光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月26日 不協和音

 5月二6日

 

 

「マキアス、ユーシス、エリオット!それに、エマ、フィー、エレナ、前へ!」

 

 サラ教官がそう指示を出したのは、月末恒例となりそうな《実技テスト》で最初のグループ――リィン、アリサ、ラウラ、ガイウスの四人が良い連携であっという間に鈍い銀色の傀儡《戦術殻》を圧倒した直後だった。

 ちなみに目の前の傀儡は先月の実技テストの時より、両腕に部品が新たに取付けられており、戦闘能力もかなり上がっていると見える。それなのにもかかわらず、先陣をきったリィン達四人はものの見事に圧倒し、『アーツ駆動を解除する』という課題も達成してしまっている。

 この結果はかなりの高評価となるだろう。素直に羨ましい。

 

 さて、私達に話を戻すと――。

 

 

「えっと、エリオット君。戦術リンク、私と組もう?」

 

 私はエリオット君に《ARCUS》の戦術リンク相手になってもらおうとお願いする。

 断られることへの不安を抱きながらも、すぐに快諾してくれた彼に私は安堵するとともに感謝した。

 

 戦術的に見て導力銃と魔導杖は相性が特別良い訳ではないが、敵から距離を取らなければならない同じ後衛組なのだし、割りかし妥当な組み合わせだと一応思っている。

 そして、私にとってエリオット君は現時点では一番と言っていい程、リンク経験がある相手だ。

 先月の旧校舎の調査、ケルディックでの特別実習――既に彼と一緒に経験した戦闘は優に十回は超えており、ある程度は通じ合えるような自信もある。

 同時に、これは私が特別に思っているだけかもしれないが、彼とはお互いに初めて戦術リンクを成功させた相手でもあった。もっともその時、私は旧校舎地下の怪物に殴り飛ばされて意識朦朧としていたのだが。

 

「エマ、リンク組もうか」

「ええっと……」

 

 しかし、フィーから声をかけられたエマは気を使うように、マキアスとユーシスの二人に目を遣っていた。

 ああ、なるほど……ここで私とエリオット君、フィーとエマというリンクの組合せをしてしまえば、残るのはこの二人――まあ、エマの察しの通り難しいだろう。

 そうなれば単独で戦うこととなり、連携というアドバンテージは完全に無くなる。

 まぁ、戦術リンクの組合せ云々以前の問題で6人の間での連携などまず難しそうなのだが。

 

「何か言いたいことでもあるのか?」

「フン……」

「ええっと……お二人は戦術リン――」

「断る」「却下だ」

 

 エマの言葉を途中で遮って同時に拒否するマキアスとユーシス。

 それぞれに顔を背ける二人であったが、その仕草といい拒否する言葉といい、この二人は何だかんだ似ている。

 もう相性抜群なんじゃないかと疑うぐらいに。

 

「で、ではこうしましょう! マキアスさんは同じ導力銃のエレナさんと、剣技のユーシスさんは同じく近接武器のフィーちゃんと……残るエリオットさんと私、という形はどうですか?」

 

 エマが苦肉の策として出してきたのは、武器種類別の組み合わせ。

 エリオット君と離れ離れになるのは惜しいが、しょうがない。あの二人を組み入れることとなるなら、この組合せが一番妥当だろう。

 もっとも――エマが一番気楽そうな組合せなのが羨ましいが。

 

「まあ……しょうがないか」

 

 フィーが渋々といった様子で同意し、私もそれに続いた。

 

「それならば……」

「フン……まあ良かろう」

 

 手のかかる二人の了解を得て、私達の戦術リンクの組合せは決まった。少なくともリンクしないで戦場で孤立する仲間がいることだけは避けれたという点は評価できる。

 この時点で私たち6人は新しい《戦術殻》を舐めきっていた。

 先鋒のリィンたちより二人も人数が多いのだ、数で押し切れる筈――と、誰もが思っていたに違いない。

 しかし、その予想は大きく裏切られることとなる。

 

 

 ・・・

 

 

「くっそ、射線上に入るな! 攻撃出来ん!」

 

 私のすぐ隣でショットガンを構えるマキアスが毒づく。

 丁度私達、導力銃組の《戦術殻》と呼ばれる傀儡への射線上にユーシスがいたのだ。

 

「ちょっと不味いね」

「……くっ!」

 

 しかしユーシスを批難しようにも、フィーとユーシスの前衛も傀儡相手にかなり苦戦している様子だった。

 丁度、ユーシスが傀儡の右腕を回避し私と傀儡の間の射線がひらけたのを確認して、構えた導力拳銃の引き金を引く。

 

(やばっ……!?)

 だが、次の瞬間には銃口の先には再びユーシスの姿があり――危うく、間一髪といったところだろうか。

 いかに訓練時の出力であったとしても、導力銃の銃弾が当たれば痛いで済まされる問題ではない。

 本気でユーシスに直撃するかと肝を冷やした私は、安堵の溜息を付いてから彼に謝ろうとした時、前から怒鳴り声が響いた。

 

「ご、ごめ――」

「レーグニッツ!貴様何をする!?」

 

 あれ?

 ユーシスの敵意を露わにした視線と怒鳴り声を浴びたのは、私ではなくマキアスだった。

 

「ご、ごめんユーシス、今の私……」

 

 とりあえず彼の誤解を解くために、マキアスではなく私が危ない弾を撃ったことを告げる。

 

「ふんっ、貴族にとって銃は狩りの道具だからな。拳銃弾との区別もつくまい」

 

 また余計な事を……。

 いつもなら煽る様な言葉を次々と繰り出すユーシスも実技テスト中ということもあり、私に対して気を付けるように一言告げるだけであった。

 それがまたマキアスは気に食わないのだろう、だって間違えて自分の名前を怒鳴られたにも関わらず一瞥されただけなのだから。

 

 ともあれ私達は、実技テストで《戦術殻》という摩訶不思議な傀儡を相手に絶賛大苦戦中であった。先刻、リィン達四人が特に手間取る事もなく圧倒したのに比べて二人も多い六人なのにも関わらず。

 

「支援を頼む。突っ込むぞ」

「う、うん!」

 

 本来ならば後方からの支援といえば、導力拳銃より大火力な武器を扱うマキアスなのだが、ユーシスもユーシスで頑な様で、私の方をわざわざ向いて指示を出してくる。

 しかし、ここで私がそれについてとやかく言うのも違う訳であり、ユーシスの指示に従って鈍い銀色の傀儡に容赦無く、続けざまに三発の弾丸を撃ち込む。ただの拳銃弾であるので効果的な陽動になるのかは分からないが、少なくとも一瞬であれば気を引けるとは思う。

 

「一人で突っ込まないで。そんなに生半可な――」

 

 フィーが《戦術殻》へと一人で肉薄しようとするユーシスを見て、それを止めようと注意するものの、その言葉は緑色の大きな光刃に阻まれた。

 傀儡の右腕部から伸びた数アージュはある緑色の眩い刃が、水平にユーシスとフィーを巻き込んで弾き飛ばしたのだ。

 

「ぐっ……」

 

 直撃を受けてすぐに体勢を立て直せないユーシスの傍ら、フィーは卓越した反射神経で先程の攻撃を受け流したのだろうか――助走無しの跳躍であっという間に直接その小さな身体が傀儡に取り付く。

 

「……!」

 

 フィーが鈍い銀色の腕に取り付き、得物の双銃剣で傀儡の頭部を狙おうとしていた直後、彼女はまるで身に迫る危険を察知した猫の様にその場から飛びのいた。

 その次の瞬間、まるで傀儡に落雷が落ちたかの様な眩い青白い放電が私の視界を覆う。

 どうやら放電は傀儡の範囲攻撃の様だ。

 

「油断したかな……」

 

 私の焼き付きの影が残る視界に、舞う土煙の中から姿を現したフィーは辛くも立っているものの、その表情は苦渋に満ちている。

 ユーシスに至っては最早泣きっ面に蜂といった状況で、満足に体を動かすこともままならなそうだ。

 

「《ARCUS》駆動……!」

「ユーシスさん、フィーちゃん一旦下がって下さい! すみません! エレナさんもお願いします!」

 

 前衛の二人が大きなダメージを負った事を把握し、すぐさまフィーへの回復アーツの駆動を始めるエリオット君。

 タイミング悪くエマは攻撃アーツの駆動中であり、彼女は私にユーシスへの回復アーツを求めた。

 

「わ、わかった!」

 

 かなり不味い状況に追い込まれていることもあり、慌てて《ARCUS》の盤面に填められた蒼輝石のクオーツを指で触れる。

 クオーツを指で触れると同時に、すぐに私の体を包むように帯状のアーツ駆動の魔法陣が展開されてゆく。

 

 しかし、エマの判断は大きな危険性を伴ったものであった。

 ユーシスとフィーという近接武器を持つ二人が大打撃を受け、一時的に戦力として失った私達は拳銃と散弾銃が一人ずつ、そして魔導杖が二人。

 この四人の中では身体的能力な部分を抜きにすると、拳銃の私が唯一といっても良い程前に出れる部類なのだが、ユーシスへの回復アーツをエマがマキアスに指示できる筈もない。

 消去法でマキアスが取り回し辛い大型の銃器と相性の悪い、一対一の近接戦闘を単独でこなさざるを得なくなる。

 

「くっ……冗談じゃないぞ!」

 

 マキアスは散弾を撃ち出すものの、傀儡はその外見からは想像できないほど素早くマキアスとの距離を詰めてゆく。

 傀儡相手に三発目の引き金を引いた時、マキアスの表情が凍った。

 

「なっ……!?」

 

 弾切れ――ショットガンは近距離で最も有効的にその大火力を発揮できる足止めとしても優秀な武器だが、連射が難しい為に装弾数は数発とかなり少ない。

 どの銃器でも同じ事だが、考え無しに撃つとほぼ確実に残弾数を失念する事となる。

 マキアスは慌ててポケットから新しい散弾を取り出すものの、時は既に遅く彼に十分接近した傀儡から再び緑色の眩い光刃が放たれた。

 

 マキアスの悲痛な叫びに、私は思わず目をぎゅっと瞑る。

 しかし、視界から消えたのは私の周りのアーツ駆動中の魔法陣のみであり、目を瞑っていてもマキアスが傀儡の光刃に袈裟斬りにされる瞬間が戦術リンクを通して脳裏で再現される。

 痛み等の痛覚こそフィードバックはしないものの、視覚は戦術リンクで相互に視えてしまう。そして思考もある程度は。

 私とマキアスの間のリンクレベルは高くない。エリオット君やリィンやアリサ――彼らと違って今日初めてリンクした相手であるし、普段そこまで絡まないためにあまり好印象がない。それにもかかわらず、この様なリンク相手が恐怖を感じたりする場面では、しっかりと視覚のフィードバックを受けてしまうのだ。

 

「マキアス!?」

「マキアスさん!」

 

 私と同じくアーツ駆動中のエリオット君とエマが緑色に輝く刃で何度も斬り付けられ、弾き飛ばされたマキアスへ叫ぶ。

 そして、時を同じくしてマキアスが戦闘不能状態になった事を私は《ARCUS》の戦術リンクの断絶という形で悟った。

 

「いきます――《ヒートウェイブ》!」

 

 エマから火属性のアーツが放たれ、傀儡は足元から迸る紅蓮の炎へ包まれる。

 目の前に出現した大きな炎による攻撃はダメージとしては致命的ではなく、炎など全く介すこと無く平然と傀儡は私の方へ足音も無く近づく。

 

「エレナ!」

 

 エリオット君の声が遠くで聞こえる――私の周りに帯の様に展開する赤色のアーツの魔法陣越しに傀儡が近づいて来ている。

 まさか私はアーツ駆動中のまま、この傀儡に無抵抗になぶられてしまうのだろうか。

 身動きの取れない私をまるで嘲笑うかのように、傀儡は手を伸ばせば触れれるような距離まで既に近づいている。

 

(人形の癖に……勝ち誇ったつもり……?)

 

 傀儡の頭部に存在する四つの黄色の”目”によって表された顔が、私へ強者の余裕を誇っている様に思えた。

 そして数秒の間の後、周りの空気が帯電し私の髪の毛がふわっと持ち上がる。

 

(ああ、そっか……フィーはこれで危険を感じ――)

 

 目の前の傀儡から凄まじく眩しい雷光を放たれた。

 

 先程フィーに対して傀儡が放った強力な範囲攻撃技は、私の視界を眩い閃光で染めると共に身体には電気的なショックが連続して襲い掛ける。

 強烈な電流が身体を侵す痛みに、言葉にならない叫びを上がる。

 

「……くっ……ふぁ……ぁ……」

 

 傀儡の攻撃が終わった時、気付けば全身に力が入らずクラウンドに尻餅をついて座り込んでいた。

 幸いなことに、身体にはまだ雷光に身体を蝕まれた痛みが残るが、少なくとも私はまだ立てる状態だと思う。

 私の近くにいたエリオット君とエマも不幸にも先程の攻撃の範囲内であった様で、二人共少なくない痛手を受けている。目の前の傀儡もあの大技を使った後は少々のインターバルが必要な様で、私に止めを刺す動きは無い。

 

「……あっ……」

 

 未だに痺れが残る脚にムチを打ちながら立ち上がり、意外と私は身体が丈夫だったのかも知れない――等と考えていた時、自ら身体の周りに展開されていた赤色のアーツ駆動の魔法陣が消えたのに気付いた。

 

(ああ……そういえば駆動中のままだったっけ……)

 

 生み出された水色の癒しの光が傀儡の後方で片膝を付いているユーシスへと飛んでゆく。

 

「……助かる」

 

 傀儡から離れた場所にいたユーシスが水色の優しい光に包まれ、彼の傷を癒す。

 自分の独断から大きな痛手を受けた事が彼の高いプライドを傷つけたのか、その表情に悔しさを滲ませる。

 

 アーツの駆動が終わり、身動きが取れるようになった私は傀儡の攻撃範囲から素早く抜け出して、反撃に移れるような体勢を整える。

 ぼーっと突っ立っていれば、あの光刃やまた放電攻撃の餌食になってしまいかねず、その場合あの二発目の直撃は流石に不味く耐えられる自信は無い。

 勿論、身体は未だに違和感はあるものの、傀儡に向けダブルタップして牽制をかける。

 しかしアタッカーである筈のユーシスは先程の失敗が余程堪えたのか、慎重にレイピアを構えて傀儡の背後から攻撃するタイミングを窺っているだけであった。

 

 そんな時、私ではない何発もの銃声と共に傀儡が揺らいだ。

 

「エレナ、リンクして」

「えっ?」

 

 その声の主を探して周りを見渡すものの、見つけられない。

 しかし、少なくとも声で相手がわかる以上、私は片手ですぐに《ARCUS》の設定をフィーに変える。

 すぐにリンクが繋がった感触を掴め、フィーと繋がった私には彼女が物凄い速さで傀儡の真横から双銃剣で攻撃を仕掛けるのが視えた。

 

「排除する――」

 

 フィーはこなれた様子で、双銃剣から続け様に何発もの銃弾を傀儡へ浴びせ、その体勢が一時的に崩れる。

 そして、それは絶好のチャンスとなった。

 

「いまだよ」

「いっけえっ!」

 

 思わず掛け声が出てしまう。銃を構えた両手が、引き金を引く度に反動で浮き上がるものの、確実に銃弾は傀儡の腕の部位の結合部分へと吸い込まれてゆく。

 私の導力拳銃《スティンガー》から放たれた弾丸によって、傀儡に隙が出来たのをフィーは見逃さなかった。

 彼女は目にも止まらぬ速さで、あっという間に傀儡との間の距離を詰めて、その懐の中へと肉薄する。

 

「――止め」

 

 そして、傀儡の頭部の付け根に彼女の得物である双銃剣を突き刺す。

 拳銃より大口径の双銃剣の二回の銃声と共に実技テストは幕を閉じた。

 

 




こんばんは、rairaです。

さて今回は5月26日、第2章の実技テストの前篇となります。
戦闘の描写を書くのは第1章の自由行動日の旧校舎地下のミノスデーモン戦以来と、中々戦闘を飛ばしてきていたのが丸わかりですね。
原作だと実技テストでのリィンと別のグループの戦闘場面はあまり描写されておらず、どの程度苦戦したのかは詳しくは語られてはいません。
しかし、サラ教官に厳しく指摘されるぐらいですから、結構酷かったのではないかという憶測の元、とことんマキアスとユーシスをカッコ悪く仕立て上げました。
今回のマキアスはかなり不憫ですね…事実上の一発KOになりますし。

その反面といってはアレですが、フィーはそこそこ活躍しました。まぁ、ちょっと油断してしまうご愛嬌付きですが。
戦術殻ごときでここまで苦戦する描写でいいのか…と少し疑問に思われるかも知れませんが、私の考えでは”Ⅶ組の強さ=ARCUSの戦術リンク&各個人間の連携”だと位置付けていますので、連携ダメダメの今回は盛大に苦戦してもらいました。

さて次回はサラ戦となります。
サラ教官の圧倒的なまでの強さを書けるといいのですが…。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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