光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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6月20日 絶世の美女の名を追って

 同じバイト仲間であるベッキーのダブルブッキングによって、私は今日は宿酒場《キルシェ》で初めての仕事中だ。ここでは勿論、初めての仕事ではあったものの、何故か今まで働いた場所の中で一番しっくり来ているという不思議な感覚を覚えていた。

 飲み物の名前も大体分かるし、品物と値段を括りつける覚え方も昔から得意だ。やっぱり実家の影響だろうか、私は飲み物に関係した接客が向いているのかもしれない。

 

 丁度お昼のピークが終わった頃、食器洗いをしていた私にカウンター席から声を掛けられる。

 そこにいたのは少し疲れた表情をした見知った顔――『Ⅶ組随一のお人好し』、『バレスタイン教官の小間使い』、『トワ会長のお気に入り』といった様々な二つ名を持つⅦ組の実質的なリーダーのリィン。

 

「グランローゼ?」

 

 私はグラスをタオルで拭きながら、彼に聞き返した。

 

「ああ、昔皇帝家に嫁いだとある男爵家の女性の名前のようだが。何でも絶世の美女だったらしい」

「童話の”グランローゼと赤い薔薇”だよね」

「知っているのか?」

 

 驚いたように私の顔を見つめるリィン。

 

「知らなかったの?」

 

 私は間髪入れずそう返すと、彼の顔が少しバツが悪そうな表情に変わる。

 

「あ、ああ……」

「私はこんな有名な話をリィンが知らないことにビックリだよ」

 

 童話『グランローゼと赤い薔薇』は多分帝国で五本指に入る程有名な童話だ。

 グランローゼは彼女は東部諸侯の男爵家に生まれた可憐な娘であり、東方へ戦に赴く勇敢な皇子とバリアハートの街で出逢い一目惚れをし、数年後に戦地で運命の再会を果たした二人はお互いに惹かれ合うものの、様々な困難が待ち受けていた。

 最終的に帝都へ凱旋して帝冠を授かって皇帝へと即位した皇子は、グランローゼの名前の由来である薔薇を千とも万とも言われる数を彼女の元へ送るという華々しい求婚をし、めでたく二人は結ばれるというストーリーである。

 

 これは史実でも確かなものであり、その皇帝はその逸話から《薔薇帝》と呼ばれ、皇后グランローゼの名から特別に整った大輪の薔薇の品種を”グランローズ”と呼ぶこととなったと言われている。

 童話のエピローグでは《薔薇帝》は帝都の皇宮近くに美しいバラ園を造園し、よく皇后と共に静かな時を楽しまれたのだという。そして、そのバラ園は現在は公園として一般市民に開放され、帝都市民の憩いの場となっているのだとか。

 

 そんな有名な童話すら知らないリィンに呆れる。小さい頃、お母さんに読んで貰わなかったのだろうか。

 

「そう言えばグランローズの意味も知らなかったよね?」

「……あの時の事は俺も反省してるさ……」

 

 先月のあの出来事について責めてみる。まあ、アレは色々と私も痛々しい勘違いをしていたのだけども。

 ただ、これらの知識は貴族平民問わず確実に常識の範囲内だと思う。だって帝国中探しても好きでもない人に赤い薔薇を送る人なんていないだろう。……リィンを除いて。

 彼は本当にヴィヴィに感謝した方がいいかもしれない。何かと女の子との関わりが多い彼だ、この事を知らないまま大人になればその内致命的な事態を引き起こす可能性もあったのではないだろうか。そう、その修羅場的な。

 

「で、そのグランローゼさんの正体を知っているかを聞きにここまで来たの?」

「ああ、エレナは本屋でもバイトしてるし、顔が広いんじゃないかと思ってな。そういう話聞いたりしていないか?」

 

 貴方に比べたら全然だと思う、と喉のすぐそこまで出るもののそのまま飲み込む。まあ、頼られるのは悪い気はしないし何となく嬉しい。

 でも、仕事中そんなに話しているわけにもいかないので、大して他のクラスの子の事を知っているわけではないのだが。

 

「うーん……ラブレターを貰ったのはその二年の……」

「ああ、Ⅰ組のヴィンセント先輩だ」

「……誰だろう……どんな人?」

 

 二年の先輩という時点で中々思い浮かばないのに、Ⅰ組だなんて。正直アンゼリカ先輩しか思い浮かばないのは、貴族クラスの生徒とはあまり関わりが無いからだろうか。

 

「えっと……薄紫の髪の人で……そうだな。少し、その……何だ……」

「何?」

「自己陶酔気味というか……」

 

 苦笑いを浮かべるリィン。

 

「ナルシストってこと?」

「あ、ああ……後はそうだな……いつもお付のメイドさんが一緒にいるらしい」

「ってことは、その先輩って高い爵位を持つ家柄ってこと?」

「そうだな……確か西部ラマール州の伯爵家だったような気がする」

「伯爵家……」

 

 アリサにシャロンさんが居るように――最も名目は第三学生寮の管理人だが――お付のメイドさんや執事さんがいるのは、ある程度の家格の生徒であれば特別珍しいことではないらしい。逆に《四大名門》に名を連ねるユーシスやアンゼリカ先輩にその役割を担う人間がいないのは例外中の例外といったレベルの様で、同じく《四大名門》の一角であり私の領主様でもあるセントアークの侯爵様のご令息、パトリック様も格好良い執事のセレスタン様とよくご一緒に居られる所を見かける。

 お付のメイドさんかぁ……うん、どこかで聞いたことがある気がする。確か――。

 

「愛とパトスとエスコートの貴公子……?」

「……何か一つ多い様な気はするが、確かにそんな事も言っていたな」

「あの先輩か……」

 

 ビンゴ――私の頭の中で偶に校舎で見かける先輩と付き人の姿と、結構前に吹奏楽部のミントから聞いた『変な先輩』の話が合致した。

 うーん、あの人を好きになる様な子って――。

 

「お……お……来るか……来るか……お、お!?」

 

 突然、店内で流れていた導力ラジオの音が大きくなり、私と同じくカウンターの中にいるこの店のマスターのフレッドさんが興奮しているのか異様に大きな声を出す。

 何故かラジオを見つめながら。

 

「……はぁ……」

 

 そして、深い溜息と共にカウンターに広げられた競馬誌《インペリアル・レース》に顔を突っ伏した。

 

「マスター、煩い!」

 

 そんなマスターを有無言わさずに注意したのは、二階から顔を出してホウキを持ち上げながら怒りを露わにしているドリーさん。

 ただ、少しばかり遅かった様でカウンターのマスターの大きな溜息が聞こえた。

 そう、今日は帝都競馬の日だった。大人は本当に賭け事が――ああ、そういえばフレールお兄ちゃんもよくやってたなぁ。競馬予想にカードに……本当に男は何時までたっても成長しないとはこの事なのだろうか。

 

「競馬、だよな?」

「うん、多分……」

「こら! そっちも話しこまないで仕事!」

「はっ、はいっ!」

 

 二階からの恐怖の怒声にすぐさま返事を返し、私はリィンに飲み物を押し付けたのであった。

 

 ・・・

 

 

 丁度、お昼休憩という形で《キルシェ》を出ることに成功した私はリィンと共に公園のベンチに腰掛けていた。

 公園では写真部の部員だろうか、二年生と思われる貴族生徒が導力カメラのレンズをトリスタの街並みへと向けており、もう一人の部員と思われるニット帽を被った一年生の男子生徒が忙しなく辺りを見回している。

 部活の人たちも頑張っているのだ、私もリィンの力になれるように頑張らないと。

 

 やはりここは探偵が出てくる小説みたいに肝心の犯人もといラブレターの差出人、便宜上グランローゼさん(仮)と呼ぶことにしよう、彼女のプロフィールを推理する必要がある。

 ヴィンセント・フロラルド先輩の言う通り、手紙の文面で彼の事を先輩と呼んでいたのならば、彼女は私達と同じ一年生で間違いない。日曜学校ならば特定はかなり厳しいが、ニ学年しかない士官学院ならば二年生を先輩と呼ぶのは一年生以外ではあり得ないからだ。

 

 そして、文末に添えられていたとされるグランローズの押し花、そして彼女のニックネーム”グランローゼ”、そして三通のラブレター。この三つの事柄から、彼女はかなり積極的な性格なのではないかと思われる。

 

 まず最初に、グランローズの花言葉はド直球すぎるのだ。

 リィンの様な極僅かな例外を除けば男女問わず多くの人がすぐに分かる花言葉であり、その内容も”熱烈な求愛”と恥ずかし過ぎる。危ない花言葉のアネモネ等は流石に論外すぎるが、私ならクローバーの花の白詰草ぐらいにしておく。これなら男の人には分からないし、気付いてくれたらちょっと嬉しい。

 

 次に彼女のニックネームのグランローゼ。

 童話の登場人物であり実在した絶世の美女とされるグランローゼが由来なのは想像するに容易い。

 そして、あの童話の皇后グランローゼの名前を騙れる事から、グランローゼさん(仮)が自信家であることは間違いないだろう。そうでなければ、かの《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットと並んで帝国の歴史上で有名な美女の名を使うことなど出来るわけがない。恐れ多すぎるし、やっぱり恥ずかしい。

 

 最後に三通のラブレターとクッキーだが、私にとってはこれが一番彼女の積極的な意思を象徴していると思う。

 短期間に三通ものラブレターを出す等、普通の女子には出来ない。

 なぜなら女子が男子に手紙を出す時点で、文面にもよるが相手もラブレターだと把握できてしまうからだ。一通目で少なからず自分が相手に対して好意を抱いている事がバレてしまう以上、相手の好意的なリアクションが無ければまず二通目を出す心を折られてしまうからだ。

 そしてクッキーを添える等、最早……うーん。

 

「一年生で自信家か……うーん、アリサかラウラか?」

「リィン、殴っていい?」

「な、なんで……」

「ラウラな訳無いし、アリサは――と、とにかくそんな有り得ないでしょ。ほんと……」

 

 こんな所でアリサやラウラの名前が出てくるなんて、本当になんて鈍感なんだろうか。しかし、この間のアリサが風邪をひいた時も思ったのだが、リィンは鈍感な癖に口だけはいっちょ前だから問題だ。

 そんなリィンへの愚痴を心の中で呟きながら、私は一つの推測を明かした。

 

「多分、グランローゼさんは貴族生徒だと思うよ」

 

 これには私は自信を持っていた。

 ヴィンセント先輩は西部ラマール州の伯爵家の出身、少なくとも平民生徒が気軽に恋できる相手ではないのだ。

 帝都では事情は変わってきている様だが、少なくともこの士官学院へ通える平民生徒はそれ位は知っている。悪い言い方をすれば弁えている。

 よって消去法でもあるが、グランローゼさんの正体は貴族生徒に絞られる。

 

「なるほど……確かに納得できるな」

 

 私が一連の説明すると、彼は頷きながら同意してくれた。

 

「でも、Ⅰ組かⅡ組となると、私は知り合いそんなにいないんだよね。吹奏楽部のブリジットさんぐらいかなぁ」

「ブリジットか……そういえば、最近元気が無かったような気がするな……少し心配だな」

「……リィンって女の子と仲良いよね」

 

 よくよく考えたら、今もこうやって仕事中だった私を訪ねてこうやって話しているし。

 こういう面を見てしまうと、こんな男の彼女になんかなったら心労が耐えなさそうなので願い下げ――もっとも、リィンの方が私なんか願い下げだろうが。

 それでも彼を見ているとたまに思ってしまうのだ。私の心にフレールお兄ちゃんという想い人がいなければ、危なかったような気がする、と。

 

「ち、違うぞ? マカロフ教官に『ミントを呼んでこい』って依頼を受けたついでに音楽室にいた三人で少し雑談を……」

「……はいはい」

 

 逆に言い訳が”女の子と仲が良い俺”アピールになっているではないか、全く。

 

「とりあえず、エレナの推理をまとめると貴族生徒の1年生で、自信家でかなり積極的な性格ってところか?」

 

 リィンの言葉に首を縦に振って私は肯定する。しかし、実際そんな子が思い浮かばない――というより、知らないのが事実だ。

 

「自信家でかなり積極的な性格の貴族生徒か……」

「ごめん……なんか更に分からなくなってきたかも」

 

 自分で推測しておいて無責任ではあると思うが、私は頭の中で今あるヒントだけではこれ以上絞り込むのは難しいと結論付ける事となる。

 それはリィンも同じ様で、やはり花屋へと足を運ぶ必要がありそうだ。

 

 しかし、その前に私には少し気になることを聞いておきたかった。

 

「関係ない話なんだけど、私以外の子に頼ろうとは思わなかったの?ほら、アリサとか」

 

 本来は《キルシェ》を出たら真っ先に聞こうと思っていたのだが、ズルズルと推理に耽ってしまった為にタイミングを逃してしまっていた。やっと彼に聞くことが出来た。

 

「アリサか……確かに少し考えたんだけど、見つからなくてさ。ラクロス部にも出ていないようだし……」

「そっか……」

 

 

 それならば仕方ない。だが、リィンで見つけられないとは一体彼女はどこに居るのだろうか。逆にそちらの方が不安になってきてしまいそうだ。

 

 それにしても……こんな私が誰かの役に立つなら、誰に頼られても嬉しい。しかし、リィンは少し別だった。

 確かに、彼には色々とお世話にもなっているので頼られるのは凄く嬉しいし、一緒にいると私も楽しい。しかし、それ以上に気まずい気持ちになるのだ。

 

 私はアリサの気持ちを応援している筈なのに、どこか上手くいかない。

 あまり能力は無い筈の私なのだが、最初の自由行動日に彼と二人で生徒会の依頼をこなした間柄ということもあり、今日のようにリィンには頼りにされてしまう事もあったりする。

 それが、アリサに申し訳ないのだ。

 

「まあ、この依頼が終わったら旧校舎の探索もあるしな。その前に少し学院内を探してみるよ。とりあえず、ジェーンさんのお店に話を聞いてみよう」

 

 そう言って彼はベンチを立つと、色とりどりの花が置かれる花屋へと足を向けた。

 

 

「あら、君じゃない。また何か用だったかしら?」

 

 フラワーショップ《ジェーン》を訪ねると、店主のジェーンさんは開口一番にそう口にした。

 そして彼女は私を見て、「そういえば、隣の子はさっきとは違う子ね?」と少し眉を細めてリィンに視線を戻す。

 

「また? 違う子?」

「ああ、さっきフィーと――」

 

 なんでも園芸部で花を育てるために午前中このお店を訪れたフィーをリィンが手伝った、ということらしい。

 私と別れた後でフィーは部活に顔を出していた様だが――それにしてもリィンは……。やめやめ、これ以上考えても仕方ない。

 

 その後、少し渋るジェーンさんを二人で何とか説得し――主に相手方の承諾無しには依頼主のヴィンセント先輩へ伝えないと確約し、三名の学院生徒の名前を教えて貰えた。

 しかし……。

 

「うーん、おかしいなぁ。トリスタの花屋ってここしかないのに、買った人が三人しかいないだなんて。それもみんな平民生徒」

 

 私は足を動かしながらも自分の推測が外れていたことに違和感を感じていた。

 

「エレナの推理は納得出来るものだったけど、やっぱり間違ってたんじゃないか?」

「……むぅ」

 

 隣を歩くリィンは少しフォローはしてくれたものの、やっぱり既に私の推測は間違っていた事にしている。納得出来ない。

 でも、花屋で購入していない以上、反論しようもないのだ。

 

「それにしても……ヴィヴィ、ベリル、ロジーヌか。全員知り合いだから居そうな場所もわかるし助かったな」

「まったく……もう」

 

 リィンの言葉に深い溜息が出る。彼の顔が広いのは良い事だと思う、しかし女子にも顔が広いのは自分の友達の立場を考えたら複雑だ。

 

 しかし、ジェーンさんから聞かされたグランローズを購入した三人の名前にやはり納得がいかない。少なくとも三人共、ヴィンセント先輩が好きとは私には考えられないのだ。まぁ……ベリルさんはちょっと変だからあんまり喋ったこと無いのだけど。

 しかし、『恋が始まるのに理由は無い』とよく言われる様に”絶対”は有り得ない分野でもあるのは確かではある。まあ、あの三人に関しては俄に信じ難いが。

 

「ふぅ……それにしても今日は何度もこの道を往復するな……」

 

 ふと市内を流れる川に掛かる石橋を渡っている最中にリィンは口にした。

 

「ああ、他の依頼で? ちなみにどんな依頼だったの?」

「ああ、アンゼリカ先輩やトワ会長と一緒に――」

「……私さ……リィンって本当に節操無しに思う時があるんだけど……!」

 

 《キルシェ》で彼と会ってから二十分ほどだろうか。

 彼の口から聞いた女子の名前が両手の指の数を超えた所で、私は今度こそ盛大な溜息と共に少しばかり本音を吐き出した。

 

 

 ・・・

 

 

「ヴィヴィ」

「あ、リィン君じゃない」

 

 花壇の花達を眺めていた園芸部員が上目遣いにこちらに顔を向けて立ち上がる。どこか悪戯っぽい表情のヴィヴィ、どうせまた何か企んでいたに違いない。

 とりあえず私は彼女と軽く会釈し、その後リィンが事情を説明しグランローズの購入目的を尋ねた。

 ちなみにここに来るまでに訪ねたロジーヌとベリルさんはそれぞれ教会の式典用、部活動での儀式(?)用でありハズレときている。だから少しは希望をもちたいのだが――うん、違うな。

 

「なになに、それ面白そうね?」

「その反応……つまり君ではないってことだな」

 

 ですよね、だってヴィヴィだもの。

 少し色っぽくてスタイルも良くって可愛いヴィヴィは少なからず男子に人気だ。でも、そういう色恋の話は聞いたことがない。まあ、彼女自身がそういった話をネタにすることは日常茶飯事なのだが。

 

「だからいったのに」

「ふふ、まあねえ」

 

 ニヤつきながら肯定するヴィヴィ。

 

「それにしても……二人って本当に仲良いわよね。まさか――浮気?」

「ち、違う! っていうか、リィンは――」

「――は?」

 

 アリサの――という言葉を寸前の所で飲み込んだ。

 しかし、私はスイッチを踏んでしまったという事を満面の小悪魔顔のヴィヴィを見て悟る。

 

「……ノーコメント」

「へぇ……こっちも何か面白そうなことがありそうね。また後で聞かせてね?」

 

 ごめん、アリサ。多分、私ゲロっちゃいそう。

 

 

 ・・・

 

 

 結局、ここまで調査してもグランローゼさん(仮)の正体は未だ不明のままである。

 一番真実に近いと思われた花屋の情報も役に立つことは無く、私とリィンは依頼者へ残念な報告をするためにとある場所へと向かっていた。

 

 グラウンドの端、体育倉庫の裏がヴィンセント先輩の待つ場所らしい。なんでも付き人のメイドさんから隠れる為にそんな場所を指定したのだとか。貴族様も貴族様でやはり大変なのだろうと、私は少し同情する。

 

 乱雑に置かれた鉄製のコンテナの影、そこに白色の貴族生徒の制服に身を包んだ男子生徒の姿があった。

 薄紫色の髪に後ろ姿は至極まとも。きっと彼が”愛とパトスとエスコートの貴公子”なのだろう。

 

「ヴィンセント先輩――」

「おお!」

 

 リィンが彼の背中に声をかけると、途轍もない反応速度で振り返る。

 

「その娘がグランローゼという訳だな! ふむ、想像していた姿とは少々違うが、その喫茶店のウェイトレスのような姿もまた――」

 

 何やら勘違いをする彼に、私は体より心臓が数アージュは仰け反った気がした。

 うん、ミントの話の通りの人だった。

 

「えっと、私、違うんです」

「すみません、彼女は依頼を手伝ってくれた俺のクラスメートです」

 

 少し申し訳無さそうに私は否定し、リィンもそれに続く。

 そして、リィンが先輩に依頼の調査の結果を伝え、目の前の先輩は少し考え込むような顔をする。

 

「グランローゼが貴族生徒であれば帝都の花屋や実家の領地から取り寄せるというのも可能だが……」

「えっ、じゃあ……」

 

 私の推測通りなら、花屋で買っていない可能性も――。

 そこまで考えた所で突然の大きな野太い声が私の思考を遮った。

 

「あ、いたいた~! 私のヴィンセントさま~んっ!!」

「な、なんだ貴様は……!? 一体、私に何の用だ!?」

 

 私とリィンはこの場への突然の来訪者に驚き、顔を見合わせる。

 目の前のヴィンセント先輩と同じ白色の貴族生徒の制服に身を包んだ――まるで巨大な、Ⅶ組で一番大柄なガイウスより横幅はありそうな体躯の女子生徒を目にしていた。

 

「ムフフ……実は、このあたしこそが《グランローゼ》と言ってもですかぁ?」

 

(ええぇーっ!?)

 




こんばんは、rairaです。
さて今回は予告通りほんの僅かですが”あの子”の初登場となりました。
実際はリィンの主人公パワーの片鱗をエレナが知るお話――いえ、知っていたのですけどそれを再確認させられるお話といった所でしょうか。

少し執拗いとも思ったのですが、ここぞとばかりにリィンの頑張りをかかせて頂きました。実際ちょっと…って感じですもの。笑

ちなみに原作でのリィンの行動はプレイヤーの匙加減次第なのですが、この物語での彼は全てのキャラクターの絆イベント+エレナ関連をこなしているという設定ですので、二周目以降のプレイヤー以上の更に忙しいお方となっていたりします。

次回は自由行動日の夕方~夜のお話となります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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