光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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4月24日 一日の終わりに

 交易町ケルディックを中心に麦に彩られた黄金街道を西へ東へと歩き回りながら、一日目に与えられた三つの課題を完遂した私達。

 途中に立ち寄った大市では商人同士の出店場所を巡るトラブルを仲裁するなど、上々な一日であったと思う。

 その後、大市にある士官学院の同級生であるベッキーの父ライモンの経営するお店のタイムセールを手伝う等、中々経験出来ないお仕事もこなした頃にはもう日も大分落ちており、ケルディックの街並みはひっそりと夜へと沈んでいた。

 

「……本当、僕たちⅦ組って何で集められたんだろうね? どうも《ARCUS》の適性だけが理由じゃない気がするんだけど」

 

 宿酒場《風見亭》の一階で待ちに待った晩ご飯にありつき、一通り食べ終わった後の余韻の残る時間。

 五人で囲む食卓に訪れたふとした沈黙をエリオット君が破った。

 

「うん、それは間違いあるまい。それだけならば今日のような実習内容にはならぬだろうしな」

「どうやら私達に色々な経験をさせようとしているみたいだけど……どんな真意があるのかまでは現時点ではまだ分からないわね」

「どう考えても、私達のこなした課題は軍人向けじゃあないよね」

「そうだな……」

 

 リィンが考え込み、一拍置いてから続けた。

 

「――士官学院を志望した理由が同じという訳でもないだろうし」

「士官学院への志望理由……」

「その発想は無かったわね……」

 

 エリオット君とアリサには意外だったようで、少し驚いていた。

 

「ふむ――私の場合は単純だ。目標としている人物に近づくためといったところか」

「目標としている人物?」

 

 ラウラが目標とする人物など、どれほど凄い人物なのだろうか。私からすればラウラがもう目標に近いといってもいい様なレベルなのに。

 

「ふふ、それが誰かはこの場では控えておこう。アリサの方はどうだ?」

「そうね……――色々あるんだけど”自立”したかったからかな。ちょっと実家と上手くいってないのもあるし」

「そうなのか……」

 

 リィンをが相槌を打つ。アリサが実家と上手くいっていないというのは意外だった。こんなにいい子なのに。お金持ちの環境はやはり想像できない。

 

「うーん、その意味では僕は少数派なのかなぁ……。元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね」

 

「たしか、音楽系の進路だったか?」

「あはは、まあそこまで本気じゃなかったけど……エレナはどうなの? そういえば今まで聞いたことはなかったけど」

 

 少し自虐的な笑顔を浮かべながらそう言い切るエリオット君は、私へと話を振ってきた。

 きっとあんまり触れて欲しく無いんだろうと心で察する。

 

「私も聞いたことないわね」

「理由かあ……私のお父さんは帝国軍に勤めてて……跡を継ぐ為になるのかなぁ……やっぱり意外だよね」

 

 士官学院への志望理由としては一番普遍かつ面白みの無い答えだろう。ただ、あまり軍に向いてなさそうな私がこれを言うと、ある意味ではネタにしかならない気がするが。

 だが、それでも一番普通と思われ皆を納得させる『軍へ進みたい』と『父の跡を継ぎたい』の理由はとても都合が良かった。正規軍、領邦軍を問わず軍人の子の多くが軍人を志すのは、帝国では至極当たり前の事で何も不自然ではない。故郷でもそう言って、私はトールズへ進んだのだから。

 実際のところ本音では自分が何の為に士官学院へ入学したのかは分からない。それでも、卒業後の進路としては父親と同じ帝国正規軍へ進むのではないか、という漠然としたイメージはある。

 

「ほお……」

「……まさか貴女が一番まともな志望理由を言うとは思わなかったわ」

 

 ラウラは意外と好意的、アリサはまあ悔しいけども一般的な反応といったところか。

 リィンは不思議と何か考え込んだ風に私の方へ顔を向け、エリオット君は何故か先程とは打って変わって色々と混ざった複雑な表情をしている。

 何か思うところがあるのだろうか。

 

「あはは……で――リィンはどう?」

 

 私も先程のエリオット君を倣って、自分の触れて欲しくない話題を続けられる前にリィンへと投げた。

 彼の口から出た言葉は意外なものだった。

 

「俺は……そうだな……”自分”を――見つけるためかもしれない」

「え……」

「へ……」

「わぁ……」

「……」

 

 思わず声が出る一同。

 

「いや、その。別に大層な話じゃないんだ。あえて言葉にするならそんな感じというか……」

「えへへ。いいじゃないカッコよくて。うーん……”自分”を見つけるかぁ」

 

(”自分”を見つける……)

 自分の何を見つけるのだろうか、自分が何かを見つけるのだろうか……その言葉の意味はとてつもなく深い様な気がした。

 

「ふふ、貴方がそうなロマンチストだったなんて。ちょっと意外だったわね」

「はあ……変なことを口走ったな」

 

 皆の意外な好印象に少し照れくさそうなリィンは頭を掻く。

 まあ、実家から自立するのを志望理由にしているアリサには、『”自分”を見つける』という理由は当てはまるのかも知れない。

 そして私にも――。

 

 

・・・

 

 

 晩ご飯を食べた後、私達は宿の二階の部屋で今日一日の活動の報告でもあるレポートをまとめるという作業に追われていた。

 私たち女子が部屋の真ん中のテーブルで椅子に座って、男子が奥のソファーに座ってそれぞれ作業をしている。

 

「とりあえず、こんな感じかしらね」

 

 ペンを置いたアリサが一息つき、私は彼女のレポートの紙面を覗き込む。想像通りに綺麗な字、的確かつ読みやすい文章。何事も優秀な彼女らしいレポートであった。

 

「うわぁ……アリサ、もう終わりかあ……」

「下書きよ、下書き」

「し、下書き……はあ。私、レポートとか苦手なんだよね……」

 

 あの綺麗さで下書きというのがまた凄い。その能力を少しばかり私に分けて欲しいぐらいだ。

 それに比べて私といったら……。日曜学校ではあまりレポートを書くという授業は無いのだ。しかし、士官学院はそんな事をあざ笑うかのように、どんな授業でもレポート、レポート、レポートととりあえずレポートを求めてくるので軽く辟易する。

 

「しょうがないわね……ああ、もうそんな小説じゃないんだからグダグダ書かないの。適度にわかりやすく纏めるのよ。てゆうか、その手配魔獣の依頼の内容、レポートじゃなくて子供向けファンタジー物語になってるわよ」

 

 面倒見の良いアリサはなんだかんだ言いながらも、こうやって優しくアドバイスをくれる。多少、毒が入る時もあるが……。

 アリサの指摘通り、私が先程まで書いていた『東ケルディック街道の手配魔獣』の報告は、さも怪物と戦う勇者御一行の物語と化していた。これは『おうごんかいどう の でんせつのまじゅう』のタイトルを銘打てば意外と売れるかもしれない。そんな冗談を考えながらも、こうやって読み直すとこれはとても恥ずかしい。書いている時は中々気付かないものだ。

 

「ふむ……アリサ、私のも少し見てくれるか?」

 

 一通り、アリサが私のレポートのダメ出しを済ませると、今度はラウラがアリサに自分のレポートも見て欲しいと頼んでいた。

 

「ふむふむ……って……ラウラ、あなたは全部箇条書きじゃない……」

「これでは不味かったのか?」

「いい? 二人共。基本的にレポートっていうのは、客観的事実から論理的に推論する事が求められるわ。ラウラはその点は一応クリアこそしてるけど……書き方がアレだし……ちゃんと文章にしなきゃ。で、エレナは完全に感想文になってる。とりあえず二人共書き直しね」

「そ、そうか……」

 

 書き直しと言われたことにラウラが残念そうな顔をする。普段は常に気丈なラウラの弱気な表情は可愛らしく、いつもとは正反対に年相応の女の子らしい事に私は気づいた。意外な素顔かもしれない。

 

「はぁ……」

 

 しかし、アリサ先生の評定は厳しいものだ。どうにもならないのでいままで書いていたレポート用紙を冊子から破って、溜息を付きながらぐしゃぐしゃに丸くしてゴミ箱に投げる。

 私の投球スキルはそれ程高いものではなく、当然の事ながら外れた紙の玉をいそいそと拾いに行って、ゴミ箱へ捨て直すのであった。

 

「やっぱり女の子ってこういうのちゃんと凝るんだね。僕なんか今思うと結構適当に書いちゃったかも」

「はは、一日目のレポートなんだからそこまで頑張る必要はないと思うけどな。一日目の主な活動報告と、課題を通じて直に経験した事、それと知識として知っている事柄を織り交ぜて書ければ十分だとは思うぞ」

「大丈夫かなぁ……」

 

 そんな私達の様子を見ていたのだろうか、リィンとエリオット君がこちらのテーブルへと近づいて来る。

 

「あなた達はもう終わったの?」

「ああ、先に二人で風呂に入ってくるよ。どうやらこの宿、風呂は別の建物にあるみたいだ」

 

 

・・・

 

 

 リィン達から遅れること1時間ほど、私のレポートがやっとアリサ先生のお眼鏡に叶い、念願のお風呂のお時間となった。

 まあ、どちらかといえばこれ以上遅くなるとお風呂が閉まるという、リィンによる情報によって仕方なくといった感じでもあったが。

 

 風見亭の建物の裏手に出るとすぐ後ろに小ぢんまりとした小屋があった。

 その小屋は内部で二つに分かれており、それぞれ男性専用、女性専用ということなのだろう。脱衣所にて服を脱いでから白木で作られた木製の扉を開けると、湯気で白く曇る中に数人がゆったり湯に浸かれそうなこれまた木製の湯船が目に入った。

 

「ふむ……これは中々、趣のある風呂だな」

「ケルディックで温泉が出るなんて話は聞いたことないから、普通のお風呂なんでしょうけど……なんだかこういうのもいいわね」

 

 とりあえず私は髪と体をぱぱっと洗って湯船の縁に立ち、張られているお湯を右足で少しつついて温度を確認してみる。

 お湯が熱すぎない事確認して、ゆっくりと湯船の中へ身を沈めた。お湯にふわっと体が包まれ、体の芯から温められてゆく。

 

「はぁ……うわぁ、あったまるー」

 

 思わず声に出た言葉は存外に大きく、浴場の中で大きく響いた。

 

「早いわね……」

「アリサ、私も先に湯に浸からせてもらうぞ」

「え、ええ……」

 

 私の大きな声に反応するアリサであったが、ラウラも体を洗い終わってしまい置いてきぼりを食ってしまう様だ。

 アリサの様な女の子は色々と時間のかかるものなのだろう。私は彼女の荷物の中に結構な量の美容用品が入っていたのを思い出した。そういえば、貸してくれるとかも言ってたっけ……後で教えてもらおうかな。

 

 湯船に入ったラウラが私の隣で肩までゆっくりと湯に身を沈めて、私と同じように足を伸ばして座る。

 しかし世の中とは無情なもので、湯の中で揺れる私とラウラの足のつま先の位置は、明らかな差を物語っていた。まあⅦ組女子で身長ナンバーワンのラウラには敵いっこないのだが。

 それでも、この光景をずっと見続けるのも落ち込むので、私は足を伸ばすことを辞めて膝を抱える様に座り直した。

 

「こうして湯に浸かると、疲れが一気に抜けてゆく気がするな」

 

 しばらく温かいお湯を堪能していたラウラが私に声をかけた。

 

「うん……きょうはいっぱい歩き回されたし……沢山の魔獣とも戦ったし……本当に疲れたあ」

「そなたも頑張っていたからな」

「それでもラウラが一番の功労者だと思うけどね。それにカッコイイんだもん。やっぱり、リィンの言うとおり新入生最強っていうのは間違いないと思うよ」

 

(しまった……)

 リィンの名前を出してしまい、一瞬ラウラに複雑そうな表情が浮かぶ。

 

「そ、そういえば!晩ご飯の時言ってたけど、ラウラの目標とする人物って誰なの?すごく気になる」

「それは……まだ控えさせてもらおう。ただ有名な人物――であるのは確かだな」

 

(有名な人物……)

 脳裏には色々な人物が浮かび、そして消えてゆく。私の頭の中で五、六人のある程度有名な人物が×印を付けられて消えた頃、ラウラは話題を変えた。

 

「夕食時の話といえば……そなたの父上は帝国軍人であったか」

「うん。中々家に帰ってこないただの不良中年だけどね」

 

 軍人で頻繁に家に帰って来るのもそれはそれで心配であるが、もう数年も帰ってきていない自らの父親に毒づく。いくら大陸一軍務が厳しいと言われる帝国正規軍であっても年に一回は長期休暇は有るので、明らかに実家に帰るのをサボっていると見て間違いは無いだろう。

 

「ふふ、家に帰ってこないのは我が父も同じだ。立場は違おうとも同じ武の世界に父を持つ者が居て嬉しく思うぞ」

「あはは……うちのお父さんは全然強くないと思うよ?」

「武とは何も腕前のみの話ではない。それを正しく振るう為には確固たる強い意思と心も重要だ。そなたの父上も『帝国を守る』という確固たる意志の下、武の世界にいることには変わりはないだろう」

 

 そういうものなのだろうか。自らの父親の姿を思い浮かべるとどうしても微妙なのだが、ラウラの語る事ならばその通りに思えてくるのも確かだ。

 私がそんな思案に耽ってると、すぐ目の前の湯船の外に白く細い脚が視界に入ってきた。抱えた膝に顎を置いていた私は目線をその上へと移動させる。

 

「わぁ……」

「な、なにかしら……?」

 

 見上げたアリサの体に思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 

「ふむ……なるほど。少しばかりエレナの気持ちが分かったな」

「二人して人の体を何ジロジロみてるのよ!」

 

 アリサが顔を赤くして声を上げながら、私とラウラの向かい側に腰を落として湯に浸かる。

 

「やっぱり、アリサってスタイルいいなぁって……ちょっと背が低めで、ちゃんとウエストもきゅっとしてて……胸もちゃんと……トランジスターグラマー?」

「何よ、その古臭い例えは……」

 

 未だ顔が赤いアリサが私の例えに呆れる。というより、何か馬鹿にされたような気がする。そんな彼女へのあてつけか、どうしても私は悪戯をしたくなり、向かいの彼女の足の裏へと自らの足を伸ばした。

 

「きゃっ……こらっ! くすぐったいっ!」

「ふふん、可愛い子には悪戯をってね!」

「日曜学校の男子か!」

 

 反応は上々で、私は夢中になりいつの間にか両足を駆使してくすぐりを続ける。

 その内に足での攻撃より更に効果の高いであろう両手での脇腹攻撃を、と思いつき彼女の方へ前のめりになった時、違和感に気づいた。

 アリサの視線がこちらに向けられるが、その表情は哀れみというのだろうか、少なくともくすぐられている最中のものではなかった。

 流石に子供っぽ過ぎただろうか。優しいアリサといえども士官学院生、こんなふざけた真似をした為に怒るを通り過ぎて軽蔑されたのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。

 

「……ごめんね?」

「……まあその……まだ希望はあると思うわよ?」

 

 その時に気づいた。先程のアリサの視線が私の顔ではなく、その下を向いていた事に。あれは16歳としては中々に寂しい私のある部分への、同情の念のこもった表情だったわけだ。

 前言撤回。

 私は全力をもってアリサとの湯船の中での戦いに望むのだった。

 

 

・・・

 

 

 あれから数分程私たち二人は湯船の中で戯れあっていたが、その内にアリサの反撃によって形勢は完全に逆転されてしまう。

 結局、アリサの強力な脇腹くすぐりで悶える私の姿を苦笑いしながら見守っていたラウラの、「いい歳なのだし、その辺でやめておくと良かろう」という言葉によって短い戦いはあっけなく幕を閉じることとなる。

 

 その後は平和的に三人で温もりながらの会話に華を咲かせていたが、その空気は少し違和感のあるものだった。

 

「ふう……私は先に出よう。そなた達も長湯はいいが、のぼせる前には湯から上がるといい」

 

 暫くすると、水音と共に立ち上がったラウラはそう言い残して、直ぐに脱衣所へと歩き去ってしまう。その後ろ姿がいつもとは違って、あまり凛々しさを感じなかったのは気のせいではないだろう。

 そんなラウラの背中を見送った後、心配そうなアリサが静かに呟いた。

 

「ラウラ……元気ないわね」

「ね……晩ご飯の後のアレかな……やっぱりラウラ、今日もずっとリィンの事よく気にしててた様子だったし」

「へえ……結構ちゃんと見てるのね?」

「戦闘の時もサポートで一番うしろにいるから、みんなの動きは何気ない仕草とかも結構見ているつもりだよ」

 

 普段はアリサの視線の先を追うのが一番楽しいのだが、今日は――特に街道に出てからはリィンへは二つの視線が集まっていた。

 一つはもちろん今私の隣でお湯に浸かってる金髪のお嬢様の熱い視線であるのだが、もう一つは前者とは視線に込められた感情の質が違うものだった。

 

「なるほどね……とりあえず、二人が仲直り出来る様に色々と考えてるんだけど……」

「私も……」

 

 先程とは打って変わって静かな浴室に、天井からの水滴の落ちる音が響く。

 あのリィンとラウラの晩ご飯後のやり取りを聞いていても、私にはどうしてラウラが怒ったのか分からないのだ。怒った、というよりリィンへ失望した、というのに近いのだろうか。

 

「難しいね。人って」

 

 その後、女将さんがお風呂の時間の終わりを告げに来るまで、私達はどの様に二人の仲を取り持つか考えるものの、良い案が浮かぶ事はなかった。




こんばんは、rairaです。
今回は特別実習のレポート作業&お風呂という二つの場面でオリジナル要素を入れました。
そう言えば「閃」でのふとした疑問なのですが、「空」>「零・碧」>「閃」の順で住居やホテル内のバスユニットが少なくなっている様な気がするんですが、私の気のせいですかね…。まあ、大方3D化の影響だとは思いますが…。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

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