艦娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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5.青髪ロングヘアの五月雨

 11月も中旬に入り、段々と寒さが強くなる時期が近づいてくる。

 今日の天気はどんよりとした灰色の雲が空いっぱいに広がっているため、太陽がある時よりも寒さを強く感じてしまう。

 でも100人は同時にゆったりと食事ができるほどの広さがある食堂では暖房ががんがんとかけられていて、午後3時という飯時から外れた時間でもかなり暖かい。暖かすぎて近くにある温度計の表示が27度もあるほどだ。真上から来る暖房の風で上着を脱ぎたくなるほどに。

 そんな暖かい、がらんとした人がいない食堂では厨房で夕食の準備をしているおばちゃんたちを除くと、ここにいるのは俺と制服を着ていて黒髪ツインテールが綺麗な五十鈴だけだ。

 俺たちは窓のすぐそばの4人掛けのテーブル席に向かい合って座っている。

 目の前にはマグカップに入ったホットコーヒーがあり、五十鈴には3日前の掃除の時に約束したご褒美として豪華な大盛りイチゴパフェが。

 俺はちびちびとコーヒーを飲みつつ、目を輝かせながらパフェの山をスプーン片手に食べている五十鈴の姿を微笑ましく見ていた。

 

「食べるのはいいが、話し相手をしながら食べて欲しいんだが」

「話している間にイチゴパフェのアイスが溶けちゃうでしょ。後からでも……と思ったけれど、話ながら食べていくほうが楽しいわよね」

 

 そう言って五十鈴は食べる手を止め、スプーンをガラスの容器に置いてくれた五十鈴に俺は一安心する。

 せっかく由良から1人でいさせてくれと言って、1人の時間を勝ち取ったんだから無駄なくいい時間を過ごしたいものだ。説得して得た時間は、鎮守府内を歩き回っているときに、暇そうに歩いている五十鈴を捕まえることができたのだから。

 それに五十鈴と話したいことはある。

 俺にとって五十鈴は最初に髪をさわらせてくれた子であり、隠れた心の中の欲望を教えてくれた恩人だ。そして、その恩人だからこそ聞けることがある。

 

「聞きたいことがあるんだが、俺について悪い話は聞いていないか?」

「提督の噂? ……悪いのは聞いていないけれど」

 

 五十鈴は窓の景色を少し見たあとにスプーンを手に取り、ひと口分のパフェを口の中に入れていく。

 おいしそうに食べている顔を見るのもいいが、俺としては不安なことがある。ここ2日間、一部の艦娘たちから強い視線を感じるからだ。

 だが、五十鈴は何もないと言って―――。

 

「その言い方だとあるんだな、俺に関することが」

「んー……でも提督が気にするようなことじゃないわよ? ほら、4日前に由良さんのリボンを結んだでしょ?

 あの曲がっているリボンを見た子がどうしたのって聞いたのよ。そうしたら『提督さんにやってもらったの』って幸せそうに言うものだから皆、気になっちゃって」

 

「それが理由か」

 

 五十鈴の言っていたとおりに悪いことじゃなくて安心するが、それでも問題があるんじゃないかと考える。

 俺が髪フェチだというのがばれるということが問題で、髪フェチだという事実を知ると艦娘の誰かを見るたびに嫌がる子がいるかもしれない。五十鈴は理解があっていい子だから、以前と変わらない付き合いをしてくれる例外だというのを忘れてはいけない。

 艦娘たちの髪を自然にさわるならいいかと思っていたが、これからは口止めをする必要があるか? いや、口止めなんかしたら悪いことをしている気になってしまう。

 俺がこれからのことを考え、気が重くなっていると五十鈴は不思議そうに俺の顔を見ながらパフェを食べ進めていく。

 

「同意を取っているし、セクハラ発言や行為をしているわけでもないから、もう少し軽く考えてもいいと思うけど。それに変わった趣味や性癖がある子だっているんだから、そのくらいなら大丈夫よ?」

「そうだとしても、堂々と公表はしたくないな」

「してもいいと思うけどなぁ。提督の影響で髪に気を遣い始める子も出てきたし。仕事以外の生活にちょっとした変化があるのはいいことよ?」

 

 俺の影響で髪が綺麗になっていく子が増えるのはとてもいい。だとしても、俺が髪好きでさわりたい想いは今までどおりにしたほうがいいに違いない。突然、髪をさわりまくってくる人がいるのは俺だって嫌になるから。

 女性からだと、きっと髪は男の俺が考える以上にさわられるのは嫌だろう。

 落ち込んだり喜んだり悩んだりしたあと、コーヒーを飲み干した俺はパフェを食べ終わった五十鈴の髪をさわってもいい流れに持っていけないかと悩む。

 その時に食堂に1人の艦娘、駆逐の子である五月雨が食堂へと入ってきた。

 五月雨は中学生になったばかりのような幼い顔、低い背の持ち主だ。

 髪は真っ青な波の色を重ねたような深い青。足首あたりまで伸びる髪先に行くにつれ、その青さは清流のごとく気品ただよう淡い青色へと変わっていく。

 俺と五十鈴がいるテーブルに嬉しそうに近づいてくる動きに合わせ、まっすぐに伸びる美しい髪は重さを感じさせないように優雅に揺れている。

 胸が控えめで幼さの残る顔や体つきと違い、髪だけは子供とは言えない。

 そんないつもの制服を着た五月雨がすぐ目の前までやってくる。

 

「提督と五十鈴さんもおやつの時間ですか? 私も何か甘いのを食べようかなと思って来たんですよ!」

 

 五月雨はテーブルの上にあるパフェが入っていた器を見て、仲間がいたと思ってか楽しそうに言ってくる。

 

「おやつを食べるにはちょうどいい時間だものね。前に、私に迷惑かけてくれた提督のおごりで食べるから実にいい気分よ」

「迷惑というよりも掃除を手伝ってくれたお礼だ」

「きちんと掃除をする男の人ってすごいですね! なんだかあまり掃除しないイメージだったので。あ、食べるのをご一緒してもいいですか?」

「いいわよ。私と提督もまだ話をしているし」

「わかりました! 提督のコーヒーがないようなのでお代わりを持ってきますね」

 

 俺のマグカップにコーヒーがないのを見た五月雨は、そのマグカップと五十鈴の食べ終わったパフェのガラス容器を持って食堂のカウンターへと行く。

 ああまで純真に言われると、掃除が面倒だからと五十鈴と嵐に手伝わせた俺の心に小さな罪悪感がやってくる。

 

「五月雨はいい子だな」

「あら、艦娘はみんないい子よ?」

 

 確かにいい子ばかりだ。仕事はさぼったりしないし、俺に八つ当たりなんてことは滅多にない。改善要望や不満を言うぐらいだ。

 仕事だけの関係としてなら俺と艦娘たちとの関係は悪くはないし、気にしすぎかと思い至る。

 曇り空で暗い窓の外を見ながら、女性との付き合い方に答えなんかあるわけないよなと思っていると、五月雨が串にささったみたらし団子2本が載った皿を持って帰ってくる。

 それを持って五十鈴の隣に座ると、おいしそうに食べ始めていく。

 そのおいしそうに食べていく姿を、俺と五十鈴はついじっと見つめてしまう。

 団子の串を掴み、ひとつずつ団子を口にほおばって幸せそうに食べていく姿は見ているだけで面白いものだ。

 ひとつずつ大切に食べていく姿をおれと五十鈴は見守っていたが、1串分を幸せそうな顔で食べ終わると見られていたことに気が付いたらしく、戸惑った様子だ。

 

「ええと、私、変な食べ方をしていました?」

「幸せそうに食べているなと思っていただけだ。別に変じゃない。むしろいいと思う」

「ですよね! 好きなものを幸せに食べて、喜ぶことができるって素敵なことだと思うんですよ!」

 

 その予想外に力強く、熱い言葉に俺は感動する。五月雨が言っていることは、俺が女性の髪を好きだということにも同じことが言えると。

 だが、俺は好きなものに対して自分以外の人には好きという表現ができない。周囲からの反応が怖く、髪が好きだという事実で嫌われるのを怖がって。

 だから団子を食べているだけとはいえ、五月雨には敬意にも似た感情が俺の中で出てくる。

 

「そうだな。五月雨の言うとおり、それは実に素敵なことだ」

「……! 提督も同じ想いなのを知って、五月雨は嬉しいです!!」

 

 たとえ俺と五月雨は違うものが好きでも、好きという感情に対しては同じ考えを持つにいたり、俺自身も嬉しい。

 

「あの、五十鈴的には提督の好きなものと、五月雨ちゃんがお菓子を好きというのは問題となる要点があまりにも違うと思うんだけど……」

 

 感激の感情が爆発しているなか、俺に向けられた五十鈴の小さな呟きは聞こえなかったものとして五月雨を見る。

 五月雨は2本目の串を手にとっておいしそうに食べていく姿を見ていると、自分の体が段々と暖房の下で暑くなっていて我慢も辛くなってくる。その辛さから逃れるために上着を脱いで空いている隣の椅子にかける。

 それを見た五月雨は食べている途中の串団子を皿の上に置き、慌てて立ち上がっては窓を開ける。

 俺に気を遣ってくれる優しい子に感心をしていると、窓を開けた途端に強い風が食堂の中に入り込む。

 その風は五月雨のまっすぐと床に向かっていた髪をなびかせ、広がっていく。風の強さに思わず目をつむってしまった五月雨だが、次第にその風の心地よさに微笑みを浮かべた。

 そんな時、一瞬風が弱まって、いい感じになびく髪に雲の切れ間から太陽の一筋の光があたる。

 透明感のある五月雨の髪は輝き、髪の毛1本1本がまるで幻想的風景として俺の目にうつる。

 そう。その姿はまるで―――。

 

「天使だ……」

「天使ね……」

 

 俺と五十鈴は同時に声を出し、同じ感想を持つ。

 それほどに五月雨の髪は美しいものだった。いや、普段からも美しいが風と光が合わさり、この世のものじゃないと錯覚してしまうほどに。

 この一瞬だけは多くの名画のように、心奪われる1つの光景となっていた。

 だけれども、その天使な姿はまた強い風によって終わりを告げ、あまりの風の強さに五月雨は後ろから倒れてしまう。

 慌てて俺と五十鈴は立ち上がると俺は五月雨の手を引っ張って助け起こし、五十鈴は窓を閉めた。

 

「すみません、ご迷惑をかけて……」

「それはいいんだ。怪我はないか?」

「ええっと、大丈夫です」

 

 申し訳なさそうにしながら自分の席へ戻っていこうとする五月雨だが、その後ろ姿を見て俺はあることに気づく。

 それは非常に重大な問題で、これを見逃すことは提督として、いや、人としてやってはいけないことだ!

 俺が正義感に燃えるほどの問題とは、五月雨の髪が強い風によって乱れてしまったことだ。

 あの水の流れを象徴しているかのような色合いとまっすぐさ。それがぼさぼさなヘアスタイルになってしまっている。とてつもなく非常にいけないことだ。

 俺は気分が高揚しているのを深呼吸して抑えたあとに五月雨へと優しく声をかける

 

「五月雨、髪を直すから隣に座ってくれ」

「あ、はい。お願いしますね」

 

 はじめは戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ顔になって隣に座ってくる。その時に髪が床へと着かないようにテーブルの上へあげるのを忘れずにやっておく。

 その時にふと視線を感じる。

 このいけないことに関して一瞬で冷や汗が出始め、うまく動いてくれない首を動かして五十鈴の顔を見る。

 五十鈴は俺と目が合うと深いためいきをつき、苦笑いを浮かべる。

 

「別に怒りはしないから、やりたいようにやっていいわよ」

 

 その言葉に安心し、俺は髪を直すことにする

 ただ、髪を直すといったものの、櫛がないので手櫛になってしまうが。

 

「さわるからな」

 

 五月雨に向かってそう言うと、そっと髪にふれる。

 風でばさばさになった、さらさらな髪の毛をまっすぐな形に整えていく。

 五月雨の髪をさわっていくうちに胸が高鳴り、喜びと緊張が一緒にやってくる。

 この素晴らしい髪を俺がさわれるなんて! そういう気持ちを抱いて。

 でも段々と高鳴った胸の鼓動は落ち着き、なんだかさわっているだけで癒されている気がしてきた。

 この気持ちは今まで髪をさわった子たちには感じられなかったことで、娘がいたらこんなふうに暖かい気持ちになるのだろうかと思う。

 五月雨という、俺にとっての癒し枠である存在は。

 




誤字報告、いつもありがとうございます。

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