で描かれた名画のような、女神様のビスマルクが優雅に立っていた。

 ビスマルクは窓の外を見ていて、その立っている場所には夕陽の光が降り注ぎ、それがビスマルクの金髪を光らせている。

 それはきらきらとまぶしいほどに輝き、体全体に夕陽の光を浴びていることもあって幻想的な光景だった。

 

「おかえりなさい、Admiral」

 

 俺に気づき、振り返るときに髪はふんわりと浮かび上がり、髪の毛1本1本が芸術品のように見える。

 返事ができないまま、ぼぅっと髪を見続けているとビスマルクが近寄ってきて心配そうな顔で見つめてきた。

 

「……大丈夫?」

「あぁ、大丈夫。大丈夫だ」

 

 持っていた片方のマグカップを手渡し、ビスマルクと目を合わせないように早足で机へ戻ると熱いコーヒーを飲んでいく。

 コーヒーを飲みながら思うことは、この姿を写真に撮りたいという気持ちがあった。

 今のビスマルクは俺にとって遠い存在にも思える。そんなことを考えてしまい、大きな深呼吸をして心を落ち着けたあとに机の引き出しから大人の女性向けであるファッション雑誌を取り出す。

 これは昨日、鎮守府の外へ出たときにビスマルクを待たせて本屋で買ってきたものだ。

 レジでは少し買いづらかったが、これも綺麗な髪を見るためだ。雑誌のモデルなら、どれだけ髪を見ようとも文句を言われることはない。自由に気の向くままに見ることができる。

 ビスマルクに見つめられて心臓の鼓動が高まったのを雑誌の表紙を眺めて抑えたあとにページを開いていく。

 冬服に身を包んだモデルさんたちの写真を眺めていくが、心惹かれないのはなぜだろうか。

 顔や全体で見れば、かわいらしくはあるのだけれど。髪だけとなると気になるモデルさんはいない。そもそも雑誌の目的は服を見せるためだから、必要以上に着ている人が目立ってはいけないのだろう。

 そんなことを考えるが、すぐそばにいるビスマルクのことが気になりすぎて集中できていないことに気がつく。

 落ち着かない気持ちになりながらページをめくっていくと、体半分ほど空けた隣に椅子を持ってビスマルクがやってきた。

 

「私も見ていいかしら。あなたがこういうのを読む姿は初めて見るわね」

「これも勉強のためにな」

 

 こんな近くに来られると、2日前に間近で見た、五十鈴の髪の綺麗さと感触を思い出してしまう。

 すぐ近くにいるビスマルクからはシャンプーの香りがし、視界に入ってしまう金色の髪を見ると気持ちが段々と高ぶってくる。

 だが今日ばかりは髪をさわりたいという気持ちを抑えなければいけない。五十鈴の時にさわりたい気持ちは我慢はしないと自分に誓ったが、いざその時になれば緊張と恐怖がやってきてしまう。

 

「私の給料で1セットは揃えられるけれど、他にも服をたくさん持たないといけないからブランド物はそんなに買えないわね」

「コーヒーを安いのに変えれば―――」

Nein()!」

 

 言葉を言い終える前に俺をにらみつけるビスマルクは強い口調で返してくる。

 今のは俺の失言だ。

 ビスマルクは出会った時にはすでにコーヒー好きだった。そんな大好きなものを犠牲になんて言うのはダメで、そもそもビスマルクは服が欲しいとは言っていない。言葉からすれば、『余裕があれば買ってもいいかしら』と理解すべきだ。

 

「……今のは俺が悪かった」

「私も強く言い過ぎたわ。私が好きなもので、あなたも気に入っているものを軽く見られた気がして」

「そんなつもりはなかった」

「ええ、わかっているわ。Admiralはその人が好きなものなら、それが何であってもバカにはしないもの」

 

 その言葉と共ににらみつけきた表情から一転し、明るい笑みを俺に向けて褒めてくれるのは恥ずかしい。

 俺は返事もせず恥ずかしさを隠すために雑誌へと目を移し、ページを進めていく。

 すぐ隣から温かな視線を感じていたが、気にせず雑誌を読み進めていると視線が離れてくれる。

 モデルさんが着ている服を見たビスマルクはそれが大人でおしゃれだとか、私服は数が少ないからあこがれると言うのを聞きながらページは女性の髪形特集に。

 それは不器用な人でも簡単にヘアアレンジできるというもので、前日の夜から仕込んだウェーブヘアの作り方やサイドロープ編みポニーテールというのが紹介されていた。

 その髪型はどちらもおしゃれだ。

 艦娘たちはそういう手間のかかる複雑な髪型は邪魔になるためか、滅多に見ることがないために雑誌のは新鮮に思える。

 ビスマルクなら、どういう髪型が似合うかと首を動かしてみてしまう。ビスマルクも俺の視線に気づいて振り向くと、お互い近い距離で見つめあってしまう。

 俺は綺麗な髪を見たいだけなのに、こうも美人な人に正面から見つめられると恥ずかしくなる。でも髪を見続けるために顔をそらすという行動はできなかった。

 どうすればいいか、わからないでいるとビスマルクはそっと静かに目を閉じて顔を向けてくる。

 それを見てビスマルクは俺を受け入れてくれるんだなと理解した。だから俺は片手で肩を掴み、びくりと震えるビスマルクに近づく。

 夕陽の光にあたっている金髪が黄金色に輝いていて、その美しさにさわろうと思ってしまった俺の意思を止めてしまう。

 思えば、こうしてビスマルクの体を自分からさわるのも今年初めてだ。朝に執務室へ来てから、夜に自宅へ帰るまで一緒に過ごす時間が多いのに。

 だが、このままではダメだ。俺は髪をさわると決心したはずだ。自分の抑えてきた欲望を出すと!

 だから俺は緊張をしながらビスマルクの髪を1分ほど眺めてから覚悟を決め、そっとビスマルクの髪へふれようとゆっくり手を伸ばす。

 そうして髪をさわる寸前、目を開けたビスマルクが俺の顔と髪に近づけた手を見たあとに、顔を赤くして目を大きく見開いた。いけないことをしている気がして、手が止まってしまう。

 ビスマルクは俺が硬直していると、椅子から乱暴に立ち上がっては4歩ほどの距離を取った。

 それで気づいた。合意だと思っていたことが無許可だったということを。

 幸せだった気持ちが一転し、背筋が冷えていく。いくら長いあいだ共に過ごしてきた相手でも、何も言わずに行動をしてしまうのはよくないことだ。

 

「私の髪をさわろうとしたの?」

「あぁ、その、すまない」

「別にいいわ。…………私が誤解しただけだから」

 

 そう言って許してくれるビスマルクだが、俺に背を向けてしゃがみこむと聞き取れないほどの小さな声で何かをつぶやき始めた。

 今言ったこととは違い、かなり怒りが溜まっている気がする。

 何を誤解したかわからないが、そのことを聞くと本気で怒りそうだから怖くて聞くことができない。

 こういう時は気の利いたことが言えればいいが、普段から秘書と一緒に行動しているために自分で解決できないような困ったときは助けてもらっている。

 秘書以外の艦娘たちと会うときにも必ず秘書の誰かが俺のそばにいて、下手なことを言わないようにフォローしてもらっているが、そういうことをしてもらっているから会話の経験値がどうにも足りていない。

 俺が話しかけられない状況が3分ほど続いたあとに、しゃがんだままのビスマルクが顔だけこっちへと向けてくる。

 

「どうしてさわりたかったのかしら」

 

 顔を赤くしながらも不思議そうに聞いてくるのに対し、俺は思っているままのことをすぐに返事をした。

 

「夕陽に当たった髪が、絵画にある女神のように綺麗だったから」

「ずいぶん恥ずかしいことを言うのね」

 

 そう言われて、恥ずかしいことを言ったと自分でも自覚する。 ビスマルクの顔を見ることができず、雑誌を見ることにして視線から逃れる。

 そうしているとビスマルクは立ち上がって机越しに俺の前へやってくると、何も言わずに長い髪を振り払う仕草が視界の端に見える。

 振り払った時に宙に舞う綺麗な髪を熱心に、けれどあまり見ないようにしつつ見ていく。

 堂々と見たくはあるが、まだ恥ずかしい気持ちがあるために今は顔を見ることができない。

 雑誌を見ながら、これからどうしようかと集中できないでいるとビスマルクが穏やかな声をかけてくる。

 

Mein Admiral(私の提督)、あなたのコーヒーを淹れてきていいかしら?」

「頼む。ビスマルクが淹れるコーヒーは好きだ」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべたビスマルクは俺の机からマグカップを手に取り、執務室を出ようと歩いていく。

 いなくなるまえに髪をさわらせてくれないかと声をかけようとしたが、歩く時に揺れる金髪。その髪の動きに目を取られているとビスマルクはそのまま部屋を出ていった。

 静かになった部屋で自分1人だけになって気づいたことがある。

 髪をさわるには相手がさわらせてくれる気分になる時まで一緒にいて話をし、それとなくお願いすればいいと。そうでなければ、さっきのように勝手にさわろうとした俺とビスマルクの間で誤解が起きてしまう。

 だからこれからは積極的でなく消極的な行動がいいと思った。

 髪をさわれなかったのは残念だが、そう焦ることじゃない。これから機会はきっとあるだろうし、嫌がらないようにしてさわっていきたい。

 初めてさわらせてくれた、五十鈴の時のように。




オリジナル小説が進まないための息抜き小説。

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