赤い色の制服の他の生徒達と共に、赤紫色の髪の女性教官に連れられて歩くこと数分。
少しばかり歩いていると校舎から離れている事に気づき、目的の場所が教室等では無い事が判った。
そして急に周りの雰囲気が暗くなり……多分、ここが目的地なのだろう。
士官学院の敷地内の端に位置する建物。一見廃墟の様に見えるが、よく観察すると窓ガラスは一枚も割れていなかったりと、一応管理は行き届いているようである。
それでもなんとも不気味な雰囲気をまとっている。
「こ、ここって……」
「士官学院の裏手……ずいぶん古い建物みたいだな」
エリオット君とリィンが口を開く。
ここまで先導してきた女性教官は建物が纏う雰囲気と正反対にご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、この不気味な建物の鍵を開けてた。
建付の悪い古い木扉の音が不気味さを更に煽るが、そんな事も全く気にする素振り無く、彼女は中へと入っていった。
集まっている面子がこの建物について各々反応するものの教官の返事はなく、各々この不気味な建物の中へと足を踏み入れてゆく。
「えーっと、みんな中入っちゃったけど、私たちも行かなきゃいけないんだよね……?」
こんなことを言いながら私の顔には『出来れば否定して下さい』と表情に書いてある事だろう。
こういう雰囲気は苦手、というより好きな人など中々いないだろう。
隣にいるエリオット君もそんな表情をしている。
「ああ、流石にここで戻る訳にもいかないだろう」
当然ではあるのだが、こんな所でも冷静にしていられるリィンも中々だ。
流石に武術の道を進む人は違う。
「な、何かいかにも出そうな建物だよね……?」
少しおどけた様にエリオット君は言うが、表情はどちらかと言うと怯えたに近いのではないかと思う。
「ちょ、ちょっと……エリオット君、出るって……オバ……」
「い、いわなくていいよ!?」
先ほどより明らかに怯えた表情のエリオット君が慌てて、というか必死に私の口から次に紡がれる言葉を止める。
あろうことか私が自分の口でその名前を出すところであった。
まぁ、脳内では先程から何度も暗記問題の反復練習のように思い浮かんで来るのだが。
「はは……」
扉の前で私達を待つリィンが苦笑いしていたのを見て、急に恥ずかしくなるのであった。
・・・
「サラ・バレスタイン。今日から君たちⅦ組の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね♪」
比較的小奇麗にされた建物の中のステージ、だろうか。
その壇上に上がると女性教官は自己紹介と、私たちのクラスについての説明を行った。
大分疑問は解けたのだが、それ以上に新たな疑問も生むのはしょうがない事か。
とりあえず、サラ教官の話をまとめると――
ここにいる赤い制服の生徒は今年から新設された特科クラスの1年Ⅶ組の生徒で、クラスの担任は目の前のサラ・バレスタイン教官。
本来ここトールズ士官学院では、一学年五クラスでそれぞれ各自の身分や出身に応じたクラス分けがなされるが、Ⅶ組はなんと貴族も平民も関係なく選ばれたということだ。
――それが今、目の前で問題となっている。
「冗談じゃない! 身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
最初にこの抗議の声を聞いた時、やはり私達平民と貴族様が畏れ多くも同じクラスなど以ての外、彼の主張は当然だと思った。
それは貴族と平民、つまりこの帝国の支配階級と被支配階級では当然必要とされる勉学の内容も違う訳であり、平民である私自身も貴族と一緒のクラスというのは心落ち着かなく、抵抗感を感じていたぐらいだからである。
だが、私は彼の次の一言に今まで十六年間生きてきた価値観を、完全にひっくり返された様な気がした。
「マキアス・レーグニッツです! それよりもサラ教官! 自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」
(――貴族風情……!?)
私はとても驚いていた。
それは深緑色の短髪に眼鏡を掛けた知的そうな男子生徒――マキアス・レーグニッツが平民であった事だ。
帝国地方部の貴族領邦出身の領民である私にはそれが大きな衝撃だった。
平民が貴族の前で貴族を愚弄する――ハイアームズの侯爵様は他の貴族に比べるとそれはもう寛大なお方で、領民の事もちゃんと考えてくださっていると聞くが、お膝元のセントアークで先のマキアスの様な言動を取れば即座に領邦軍に連れて行かれる事は間違いなく、与えられる刑罰も決して軽い物では済まないだろう。
勿論、私とて貴族の悪い噂や話など聞いたこともあるし、ご近所との立ち話には帝国各地の貴族の横暴な振る舞い等の話はよく出る。
村の酒場では女子が口に出すのが憚れれる様な、もっと下品な話題も含めて毎晩盛り上がっている。そしてその様な話は必然と貴族こき下ろす恒例のネタになるのだ。
しかし、その様な話は定期的に村に来る領邦軍や州の徴税官の目の前では誰もしない。
「別に。”平民風情”が騒がしいと思っただけだ」
「これはこれは……どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
マキアスの言動に反発したのだろう、見るからに貴族然とした堂々とした態度で金髪の男子生徒が煽るが、マキアスは一歩も引かずに対抗する。
(貴族様相手にケンカを売り付けるだなんて……)
ここはエレボニアなのだろうか。カルバード共和国の自由主義者が紛れ込んでるのではないか、それとも私が今まで住んでいた場所は違う国なのだろうか。
そんな有り得もしない考えすら脳裏に浮かぶようになっていた。
そして、マキアスを煽った貴族のご令息様は、とんでもない家名をその口から出した。
「ユーシス・アルバレア。”貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
「し、《四大名門》……」
「東のクロイツェン州を治める《アルバレア公爵家》の……」
「大貴族の中の大貴族ね」
「なるほど……噂には聞いていたが」
「……ふぁ……」
「セントアークの侯爵様より家格が高い貴族様だなんて……」
一同皆驚き、私も自然と口から言葉が零れていた。
これが名門士官学院ということなのだろうか。昨日まで本物の貴族に会った事もない私が、まさか東の公爵家のご令息様を目の前にしているなんて!
「だ、だからどうした!? その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ! いいか、僕は絶対に――」
「はいはい、そこまで」
手を叩きながらサラ教官は流れ断ち切った。
正直、心の底からほっとした。あのまま、何かの間違い――例えばマキアスが血迷ってご令息様に手を挙げたりしたらとんでもない事になっていただろう。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
マキアスはあまり納得のいかない様で渋々といった感じで矛先を下ろす。
金髪の子や眼鏡の子がオリエンテーリングの内容について尋ねるものの、目の前のサラ教官は内容を教える気は無いようだ。
「もしかして……門の所で預けたものと関係が?」
リィンが何かに気付いたかの様に、サラに尋ねる。
「あら、いいカンしてるわね。それじゃ、さっそく始めましょうか」
リィンの憶測に嬉しそうに答えたサラ教官が手近にある柱を押すような仕草をするのと同時に、何かが動く音が建物内に響く。
次の瞬間、突然傾いた床によって私は地下へと叩き落とされた。
・・・
……クッ……何が起こったんだ……?
いきなり床が傾いて……
……やれやれ。不覚をとってしまったな。
ここは……先ほどの建物の地下か。
フン……下らん真似を。
暗い地下室だろうか、みんなの声が反響して聞こえる。
思いっきりお尻から落ちた為にまだ少し痛いが、それ以外は至って無傷である事から、ここはそれ程深い場所でも無い様だ。
しかし、今日は色んなことで驚いてばかりだ。まさか冒険物語の中で出てくる様な落とし穴に落とされるなんて。
私はとりあえず横向きに寝転がっている状態から、上半身を少し起こす。
大きな溜息の音と共に、その主のエリオット君が視界に入った。
「はああ~っ……心臓が飛び出るかと思ったよ」
「エリオット君、大丈夫?」
すぐにエリオット君は「大丈夫だよ」と、私に返事をしてくれた。
「リィンは大丈――へ……」
リィンを探そうとエリオット君は周囲の様子を窺い、私の丁度頭の先の方向に視線を向けた所でその表情を変えた。
私も釣られてそちらの方向を見ると、それはもう凄い有様だった。
「うわわっ、リィン……!」
(……わわっ……!)
リィンが仰向けになり、金髪の子がその上で身を完全に預けており、リィンの両手は彼女の背中を抱きかかえる様に――
えっと、これはどういう状態なのだろう。
正直、私の頭では何がどうなってこの様な体勢になるのかが、全くもって分からなかった。
というより、その大胆な二人の体勢を見てると頬が熱くなるのを感じるぐらいだ。
「ううん……何なのよ、まったく……あら……」
金髪の子が気付いた。
時が止まる。
私は、多分エリオット君も、唾を飲み込んだ。
金髪の子はリィンから飛び退き、リィンといえば申し訳なさそうに彼女の前に立っている。
とりあえず、俯く彼女の顔は見えないが、耳が真っ赤であることはわかった。
そりゃ、そうだろう。今日初めて会ったばかりの男子に身体を密着させて、胸を顔に押し付けてしまうなんて。これが恥ずかしくないなら、何が恥ずかしいのか聞きたいといったレベルだ。
「……その……なんと言ったらいいのか。えっと……とりあえず申し訳ない。でも良かった。無事で何よりだった――」
リィン、それじゃあ何かやましい事をしてしまった言い訳をしている様にしか見えないのは気のせい?
そんな事を思っていると――
パシンッ――乾いた音が静かな地下室に鳴り響いた。
・・・
「あはは……その、災難だったね」
ある意味、役得の代償の様な気がしなくもないが、リィンの頬にくっきりと残る紅葉を見ると少し可哀想にも思える。
自分だったらと考えると、とてもじゃないがまともでいれる自信が無いので、金髪の子の気持ちは分からなくもないけど。
「ああ……厄日だ」
心底という感じで、本心を吐露するリィン。
クールなリィンの情けない顔と弱音が、少し可笑しかった。
「それにしても、ここは一体……?」
気を取り直したリィンがこの部屋の様子を確かめていると、何やら機械的な音が鳴った。
「この導力器からだ……」
二つ折りの導力器を開くリィン。私もそれに倣うと、先程まで聞いていた女の人の声がした。
<――それは特注の戦術オーブメントよ――>
「この機械から……?」
「つ、通信機能を内蔵しているのか?」
驚く一同。
こんな小さな導力器なのに驚きだ。
私の村には未だに導力通信器は無く、街との主な連絡手段は郵便だけだというのに。
そして、その郵便も中々早くは届かないという代物だ。
「ま、まさかこれって……!」
少し離れたところにいる金髪の子は他の皆とは違う何かに気付いたように驚く。
<――ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ。第五世代戦術オーブメント《
急に部屋が明るくなる。
いままで視界が悪かったために部屋の全体は見渡せていなかったが、どうやらこの部屋は中世の古い建物の様式と似ている。
部屋の壁沿いに十の台座があり、その上にそれぞれここにいる面子の武具が入ってると思われる入れ物が置かれている。
そして、それらの前に小さな箱が置かれていた。
<――君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上でクオーツを《ARCUS》にセットしてみなさい――>
「俺のはあれか……」
「僕のはあっちだ……いってくるね」
通信の指示を聞き、それまで部屋の端に集まっていたみんなはそれぞれ台座の方へ向かう。
私も自分の武器のケースが置かれた台に向かって歩いた。
小さな箱を開けると、そこには七耀石の結晶を加工した大きめのクオーツが輝いており、銀色の結晶の中には何かの模様が金色で描かれている。
(これがクオーツ……綺麗な銀耀石……)
一体、何万ミラするんだろう。なんて場違いな感想を抱きながら、私は自らの戦術導力器の盤面の中心に球状の銀耀石の結晶回路をはめ込む。
はめ込むと急に自分の身体と《ARCUS》が青白い光に包まれたような気がした。
何か身体がふわりと浮くような――それでいて優しく包み込まれる様なそんな感触。
続く通信から、この現象が私達自身と《ARCUS》が共鳴・同期した証拠で、これでめでたくアーツが使用可能になったのだと、サラ教官が説明する。
ちなみに、《ARCUS》には他にも面白い機能が隠されているらしいが、それは追々教えてくれるようだ。
そして、先程まで閉まっていた部屋の出口の扉が両開きに開いてゆく。
<――そこから先のエリアはダンジョン区画となっているわ。割と広めで、入り組んでるから少し迷うかもしれないけど、無事終点までたどり着ければ旧校舎1階に戻ることが出来るわ。ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね。――それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎1階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ――>
『何だったらご褒美にホッペにチューしてあげるわよ』と、最後に付け加えてサラ教官との通信は切れた。
うーん、100%冗談なのだろうが、男の子だったらご褒美は欲しいのだろうか。
確かにサラ教官のルックスは滅茶苦茶うらや……良いと思うし、私の経験からこの年頃の男の子は総じてお姉さんが好みだとしてもおかしくない。
しかし、ここに居るのはどう見ても堅物というか真面目そうな男子ばかりなので、そういうのは全く効果は無さそうなのだが。
「え、えっと」
「……どうやら冗談という訳でもなさそうね」
突然の”特別オリエンテーリング”の開始に一同は戸惑う。
しかし、そんな皆を余所目にアルバレア公爵家のご令息様は、開いた扉へとさも当然の様に一人で歩いてゆく。
それを見たマキアスが彼を止めた。
「ま、待ちたまえ! いきなり何処へ……一人で勝手に行くつもりか?」
「馴れ合うつもりはない。それとも貴族風情と連れ立って歩きたいのか? まあ――魔獣が恐いのであれば同行を認めなくもないがな。武を尊ぶ帝国貴族としてそれなりに剣は使えるつもりだ。
「だ、誰が貴族ごときの助けを借りるものか! もういい! だったら先に行くまでだ! 旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」
マキアスはそのまま一人で奥へ行ってしまう。
最初はマキアスの言動に一々驚いていた私も段々と慣れてきていた。
貴族というものに物凄い対抗心を燃やす彼。一体、今までに何があったのだろうか。というより、何者なのだろうか。
「……フン」
ユーシス様、でいいのだろうか。彼もまたマキアスの後に続く様に、この部屋から出てゆく。
二人がいなくなった部屋は、それまで張り詰めていた空気が一気に解れるのを、この場にいる誰もが感じたに違いない。
しかし、ここにいる者はここにいる者で、今後どうやってこの先のダンジョン区画へ進むか決めかねていた。
二人は先行――そして残るは八人。何があるか全く想像できず、魔獣がいるという事なので単独行動は間違いなく危険だ。
一人の女子――入学式の前、リィンと一緒に歩いていた時に見かけた、あの貴族様のご令嬢が皆に言い聞かすように話し始めた。
「とにかく我々も動くしかあるまい。念のため数名で行動することにしよう。そなた達、私と共に来る気はないか?」
青髪で長身の貴族生徒が金髪の子と眼鏡の子、そして私の方へ顔を向ける。
(え!? 私も?)
「え、ええ。別に構わないけれど」
「私も……正直助かります」
他の二人はすぐに結論付けたみたいだ。
「うむ。そなたはどうする?」
「ええっとー……お、お誘い頂いて恐縮です……よ、よろしくお願いします」
迷ったが、貴族様のお誘いを断る訳にはいかなかった。
出来れば既に面識のあるリィンやエリオット君達との方が気楽だったのだが……。
「それに――そなたも」
もう一人、違う方向へ青髪の貴族生徒は視線を向けるが、どうやらお目当てだったと思われる銀髪の女の子は一人で先へ進んでいってしまっていた。
「――まあいい。後で声を掛けておくか」
・・・
とりあえず私はケースの中身を取り出し、手早く準備を終わらせて他の三人が集まっている扉の前に向かう。
全員が準備を済ませた事を確認した青髪の女子は満足そうに頷いて、リィン達の方へ顔を向けた。
「では、我らは先に行く。男子ゆえ心配無用だろうがそなたらも気をつけるがよい」
彼女はリィン達に向けて先に向かう事を伝えて、部屋から出ていく。
丁寧に頭を下げた眼鏡の子と、先程の事を気にして不満げリィンにそっぽを向く金髪の子もそれに続いて、暗い通路へと足を踏み入れていく。
「みんな……ま、また後でね!」
少しは仲良くなったと思う人と行動できないので、少し残念な気分だがしょうがない。
私はリィン達に手を振り、先へ進む他の三人に続いた。
こんばんは、rairaです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。