光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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5月30日 死神の虚像

 薄暗い地下水道に響く私の掛け声と二度の銃声。

 私が両手で構える導力拳銃の銃口の先で、見慣れた魔獣の《飛び猫》が力が抜けた様にその体を石造りの床へと落とす。

 

「――やったっ!」

 

 思わず声に出して喜んでしまう。今日の命中率は100%だ。

 

「ナイス。これで5匹目」

「そういえば、エレナさん入学式の時も上手かったですよね」

「《飛び猫》の相手は任せなさーい、ふふん」

 

 農作物を荒らす害獣とされる《飛び猫》は故郷の村でも狩猟対象であり、村の大人が定期的に趣味がてらライフル片手に狩りを楽しむ光景を見てきた。

 もっとも私が村で狩った数は片手の半分でも数えれるに満たないので、士官学院に来てからの経験や訓練で大分銃の扱いも上達したのではないかと思う。エマの言うつい2か月前の旧校舎のオリエンテーリングでは、何だかんだ緊張でガチガチだったのもいい思い出だ。

 

「はは、ご機嫌だな」

 

 太刀を鞘に収めながらリィンがこちらを向く。

 

「最近、撃ててなかったからね。今日はおもいっきり撃ててちょっと嬉しいかも」

 

 少なくとも未だ苦手意識の残る導力魔法(アーツ)を扱うよりかは遥かに気が楽だ。駆動中に多大な集中力を要し、発動までの速度や威力面でもそれが大きく影響を与えるアーツを何度も使用するのは正直まだまだ精神的に辛い。

 

「……それ、女の子の台詞じゃないよなぁ」

「そう?」

「まったく……浮かれていると足元掬われるぞ?」

 

 苦笑いを浮かべるリィン、対して少し呆れた様子のユーシス。

 

「や、やだなぁ……怖いこと言わないでよ」

「お前は調子に乗る所があるからな。まあ魔獣に当たる分はいいが、誤射されるのはもう懲り懲りだぞ」

「あ、アレは当たってないじゃん!」

 

 まさかユーシス、実技テストの事を案外と根に持ってる?

 懸命に反論と抵抗をするものの全く口で勝てる気配が無いのは、彼が流石なのか、私が口下手なのか。

 

 まあ、単独で公爵家の御屋敷からわざわざ地下水道へ抜け出してきたお人好しのユーシスだ。そんなにアレを強く根に持ってるなんて事は多分無いだろうし、浮かれてる私が少し危なっかしかったのだろう。

 そして今はマキアスを牢獄から奪還する作戦の最中であり、確かにもう少し緊張感を持つべきだったかもしれない。なんといっても、これからバリアハート市内の領邦軍詰所へ不法侵入してマキアスを連れ出さなくてはならないのだから。

 

 《飛び猫》の数匹の群れとの戦いとユーシスと楽しくない掛け合いを終えた後、地下水道の奥へ進む私達の脚を阻んだのは大きな鉄柵であった。鉄柵などものともせず水道内を流れる水に嫉妬しながら、縦横数アージュもある鉄柵を開ける仕掛けを探して長い梯子を登る事となる。

 

 中世に作られたとされる地下水道に金属を踏む軽い足音が響く。

 それにしても想像していた情景とは違い、少し拍子抜けだ。”地下水道”と言うぐらいなのだから、狭く薄暗い地下はジメジメしており汚水の悪臭が鼻をまげる……といった光景と制服が下水まみれになった自分の姿を覚悟していたのだが。

 このバリアハート市の地下水道は石造りの高さも結構ある大きな地下空間が広がっており、流れる水も清浄なそのもの。魔獣こそ徘徊しているものの、整備自体はちゃんと行き届いていると思われる。

 

 地下の梯子を登る手を止めて下を窺う――結構高い、多分誤って落ちたら死を覚悟しなくてはならない高さだろう。

 対して上を見上げると、可愛らしいフィーの脚と露わになったスカートの中の下着。

 

(本当に男子に先登って貰って良かった……本気で。)

 

 私が一番最後で良かった、と心の底から思えた。

 流石に女子同士で無ければこの見え方は大問題だし、私は例え同性でも見られたくない。

 

「はぁ、ちょっと疲れました……」

 

 建物に換算すれば約三階分といった所だろうか、長い梯子を登り切った所には少し疲れの色が見えるエマが溜息をついていた。

 

「「やっぱり胸が……」」

 

 そんなエマに対して反応が重なる私とフィー。

 まあ、あの大きさの胸なら疲れても致し方ないだろう。もっとも悔しいことに私にはあんなご立派な物が無いので真偽の程は定かではないのだが。

 

「二人とも、そのへんにしておきなさい」

 

 リィンは苦笑いしながら私達を止めようとするが、少し顔を赤くさせてる彼には全く説得力が無いような気がする。

 

「リィン、照れてるの?」

「顔赤いよ?」

「だから、違うって」

 

 少し必死そうに否定し、やっぱり頬をほんのり赤らめていたリィンは口を一文字にする。

 リィンは結構むっつりさんだからなぁ、そして胸の大きい子が好みときている。これはもう先月のケルディックで把握済みだ。

 

「……まったく。とっとと手伝わないか」

 

 鉄柵の仕掛けを上下させるレバーの前に立つユーシスが大きな溜息を付いた。

 

 

 ・・・

 

 

「イグニッション」

 

 フィーの目にも留まらぬ四点への早撃ちの直後、鼓膜をつんざく爆破音が響く。

 火薬と焦げた臭いが立ちこめる中、厚い鉄製の扉が悲鳴の様な金属の軋む音と共に前のめりに倒れた。

 

 上手くいったと満足気なフィーとは対照的に、私を含めた皆は俄に信じ難い光景を目にして唖然としていた。

 彼女曰く、扉を破壊するのに使ったのは”携帯用の高性能爆薬”なんていう物騒な代物のようだが、どう考えてもそこら辺で売っているものではない。

 

 皆が唖然とする中、一人リィンが口を開く。

 

「……フィー。君は一体、何者なんだ?」

 

 リィンが柔らかな口調ながら真っ直ぐな表情でフィーに訊ねた。

 

「リ、リィン……」

 

 私は気付けばフィーの正体を追求するリィンの名を呼んでいた。勿論、やめて欲しい、という意味で。

 フィーの正体が何者なのかは置いといて、少なくとも普通の人では無いのは確かだ。出来れば知りたい、しかし聞かない方が良いような、聞いてはいけない様な気がしていたのだ。

 

「思えば入学式の日も君は一人だけトラップを回避していた」

 

 だが、リィンは追求の手を緩めること無く、更に強くしてゆく。

 彼は見抜いていたのだ、フィーが様々な能力と相当の実力を隠している事を。

 

「……まあ、いっか」

 

 私を含めたみんなの一人一人にフィーは視線を走らせてから、小さな溜息をついてそう零した。

 

「士官学院に入る前、私は猟兵団にいた」

 

 爆薬も武器の使い方もそこで教わった、と淡々と彼女は続ける。

 

「ただ、それだけ」

 

 あっさりと明かした、その内容に一瞬、私達は言葉を失った。

 ただリィンは――ある程度予想が付いていたのかも知れない。彼だけがあまり驚いてはいない顔をしていた。

 

「りょ、猟兵って……」

 

 彼女の猟兵団とは、あの猟兵団なのだろうか。大陸中の紛争地帯で活動する血と金に飢えた戦場のハイエナ、傭兵達の頂点。

 

「信じられん……死神と同じ意味だぞ」

 

 こんなに驚くユーシスを見るのは初めてだ。そして彼の言葉は決して言い過ぎなどではないと私は感じていた。

 大陸各地では今も悲惨な状況の地域は少なくなく、それに大きく関わっているのが金で雇われ契約された戦闘行為を行う傭兵なのだ。つい十年程前にも帝国の北西で傭兵絡みの事件が多発して帝国軍が治安出動した前例も有り、決して私達とも無縁な話では無い。

 そしてフィーは、自らがそんな傭兵の中で最も恐れられている猟兵、イェーガーだと告白したのだ。

「ただ、それだけ」で済まされる様な話ではないと思う。

 

「わたし、死神?」

 

 きょとんと言葉と相反して可愛らしく首を傾げる仕草をするフィー。

 

(そりゃ……フィーの事を”死神”だなんて思いたくないけど……)

 

 私もそういった世間離れした事情には詳しくは無いが、現実は私が考える以上に惨たらしいことは間違い無いと思う。

 ”猟兵団にいた”ということは、フィーは人を手に掛けたことが、それも何度も、数え切れない位有るという事なのだろうか。

 

「いや……」

 

 私がぞっとしない事を心で考えている中、フィーのその黄緑色の瞳に圧されたユーシスの口から零れる。

 

「……そうだな……名に囚われる愚は冒すまい」

 

 そして少しの間を開け、彼は意を決した様に続ける。

 

「ええ、私たちにとってはフィーちゃんはフィーちゃんですよ」

「ああ、そうだな。Ⅶ組の――大切な仲間だ」

 

(エマ……リィン……)

 隣で優しい微笑みと言葉を告げる彼らの姿と比べ、私は自らに対し嫌悪感を抱いた。

 例え何であれフィーはフィーであり、彼女が信頼に足りる少女であることは私は知っていた。それなのにも関わらず私はエマやリィンのような言葉がすぐ出てこなかったばかりか、あろうことか心の中で彼女を大量殺人犯と同列にしていたのだ。

 

 私が言葉に迷いながらフィーの様子を窺っていると、ただ無表情に私の反応を待つ彼女の視線と重なってしまった。私はその視線に耐え切れずに私は目を逸らしてから言葉を紡いだ。

 

「フィーは……死神なんかじゃ……ないよ」

 

 いくら何でも二か月も一緒に頑張ってきた仲間を”死神”呼ばわりは出来ない。

 でも、彼女が元猟兵という事実はあまりに衝撃的で――怖かった。

 

(最低だ。私って。)

 

 

 ・・・

 

 

 まさかあの扉が破壊されるとは想定外なのだろうか。容易く施設内に侵入した私達は警備の兵士と遭遇する事も無く、マキアスの拘置されている牢を発見し数時間ぶりに再会を果たした。

 

「ま、まさか、忍び込んできたのか!?」

 

 私達を見るなりマキアスは驚いた顔を見せる。期待されていなかったとは私達を薄情者だと思っていたのだろうか――いやいや、私が捕まってても助けは期待しないだろう。それぐらい危ない事を今しているのだ。

 

「ああ、助けに来た」

「すまない……。それに、君まで……」

 

 マキアスが言うのは勿論、ユーシスの事だ。もっとも何時もならばユーシスもすぐに憎まれ口で返すのだが今回は少し違った。父に一矢報いたいという本音を口にしたのだ。

 

「……エレナ、お仕事だよ。この鍵なら通常弾で貫通できる筈」

 

 マキアスの牢の鍵を調べていたフィーがしゃがみながら私を見上げる。そんな事が分かるのも、元猟兵だからなのだろうか。

 

「私の双銃剣は音の隠密性に欠ける。消音器の装着出来るエレナの銃で壊して」

「わ、わかった。マキアス、少し離れててね」

「あ、ああ……」

 

 片膝を付いてしゃがみ、円筒形のサイレンサーが装着された導力拳銃の銃口をぴったり鍵穴と合わさるように近づける。そして、躊躇わずに引き金を引いた。

 サイレンサーの少々気の抜けた様な発射音は金属鍵の破断音に掻き消されてしまう。しかし弾丸は確実に鍵を破壊し、立て付けの悪い音を立てて牢の扉が開きマキアスを解放した。

 

 マキアスを奪還してしまえば、もう後はいかに早くこのバリアハートから脱出するかに懸かっている。とにかく急いで地上に戻らなくてはならない。

 

「おい、レーグニッツ」

 

 この場から離れようと足を進め始めた時、後方のユーシスがマキアスを呼び止めた。

 

「忘れ物だ」

 

 彼が手に持っていたのはマキアスの導力散弾銃。どうやらマキアスの私物は独房の柵の脇に無造作に置いてあった様だ。

 

「……! 助かる……その……」

 

 マキアスは自らの愛銃を受け取りながらバツの悪そうな顔をする姿は、ある意味非常に微笑ましいものだ。

 なんだろう、先月のアリサを思い出してしまう。

 

「フン。あくまで戦力の為だ。お荷物になられるのは面倒だからな」

「……ユーシス・アルバレア。戦術リンクの件だが……また頼むぞ」

 

 ああ――とユーシスがそれに応えていたその時、地下牢の奥から邪魔が入った。

 

「おい、誰と話してるんだ……なっ!?」

「ユ、ユーシス様!?」

 

(見つかった!?)

 奥の曲がり角から顔を出したのは、白と青の領邦軍の軍服の兵士が二人。

 

「本来なら巡回ご苦労と言いたい所だが……すまないな、少しの間眠っていてもらうぞ」

「即効で落とすぞ!」

 

 驚愕の表情を浮かべる彼らに、ユーシスとリィンが剣を抜き一気に突っ込んでいった。

 

 

 ・・・

 

 

 不意打ちによって言葉通りに”落ちた”、目の前にボロ雑巾の様に転がる二人の領邦軍兵士を見て、遂に一線を越えてしまった事を感じていた。

 色と細かいデザインこそ違うものの、幼馴染のフレールお兄ちゃんも着ているものによく似た軍服が汚れ、所々傷ついている。

 

「領邦軍の兵隊さんを撃っちゃった……私、これで犯罪者……牢獄行き……」

 

 ごめんなさい、お祖母ちゃん、お父さん、フレールお兄ちゃん……。特にフレールお兄ちゃんには申し訳ない。サザーラント州とクロイツェン州、それぞれハイアームズ家とアルバレア家という違う領主に仕えているとはいえ領邦軍は領邦軍。彼の仲間に手を出してしまった気持ちになる。

 

「何を下らないことを言っている」

「で、でも……」

 

 下らないこと、は無いだろう。少なくともこれで私達は少なくともクロイツェン州内では領邦軍から追われる立場なのだ。

 マキアスの冤罪は革新派への牽制という政治的な理由である為、帝都近郊まで戻ることが出来れば領邦軍も強く出ることはまず無いだろうという推測から彼の奪還を決めた経緯はあるものの、仮にこのまま全員逮捕されてしまえば領邦軍施設への不法侵入に領邦軍兵士への暴行……確実に罰金刑では済まない罪状だ。

 

「捕まったら……流石にやばいでしょ? やっぱり士官学院は退学かな……?」

 

 考えれば考える程、危険な状況だ。

 しかし、ユーシスは狼狽える私と対照的に冷静な表情で言い放った。

 

「俺が許す。これで文句ないだろう」

「……う、うん。あ、ありがとう……」

 

 公爵家の一員であるユーシスからそう言って貰えた事で、私は安心感が心を満たしていくのを感じた。

 

(……でも……いいのかなぁ……?)

 

 もっとも、ユーシスの威光に期待したい所だが……彼も父親のアルバレア公の意に反して動いている時点で、余り期待出来ない様な気がするのは気のせいだろうか。

 そう考えると再び少し不安が戻ってくる。

 

 そんな思考を遮るかの様に突如、大きな咆哮が響く。

 

「ひっ……!」

「な、なんだ!?」

 

 後ろを振り向くものの、そこにはまだ何もいない。

 

「地下牢の方からですね……」

 

 既に二、三度地下水道内を曲がってしまっており領邦軍詰所の地下牢への入り口はここから目視にすることは出来ない。しかし、確かに音の発生源の方向は私達が来た方向からだ。

 

「足音……早い」

 

 それを裏付けたのは、しゃがみこんで床にぴったりと耳を付けていたフィーの言葉だった。

 

「一体、二体……四足かな。もしかしたら軍用に訓練された魔獣かも」

 

 軍用に訓練された魔獣という言葉に余りピンとこないが、脅威には変わりはない。そして地面を伝わってくる音を聞いただけでこれ程の情報を手に入れたフィーが、元猟兵であることを私は改めて突付けられた。

 

「軍用魔獣!? じょ、冗談じゃないぞ!?」

「喚くな! とにかく急いで地上に出るぞ!」

「ああ! みんな、走るぞ!」

 

 全速力で走りだすこと数十秒――私は不吉な気配を感じて後ろを振り向くと、そこには二頭の魔獣が物凄いスピードで迫ってくる姿があった。

 

「わわ、もう見えるよ!?」

「かなり大きいぞ!」

「とにかく急げ!」

 

 ユーシスの言葉に「言われなくても急ぐよ!」と心で毒づきながら、必死に脚を動かす。

 普段であればそろそろ結構キツい頃合いだが、不思議な事に肺も脚も身体は良い仕事をしてくれている。これが火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。

 

 しかし、四足の魔獣に比べれば人間の全速力など哀れなものであり……あっという間に私達との距離を詰めてくる。

 赤茶色の巨大な狼と巨大な虎といった感じか……胴体を鎧で覆っていることから人の管理下にある魔獣なのは間違い無さそうだ。あの大きな牙で噛まれたら、一巻の終わりだろう。まず、命は無い。

 

(あれ、エマは……?)

 

 エマは走るのが苦手だ。私は後ろを振り向くと、すぐ後ろにエマの姿を確認して安堵する。

 そこで少し気が抜けてしまったのが私の痛恨のミスだった。

 

「うわっ!」

 

 右足が何かに当たり、それ以上前に進まなかった。私の身体が前のめりに宙に浮いた。

 迫るタイル貼りの床に目を瞑ると直ぐに――両手と膝が地に擦られる鋭い痛みが襲った。

 




こんばんは、rairaです。

遂にフィーが元猟兵であることを明かしました。
それまでエレナはフィーとの関係は結構良かったのですが…こういう結果になってしまいました。原作でラウラはフィーの事を「相容れない」と距離を置いていただけだったのは、やっぱりラウラ自身が自分の強さに自信があるからだと思います。

次回で長かった第二章も最後となる予定です。ユーシスとマキアスの熱い展開になる…かもしれません。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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