艦娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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6.銀髪三つ編みロングの雲龍

 11月の秋が終わり、もうすぐ冬の12月になってしまう近頃。

 寒くなるにつれ、女性たちの服はもこもこと服を厚く着て、おしゃれな姿を眺めるにはいい季節だ。

 それは普通の男性からすれば。俺からはいい季節ではない。

 なぜなら寒さのあまりにニット帽を頭へとかぶり、大事な髪の毛が見えなくなる時期だからだ。

 耳元から先の髪しか見えず、特にショートヘアの子なんて髪がすっかり見えなくなってしまう恐ろしい帽子の季節。

 しかもこれから先、寒さが終わるまでは帽子をかぶる率とかぶる時間が増えていってしまう。

 あぁ、こんな落ち込むならショートヘアの髪を持つ子と接する機会をなんとか作ってさわるんだった……。これから先、春まではさわる機会なんてないも同然だろう。もしあったとしたら、そのチャンスを逃さないようにしたい。

 悲しいことを考えながら大きく息を吸い込み、ひどく深いため息をつく俺。

 その俺がいる場所は執務室がある4階建ての建物、その屋上だ。今日は晴れのため、屋上では太陽の光は体によくあたるが、海の風で寒さを感じて少々辛い。

 いつもの軍服の上に艦娘たちの服と一括して買った灰色のダッフルコートを着込んでコンクリにあぐらで座りこんでいる。

 そして、屋上のフェンスの隙間から遠くにいる、訓練中の艦娘を堂々と眺めている。帽子を含めた冬服装備で艦娘たちの、優雅になびく髪が少ない今を嘆きながら。

 とても悲しい。女性の髪が目で楽しめなくなるなんて。これでは提督という職についた意味がない。いや、元々は髪が理由で軍人になったわけではない。

 父親が提督という仕事をしていたから、その背中を見て育っただけだ。

 それに俺を生んで亡くなった母の代わりに艦娘の1人に育てられたこともあって、艦娘たちの役に立つ仕事がやりたかった。

 ……昔を思い返して気づいたことがある。

 俺が髪を好きなのは、母代わりである背の大きな艦娘の後ろ姿をずっと見ていたからだと思う。

 たぶん今の俺と同じぐらいか、それ以上に背が高かった艦娘は美しい形のポニーテールを腰まで伸ばしていて、つややかな黒色の髪の後ろ姿は常に優雅さと気品を感じられた。

 だが、その母代わりの艦娘は俺が中学生になるまえに戦闘で亡くなってしまった。俺が1人になってしまってからはひどく父親を恨み、暴言の数々を言っていた。

 その時からだろうか。自分で自覚しないまま、女性の綺麗な髪を見ると目で追ってしまっていたのは。

 そのことに気づいたのはごく最近で、五十鈴に言われるまではわからなかった。

 女性に何を求めているのか。自分で考えると、俺は女性の髪に救いを求めているかもしれない。

 優しかった艦娘の記憶を忘れないようにと。

 そうして、ぼぅっと遠くの海の上で訓練している艦娘たちを眺めているうちに考えるのをやめた。

 遠くの彼女たちをじっと見ながら自然と出る大きなため息をつくと、いつのまにか少し離れたところに誰かいたのに気付く。

 

「隣、いいかしら」

 

 落ち着いた声で俺の隣へとやってきたのは空母艦娘の雲龍だった。

 雲龍は、空母なのに前へと出て味方をかばうという自己犠牲精神と仲間意識の強い勇敢な艦娘だ。そのために他の艦娘たちから信頼されると同時に怪我が多いことを心配されている。

 その雲龍からはいつもの寒そうな制服姿は見えず、灰色のダッフルコートを着ていた。

 雲龍の銀髪は癖っ毛がとても強く、本人みたく雲のように自由でマイペースな性格と同じで髪も何者にも抑えられず生き生きとして見える。

 跳ねている髪は決して手入れがされていないからではなく、あえてまっすぐにしていない。その髪は近くで見ると枝毛もなくキューティクルも美しいのがわかる。

 髪は一房ごとにまとまっていて、ひとつずつ手に取っては柔らかな見た目の感触を楽しみたいところだ。

 よく手入れされている髪は首元のあたりで黒色の髪ゴムを使い、緑色の大きな玉かんざしのようなものを髪に埋め込むような形に上下部分で固定されている。

 そこから先は三つ編みに縛られた髪は足首まで伸びている。でも先端までは縛られておらず、三つ編みを緑色の髪ゴムで止めたあとの髪は、まるで犬の尻尾のようにふんわりと好きなままに広がっていた。

 髪を観察したあとに雲龍の目を見つめる。

 

「別に構わない」

 

 そう俺が言うと1人分ほどの距離を開けて座ってくる。膝を抱え、座った姿の雲龍は普段着である制服のスカートがとても短いために、今はダッフルコート以外何も身に着けていないように見える。

 それは鍛えられた健康的な白い太ももが見えることになり、ちょっとだけ俺の興味を惹いてくる。

 でもすぐにその興味はなくなり、代わりに雲龍が抱えるように持っていた紙袋が気になる。

 

「これ? 中に肉まんがあるわ。提督を眺めていたから冷めてしまったけど、2個あるから提督も食べる?」

「食べる。しかし、見てくれていたなら、声をかけてくれてもよかったんだが」

 

 雲龍に手渡された肉まんは言ったとおりに冷えていて、口に入れると冷たい肉と肉汁の味がする。

 冷たくても肉まんはおいしく、腹に食べ物が入っていくと少し下がっていた気分がいくらかは回復してくる。

 

「雲龍は普段からここに来ているのか?」

「ええ。この景色を見ながら食べるのが好きなの。提督は……こんな寒い場所で自分の体を痛める遊びをしていただなんてね」

「確かに自然の景色を見るのにはいい場所だからな。だがな、雲龍。これだけは訂正させてくれ。俺は自分の体を痛めて喜ぶ趣味はない。ぼぅっと景色を見ていただけだ」

 

 フェンスの向こう側を指差すと、雲龍は興味なさげに「ふぅん……」と言葉を発しただけ。

 それから言葉はなく、俺と雲龍は静かに肉まんを食べ終わると海の景色を眺めていく。だが、そうする前に気になることがあった。

 雲龍はどうにも食べ方が悪かったのか、手には肉まんの肉汁が手についていた。

 白くすべすべしている手にそれがついているのは気になり、俺はポケットからハンカチを取り出す。

 

「雲龍、手を出せ」

「手? 私に何かいけないことをする気かしら」

 

 ぼんやりとした雰囲気で俺の持つハンカチを見ても察してくれず、強引に手を取って拭いていく。

 指先から手の平、それを片手ずつ丁寧に拭いていく。雲龍は俺にされるがままで、気を悪くしてないか表情を見るとほんのり喜んでいるような気がする。

 喜んでもらえるのはいいが、手を拭くだけでそんな顔をされるとくすぐったく感じる。

 手をハンカチで綺麗にし終えたあとは、また遠くの艦娘を見ながらさっきから気になっていたことを聞く。

 それは足だ。

 手を拭くときに、その手の向こう側である太ももが少し気になってしまう。しかも膝を抱えているから、ダッフルコートの影になっている奥が見えそうで見えないというフェチズムを生み出してしまっている。

 

「コートだけじゃ足が寒いだろ。冬の間はズボンかタイツでも履いてくれ」

「楽だからこうしているけど、ダメかしら?」

「見た目が精神によくない。コートが長いから、スカートが隠されて何も履いていないふうに見えるぞ。男の俺が言うとセクハラになるだろうが、まるでコートの下が裸に見えてしまう」

 

 雲龍に軽蔑の目や文句を言われることを覚悟しながらでも、こればかりは言わなければいけない。

 髪を見つめすぎて何か言われるのは理解できるが、普通の男のように太ももなどを見て文句を言われるのはとても嫌だ。

 

「これでいいのよ。鏡を見ると履いていないように見えて興奮するから」

「…………なんて言った?」

 

 俺の耳に変な言葉が聞こえ、雲龍の顔をまじまじと見つめてしまう。

 雲龍は遠くの海を見たまま、言葉が聞こえなかったふうにして何の反応も見せない。

 何かと聞き間違えたんだろうかと首を傾げながら、視線を戻すと雲龍が間を詰めて肩がふれあうほどの距離へとやってきた。

 

「手をふいてくれたお礼をしたいと思うのだけど」

「いらない。俺に何かしてあげたくなったときにしてくれればそれでいい」

 

 俺の言葉を聞いた雲龍は自分の膝のあいだに顔をうずめて考え事をし、少し時間が経ってから自分の長い三つ編みの髪を持ち上げると、俺に寄りかかるようにして首へと巻き付けてくる。

 それはあの夢にまで見る伝説の髪マフラーだ。

 髪をさわること以上の髪への接近であり、手以外の部分で髪を感じ取れる素晴らしくも素敵なことだ。髪マフラーというのは!

 雲龍の髪は銀色系だが、白の色合いが多い。その銀と白っぽさは降り積もったばかりの雪だ。それもきらきらとまぶしい朝日の光に照らされ、美しい輝きを持つ雪のような。

 その雪を想わせる髪が俺の首に巻かれていくのを見ているだけで、興奮をする。でも俺はビスマルクに『あなたは女の子に甘すぎるわ!』と外回りで受け付けの女性に笑みを向けた時に理不尽に説教をされたことを思い出して心を落ち着ける。

 そうやって心が落ち着いたために、髪の毛の感触を素直に感じることができる。

 俺の首にぐるぐると2重に巻かれた雲龍の髪の毛は1㎏か2kgほどの重さを感じる。重さの次には意外と肌に刺さるチクチクとした髪の感触。

 このふたつの感想に髪マフラーはあまりいいものじゃないと思うが、それを圧倒するほどの良さがある。

 まずひとつめに暖かさだ。本物のマフラーほどではないが、意外にも暖かさを感じる。

 ふたつめは匂いで、女性の髪の匂いを堂々と後ろめたさも罪悪感もなく味わえることだ。

 そして最後は感触だ。首で髪の感触を感じつつ、自分に巻かれている髪の位置を調整しながらさわることができる。

 雲龍の髪はさらさらといったふうではなく、真綿のようにふわふわとした感じだ。手で髪を握り、撫でると気持ちよさのあまり、ずっとさわってしまいたくなる。

 特にストレスを感じたときや仕事をしているときは片手でずっとさわっていたいほどに。

 雲龍の髪のおかげで、落ち着いていた心は自然と胸が高鳴り、笑みが浮かんできてしまう。

 

「よかった。提督がそういう顔をしてくれて」

「ちょっと微笑んでしまっただけだが」

「それがいいのよ。だって私が声かける前は寂しそうだったから」

 

 いつも考えていることが雲のようにつかみどころのない雲龍だが、この時はその優しさに感謝する。

 おかげで寂しさはなくなった。

 

「縛られて嬉しいの、ぐらい言ってくるかと思ったよ」

「縛るより縛られたいわ」

 

 ……幻聴だろうか。危ないことを雲龍が言ったような気がした。

 

「なんだ。 悪いことをして自分で罰を受けたいのか?」

「違うわ。縄で動けないようにしっかりと縛られて、罵倒されたいの。『胸に栄養ばかりいって頭はからっぽなのか、このダメ艦娘が。裸にひん剥いて海に投げ入れるぞ!』とかそんなことを言ってもらいたいの。今なら提督に受け入れてもらえる気がしたから言ったのよ」

 

 その言葉に俺はなんて答えればいいのだろうか。

 俺が髪マフラーをされて嬉しいのは、決して疑似拘束プレイを楽しんでいるわけではない。純粋な気持ちで髪に喜んでいるだけなんだ。

 だが、そう言うと俺に変態属性を付けられるし、雲龍自身の変わった性癖を言われた今、雲龍に対する言葉は慎重にしなければならない。

 

「新しい仲間の誕生を私は喜んで―――」

「変態か、お前は」

 

 雲龍のエスカレートしていきそうな言葉につい慎重じゃない言葉の突っ込みを入れてしまう。

 その言葉と共に雲龍の目をちょっと軽蔑するように見て呆れた声を向けると、雲龍は小さく震えたかと思うと色っぽいため息をついた。

 …………興奮したのか? 雲龍は人に言いづらい快楽を得る趣味を持っているのだろうか。だとしても俺が文句を言えはしない。俺が艦娘を髪をさわりたいのと違って1人でもできるし、周りにそれほど迷惑はかからないはずだ。

 

「興奮してないわ」

「何も言っていない」

 

 真顔でそんなことを堂々と聞いてもいないことを言う雲龍に俺はすぐに返事をする。

 たとえ興奮したと正直に言っても受け入れるのにちょっと時間がかかるだけで問題は―――。

 

「なぁ、雲龍」

「なにかしら、提督」

「お前、戦闘の時に艦載機を飛ばしてから積極的に前へ行く本当の理由はなんだ?」

「……あんまり意地悪してくると、私は優しくなれないわ」

 

 俺にちらりと目を合わせたあと、俺の首に巻かれている髪マフラーをほどこうとしていく雲龍。

 その手を慌てて掴んで抑える。今の状況をこんな短時間でなくなってしまうのは実にもったいない。

 

「わかった。雲龍は仲間を守りたいという仲間想いな子と認識する。それ以上の理由なんて俺は求めない」

「それでいいのよ。でもそんな普段から頑張っている私にご褒美があってもいいと思うの」

「長期休暇か? それとも何か欲しいものが? お前が求める褒美を言ってみろ。できる範囲ならやってやる」

「私を縛って」

 

 褒美は何かがいいかと聞いたら、間を置かずに即答された。

 あまりの早さに俺の頭は理解が追い付かず、この雲龍をどうしてくれようかと悩む。

 だが、できる範囲に縛ることは入ると思う。

 

「1週間以内に準備するから待て。時間と場所も指定するから、それまでは誰にも言わないでくれよ。ばれても大丈夫なように準備するからな」

「別にばれても私の趣味だと言うから問題ないわ」

 

 雲龍自身がそう言ってくれるならいいかとも思ってしまう。だが、俺が縄で縛っている時や、そのあとの放置しているのを見られたらなんて思われるか。

 いや、むしろ堂々と執務室の隅っこにでも縛って放置しておけばいいのか。血流が悪くならないように、時々縛りなおせばいいし。

 なにより目の届く範囲だというのが大事だ。執務室なら慣れている場所なために俺も安心する。

 秘書は……艦娘とのコミュニケーションと褒美と言えば、納得してくれるはずだ。きっと。

 

「勉強はしておくが過度な期待はしないでくれよ」

「提督が私のためにしてくれるというだけで嬉しいわ」

 

 嬉しそうに微笑んだ雲龍は髪マフラーを調整し、俺にもっと密着するようにしてくれる。

 約束をし終えた俺たちはまた静かに遠くの海を見る。

 雲龍にはとても驚いたが、今日の俺がひどく落ち込んでいるのを心配して大事な秘密を打ち明けてくれたのだと思う。

 艦娘たちを助けていると思っていたが、今のように助けられることも多いと改めて思う。

 そんな彼女たちに俺は感謝している。

 幼い頃に俺を育ててくれた、あの艦娘のように。


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