「いやぁ~、今日はホンマに助かったわ」
「まったく、バイトのブッキングだなんて本当にベッキーらしいな。俺からも一応お礼を言っておくよ」
向かい合わせでテーブルに座っているのは、私と同じくバイト仲間のベッキーと実は帝都で商売をしている実家を持つヒューゴ。
「ううん、いいんだよ。ちゃんと私がお仕事してるって言えるぐらいお金落としてくれてるし」
「アンタ、のほほんとしてそうで結構キツい事言うんやな?」
ベッキーの顔が少し不敵な表情を作る。
「まあ、お陰でバイト代も色つけてもろうたしなぁ~」
彼女は懐からおもむろに茶封筒を取り出し、中身のミラ札を数え始めた。
「ほんと現金な奴だよな」
「あはは、いーなー。私もおまけして欲しいなぁ」
軽く五千ミラを超えるベッキーの手の中の紙幣は素直に羨ましかった。
「アンタはもうちょっとがっついて働かんとあかんで。サボってる風に見えなくもないしなぁ」
「え、ええー…?」
そこそこ仕事しているではないか、一応。そりゃあ、がっついては無いかもしれないけども。
「そんなんやと、ケルディックじゃ通用せんで? アンタも酒屋の娘やろ」
(ケルディックで通用する商才があっても、あっち程お客がいないんだけどね……)
まあ、こればかりは大市という特記すべき商業資源のあるケルディックで生まれ育ったベッキーには中々分からないかもしれない。
「うちはカウンターで昼寝してても売上立つからなぁ……お祖母ちゃんに怒られるけど」
所謂、お金がカウンターに置いてあって、品物が無くなっている、自動販売機というパターンである。人口が少なく住民皆顔見知り状態の村ならではの芸当だとは思われるが。
但し、この販売方法には最大の難点がある。そのお客さんが次来た時に、お祖母ちゃんに私が居眠りしていた事をほぼ確実にチクるのだ。こうして私は怒られる。
「なんちゅーやる気の無さや……南の奴は怠け者いうけど……」
テーブルに項垂れるベッキー。私はそんなに呆れられる様な事を言ったようだ。
「ヒューゴも何か言ってやってや! まったく商売ちゅーもんを分かってへんわ!」
「まあ、俺はケルディックの屋台みたいな小粒な商売もあんまり評価してないんだけどな。さてと、そろそろ列車の時間だからまたな」
「これだから帝都モンは! 商売とは熱意やろが! っちょ、待てや!」
ヒューゴを追うベッキーが、声を上げながら慌ただしく店を出たのを目で追う。
「商売は……熱意、ねぇ……」
二人が飲み終わったグラスをカウンターへ下げながら、溜息を付く。
文字通り一息つく間の後に、ドアベルが心地良い音を鳴らす。そろそろ日も落ちてきた頃、忙しくなってくる時間なのかも知れない。
「はーい、いらっしゃいませ――」
「バイトお疲れさま」
そう私に労いの言葉を掛けてくれたのは、お店に入ってきたアリサ。
少なからず私は慌てる――まさか、今日の昼間の事を聞きに来たのでは……そして、なによりこの店の中には、今あの子がいる。
そっと左手の窓際の席を窺うと、ピンク色の髪の姉妹の片割れと目線が合い、彼女はしっかりとウインクを送ってきた。うん、終わったかも知れない。
「あ、ありがとー、って……珍しいね……?」
「やぁ、会えて嬉しいよ」
アリサに少し遅れてその後ろに立ったのは、私よりも背の高い黒色のライダースーツ姿が羨ましいボディラインを見せ付けてくるアンゼリカ先輩。
「えっと、席は好きな所座ってね。注文決まったらいつでも――どうしたんですか……?」
彼女に何か撫で回すような視線を向けられている事に気付く。そしてこの先輩が要注意人物だった事を思い出すのだった。
「ふむ……ウェイトレス姿も可愛らしいじゃないか……! ええと、常連は女の子をお持ち帰りできるルールだったかな?」
「えっと……お、お品物のみテイクアウト頂けます……」
「はっはっは、照れてる君も――」
「ア、アンゼリカさん、早く座りましょ?」
アンゼリカ先輩は周りを憚らず、昼間のヴィンセント先輩と同じレベルの感想と更に突拍子も無い事を言い出す。私は勿論だが、一緒に来たアリサも恥ずかしくなった様に彼女を急かした。それにしても、この二人は一体どんな関係なのだろうか。
彼女達からのオーダーを受けて用意された飲み物をお盆に乗せて運びながら、私は先程と同じ事を考えていた。
「お待たせしました」
一応、一礼してからアリサとアンゼリカ先輩の前へそれぞれ一つずつカップを丁寧に置いた。
「ありがと」
「ふふ、そういえばエレナ君は忙しいのかい?」
「ええっと……そんなー……ことは無いんですけど」
丁度この時間は学生タイムだが、案外と忙しくはない。ドリーさんは宿泊客の為の準備で二階におり、カウンター内のマスターはまだ少し暇そうだ。
私といえばなんでこの場に居るのかが少し謎なぐらいに楽な仕事内容だ。
まあ、そう言えるのもこの一階にいるお客さん全てが知り合いだったりするからなのだが。だから、こうして立ち話していても特別咎められるような事も無い。
というより、マスターなんて朝から晩までお喋りしかしていないではないかと思う程だ。まあ、常連客とのお喋りは酒場のマスターの立派なお仕事と言えば間違いではないのだが。
しかし――ヴィヴィの事を考えると正直、どう弄ばれるかどうか分からないアンゼリカ先輩とはあまり話したくない。そして……アリサのことも……。
「それだったら、ちょっと私達と一緒にお喋りといかないかい?」
心配しなくていいよ、ドリーさんは昔からよく知っているから――と、私の懸念事項という最後の砦も陥落させようとしていた。
「えっと……」
どうやってこの場を切り抜けようか悩む私の思考を遮るように再びドアベル鳴った時、私は誰であろうとも私の救世主には最高に丁寧なおもてなしをしようと決意した。
自腹でサービスを付けるのも悪くないだろう。
「いらっしゃいませっ! 何名様――」
しかし、そんな思惑は扉の方へ私が満点の笑顔を向けると共に打ち崩された。
「……リィン」
・・・
結局、仕事中だというのに座ってこそいないものの、私はテーブルの傍に立って話に混ざっていた。
幸運なのか不幸なのか、あれ以来お客さんは来ていない上に本日の宿泊予約はゼロ。 つまり、仕事は無いに等しい。一応の準備はドリーさんが済ませてしまい、彼女は奥の部屋で今は休憩中だ。
リィンが来たことによって夕方のティータイムは盛り上がり、私が先程から気になっていたアリサとアンゼリカ先輩の間柄についての疑問も解消することが出来ていた。
そういえば、アンゼリカ先輩の実家はノルティア州を治めるログナー侯爵家であり、州都のルーレ市に実家があるのだ。同時にルーレ市にはアリサの実家であるラインフォルトも本社置いており、二人は同郷の出という事になる。話によると昔から付き合いがある様で、アンゼリカ先輩が御屋敷抜けだしてバイトをしていた等の突拍子も無い話も聞けた。
リィンも突っ込んでいたが、《四大名門》に名を連ねる貴族がバイトだなんて……流石はアンゼリカ先輩といった所か。
「それにしてもアンゼリカさんとは本当に付き合いが長いですよね。学院で再会できて素直に嬉しいです。」
「ふふ、こちらこそ。折角だからアリサ君、君もエレナ君の様に私のモノにならないかい?きっと新しい世界を見せてあげれると思うよ?」
「わっ、私、アンゼリカ先輩のモノになるなんて言ってないじゃないですかっ!」
いつからアンゼリカ先輩のモノにされたんですか私は! 全く油断も隙もない!
その後、アリサはきっぱりと先輩のお誘いを断り、ティーカップを手にとって口元へと運ぶ。
中身のミルクティーを一口味わい音も無くソーサーへと戻す一連の上品で美しい仕草に、私は思わず見入ってしまう。
(やっぱり、お嬢様だなぁ……)
「どうかしたの?」
「う、ううん。なんでもない」
そんな二言のやり取りの後、アリサは少し遠慮しがちに口を開いた。
「そ……そういえば私、さっきリィンから二人で依頼をこなしたって聞いたんだけど……」
「ほう……私達の所にはなんで連れてきてくれなかったんだい?」
アリサからは私に、そしてアンゼリカ先輩はリィンへと。
やっぱり聞かれてしまった。この話題は出来れば避けたかったのだけど…これでは逃げることも出来ない。
結局、リィンと二人で昼間の出来事をアリサとアンゼリカ先輩に説明することとなった。
「ヴィンセント君と1年のマルガリータ君か。フフ、面白い話を聞いてしまったよ。」
「……ねえ、生徒会ってそんな下らない依頼まで受けるの?」
私も本当に同感です。トワ会長は生徒会の仕事の激務で朝から晩まで学院にいて、更に寮に仕事を持ち帰ってるのだという。こんな下らない依頼がホイホイ生徒会に届けられる事が、彼女の物凄い仕事量の理由の一端なのではないだろうかと少なからず思ってしまう。
「いや……一応、依頼を受けるか受けないかはこっちの裁量なんだが――まあ、今日の依頼は比較的楽な内容だったからな」
「ハハ、言ってくれるね」
そういえばあのラブレター依頼の他に、リィンが受けた依頼はアンゼリカ先輩達からの物だったっけ。
「ふーん、それなのに仕事中のエレナに助言を貰いに行って手伝ってもらった、と」
「あ、あはは……でも私は一応、休憩中だったから、別に……」
そうは言い訳しても、実際どうしようもない。アリサは少しすね気味にツーンとした態度のままだし、リィンは何も分かっちゃいない。アンゼリカ先輩はニヤニヤしながら見ている。
うん、ここは話題を変えよう。
「そういえば、リィンとアリサは今日はどうだった?」
「えっ……!?」
途端に顔を真っ赤に紅潮させるアリサ。
「ふむ……少し君への評価を改めないといけないみたいだね?」
「ど、どういうことですか……?」
「そ、そうですよ!」
リィンとアリサは口にする言葉の上では同じ様な反論だが、実際は全く異なる。”意味がわからない”といった素振りのリィンに対して、アリサは最早完全に照れ隠しだと分かる。
「え、ちょっと二人共。旧校舎で何かあったの?」
「そ、そうね! 今回は結構苦戦したわね! そうよね、リィン?」
「ああ、確かに閉じ込め――っ! ……あの怪光線を放ってくる最後の魔物は予想以上に厳しい相手だった」
何かテーブルの下で鈍い音がしたのは気のせいだろうか。そして、何か変な声も。
後で絶対、アリサには何があったのかを聞こうと決めた。
・・・
「っていうことがあってさ……」
「それはお疲れ様ね…学院中探しまわったのと同じじゃない」
リィンが旧校舎の探索後にした人助けの話を聞きながら、本当に彼はお人好し過ぎると痛感する。
「ふむ……《アーベントタイム》か。そういえば、その番組のパーソナリティの女性は二年でも中々人気なものだよ。まあ、二年生は寂しい男子が多いというのもあるかも知れないがね」
無責任にそう言い放つアンゼリカ先輩に、私達三人は苦笑いしか浮かべられない。
クロウ先輩が先程の言葉を聞いていたら絶対に声にだしていただろう、『誰の所為だ!』と。
最近になって知ったことなのだが、現に今の二年生だけ何故か学院内で付き合うカップルが異様に少ないのだという。真偽の程は定かではないが、クロウ先輩によるとアンゼリカ先輩の影響が大きいのだとか。
「はは…エレナは聞いていたりするのか?」
「私は導力ラジオ、持ってないんだよね」
「そういえば無かったわね」
「結構みんな持ってるけど、ちょっと高くてね。今は難しいかなって」
まあ、導力ラジオなんてここトリスタに来るまで存在すら知らなかったんですけどね!
リフージョの村には導力通信機すら無かったのだ。ただでさえ導力化から取り残され掛けているド辺境に放送の導力波が届く訳もない。
都会の子はホントに羨ましいと思う。
「そうか……じゃあ、今晩俺の部屋に来ないか?」
「……は?」
「……え?」
「……ほお……」
リィンの声が私の脳内で繰り返される。
ジャア、コンバン、オレノ、ヘヤニ、コナイカ?
『じゃあ、今夜は俺と一緒に寝ないか?』、一緒に、寝る!?
「えっ……えっ……うわ……ちょっと……」
「ちょっとリィン! こんな公衆の面前で何――!」
椅子が勢い良くひっくり返る音と共に、アリサがリィンに食いかかった。
「ど、どうしたんだ、アリサ? 《アーベントタイム》は九時からだから、バイト上がりでも充分間に合うと思ったんだが……」
「……はい?」
(――あ、あれ?)
『俺の部屋に来ないか』の正体は、ラジオを聞こうという提案だった。本当にこの男はとんでもない言い方をしてくれる。
心臓が止まりかけたと言っても過言ではない筈だ。少なくともここ一か月で一番心臓に悪かったかも知れない。
「あ、ああ! そっか! ……えっと、いいの……?」
「……な、なんでこっちに聞くのよ?」
誤解こそ解けたものの、頬を染めたアリサはその顔に不機嫌さを隠さない。
「え、でも……」
不味い、これは不味い、本当に不味い。
いつもいつもなんで、こんなに上手くいかないのだろう。
「じゃ、じゃあ、こうしよう! アリサも一緒に三人で《アーベントタイム》聴こうよ! 一人で聴くより絶対楽しいって!?」
結局、私の提案通りに事は運ぶのだが……一分程で話が纏めた割には途轍もない疲労感を感じさせられた。主に精神的な。
「まったく、お持ち帰りを熱望する私を差し置いて両手に花のまま自室に連れ込むとは……本当に君は困った男だよ」
そんな私達の姿にアンゼリカ先輩が手を大きく広げ肩を竦め――そして、私は視界の端でニヤつくヴィヴィを見て、彼女の存在を今迄完全に忘れていた事に気付くのだった。
・・・
夕食後、シャワーを浴びてから約束通りに私はリィンの部屋を訪ねていた。
ベットに腰掛けてこちらに顔を向けるリィンの、丁度彼の脇に白い便箋と封筒があるのに気付く。
「あれ、手紙?」
私は彼の前に少し屈んでその手紙を指差し、彼が口で肯定しながら頷いた。
「……まさか、ラブレターとか?」
「ヴィンセント先輩じゃあるまいし……そんなにモテたら苦労しないよ」
実際、モテてるんですけどね、と心の中で彼にツッコミむものの口には出さない。仮にこの場で私がアリサの気持ちを漏らしたとすれば、それは裏切りだと思う。恋とは自分で進めなきゃいけない筈――それにアリサも実際はどこまで本気なのかも私には分からない。
「じゃあ、誰から?」
「帝都の女学院にいる妹からだよ」
「へぇ、リィン、妹さんいたんだ。うん、まあ何となくそんな気もしてたかも」
彼は少し驚いた表情を向けて来る。
「なんというか……お兄ちゃん、って感じなんだよね。雰囲気が」
そう話しながら、私は少し勢い良くリィンの隣に腰掛けた。ベッドのマットレスの反発がどことなく心地良い。
彼は優しくお人好しであるのと同時に、面倒見の良い部分もあり気遣いも出来る。但し、自分に向けられる好意には疎いが。
「なるほど……確かに何となく察しがつくな。俺から見るとエレナも分かりやすい妹の様に思う」
「うん、そうだね。実際には違うけど、やっぱり年上の幼馴染と殆ど一緒に育ったからほぼ当たりかな」
私にとっては実の兄妹より仲が良かった自信もある。
「その人が噂の彼氏さんか?」
「彼氏じゃない! けど……まぁ……」
「はは、仲が良くて羨ましいな。こっちは最近は急によそよそしくなってさ……男兄弟なんて嫌われるものだと諦めていた所だよ」
「うーん……よそよそしい……ねぇ」
「やっぱり、年頃の女の子は難しいよ。実際、妹の側から見たらそこの所はどうなんだ?」
私に置き換えて考えると――よそよそしい……つまり他人行儀や冷たく親しみの無い態度といった所か。
(うーん、それって単純に恥ずかしいだけじゃ……照れ隠しとか。)
「リィンのお家のことも、妹さんの事も分からないから、なんとも言えないけど……」
リィンの実家は列記とした帝国貴族である男爵家だ。彼は貴族然な生活はしていないと前に語っていたが、私のような庶民とは家庭事情が違うことは想像するに容易い。それ以前に人の気持ちなんて人の数だけあるのであって、絶対の言葉は有り得ないので確証は全くない。
「そういう反抗期というか、兄弟が嫌いになったとか、そういう訳じゃないと思うんだけどなぁ」
本当に嫌いだったらまず手紙は送らないだろう。
そして手紙とはある意味では返事を期待して送るものである――これは私だけかも知れないが。相手からの手紙が欲しくて送る以上、少なくとも相手の事を気にしているのは確実なのだから。
「そうか、それなら少し安心だけど……」
「リィン、妹さんの事大好きなんだね」
「いや、もう大きいしそんなに心配をしている訳ではないんだ。だけど、兄として大切な妹の事を考えるのは当然だと思うしさ」
真剣な、それでいてどことなく優しさを感じさせる彼の横顔。そして、彼の眼差しは机の上の写真立てへと向けられていた。
なんというか、リィンの妹さんは幸せ者だと思った。まあ、少し過保護の匂いもそこはかとなく感じるが。
「ふふ……頑張れっ、リィンお兄ちゃん?」
良き兄を地で行くリィンに感心して私がガッツポーツを見せ付けると、彼は先程までの真剣な顔つきとは一変して噴き出したように笑い始める。
「あ、あれ?」
「……い、いや、お兄ちゃんって呼ばれるのは意外と新鮮というか……」
「えっ。じゃあ、妹さんにはなんて呼ばれてたの? 兄さんとか?」
「……兄様、かな」
「おお、貴族様っぽい!」
こういう所は少なからず感動してしまう。ラウラが入学式の朝に執事の方に、さらにアリサがシャロンさんに『お嬢様』と呼ばれていた事にも同じ様な感動を覚えたが、やはり私にも貴族やお金持ちへの憧れというものはあるのだと思った。
「リィン兄様かぁ……ふっふ、リィン兄様、リィン兄様……!」
「は、恥ずかしいからやめにしないか?」
「そーう?今度私も試してみようかなぁ」
フレール兄様――って、超恥ずかしい!
「そういえば、リィンの妹さんって歳は幾つなの?」
「十五歳だな。まだ社交界デビューはしていないんだ」
「いっこ下かぁ」
「そうか、エレナは俺達より一つ年下だったな」
「どうしたの? 何を今更……」
Ⅶ組で最年少はフィーだが、私とエリオット君も他の皆より一歳年下となる。
「確かにあまり意識はしていなかったな。同じ学年だしな――って、そろそろ五十分か……アリサ、遅いな」
「あ、じゃあ私、呼んでくる」
「いや、俺が行こう。ついでに下で何か飲み物でも取って来ようと思うんだが、何がいいかな?」
「えっとじゃあ、普通のお水で?」
「わかった。悪いけど少しの間待っててくれ」
これはいい兆候なのだろうか、と考えながら私が彼の背中を眺める。それにしてもアリサは何にそんな準備をしているのだろうか。
「あれ――?」
「ご、ご、ごめんなさい。遅くなって……!」
リィンの影になりここからでは声の主は全く見えないが、とても慌てた様子である事は窺えた。
・・・
『皆さんこんばんは。毎度おなじみミスティです。帝都近郊トリスタ放送より6月20日午後九時をお知らせいたします。《アーベントタイム》のお時間です』
ポップな曲調なBGMと共に聞き慣れない女性の声が彼女の名前と時刻、これから始まる番組の名前を告げる。
《キルシェ》ではよくラジオが流れていたので放送自体に物珍しさは無いのだが、こうやってちゃんと耳を傾ける時間は私にとって初めてであった。
ミスティと名乗る声の主は、先週の長雨で自らの休日の予定を潰されたことをぼやく。まあ、誰でも雨は気分が憂鬱になるもんね。
『さて六月下旬――帝国各地では《夏至祭》で盛り上がっている所も多いのではないでしょうか? 《紺碧の海都》オルディスでは湾内を無数の篝火で埋め尽くすという幻想的な光景が見られますし……《白亜の旧都》セントアークでは五日に渡る夜祭が開かれますよね』
(《夏至祭》……)
今日は6月20日、明日には故郷のリフージョでも《夏至祭》本番となる。まあ、もう既に前夜祭の様な形でどんちゃん騒ぎをしているのだが、大きな焚き火を取り囲む日は夏至当日の一日しか無い。
故郷の人たちは皆どうしているだろうか。そして、フレールお兄ちゃんは――数週間前に見たあの夢がここの所ずっと、昨日の様に思い出される。
私、こんなに寂しがり屋だったっけ。
私は椅子に座りながら、机の上に置かれた導力ラジオをぼーっと眺めているのを辞めて、ベッドの方へと顔を向けた。
先程まで私が座っていた場所には今はアリサが座っており、彼女は少し落ち着かない様子でチラチラと隣りのリィンを気にしている。そんな彼女の姿を眺めていたのだが、リィンと目が合ってしまい話題を振られてしまった。
「南部は《夏至祭》を盛大に祝うって良く聞くけども、エレナの故郷でもそうなのか?」
「えっと、やっぱり準備や後片付け含めて二週間位はそんなムードだね。みんな浮かれてお仕事にならないかも」
但し飲食関係、特にうちの様な酒屋や何時もに増して大人達の溜まり場となる酒場は除いて、だが。
酒屋にとっては年数回ある重要な稼ぎ時の一つでもある。
「特に大きなイベントも無いルーレ市とは大違いね……」
「ああ、ユミルも一日しか祝わないからな……逆に少し羨ましいな」
そんな私達の雑談の裏でパーソナリティのミスティは、次の休暇には鉄道旅行をしたいと語っていた。
クロスベル等有名な都市の名を取り上げて紹介している。
『……鉄路の果て――厳しくも美しい自然が広がるという《ノルド高原》なんかもロマンをそそられてしまいますよね』
《ノルド高原》ってガイウスの故郷だった気がする。ドライケルス大帝の挙兵地であるその地名は、帝国史の苦手な私でもわかる。勿論、ユーシスに教えて貰う前からちゃんと知っていた位だ。
『…分かってます、ディレクター。あり得ない夢を見ただけですから』、と少し拗ねたようなミスティの声。
ラジオの放送に関しては殆ど何も知らないのだが、彼女が話しかけたのは近くで指示を出している人なのだと思う。
『それでは今週のハガキのお時間ですね――』
楽しい時間は過ぎるのが早いとよく言うが、それは本当だと思う。子供の頃は一日がとても長く感じられた筈なのに。
初めて耳をちゃんと傾けて聴いたラジオ番組の三十分はあっという間に終わってしまっていた。
「さって、私は明日も朝早いから一足お先に寝るね。リィン、聴かせてくれてありがとっ。面白かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「じゃ、アリサもまたね。ゆっくりしていってね」
「え、ええ……」
ゆっくりと、優しく丁寧にドアを閉めると、やっと心の錘が無くなったような気がした。
「なんだかなぁ……。羨ましい」
故郷を含めて帝都を除いた帝国各地では《夏至祭》の真っ最中。
祭りの由来であり、一年で一番日の長い夏至は明日だ。若者の縁結びのお祭りとしての意味合いもある《夏至祭》。
好きな人と一緒になれるお呪いも多いが――私の知る限りそれらは全て、一緒にいる場合のみ、なのだ。
「私、寂しいよ」
・・・
【おまけ】
「ゆっくりしていってね……って、ここは俺の部屋なんだが……」
「へぇ……私が居たら駄目なのかしら?」
「い、いやそんな事は――」
こんばんは、rairaです。
さて今回は6月20日の自由行動日夕方~夜のお話です。
前半部は《キルシェ》でのバイト中になりますが…前回もそうですが少しは仕事せんか!って感じですね。『商売は熱意』という言葉が表す通りのベッキーとは仕事への取り組み方は圧倒的に違います。
まあ、土地や気質の違い…という事にしといてあげて下さい。
それよりもベッキーの関西弁が難し過ぎました。これで良いかのも分からないので、少し時間の空いた時に原作をプレイして確認して来ます。
後半部は主に妹の話とラジオの話となります。
この話を書いていて思ったのですが…この物語においてエレナには16歳設定の明確な理由があるのですが、原作でエリオットの16歳(1歳年下)の件って何か触れられていたりしていた覚えがないのですよね。何故、皆より年下になっているのか…疑問ですね。
次回は遂にあの男の登場です。次回以降、多少重い展開が続く予定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。