光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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6月26日 西果ての島

 建物の密集する市街地の中を流れる運河をゆっくり進んでいた私達の乗る小さな船、少し強くなった波の揺れと共に辺りの視界が開けてゆく。

 船の進行方向の両舷には小高い丘と山、海岸には船尾方向からオルディス市と連続した街並みが続く、ここはまだ外洋ではなく港の玄関でもある湾なのだ。

 

 オルディス湾といえば夏至祭では湾を埋め尽くすほどの灯籠が流されるという話を、この間リィンの部屋で一緒に聴いたラジオの人が話していた気がする。一週間早くここを訪れていればあのお姉さん曰く、幻想的な美しい光景が見れたのかもしれない。

 

 波に揺られる船旅はいつぶりだろうか。ここ数年ではなくてもっと子供の時に――ああ、また思い出してしまった。

 何か昔の記憶を思い出そうとする度に、私は自分の中で彼がとても大きな存在だというのは本当に痛感する。

 

 子供の時は下手しなくても朝起きてから寝るまで一緒だったのだ。今では恥ずかしくてとても無理だが、二人で一緒に寝た事もお風呂に入った事すらあるのだから仕方が無いといえばそれ迄なのだが、私は今はあまり思い出したくなかった。

 

(もう、そんなこと、ないんだなぁ。)

 

 ある意味では子供の特権だったのだろうとも思う。大人の男女が同じベッドで寝るとういことは、つまり大方そういうことだし――私はもう彼とそんなことが許される関係にはなれそうにない。

 

 帝都から、サザーラント州から遠く離れるオルディス市まで来て、一体私は何を考えているのだろうか。我ながら特別実習中だというのに何も変わらない自分には嫌気が差す。

 

 もう海に浮かぶ遠景となっているオルディス市の街並み。

 未だ《ルシタニア》号は市街地中心部を飛行しており、先程まで鳴り響いていた地上からの祝砲の砲声から察するにどうやらただの定期便飛行ではない様だ。誰か重要な賓客の為に借り上げられたのだろうか。

 世界最大の豪華客船を借り上げるなんて、貴族様は本当に私達には及びもつかない様なお金の使い方をする。あの船は二等船室のチケットでさえ帝国の平均的な庶民の年収ぐらいするらしいというのに。一隻丸ごととなれば一体幾らミラがかかるのだろうか。

 

 あの大都市の中で巨大な飛行船を見上げた時に私が真っ先に《ルシタニア号》だと分かったのも、フレールお兄ちゃんと話を合わせるために飛行船の本を読んでいたからだ。いま思えばあの努力は無駄になっちゃったのかな。

 そして、最後に海の上の船に乗ったのも彼と一緒だったと思う。

 

 少しの間、この特別実習の間ぐらいは彼の事を考えないようにしようと思っていたのだが、やはりそう上手くはいかない。

 どんな事を考えても、彼に結びついてしまうのだ。

 

 私が今日初めて素直に喜べたことは、特別実習で滞在する実習地が概ね過ごしやすい気候だと思われたことかも知れない。

 南部では初夏の日中、湿気があまり無い為に蒸し暑さこそは無いが強い日射しに照らされる為にもうかなり暑かったりする。取り敢えず外出時には日焼け止めを塗るのは忘れられないし、海近くに出るのであれば出来ればサングラスも欲しい。

 オルディスはそんな故郷と比べれば勿論のこと、帝都近郊のトリスタとくらべても涼しいと感じる位であり、今回ブリオニア島を訪れる実習は良い涼み旅行なのではないかと思う。

 

 涼みに旅行なんてまるで貴族様みたいなんて頭に浮かべながら、オルディス湾の涼し気な潮風と内海の心地良い位の波を肌で感じる。

 私にはこうやって揺られているだけで、海を見ているだけでやはり少し落ち着く気がする。

 

「あの先に外洋があるのか――ふむ……湖とは比べ物にならない広さと深さなのだろうな。まるで武の奥深さの――」

「湾口部に二、三隻船を沈めれば簡単にオルディス港を封鎖できそうだね」

「フィ、フィー君……!?」

「……うぅ……」

 

 しかし周りを見渡すと、残念ながら心地良い気分に浸っていたのは、私だけだった様だ。

 船の船首部分の方でラウラとフィー、そして二人の間で頑張ろうとするマキアスは今朝から見てきた相変わらずの光景なのだが……私と一緒に船尾部分で大人しくしているエリオット君は明らかに……。

 

「大丈夫、エリオット君……?」

 

 丁度、私の向かいで顔を下に向けて座っている彼に声をかける。

 

「う、うん……あはは……」

「顔青いよ。酔った?」

 

 仲間に心配を掛けたくないと思ったのかも知れない。でも、彼の浮かべる笑いを作りきれておらず、憔悴しきった真っ青な顔色。私はエリオット君が列車の中で海は初めてと語っていたことを思い出す。

 

「……あ、やっぱりわかっちゃう……? ……ちょっと気持ちが……」

「とりあえず、横になろう?」

 

 仰向けに横たわるエリオット君の様子を私が見ていると、他の三人も彼の異常に気付いた。

 

「エリオット、船酔い?」

「気が悪いのか。ならばアルゼイド流の気合入れを――」

「ん。私の団の応急――」

「い、いや、二人共、ここは副委員長の僕に任せといてくれ!そっちの方が……」

 

 ――エリオットの命の為だ。とでも言わんばかりなマキアスの必死な顔。エリオット君に至っては鳥肌を立てて震えているではないか。

 

「?そ、そうか?ならば任せたぞ」

「そういうなら」

 

 二人はそんなマキアスの様子に呆気無く引き下がる。

 

(最初は私が様子見てたんだけどな……)

 

 なんて少し思いつつもエリオット君の傍をマキアスに明け渡して、私は先程の私達のやり取りを聞いていたであろう、自称案内人の男の背中に目を向けた。

 身長もそれほど高いわけでも無く帝国人男性としては平均的で、Ⅶ組で言えばリィンより少し高くマキアスよりは低い。中肉中背という言葉はこういう人の為にあると言われれば納得してしまいそうなぐらいだ。

 そんなこの船の舵を取る男の背中を眺め、彼とのやり取りを私は思い返した。

 

 

「帝国軍沿岸警備隊所属、ウォルフ・アルマン軍曹だ」

 

 オルディス市の駅前広場で巨大な《ルシタニア号》を見上げていた私達に、後ろから声を掛けた男はそう名乗った。

 かなり失礼な事なのだろうが、使い古した普段着といった格好の目の前の男が帝国軍の軍人とは正直思えない。でも、軍人を名乗るなら制服ぐらい着て欲しい気もする。

 

「帝国軍人の方だったか。私はラウラ・S・アルゼイドと申す。以後、よろしくお願いする」

 

 姿勢を正し自己紹介をするラウラに、目の前の自称軍曹は呆気に取られたた様な表情を浮かべるが、すぐに困った顔に取って代わられた。

 

「どうかなされたか?」

「あー……、言っておくが今はただの軍属だからさ、気軽に頼むよ?」

 

 士官候補生だからとか色々思う所はあるだろうけどね、と付け加える。

 

「軍属、とは?」

 

 あまり普段は聞き慣れない言葉を聞き返すラウラに、隣からマキアスが説明を入れる。

 

 彼の説明を大して聞かなくても、私は目の前の男の言葉に少なからず納得出来た。

 軍属というのは軍に所属しながらも職業軍人でない人間の事を指し、軍の中では事務員や整備員といった後方業務に携わる非戦闘要員に多く、帝国軍という巨大な軍組織の中では多数の非軍人の文官や技官が雇用されている。

 私のお父さんやフレールお兄ちゃんの様な職業軍人ではないのだから、制服を着ていなくても――まあ、職種によっては不思議ではないのかも知れない。

 

 その後、皆それぞれの自己紹介の流れとなりすぐに私の番となるのだが、名前を名乗る前から、正確には隣のエリオット君が彼の直前に名乗ったフィーと同じ様にギブンネームのみの自己紹介をした頃から私はアルマン軍曹の視線を感じていた。

 どっかのエロ本大好きな先輩の様などことなく嫌らしい変な視線ではなく、少し優しさすら感じる視線。

 

 その理由は分かるのは、雑談をしながら軍曹に連れられて運河に停泊させられていたこの漁船に私達が乗り込んだ後だった。

 

「君のその帽子、第十一機甲師団のだよね。それも古い」

 

 船の後部のデッキチェアに皆と共に身体を預けていた私に、舵を取るアルマン軍曹が背中で訊ねてきた。

 第十一機甲師団、お父さんが昔いた部隊なのだろうか。とはいってもお父さんの仕事内容については私はよく知らない。

 

「えっと、お父さんからの貰い物なんですけど……」

「そっか。君のお父さん、軍人?」

「はい、帝国正規軍にいます」

 

 少しの間の後に、私は自分がよく知る響きの名前を聞いた。

 

「ルカ・アゼリアーノ准尉――あってる?」

 

 にやっと笑いながら私の方を振り向くアルマン軍曹。

 

「お父さんを知っているんですか?」

 

 素直に驚いた。気付けば立ち上がってた位に。

 階級こそ違うが、ルカ・アゼリアーノは紛れも無く私のお父さんの名前だ。

 

「僕が兵隊やってた時の昔の上官だよ」

 

 彼は十年以上前に帝国正規軍の第十一機甲師団の兵士で、お父さんと同じ部隊にいたというのだ。

 

「小さい娘さんが居るとは聞いてたけど……そっかぁ、あれからもうそんなに経ってたんだなぁ」

 

 でも――と冗談っぽく笑いながら目の前の彼は続ける。

 

「女の子は父親似になるって聞くけど、あんまり似てないね」

「あはは、それはよく言われます。私はお母さん似みたいです」

 

 思わず私も笑いが溢れてしまう。まあ、お母さんはもっと美人だったとも聞くが。

 

「あ、じゃあ、アルマン軍曹なら軍で仕事してる時のお父さんの事分かるんですね。私、実は全然知らないんですよ」

 

 お父さんは仕事の事はあんまり話さない。それ以前の問題として自分の事をあまり話さない性格だ。だから、普段軍務に就いている自分の父親がどんな様子なのかというのは想像が付かないのだ。

 だが、私の視線の先、アルマン軍曹は何も話さない。

 後ろのドアが開けっ放しのこの船の小さなブリッジの中で、操舵輪を持つ彼の手すら止まったように思えた。

 そんな違和感に私が聞こえてなかったのではないかと少し不安になっていると、軽い笑いを彼は上げた。

 

「君が帝都に帰るまでに何か面白そうな話があったら思い出しておくよ」

 

 

 何かくぐもった声、そして何かが勢い良く水へと叩きつけられる音によって私の思考は引き戻される。

 そこには心配して声を上げながらも少し顔の青いマキアスに支えられて、船から顔面蒼白な頭を出しているエリオット君がいた。

 

(どんまい、エリオット君……。)

 

 

 ・・・

 

 

 船旅は順調だった。大分離れてからも薄っすらと残っていたオルディス市の姿が、完全に見えなくなってからどれぐらいの時間が経っただろうか。

 軍曹の高い社交性によって私達に少なからずあった緊張は難なく解されてしまったこともあって、全長20アージュ程度の船上は次第に賑やかな空気へと変わっていた。

 

 但し、それでもラウラとフィーは相変わらずなのであるが。

 ただ二人もぶつかり合うのは疲れたのか、ラウラとフィーはそれぞれ船首と船尾部分に分かれていたりする。

 

「あれは……港か?」

 

 先程までの不調は大分楽になった様子のマキアスが、船の針路の右手前方の海岸を指差し怪訝そうに口にした。

 丁度彼が指差した先には明らかに人の手によって築かれた立派な護岸があり、少し霞んで見にくいが灰色の大きな施設が建ち並んでいるようにも見えなくもない。

 

 その正体がなんとなく分かったのは、海岸から埠頭と思われるものが突き出していたからだろう。

 

「それにしては……船もいないし、少し不気味だね……」

「もう使われてないみたいだね」

 

 エリオット君の顔色も少しは良くなったかも知れない、まあ少しはスッキリしたのだろう。

 

「旧北西国境の基地だよ。十年ぐらい前に閉鎖されてた筈だね」

「この場所ということは領邦軍のものだろうが……そこそこ大規模な基地のようだな……」

 

 マキアスの横顔は少し複雑そうだ。軍事施設というと先月に行ったバリアハート近郊のオーロックス砦を思い出す。古くからクロイツェン州領邦軍の拠点の一つではある城もほんの一年前はただの中世の古城に毛の生えたような、いつ放棄されてもおかしくないような状態だったとユーシスは言っていた。

 

「いやいや、あれは正規軍の基地だよ」

 

 アルマン軍曹の説明によれば、この右手に見える基地跡には国境警備の為に帝国正規軍の部隊が駐留していた様だ。なるほど、東部のガレリア要塞や南部のパルム市近郊にある基地と同じということだ。

 

「……でも、どうして放棄される事に?」

「そりゃあ、国境じゃなくなったからさ」

 

 マキアスの質問はあっさりと答えられる。とても単純で、とても納得できる答え。

 ”1196年、北西地域編入条約により帝国に編入。北西準州の成立”――そんな帝国史の年表の一文が頭に浮かぶ。

 

「そうか……」

「なるほど」

「丁度その頃はもう北西地域の編入も決定していて、それに伴って国境線も大分北側に変更される予定だったんだよ。まあ――」

 

 そこで軍曹は一拍間を置く。

 

「北西動乱に派遣されてる部隊の司令部があった関係もあって、かなり大規模な基地に拡張されてたのがカイエン公から見れば目の上のたんこぶだったんだろう。北西部の事態沈静化後に帝都に自ら赴いて直訴したという話もある」

「なるほど。この基地の規模なら師団規模の部隊を維持できそうだし、包囲しても海から補給も受けれる。何より、オルディスが近い」

 

 フィーは淡々とした様子だが、中々怖い話をしている。

 つまり、ここはオルディス市というカイエン公の喉に突きつけられた剣だったという事だ。

 

(私、もしかしたらあの場所、知ってるかも……)

 

 遠い昔の記憶が、色褪せた記憶が呼び起こされる。

 

 お母さんに抱っこされながら通過した国境の入国審査はまだまだ小さい私には長すぎる時間だった。

 建物から出ると広すぎて端まで見通すことの出来ない基地の敷地に、沢山の兵士達が溢れていた。彼らからは疲労感こそ感じられたが、皆どこか嬉しそうだった。

 そんな彼らの中に軍服姿のまだ若いお父さんを見付けて、お母さんと私は手を振る。

 

 そう、あの時、あの場所で、私は初めて帝国の地を踏んだのだ。

 ここは私の出発点だったのかも知れない。

 

 

 ・・・

 

 

「ここが西の果てブリオニア島。ようこそ、僕達の島へ。歓迎させてもらうよ」

 

 小さな木製の桟橋の上、ブリオニア島に初めて降り立った私達にアルマン軍曹は初めてオルディス駅で会った時と同じ笑顔で迎えた。

 

「大分長い時間の船旅だったが、日没前には到着できたようだな」

「ああ、そのようだな」

「ふぁ……疲れたのかな、少し眠いや」

 

 マキアスに同意するラウラ。その傍らエリオット君は欠伸をしている。

 やっと目的地に着いたと安堵する私達。しかし、フィーは一人だけ不審な顔をして空を見上げた後、小さな声で口を開いた。

 

「……ねえ、オジサン。今、何時?」

「へぇ、フィーちゃんだっけ、君はわかるんだね」

「「え?」」

 

 マキアスとエリオット君、そして多分私の頭の上にもクエッションマークが浮かんでいることだろう。フィーとアルマン軍曹だけ分かっている様な話し方だ。

 

「現在時刻は2140」

「え?」

「でも?」

 

 一回り頭の上のクエッションマークを大きくしながら皆、周りを見渡す。まだこんなに明るいではないか。フタヒトヨンマルということは午後9時を過ぎ、というより10時のほうが近い。あのラウラですら混乱した顔をしている。

 

「ブリオニア島はオルディスから北に1200セルジュ、名実共にラマール州の最西端にして最北端。それにこの時期は夏至が過ぎたばかりのこの季節は1年で一番日が長い。日没は後ちょっと、10時位だな」

「うわぁ……」

 

 眠いわけだよー、と少し情けない声を出すエリオット君。

 

「道理で涼しい訳か……」

 

 こうして日の長さが場所によって変わるということを私は身をもって知り、西の最果ての綺麗な夕空を見上げた。

 

 木造の小さな桟橋に船を降りた私達は、人通りが疎らな通りを進んでいた。

 日没直前の西日に照らされた小さな街並みはとても落ち着いた静かな雰囲気を纏っており、それは私にとってどこか懐かしさを感じさせる。

 勿論、気候や周囲の環境、そして街を形作る建物は大きく違う。

 一例を挙げれば、リフージョの村の多くの建物は塗り壁でオレンジ色の瓦屋根だが、対してブリオニアは中世様式の石造建築物やケルディックで見たような木造の建物が並んでいたりする。

 

 だが、こののんびりとした、まるで時間が遅く流れているような街の空気は、驚く程私の故郷に似ていた。

 

 そんな石造の古い街並みの一つ、夕食の為にこの島で最も賑やかな場所へとアルマン軍曹に案内されていた。

 店内の決して明るくない照明は導力灯では無く古いランプの様であり、リュートに奏でられる軽やかなメロディーが流れる。

 そして、二十人はいるだろうか。お酒を煽って楽しむお客さん達。

 

 この光景もつい三か月程前までは実家の納品先でよく見た光景だった。ブリオニア島と私の故郷は一万セルジュ以上離れているのにも関わらず、雰囲気はまるで一緒。

 なんかこの島、いいなぁ。

 

 

 ・・・

 

 

 夕食を食べた後、私達は今日を含めて三泊するであろう寝床に足を向けた。

 島の集落から少し歩いた海岸沿いの高台にある、港からでも見える高さ十数アージュ白色と赤色のボーダーセーターを着たのっぽな塔。

 その塔の隣に寄り添うようにして建てられた三角屋根の家の二階部分が私達の寝床であり、その下が沿岸警備隊の軍属の灯台守のアルマン軍曹の仕事場兼住まいだった。

 

 夜の潮風に当たると少し冷たくて、もしかしたら風邪を引いてしまうかもなんて思ってしまう。

 

 シャワーを浴びた後に濡れた髪のままウッドデッキのテラスでぼーっと海を眺めていた私は、母屋のドアの開く音に後ろを振り返る。

 そこにいたのは大分疲れた様子のマキアスとエリオット君だった。

 

「エレナ君……」

「うん?」

「その……出来ればなんだが……やはりラウラとフィーの間を取り持つのを一緒に協力してもらえないか? 僕たち二人では自信が無いんだ……」

「うーん……」

 

 実は私はあの二人の間を取り持つ気はもう無かった。最初からあまり乗り気でなかったというのも正しいかもしれない。

 

「エレナ、お願いだよ。ラウラもフィーもなんか怖いし、もう僕ダメになっちゃいそう」

 

 地面にしゃがんだエリオット君の上目遣いに少し、いや、結構意志が揺さぶられる。

 それは少し反則だと思うよ、エリオット君。

 

 マキアスとエリオットが私があの二人の間に入れば改善すると思っているのならば、それはとても大きな勘違いをしている。仮に彼らと共に私があの二人の間に入ったとしても、何も変わらないだろう。

 二人の相談を聞くとこは出来るだろうが、仮に二人の対立の原因が私の予想通りであれば、模範回答的解決法を私なんかが提示できるとは思えない。学院の勉強とは違うのだ。

 それ以前に、彼女達はその心の奥底を私には話そうとはしないだろう。そればかりか、今日に至っては私が心配しないように気に掛けてくれているのか、以前に比べれば直接的な対立は減っているようにも思えなくもない。

 結局はマキアスとユーシスの対立と同じで、根本的な解決は本人達で納得しあうしか無いのだろう。

 

「私はこのままでいいと思う」

「えっ……」

「いや……しかし、そういう訳には……」

 

 目の前の二人は困惑した顔で私を見る。

 

「私も二人には仲良くして欲しいよ?」

 

 彼らに私がラウラとフィーがギスギスしている方が良いと思ってるという意味で受け取られたのではないかと頭を過って、一応付け加える。

 いくらなんでも友達の不仲を望んだりはする訳がない。

 

「でも、こればっかりは難しい問題だと思うし、自分で答えを出すべきだと思うの」

 

 そう、自分で答えを出すべきだと思う。

 

「ラウラもフィーも、本当は分かってる筈だから……」

 

 本当はもう分かってる筈だから――認めなくてはいけない事と、答えは。

 

「だから今までと変わりなく接するのが一番だと思う」

 

 私は人の事については偉そうに言い切れるみたいだ。

 

 マキアスとエリオット君が去った後、私はブリオニア島の暗い水平線を眺めていた。

 灯台下暗し、とはよく言った物だ。水平線に伸びる光芒も私を照らす事は無い。

 

「……私も同じなのに、ね……」

 

 結局、私も同じ。

 本当はもう分ってる筈なのに。




こんばんは、rairaです。

前回から第三章の特別実習編となりましたが、やっと目的地のブリオニア島へと辿り着き着きました。
途中の船旅でエリオットがダウンしたりと、少々トラブルのあるものでしたが…船酔いって結構きついですよね。私も船は苦手だったりします。

実際はどこにあるのかも分からないオルディスにブリオニア島ですが…北西部という位なので冷涼という設定を付け加えてみました。

このブリオニア島編はこれまでの特別実習と違い、どちらかというとエレナの内面について多く描写していく予定です。その為、エレナとその家族についての回想が多く混じるお話となっております。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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