光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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4月25日 《氷の乙女》

 天井で一定のスピードで回転する木製のシーリングファンを見上げる。

 そういえば昼間にもこんな格好で何かを見上げたような気がする。ああ思い出した、ルナリア自然公園の鉄門だ。今日一日の出来事なのに、何故か数日前の様な出来事にも思える。それ程までに長い一日だった。

 窓の外に目を移すと、既に日は傾き通りを橙色へと染め上げている。しかし、ここ一時間程は、まだそんな時間なのか、と思うぐらい退屈な時間を過ごしていた。

 

 ここはケルディック町内の宿酒場《風見亭》、私達が昨晩お世話になった宿だ。特別実習の課題を全て終えて――もっとも一番大変な思いをしたのは課題では無かったような気もするが――私達は此処へと帰ってきている。

 私達を助けてくれた一人の女性と共に。

 

「ふふ、それはお手柄ですね」

 

 そんなお褒めの文句と共に、彼女はエリオット君に向けて微笑を浮かべて微笑み、私の右隣の椅子に腰掛けるエリオット君は照れたのかほんのりと顔を赤くしている。

 丁度今朝、領邦軍詰所の前で領邦軍の隊長をエリオット君が機転を利かせて鎌にかけた事を褒められている様だ。

 

 褒めた彼女は鉄道憲兵隊の女性将校、クレア・リーヴェルト大尉。

 帝国正規軍の最精鋭部隊と名高い鉄道憲兵隊の灰色の制服に身を包んでいなければ、彼女が軍人――それも大尉という士官である事等想像もつかないだろう。

 黒色の大人っぽいシュシュで結った薄い水色の髪を左肩に流し、その瞳は薄紅色。清楚可憐等という言葉が浮かんできそうな程、彼女は美人さんだった。

 スタイルも良く、女としては少し妬く――というより、どちらかといえば憧れや羨望と言うのが正しいか。とにかく、同性であってもドキドキしそうなまでに綺麗な人だった。

 

 そして、うちのクラスの男共(といってもこの場いるのはリィンとエリオット君の二人だけだが)は、この大尉さんにデレデレというわけなのだ。特にリィンなんて明らかに鼻の下を伸ばしちゃって――大体、たまーに目の前の大尉さんの顔から少し下に視線が外れるのはどういう事なのだろうか。

 

「その後、皆さんは市内での聞き取りを行い、その時礼拝堂の近くにいたミナという少女と西ケルディック街道へ向かう出口近くにいたルナリア自然公園の元管理人ジョンソンさんですね……彼らの証言を元にルナリア自然公園に盗難された商品と犯人がいると推測した――」

 

 現在、一応は鉄道憲兵隊の事情聴取中。私達が説明した事件の経緯の確認をとっている所だ。しかし、事情聴取といえばもっと緊張感のある物かと思えば、まさか風見亭の一階の端のテーブルでするのだという。

 それも調書を取る書記はおらず、目の前のクレア大尉が話しながらもそつなく、さも当然の様にペンを走らせている。

 主に事情聴取――クレア大尉の相手はこの班のリーダーとも言えるリィンが務めているので、そのほかの四人へ話が回ってくることは少ない。率先して彼女と楽しそうに話しているのは……まあ、リーダーだからということにしといてあげよう。ついでに言うとエリオット君もさっきから明らかにいつもと違った様子であるし、アリサだってなんかちょっとおかしい。ラウラは話にはあまり混ざらないものの、真剣な表情で聞き込んでいる。

 私はこの退屈な時間を、上を見上げてシーリングファンの回転数を数えたり、窓の外を眺めたり、ウェイトレスのルイセさんを目で追ったりと、とりあえず下らない事をしながら過ごしていた。

 

「そして、ルナリア自然公園内で実行犯と思われる容疑者四人と盗難された商品を発見。容疑者から戦闘を仕掛けられ――これは正当防衛という形で戦闘に突入した……と見てよろしいでしょうか?」

「はい。自動小銃を構えて彼らが迫って来たのは間違いありません」

 

 なるほど、と頷くクレア大尉。その頷き方まで綺麗だ。

 

「その後、皆さんは容疑者四人を制圧。しかし突如として現れた大型の猿型魔獣に遭遇した、という事で正しいでしょうか?」

「ええ、直ぐには動く事の出来ない容疑者四人を置いて逃げる訳にはいきませんので、その場で魔獣を迎撃しました」

「……迎撃、という事はその魔獣とは偶発的遭遇では無く――魔獣が皆さんに最初から敵意を抱いて向かって来た、ということなのでしょうか?」

 

 一瞬、クレア大尉の視線が鋭く尖った様に見えた様な気がした。

 

「……確かにそういう感じです。丁度、実行犯を倒した直後に、俺達に向かって来た……というか」

「多分、激しい戦闘の音を聞いた自然公園のヌシが、縄張りを荒らす私達を追い出そうとしたのではないかと思うが……」

「なるほど……その時、何か他に気付いた事はありませんか? 些細な事で構いません」

 

 クレア大尉からの質問に答えるリィンとそれをフォローするラウラ。よそ見していたため、表情などはあんまり見ていなかったが、どうやらクレア大尉の気になる事があったみたいだ。

 確かにあの時、四人の犯人を撃退してすぐにあの魔獣に襲われたのだった。クレア大尉は、タイミングが良すぎる事を気にしているのだろうか。

 しかし、些細な事といっても中々思い浮かばない。他の皆も思案顔の中、エリオット君が自信こそ無さ気ではあったが気がついた事を口に出した。

 

「……えっと……、聞き間違いかも知れないんですけど……笛、の様な音が聞こえた様な気が……」

「なるほど……不確定ですが、その笛の音も一応、調書に記入しておきましょう」

 

 笛の音などしていただろうか……確かに、そう言われればそんな様な気も……。

 サラサラとペンを走らせて記入するクレア大尉。それにしてもこの人、何かする度にどんな行動も様になっているような気がする。

 

「その魔獣を倒した直後に、現場へ到着した領邦軍部隊に包囲された、で正しいですね?」

 

 クレア大尉は微笑を浮かべて問いかけてくる。リィンが少しばかり補足を入れながらそれを肯定する。

 

「その際に実行犯や領邦軍の人間から何か聞きましたか?」

 

 まただ。また一瞬だけ、クレア大尉の視線がまるで氷の様に鋭く冷たくなったのを感じる。

 

「……実行犯は『話が違うじゃないか、あの野郎』と、明らかに何者かの存在を窺わせる様な事を言っていたと思います」

「領邦軍の隊長には『弁えろ』だなんて言われて、『容疑者としてバリアハートに連行する』とか脅しをかけられたのよね……そのすぐ後だったかしら、クレア大尉に助けられたのは」

「そうですね。我々の介入はその辺になるでしょう。……しかし、”あの野郎”ですか……」

 

 クレア大尉は少し目を瞑り思案していた。この人は只者ではない。きっと今、頭の神経を総動員させて背後にいる人物を特定しようとしているのだろうか。

 

「……流石に今の段階では情報が少なすぎますね。彼らの事情聴取もありますし……これで皆さんからの調書の作成は終わりです。ご協力、本当にありがとうございました」

 

 暫しの静かな時間が過ぎた後、彼女の微笑と共に私にとっては退屈なこの時間の終わりを告げた。

 丁度そのタイミングで風見亭の扉が開き、鉄道憲兵隊の軍服の兵士がゆっくりとクレア大尉へ近づく。後から気づいた事だか、この時扉の外には自宅での事情聴取を受けていたオットー元締めがいた様だ。

 

「大尉――」

「――わかりました」

 

 耳元で小声で何かを伝えられたクレア大尉は表情を変えることなくそれに応え、彼女らが帝都へ戻る旨を伝えてきた。

 私達も事情聴取が終わるのを待っていたという事もあり、クレア大尉と共に風見亭を出て元締めと合流した後に、お店の前で女将さんとルイセさんへ別れを告げ、駅へと向かう。

 

「それにしても……流石は皆さんトールズの生徒さんですね。今すぐにでも鉄道憲兵隊へスカウトしたいぐらい優秀です」

 

 クレア大尉は歩きながら私達にそう告げた。

 お世辞というかおだてというか……本気には出来ないが、褒められること自体はまんざらではない。

 

「で、でも鉄道憲兵隊っていえば……正規軍の最精鋭部隊ですし……」

「ふふ、トールズの卒業生は優秀な方が多いので、鉄道憲兵隊にも多いですよ。あなた方も、もしかしたら……と思って楽しみに待っていますね」

 

 少ししどろもどろするエリオット君に今日一番の笑顔で応えるクレア大尉。

 もし私が男だったら鉄道憲兵隊を目指して真面目に勉学に励んでいたかもしれない、などという考えまで浮かぶぐらいの笑顔だ。リィンが鼻の下を伸ばすのも分かる。

 

「あ、あの、リーヴェルト大尉」

 

 そんな事を考えていたからだろうか、いざ彼女に訊ねようとした時、私は言葉を噛んでしまい少し恥ずかしい思いをした。

 

「どうされましたか?」

「け、結局、今回の事件ってどうなるんですか?犯人はあの人たち以外にもいる訳ですし……東の公爵家も……」

「……そうですね、実行犯四人はこのまま私達が帝都へと連行し、更に詳細に取り調べを行った後に司法の場に移されるでしょう。他については――」

 

 背後にいる何者かの調査は継続されるが、アルバレア公爵家と領邦軍へ刑事責任を問うことは出来ない、と簡潔に伝えられた。

 その答えに疑問、というより不満を抱いた私は彼女に、確固たる証拠が必要という事なのか、と訊ねる。

 

「……いいえ。仮に証拠が出揃い、公爵家とその指揮下の領邦軍が完全な黒だったとしてもです。結局はこの程度の事件であればこちら側の政治的な判断という壁に阻まれ、我々の捜査はそこで終了となります」

 

 ある程度予想こそ出来ていた事ではあるものの、彼女の言葉に私は失望を隠せないでいた。

 鉄道憲兵隊であっても――結局は何も変えることは出来ないのではないか、と。

 

 

・・・

 

 

 ケルディックの駅舎の前で立ち話していた私達に後ろから声をかけたのはサラ教官であった。

 クレア大尉との間に何かの関係を匂わせながらも、詳しくは教えてはくれない。結局大尉と駅舎の前で別れ、私達もすぐその後を追うようにトリスタへの帰路に着くべく、駅の構内へと入った。

 そういえばサラ教官は大分お疲れの様だ。それもそのはず、昨日の夕方にB班の仲裁の為にケルディックを発って、帝国南部のパルム市へ向かい一日で戻ってきた――あれ……?何か違和感を感じる。

 

 しかし、違和感の正体に気づくよりも先に、目の前の珍しい光景に目を取られた。

 通常の旅客列車とは明らかに違う、灰色の窓の無い列車が駅の向かい側のホームに止まっていた。その列車は発車ベルが鳴る事もなく動き出し、あっという間に駅舎の外へと消えていった。

 

「今のが……」

「そう、あの女の乗ってきた鉄道憲兵隊の専用列車ってところね。あんなもんで乗り付けるんだから、そりゃあ《貴族派》からしたらたまったもんじゃないわよね。本当にどっちが煽ってるのやら」

 

 皆の思っていた事に、ちゃっかりと毒を混ぜて応えるサラ教官。

 彼女曰く――私達が風見亭で事情聴取を受けたのは、大方ケルディックに鉄道憲兵隊が介入しているという事を分かり易い形で街の人に見せつける為であるらしい。

 ケルディックで最も集客力のある宿酒場の風見亭で、軍服を着ていなければ見た目は優しそうなお姉さんと私達学生五人で和気あいあいアットホームな事情聴取。その内容を街の人に聞かれたとしても、それはそれで鉄道憲兵隊には何も問題は無く、彼らのイメージ戦略の一環として利用されたとしても過言ではない、とのことだ。

 

 「ホント食えない奴らだわ」とサラ教官は最後にそう言い放ってホームのベンチに座り込む。

 時刻表を見たアリサによると、帝都行きの列車が来るまでまだ十五分ほどの時間がある様で、それを聞いたサラ教官が、どうせならアレに途中まで乗せてくれればいいのに……と、ぶつくさ呟いている。

 そんな光景を横目に私は一人でベンチに座っていた。

 

 帝都方面の駅舎の端からかなり赤い夕日が差し込む。ホームの時計を見ると短針は既に午後6時を通り越している。

 はじめての特別実習――この二日間を思い返すと色々な事があった。

 魔獣との戦闘ではまともに立ち回る事が出来る様になってきたし、《ARCUS》の戦術リンクもちゃんと繋げられる様になった。戦術リンクに関しては本当に先週のエリオット君には感謝してもしきれない。

 しかし、課題を通じて見えてきたケルディックの現状は決して楽観的なものではなく――それとは別に、私は確かな不安を覚えていた。

 大して頭は良くないのに考え事を、特にに悪い事を考えてしまうのは悪い癖だと思う。それでも考えざるを得なかった。

 

 アルバレア公爵家の治めるクロイツェン州のケルディックと同じ様に、故郷の村もハイアームズ侯爵家の治めるサザーラント州に位置している。クロイツェン州は臨時増税法を最も早くの施行した様だが、《四大名門》の統治下の州としてサザーラント州だけ今後も税を据え置くという事はあまり考え難いだろう。

もしサザーラント州を統治するセントアークの侯爵様が今回の様に大増税を決定したら、故郷の村はどうなるのであろう。

 

 結果は火を見るより明らかかも知れない。実家の酒屋を例に挙げて考えると、現状でも仕入れの輸送コストが重くのし掛かり、経営は楽ではない。村一番の大口取引先である酒場の客入りが悪天候等で悪いと、ストレートに売上に影響して赤字が見える。

 そんな現状から更に商取引の税金が二倍にもなれば、確実に売価に転嫁しなくてはならなくなり、それは決して裕福ではない村の人々にとって大きな痛手となるだろう。結果、ウチのお店は売上を減らし、更なる価格への転嫁をしなくてはならず、更に売上が減る……結局負のスパイラルへと陥ってしまう。

 

 村として考えてみても、食料の自給自足もままならない故郷の村では大増税は相当な重しとなるだろう。鉄道網の中継地であり大市という商業的に栄えている部分を持ち、尚且つ帝国最大の大穀倉地帯として全土へ穀物を供給するケルディックは多少生活は苦しくなるだろうが、元々が経済的に豊かな為にそこまで致命的な打撃にはならないだろう。それでも故郷の村は、最悪の場合は存続も危ぶまれる程の痛手を受けるのではないだろうか。

 

 ケルディックの元締めの様に増税取り下げの陳情を行えばどうだろうか。セントアークの侯爵様は《四大名門》の中でも領民の事も心がけて下さる心優しき方ではあると言われているが……陳情が認められずに税を納めることができなければ、徴税官と領邦軍が村へ取立てに来るのだろうか。

 

 領邦軍――そこで大好きな幼馴染を思い出してしまった私は心を激しく乱した。

 

 

・・・

 

 

 何も考えずに外の暗い風景を見ていたつもりだが――気付けば私は窓ガラスに頭をぶつけていた。

 行きの列車とは反対側の車窓からは星空が望める。既に列車の進む方向へと日は落ちてしまっており、客車の中は暗い。

 

「ご、ごめん……ちょっと眠くなってたみたい……」

 

 皆の心配する視線に私は苦笑いを返す。幸いな事にうたた寝出来るぐらいにまでは平常心を取り戻すことには成功していた様だ。

 私はあの時顔を真っ青にしていた様で、列車に乗ってすぐに皆に気づかれてしまい、苦し紛れに列車酔いと誤魔化していた。多分、ある程度は信じてくれているとは思う。

 

 どうやら私の意識が飛んでいた間、他の皆はこの特別実習の意味について話しており、サラ教官も話に混じっていた様だ。

 私の頭と窓ガラスの衝突音で邪魔してしまったのだろう、皆の気遣う言葉にそれとなく返事を返していくと、話の話題はすぐに戻っていった。

 

「いえ、そういった理念や実習内容を改めて考えると…………それって何だか――《遊撃士》に似ていませんか?」

 

(――遊撃士?)

 何故だろう。その言葉を心の中で呟くと、とても懐かしい気がした。

 先程までの不安が嘘みたいに溶かされていく様な気がして。

 

「バレたか……」と、サラ教官がいかにもわざとらしく口に出すと、これまた、いかにもわざとらしく狸寝入りをし始める。

 これには私達も呆れるしかなかったが、結局の話一体どこまでが本当なのだろうか。

 

「あら……?」

「えっと……まだ何か気になることでもあるの?」

 

 おもむろに考えこむリィンに、アリサとエリオット君が不思議そうに聞く。

 

「いや――そうじゃない。入学して《Ⅶ組》に入って一月が経って……考えれば、みんなにはずっと不義理をしていたと思ってさ」

「不義理……?」

 

 再び不思議そうな声色のエリオット君。私が知る限り、リィンが不義理をしたと思うような事は思い当たらないのだが。

 

「八葉一刀流のことではないようだな?」

「ああ、それとは別に一つ黙っていたことがあるんだ。――俺の身分についてだ」

「もしかして、貴方の家って……」

「え……?」

 

 私も思わず声を出してしまった。しかし、心の中では動揺と共に、やはり……という感情も強かったのは否定しない。

 思えば最初にリィンとトリスタの駅で出会った時、私は彼を貴族ではないかと勘違いしていたぐらいではないか。

 

「ああ、マキアスの問いにははぐらかす形で答えたけど……俺の身分は一応《貴族》になる」

 

 彼の口から紡がれていった言葉は私に少なからず驚かせた。

 リィンが帝国北部ノルティア州のユミルという地の出身なのは入学式の日に聞いたことがある。だが、そこの領主であるの男爵家の”貴族の血を引かない養子”だったとは。

 アリサも口に出していたが、リィンも複雑な事情を抱えて此処へ来ているという事なのだろう。

 

「それでも、みんなには黙っていられなくなったんだ。共に今回の試練をくぐり抜けた仲間として……これからの同じ時を過ごすⅦ組のメンバーとして」

「リィン……」

「同じ時を過ごす仲間か……」

 

 リィンが身分の告白をした理由を明かし、エリオット君とラウラがそれに反応する。

 

「なんかそう面と向かって言われると少し恥ずかしいんだけど……でも、やっぱり嬉しいかな」

 

 私が本心から嬉しいと思えたのは、やっぱり先週の出来事があったからだろう。彼の”仲間”は”友達”と言われるより、”家族”の様な暖かみを感じる言葉だった。

 少し前ならば貴族というで緊張して話しづらくなっていたであろう私もそれなりに進歩していた様で、リィンへ特に気にせず話しかける事が出来ていた。これはラウラとユーシスにも感謝しなくてはいけないのかも知れない。

 もしくは――もうリィンには慣れてしまっていただけなのかもしれない。それでも、自分が進歩したように思えるのだから不思議である。

 

「まったく……生真面目すぎる性格ね。その話、帰ったら他の人にもちゃんと伝えなさいよ?」

「ああ、そのつもりさ――」

 

 少し呆れた風なアリサも嬉しいのだろう。彼女の言葉に答えるリィンもどこか清々しそうだ。

 ただ……あの様にはぐらかされたマキアスは決して良い気はしないだろう。新たな火種を生むことにならなければ良いのだけど……。

 

 

・・・

 

 

 少し時を遡る。

 

 帝国の鉄路の始発点であり終着点、緋の帝都ヘイムダル。

 巨大な帝都の南側の中央部に位置するのが、帝国最大の規模の駅舎を誇るヘイムダル中央駅だ。

 帝国国内で最も重要な四つの主要国内路線の計八つの線路がここへと集まる。

 

 鉄道憲兵隊の運用する灰色の専用高速列車が速度を落とすことなく、帝都の市街地へと入ってゆく。

 

 鉄道憲兵隊大尉、クレア・リーヴェルトは複雑に揺れる列車の中で帝都へ到着したことを感じた。彼らの運用する専用高速列車は普通の旅客列車と違って、武装は有るが窓は無い為、緋色の帝都の夜景を望むことは出来ない。

 帝国政府の専用列車《鋼鉄の伯爵(アイゼングラーフ)》号と基本設計を共有しているラインフォルト製のこの列車は、鉄道憲兵隊の戦力を”必要な時”に”必要な場所”へ”必要な数”を投入する為に作られた列車である。そして、有事においては目的地周囲に展開するであろう敵戦力を、ある程度の数であればこの列車単独で強襲制圧出来る様、様々な対人・対車両武装と分厚い装甲も有している。

 まさに大陸最強の列車と言っての差支えはないだろう。

 

 その内に独特の反響音が響き始め、列車が地下に入った事が分かる。

 連結部分の窓の無いドアが開き、軍帽を被った男性兵士がクレアに報告を始めた。

 

「大尉、帝都へ到着します。なお、拘束した被疑者の取り調べですが……」

「こちらでの取り調べをこれ以上する必要はありません。到着次第、速やかに情報局へ身柄を引き渡して下さい」

「……やはり情報局からの例の情報ですか?」

「接触している可能性は高いです。可及的速やかに特定する必要がある以上、ここから先は我々では専門外でしょう」

 

 残念ながらあの四人には司法の場にて裁かれるという機会は無い。帝都の鉄道憲兵隊本部にて取り調べの後、証拠不十分にて”釈放”――そう、”公開文書”には記載されることだろう。

 あちらにはあちら側の、こちらにはこちら側の”やり方”という物が存在する。

 

 それも、この帝国の一面なのだという事をあの子達はその内、嫌でも知る事となるだろう。

 




こんばんは、rairaです。
番外編等で場面場面の補完等はあるかもしれませんが、一応この回をもって第一章は終わりとなります。
今回も大分飛ばしまして、鉄道憲兵隊の介入後の事情聴取からとなりました。きっとこんな感じだったのだろうという考えこそ頭の中にあるのですが、中々文章を纏める事が出来ず、適当に書けば物凄くダラダラと長くなり…かなりの難産回でした。
思えばこの物語の特別実習、ほぼ列車内と風見亭とルナリア自然公園の三箇所の場面しかないですね…。

最後のクレアのシーンは帝国の革新派の影を強調してみました。勿論、私の捏造設定ですので、原作ではどうなのかは分かりません。
しかし、クロスベルの通商会議の一件が良い例である様に、鉄血宰相の帝国政府ならば特に違和感は無いと思います。
次回は一旦過去回想を挟んだ後、士官学院の日常パートとなる予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

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