光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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6月上旬 風邪ひきアリサ

 フィーに連れられて訪ねたのはトリスタの街の商店街の端に位置する質屋。そう、毎週土日になるとケインズ書房に競馬誌を買いに来るミヒュトさんのお店だった。

 彼の店はフィーの話によると、お金さえ払えば何でも仕入れるという少し信じられない様な店なのだという。

 

 二人で店主であるミヒュトさんに私達は事情を説明すると、「とりあえず物を見繕う」といった返事を貰うことには成功した。

 ただ、後の問題は財布との相談という訳だ。

 いくら中古でも良いという条件でもライフルは列記とした軍事用途向けの銃器には違いない。フィーが朝言っていたように、軍用品というのは国家予算で調達される為に正規品は高く、どんなに安くても数万ミラは下らないと言われてしまっていた。

 

「大丈夫かなぁ?」

 

 質屋から第三学生寮までの道を歩きながら隣のフィーに私は話しかける。

 実際、結構不安しかないのだ。

 

「ま、格安品でもそこそこのものは手に入ると思うよ。それで試し撃ちさせて貰ってから買うか買わないかは考えればいいと思う」

「そんなのでいいの?」

 

 注文後返品だなんて実家の酒屋ならば、うちのお祖母ちゃんが絶対に許さないだろう。それはもう村の教会の尖塔に特大の雷が落ちかねない。

 

「武器は命を預けるもの。自分に合わないものをわざわざ買うなんて論外だし、まともな店ならそんな武器は売りつけない」

「な、なるほど……」

 

 元猟兵という肩書をもつ彼女が言うとかなりの説得力を帯びる。

 そう考えたら中古というのも何か不味いような気がしなくもないのだが、ここは敢えて考えないで置いとくべきなのだろう。

 

 そうこう話している内に私達はⅦ組の第三学生寮の前まで来ていた。

 

 

 ・・・

 

 

 寮の三階への階段を登りきった私は、すぐ近くのアリサの部屋のドアを視界に収めた。

 先ほどまで一緒にいたフィーといえば、どうやらエマの所に行くとのことで私と別れて再び学院へと向かった。こういう所は本当によく懐いているなぁ、と思わざるをえない一方、少し寂しかったりもする。

 まあ、私とフィーで勉強しても中々カオスな事にしかならないような気もするんだけど。

 

 ノックをする。反応がない。私は先程より少し強く再び扉を叩く。

 部屋に居ないのだろうか?

 

「あれ? 鍵かかってない」

 

 なんとドアノブが回り、扉が開いてしまう。

 

「アーリーサ、入るよー?」

 

 一応断りを入れて扉を開けて中へ足を進めると、すぐに部屋の主の姿を見つけることが出来た。

 彼女にしては珍しく制服の上着だけ少し乱雑に机の上に脱ぎ捨て、まだ夕方だというのにベッドに横向きで寝ている。

 

「お昼寝? 不用心だなぁ。リィンに夜這いされちゃうぞー」

 

 今はまだ夜じゃないけどね、と心の中で自分に突っ込みながら彼女の顔を覗き込む。

 

「あれ?」

 

 アリサの顔、赤い。

 そういえば教室でも赤かった。あれはまさか――。

 

「……あ……ごめん……気付かなかったわ……」

 

 少し寝ぼけた声と共に身体を起こす目の前のアリサ。

 しかし、その体の動きは遅く、彼女の紅色の瞳は明らかにトロンとしていた。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

「あー……大丈夫よ、全然……」

 

 言葉こそ気怠そうではあるものの、これはどう見ても大丈夫ではない。

 私は右手をアリサの額に近づける。

 

「って……すごい熱じゃん! いつから!?」

「……昼ぐらいから、そんな気はしてたんだけど……昨日から少し寒かったかも……」

 

 流石に触られてしまえば誤魔化しきれないと判断したのだろうか、観念した様にアリサは正直に口にしてくれた。

 

 それにしてもこの初夏に「寒い」等と感じていたのに、ついさっきまで学院で無理していたとは。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 私は一階へ急いで階段を降りながら、少なくとも必要なものをリストアップしてゆく。

 とりあえず、冷水を入れた桶とタオルは必要だ。

 正確な体温を計る必要があるから体温計も……ここらへんは少なくともすぐ用意できるだろう。

 しかし風邪薬……常備薬があったような気はするけど……。

 

 勢い良く踊り場でターンを決め、階段の最後の数段を飛ばすようにジャンプする。

 私はその勢いのままロビーに目もくれずに食堂へと駆け込んだ。

 

 

 ・・・

 

 

「さ、三十八度……六分……」

 

 アリサから渡されたガラス棒状の体温計の目盛を見て、これは冗談抜きの高熱だと再確認する。

 目の前の彼女も彼女で正確な数字を確認して更に辛くなったのか、枕へと頭を戻していた。

 水で冷やしたタオルを彼女の額へと置きながら、私はこの先どうするかを考えていた。

 

 残念ながらまだⅦ組の皆は帰って来ておらず、寮は私とアリサの二人っきり。寮の常備薬は切らしており、現状ではこのまま濡れタオルで額を冷やすぐらいしか出来ない。

 

 ふと見たラインフォルト製の導力式時計の針が丁度4時半を指す。

 Ⅶ組は勉強や部活動で遅くまで学院に残っている子の多く、彼らが寮へ帰ってくるまでまだ後二時間程はあると思われる。

 

 つまり、私がどうにかしなくてはならないのだ。

 

「少し寝たら、大丈夫だから……」

 

 きっと辛いだろうに、強がってそんなことを言うアリサ。

 私へ向けて無理して笑う彼女を見て、私は決めた。

 

「私、ベアトリクス教官呼んでくる」

「い、いいって……ただの風邪だしお薬無しでも本当に……」

「ちゃんとお薬飲まなきゃだめだって!」

 

 これだけの高熱なのだ。寮の常備薬は切らしている以上、薬を用意しなくてはいけない。そして、ちゃんと診察判断できる人に診てもらうべきだろう。

 万が一の可能性も十分考えられるし、風邪は万病の元なのだ。油断は出来ない。

 

「すぐに呼んでくるから、とにかく寝てて!」

 

 私はアリサの返事も聞かずに部屋を飛び出し、寮も飛び出し、士官学院の校舎に向けて必死に駆けた。

 

 考えれば考える程、私はお気楽すぎた。

 アリサがボーっとしていたのも、顔が明らかに赤かったのも、風邪のため。

 もちろん、彼女のリィンへの気持ちは確かなものだと思うが――あの場でそれを茶化す前に、私は少しでもアリサの体調を気遣うべきだったのではないだろうか。

 

 私はあれだけ近くにいて、一緒にいて、何故気付かなかったのだろうか。

 

 

「ベアトリクス教官!」

 

 保健室のドアを開けるなり、私は大声で叫んでいた。

 

「まあまあ、Ⅶ組の。どうしたのかしら?」

「えっと……アリサが!」

「まずは落ち着いて頂戴。今は誰も居ないので大丈夫ですけど……保健室では静かにね?」

 

 私の言葉を遮った優しく微笑むベアトリクス教官に、今まで自分が半ば取り乱していた事に気付かされる。

 

「は、はい……すみません……」

「それで、私に何か用事かしら?」

 

 打って変わって真剣な顔をベアトリクス教官は私に向けた。

 

 

 ・・・

 

 

 聴診の為にピンク色の少し上品なセーターをまくり上げるアリサ。

 私からではベアトリクス教官の影になってあまり見えないが、時折白くて綺麗なお腹が覗かせる。

 

「まぁ、大方風邪をこじらしたかしらね。季節の変わり目ですし」

 

 それに無理が祟ったのではないかしらね?、と机に積まれた参考書へと目を移しながらベアトリクス教官は続けた。

 

「よかったぁ……」

「すみません……」

 

 何にせよ風邪ならば良かった、と安堵する私。対して、少しバツの悪そうに頭を下げるアリサ。

 とりあえずベアトリクス教官によって、明日以降も熱が下がるまでは授業は欠席して安静にする事という診断となった。

 

「お薬も彼女から一応聞いた症状のもので大丈夫そうだから渡しておくわ。お昼ご飯は食べたかしら?」

 

 ベアトリクス教官に首を横に振って否定するアリサ。確かに今日のお昼ご飯の時に、私はアリサを見ていない。学食に行ったのだと思っていたが……。

 

「それでは、何か口にしてから飲まないといけないわね」

「あ、じゃあ、私が何か用意します」

 

 私がそうベアトリクス教官に言ったのがそんなに驚いたのか、アリサが目を丸くしてこちらに顔を向けた。

 もっともそんな表情はすぐに申し訳無さそうなものに変わるのだが。

 

 

 診察を終えたベアトリクス教官を寮の玄関まで見送った後、私は料理に取り掛かるべく寮の一階の食堂併設の調理場にいた。

 ここは今年入学した私達Ⅶ組のために改修したばかりなので設備は新しいのだが、ちゃんと活用出来ているとは言い難い。

 残念ながら男子を中心に外食派は多く、女子でも炊事をする子は少ない。精々エマが一週間に一回晩ご飯を振る舞ってくれる程度であり、私に至っては入学して以来今回を含めて二回しかこの場に立ったことは無い不慣れな場所だ。

 

(やばっ……!)

 

 案の定、思わずひっかけてしまった金属製のボウルが床へ落ち、景気の良いとも言えるかもしれない音を食堂に鳴り響かせる。

 

(アリサに聞こえてないといいけど……)

 

 聞こえていたら、また不安の種にしてしまうかも知れない。いや、頭痛の種か。

 

 そしてこの場所最大の問題点は食材である。頻繁に利用する訳でも無いので、生鮮品を始めとする食材の蓄えは殆ど無いのだ。

 とりあえず、手帳に手書きされたレシピを見て必要な食材を確認すると、やはり幾つか必ず必要な物を買い出しに行かなくてはならない。

 アリサが待っていることを考えればそうのんびりする訳にもいかず、やっぱり食材を求めてブランドン商店まで走るしかないようだ。

 私は急いで食堂から出ると、見知ったクラスメートと鉢合わせすることとなった。

 

「ユーシス?」

「何をしている?夕飯にしては少し早いと思うが」

 

 怪訝そうな顔で尋ねてくるユーシス。

 

「ああ、ちょっと……ええっと、こんな早くにユーシスはどうしたの?」

「とりあえず自室に購入した書籍を置きに来ただけだ。フン……先程、外でベアトリクス教官と出くわしたが、何かあったな?」

 

 流石鋭い。話を躱そうとしたのなんかお見通しということか。

 彼の勘以上に鋭い視線に貫かれながら、必死に言い訳を考える。

 

「えっと……」

 

 アリサから皆には秘密と言われていたのだが、ユーシスが最初の相手だなんて悪すぎだ。

 しかし、ユーシスを騙せそうな良い言い訳が見つかる筈もなく、「みんなに心配をかけたくない」と思うアリサの気持ちに謝りながら、彼にアリサの現状を伝えた。

 

「何? 具合の方は大丈夫なのか?」

「うん。今、お薬飲む為にとりあえず身体に良さそうな軽い食事を作ろうと思って」

「ふむ……」

「じゃ、じゃあ、ちょっと私出かけてくるね」

「待て」

 

(ひっ。)

 

「材料が無いのか?」

「う、うん……」

 

 頷く私。やはり流石に外食派のユーシスでも調理場に食材が少ないことぐらい想像するのは容易かったか。

 そして、これは嫌な予感がする。

 

「俺が買ってくる。必要な物を言え」

「い、いや……ユーシスに頼むなんて流石に私……」

 

 入学したての頃は、ユーシスに話しかけられただけでビクビクしていた私。

 初めて話しかけられた時は、それはもう声は裏返るわ仰け反ってしまうわ話の内容なんて全く頭に入ってこない有り様で、本当に散々だったのをよく覚えている。

 呼び捨てで良いと彼が私に言ってきた時は気が動転するかと思ったのだが、今となっては普通に会話できるし軽口だって叩き合える。

 もっとも、それでも彼に雑貨屋までのおつかいを頼むのは抵抗感があるのだが。

 

「もう一度言うぞ。必要な物は何だ?」

 

(ち、近いっ……)

 

 ユーシスの顔が近づく、それも少し怒ったような真剣そのものな表情で。

 

「お肉とミルクとハーブが……無いかな……」

 

 私はそんな彼に観念して足りない材料を伝えた。

 寮で自炊することは多々あるが、不定期なので生鮮品の蓄えは殆ど無いのだ。

 

「ふむ……角の雑貨屋で買えるのか?」

「え、えっと、多分大丈夫だと思う」

「わかった。お前は俺が帰るまでに準備をしておけ。いいな?」

「う、うん!」

 

 私の返事に頷いてユーシスは外へと駆け出していった。

 その場に難しそうな本が入った紙袋を無造作に残して。

 

 

 ・・・

 

 

 この光景を見た士官学院生は確実に驚くに違いない。

 そして世間的に見ても驚きの光景であるのは確かだと私は思う。というか、私が罪に問われたりしないか心配なぐらいだ。

 

「終わったぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 ユーシスから手渡されたのは、皮を剥かれ綺麗な淡黄色の中身を晒すじゃがいも。

 四大名門の東の公爵、アルバレア公爵家のご令息が皮剥きをなされた……じゃがいもだ。これにはプレミア級の価値が付いてもおかしくないのではないだろうか。

 そんなくだらない事を考えながら、まな板の上で手を添えながらユーシス様のじゃがいもを小さく1リジュ角に包丁で切ってゆく。

 

「えっと……この後は……たまねぎをみじん切りで……」

「皮は剥いといたぞ」

「う、うん……」

 

 先程と同じくユーシスから手渡された皮の剥かれた白いたまねぎを、上から真っ二つにするように包丁を入れる。

 そして、半分になった片方を素早く包丁で切り刻んで――うっ。

 特徴的な匂いとどうしよもない涙に耐えながらみじん切りを成功させるものの、また板の上に彼らがいる時点で戦いは継続中だ。

 

 次はこのたまねぎを鍋で炒め無くてはならない。

 

「ユーシス、火付けるね?」

「あ、ああ……」

 

 珍しく弱々しいユーシスの声色に私は彼の顔を覗いた。

 

「あれ? ユーシス、泣いて――」

「違うぞ」

「あはは……たまねぎはしょうがないって、私だって――」

「……聞こえなかったのか?」

「……はい」

 

 この場で粛清される危険さえ感じさせるユーシスの瞳に怖気づきながらも、私はこのとてつもなく貴重な光景を忘れることは出来ないだろう。

 あの、あのユーシスが、たまねぎで泣いてるなんて。出来れば今直ぐ誰かに話したい衝動に駆られるが、自分の身がもっと大事だ。

 

「おい、入れないのか?」

「あ、あれっ……ごめん、忘れてた」

 

 溶けるバターのいい香りがする鍋の中へ、みじん切りにした玉ねぎをまな板から入れてゆく。

 

「うーんっと……この次は……」

 

 手帳に手書きされた小さな文字が少し読めないで悩んでいると、隣のユーシスが私の腕ををぐいっと引き寄せられる。

 

「ええっ!?」

 

 思わず私は声を上げてしまうが、彼はそんなのお構いなしだ。

 

「まどろっこしい。レシピを見せろ」

 

 ぶっきらぼうに言うユーシスだが、私の手帳へと目を走らせた直後に彼の表情が驚きに染まる。

 

「! ……これは……」

「あ、あのバリアハートの《ソルシエラ》でハモンドオーナーから教えて貰った奴で……」

 

 レシピがある中でこの料理が一番風邪に効きそうだったのだ。ただ、今思えばユーシスには先に伝えておくべきだったのかも知れない。

 

「……貸せ。俺が作る」

 

 私はユーシスの言葉を理解できるまで、数十秒を要した。

 




こんばんは、rairaです。

さて今回はアリサが風邪を引いてしまうお話の前編です。本当は一話に纏めるつもりではあったのですが…書きたい場面が多くなってしまい二話構成となりました。

原作3章の6月19日にはシャロンが来てしまうので、それ以前の第三学生寮のお話ですね。彼女の管理人着任後でしたらこんなにエレナが慌てることも無く、ユーシスをこんな形で巻き込むことも無かったのですが。笑
まあ、看病されるアリサ側にとってはどっちが良いのかまではわかりませんね。シャロンなら何をするか分かったものじゃないですし…。

さて、次回はユーシス様のクッキングもそうですが…原作主人公であるリィン様にもご活躍して頂く予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。
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