光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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6月23日 傷付ける言葉

 一年で一番日の長い夏至も過ぎ、段々と暖かくなる初夏。

 まだ六時ちょっと前にも関わらず、日は昇っており既に辺りは真っ昼間の様だ。

 そういえば日曜学校の理科の授業で習ったことだが、帝都は北に位置する為、サザーラント州と比べると少しばかり夏は日は長く、冬は日は短いのだとか。

 

 そんな事を考えながら、私は手紙を手にして駅前のポストを目指す。

 あまり大きくないトリスタの駅舎が目に入った時、赤色のポストの前に見知った人影を見つけた。

 

「あれ、リィン?」

「エレナか……早いな?」

「特訓、朝の日課だからね。手紙、出してたの?」

 

 ああ、とリィンは肯定する。

 

「へえ……妹さんへの返事?」

「いや、これは実家のだ。何だかんだ返すのが遅くなっててさ」

 

 あ、凄い分かる。実家からの手紙って返事を返すの遅くなりがちだよね。リィンの事情なんてお構いなしに、勝手に親近感を感じてしまう。だが、問題はそこではない。

 

(リィン、まさかまだ……)

 

「……ちゃんと、妹さんにも返事、送らなきゃ駄目だよ?」

 

 手紙は返事を期待して送るようなものだ。少なくとも私にとっては。それなのにフレールお兄ちゃんは手紙を出せとは昔から言うものの滅多に返事は帰ってこない。便りがないのは元気な証拠ともいうし、もう彼のいい加減さには慣れっこだが、こういう所は昔からむかつく。そして、それ以上に私なんか相手にされていないようで寂しい。

 リィンの妹さんの事は”帝都の女学院に通う私のいっこ下の子”ぐらいしか知らないのだが、なんとなく私は彼女を自分と重ねあわせてしまって、自分と同じ気持ちなんじゃないかと勝手に想像してしまうのだ。

 

「ああ、エリゼ――妹には返事を書いて次の日には出したよ。帝都は近いからそろそろ届く頃なんじゃないかな」

 

 前言撤回。流石、リィン。超羨ましい。

 

「さっすが、リィン兄様。やるぅ」

「だから――」

 

 最近のちょっとした私のマイブームは彼の事を”リィン兄様”と冗談で呼ぶことだ。リィンは『恥ずかしいからよしてくれ』と言うものの、彼の恥ずかしがる反応込みでツボに入ってしまっていてこれが中々辞められないのだ。

 

「ふふ、帝都は近いからすぐ返事出さないとバレちゃうから?」

「それも無くはないけどな……」

 

 苦笑いするリィンに、案外と妹さんには頭が上がらないのだと感じた。

 

 帝国の郵便制度は帝国政府と各州によって担われており、当然ながら基本的に遠方であればある程時間が掛かる。

 マキアスとエリオット君によるとトリスタから帝都への郵便は早くて3日、遅くて5日といった所らしい。それに対してユーシスによるとバリアハートまでは遅くても1週間程度であり、更に私の実家のあるリフージョ村までは2週間は確実にかかる。リィンの実家のユミルも帝国内では結構交通の便の悪い場所の様なので、郵便はそれなりの時間が掛るだろう。つまり実家に送るのであれば数日は遅れても誤差の範囲内だが、帝都内宛では数日でも返事をサボるとバレてしまうのだ。

 

 ふと私は手元の封筒に目を落とす――”Parme, Sutherland Prov.”。

 この手紙が届く頃には既に月が変わっているかも知れない。《夏至祭》も終わり暑い暑い夏の本番といった所だ。その頃にはポストの奥のウッドフェンスに弦を伸ばす朝顔も綺麗な青や赤紫色の花を咲かせているに違いない。

 忙しくも充実する学院生活に流せれるままで気付かなかったが、あっという間に季節は変わろうしている。

 

(お返事、返ってくるかなぁ……)

 

「手紙、出さないのか?」

「あっ、ごめん。少し考え事しちゃってた」

 

 フレールお兄ちゃんへの手紙をポストに無事投函した後、丁度良いので私達二人は一緒に学院へと歩いていた。

 早朝の静まり返った駅前の公園のベンチには、この辺りでよく見かける上品そうな黒猫が欠伸をしていたが、生憎今は何かあげられるような物は持っていない。いつもだったらお菓子ぐらいは持っているのに少し残念だ。

 

「そういえば、手紙出すにしても少し早すぎない?」

 

 まだ朝日は大分明るいとはいっても、まだ六時前だ。流石に早過ぎるだろう。

 

「試験勉強もあって少し身体が鈍ってたからな、俺もエレナと同じ様に特訓だ」

「なるほど……強い人ってやっぱり努力してるんだね」

「はは、俺なんてまだまだだよ」

 

 上には上がいる、って事でしょ。口には出さないが内心冷めた事を考える。

 リィンが普通の人より上なのは見なくても分かるし、そうゆう謙遜は正直羨ましい。

 

「今日の中間試験の結果発表も気になって仕方無い位さ」

「それは完全に謙遜だね!リィンはもうちょっと自信持てばいいのに」

 

 リィンで自信が無かったら、私なんてどうすればいいか。謙遜も考えものだ。

 

「そ、そうだな……。ちなみにエレナはどうなんだ?中間試験は」

「最初は自信あったんだけどねー……」

 

 アリサ、エマ、ユーシス……私に頑張って教えてくれたⅦ組の三賢人もとい三先生。彼らが試験終了後からボロクソ言うもんだから、私の自信なんて掻き消えてしまっている。

 それでも一昨日ぐらいまでは試験が終わったという解放感に浸っていたのだが……残念ながら今となっては膨らむ不安の方がどうやら優勢になってきている。まあ、実家のお祖母ちゃんもこの名門士官学院で私が良い成績を採れるなんて思ってもいないだろうから、最悪ブービーでも怒ったりはしなさそうなのが唯一の救いか。

 

「……なんかもう、よく分からなくなってきた。うん、卒業まで大きな試験は後3回もあるんだし……深く考えないことにする」

 

 内心結構不安だが、一応口では強がってみる。

 

(とはいっても……赤点取ったらやばいよね……)

 

 赤点の場合は補修と再テストに、1か月の奉仕活動が言い渡されるのだという。そして、前にトマス教官に言われた通りバイトの為の校外活動許可の取り消しもあり得るとしたら――私は今後どうやって生活していけばいいのだろう。頭を抱えたくなる。

 

「あんまり適当にやっているとクロウ先輩みたいになるぞ?」

 

 隣を歩くリィンは苦笑いしながら、クロウ先輩を引き合いに出して私をたしなめた。

 

 うん、わかってる。あんな先輩にはなりたくない。

 

 

 ・・・

 

 

 校舎の廊下に張り出された生徒全員の中間試験の結果。左から順位、氏名、クラス、総合点数の順にずらっと約100名分のリストを私は必死に目で追っていた。

 

 同点1位のエマとマキアス、3位のユーシス、7位のリィンに8位のアリサ――この二人は順位まで隣り合わせとはなんとも仲の宜しいことで。後で誰も見てない時に赤の色鉛筆で溢れんばかりに沢山のハートでも書いてあげたい気分だ。

 その後、ラウラとガイウスが続き少しの間を空けてエリオット君の名前を見つけた。

 

(目算だと800点は超えていたはずなのになぁ……)

 

 今見ている場所はもう既に700点台に入っている。順位にして50位台――あ、あった。

 

「エレナ・アゼリアーノ……60位、702点……」

 

 7割も取ったのに60位、下から数えた方が早い順位だったことに肩を落とす。

 

「フン、まあ及第点といった所か」

「充分よく頑張ったと思いますよ?」

「うーん」

 

 私の呟きを聞いた、ユーシスとエマが褒めてくれる。

 ユーシスが”及第点”と言ってくれるのは決して悪い意味ではない。ユーシス様語なので、ちゃんと翻訳すると『よく頑張ったな。』といった所だ。

 しかしそう言われても少し納得がいかないのには変わりはなかった。

 

「むぅ、負けたか」

 

 と、呟くフィー。彼女の名前は72位の所に記されている。

 あれ、案外いい点数?フィーとは共にエマとアリサに試験勉強を見てもらっていて、私と比べてもまだそれなりの差はあると思ってたのに、かなり頑張ったのかもしれない。

 

「基礎学力の違いから考えると、エレナと同じ勉強量でここまで点数取れるって凄いことよ?」

「そうですよ、フィーちゃん。これからも頑張りましょうね?」

「ん……気が向いたら」

 

 フィーも褒められて満更でもない様だ。試験勉強前は良くエマから逃げてた癖に。

 

「逆に10年も日曜学校に通ってたのにも関わらず、たったの100点差とはな」

「う、うるさいっ!ここはフィーが頑張ったのを褒める所でしょ!」

「文句があるのならば順位表の一枚目に入ってから言うんだな」

 

 時に偉そうでキツいユーシス様語にはムッと来る時がある。もうちょっと言葉を選んで欲しい。

 

「あっちにも何か貼ってあるよ」

 

 フィーが指さしたのはクラス別平均点の順位。私達の1年Ⅶ組はクラス平均点857点でリストの一番上にいた。

 

 まあ、予想はしていたんだけど……。1位から3位まで表彰台であれば完全独占であり、何よりクラスの半分が一桁台の順位なのだ。

 というより、Ⅶ組でクラスの平均点以下は私とフィーとエリオット君しかいない。何たる格差社会。

 

 なまじある程度高い点数を取れると思ってただけあって、少しばかりショックだがこんなもんなのかなぁ。

 いやいや、逆に考えればトールズの様な名門校で学年の真ん中辺りに入れるって――

 

「――私、実は結構凄いんじゃ!、か?」

「はっ……口に出してた?」

「いや、そんな顔をしていただけだが。どうやら当たりだった様だな」

 

 は、嵌められた。なんて性格の悪い!

 目の前のユーシスは小さく溜息を付いて続ける。

 

「全く……60位ごときでおめでたい発想が出来るとはな。そのお花畑頭の構造が俺は知りたいぞ」

「くううっ!」

 

 ホントにユーシス様は!

 しかしユーシスが教えてくれた帝国史と政経といった教科は中々良い点数を取れており、彼には感謝してもしきれない。ただまあ、少なからず彼の有無をいわさない冷たい視線によって突付けられた恐怖心にから来るものもあったとは思う。彼に教えて貰った教科の点数が悪かったら、何を言われるか分かったものではないのだから。

 本当に感謝しているのだが、もうちょっと優しくしてくれたっていいんじゃないか、そう切に思うのであった。

 

 

 ・・・

 

 

 全10教科においてそこそこ点数を取ることの出来た私は、恐れていた赤点という心配事が無くなったことになんとも言えない幸福感に浸りながら午後の実技テストの為にみんなと共にグラウンドへと来ていた。

 

 Ⅶ組がⅠ組を押さえて学年トップに立ったことに対してのサラ教官のお褒めの言葉と教頭への愚痴が終わり、あの実技テストお馴染みの銀色の傀儡が登場して約1か月ぶりの実技テストが始めろうとしていた時、招かれざる訪問者達がグラウンドに現れた。

 

「フン、面白そうな事をしているじゃないか」

 

(パ、パトリック様……!)

 

 確かに士官学院に在学中で1年Ⅰ組に所属していることも知っているのだが、中々彼と会うことは少なく話したことに至っては入学して以来皆無だ。

 もっともこれはパトリック様に限らず、Ⅶ組以外の殆どの貴族生徒に言えることだが……。

 

 パトリック様と彼に引き連れられた3人の貴族生徒が、グラウンドへの階段を降りてこちらへと近づいて来る。

 そんな彼らにサラ教官が不思議そうにこの場に来た理由を訊ねると、どうやら授業が自習となり暇を持て余しクラス間の交流をしに来たのだというのだ。

 

「最近目覚ましい活躍をしている《Ⅶ組》の諸君を相手にね」

 

 帯剣する4人を見てリィンが半信半疑といった感じに、彼らの言う”交流”の内容が”試合”なのかを訊ねる。

 

「フッ、察しがいいじゃないか。そのカラクリも結構だが、たまには人間相手もいいだろう?僕達Ⅰ組の代表が君達の相手を務めてあげよう」

 

 さらっと答えたパトリック様の視線が私達を見渡す。少しの間を置いてから再び口を開いた彼の声色が変わった。

 

「真の帝国貴族の気風を君達に示してあげるためにもね」

 

 パトリック様の瞳が向けられ、動悸が激しくなる。

 こんなの認められる訳はない――大体Ⅰ組の人達は自習なら教室で自習すべきなのだし、他のクラスの授業に乱入なんて有り得ないだろう。

 それにⅠ組の担任はハインリッヒ教頭だ。パトリック様には申し訳ないが、サラ教官がこのまま彼らを追い出してこのことを――。

 

「フフン、中々面白そうじゃない」

 

(え……まさか――)

 

 サラ教官は指を鳴らして傀儡をこの場から消し、そして、宣言する。

 

「実技テストの内容を変更。Ⅰ組とⅦ組の模擬戦とする!」

 

(嘘でしょ!?)

 

 

 ・・・

 

 

「ユーシス、ラウラ、ガイウス――お願いできるか?」

 

 リィンの言葉に私はほっと胸を撫で下ろした。

 少し残念なことではあるものの、Ⅶ組において4人を選ぶとなれば私がファーストチョイスに入る事は滅多に無いと自信がある。それはやはり単純に私の戦闘能力が低いからなのであるのが大きな理由だが、正直に今回ばかりは私は自らの能力の低さを女神様に感謝した。

 

 今日の放課後は必ず教会でお祈りしようと決めながら、リィンの人選の理由を考える。

 

 剣が三人、槍が一人――全員が近接武器を得物にし、それぞれが高い個の能力を持つⅦ組の前衛組。

 武術以外もユーシスはアーツの資質も高く、リィンもそれなりに扱いは上手い。4人の組み合わせとしては個々のオールマイティな柔軟性も有しているが――少し考えればリィンの別の考えが入っている事に気づいた。

 

 リィンはパトリック様を含めたⅠ組の代表に対して、一人一人それぞれ一対一の接近戦でゴリ押しをする気なのだ。

 見たところ相手は全員が宮廷剣術の騎士風のナイトソードを構えており、確実に剣での戦いを挑んでくると想定できる。それを真っ向から受け入れるという意思が見えていた。

 それは同じ貴族としての彼らへの敬意なのか――だから、ユーシスとラウラなのか。

 

 いや、違う。

 リィンはこの人選の理由は口にしなかったが、色々な部分に配慮したことはこの私でも理解できた。

 ユーシスとラウラという貴族を選ぶことは、何かあった時に複雑な問題を起こさない為だ。

 Ⅰ組は高い家格の家出身の子息が多く、仮に間違って大きな怪我を負わせたりすれば問題になりかねない。だから率先して相手と同じ貴族のユーシスとラウラに声を掛けたのだ。

 最後にガイウスに関しては外国人ということもあり、帝国内のしがらみに囚われる事も無い。少なくとも帝国軍の将官の推薦を得ている彼ならば大きな問題は起きにくい――まあ、更に大きな問題が起きる可能性も孕むのだが。それ以前に、ガイウスの巧みな槍術とその技量を持ってすれば不測の事態が起きることは考えにくいというのもあるだろう。

 

 しかし、そんなリィンの敬意と仲間への配慮は呆気無く崩されてしまう。

 

 彼らの『趣と異なる』から、なんと人選に貴族はダメだというのだ。

 

 つまり、彼らは私達平民を相手にしたい――そう言っているのだ。

 思わず私は何も言葉が出てこなかった。こんなの大して頭の良くない私にだって分かる。貴族として平民の私達をいたぶりたいだけなのだ。

 それに貴族がダメなら男爵家のリィンもダメな筈。なんだかんだいって格上のアルバレア公爵家のユーシスと学年最強のラウラの相手をしたくないのだろう。

 人格者として評価の高いセントアークの侯爵様のご子息なのに、まさかこんな文句をつけてくるなんて。

 

 ラウラとユーシスに謝ったリィンは数秒の思案顔の後に、こちらに顔を向けた。嫌な予感がする。

 

「アリサ、エレナ。頼まれてくれるか?」

「ええ……!」

「えっ……」

 

 やる気満々なアリサの返事とは対照的に戸惑う私。

 

「エレナ?」

「わ、私は……」

 

 貴族生徒も勿論であるが――何よりパトリック様に銃を向けることなんて出来ない。

 目の前にいる金髪のお方は、帝国南部サザーランド州を統治する《四大名門》ハイアームズ侯爵家の当主様のご令息だ。

 私の故郷リフージョはサザーラント州の南沿岸部に所在し、ハイアームズ侯爵領の辺境に位置する。つまり、パトリック様は私の領主様の血族なのだ。

 そんな方には恐れ多くも、私は攻撃することは出来ない。そればかりか逆に彼の味方をしなくてはならないのではないか、という考えまで浮かぶ。

 

 迷っている私に助け舟を出したのは、リィンでもアリサでもⅦ組のメンバーでも無かった。

 

「リィン・シュバルツァー、君も中々酷い真似をしてくれるな。この僕にハイアームズ家の庇護の下にある我が領民に手を出させようというのか?」

 

 パトリック様は呆れたように両腕を広げて首を左右に振る。

 

「ついでに何を勘違いしているのか知らないが――これは男同士の戦いだ。力で劣る女子を傷付けるのは本意ではない」

 

 彼はリィンを鼻で笑い、「男の中から選びたまえ」と続けた。

 

「そうか……二人共すまない」

「いちいち面倒臭い人たちね」

「はぁ……」

 

 アリサは折角リィンに頼りにされたチャンスを棒に振る羽目になりかなり不服の様だが、私は一人安堵し、場違いにもパトリック様に心から感謝した。

 リィンを鼻で笑う態度や私達Ⅶ組に試合を迫ってくる横柄さ等、先程からパトリック様は正直いけ好かない部分ばかりを見せていたが、それでも一応私の様な自らの家の領民や女子に手を出すことを拒否するなど、帝国貴族としての最低限の騎士道を貫いている。まあ、平民をいたぶりたいという発想は最低だが。

 

 しかし、これは問題かもしれない。私が言えたことでは無いのだが、男子より女子のほうが強いのがうちのクラスなのだ。

 そして剣の技量の高いユーシスもダメときている。総合的な戦力は相当落ちたと言っても良い。

 

「ならば、ここは僕達に任せてくれ。いくぞ……あの鼻っ面をへし折ってやる!」

「えええっ!?」

 

 マキアスがエリオット君に声を掛け、前に出る。平民の男子となれば最早、彼らしかいない。

 つまりこれでメンバーは確定だ。

 

 

 ・・・

 

 

 リィンの一閃がパトリック様を襲い、剣同士のぶつかり合う高音が響く――そして、リィンの太刀が上品なナイトソードを地に叩き落とした。

 

「そこまで!勝者、Ⅶ組代表!」

 

 試合終了を宣言するサラ教官の声で、長く白熱した模擬戦が幕を閉じた。

 

「よかったぁー……!」

 

 いつの間にか祈るように両手を合わせていたことに気付いた。

 

 長く息をつく暇もない白熱した試合はリィン達Ⅶ組側の勝利として終わったが、結果はどう転んでもおかしくない様な戦いだった。

 パトリック様に率いられたⅠ組生徒は前半、個々の卓越した宮廷剣術と統率のとれた動きでⅦ組を押しており、長く優勢を保っていた。そればかりか、Ⅶ組側はあと一歩で押し切られるような場面も少なくなかった位だ。

 やっとⅦ組側が彼らの統率された動きに慣れた後は五分五分の試合展開となったが、それでも油断は出来ないような状況は続くこととなる。その後、長く続いた拮抗状態をⅠ組側の僅かな連携の齟齬を突いたエリオット君の機転と間髪入れずにマキアスの放った追撃、それに呼応したリィンとガイウスの見事なラッシュにより破ることに成功し、結果的にそのままの勢いで押し切ったのだ。

 

 次に同じことをやっても勝てるかどうかは微妙なラインだろう。

 

 しかし、模擬戦だというのに試合中の間はドキドキしっぱなして本当に心臓に悪かった。最後に押し切った場面以外は正直生きた心地がしなかったぐらいだ。エリオット君はふと背中を向けた隙にパトリック様の剣に危うく刈り取られる所だったし、マキアスは先月に続いてまた弾切れをしでかすし――リィンは他の皆への攻撃を逸らす目的もあるのだろうが、すぐに突っ込んで一人で三人を相手にしている事もあるし。

 まともに見ていて安心なのはガイウスぐらいなものだろう。

 

 まあでも、それでも勝利は勝利なのだ。パトリック様の鼻にかけた言動が少しいけ好かなかっただけあって、少し爽快な気分だ。それにしても領主様のご子息にこんな事を思ってしまうなんて、私も中々マキアスに毒されてきたのかも知れない。

 

「馬鹿な……こんな寄せ集め共に……」

 

 リィン達四人の前に膝を地につけるⅠ組の貴族生徒達が、唖然とした顔で悔しそうに呟く。パトリック様は何も口に出さないが、地を落とす顔を歪めていることから心中は彼らと同じだろう。《四大名門》の一角であるハイアームズ侯爵家を初めとする高位の爵位を持つ家出身のⅠ組の貴族生徒を屈服させるこの光景、実はとんでもないものなのではないだろうか。

 

「……いい勝負だった。危うくこちらも押し切られる所だった」

 

 剣を鞘に収めたリィンがパトリック様に手を差し伸べる。良い戦いをしたお互いの健闘を称えるのは当然だろう。

 しかし、私は彼のそんな真っ直ぐな行為に少し胸騒ぎがした。

 

「機会があればまた――」

「触るな、下郎が!」

 

 リィンの差し伸べられた手に、乾いた音と共にぶつけられた強烈な拒絶の意思。

 

「いい気になるなよ……リィン・シュバルツァー……」

 

 余裕の無い怒りに満ちた声色がパトリック様の悔しさを物語り、リィンの手を振り払ってすぐに立ち上がった彼はその負の感情を爆発させた。

 

「ユミルの領主が拾った出自の知れぬ”浮浪児”ごときが!」

 

 出自の知れぬ、浮浪児……?

 

 パトリック様の口から飛び出した言葉に、リィンの顔がかつて見たこともない程に歪む。それは悔しさか、恐怖か、それとも――どちらにせよリィンの表情を見れば、パトリック様の言葉が彼を深く傷つけた事は理解するに容易い。”浮浪児”なんて蔑視する言葉を人に対して使う事自体褒められるような事ではないが、きっとそれ以上にパトリック様は”言ってはいけない事”を口にしたのだ。

 いつも何を言われても笑って返す彼が、あんな顔をしているという事に私は怒りが込み上げてきた。

 私の心の中にある感情の天秤が大きく傾き、それを正す為に”自制”という錘を次々に載せていく。

 

 私以外のみんなも気持ちも勿論同じであり、口々にパトリック様の口汚い罵りを批難する。

 しかし、彼は開き直るように私達に向けて言い放った。

 

 ――何が同点首位だ!平民ごときがいい気になるんじゃない!――

 

 エマとマキアスの顔が片方は悲しさに、もう片方は怒りを露わにする。

 

 ――ラインフォルト!?所詮は成り上がりの武器商人風情だろうが!――

 

 諦めているような表情のアリサ。

 

 ――おまけに蛮族や猟兵上がりの小娘まで混じっているとは!――

 

 あくまで冷静なガイウスとフィーだが、リィンの隣に立つガイウスは眉を細めてパトリック様に厳しい視線を向けた。

 

「……酷いです」

 

 エマが悲しい声で小さく零す。

 彼女のその小さな声に、天秤が一気に振り切れた。

 

「……パ、パトリック様……もう――!」

 

 クラスメートが口汚い言葉で罵られている状況に、私は思わず声を上げていた。

 だが、その続きの言葉が出る前に遮られる。

 

「――黙れ!辺境の下民が!外地生まれの混血雑種の分際で――!」

 

 パトリック様の言葉は、私の胸に強烈に突き刺さる。

 ”辺境の下民”、”外地生まれ”、”混血雑種”――触れられたくない事に突き刺さる鋭利な言葉の刃。それは、いとも簡単に私の心を抉り、引き千切った。

 

 皆に知られてしまった。

 

 ――天秤は、壊れた。




こんばんは、rairaです。
さて今回は6月23日の朝~試験結果発表と実技テストのお話です。
前半部は早朝の風景となります。リィンはやっぱりシスコンで、エレナはやっぱりブラコンなんです。
そして中間テストの結果はご想像通りだったでしょうか。本当に無難な位置に落ち着かせてしまいました。

さて、肝心の後半部ですが…エレナにとってはパトリックは一番苦手な貴族生徒です。意識的に彼との遭遇を回避したことも二度三度ではないでしょう。なんといっても自分の故郷を統治する領主の息子ですから。
しかし、パトリック側から見るとまた見方は変わり、エレナに対して良く思う筈なんて無いんですけどね。

原作ではパトリックはリィンが『浮浪児』であることを知っていました。十二年前に社交界で話題になったとはいえ、当時のパトリックはまだ幼く、入学当初はリィンを自らの派閥に組み入れようとしていました。
きっと学院に来てからリィンについて誰かに聞くか調べるかしたのでしょうね。この物語ではパトリックが侯爵家の家名を使ってⅦ組のメンバーの情報を調べあげていたという仮定となっています。ですから、エレナについても例外なくほぼ全てを知っています。

2章のアントンのエピソードでエレナは母親がリベール人であることを普通に話していますが、あれはリベール人のアントン相手だからであり、数アージュ前を歩いているⅦ組の面々に聞こえていないという設定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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