光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

11 / 80
4月24日 交易町ケルディックへ

4月24日 午前7時半頃

 

 流れゆくクロイツェン州の景色が大陸横断鉄道の車窓から望める。

 トールズ士官学院のある帝都近郊トリスタから列車に揺られるほど約30分程だろうか。森林地帯を抜けると景色一面を黄金色の麦畑が染め上げた。大陸に名だたる大都市である帝都ヘイムダルを始め帝国各地へ食料を供給する、帝国最大の麦の生産地であるケルディックの大穀倉地帯だ。

 

 私はトリスタより東側へは鉄道では行った事がないので風景の何もかもが新鮮であった。トリスタに来る時に乗った列車の車窓から見た故郷のサザーラント州の田園地帯では、葡萄やオリーブ、柑橘系の果物等多くの農産物がごった混ぜに育てられていた。

 土地が変われば風土も、作物も、そして人も変わる。当たり前の事ではあるのだが、こうして自分の目で見せられるととても新鮮だった。

 

 四日前、先週の土曜日にサラ教官から伝えられていた予定通り実技テストが行われた。

 実技テストは通常の実技の時間とは少し異なる特殊な模擬戦を行うことがメインの様であり、アリサ、フィー、マキアス、私、という何とも私達だけ偏った組合せで、得体の知れない《戦術殻》と呼ばれる傀儡を相手にして戦うこととなった。

 戦術リンクの経験者がこの四人の中では私しかいなかったので有効的に繋げる事は出来なかったものの、自由行動日に旧校舎の探索をした私以外のリィン達三人は前衛二人の戦術リンクを用いた見事な連携で、他の組合せを圧倒する短時間で傀儡を沈黙させていた。なんとなく私だけ仲間外れにされた感はあるものの、戦術リンクの重要性を見せるのがこの実技テストのテーマだというのは私でも分かる程明らかであったので、私が入って他の組より1人多い四人組になり人数のアドバンテージが出てしまうのを避ける為と考えると渋々ながらも納得するしかなかった。

 結局、私達四人は遠距離に偏った組み合わせではあったが、前衛を張るフィーの尽力と人数が一人多い優位性もあり、苦しめられながらも傀儡を倒すことが出来た。

 

 その後、Ⅶ組の特別なカリキュラムについての説明が行われた。そのカリキュラムは『特別実習』といい、主に月末の土日の週末を利用して士官学院の外で用意された課題をこなす実習活動を行うというもの。

 但し、肝心な実習の課題の内容については未だ明らかにされておらず、その場で明かされたのはⅦ組を二つに分ける班分けとそれぞれの目的地のみであった。

 

【4月特別実習】

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、エレナ(実習地:交易町ケルディック)

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス(実習地:紡績町パルム)

 

 まあ、この組み合わせが書かれた特別実習の指示書を見た時の皆の反応は……色々と面白かったのが半分、不安しか感じさせないのが半分と言った所だろう。

 特にアリサとか――そう言えばアリサはどうしてるのだろう、少し気になった私は外の風景からを眺めながら隣の彼女の声に聞き耳を立てる。

 

「そうそう聞いて頂戴、リィン――」

「――なるほど、アリサはそういうのが好みなのか――」

 

 私の想像通り、今朝念願叶ってリィンと仲直りできたアリサはさも嬉しそうに、リィンとの二週間分の空白を埋めるかの様に楽しそうに話していた。

 自由行動日の夜、その日私がせっかくリィンをアリサの元へ送り出したというのに不本意な結果に終わった事について、彼女をやんわりと問いただした。その時の赤裸々な本心の吐露を聞いてしまうと……何だかんだ意識してしまったのはアリサの方なのだろう。本人が気づいてるかどうかは置いておいて。

 そんな事を考えていると聴覚だけでは物足りなくなり、楽しそうにお話中のアリサに顔を向ける。私の視線に楽しい時間を邪魔された彼女はすぐに不満げに声をかけてきた。

 

「エレナ……そんなに面白いものあるのかしら?さっきから緩みきった顔が気持ち悪いのだけど」

 

 失礼な。今のアリサを見ていて微笑ましく思わない人など中々の少数派だろう。きっとⅦ組全員が全面的に同意してくれるに違いない。

 

「失礼だなぁ。アリサが嬉しそうに話してるのが微笑ましくってついー」

「な、ななにゆってんのよっ!」

 

 アリサの向こうではラウラとエリオット君がクスクス笑っている。サラ教官は相変わらず寝ているが。

 

「えへへ、仲直り出来て舞い上がっちゃうアリサは可愛いなぁって……」

「そ、それ以上言うとほんと怒るからね!」

「まあまあ、列車の中であるしその辺でな」

 

 顔を真っ赤に染め上げたアリサを宥めるラウラ。リィンとエリオット君は苦笑いだ。

 少しすると今度はもう一つの実習地へ向かっているB班の話題となった。まぁ、概ね5人ともB班のマキアスとユーシスの当事者以外の三人を同情しながら、自分達があちら側で無かった事を女神に感謝するという流れであったが、そんな会話が一段落するとエリオット君が私に意外な事を訊ねてきた。

 

「そういえば――エレナはこっちで少し残念だったんじゃない?」

「え、なんで?」

「だってB班の実習地のパルム市ってエレナの実家の近くでしょ?」

「うん。あー、なるほど――」

 

 そりゃまぁ、確かに一番近い街ではあるがそれでも帝都=トリスタ間ぐらいの距離の険しい山道があるので、どう考えてもパルム市から村までは実習の期間中で行くことは出来ないだろう。ただ、村には行かなくてもパルム市には昔エレナの実家の隣の雑貨屋に住んでいた――今はパルム市内の領邦軍詰所で勤務しているフレールお兄ちゃんがいるのだが……。

(確かにB班だったら会えることは会えたはずだし……いやでも……)

 

「どうしたのだ、エレナ? 少し顔が赤いようだが」

「い、いや、何でもないよ? で、でもB班のあのギスギス険悪空気は私、絶対耐えれないよ。A班で良かったって本気で思ったし」

 

(そう、それこそB班から逃げたくなるあまり、もうパルム市に残ってしまいそうな……残る!? それは私、どういう意味で……)

 脳内であたふたとIFの思考がぐるぐる回り、甘い妄想が脳内で展開されてゆく。残るということは――ということであり、それは私が――の――に……。

 

「あはは……確かに……って、本当にどうしたの、エレナ?」

「な、何でもないってー、うん」

「ふうん、エレナ。そういうことかぁ」

 

 今度は先程と攻守が逆転したかの様にアリサがニンマリと笑う。

 私がアリサに頭を下げて先の件を謝罪するのに、それ程長い時間はかからなかった。

 

 

・・・

 

 

「わぁ……」

 

 一時間足らずの旅路の為、少しものたりないものの、私達5人は無事クロイツェン州の交易町ケルディックへ降り立った。

 帝国東部の交通の要所であると同時に活気のある交易地として名を馳せる都市は、中世時代そのままの木造建築の建物が主流であり故郷の村とも帝都近郊のトリスタとも違った街並みが雰囲気を醸し出している。

 

「へぇ……ここがケルディックかぁ……」

「のんびりした雰囲気だけど結構人通りが多いんだな」

「あちらの方にある大市目当ての客だろう。外国からの商人も多いと聞く」

 

 道理で明らかに帝国人では無さそうな、あまり見ない服装の人も多いのだろう。但し、かなりのお金持ちそうな格好ではあるのだが。

 

「なるほど、帝都とは違った客層が訪れてるのね」

「ちなみに特産品はライ麦を使った地ビールよ。君たちは学生だからまだ飲んじゃダメだけどね~」

「いや……勝ち誇られても……」

「別に悔しくありませんけど……」

 

 流石はリィンとアリサといったところか。帝国法における飲酒可能年齢は満十八歳――まあ、帝都はともかく地方において厳格に守られているかと言われれば微妙な線であり、私たちの飲酒を縛るのは帝国法というより士官学院の校則で卒業までの飲酒喫煙が禁止されているからと言った方が正しい。私を含めて童顔が 三人もいるこの五人組でも、多分私の村の酒場ならば余裕で注文を聞いてくれるだろう。

 しかし、少なくともリィンとアリサに関しては、お酒を飲むと碌な事にならなそうな予感がするのは私だけだろうか……。

 

「でも、ライ麦のビールって珍しくないですか?」

 

 ライ麦を使ったビールというのは現代においては中々に珍しい。それこそ、中世時代はライ麦から醸造される事は多かったが、ライ麦は風土によって品質が変わりやすく醸造過程においての不確定要素が多いのだ。

 ちなみに帝国の酒文化は広大な国土に比例して各地方それぞれ色が分かれており、ここ東部のクロイツェン州から帝都を越えて西部ラマール州までの東西にまたがる一帯は主にビール文化が根強い。

 対して冬季の寒冷気候が厳しい北方のノルティア州では度数の高い強い蒸留酒がメインで飲まれており、温暖な気候の南部サザーラント州では広大な蒲萄畑で生産されるワインを中心とした果実酒が主となる。

 

「そうね、帝国内で作ってる場所は結構限られちゃうわね。本当はB班のパルム市のある南部も美味しいワインで有名だから迷ったんだけどね、やっぱり品種だのランクだの言い出すワインは合わないのよね~。あと、B班めんどくさそうだし」

 

 続けて、「まあ、あの二人が険悪になりすぎたら、ちょっくら飲みに行くついでに仲裁して来ましょうかしら」と呟きながら思案するサラ教官。理由と目的が明らかに入れ替わっている、自らの教官の姿を見て実習地の選出理由が飲みたい地酒がある場所だったりするんじゃないかと、私は本気で心配になるのだった。




こんばんは、rairaです。
少し飛ばし気味になりましたが、今回から最初の特別実習となります。
主人公エレナは設定上は南部出身ですのでB班のパルムと少し悩んだのですが、B班はマキアスとユーシスの険悪空気を描くのが面倒で無難にA班にしてしまいました。
前話との間の出来事はその内、番外編として補完していこうかと思っています。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。