光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月23日 日曜日の書店にて

 5月23日 朝8時半

 

 もう既に初夏といった所か――まだまだ肌寒い朝も多かった4月はライノの花が散るとともに過ぎ去り、新緑の季節となった。

 私は長箒を片手に、まだ開店前のブックストア《ケインズ書房》の店内からガラス窓を通して外を眺める。

 

 開店時間は10時だが、仕事の時間は開店時間よりずっと早く、勤務は8時からであった。

 実家である酒屋の朝も早かったが本屋の朝も中々に早い。もっとも商売を営んでいる所は大体早いだろうと思うが。

 

 書店でのお仕事については、ある程度の説明を店主のケインズさんから受けた。

 基本的な仕事の流れや店内の本棚の分類別の場所、陳列の直し方……意外と覚えることが多くて少し不安を感じるものの、何とかやっていくしか無い。

 トリスタは士官学院を擁す学園都市でもある為、やはり扱う書籍も参考書や学問系のものは多い。同じ様な内容であっても出版社が違ったりと……こうして見るだけで店の本棚の半分を学生向け書籍で占めていた。

 それ以外にも、ティーンエージャーが好みそうな小説や雑誌などを見ると、このお店の重視する主要客層が読み取れる。

 

 丁度、開店前の履き掃除を一通り終わらせた頃、まだ鍵を掛けっぱなしのお店のドアをノックされる音がした。

 磨りガラスのドアには小さな人影――どうやら、子供のようだ。

 私はドアを開けた先にいたのは確か士官学院の受付職員の弟さんだったルーディであり、その子にまだ開店前の旨を伝えると何とも困った顔をされることとなる。

 

「えっと、本を買いに来たわけじゃなくて……」

 

「それじゃあ、父ちゃんいってくるぜ!」、お店の奥――つまりケインズ家から元気な子供の声がした。

 ドタドタと騒がしくドアの閉まる音と階段を降りてくる音がした後に、再びその声の主は元気良く声を上げる。

 

「おう! ルーディ! って、あれ? あんた新しいバイト?」

 

 ケインズさんの一人息子のカイ。年の近いブランドン商店の娘のティゼルには、トリスタで最も名高い悪ガキ――とは言われているものの、私としてはこの年頃の男の子なんてこんなもんだと思っている。

 一つだけ言えることはカイなんて目じゃない程、昔のフレールお兄ちゃんはやんちゃしてた。これは帝都近郊の都会っ子と辺境の田舎っ子の差だろうか。

 

「えっと、エレナっていうの。よろしくね?」

「俺、カイつーんだ。よろしくな。ふーん……」

 

 少し中腰になってカイに自己紹介をすると、少年の視線は暫くの間何かを確認するかの様に私の顔に固定されていた。

 

「まぁ、そこそこかわいいじゃん」

「…………は、か、かわいい? え、ちょ、ちょっと!」

 

 カイの言葉に不覚にも私は固まってしまい、そして急に恥ずかしくなる。

 相手は自分より5歳以上年下の子供ではないか。いくらトリスタに来て初めて異性に容姿を褒められて不覚にも嬉しかったとしても、相手は日曜学校の少年というのはどうなのだろうか。

 そして、子供の言葉に本気で反応してしまい年上の余裕を無くして上手に返せなかった、もとい上手くあしらえなかった自分が一番恥ずかったのは言うまでも無い。

 

 未だ恥ずかしさが抜けない私を横目にカイとルーディはそのまま何処かへ出かけに行ってしまい、店の前に平穏が戻ると丁度店内で今までのやり取りを聞いていたケインズさんが少し申し訳なさそうにしていた。

 

「すまないね。ウチのカイが……私の躾がなってなくて」

「あ、あはは……男の子はみんなあんな感じだと思いますけど……」

 

 私はとりあえずのフォローを入れるもののの、あの位で顔を赤くした女が何を言った所で説得力の欠片も無い様な気がする。

 

 

 ・・・

 

 

 日曜日は書籍の入荷はお休みであり、本屋は一番暇かも知れない日だろうとケインズさんは語っていた。

 自由行動日は基本的に部活動や帝都に出かけていたりする生徒も多く、午前中の時間はこの日も来客数は少ない。

 

 カランカラン――ドアのウェルカムベルの心地よい音と共に、見知った顔の生徒が入ってきた。

 

「あれ、エマじゃん?」

 

 少し意外だった。エマならばこの時間は士官学院の図書館で勉強しているのではないかと思っていた。

 

「ふふ、おはよございます。エレナさんは今日はアルバイトですか?」

「エマはまた参考書探しー?」

 

 ふふ、そんなところです、と微笑を浮かべて本棚の方へ向かうエマ。

 まあ彼女が本屋に来る理由といったら参考書探しと見てまず間違い無い、という私の推測も当たっていたようだ。

 それにしても彼女は勉強一筋過ぎないだろうか。そう言えば、私は彼女の趣味などあまり知らないような気がする。

 

「そういえば今日はケインズさんはいらっしゃらないんですか?」

「いまは裏の方にいるよー」

 

 ケインズさんがわざわざ暇な日曜日に私を雇ったのは、奥の仕事をしたかった為だったようだ。

 

「そうですか……フィーちゃんの役に立ちそうな中等数学の参考書を探してるのですけど……棚には高等教育前提のものばかりで……」

「中等数学かぁ。このお店、士官学院生向けの品揃えになってると思うから……」

 

 エマが参考書の棚に目を向けながら、困った顔をする。

 確かにパッと見た感じでも本棚には高等数学レベルの本が集まってる様な気がする。何故なら本のタイトルを見ても私にはチンプンカンプンであるのだから。

 流石に中等数学の参考書を置いていないという可能性は無いとは思うが、私ではエマの参考書探しの手伝いは出来る自信は無いので、すぐに諦めてケインズさんへと聞きに行くことにした。

 

 

 ・・・

 

 

「あっ、あの本結構いいかもしれない」

「えっと、これですか?」

 

 ケインズさんに日曜学校で使いそうなの参考書の場所を聞いてから戻ると、店内の人影は一つから二つへと増えていた。

 

「あっ、エーマーっ。上の方にあるかも――」

「あっと、すまない、委員長」

「い、いえ、こちらこそ…………」

「――って、リィン? それに二人共、顔赤くしてどうしたの?」

 

 先程まで、ほんのりと頬を赤く染めたリィンとエマがお互いに見つめ合っていた様な気がする。

 

「あ、ああ、おはよう、エレナ」

「あはは……えっと、丁度いらしてたリィンさんに手伝ってもらっちゃいました」

 

 なんとなくバツの悪そうな顔をした二人がこちらを向いている。

 あやしい。もしかしたら私、邪魔だったのだろうか。いやでも……。

 

(この二人かぁ……)

 リィンとエマの二人を吟味するようにじっくり見ていると、私が何を考えているのかを察したエマが考えを断ち切るように見つけた本の会計を求めていきた。

 彼女はその日曜学校向けの中等数学の参考書の会計を済ますとそのままフィーに渡す為に店を出て、店内はリィン一人となる。

 

「で、リィンはどうしたの? 応援は嬉しいけど、冷やかしはやだよ」

「はは、そんなつもりじゃないんだが……」

「あ……そうだ。昨日発売の帝国時報はもう買った?」

 

 そういえばリィンは帝国時報をちゃんと毎回購読していたと先月の自由行動日に言っていた。

 私からすればあんな小難しい大人の向けのニュース雑誌を毎回読むことなんで考えられないのだが――そういえば、お祖母ちゃんにも社会時事ぐらいしっかり調べときなさいって言われてたっけなぁ。

 

「ああ、それもあるんだけど……」

 

 リィンによるとこの《ケインズ書房》から生徒会に依頼が出ているというのだ。

 そんな話を聞いていない私は、再び店の裏へと走る。正直、ケインズさんに聞きに行きすぎなんじゃないか、私は。なんか一人で仕事をこなせていない様で情けない。

 

 店のカウンターに顔を出したケインズさんの話では――学院から受けた教官用の書籍の注文の注文書を紛失してしまい、誰がどの本を注文したかが分からないのだという。

 学院の生徒なら教官にも詳しく、本から注文者である教官を特定出来るだろうという思惑で生徒会へ依頼を出したのだという。

 

「あれ……じゃあ私で良かったじゃないですか?」

「いやあ……本って結構重いから女の子一人だと可哀想かなと思って……それに、生徒会への依頼も必ず受けてくれる訳でも無い様だし」

「な、なるほど……でも、ケインズさん。私そんな軟じゃないですよ? ワインとかダース箱で持てますし」

 

 長袖なので腕こそ見えないが、力こぶを作る仕草をしてアピールすると、ケインズさんは相槌を打って『今日の働きっぷりで充分よくわかってるよ』と笑って答えてくれた。

 まあ、でも確かに普通の女の子に本屋は少しキツイかも知れない。もっとも、陽気に出来上がった方々の相手を稀にこなさなくてはならない酒屋な方が厳しいと私は断言出来るのだが。

 

「でも、もう一人のバイトの子のベッキーさんと違ってエレナさんは第一印象が何というか、線が細くて大人しめだったからなぁ」

「お、大人しめ……線が細い……」

 

 リィンが少し不思議そうな顔で私に目を遣る。なんですか、その含みのある顔は。

 そりゃあ、あの元気ハツラツ売り子娘のベッキーと比べられたら、誰でも大人しめのレッテルを貼られるに決まっている。

 なんていっても大きな市場を擁する交易町で食品卸をしている家の娘さんなのだから。

 そして……線が細い……か、色んな意味で複雑だ。

 

「でもまぁ、こうやって生徒会からの人も来てくれたし……君も二人なら早く終わりそうだろう?」

「はは、では承ります」

 

 つまり、私の仕事をリィンが手伝う事になるというわけか。いや、生徒会に出された依頼なので私がリィンを手伝う事になるのか。

 そんな感じで私は昼前の時間にリィンのお手伝いとして教官の注文した書籍の配達のお仕事をする事となる。

 

 

 ・・・

 

 

「はぁー……疲れたぁ……」

 

 最後の配達先から外に出た所で私は盛大にため息を付いた。

 まさかの最後は士官学院ではなく第三学生寮のサラ教官。学院にいない教官の存在をすっかり失念していた私達二人は、士官学院の教官全員に『嗚呼、帝国旅情』という大人向け旅行雑誌を手に聞きまわる羽目になったのだ。

 リィンの閃きによってサラ教官と結びついたので何とか助かったものの、《ケインズ書房》を出てから結構な時間が経っていた。

 

「意外と本って重いからな」

「だねぇー」

 

 とは言っても二人で回った為に、リィンは三冊で私に至っては二冊しか持っていなかったのだが。

 第三学生寮から《ケインズ書房》までの道のりはすぐで、私はこの後も依頼の残るであろう彼へお店の前で別れを告げる。

 しかし、リィンは買いたい本があるとのことで今もお店の中にいて、数冊手元に持ってまだお目当ての本を探している。帝国時報を毎回読むぐらいでもあるので、やっぱりリィンも読書家なのだろうか。

 私といえばケインズさんから再び店内のお仕事を頼まれたものの、今日一日の主な仕事の流れは掃除以外は殆ど終わってしまっており、カウンターに頬杖を付いて暢気に時計を眺めていた。

 そろそろ正午――空腹と共に睡魔も忍び寄ってきており、大きなあくびをしながらお昼休憩はキルシェで食べようかなど考えていると、気付かない内にいつの間にかリィンの顔が目の前にあった。

 

「エレナ?」

「うわぁっ!」

 

(近い、近い、近い!)

 あまりに近かったリィンの顔に驚いて思わず声を上げてしまう。

 

「驚かせてしまってすまない……お会計お願いしても、反応が返ってこなかったから……」

「わ、私こそごめん! ぼーっとしてた!」

 

 お互いに何故か謝り合い、私はこの恥ずかしさを掻き消すためにリィンがカウンターへと置いた本の会計をすぐさま始める。

 

「帝国時報に俺の料理・サンド……何これすごい埃かぶってる……古式弓術指南……? で、これは……ぽかぽか昼寝日和? うーん……私はどこにツッコめばいいのか分からなくなってきたよ?」

 

 帝国時報は買うだろうと思っていたし、自炊の参考にするという意味ならば料理本はまだわかる。

 しかし、その後の二冊に関しては正直リィンのイメージとはかけ離れたものだった。大体リィンの武器は剣だったではないか、そして私やフィーならともかく昼寝から縁遠そうなリィンが昼寝の本を買うとは心底不思議すぎる。

 まさかリィンに限って私へのウケ狙いという訳でも無いだろう。

 

「はは……」

「とりあえず、リィンって料理に興味あったんだね? 少し意外かも」

 

 貴族の若様である身分から――『皇室に縁が有るとはいえ一介の辺境の男爵家の為、父も母もそんな貴族然とはしていない』とはリィンの弁だが、少なくとも庶民と同じということは無いだろう。

 その為、あまり自炊という発想が生まれるとは思っていなかったのだ。例によってⅦ組の貴族であるユーシスやラウラが寮の調理場で自炊している所は見たことが無い。ラウラは料理が苦手と自分で言っていたような気もする。

 まあそれ以上に、あまり男の子が料理をするイメージが私には湧かないというのもあるのだが。

 

「で……この二冊は……趣味? ……ネタ?」

「えっと……出来ればⅦ組の皆との間の話のタネにならないかと思ったんだ。今日買った二冊はアリサやフィーとの話で使えると思って」

 

 なるほど、弓術の本はアリサ、お昼寝の本はフィーという訳だ。なんとも分かりやすいチョイスだ。

 寮生活で朝も昼も夜も毎日一緒にいるので、話の話題の引き出しは多ければ多い方が良いとは思う。

 

「へー。リィン、几帳面というか……なんか女の子みたいなことするね」

 

 女の子みたいな事、と言った訳としては恥ずかしながら自らの経験談である。

 私も昔は想い人との話が弾めばという思いから、あまり興味のない導力車や飛行船の話をよく本で読んだものだ。

 

「あれ……二冊とも女の子相手?」

「い、いや、他意は無いぞ?」

 

 なんでだろうか、好き嫌いは全く関係ないのだが、少し残念に思う。

 まあ、とりあえずアリサが入っていて良かった、と言うことにしておこう。話のタネとなりそうな本を探すということは、リィンもアリサと積極的に会話をしたいという事なのだから。

 

「たまたま今回はこの二冊って事で……それに、女子でもエレナとかラウラとはよく喋るんだけど……あんまりフィーとは話したことが無いような気がしてさ」

 

 なるほど、リィンにとって私は話のタネなど探さなくても既に良く喋る友達扱いだった訳か。

 私は教室での席がフィーの隣なので割りとよく話すが、確かにリィンとフィーが話している所はあまり見たことがないかも知れない。

 結構真面目だなぁ、と私は感心する。これで鈍くなければ、かなりいい人だと思うのだけど。

 

 計四点の800ミラの会計を済ませたリィンは、家庭教師の依頼を受けるために店を出てしまい、再び私は一人となる。

 もっともこれを待っていたと言うこともあり、台座を持ってきてハタキ片手に棚の最上段に入っている本の埃を落とし始めるのであった。

 

 

 ・・・

 

 お昼休憩をキルシェで潰すと、午後のお仕事が始まった。

 しかし、午後も午前と変わらずに暇であり、1時間に来店するお客さんは数人程度。

 本日の売上はやっと1万ミラを超えた所だ。書籍は酒類と同じで粗利率は低いので、利益は2000ミラ程度。これでバイトを雇っても大丈夫なのだろうか。

 《ケインズ書房》の経営が物凄く不安になる。

 

「いよう、おっさーん」

 

 ドアが開いた時に鳴るベルの音が、どこかで聞き覚えのある陽気な声にかき消される。

 

「えっと、いらっしゃいませ?」

「おっと、何時ぞやのお眠な後輩ちゃんじゃねーか。バイトかぁ?」

 

 平民生徒の緑色の制服を着た、銀髪で白のバンダナを付けた士官学院の生徒――間違いない、入学したての時にリィンと私に生徒会館の前で手品を見せた先輩だ。

 そしてあろうことかリィンから借りた50ミラコインをそのまま返さずに立ち去ったチャラい先輩。

 

「え、ええ、そんな所です。先輩。えっと、ケインズさんに御用ですか?」

「御用って程の用事じゃないんだけどよー。うーん、どうすっかぁなぁ」

 

 両手を頭にやる仕草をしながら迷っている様子のバンダナ先輩。

 

「えっと、お店の中のお仕事は一応、今は私が任されてるんですけど……」

「うーん……でもなぁ」

「だ、大丈夫ですよ! そんなに心配しなくても!」

 

 こんなに暇な時間を任されている筈なのに、先程のエマの参考書の件やリィンの依頼の件で何度もケインズさんの元へ聞きに行くことになってしまい、これ以上奥の仕事の邪魔をしに行くのは申し訳ないという気持ちからだろうか、気づけば私の口調は少し強めであった。

 

「まあ、そこまで言うなら、頼んじまうか……後で文句言うなよ?」

 

 目の前の先輩は小さな溜息を付いて、私に注文商品の客控えを渡してきた。

(”第二学生寮 二年有志の会”?)

 注文書のお客様氏名の欄には確かにそう書かれていた。有志の会とは一体何なのだろうかという疑問が浮かぶが、とりあえずは仕事を優先してカウンターの裏側にある注文商品置き場を見ると、今用意ができている品物の入った紙袋はかなり大きなサイズの物であった。

 それを手に取って、中々の重さを感じながらも紙袋をカウンターへと持ち上げる。これから、注文された商品の確認をしてもらわなければならない。

 ケインズさんが省略したのだろうか、注文書には何故か肝心の商品名の欄が全て空欄であり、大きく赤文字で1割引と書かれていた。それにしても重かったわけだ、注文書によると15冊もこの紙袋の中に入っている様だ。

 

「”第二学生寮 二年有志の会”様ですね……えっと……わっ!?」

 

 紙袋を横に倒して中身を取り出すと、出てきた本の表紙には――凄まじいスタイルの女の人の水着の写真であった。

 

「せ、先輩! なんですか、これ!?」

 

 想定外の物に私は思わず目の前の先輩に大声で食って掛かっていた。

 

「だから、いったろ?」

「文句言うな、って品物の重さかと思いましたよ! それなのに……これ、その……」

 

 目の前のバンダナ先輩は、しれっとさも当然とでも言うような態度だ。

 まじまじと見ると、金髪碧眼の胸の大きい女の人は物凄く媚びた表情をしており、着ている水着は肌の露出の多い過激なピンク色のもの。

 これは多分、俗に言うエロ本と言う奴だ。昔、フレールお兄ちゃんの部屋に数冊隠されいたのを偶然見つけた私から、彼が慌てて取り上げられたのを思い出した。こんな物を見ているとこっちが恥ずかしくなってくる。

 

「あー、結構キワドイショットのグラビア誌ではあるが――実際んとこ肝心な所は何も写ってない極めて健全な本だからな」

 

 つーか、帝国じゃ際どい奴は発禁になっちまってるからなぁ、と後に続ける。

 世の中には、これよりもその……凄い本があるのだというのか。信じたくないし、内容も考えたくもない。

 

「これで健全ってどう見てもおかしいと思います!」

「チッチッチッ、まだまだお子様だねぇ。後輩ちゃんは。クロスベルや共和国なんかいったら帝国じゃ発禁扱いになってる、ヤバいエロもそこら辺に溢れてるんだぜ?そりゃぁ、もう色気が――」

「も、もう、そんな力説しなくていいですから! お値段は15冊で7,200ミラの1割引きで6,480ミラですっ! 中身はご自分で確認して下さい!」

 

 生々しい事を言われ、危うくその”ヤバいエロ本”の中身を想像しそうになったのを、ギリギリの所で我に返り会計へと移る。

 なんかよく考えると今日は恥ずかしい事ばかり起きる気がする。

 

「後輩ちゃんには刺激が強すぎたかね、ほらよっ」

 

 ニヤニヤとお下劣な笑いを浮かべながら、先輩は何故が財布ではなく封筒から1000ミラ札を6枚と500ミラ札を1枚を出してきた。

 私はお釣りの20ミラを先輩の手に置きながら、この先輩と最初に出会った時の出来事を思い出した。

 

「……あっ……そういえば先輩、リィンに50ミラ返しました?」

「あー……大変残念な事にいま俺の財布、10ミラしか入ってねぇんだわ」

「そんな本は買えるのにですか?」

「バッカ、これは男にとっては生活必需品だから譲る訳にはいかないんだよ」

「……うわぁ……先輩、見損ないました」

 

 もう一言で言うと幻滅である。

 

「後輩ちゃんも言うねぇ、入学早々トワのお手伝いに志願しただけの事はあるなぁ」

「トワ……会長ですか?」

 

 先輩の口から意外な名前が出たことに私は驚いた。まさかこんなダメダメな先輩と、あの真面目で優しく人一倍頑張っていると言われている小さな生徒会長に何らかの接点が有るとでも言うのだろうか。

 

「先輩ってトワ会長のお知り合いなんですか?」

「知り合いっつーか、腐れ縁というかだな。オーブメントの調整してくれてる技術部のジョルジュいるだろ? トワとジョルジュと俺と後もう一人酷い女がいるんだが、1年の時から4人でよく絡んでてな」

 

 はっきり言って想像しがたいのだけども、嘘を言っている雰囲気でも無いのも事実だ。

 しかし、私は何故かとても信じたくなかった。

 

「先輩があんな真面目なトワ会長や優しいジョルジュ部長の友達なんて信じられません」

「おいおい、そりゃあないぜ。俺、学院じゃ結構有名人なんだぜ?」

「……ダメな先輩としてですか?」

「おうよっ!」

 

 右手で決めポーズをしながら、自信満々に肯定する目の前の先輩に私は呆れる。

 でも、少なくとも嫌いではなかった。なんというか、私としては非常に不本意なのだが、多分このオチャラケた感じが自分の想い人に似ているのだ。

 同列に扱いたくは無いのだが、正直フレールお兄ちゃんも実際の所は大して変わらなそうに思える。

 

「おっし、それじゃあ俺は飢えた奴らにこいつを届けにゃならないから失礼するぜ」

「あ……お、お買い上げ……ありがとうございました」

 

 私がバイトとして働いている以上、一応お客である先輩にはこれぐらいは言わなくてはならないだろう。

 商品はアレだが、売上は売上であり利益は利益。額としてみれば今日一日の売上高の実に三分の一を占める大口のお客様なのだ。

 ドアノブに丁度手をかけて開けた所で、バンダナ先輩はこちらを振り向いて口を開いた。

 

「おっと、そういえばいい忘れてたな。俺は2年Ⅴ組のクロウ・アームブラストだ。後輩ちゃんは?」

「……1年Ⅶ組の、エレナ・アゼリアーノです」

「エレナ後輩、か。それじゃあ、お先なー」

 

 最後の最後でやっと名前を明かしたクロウ・アームブラスト先輩。面白くて型破りな先輩だと思う。

 あんな本を15冊も買ってお金を使い果たすなんてどんだけ変態――あれ? さっき、”飢えた奴ら”とか言ってたっけ……?

 そういえば、注文書には”二年有志の会”って書いてあった。となると……まさか……私の推理が正しいとすると、名門士官学院の生徒であっても男の子なら当然そういう本に興味があって、二年生は皆で大口購入しているという事になる。

 そして、こんな本の大口購入で割引をするケインズさんも一枚噛んでいるのではないかと疑惑も浮かんでくる。

 

 やっぱり男の人って本当に……え、じゃあリィンとかマキアスも、やっぱりああいう本を持っているのだろうか?読んでいるのだろうか……? エリオット君は……流石にちょっと想像し難い……けども……。

 Ⅶ組のクラスメートで変な想像をして、私は激しく後悔する羽目となった。

 

 




こんばんは、rairaです。
遅くなりましたが皆様、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

さて今回は5月23日、第2章の自由行動日の前編となります。
エレナのバイト先はブックストア《ケインズ書房》となりました。本当は《キルシェ》でウェイトレスや《トリスタ放送》でミスティさんと絡ませることも考えたのですが…。
前者は既にウェイトレスとしてドリーがほぼ毎日いる事がネックとなり、後者はこの段階からミスティと絡ませるメリットがあまり無いと判断した為に《ケインズ書房》に決定しました。
それ以上に本屋でやりたいネタ、今回のリィンとエマの絆イベントやリィンの書籍購入、クロウのグラビア誌大口購入等の構想が前々からあったというのもあるのですが…。
次回は自由行動日の後編、夕方編となります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。


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