私は目の前の大きな鉄製の門扉を見上げる。
鉄製の門は高さ四アージュと言った所だろうか、この門を突破する為には内側から掛けられている鍵を破壊しなければならない。つまり、ここを超えるという事は、後には引けなくなる事と同義である。
ルナリア自然公園。クロイツェン州北部に位置するヴェスティア大森林の一部を森林公園として整備した施設である。帝都より東側に在住の帝国市民にとっては、近場で大自然に触れられる場所という認識の場所のようだ。
ちなみに私達は昨日もこの場所を訪れており、その際は数人のガラの悪い管理人によって私達は追い返されてしまったいた。だが、今日は彼らの姿はどこにも見当たらない。今頃、盗んだ商品と共にこの扉の向こうにいるのだろうか。
「これ……あの帝都の商人が取り扱ってたアクセサリじゃないかしら?」
門の少し手前に落ちていた比較的庶民的なブレスレットをアリサが見つけたことよって、限りなく怪しい場所が完全な確信へと変わる。
間違いない――この場所だ。
「昔から、真実を知りたければ子供と酔っ払いに聞け、ってね」
「それ、どこの諺だっけ。確か外国のだったような気がするんだけど」
少し後ろに立つ私はエリオット君との間で軽口を交わす。勿論”子供”と”酔っ払い”は、ケルディック市内の礼拝堂のベンチに座っていた女の子と、道端で泥酔していた自称元ルナリア自然公園の管理人の男の事だ。どこの国の諺だったかは忘れてしまった。多分、北国の様だった気がする。
私達がこの西ケルディック街道の端に位置する自然公園の正門前にいる経緯は長くなる。
今朝七時前頃、大市での盗難事件発生の第一報は風見亭のウェイトレスのルイセさんからもたらされた。 昨日、屋台場所被りのトラブルで言い争っていた商人マルコとハインツの屋台が破壊され、商品が盗難されたというのだ。
昨日の今日ということもあり、お互いに熱くなった二人を元締めのオットーも止めることはできず、あわや私達の前で流血沙汰の喧嘩になるというところであったが、そんな状況で現れたのはケルディックに駐屯する領邦軍だった。
領邦軍は被害者の二人に逮捕されるか、水に流すかを選ばせるという、無茶苦茶にも程がある方法でその場を取り持ち、大市は遅れながらも開かれた。
無残にも破壊された屋台の片付けが一段落した後、私達はオットー元締めの家にて色々な事情を聞くこととなり、リィンの提案によって『特別実習』として役に立たない領邦軍の代わりに大市での盗難事件についての調査に乗り出すこととなる。
大市での聞き取りの結果、今朝の領邦軍の行動が怪しい事にリィンが気付き、大胆にも直接領邦軍詰所を訪ねる運びとなる。そこでラウラの機転と意外な策士エリオット君によって、領邦軍が盗難事件の情報を事前に把握していた事が明らかになった。それにしてもエリオット君の策士っぷりには驚いた。あんな男子っぽくない可愛らしい顔をしておいて、意外と腹黒なんじゃないかと疑いそうになる程に。
その結果、ケルディック市内にて泥酔した自称元ルナリア自然公園の管理人の証言をもとに、後は実地に乗り込み盗まれた商品を確保する事によって証拠とするという運びとなって今に至る――。
ラウラが門の鍵を確かめに、扉へと近づいている。
「この南京鍵は内側から掛けたというわけか。ならば――」
ラウラは扉の前から数歩下がり、大剣を構える。
まさか、鍵を剣で破壊しようと――よく考えれば、ラウラならば余裕な気がするのが怖いところだ。ひしゃげて破断した南京錠が目に浮かぶ。
「いや――ここは俺がやろう。その大剣よりも静かにできるはずだ」
大剣を構えるラウラを止めたのは、リィンであった。
そう言えばこの二人は朝、私とアリサが一階に降りた時にはもう既に仲直りしてて、ちょっぴりアリサと一緒に落ち込んだっけ。特にアリサなんて私と違って夜もあんまり寝ずに色々考えてたみたいだし……まあ、ともかくリィンとラウラの仲が戻ったのは本当に喜ばしい事だ。ただ、私達には分からない二人の世界で解決されちゃうのが、少し友達として、私は複雑な気持ちだった。
ラウラは数歩下がり、先程まで彼女の立っていた場所にはリィンが立っている。
彼はその太刀を腰構えにして小さく呟いた。
「八葉一刀流・四の型……《紅葉斬り》――」
次の瞬間、金属のぶつけ合わせたような、それでも乱暴ではなく繊細な高音がほんの一瞬だけ響く。高音部の音叉の様な音と例えるのが一番近いだろうか。
私の目に火花のようなオレンジ色の斬光が縦一文字が焼き付く。
「あれ……?」
しかし、鍵は先程と変わらない状態で門を施錠していた。リィンは失敗したのだろうか――と思い浮かんだその時、南京錠の本体とツル部分が別々に地面へと落ちる。
切断面が鋭すぎて、切断後も一時的にそのままくっついていたという事なのだろうか。まるで手品でも見せられている様な感覚である。目の前の出来事が少し信じられなく、私は周りが目に入っていなかったが、アリサとエリオット君も驚愕していることだろう。
「――見事だ。八葉の妙技、この目でしかと見届けさせてもらった」
私たち三人が驚く反応の中、ラウラはただ感心する言葉をかけた。それに対してリィンは『この程度、初伝クラスの技』と謙遜している。初伝でこんなことが出来るのならば、剣術を極めた達人はどんな戦いをするのだろうか。きっと私の想像を超える世界があるのだろう。
そして、その想像を超える世界こそが、ラウラとリィンの二人の世界なのだということを、私は感じざるを得なかった。
・・・
自然公園の門扉を潜り敷地内へと足を踏み入れてから、まだそれ程時間は経っていない。それでも公園の外と比べると、頭上を覆う木々の葉によって日光は遮られ青空は望めなく、辺りは暗く湿気が多い様に感じる。
あくまで公園施設として、ある程度は林道が整備されているので森林の中で迷う心配こそないが、一歩でも林道の外へ踏み込めば何が起きるか分からない不気味な雰囲気に包まれていた。
暫く森の中を歩いていると少し開けた場所に出た。そして、その場所の光景は私に恐怖感を抱かせ、咄嗟に素っ頓狂な声を出させるには充分なものだった。
「えええっ……お、お墓?」
眼前の奥の巨木の根元に幾つもの同じ形のに加工された石が立ち並んでいる。それは規則的に並んでおり、私には不気味な森の中の墓地にしか見えなかった。
「ええっ……!?」
隣でエリオット君が怯えの色が混じる声を上げる。
「……石碑の様だな。暗黒時代の精霊信仰のものだろう。決して、墓地などではないはずだ」
「お、驚かせないでよ、エレナ」
「だって、あんなのぱっと見お墓にしか見えないよ……」
ラウラの解説を聞いて胸をなでおろす私とエリオット君。
確かによく考えれば、ここは一応は観光地であるのだ。林道の脇に墓地など流石に趣味が悪すぎて流石に有り得ないだろう。
「私の故郷にはこういった石碑のある精霊信仰に基づく鎮守の森は多いが……他の地域では珍しいものなのか?」
私とエリオット君の先程の反応が不思議だったのか、ラウラが問い返す。
「俺の故郷には普通にあったな……原生林の様な感じで、とても一人で中に入るのは躊躇われる感じだったが」
「僕は帝都出身だから森自体をあんまり……」
「私は海沿いだからこんな鬱蒼とした森は初めて見るかも」
「ふむ……」
リィンのみしか良い反応が返ってこなかった事に、ラウラは何とも言えない表情を浮かべる。
彼女は、精霊への信仰が帝国の多くの地域で既に廃れていっており、未だに精霊信仰を続けている場所は少ないのかも知れない、と少し寂しそうな表情をしながら語った。確かに精霊信仰というものが残る地があると言うのは知識としては知っている。それでも具体的な内容や場所は知らない――あくまで、伝承や物語のエッセンスとしてのよく使われるぐらいの印象しか無いのだ。
士官学院に帰ったら図書館で面白そうな本を探してみようか等考えていると、隣のエリオット君が森の中のある一点を指差していた。
「……あの大きなキノコ、動いてる?」
「ああ……植物系の魔獣のようだな。少し面倒そうだ」
「ふむ……それ以外にも気配でしか分からないが、かなり大型の魔獣も複数近くを徘徊している様だ」
エリオット君の疑問に答えるリィンとラウラ。ラウラに関してはちょっと聞き流すにはアレな情報付きである。
「ここ、自然公園なんじゃないの!?」
うん、私も同じこと思った。自然公園にこんなに魔獣が徘徊していていいのだろうか。百歩譲って動くキノコはともかく、『かなり大型の魔獣』等聞き捨てならない。
「……閉園している状態で何日も放置されていれば魔獣も沸くであろう。もっとも、いささか多過ぎるような気もしなくはないが」
「故意に魔獣を徘徊する状況を作り出しているのかもしれないな……」
「やれやれね……」
一般人が無闇に立ち入らない様に……という事なのだろうか。となれば、あの昨日の偽管理人が犯人とするとある程度――魔獣が徘徊している中、例え襲われても問題なく撃退出来るだけの戦闘力は持っているということになる。
つまり現時点の私たちと同じか、それ以上の強さはあると見て間違いない。
「……あんまり物音を立てると魔獣を呼び寄せかねないし、戦闘になれば犯人にも気づかれるかも知れないな」
「ってことはあんまり派手な攻撃は出来ないね。…………エレナはどうするの?」
「確かに、どこに犯人がいるか分からない状況で導力銃はちょっと不味いわね……」
エリオット君とアリサの顔が私の方へと向けられる。正確には私の両手が握る導力銃か。確かに銃声は流石に不味い。とりあえず、撃つ撃たないは別問題として対策はする必要があるだろう。
私は上着のポケットの中から直径二リジュ、長さ十リジュ程度の細く黒い円筒形の部品を取り出して二人に見せる。
「大丈夫。サイレンサーも持ってるよ。ただ……完全に音を消せるわけじゃないから、アーツをメインに攻撃したの方が良いのかな……二人には全く及ばないけど」
「用意が良いわね。まあこの五人なら、エレナが銃を使わなくても、それなりの魔獣なら静かに撃退できるでしょう。問題は例のかなり大型の魔獣よね……」
「どちらにせよ、犯人に気づかれない為には隠密に行動する必要がある。武装の問題ではなく、魔獣との戦闘自体を避けるべきだろう」
「そうだな。無駄な戦いは出来るだけ避けて先へ進もう」
ラウラに同意するリィン。
私は銃口へとサイレンサーを取り付ける。まさか使う日が来るとは思わなかったが、替えのマガジンと共に携帯していて正解だった。
細い円筒形の消音器が取り付けられた銃を眺める。普段の状態より四割弱程度全長が長くなっており、少々取り回しには苦労しそうだった。
・・・
公園内のどこに犯人が潜んでいるか判断がつかない為、気づかれない様に私達は魔獣との極力戦闘を避けている。
たが、私たち(主にリィンとアリサ)は公園の敷地全体を閉鎖している状況から読み取れる事として、盗難された商品と犯人は近い場所、つまり森の奥深い場所ではなく後々盗んだ物品を運び出すのに適した林道内にあるのではないかと推測はしていた。この林道を通って先へ進めば、自然と犯人と商品の元へと辿り着くはず。ただその為に、一時も警戒を解く事も出来ないのだが。
ラウラとリィンの前衛が先頭を歩き、アリサとエリオット君と私が後衛として後ろから付いてゆく。極力避けているものの、魔獣と遭遇した場合は私は彼らの後から主にアーツでサポートする事となるだろう。サイレンサーを取り付けたとはいえ、銃声を完全に消せるわけでもないので、出来る限りは導力銃は使いたくない。
幸いな事にここの魔獣の多くは火属性アーツを弱点としており、魔獣相手であれば私の《ARCUS》で二つ目のクオーツ《ファイアボルト》によって難なく戦えるだろう。
しかし、問題は犯人の集団であり、やはり万が一の事態を考えると駆動時間が掛かるアーツのみでは自分の身を守るのに心許ない為、細く黒い円筒形の消音器のせいで取り回しづらくなっても銃も仕舞う訳にもいかない。
そんなことを考えながら、私たち5人は樹齢数百年と思われる巨大な樹木の影で息を殺して魔獣の群れをやり過ごす。
飛行昆虫型の魔獣が六体――《ハッシムゥ》と呼ばれる大型のクワガタ虫のような魔獣だ。あのハサミで攻撃されたら死ぬほど痛いだろう、というより腕の一本や二本持っていかれるかも知れない。いや、腕の心配より首の心配をした方がいいかもしれないが……。
我ながら酷い想像に恐怖を覚え、思わず唾を飲み込む。
しかし、この昆虫型の魔獣より問題なのは、先程ラウラとリィンが気配で感じたという大型の魔獣だ。多数が徘徊している様であり、強敵の気配は奥に行くほど強まっている、とラウラは先程語っていた。
暫くして魔獣の群れは去った。
しかし、その直後《ハッシムゥ》の群れの後を着けていたのか、別の白と黒の斑柄の体毛に包まれ植物の葉を咥えた魔獣がのっそりとした動きで林道を横切った時は鳥肌ものの恐怖を覚ることとなったのだが。
ラウラとリィンの腕の合図を見て、私達後衛は溜息とともに張り詰めた緊張感を緩めて、先を目指して歩き始める。
私も五人の最後尾を、ある程度背後を気にしながらそれに続いた。
ケルディックという地は大きな問題を色々と抱えているようだ――私は今回の事件について頭の中で整理し直していた。
第一に、クロイツェン州を治めるユーシスの実家である《四大名門》アルバレア公爵家が商取引に従来の二倍近い増税課した事。これはリィンの補足によると、帝国議会の貴族院で制定された『臨時増税法』という貴族領邦のみで適用される悪名高い法律を根拠としたもので法的には何ら問題は無く、元より各州の徴税権は《四大名門》の大貴族が有している。
第二に、ケルディックの大市の元締めはバリアハートの公爵家へ増税撤回の陳情を再三しており、無論公爵家はこれを取り合おうとししていない事。だが、二倍という増税は常識的にはやり過ぎであり、陳情をするのは当然のことと言える。
第三に、大市でのトラブルの原因である全く同じ場所が記さた二通の出店許可書は、正規の手続きを経て公爵家から発行されたものであった事。平時なら単純な事務処理ミスだと考えれるが、ケルディックと大市の状況を考えると仕組まれた物である可能性は捨てきれない。
第四に、ケルディックの領邦軍隊長は領邦軍は何よりも公爵家の意向が最優先であり、陳情を取り下げない限り大市へまともに取り合うつもりは無い事を暗に語った事。大市の盗難事件の正確な情報を何故か前もって持っていた件は、公爵家から事前に情報が領邦軍に伝わっていた事を意味する。
最後に、ここルナリア自然公園。れっきとしたクロイツェン州の施設であり、酔っぱらいの元管理人はクロイツェン州の役人に解雇されたと証言している。州の役人を動かし、管理人を解雇して公園を一時的に閉鎖する。もはやこの状況を作り出せるのはクロイツェン州を統治するアルバレア公爵家以外の何者でもない。
公爵家は増税撤回の陳情を取り下げさせる為にこんな事を仕組んだのか。領邦軍とは領民を守る力ではなかったのだろうか。
私は少し混乱していた。いや、混乱とは少し違う。嫌悪感や不快感、厭悪といった否定の感情。そして心によぎるそこはかとない不安。そんな負の感情が静かに響めく。
「どうしたのだ?」
気付けば前を歩いていた筈のラウラが、私の横に寄り添って歩いてくれている。
私が歩くのが遅すぎて気にしてくれたのだろうか、それとも私が歩くのが早すぎてラウラに追いついてしまったのか。いつ潜んでいる犯人と遭遇するかも知れない状況なのにも関わらず、迂闊にも思考の渦に囚われていた私が恥ずかしい。
それでもラウラの気丈な声に少しの気遣いを感じただけで、嘘の様に先程の負の渦が流されていくような気がした。大して頭も良くないのにこうして悩み込むのは昔からの悪い癖ではないか――と冷静に思えるぐらいに。
だからこそ、ラウラに私は先程まで考えていた事を出来るだけ簡潔に伝えた。
ラウラは私が思案していた事と全く同じ事を考えていたという、抱いた感想も似たものだとも。
「領主は領民に寄り添い、時に共に歩み、時に正しく導くものだ。しかし、アルバレア家がこの地でなしている事は決して称えられる領主の、貴族の姿ではない。民に突然の様に重税を課し、陳情さえも受け付けず、そればかりかそれを撤回させる為に自らの手は汚さないでこの様な手段を取る……」
彼女はそこで一区切りし、足を止め、目を閉じ、静かに呟く。その一つ一つの動作が、私の目にはとても美しく映った。
「……私は今回の件、全くの無関係ではない。私の家、アルゼイド子爵家の領地レグラムはクロイツェン州に所在する」
それだけに見過ごせぬ――、言葉と共に開かれた琥珀色の瞳が、彼女の確固たる意思を宿しているのを私は感じだ。
まるで穏やかな水の中に、静かな炎が燃える様に。
こんばんは、rairaです。
今回は、大分飛ばしましてルナリア自然公園内での流れに焦点を合わせました。
原作ではレベリングというRPG的都合もある為に触れられていませんが、犯人グループに気付かれるという最悪の事態を避ける為に、現実的に考えれば隠密行動になるのではないかと思います。特にこの物語ですと銃を使用するキャラクターがいるので…そう修正させて頂きました。
後半は、それまで「理不尽な力」を見る事のない恵まれた環境で育った為にある種の理想を持っていたエレナが、今回身をもって知った帝国の現実という「壁」を考えるシーンです。そして今回の話で一番重要なラウラの意思というのを強調しています。
やっと一章も終わりが見えてきたところでしょうか。今回は例によってリィンの影が後半薄いですが…彼はこの物語だと何故か章の最後に美味しい場面を持ってく係にはまってしまった様な気がします。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。