そのまま私達はサラ教官に今日の宿となる宿酒場《風見亭》へと連れられ、二日間お世話になる女将のマゴットさんを紹介された。
一通り紹介を終えると、とりあえず荷物置きの為に女将さんに今日寝泊まりする部屋へと案内された。
「ほら、ここが今夜、アンタたちが泊まる部屋さ」
「うむ、一夜の宿としては十分すぎるほどの部屋だな」
「わぁ、いい部屋。早く寝たいなー」
女将の開けたドアの向こうには、庶民的な宿酒場としては大きな部屋があった。右側にソファー、部屋の真ん中に机、左側の端にベッドが配置されている。
窓も沢山ある為、採光も中々良い様だ。もっとも特別実習の為に来ているので、中々採光を気にする時間にここで滞在することは無いとは思われるが。
「で、でもベッドが5つってことは……」
「ま、まさか男子と女子で同じ部屋ってことですか!?」
「えっ、うそっ?」
エリオット君が気づいた事にアリサが声を上げる。私も思わず驚いてしまった。
確かに左の角に置かれているベッドは5つ。私達は5人。流石の私でもこれは中々ハードルが高い、結構お嬢様っぽいアリサにとっては尚更だろう。
つまり、リィンとエリオット君に寝ている姿を見られてしまう訳であり、寝起きの顔をも見られる訳であり、着替え――は二人に出てもらえばいいか……。
「うーん、アタシも流石にどうかとは思ったんだけどねぇ。サラちゃんに構わないからって強く言われちゃってさ」
「そ、そんな……」
少しアリサに同情する様子を見せる女将さんだが、サラ教官が決めた以上中々覆りそうもない。アリサの顔が深刻な、というより絶望的表情へ変わる。
まあ絶望というより単に恥ずかしいだけなのが事実だろうけど。私も同じだけど、やっぱり迷う。しかし、どうしようもないのも事実だ。
「……困ったな」
「僕たちは構わないけど女の子はそうもいかないだろうし」
男子二人の反応は至って真面目なもの。ここで『女子と一緒の部屋!?ひゃっほぅ!』なんて言う様な男なら本当に信用ならないが、Ⅶ組にそんな男子が居ないのは救いだ。
「――二人共。ここは我慢すべきだろう。そなた達も士官学院の生徒。それを忘れているのではないか?」
「そ、それは……」
「えー、でも……」
「そもそも軍は男女区別なく寝食を共にする世界……ならば部屋を同じくするくらい、いずれ慣れる必要もあろう」
「まあ、いっか……別に同じベッドってわけでもないし」
よく考えれば二年間も寮も一緒なのである。この様な特別実習も数多く行く以上、まだベッドで分かれているだけマシと自分を納得させた。それにリィンとエリオット君なら何かあっても話のネタにされる事もないだろうし、二人共良心的なので安心できる。
「ううっ……分かった、分かりました!」
ラウラの言葉と私の妥協、というより諦めがアリサへの圧力になったのだろうか。嫌々といった感じではあったもののアリサも仕方なく観念した。
そして、威嚇するようにリィンとエリオット君の方を睨む。まあ勿論、主目標はリィンである。可哀想なリィン。
「――あなた達。不埒な真似は許さないわよ?」
「あはは……しないってば」
「……右に同じく」
「うーん、エリオットはともかく、誰かさんには前科もあるし……よし、いっそ寝る時に簀巻きにでもすれば……!」
「アリサ、それ超楽しそう!」
「……勘弁してくれ」
「あはは、ご愁傷様」
そんな話が一段落したのを見計らって、女将のマゴットさんがリィンへ封筒を渡してきた。中に入っていたのはトールズ士官学院の獅子の紋章が表紙に入っている冊子であった。
その冊子には特別実習の一日目の内容として三つの課題について記されていた。
一つ目は『東ケルディック街道の手配魔獣』、二つ目は『壊れた導力灯の交換』、三つ目は『薬の材料調達』。
前二つは必須と赤字で記されており、この二つを逃すと落第点評価となるということだろうか。つまり、最低この二つは今日中にこなさなくてはならない課題の様だ。
しかし、少し拍子抜けだ。もっと『特別』というぐらいの難易度の高い実践課題が出ると個人的には想像していた。いや、まあ楽なのに越したことは無いのだけども。
(でも、この三つの課題……似たようなものを見たことあるような……)
その下に記された追記事項の二つのうち一つ、『実習範囲はケルディック周辺200セルジュ以内とする』、これは無問題だろう。200セルジュを徒歩で歩くとなれば有に片道4時間はかかる筈、一日でそんなに歩いたら私が流石に死んでしまう。
そして二つ目の追記事項は『なお、一日ごとにレポートをまとめて、後日担当教官に提出すること』。
これが一番の問題なのではないだろうか……つまり、疲れて帰ってきても、レポートを書くまでは寝れないという事なのだから。
アリサもラウラもエリオット君も私と同じく拍子抜けしており、それぞれが口々にそれを語った。そんな中リィンは何か心当たりがあった様で、彼の提案の通りに一階にいると思われるサラ教官に話を聞いてみる事となる。
ちなみにアリサは「へ、部屋の件も含めて問い詰めてやらなくちゃ!」と息巻いており、やはりまだ男女同室の事が納得いかない様であった。
・・・
「ぷはっーーっ! この一杯の為に生きてるわねぇ!」
風見亭の一階に降りると、何とも楽しそうに満喫している姿を見せてくれるサラ教官。正直、教官でなかったら全力で他人のフリをするか悩むレベルである。
「完全に満喫してるし……」
「しかも、まだ昼前なんですけど……」
「いるんだよねー……昼前からお酒買いに来て、その場で飲む人」
酒屋の娘の経験として、昼酒する人は『だらしない』、『ダメな大人』という至極正確な濃いイメージが刷り込まれている。
「あら君たち、まだいたの?あたしはここで楽しんでるから遠慮なく出かけちゃっていいわよ?」
もう見るからにルンルンなサラ教官。この間の惨事の経験から、あまりお酒の入ったサラ教官に近寄りたくはないので、私としても早く出かけたいのではあるのだけど。
サラ教官曰く、必須の課題以外はやらなくても良いという。リィンの解釈では課題に取り掛かるか、取り掛からないかの判断を含めての『特別実習』ということらしい。
「うふふん……――実習期間は二日間。A班は近場だから明日の夜にはトリスタに戻ってもらうわ。それまでの間、自分たちがどんな風に時間を過ごすのか……せいぜい話し合ってみることね」
と、思わせぶりに話した直後にゴクゴクと中々の勢いで、木製のビアマグを空にしてしまうサラ教官。
そして、風見亭のウェイトレスのルイセさんを呼んで、おかわりを注文している。いくらなんでもこの人、早過ぎないだろうか。
「さっきも言ったとおり、方針はあんたたちに任せるわ。ま、とりあえずウチの生徒として節度ある行動を期待するわね」
本当にどの口が言うんだか……。生徒の模範たる教官としての節度は何処へ行ってしまっているのだろう。
「いえ、ツマミを頬張りながら言われても説得力が無いんですが」
「節度っていうなら、そもそも男女で同室なのが大問題なんですけど。……教官、今からでも変えてもらうことはできないんですかっ!?」
ここでアリサのささやかな反撃が始まった――というより、ダメ元の最後の抵抗だろうか。
「流石に寝起きの顔とか見られちゃうのは気が引けるなぁ……」
「んー、やっぱあんた達は気にするタイプだったか」
『気にするタイプ』と来たか。しかし、逆の気にしないタイプというのは女としてどうなのかと感じる。特に私達の様な歳で気にしない等、まず不可能な気がするのだが。
「き、気にするタイプって……」
「ふむ、教官は気にしないタイプなのだろう」
「こ、この人はもう……!」
ああ……なるほど。サラ教官は……確かに気にしなさそうだ。寮には男子も居るのに、一階のソファーで二日に一回は酔って寝ているのだから。
「ま、誤解の無い様に言っておくと、これは手違いでも部屋の都合でもないわ。あたしの判断でね。初回の実習ではA班、B班ともに同室にさせてもらったのよ」
「え……!?」
「B半の方も、だったんですか……?」
(うっわぁ……ちょっとB班の状況、目も当てられないんじゃ……エマ、ガイウス、フィーご愁傷様……)
B班の紛争当事者以外の三人を思い、心の中で十字を切る。
「あんたたちはこれから時には命を預け合う仲間よ。境遇や思想の違いもあるでしょうけど何とか折り合いつけてやっていかなくいゃいけない。同室で一晩過ごすことすら出来ずに分裂、なんて調子で……フフン、この先《Ⅶ組》でやっていけるのかしらね?」
「うぐっ……そ、それは……」
サラ教官の言い回しも流石だ。先程のラウラともそうだが、”士官学院生”を出されてしまうと、正直何も言えないのも事実なのだ。
まあⅦ組の男子は何かと真面目なので、安心できるという点は本当に不幸中の幸いか。
「しかし教官、理屈はわかるのですが……」
「だから、そんな調子で言われても説得力が皆無なんですけどっ!!」
確かに、美味しそうな燻製ハムを頬張りながら話すサラ教官に全く説得力は無く、これに関してはアリサに全面的に同意できる。
「もう、うるさいわねえ。そんなにお姉さんとお話したいなら、一緒に付き合う? ほらぁ、エレナこの間の続きとか……」
「わ、私、特別実習楽しみにしてたんですよねっ! で、ですから……またの機会にっ! ほらっ、もうみんな行こう?」
サラ教官の表情から、私は恐れていたことが現実になりそうな雰囲気を感じ、思わず後ずさりしてしまう。
とりあえず、この場から離れなければ泣きを見たあの日の夜の再現になってしまう。
「……何があったの?」
「ふふん。ちょっといじめ過ぎちゃったかしら」
そんな私の態度に不思議そうなアリサとみんな。反対にサラ教官はニタニタと下品な笑いを浮かべている。ほんと酔っ払いは苦手だ。
・・・
とりあえず、風見亭の外に出た私たち一行。通行人や風見亭へのお客さんの邪魔にならないように、少し道路脇に逸れて集まった。
「……ねえ。いったいどういう事なの?」
「どうやらリィンは何か気付いてるみたいだけど?」
アリサとエリオット君がリィンへ訊ねる。結局、特別実習の意味についてはサラ教官から聞かされてはいない。
「ああ、それは――」
「――先日の、自由行動日。リィンとエレナがどう過ごしたのかと関係があるといった所か」
「へえ……?」
「なんかそれだけ聞くと、すっごくいかがわしい様に聞こえるんだけど! まるで私とリィンの間で何かあったみたいだし!」
リィンが語ろうとしたのを遮って、確信を突くラウラ。但し、言い方にはもうちょっと配慮という物が欲しかったが。
アリサの絶対零度の深紅の視線が主にリィンへ向けられる。仲直りしたというのに本当に今日の彼は可哀想だ。
「い、いや、単に生徒会の手伝いを二人でやってただけで……やましい事は何もないからな?」
リィンがアリサの鋭い視線を受けて否定する。わざわざ、余計な事付け加えなくていい様な気もするが。
しかし、やましい事と考えて真っ先に特別オリエンテーリングのアリサとリィンの例の件が浮かぶのは、やはり彼が前科一犯であるからだろうか。
「あれ? ……でもそういえば……『リィンに泣かされたーっ』って、あの日の夜みんなで《キルシェ》で晩ご飯食べた時にエレナ言ってなかったっけ?」
「あ、あはは……確かにそんな事もあったね……うん……」
確かに紛れもない事実ではあるのだけど、わざわざこの場で言わなくても良かったんじゃないですかね!心の中でエリオット君に対し毒づく。
ちなみに泣かしたといえば、あの日は、私がエリオット君を泣かした、という事実も一応あったりする。
「へぇ……どういうことかしら? 違う理由で色々と詳しく事情聴取する必要があるわね」
「ふむ、確かに」
「ま、まあまあ、とりあえずその話は今晩にでも置いといて……リィン早く続きお願い」
ここは脱線した話を元に戻すのに限る。正直、これ以上あの話を掘り返されるのは流石に恥ずかしい。
「あ、ああ……この特別実習の課題はその時の生徒会の手伝いの依頼に内容が似ているんだ。まあ旧校舎地下の探索なんていうハードなのもあったけども、それ以外の依頼は一通りこなすと学院やトリスタの街について色々と理解できたことが多かった。多分、目的の一つにはそれもあると思う」
「へえ、そうなんだ?」
「って、何であなたが驚いてるの?」
「そなたもリィンと一緒に手伝いをしていたのではないのか?」
(やばっ……)
リィンの話に思わず感嘆が口に出てしまっていた。
「えっと……実は私、その日寝坊しちゃってリィンが一番最初に受けた、導力器の配達でトリスタの街を走り回ったっていう依頼、やってないんだよね……」
「あなたねえ……」
「あはは……なんかすっごくエレナらしいね」
アリサに呆れ顔を向けられ、エリオット君に苦笑いされる。
「ということは――特別実習はこの土地ならではの実情を私達なりに掴ませるのを目的としているのか」
「ああ、サラ教官の思惑はとりあえず置いておいて、まずは周辺を回りながら依頼をこなしていかないか?」
リィンの皆への提案を代表してアリサが威勢良く答える。
「――分かった。乗ってやろうじゃない」
こうして私達の初めての特別実習が幕を開けた。
こんばんは、rairaです。
今回はほぼ原作の流れを踏襲している回になります。
最近、電車の中で「閃」をプレイしているのですが、Ⅶ組のみんなのキャラが良すぎて良すぎて…特にアリサが可愛すぎて困ってしまいます。早く2章の自由行動日を書きたいですね…。
次回は半分程オリジナル要素が入ります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。