光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月22日 気持ち

 5月22日 夜

 

 先月のケルディックでの特別実習から早一か月。

 Ⅶ組の輪には新しい亀裂が生まれていた。特別実習の報告会にてクラス全員へ自らの身分について告白したリィンを、貴族階級を毛嫌いするマキアスが一方的に避けるという状態が続いているのだ。

 先程、下の食堂でエマの用意した料理を女子みんなで食べていた際に耳に入れた情報では――今日の放課後、遂に教室でマキアスがリィンへかなり冷たい言葉を浴びせたらしい。

 

 私としても貴族に対するマキアスの気持ちは分からない訳ではない。ケルディックの一件以降、ユーシスには悪いがアルバレア公爵家の印象は個人的に極めて悪い。

 彼のリィンへ対してのあからさまな態度の豹変には流石に行き過ぎであると思うが、こればっかりは結局は当事者間で解決を待つしかないのだろう。

 しかし、それとは別に彼をそこまで偏狭にさせる”理由”が怖くなっていた。

 

 ――世の中には君の様に貴族と関わり無しに育った、世間知らずの幸せな人間ばかりではないんだ。――

 

 特別実習から帰ってきた次の週ぐらいに喫茶店《キルシェ》でマキアスと話した時に突きつけられた言葉だ。

 しかし、私はこの言葉は拒絶であると同時に、警告であると受け止めていた。人は皆何かしら抱える物があり、それに私が生半可な気持ちで踏み込むことへの警告。

 それ程にまでマキアスの抱える物は重いのだろう。私には到底想像がつかない。

 

 そしてこれは私個人の事となるが、増税の件。

 ケルティックでの一件の後、故郷の村への不安に掻き立てられた私は、トリスタに帰ったその日の夜に重い瞼をこすって実家の祖母へ手紙を出していた。

 手紙の返事は二週間程で寮へ届いたものの、私の出した手紙がかなり酷い文面だったのか、祖母から手紙はお怒りの言葉から始まる事となる。

 

 もういい歳なのだから落ち着きなさい、父親に似たのかしら恥ずかしい、単語の綴りが間違っている、字が汚い、もっと丁寧で綺麗な言葉を使いなさい――などと読んでいるとお祖母ちゃんの声が頭の中で響くような、いつもの様に言われ続けた事ばかりを書き並べられていた。

 いつも厳しい事を言っているお祖母ちゃんは、何だかんだいって実は物凄く優しい。きっと手紙も私を安心させる為に、村で暮らしていた頃にくどくどと言われていた事をわざと書き連ねたのだろう。

 まあ、実際今でも直ってなくて怒られているのは確かなのだが。

 

 手紙の中で増税に関する内容は一つだけ。

 帝国各州の中で唯一サザーラント州は未だ増税の公布がなされていない事を教えられた。これぐらい士官学院生なのだからちゃんと社会時事を調べなさい、と追記もあったが。

 そして最後に記された言葉を見て、私は増税と村の事を考える事を一旦やめたのだ。

 

『何があろうとも、私達は今まで力を合わせて乗り越えて来たのだから大丈夫。安心なさい、可愛いエレナ。』

 

 お祖母ちゃんは嘘はつかない。大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだ。そう信じて手紙の返事には、増税の事については一言も書かなかった。

 

 そして、今は残るもう片方の心配事の相手への手紙の内容を思案している。

 一文字も書かれていない白紙の便箋を前にして、私はペンを右手で弄びながら書きたい事が纏まらない事に頭を悩ましていると、コンッコンッという木製のドアをノックする音が聞こえた。

 

 突然の来客への対応に、室内用のスリッパをペタペタとさせながら私はドアの方への駆け寄る。

 

「あ、アリサ。どうしたの?」

 

 ドアを開けた先に居たのは、いつもの制服姿から上着だけを脱いでタートルネックのセーター姿となっているアリサ。

 彼女は呆れた様に両手を左右に開く仕草をすると、私に要件を伝えはじめた。

 

「どうしたの? じゃないわよ……全く、私のノート持っていってそれっきりにしてる癖に」

「ごめん! 忘れてた! すぐ探すからベッドにでも座ってて!」

 

 うっかり失念していた。そういえばアリサに導力学のノートを数日前に借りてそれっきりであった。

 とりあえず、廊下で立って待っていてもらうのは悪いので、部屋の中に入って貰ってベッドにでも座ってもらい、私は勉強机の片側に積まれている各教科の教科書や参考書やノートが混ざるの山から探すべく一冊一冊迅速に確認してゆく。

 にしても、アリサは今から私が借りていたノートで授業の復習だろうか。本当にⅦ組はエマといい、マキアスといい、アリサといい努力家が多い。

 もっとも帝国の高等学校の中でも未だに名門といわれる水準の士官学院なので、在籍する生徒は私も含めある程度は努力して入学してここに来てはいるのだが。

 

「もう寝る支度してるの? 少し早くないかしら?」

 

 私の姿を見たのかアリサは少し不思議そうな様子だ。

 制服姿から上着を脱いだだけのアリサと違って、私はもうシャワーも浴びてすっかりワンピースな寝間着である。

 そんなアリサの疑問に私は探す作業を止めずに背中を向けたまま答えた。

 

「うんうん、まだ実家にいた頃の癖が抜けなくてちょっと眠くなってきちゃうんだよね」

 

 ふーん、と相槌を打つアリサは納得してくれている様だ。

 

「あ、なんか食べる? クロワッサンとか昨日買ったのあるよ」

「……この時間に間食は不味いでしょうが」

 

 中々アリサのノートが見つからなくて少し焦りながらも、ベッドの近くにあるテーブルの上の赤色の紙袋を指差して勧めてみた。しかし、しっかり者のお嬢様はこの時間の間食はNGの様だ。

 机の上に無いのであればリュックの中かも知れない、と思い付き窓際に掛けてあるオレンジ色のリュックを手に取って中身を物色する。

 リュックの中ともなると入る本の数も限られるので見つけるまでにそう時間は掛からなかった。机の上で見つからなくて内心焦っていた自分が馬鹿みたいに思える。

 

「あったあった。アリサ、ありがとう」

 

 アリサは何か考え事をしていたのか、私が差し出したノートをとる手が少し遅れる。

 

「あ……どういたしまして。……ちゃんと参考になったかしら?」

「うんうん、アリサのノート綺麗に纏められてるから助かったよ。導力革命以後の帝国の導力技術の発展の所とかすごく分かりやすかった。導力学、得意なんだよねー。いいなあ」

「まぁ……このぐらい普通よ」

 

 アリサは色々な感情の混ざる複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「……そこで謙遜されると逆に落ち込むんだけど」

 

(素直に誇ってもらえないと、私はその”普通”にもたどり着けていない人間になっちゃうじゃん!)

 冗談っぽく苦笑いする私に、アリサは『そんなつもりで言った訳ではない』と慌て謝り、すぐに再び表情を曇らせてゆく。

 普段なら、頑張って勉強しないあなたが悪いのよ、との一言が入る所なのだが少し様子がおかしい。

 

 ――アリサも何か抱えてるのかなあ。

 そんな事を考えながら、私はベッドに座るアリサの丁度隣に腰掛けた。

 色々な感情が混ざった表情を浮かべて、”導力学”と綺麗な彼女の字で記されたノートの表紙に目を落とすアリサに、私は声をかけれなかった。

 

 

 ・・・

 

 

 長くて短い暫くの時間が経ち、アリサが何かに気付いた様に口を開いた。

 

「手紙、書いてたの?」

 

 先程まではアリサの座っている場所から机の間には私の体が影となっていたのだが、私が彼女の隣へと移動したので、机の散らかっていない部分に置かれた白紙の便箋が目に入ったのだろう。

 

「うんー、でも上手く書けなくてね。書きたい事が有り過ぎて、うまくまとめられなくって」

「……噂の彼氏?」

「だから、付き合ってないし!」

 

 少しの間の後に想像していた通りの言葉が返ったきた為、このネタへのいつもと同じ反応をすかさず返す。

 あの日――ポストに手紙を投函するところをエマに目撃され、朝食を共に囲ったフィーとサラ教官に中途半端にバレた日以降、尾ひれ背びれを付けて噂は拡散してしまっていた。

 Ⅶ組の中だけならば良かったのだが、問題はその外への流出であり――ついこの間その件で話しかけられたⅣ組のヴィヴィによると、『1年Ⅶ組のエレナは彼氏持ち』というのは平民クラスでは知る人ぞ知る情報なんだとか。

 年頃の子が集まる士官学院ではそういう類の噂話はかなりの頻度で話のネタにされるが、いざ自分の事がネタになるとなるとそれは本当に勘弁して欲しい。

 

 ほんの数十秒ではあるのもも、会話の中では明らかにおかしい無言の時間がすぎる。

 何も反応を返してくれないアリサの方を伺うと、彼女の様子は先程までの複雑な表情とは様変わりしていた。

 

「……ねえ、エレナって……その手紙の相手の人、やっぱり、す、好きだったりするの?」

 

 何故か彼女は少し俯いた顔をほんのりと赤くして、自らの指をいじりながら、恥ずかしげに少しずつ言葉を紡いでいる。

 

「……むう。そりゃあ、まぁ」

 

 普通、それは聞かれた側の私の反応なんじゃないか、とも思いながらも一応肯定しておく。

 いまのやり取りの何処に、アリサが顔を赤らめる必要があったのかの謎は残る。

 

「……なんでその人のこと事好きになったの?」

 

 今日はアリサに質問責めにされる日なのだろうか。

 それにしても、好きになった理由……かあ。いろいろな事が思い浮かんでくるものの、言葉としてそれを紡ぐのはかなりの難易度であった。

 そして私もこうもこの類の話題を続けられると、やはり照れる。

 

「なんでかなぁ……小さい頃から一緒で……気づいた時にはもう好きだったなぁ。だから理由はわからない」

 

 一番正解に近いと思った答えを告げる。恋の始まりには明確な理由などないような気がするから。

 

「……ってことは初恋よね?」

 

 アリサの顔が、深紅の瞳が彼女の隣に座る私へと向けられる。その彼女の表情を目の当たりにして、本当に表情が豊かな子だという感想を抱かざるを得なかかった。

 彼女の問いかけに肯定しながら、私は前にもあった似たような出来事を思い出していた。

 あれは数年前、故郷の村の数歳年下のおませな子に幼馴染の彼との間柄について聞かれた時。その子の質問とアリサの問いはよく似ており――私は、なんとなく理由がわかってしまった。

 きっとアリサは――自分が特定の誰かを意識していることに気づき、その気持ちがどんなものか見極めようとしているのではないだろうか。

 

「人をす、好きになるのって、その……どんな気持ちなのかしら?」

「……うーん」

 

 いざそう聞かれると悩むものである。

 最初から最後まで言うのは無粋だと思うし、それ以前に恥ずかしい。しかし、簡潔に纏めるのも私には難しい。

 それまで座っていたベッドに背中も預け、部屋の天井を眺めてアリサの問いへの回答を考える。

 

 私としても現在進行形な訳であり、この類について他人になにか教えれる程の経験など殆ど無い。そればかりか、本当は自分が誰かに聞きたいぐらいだ。

 出来ればはぐらかしたい、等という少し無責任な考えが頭を過ぎった時、静かな部屋に再びドアをノックする音が響く。

 夜中に二人目の来客なんて珍しい。一番部屋によく来てくれるアリサがここに居るということは、ほかはエマかサラ教官か……私の部屋を訪ねて来る人はそう多くなく、可能性の有りそうな人物の顔を思い浮かべながらドアに駆け寄る。

 

 返事をしながらドアを開けると、目の前に立っていたのはリィンであった。

 リィンはシャワーを浴びてきた所なのだろうか、少し髪は湿っぽく、着ているのは寝間着の様だ。

 

「あれ、リィン?」

「こんな時間にすまない。エレナにちょっと頼みたいことが……ってアリサもいたのか?」

 

 リィンの視界に部屋の中のベッドにちょこんと座るアリサが捉えられたのだろう。リィンが驚いてる様子は特にないが。

 それよりも先程まで顔を真っ赤っかにしてお話していたアリサの様子が気になったのだが、心配する必要は特になかった――いや、逆の意味では心配になってしまったが。

 

「……いて悪かったわね。それにしても、こんな時間に女の子の部屋を訪ねるなんて不躾ね。それとも、お邪魔だったかしら?」

 

 先程の乙女チックな彼女とは打って変わって不機嫌そうな声色のアリサ。

 ものすごく鋭い視線で目の前の彼を睨んでいるのが、彼女の顔を見なくても張り詰める空気で分かる。

 リィンとは仲直りしているのだろうし――あ、そっか。きっと気に入らないんだ、こんな時間に”私”の部屋をリィンが訪ねたのが。

 まあ確かによくよく考えると、この時間に湯上がりで寝間着を着込んだ男子が女子の部屋を訪ねていたら色々と誤解を生む気はしなくもない。

 

「いや、そんなんじゃないから……二人共何かしていたのか?」

「男子には関係ない、女の子同士の話よ」

 

 リィンの疑問にぴしゃりと返すアリサ。男子にも関係あるといえば大アリなんじゃないかとも思うのだけど。特にリィンは。

 それにしても背後からの視線が痛い、主に私に向けたものではないのにも関わらず。

 

「あ、あはは……それで、私に頼みってどうしたの?」

「ああ、明日の自由行動日なんだけど、先月と同じで旧校舎の調査もあるし、エレナも一緒に手伝ってくれないか?」

「え、ええっとー……」

 

 こんのニブチンは……と私はこの場で頭を抱えそうになる。部屋の中のアリサの方を伺うと、もう完全に拗ねてしまっている。

 アリサのしょっぱなからの対応も問題はあるのだが……そもそも、リィンがちゃんと察してあげれれば、この場で私一人への誘いなんてする訳ないのに。

 

「ごめんね。実は明日はバイト入っちゃってて……」

「そうか……残念だが、バイトならしょうがないな」

 

 どの道本当の事でもあるのでしょうがない。今回は諦めてもらおう。

 そして、リィンさんそんなに残念そうな顔をしないで下さい。後ろのお嬢様が怖いんです。

 アリサも自分から売り込めばいいのに、とも思うが、いざ自分とフレールお兄ちゃんに置き換えて考えてみるとかなり難しく、同時に彼女の気持ちが手に取る様にわかる気がした。

 だからちょっとどころか、私なりに大きく背中を押してあげることにしたのだ。

 

「でもね! アリサがさっき暇そうだって言ってし、アリサはアーツとか得意だし、調査一緒に行ってもらえば!?」

「えっ!?」

 

 アリサの方へ目を向けると、突然のバトンタッチに驚いていた。

 へへん、してやったり。

 

「アリサ、良いのか? 部活とかで忙しいと思ってたんだが……」

「べ、別に……私は、いいけど……」

 

 不機嫌そうな表情が一気に消え、顔を赤らめて俯くアリサ。まるでリィンが来る前に戻ったかとも思える様子だ。

 

「じゃあ決まりだね! さっ、私はそろそろ寝るから! アリサも早く帰った帰った!」

 

 私はドアの前からベッドへ向かい、アリサの手を取って立たせ、彼女の背中を両手押して半ば追い出すようにドアまで押し出す。

 

「え、ええっ?」

「リィン、アリサをちゃんと部屋までエスコートしてあげてね」

 

 一言付け加えてから、アリサの身体を押し出してリィンへ預けて、ドアを閉めた。

 もっとも後もう少しの所で、彼女は堪えて恥ずかしい事態を避けたの様だが。折角の機会だというのに。

 

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! こら、エレナ!」

 

 ドア越しに怒るアリサの声とそれをなだめるリィンの声が聴こえるが、そんな事は無視して、私は部屋の明かりを消した。

 そしてそのままベッドに突っ伏して全身を預ける。

 

 アリサ、やっぱりリィンの事、好きなんだろうなぁ。

 素直に微笑ましいという思う以上に、私は羨ましさを感じていた。

 

 ベッドにうつ伏せにに寝転がりながら、カーテンを閉めていない窓から夜空を眺める。この星空は遠く故郷のサザーラント州まで続いてるのだろう、だが私にはどうする事も出来ない。

 

 目を瞑るとフレールお兄ちゃんの顔が浮かぶ。

 幼馴染で、自分にとって5歳年上の兄のような存在で、今はサザーラント州の領邦軍に勤めていて、私がまだ小さかった頃からずっと一緒で。

 村のことが自分の中で一旦解決して以降、私自身がこのような寝る前に考えることはフレールお兄ちゃんの事となった。もっともそれは士官学院に来る以前と全く同じ事であり、ただ戻っただけであったが。

 

「はは……昔からずっとじゃん。変わってないなあ、私は」

 

 何も昔から変わっていない自分を自嘲する独り言が思わず口から出てしまう。

 

 そして、今夜も寝る前の僅かな時間、彼と最後に逢った日の事を思い出すのであった。




こんばんは、rairaです。
本日やっと御用納めですね。師でもないのに私も今週はあちこちを走り回る羽目になりました。
さて今回は5月22日の夜、自由行動日の前日第2章の初日となります。
本来はアリサとエレナの話の後に過去回想が入る予定だったのですが…アリサ関連の話が中々の長さになってしまい此処で一旦切らせて頂きました。

「閃の軌跡」原作ではアリサはお気に入りキャラクターの一人です。
物語を通してⅦ組は皆成長していきますが、アリサも分かりやすく成長する一人だと思います。
リィンへ寄せる想いの進展も気になるのですが…一番はイリーナについてでしょうか。
イリーナには娘への確かな愛情があります。アリサもそうですし、この母娘単に不器用なだけですよね。
しかし何故、アリサの父親の死後に仕事に没頭し変わってしまったのか…イケメン眼鏡な旦那さんの死因がすごく気になります。しかし旦那さん技術屋…ってことは十三工房関係なんじゃ…。とにかく、続編に期待ですね。

次回は一旦過去回想となる予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

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