光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月29日 先輩たち

 5月29日

 

 

「――って、感じなんです」

 

 私は目の前に座るクロウ・アームブラスト先輩に事の経緯を説明し終わる。

 きょうは土曜日――二回目の特別実習を行う実習地へそれぞれ出発する日だ。私達A班は東の公都バリアハート、B班は南の旧都セントアークが実習地となり、私達A班も寮を出て以降はぎこちないものの班行動をとっていた。

 但し今は列車の時間までまだ結構な時間が有る事から、それぞれ商店街のお店で実習前の物の準備という名目で一旦別行動となっている。

 リィンとユーシスが雑貨屋《ブランドン商店》、マキアスが《ケインズ書房》、エマはここからでも見える公園のベンチに居るのだが、そういえばフィーはどこへ行ったのだろうか。

 

「クク……なるほどなぁ」

 

 目の前のこのいい加減な銀髪の先輩は、喫茶店と宿を兼ねる駅前の《キルシェ》のオープンテラスでどうやら私達の見送りをしようと待っていたらしい。先程A班全員と顔を合わせた時に言っていた。もっとも真偽は定かではないが。

 彼は笑いながら外国産の濃い褐色の炭酸飲料の入ったグラスをストローでグルグルとかき回し、言葉を続けた。

 

「しっかしまぁ、サラらしいわな」

「やっぱり、ドSなところですか? 上手くいってない人を一緒にするっていうあたりの……」

「ま、それも無くは無いだろうが、もっと色々と思惑を感じねえか?」

「…………他の皆で仲直りさせる……ですよね?」

「まぁ、最終的な目標はそこだろうが、そう簡単にはいかないだろ。そうだな……ある程度の妥協に使える要素――っていったところか」

 

 ”妥協に使える要素”という言葉に思いあたりが無く、一体何を意味しているのか分からない。

 まぁ、単純に考えればマキアスとユーシスの対立を緩和させることの出来る物、になるのだが……。

 

「……そんな風に首傾げてる様子じゃ難しいか……まぁ、リィン後輩君なら――」

 

 やれやれといった表情を浮かべる先輩の顔に何か無性に悔しくなる。まるで気遣い出来ない女だと言われてる様ではないか。

 冷静に考えれば、マキアスとユーシスが”妥協”できる”材料”があるというのだ。つまり以前、彼らが協力した時の事を――……入学式の日の旧校舎地下で皆で倒したガーゴイル!

 そして、先日の実技テスト後の班分け回避の為に意識的なものかは疑問が残るが、ある種の共同戦線を張っていた、つまり……。

 

「……えっと、利害一致ですか?」

 

 いざ口に出すにはまだ少し自信の無かった私の憶測を、先輩は陽気な声で肯定する。

 

「ま、そういう状況に追い込まれつつあるってことだ」

「でもどうしたらあの二人の利害が一致するかまでは……」

「そこら辺は簡単だからな。まぁ、リィン後輩君やあそこのムチムチボディの主席委員長はもう気づいてるだろ」

 

 さっきからチラチラ視線が右に逸れると思えばエマを見ていたのか。このいい加減な先輩は。

 

「エマをいやらしい目で見ないでください」

 

 肝心な所を教えてくれないで隠されて、多少不機嫌気味の私はそのイライラを目の前で少し鼻の下を伸ばす先輩にぶつける。

 もっとも本来であれば”簡単な事”には、自分で気づくべき所なのだろうが。

 

「ちっ……。まぁ、それはそうと――サラの挑発に乗ったのもあいつらなんだろ?」

 

 明らかに残念そうな表情でエマから視線を戻した先輩に私は頷く。

 

「どうだったよ、サラの強さは」

「私にはただ、圧倒的としか……だってⅦ組でも強い方に入るリィン達を三十秒足らずで全滅させちゃうんですよ?」

「まあ、ガリ勉君と貴族の坊ちゃんは兎も角として――アイツは学院生徒全体で見ても上位に食い込んでくるだろうけどな」

 

 先輩は少し空を仰いでから、「だが、サラの方が戦い方が一枚二枚どころじゃない程上手だからなぁ」と続ける。

 

「……そういえば、クロウ先輩ってリィンと手合わせとかしたことあるんですか?」

「いや、無いぜ」

 

 即答する先輩。

 リィンとこの先輩は結構仲がいい様なので意外と……この先輩の得物は分からないが、手合わせ等をしていてもおかしくないと思ったのだが。

 それではリィンの『学院生徒全体でも上位』という評価は伝聞なのだろうか、という疑問は残る。

 

「――じゃあどうして戦っている姿を見たこと無い奴の強さが分かるんだ、って顔してるな」

「え、えっと……それは……」

「まぁ、正直なのは良い事だと思うぜ? バカを見る確率は確実に上がるだろうが」

「……うっ……」

 

 そんな事言われてもまったく嬉しくないのと同時に、いい加減顔に出る表情で丸分かり状態の自分が恥ずかしい――心を見透かされているみたいで。

 そういえば結構前、サラ教官にも同じ事言われたなぁ。

 

「理由ね……例えば、お前さんはサラとその三人どちらが勝つと思った?」

「……恥ずかしいですけど、サラ教官は三人を相手にして大丈夫なのかと思いました」

「ま、普通はそうだと思うぜ。三人とも一年としては優秀だしな」

 

『普通は』と言われて私は少しほっとする。そして、一拍おいてから先輩は先を続けた。

 

「だが、リィン後輩君は最初からサラの奴に勝てるなんて、これっぽっちも思わなかった筈だぜ」

「え――」

「ある程度の実力があれば、敵と対峙した時に即座に相手の技量を測る癖が付いちまうからな」

 

 だから、アイツは自分から攻撃を仕掛けずにわざわざサラの攻撃を待ってそれを受け止めただろう?

 ――そう先輩の口から告げられた言葉に私は唾を飲み込む。

 リィンはあの結果が最初からある程度想像がついていた、という事になるのだろうかと先輩に問うた。

 

「まぁ、そういうのは戦場で死なないコツみたいなもんだからな」

「戦場……ですか……?」

 

 嫌に真剣な表情で、”戦場”という言葉を出した先輩に私は少し違和感を感じる。

 ”戦場”という言葉が似合わないのではなく――その逆の意味で。

 

「……ほら、なんつーんだ? 俺らだって一応軍の士官学校に属する士官候補生だしよー。そういうスキルも欲しいよなって話だ」

 

 先程とは打って変わって陽気な、いつも通りの声色で喋り始める。さっきのは何だったのだろう、私の思い違いだろうか?

 しかしそれにしても、クロウ先輩の口から軍の士官候補生なんて言われても本当に似合わない――そんな事を思っていると、先程まで公園のベンチに座っていたエマが私と公園の丁度中間辺りの場所から声を掛けてきた。

 

「エレナさん、皆で《ARCUS》の調整に行こうという話なんですけど一緒にいきませんか?」

「あ、いくいく! ちょっとまってね!」

 

 エマからの誘いを受けて私は目の前の先輩に一度別れを告げようとするが、彼の視線はエマの方を向いていた。いや、それだけならばいいのだが、彼はエマを見て明らかにいやらしい顔、すけべ面をしていたのだ。

 

「……先輩?」

「いやー、あんなダイナマイトボディ中々拝めないんだぜ? しっかし朝からここで待ってて本当に眼福だったわ」

 

 チラッとエマの方から帰ってきた先輩の視線が私に戻る。だが……どうも私の顔ではなく正確には顔から三十リジュ程下を向いている気がした。

(見比べられてた!?このやろう……)

 

「ほんっと……エロ本先輩は最低です」

「って、オイ! その呼び方は酷くねぇか!? 先週買った奴は決してそういうエロ本とかじゃなくてだな――」

 

 ただのグラビア写真雑誌だと頑なに主張する先輩ではあったが、実際の所は女の裸の写真で溢れている訳であり大して変わらない物としか思えない。

 とりあえず私はダメダメでエロエロなこの先輩を放置して、エマと共に皆と合流して学院の技術棟に向かうのであった。

 

 

 ・・・

 

 

「おや、今日はずいぶんとかわいらしい女の子たちが一緒だね」

 

 技術棟にお邪魔して少し経った頃、来客が訪れてリィンに声を掛けた。

 結構ハスキーな声ではあるものの声の主は女性であり、ボディラインがはっきり出る黒のスーツを着用している。そんな彼女とリィンは知り合いの様であり、彼の挨拶で彼女がこの学院の先輩でアンゼリカという名である事がわかった。

 それにしてもこの先輩の着ているの、私には絶対無理だ。自分の身体のプロポーションに自信のある子では無いとアレは絶対に着れない。

 

「真面目な外見とは裏腹に素晴らしいわがままボディの眼鏡っ子に……1年生の間でも大評判のクールで小柄な銀髪少女……ふむ、愛らしい事この上ない」

「え、えっと……」

「……変なセンパイ」

 

 先輩がエマとフィーを見た感想を口にして、戸惑うエマ。フィーは特に感心なさげに至って普通だが。

 そして、先の二人から私へ視線が移ると、頭の先から足の先を撫で回される様な視線を浴びた。

 

「……ふむ、眼鏡っ子とは対照的だが……背の割りに慎ましやかな細身の体も可愛らしいではないか」

「つ、慎ましやかとか言わないでくださいっ!」

 

 さっきのクロウ先輩といい、この先輩といいエマと私を比較にするのは本当に勘弁して欲しい。

 全力で否定したいがⅦ組最大とⅦ組最小かも知れないというのに。

 

「うーん、三人まとめて私のハーレムにぜひ加えたいのだが……とりあえず、君から入ってみないかい?」

「やめとく」

 

 アンゼリカ先輩からの危ない誘いに即断即決でノーを突きつけるフィー。

 先輩は少し残念そうな表情をするものの、すぐに対象を私へと変えてきた。

 

「じゃあ君はどうかな?」

「は、ハーレムって……」

 

 ハーレムというのは一人の男の人が何人もの女の子を侍らせる事で――ということはこの先輩のハーレムということは、女の子同士の?

 えっと、つまり女の子同士でその……。

 

「うんうん、興味あるかね? きっと新しい世界を見せてあげれると思うよ」

 

 満面の笑みをキスされるのではないかというぐらい私に近づけてくる先輩の姿に、彼女の言う”新しい世界”を危うく想像してしまいそうになる思考を何とか戻す。

 例えばそういう噂話等であれば、完全に、全く興味が無いという訳ではないのだが、自分がその中に入るというのであれば変わってくる。

 しかし、こんなに押されるとどうやって断れば良いのか分からなくなってくるのだ。

 

「……ええっと……その……」

「大丈夫、君の事はちゃんと責任もって――」

「アンもその辺にしておきなよ。怖がられてるよ?」

 

 室内の奥にある設備で丁度ユーシスの《ARCUS》を調節していたジョルジュ先輩が嗜め、アンゼリカ先輩は私から顔を離すと彼に反論しようとする。

 しかし、その反論の前に彼女の名前を口にする者がいた。

 

「アン――だと?」

 

 ジョルジュ先輩の声に反応したのはカウンターの前で《ARCUS》の調整中であるユーシス。

 

「誰かと思ったら、ユーシス君じゃないか。お久しぶりだね。六年前の宮中晩餐会以来かな、覚えてるかい?」

「……ログナーの」

 

 そこで事情を知らなかった私とマキアスとエマは衝撃を受けた。

 

「ログナーってノルティア州の侯爵家の……」

「《四大名門》!?」

「《貴族連合》の強硬派の筆頭ッ……」

 

 私を含めてそれぞれ三者三様の反応をする。

(さっきの……その、お誘い……断って大丈夫だったのかな……)

 先程の事が気掛かりであった。ある意味でアレは貴族から見初められたという事になるのではないだろうか、という意味で。冗談であると信じたいところだ。

 

「いかにも私の父はノルティア州を治めるログナー侯爵だが、私は自分の好きな様に生きるのが信条の不肖の娘でね。別に実家がどうこうなんてどうでもいいんだ――」

 

 そこで一回言葉を切って、アンゼリカ・ログナー先輩はマキアスに困った表情を向ける。

 

「――まあ、学院の一人の先輩としては後輩からそんな含みのある視線を向けられるのは少し残念だな」

「す、すみません……」

 

 あっという間に折れるマキアス。

 先程、一瞬彼が見せた敵愾心もすぐに消えてゆく。

 

「はは、分かってくれればいいんだよ」

 

 ポンポンとマキアスの肩を叩きながら笑うアンゼリカ先輩はその視線をユーシスへと向けた。

 

「フフ、ユーシス君。君も折角実家から解放されたんだ。わざわざ堅苦しく生きてないで、私の様に好きにしていれば楽しいと思うよ?」

「…………貴女の場合、お父上が泣いておられるのではないですか?」

「それがどうしたんだい? 父など勝手に泣かしておけばいいさ」

 

(この人は……)

 大貴族中の大貴族《四大名門》のご令嬢ではあるものの、自由奔放で女の子好きの……、とりあえずユーシスやラウラと違って全然貴族らしくない。

 というよりその服装から貴族の女性ならアウトなのでは無いだろうか。

 あっけらかんとするアンゼリカ先輩にユーシスが何も反論できずに少しの間が開く。それはそうだろう、その文句はある伝説のジャーナリスト志望の偉人が宇宙最強と語った台詞と同義なのだから。

 そして、その間を打破したのはドアの開く音と元気に満ちた声だった。

 

「おはよう、ジョルジュ君! あ、アンちゃんにⅦ組のみんなも来てたんだね?」

 

 現れたのは学院一の頑張り屋と評されるトワ会長だ。皆それぞれ彼女と挨拶を交わす。

 どうやら彼女は既に朝の一仕事を終わらせ、朝食を誰か一緒に食べないか誘いに来たらしい。

 ここ技術棟は彼女達四人の溜まり場の様な場所であり、朝でも誰かしらいるのではないかと思って訪れ、案の定二人と私達が居たといった事まで語ってくれた。

 

「でも流石に列車の時間があるから、みんなと一緒には食べれないね」

「そうですね……残念です」

 

 リィンがさも残念そうな顔をするのを私は見逃さなかった。

 彼は何かとトワ会長と仲が良いのだ。先月の特別実習の時だって出発の前に学院に立ち寄って生徒会室にいる彼女に挨拶をしにいったぐらいに。

 

「そういえば、クロウ君はいないのかな?」

 

 トワ会長は技術棟の中を見渡してからここにいない人物の事を聞くと、リィンが駅前の《キルシェ》のテラスにいる事を伝える。

 しかし、リィンにその事を聞いたトワ会長は何故か頬を膨らませた。

 

「もう、クロウ君はまた授業サボるつもりなんじゃ……!」

「え、でもクロウ先輩《キルシェ》にいるなら朝ごはんとかじゃないんですか?」

 

 何故か少し怒っているトワ会長に私は聞いた。

 私とお話していた時はご飯になりそうな物は食べてはいなかったが、待っていただけなのかも知れないし、私に気を使ってくれたのかも知れない。

 

「ううん。いつも遅刻してばっかりのクロウ君が、こんな朝早くの時間に《キルシェ》にいるっていうのがまず怪しいよ。むう……」

 

 そんなトワ会長にリィンが「会長はよくクロウ先輩の事知っているんですね」と反応すると、アンゼリカ先輩がトワ会長の肩に腕を回して自慢げに口を開いた。

 

「そりゃあ、私達四人はなんだかんだ付き合い長いからねぇ。なぁ、トワ?」

「……アンちゃんは、ちゃんと授業、出てくれるよね?」

「……ハハ、残念ながらトワ、私も今日はバイクで帝都に……」

 

 少しぎょっとした表情で今日のサボりの予定を打ち明けるアンゼリカ先輩に、トワ会長はその小さな身体を最大限利用した上目遣いで見つめた。

 

「……まいったね……こりゃ。もう私のハートがキュンキュンいってるよ。トワ、今日はちゃんと授業に出るから一回抱かせてくれないかい?」

「えええっ!? 待ってアンちゃん、みんないるしここでは――」

 

(私達がいなかったらいいんですか……?)

 顔を真っ赤にして慌てるトワ会長。

 もしかしたらトワ会長はアンゼリカ先輩の……その、ハーレムの一員なのかも知れない、等という考えが頭の中を過ぎった。

 

 結局、私達の目の前でトワ会長が抱き締められる事は無く、列車の時間の関係ですぐに先輩達とは別れて駅に向かうこととなった。

 

 

 ・・・

 

 

「おう、それじゃあ楽しんで来いよ」

 

 クロウは彼の後輩達がトリスタの駅舎へ入るのを見送る。

 後輩達の一番後ろを歩いていた長いおさげの髪の少女が駅舎の扉の中に消えると、彼は深い溜息を付いて表情を変えた。

 

「わざわざ気配を消してお見送りとは……どういう風の吹き回しだ?」

「あら……いつから気付いていたのかしら?」

 

 《キルシェ》のドアが開く音と共にベージュ色の帽子を被った眼鏡の女性が出てくると、微笑を浮かべて店の壁面へ寄り掛かる。

 しかし彼女はクロウの問いには答える気は無い様で、彼もそんな事は気にもとめないで話を変えた。

 

「……そういえば、ちょっとした噂を耳にしたんだが――」

 

 彼は白文字で《Bell-Cola》と文字が入る空のガラス瓶に目を遣った。

 

「――あっちの方にはアンタ等は一枚噛んでるのかよ?」

 




こんばんは、rairaです。

さて今回は5月30日、第2章の特別実習の初日の朝となります。
今回の話のテーマはサブタイトル通りに「先輩達」です。
前半部でクロウに、後半部で初顔出しのアンゼリカに焦点を合わせています。トワ会長は少ししか、ジョルジュに至っては殆ど見せ場はありませんが…。
二年生組に焦点を持ってきた為に、肝心のⅦ組メンバーが少し空気と化してしまっているのも残念な所です。

個人的には二年生組結構好きなんですよね。この四人の一年生時代の話とか知りたいです。
続編ではどうなるのか…クロウがあんな事になり、アンゼリカも立場が立場、トワ会長も「鉄血の子供達」疑惑がある位ですから穏便にはいかなそうですけど。

さて次回はバリアハートでの特別実習の一日目となります。
主人公エレナはとある人物と再会ですね。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。
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