「生誕祭も記念祭も大っキライだーっ!! うおおーっ!!」
オーロックス峡谷に響くある男の心からの叫び。
「あばよーっ! 僕の青春ーっ!!」
谷底に向けて辛い過去を吐き出すかのような叫びを終えた二十歳前後の男は、吹っ切れた顔をしてこちらへと戻って来る。
彼と私のクラスメート達が二三言会話を交わした後、再びバリアハートへと向けて歩き出した。
二日目の課題の依頼に出発しようとした朝、何やら夜の内に男子部屋で秘密のやり取りがあったようで……なんかこう考えると少しいかがわしいかも?まあ、とにかくそのやり取りをこっそり聞いていたのを自らバラしてしまったマキアスがユーシスと和解した。本人は絶対に認めないが、多分あれは仲直りだろうと思う。
その直後、丁度公爵家の執事によって実家に呼び出されたユーシスが班から離れてしまい、午前中は5人で活動する事となって今に至るが特に問題無く活動をこなせていた。
つい先程まで昨晩お世話になったレストラン《ソルシエラ》からの依頼で料理の材料を集めるべくオーロックス峡谷道を進んでいた私達だったのだが……砦近くでこの”遭難した”外国人旅行客と遭遇し、少し変な人で心配ということもあり街まで彼を送り届ける道中にあった。
最後尾の私の隣を歩く彼――アントンと名乗った男の人を眺める。顔は冴えないかも知れない。服は……少し微妙かも知れない。
(まあ、悪い人では無さそうなんだけど……)
そんな事を考えていると、私の視線に気付いたのか彼と目が合ってしまった。
「……お祭りに何か嫌な思い出があるんですか?」
この距離で目が合ったのを知らんぷりする事は流石に出来ないので、先程の彼の珍行動について聞いてみた。
「ああ……うん……ちょっと古傷がね……でも、もう大丈夫。なんたって君達救世主が来てくれたからね。クロスベルは嫌な事ばっかりでダメダメだったけど……エレボニアだと本当の自分を見つけれそうだよ」
「えっと……クロスベルの方なんですか?」
私は特別抵抗がある訳ではないのだが……それでもほんの少し戸惑ってしまう。
クロスベルの人のイメージといえば私を含め殆どの人が真っ先に浮かぶのが”お金持ち”だが、その次以降はあまり良いものではない。
基本的に帝国ではクロスベル人はあまり良くは思われていない。帝国の版図の中に在るのにもかかわらず帝国の長年の宿敵であるカルバードとの繋がりも深いというだけで蔑みの対象であるのに、彼らは近年目ざましい経済的発展を遂げる最先端都市で繁栄を謳歌しているのが更に拍車をかけているのだ。
「あ、出身はリベールなんだ。ついこの間までクロスベルの方を旅行していたからね」
「リベールの……」
私の中で戸惑いが一気に反対側へと振り切る気がした。これはもしかしたら絶好の機会かも知れない。
私はお母さんの故郷のリベール王国の事をあまり知らないのだ。お母さんは私の小さかった頃に病気で死んでしまっていたし、故郷のリフージョが国境沿いあることは知っていても両国の間にはクローネ連峰の山々が聳えており、何しろ私の子供の頃は《百日戦役》もあって両国関係は未だその禍根を残していた。
そしてお父さんは、あまりお母さんの国について話さない。
「ど、どうしたんだい……?」
アントンさんが怪訝そうな、だけど少し怯えたような顔をする。
「あ……えっと、少し嬉しいんです」
「え?」
隣を歩くアントンさんが目を丸くして驚いている。
この人はいちいちリアクションが本当に面白い。きっととても表情豊かな人なのだろう。
「私、お母さんがリベールの人で。実家もリベールとの国境沿いの村で少し縁が有るんです」
「へぇ……道理で……」
道理で?
やっぱりリベールの人から見ると、私も半分はリベール人の血が流れているのだからリベール人に見えるのだろうか。今まで誰かに指摘されたことは無いのだけども。
「ロレントあたりにいそうな娘だなぁって……。優くて……そのなんでも包み込んでしまうかのような包容力……まさかこれは……運……」
「ロレント?」
後の方は小声にフェードアウトしていってしまった為に聞き取れなかったが、それでも聞き慣れない名前だ。
きっとリベールの地名なのだろうけど、学院に帰ったら調べてみようかな。
「こ、コホン! そういえば、君のお母さんはリベールの何処出身なんだい? もしかしたら、僕と同じグランセルかも……」
「ルーアン市です。私は行ったことはないんですけどね。写真でも見たことあって、とってもいい場所っていう話も聞くのでいつか行ってみたいんです」
「じゃ、じゃあいくかい!?」
アゼリア湾に面した白い街並みで有名な、リベール王国の海の玄関口であるルーアン市を頭に思い浮かべていた私を一気に現実に引き戻すアントンさん。
私が突然の大声に驚いて彼の顔を見ていると、少し開いた間を繋ぐようにおどおどしながら彼は続けた。
「あ、その……僕、これでもルーアン近くの王立学園の卒業生でさ! 昔はよくルーアンや近くのマノリア村なんかしょっちゅう遊びに行ってたんだ。だから……その……もし君がリベール旅行に来るなら……もし良かったら、是非、是非とも、案内してあげても、いえ! させて下さい!」
「ほんとですかっ? すっごく嬉しいです!」
リベールの人は親切で誠実とよく言われる。私はそんな昔聞いた国民性の話を思い出しながら、こんな私のような見ず知らずの外国人に自分の国の案内を買って出る彼に多大な感銘を受けていた。
そして、やっぱりお母さんの国の人と話せることが嬉しくて、我ながら少なからず興奮しているような気もする。
ただ彼の申し出はとても嬉しいが、やはり謝っておかなくてはいけないだろう。
「でも……ごめんなさい」
「え……?」
「私、士官学院の生徒なので外国に旅行なんてとてもじゃないですけど無理なので……近い内とかには……」
「そ、そんな……あぁ……」
そんなこの世の終わりのような顔をしないで欲しい。私だってこんな事を言うのは嫌なのだ。出来るものならなら今からバリアハート駅の列車に駆け込んでいる。
「ですから、本当に、本当に申し訳ないのですけど! 再来年、私が卒業した後にお願いしてもいいですか?」
「……え? ……ああ! もちろんだよ!」
先程と打って変わって太陽の様にキラキラと輝く笑顔で受け入れてくれた、アントンさん。
(やっぱり、話してて楽しい人だなぁ……)
「えへへ、ありがとうございます。実はリベールの人と話すの初めてで、私すっごくワクワクしてるんです! リベールのこと、もっと色々教えて下さい!」
「じゃ、じゃぁ……どこから……そうだ! 王都の武術大会っていうのがあって……その結構良いデート――」
・・・
ワイワイと急に賑やかなになった二人より数アージュ前方を歩くⅦ組の面々。
「エマ、エレナに相手させたのは正解だったのかな?」
「ええ……まあ、色々と突っ込みどころはありますけど……二人共も楽しそうにお話してますし……」
フィーの問いに乾いた笑いを浮かべるエマ。
「なんか変なの専門だよね。意外と罪な女?」
昨日は技術棟の変な女の先輩と白装束の変なオジサン、今日は道中で遭難する外国人旅行客……と続けるフィー。
確かに中々濃い面子だ。
「まあ、仲良くなることは良い事じゃないか」
「……鈍いにも程があるな……彼女も、君も……はぁ」
満足気に頷くリィンにマキアスは盛大に溜息を付いた。
だめだこりゃ、と。
・・・
アントンさんと一緒にバリアハート市内に帰って来た私達は、丁度駅前で彼の親友で相棒のリックスさんを紹介されることになる。
リックスさんもアントンさんの相棒なだけあって中々に面白い人で二人で凸凹コンビなのだろうか、ああいう2仔1みたいな親友は素直に羨ましかった。
私としては名残惜しいものの午前中の課題もまだ残っている事もあって、彼らとはすぐに別れ、その後課題の依頼主の待つレストラン《ソルシエラ》を訪れていた。
昼前のまだお客の少ない《ソルシエラ》豪華な造りの一階のテーブル席に運ばれて来た料理は、私達が依頼を受けて集めた材料によって作られた《特製ハーブチャウダー》。教会から譲ってもらった薬草《キュアハーブ》を始め、数種類のハーブが良い香りを立てているクリームがベースの白色のスープが運ばれてきた時は、思わずよだれが垂れたのでは無いかと心配になる程だった。
「どうでしたか、皆様。お味の方は?」
目の前のスープを美味しく平らげ終わった頃、このお店のオーナーで依頼主の、そしてこのスープを作ってくれたハモンドさんに私達は味の感想を訊ねられた。
一同皆、不満なく美味しかったことを伝えると彼は優しく顔をほころばせて頷く。
「ちなみにこのスープは、懐かしのメニューということですが……ユーシスもよく飲んでいたんですか?」
リィンの質問をハモンドさんは嬉しそうに肯定する。なんでも、ユーシスの大好物なんだとか。
帰ったら作って驚かせてあげようかな――いやいや、私は何を考えているんだ。男子に料理なんて振る舞ったことなんて無い癖になんて事を。それにユーシスは完全な外食派なのだからまず機会が無いだろうに。
そこそこ皆で自炊する女子とは違って男子達はそれぞれ適当に朝昼晩を済ましている。但し彼らが寮で自炊しないという訳ではなく、たまたまその場に居合わせたお陰で食べさせて貰ったエリオット君のオムレツは本当に美味しくて頬が落ちそうになった。もっとも、彼のその腕に嫉妬して、悔しかった思い出なんかも付属するのだが。
「このスープのレシピを考え出したのは私の妹。つまり、ユーシス様の母親なのです」
「そうだったんですか……」
「へえ……え!? ユーシスって……」
さも当然の様に反応するリィンに危うく釣られてしまいそうになったが、ハモンドさんの妹がユーシスの母親ということはこの眼の前の気の良さそうな料理人はユーシスの伯父ということになる。なるほど、だからユーシスはここのお店の味で育ったと言っていたのか。伯父として、昔からきっとユーシスの成長をその温かい瞳で見守ってきたのだろう。
しかしそうなれば彼は東の公爵家であるアルバレア公爵家の親族ということになるが……あれ?
横では隣に座るエマとフィーがハモンドさんがユーシスの伯父という事実にそれぞれ驚きを口にする中、私は違和感を感じていた。
「ああ、そういえばまだ三人には話していなかったな」
と、少し申し訳無さそうな顔をするリィン。どうやらマキアスは知っているようだ、もしかしたら深夜の男子部屋の内緒話はこの事なのかもしれない。
ハモンドオーナーもそれに少し同調する。もっともこちらの方は、ユーシスが私達に伝えていたか否かということだと思うが。
「こんなに美味しいスープを作るぐらいですから、料理の得意な人なんですね。いいなぁ」
「そうですね……」
そう呟くハモンドさんは一旦おもむろに目を閉じる。そして、再び瞼を開いて続きを語ってくれた。
どうやら彼の妹――ユーシスのお母さんは昔はこのお店を手伝っていた程の料理の腕前をしていたという。
このスープは昔、頃体調を崩した幼いユーシスの為に作ったもので、わざわざユーシスのお母さんは教会まで足を運んで身体に良い薬草を貰ったのだという。そして、それをまだ小さいユーシスが美味しく食べれる様に何度も工夫したのだとか。
言葉伝いにも分かる母親の愛がそこにはあった。
ハモンドさんの口調からユーシスの母親がもう今は亡き人だということを悟り、無神経な事を口に出したことを後悔すると同時に、彼の話でもう一つ重要な事実を私は知った。
ユーシスはおそらく庶子――アルバレア公とその奥さんの間の子供ではなく、愛人との間の婚外子であるという事だ。
少なくともユーシスが当時からアルバレア家の人間としてあの御屋敷にいれば、その彼のお母さんが教会まで薬草を貰いに行くなど言う事はあり得ないだろう。
使用人を教会まで使いっ走りすればいいだけの話であり、それ以前に教会から人を呼び付けることだって可能だろうと思う。
ということはユーシスは……ある程度大きくなるまで平民としてお母さんと暮らしており、その後アルバレア家に引き取られたということになる。
昨日のアルバレア公のユーシスへの接し方といい、今の親子関係はあまり良くはなさそうだ。幸いにもお兄さんとの関係は良さそうなのが救いだが、ユーシスは決して楽ではない人生をおくってきたのだろう。
「あ、マキアスがユーシスのこと考えてる」
先程から難しい顔をしていたマキアスをフィーが茶化し、顔を赤くしたマキアスがムキに否定する。
朝の件もある事だしあのマキアスの事だ、きっと私と同じようなことを考えていたのだろう。
「あ、あの……ハモンドさん!」
「どうされましたか?」
「お店のこのお塩って……」
「ああ、気付きましたか。峡谷の岩塩ですよ。世間的にはピンクソルトなんて名前で知られていますね」
「実は私達、昨日の昼間にユーシスに連れられてその岩塩を採りにいってて……」
「ほお……そうですか」
ハモンドさんが懐かしそうな笑みを漏らす。
「……ふふ、きっとあの場所なのでしょうな。昔、私と妹と……そして、ユーシス様もよく一緒に採りに行ったものです」
「やっぱり……」
「そういえばあの時のユーシス、少し様子が変だったな」
「昔の事を思い出していたのかもしれませんね……」
昨日から気になっていたことだが、今日ここで話を聞いている内になんとなくそんな気がしていた。
「最近は魔獣も多くなってしまい早朝の散歩がてらというのは難しく、商店から仕入れておりますが……。時の流れは早いものですな……あんなに小さかったユーシス様も本当にご立派になられた……」
今は公爵家の御屋敷に出向いているために、この場にいないユーシスの事を思いを馳せるハモンドさん。
少しの間を置いてから、彼は少しすまなそうに私達に謝った。
「ふふ……少しお喋りが過ぎましたかね」
出来ればユーシス様にも召し上がって頂きたかったのですが、と続けた残念そうな彼の顔には不安の色も混じっていた様な気がした。
・・・
――ユーシス様は大貴族として振る舞わねばならないがゆえに尊大に見える所がございます。喧嘩になる事もありましょうが……ご学友の事は大切に思われている筈です。どうか仲良くして差し上げて下さいませ――
(そっか……)
ハモンドさんからの別れの際に告げられた言葉は、今まで私が察することの出来なかった事だった。
ユーシスの事を私は”大貴族だけど悪気は無くて根は優しい良い人”ぐらいにしか思っていなかったのだが、普段の少し上から目線の態度は”そう振る舞わざるを得ない”大貴族の子弟としての立場がそうさせていたのだ。
庶民の田舎娘の私には貴族社会の実態はわからない。しかし平民が考えた貴族像に当てはめて考えても、彼がただならぬ困難な道を歩んできた事ぐらいは容易に想像がつく。
それに比べて私のお気楽さといえば……。先月、ケルディックからの帰りの列車の中で明かされたリィンの出自もそうだ。皆、抱えるものがあるのだ。
「さて、とりあえず一通り依頼も終ったことだし……そろそろ正午だしホテルでユーシスを待とうか」
《ソルシエラ》の建物を出た私達はリィンの提案通りに、直ぐ目の前のホテル《エスメラルダ》のエントランスへ中央広場の噴水の前を通って目指して歩く。
途中噴水の水しぶきから放出される微細な水の粒で湿度が上がり、辺りが少し涼しくなるのを気持ちよく感じていた直後。
「いたぞ!」
「間違いない、包囲しろ!」
騒々しい足音と共に中央広場に現れた領邦軍兵士の一団に取り囲まれた。
その数10人、完全に包囲されてしまう。
「マキアス・レーグニッツだな? 領邦軍施設への不正侵入及びスパイ容疑にて拘束する」
・・・
【おまけ】
「遠き異国の地で迷い果て……暗黒に包まれる哀れな僕へ手を差し伸べてくれた救世主が……リベールに縁のある女の子で……優しくてまるで天使のようで……! やっぱりあの子は僕の運命の人なんだよ!」
「行く先々に運命の人なんてアントンらしいな」
「ハッ……リックス……僕はなんて罪な男なのだろう……」
「この歳で仕事に就かずにフラフラしてるのは罪といえば罪かもしれないな」
「僕は……僕は……あんなに優しい子を二年も待たせてしまうんだよ!?」
「いくら天使でもアントンの事を二年も覚えてないだろうから、すぐに忘れてくれるさ」
「それじゃあ、ダメじゃないか!?」
「くしゅんっ」
「エレナ、大丈夫?」
こんばんは、rairaです。
マキアス、逮捕されてしまいました。
そして人生は常にトライ&エラーな憎めないボンクラと彼を暖かく見守る相棒、アントン&リックスの初登場です。
何だかんだ彼らジェニス王立学園の生徒だったんですよね。まさか受かっちゃった、っていう感じだったと思うのですが…。最近「空の軌跡」の記憶が曖昧になって来ました。
「閃の軌跡」原作プレイ時、この隠しクエストでエマとフィーのどっちに一目惚れするんだろう、と勘ぐっていたのは私だけじゃない筈。何もなかった時には少し拍子抜けでしたね。笑
今回、この物語ではリベール成分が貴重なので、彼にはちょっと頑張って頂きました。
零の軌跡で遂にテーマ曲までついたアントンですが…「閃の軌跡」終盤は本当に気になる終わり方をしましたね。まあ、物語的にはあまり心配はしてないのですけど。
そして、数話にかけて入れてきました捏造設定の塩のお話はこれで終わりです。
原作では”庶子”と言われているユーシスやオリビエってどういう幼少時代の生活をおくってきたのかが謎なので、ちょっと不安なところですが。
今回は特別実習の課題の内容を色々と改変しております。
次回は地下水路でのマキアス奪還作戦となる予定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。