光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

2 / 80
序章
3月31日 リィン・シュバルツァー


 緋色の街並みが遠くへ流れてゆき、あっという間に車窓は田園地帯の景色となっていく。

 

 窓枠へ付いた頬杖から顔へと伝うのは、列車の規則的な揺れ。目的地へ向かっている事を意味する鉄路の繋ぎ目を越える周期に合わせる様に、胸の鼓動が近付いてゆく。

 これから訪れる初めての街、そして、初めての学校。近郊都市トリスタは、トールズ士官学院はどんな所なのだろう。私はちゃんと上手くやっていけるのだろうか、友達はちゃんと出来るのだろうか。

 

 やっぱり、不安だ。

 

 そんな漠然とした大きな不安と小さな期待を混ぜて、もう後一時間後に迫った入学式から始まる学院生活へと思いを馳せる。

 

 

 帝都の近郊都市の一つであるトリスタの駅。目的地に降り立った私は、列車から降りて改札へと向かう自分と同じ新入生達の背中を見て、違和感の正体を悟った。

 

 私だけ制服の色が違う。

 

 先程まで乗っていた列車が私の後ろを走り去っていく中、ホームをいくら見渡しても緑色や白色の制服の生徒は見かけるが、私と同じ赤色はいない。

 内心焦り始めていた私が落ち着きを取り戻したのは、丁度改札を出ようとした所であった。

 

 いた!

 

 駅員さんに切符を渡しながら、やっとお目当ての物というより色を見て安堵の溜息が零れる。

 駅舎の出口を出た辺りで立ち話していたのは、自分と同じぐらいの年頃の黒髪の男子生徒と金髪の女子生徒。彼らは私と同じ赤い制服に身を包んでいる。

 何やら少し二人の間にトラブルが起きていた様子で、黒髪の少年が金髪の少女にしきりに謝っている。

 

 それにしても、彼らを見つけた時に思わず声を出していたのだろうか。横からの駅員の視線が少し痛い様な気がした。

 

「あー……入学して嬉しいのは分かるんだが、後ろ並んでるからな? 切符、渡したら行っていいんだよ?」

「あっ、すみませんっ!」

 

 まさか足が止まっていたとは。

 幸いな事に私の後ろには一人の恰幅の良い中年の男性客しかおらず、その少し太った彼も何か生暖かい表情で逆にすまなそうに会釈してきただけであり、逆に何だかものすごく恥ずかしくなる。

 

 しかし、今私にとって重要なのは、自分と同じ色の制服を着た生徒のことだ。

 

 ぱっと見た感じでは話しかけ辛い雰囲気ではないのだが……何故か少し距離をとってしまった。

 取り敢えずやっと見つけた二人の”仲間”を少し離れた位置から様子を窺う。

 

「気にしないで。私も花に見惚れちゃってたから。でも、すごく良さそうな街ね?」

「ああ、俺もちょうど同じことを思っていた所さ。トランク、大丈夫か? 落としちゃったみたいだけど」

 

 女の子の方はすごくかわいい人だなぁ……あっちの黒髪の男の子もかっこいいなぁ。

 

 素直な感想。

 二人共整った顔立ちで、もしかしたら貴族の方なのかも知れない。

 

「ええ、心配しないで。それにしても……同じ色の制服なのね?」

「そういえば……みんな緑の制服だけど一体どうなっているんだ? 送られてきた物を着てきただけなんだが……」

 

 そうそう、それが気になるの!

 思わず相槌を打つ様に首を縦に振ってしまう。

 

 二人の立ち話はそう長くは続かず、金髪の子は男の子に軽く笑いかけて、士官学院の方へと歩き出していってしまったから。

 

「……名前、聞いとくんだったな。まあいいや、これから先も顔を合わせる機会はありそうだし」

 

 少し名残惜しそうに、黒髪の男の子は先に行ってしまった金髪の子の後ろ姿を見送りながら呟く。

 

 そりゃそうだよね、女の私でもあの子はかわいいって思うし……。

 でも、ちょっと困った。さっきの子に話しかけたかったのに、先に行っちゃうなんて。

 うーん……男の子かぁ。同い年の男の子と話したことなんて無いから、少し話しかけづらいし――

 

「しかし、同じ色の制服か……あっ……」

「あっ」

 

 目が合った。

 数秒、だろうか。何枚かの白い花弁が私と彼の視線の間を横切る中、暫し無言の時間が過ぎる。それを先に破ってくれたのは彼だった。

 

「えっと、おはよう。君も同じ色の制服なんだな?」

「う、うん……そうだね。ええっと、その――」

 

 盗み聞きしていた引け目もあるのだが、それ以上に直に目の前で見ると故郷の田舎の男の子達とは違う感じ、何とも言えない雰囲気とでも言うのだろうか。

 貴族様のような話し方ではないと思うのだが、体にものすごい緊張が走る。

 名門の士官学院に入学する位なのだから、平民でも軍人さんや中央政府のお偉いさんのご子息だったりするのかも知れない。

 

「俺はリィン。リィン・シュバルツァーだ。君は?」

「エ、エレナ・アゼリアーノです! そ、その、よろしくお願いしますっ!」

 

 初めての自己紹介は、もう無様にも噛み噛みだった。

 

 

・・・

 

 

 最初は緊張し過ぎて無様な有様を晒してしまった私だが、少し話しただけですぐ慣れて緊張も大分解されていた。

 

 リィンさんは私が思っていたより遥かに社交的で話しやすくて、特に故郷の南部に少なくない黒髪の風貌なのが逆に懐かしさを感じさせてくれてもいた。

 

「ライノの花、綺麗だよな。こんなに咲き誇ってるのは中々見ないし」

 

 リィンが丁度、上を向いて街路樹の花に視線を向けながら口を開く。

 

「すごく綺麗だよ……ですよね。それにしても、ライノっていうんですか、この花。故郷じゃ見た事のない花で不思議に思ってました」

「ライノを知らないのか――もしかして、留学生だったりするのか?」

 

 違う意味で少しドキッとしながらも、彼には突拍子もない勘違いをされてしまった様だ。

 それにしても、この花を知らないのが余程おかしいのだろうか。

 まるで私が『皇帝陛下のお名前を知らない』とでも言ったかの様な驚いた表情をしている。

 

「あはは、そんな事は無いですよ。れっきとした帝国人です。ただ、故郷は南部の海沿いで少しここら辺とは気候が違うのかな?」

「ああ、なるほど。南部というとサザーラント州か。じゃあ、俺とは正反対になるのかな」

「正反対というと、リィンさんは北の方から来たんですか?」

 

 なるほど。昔、幼馴染が言っていたように帝国は広い。

 もしかしたら彼の故郷と私の故郷じゃ一万セルジュ以上も離れているのかも知れない。

 

「そうだな。ノルティア州のユミルっていう田舎町の出さ。ああ、それと――”リィンさん”はちょっと……」

 

 不味い。リィンさんって、やっぱり、貴族様のご子息様だったのかもしれない。

 そうとは知らずに無礼な言葉遣いを事をしていた。第一印象は重要って家を出る時に口酸っぱく言われたので、少しは言葉遣いも丁寧に心掛けてはいたけど、貴族様相手となれば話は別だ。

 どう謝ろうか、シュバルツァーという家名は聞き覚えはないが、確かに彼の端正な顔立ちや雰囲気は貴族であっても不思議は無い。

 それよりも呼び方を変えてくれと催促されているのだ、やはりシュバルツァー様だろうか、いやここはリィン様になるのだろうか。

 

 貴族のご子息様とどのように話せば良いのだろうか。今まで接したことすら見たことすらない貴族様にどう話せばいいかなんて、まったくもって分からない。

 

「え、ええっと……あの……」

「普通にリィンで呼び捨てで構わないよ。同じ1年生なんだ、変に丁寧にされても困るからさ」

 

 私はどうやら結構恥ずかしい誤解をしていた様だ。

 そして、リィンは私の誤解を分かっていたらしく、困ったように苦笑いをしている。

 ついさっきまで落ち着けていたのに、まさに心の中を見透かされた様である。

 

「う、うん……わかった。リィン」

 

 す、すごい緊張する。

 

 彼が貴族様では無い事と都会っ子ではない事は判ったのだが、それでも村の男の子達とは全く違うリィンに戸惑うばかりであった。

 帝国北部、ノルティア州ユミルの出身のリィン君かぁ。

 

 話しながら歩いている内に、ライノという花が咲き誇っていた商店街を抜けて橋を渡る。

 その際、リィンが川の流れを少し懐かしそうに見ていたのに気づくが、生憎と私には川には縁がなく気の利いた話題は出てこなかった。

 

 

 丁度道が十字に交差している場所に差し掛かった所で、もう一人の赤い制服を来た少女――でいいのだろうか、背の高い女子生徒がお付きの人と思われる老執事に荷物を渡されている場面に出くわした。

 

「それではお嬢様。ご武運をお祈りしております」

「うん、ありがとう。爺も元気で父上の留守はよろしく頼んだぞ」

 

 そう受け応えた背の高い子はとても綺麗な青い長髪で、何やら相当な大きさの鞄を背中に背負って校門の方へ去ってゆく。それは私にとっては物語の一節のようで――この目が初めて映した生の貴族様のお姿は、凛としておりとても美しかった。

 

「これは失礼――よき日和で御座いますな。この度はご入学、誠におめでとうございます」

「あ、あっ、ありがとうございますっ!」

 

 二人揃って老執事の祝福にお礼をしながら、私は今の出来事をこの学校で初めて会話できた人と話したくてしょうがなかった。

 

「リィンさ……リィン! あのお方きっと貴族様だよ。執事様だっていたし……! それに同じ制服!」

「ああ、そうみたいだな。凛とした佇まいだったし、名のある武門の家の出かも知れない」

「やっぱりそうだよね!? うわぁ……ご無礼の無い様にちゃんとしないと……」

 

 私が入学するこの道の先にある目的地は、当然の様に貴族様もいる場所なのだ。

 

 自分と同じ色の制服に身を包む背の高い少女の背姿に、私は緊張からか思わず唾を飲み込んでしまった。

 

「因みにエレナは貴族の事が――その、苦手だったりするのか?」

 

 リィンは少し心配そうな表情を私に向けながら訊ねてきた。

 多分これは先程の彼の呼び方でしどろもどろしてしまった事も含んでいるのだろう。

 

 世間知らずの田舎者と思われたく無かったのであまり大っぴらにはしたくなかったが、やはり言うしかないのだろうか。

 結局、私は彼の心配そうな色の混ざる瞳を見て正直に話した。

 自分の故郷が領地の端に位置しており、何も特記すべき物が無い村の為、大人達から貴族の話は聞くが本物の貴族には会った事はなかった、と。

 

 リィンは相槌を打ちながら理解を示す。

 大都市部や地方の領地でも屋敷が置かれる街以外で貴族を見かけると言うのも、この帝国広しといえど中々無いものであるのだから。

 私が実際の貴族に会った事が無いのならば、仕方は無いと言ってくれた。

 

 ただ彼は最後に、士官学院に入学すれば嫌でも毎日何度も顔を合わせなくてはならないという事についても触れた。

 

「でも、無礼な真似は絶対しちゃダメって言われてるから、そんなに緊張してるわけじゃ――」

「はは、大丈夫だよ。士官学院の生徒は貴族生徒も平民生徒も平等っていう話だし、堂々としていればいいんじゃないかな」

「堂々と……」

 

 そう呟きながら私はリィンの事を感心する。

 リィンも平民なのにこう言う事を言える――同じ平民階級で歳も同じような男の子からこの様にアドバイスされる。

 彼もやはり堂々としていた。

 ふと、私の脳裏には帝国時報や雑誌でしか見た事がない有名人が浮かんだ。

 帝国政府の代表、平民出身であるにも関わらず貴族様相手に一歩も引かず堂々と帝国の改革を推し進めるオズボーン宰相。リィンとは黒髪ぐらいで格好良い事位でしか共通点は無いが、”堂々”という言葉に宰相閣下が浮かんでしまう。

 流石に宰相閣下のような堂々とした態度は難しいだろうが、少しでも――と思案してた時、リィンが物凄い爆弾発言を投げ込んできた。

 

「さっきも俺とあの金髪の女の子が話してる時、少し離れて見てたと思うけど――」

「え、ええっ!?」

 

 咄嗟に素っ頓狂な声が出てしまう。

 まさかバレでいたとは。少々引け目に感じていたのは事実だが、想定外にもほどがあった。

 普通に話しかけて来てくれれば良かったのに――と言葉を続ける彼から無意識に二、三歩後ずさりながら、いつから気が付いていたのかと私は聞いた。

 彼は再び予想を裏切る返事を返してきた。

 

「君が改札を出る辺りからかな。視線もあったけど、駅舎の中で中々動かない気配もあったからな」

 

 即答するリィン。

 気配で察知するなど物語の中の剣士や騎士様だけだと思っていただけに、それは衝撃でもあった。

 流石に中々言葉が纏まらない。盗み聞きした事は早く謝るべきなのだが…。

 

「えっと、どうかしたのか? 俺、そんな変なこと言ったかな」

 

 彼は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「ごっ、ごめん! あの時は二人の邪魔になっちゃうかも知れないって思って、ね? あの子も凄く可愛かったし!」

 

 二人の邪魔という言葉に苦笑いしながらリィンは「名前もまだ知らないのに」と付け加える。

 少し名残惜しそうにしているのは、そのせいだろうか。

 しかし、私にはそれよりももっと気になることがあった。

 

「それにしても、”気配でわかる”って凄いね。どうやったら気配とかわかるの?」

「うーん、こればっかりは修行の賜物としか言えないな」

 

 リィンは少し申し訳なさそうにし、簡単に言葉で説明出来るものではない、と続けた。

やはり普通の人の能力ではなさそうだ。

 

 そして彼の口から漏れた『修行の賜物』という言葉。やはり士官学院生であるという事は武術に精通しているという事なのだろう。

 いくら卒業生全員が軍人になる時代ではないといっても、今から向かう場所はれっきとした士官学校であり、今でも卒業生の四割は軍人の道に進むのだ。

 私も故郷を発つときに村の人々から心配されたように、有事の際は正規軍や領邦軍と同じ立場――つまり『帝国を守る力』とならなくてはならない。

 

 しかし、武術を極めると本当にそういった事が可能となるのだろうか。

 彼の”武器”と思われる物に目を走らせる。

 紫色の細長い袋は帝国の物とは思えない東方風の意匠だが、中には剣が入ってるのだろうか。

 東方――大多数の帝国人にとっては東部クロスベル州の先、帝国南部出身の私の場合はリベール王国の向こうと考えたほうがしっくり来るカルバード共和国。

 帝国では政治の話以外であまり見聞きする土地ではない為、この東方風の袋の中に入っている武器は想像が付かない。

 

 ふと、見比べるように自分の武器が入っているボストンバッグを見る。

 両親の思い出の品物であると祖母からは伝えられたが、これを武術というには中々難しいかもしれない。

 そして、学院から制服と共に届いた新型と思われる赤いカバーの戦術導力器(オーブメント)はちゃんと使いこなせるだろうか。

 故郷の大人達でもオーブメントを使いこなせる人は少なく、一人前に使える人は引っ張りだこで職に困らない幸せ者だというのに。

 

「ふう……やっと着いたな」

 

 漠然とした不安に心が囚われそうになった時、隣を歩いていたリィンが私を現実へと戻してくれた。

 

 ここが……。

 

 感嘆しか浮かんでこなかった。

 圧倒的な存在感を放つ白い士官学院の校舎は故郷のどの建物より大きく、高さも故郷の礼拝堂より遥かに高い。

 目の前にある立派な鐘楼と時計は優しく自分達を見下ろしており、校門の脇に置かれている蜜柑色の花の鉢植えは祝福してくれている。

 

「トールズ士官学院――かのドライケルス大帝が創設した学校だな」




こんにちは、rainaです。
この作品は久しぶりの二次小説になるのですが、文章を書くのが遅く、そして下手になっていまして困ってしまいます。
語彙力というのは使わないと本当に失われていくのですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。