光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

46 / 80
6月27日 悩める少女達

 来た道を戻ること数十分。別荘街から出て再び集落の通りを歩く。漁師達は朝早く出てしまっているのか、街は随分静かであった。

 

「北島って魔獣を退治しなくてはいけない程、危険な場所なのですか?」

「んっ、そういう訳でもないんだけどね」

 

 あの依頼は島民の会合で出たものなのだという。

 北島に狩りに入った島民が魔獣に襲われて怪我をする事案は少なくなく、近い内に島民総出で海沿いだけでも駆除しようと考えていた所に丁度良く帝都の士官学院から生徒の実習受け入れの打診が来た、ということだ。

 勿論、帝都の士官学院の生徒というのは私達のことである。厳密に言えばトールズ士官学院は帝都ではなくその近郊都市のトリスタに所在するのだが、まあ地方部に住む人の認識は概ね帝国中央部の皇帝領全て一括りに帝都である。これは私も士官学院生としてトリスタに住むまでは同じで、まさか500セルジュ近くも離れているとは思いもよらなかった。

 

「本格的な駆除は僕達の仕事なんだろうけど、何分海の上では勇者な爺さん達も陸じゃド素人ときて山狩り出来る程の人手は足りないんだ」

 

 わざとらしく肩を竦める軍曹。

 

「それに加えて北島は神聖な場所だから入りたくないっていう敬虔な方々も多くてね」

「《神々の庭園》って言われるのにも理由があるみたいですね」

 

 納得したようなマキアスに、アルマン軍曹は「そうそう」と頷く。

 

「海の精霊様のご機嫌伺いとかな」

「精霊……」

「ブリオニア島も未だ精霊信仰が残る地であったか」

 

 ラウラが興味深そうに話に交わる。そういえば、ケルディックの特別実習の時に、彼女の故郷では精霊信仰が盛んという話をしていた。

 

「まあ、面白い言い伝えなら色々と残ってるね。元々、この島は空に浮いていたとかみたいな突拍子も無い話もあれば、少し怖い話もね」

「こ、怖い話ですか?」

「怖い話だって、エリオット」

「えっ!? なんで、僕に?」

「なんとなく」

 

 後ろでフィーがエリオット君にわざと振っている。まあ、エリオット君、怖い話苦手だもんね。フィーも中々に意地悪だ。

 

「この島のすぐ西側は強い海流が流れてて渦潮が沢山出来てるんだけど、船が帆船だった時代は進路を狂わされたりして大分船が沈んだみたいでね。世界の果てとか海の墓場というかそんな感じの言い伝えがあるんだよね。まあ、それを爺さん達は海と水の精霊様の怒りとか言っちゃうんだけど――」

「海の精霊様になんてバチ当たりなことを言ってると海底の悪魔に食べられちまうぞ」

 

 冗談っぽく私達に説明するアルマン軍曹を、少しハスキーな女の人の声が遮った。

 

「ええと?」

「あ、酒場の店員さん?」

 

 私達の後ろに立っていたのは昨日の晩ご飯を食べた酒場の店員さん。アルマン軍曹とは昔馴染みのようで、私達にも良くしてくれた気さくな人だ。ボーイッシュなショートカットで利発そうな印象の大人の女性だ。ちょっとサラ教官に似ているかもしれない。

 

「いやいや、いつまでそんな子供騙しな話をしてるんだよ……もう僕達三十だよ?まだ遺跡の中の未確認魔物の話の方が信じれるさ」

「まったく……本当に罰当りな奴」

 

 呆れ顔を浮かべる彼女はアルマン軍曹から私達へと目を移した。

 

「軍人さんのヒヨコちゃん達には悪いけど、コイツ借りていいかしら?」

「おい……この子達の実習中は引率の仕事がって言った――」

「今日、お見送りの日よ?」

 

 どうやら彼女の話によると、港で二人の馴染みの友達のちょっとした送迎会とお見送りがあるのだという。

 

 なんとなく感じていたことなのだが、アルマン軍曹と彼女は友達以上恋人”以下”の関係だ。それは昨晩酒場で何かと絡んできてくれる彼女を見た時にも思ったことだし、今も感じたこと。この二人には一緒に育った幼馴染特有とでも言うべきな、私とフレールお兄ちゃんと同じ様なやり取りがあったからだ。

 

 多分、両想いだと思う。

 そう考えると、ちょっと妬ましいけど。

 

 結局、軍曹はいくつかの重要事項を私達に伝えて港の方に行ってしまうのだが、彼はあくまで案内人に過ぎない事を考えれば、ここからは私達だけの特別実習を頑張るべきなのだろう。そう考えれば別に悪い気はしない。

 

 それよりも私は気になったのはこの島の内情だった。

 送迎会にお見送り、それは私も決して無関係な話ではない。故郷に居た頃は私も何人もの知り合いの送迎会に出ていたのだし、つい三か月前には私自身もお祖母ちゃんやごく親しい人に見送られて故郷を離れたのだから。

 貴族の別荘地、避暑地の維持のための集落、州の辺境、そして島を離れる人――ああ、そうか。この島がリフージョの村と似ているのは良い所だけではない。

 同じ問題を抱えているのだ。

 

 

 ・・・

 

 

「皆《ARCUS》の時計は合っているか? 今は丁度9時、導力波が無いから連絡を取り合う事は出来ないが……とりあえずは正午に此処で落ち合うとしよう」

 

 アルマン軍曹から鍵を預かった海岸沿いに建てられた小屋の中に荷物を置き、魔獣駆除の課題の為に武器や《ARCUS》の準備を行う。

 ある程度人の手が入っている南島とは違い、この北島はほぼ完全な無人島。話を聞く限り、山奥に入らなければそれ程危険は無さそうだが、最低でも自分自身の自衛は出来る位の力は必要だ。だが、その程度であれば私達にとって全く問題はない。

 少し偉そうかも知れないが、私達は魔獣相手にはそれなりの実戦経験がある。多分、元正規軍兵士のアルマン軍曹を除けばこの島の人より遥かに戦い慣れているだろう。

 勿論、剣や導力銃といった武器を用いた戦闘技能もそうだ。しかし、武器を使って戦うことは誰にでも出来る。この島の人でも狩りをする人ならば狩猟用の銃器は扱えるだろうし、フィーが前に言っていたように場所が場所であれば子供でもライフル銃を使って戦っているのだから。

 私達と島の人の違いは、個人用の戦術導力器(オーブメント)を扱えるか否かだ。オーブメントで自由自在に導力魔法(オーバルアーツ)を扱うことの出来る人は限られており、扱えるだけである種のプロフェッショナルであるのだ。

 但し、実際はオーブメントは武器と同じで訓練さえすれば誰でも使える物であったりもする。ただ、普通に暮らす分には全く必要無いので大多数の人は扱わないだけなのであるのだが。

 

 担いできたライフルケースを開き、ラインフォルト社製の特徴的な形のアサルトライフルを取り出す。

 皆の前で出すのは少し抵抗感はあったのだが、ここで使わないという選択肢は無い。実戦で使わなければ、何のために頂いたのだという話になってしまう。

 

「うわぁ、エレナ、それライフル銃!?」

「……凄いな、見たことも無い銃だが……」

 

 導力散弾銃に弾を込めていたマキアスが手を止めて、「一体、どこから持って来たんだ?」と言いたそうな顔をしている。

 

「ラインフォルトの試作品だよ。エレナに撃たせて貰ったけど、かなり良い銃」

 

 そんなマキアスの顔に答えたのは私ではなく、もう準備も済ませてたのか退屈そうにしていたフィーだった。

 

「シャロンさんが用意してくれたんだ。前回の特別実習で導力拳銃だけだと少し心許なかったかったから」

「へぇ」

「なるほどな……」

「……ふむ……」

 

 先月の特別実習で苦労していた姿を見られていたためか、マキアスはすぐに納得してくれたようでありエリオット君も概ねそんな感じであった。

 しかし、彼らとは対照的にラウラは複雑そうな目をライフルへと向けていたような気がした。

 

 

 ・・・

 

 

 視界の端の岩の陰で何かが動いた。咄嗟に私は腕に抱えていたアサルトライフルを構え、銃口を向ける。

 スコープ越しで拡大された岩場に捉えたのは、以前の特別実習で訪れたケルディック近くの街道で見かけた羽蟲。スコープ内の距離の表示は40アージュ。

 

(いける。)

 

 躊躇なくトリガーを引くと、二回の強い反動が銃床に当てた頬から頭を突き抜けて響き、肩から身体を揺らす。

 私の目は揺れるスコープの中で、突然の銃弾の衝突に飛び上がった羽蟲が、すぐに力なく地面へと落ちる光景を目にした。

 

 銃を下ろし、足元に目を落とすと、ゴロゴロとした石が散らばる草むらの中に転がる二発の金色の薬莢。

 たったの二発であの蟲を完全に沈黙させれる威力に、導力拳銃ではまず命中が狙えない距離でも軽々命中させる精度。

 

 あの羽蟲はケルディック街道にも同じ種の魔獣が居たが、拳銃弾ではマガジンが空になるんじゃないかと心配になる位に銃弾を撃ち込んでやっと倒せる位だった。

 《ラインフォルト・スティンガー》は比較的大きいサイズの軍用導力拳銃だが、所詮は拳銃という護身用の武器の威力。やはり武器としての性能に大きな差があった。

 

(これが軍が使う武器……。)

 

 実戦でこのライフルを使うのは今日が初。今の羽蟲は本日三匹目の単独で倒した獲物だった。たった三匹、と馬鹿にされるかもしれないが――そこで気合の入った大きな掛け声が私の思考を引き戻し、声の主の方向へと目を向ける。

 走るには傾斜のきつい草原。更に地面には大小様々な大きさの石が転がっており、意識して歩かなければ偶に躓く位に悪い足元だ。こんな所でもいつもと変わらない能力を発揮するには時間と慣れが必要――な筈なのだが、どうやら私とコンビを組む声の主は例外だった様だ。

 

 十アージュ以上もの全力疾走から一気に跳ぶラウラ。彼女の持つ大剣の剣先は牙を剥く狼型魔獣を鋭く狙っており、そのまま魔獣を一刀両断にする。

 

「ふふ、まるで狩りだな。良い気分転換になりそうだ」

 

 大剣で魔獣を確実に仕留め終わったラウラが、凛々しい顔に笑みを浮かべる。

 彼女も口にしている通り、やっと身体を動かす実戦に心躍るといった感じだ。勿論、最近色々と悩みを抱え込んでいる彼女にとって、少しの間だけでも忘れれる良い機会でもあるのかもしれない。

 ラウラがいつものラウラをやっと見せてくれたことに、私は安堵した。

 

「狩りって言うと、マキアスは『貴族趣味なんて冗談じゃない!』とか言いそうだよね」

「だが課題となれば口では文句を言いながらも乗り気になるのだろう」

「あはは、確かにっ。今度マキアスがユーシスと同じ班になった時にこんな課題があったら面白いのにね」

 

 ラウラと私は顔を合わせて、マキアスの貴族趣味嫌いネタにした冗談に笑う。

 そういえばこうやってラウラと笑い合うのは久しぶりだ。少なくとも先月の特別実習から帰って来て以来は殆ど無かったと思う。最後は多分、特別実習の後にトリスタ駅で起きたアリサとリィンの感動の再会の時だろうか。

 私とラウラの関係が悪い訳ではない。こうやって私の冗談に笑ってくれるのだから、多分大丈夫だろうと信じたい。やはりバリアハートから帰って来て以来、銃の特訓等で私がフィーと一緒に居る時間が長かった事が大きな理由だろう。

 

「ふむ……もうこの辺りには魔獣の姿は無いようだな」

「そうだね、下の方に降りる?」

「ああ、だが……」

 

 ラウラの視線にまるで悪い事を隠していた子供の様にドキッとしてしまう。

 

「流石、ラウラだね。ちょっと疲れたかも。少しだけ休まない?」

 

 以前だったら、私は促されてもきっと自分から「休みたい」だなんて言えなかったと思う。

 ふと入学したての頃、旧校舎の地下の探索でエリオット君が気を利かせてくれてくれた事を思い出す。いくらか私も成長――いや、慣れて図々しくなったのかも知れない。

 

 丁度良さそうな岩場に腰を下ろしてライフルを地面に置くと、やっとその重みから腕が解放される。

 ラインフォルト社の最新技術によって作られたアサルトライフル《RF-XM1200》は従来のライフルより比較的軽いらしい。確かに私がこの銃の他に唯一手に取って構えた事のあるライフルは金属製でもっと重量感があった。

 だが、あくまで”比較的軽い”である。二時間以上も駆け回った後の私にとっては、樹脂製も金属製も大して変わらない。簡潔に説明すると、ライフルが重くて腕がダルい。

 今まで導力拳銃しか手にしたことのない私にとっては、やはり武器の重さが三倍になったのは大きな痛手だ。

 

(でも、軍の兵士はこれより古くて重いライフルを担ぎ、子供の体重程の重さのある荷物を背負ってるんだよね……。)

 

 そう考えると自分に少し情けなくなりそうだ。

 溜息をついてから、私は空に向けて腕を、地面に向けて脚をうんと伸ばした。

 身体の節々が固い感覚が少しはマシになってくれるといいけど。

 

 そんな事を思いながら正面に目を向けると、ほんの少しだけ身体の疲れを忘れてしまう程の素晴らしい光景が広がっていた。

 もう水面下に沈んでしまっているが、まだまだくっきりと砂の白さが分かる私達が文字通り”歩いて海を渡った”橋。橋が繋がる対岸は森に覆われる南島。こういう形で見れば、先程までいた南島が小高い丘位しか無い比較的平坦な地形であることが良く分かる。その位、”橋”を渡っている最中に目にした、海のすぐ傍まで山の岩肌が迫る風景とは対照的だった。

 干潮時のみ姿を表わす白い砂の橋――左方と右方、内海と外海の明らかに明暗の差のある海の色――そして、全く異なる姿の二つの島。まるでここが天国に一番近い場所のように思えてくる。

 

「《神々の庭園》か……既にこの光景がそう思えるな」

「綺麗だよね……」

 

 ラウラの言葉に私は全面的に同意して頷く。

 

「ラウラとは最初の特別実習の時以来だけど……やっぱり凄いよね。リィンやユーシスもそうだけど……剣を自在に操れる人って本当に格好良い」

「……私はまだまだ未熟者だ」

 

 顔を曇らせ、彼女は自らの足元に視線を落とす。

 私はもしかしなくても余計なことを口走ったかもしれない。

 

「……すまない。これは私自身の問題だったな」

 

 私が何と声を掛けたらいいか迷っている内に、ラウラはそう告げた。

 

「そういえば、エレナは同じ事をケルディックの時にも同じ事を言っていたな。ふむ……」

 

 そこでラウラの視線が今度は私の足元を見て、一瞬だけ先程とは違う複雑な表情を浮かべた様な気がした。

 

「エレナは何故剣の道に進まなかったのだ?」

「えっ……?」

 

 剣の道と言われてもラウラやリィンと違って、私は士官学校の試験を受けるまでは酒屋の道だったりお嫁さんの道で手一杯というか、それしか考えていなかったのだが。それに、私、男子でもないし。

 

「何、少し疑問に思ったのだ。士官学院に入学する際、武術の選択があっただろう?剣に憧れるのであれば、何故剣術を選ばなかったのかと思ってな」

 

 なるほど、士官学院に来てからという意味だったのか。そう言われれば、ラウラの言う通りだ。何故、私は銃を選んだのだろう。

 故郷の村にある程度の自衛が出来るようにする為の訓練があったからだろうか。勿論その場で剣にも触れたことがある。しかし、士官学院では選ばなかった。

 でも何となくだが、ハッキリと分かってはいた。

 

「ごめん……なんでだろう。そう言われると諦めていたのかな……多分」

 

 ”多分”、とか、”そう言われると”、等の曖昧な言葉を使ってしまったが、自分には無理だと眼中にすら無かったのだから、”完全に”諦めていたのだろう。

 そんな私に返って来たのはラウラの厳しい言葉だった。

 

「何事も初めから諦めていれば上達は望めん」

「あはは……そうだよね」

 

 まあ、あんな事を言われれば、面として口に出すかどうかは別にして内心誰もがラウラと同じ事を思うだろう。

 

「だが――もしエレナが剣の道に興味があるのであれば、私と共にアルゼイド流の剣術を学ばぬか?」

「えっ?」

 

 先程の厳しい言葉に少し気落ちした私は、彼女の口にした言葉の意味を理解するのにほんの少しだけ時間を要した。

 

「いやいやいや!私にはそんな大きな剣、持ち上げる事も出来ないよ!?」

 

 無理に決まっている。あの大剣が一体どれ位の重さがあるのかは定かではないが、あの大きさの鉄塊がとんでも無い重量なのは見れば馬鹿でもわかる。このラインフォルト社の最新製で軽い筈のアサルトライフルでさえ、今日一時間程で腕がだるくなっている位の私になんて物を持たそうとするのだ。

 いやいや、その前に剣の道を進む彼女なら、私にそれが無理な事位見なくても分かるだろう。

 もしかしたらラウラなりの冗談なのかと発想を変えた頃、何故か目を丸くしていた彼女がクスリと笑った。

 

「勘違いさせてしまった様だが、アルゼイド流とはあらゆる武器を扱う総合的な武術。私は父の跡を継ぐ為故に大剣を扱うが、決してそれに限ったものではない」

 

 例えば片手剣もあれば短剣もある、そう続けるラウラ。

 ここにきてやっと私は、お世辞か突拍子も無い誘いと思っていた認識を改める。

 

「幸いにもⅦ組には同じく剣で高い技量を持つ仲間もおり、よく共に手合わせをしている。学院の武術教練の授業が無くても環境に不足は無いぞ」

 

 きっと手合わせしている仲間とはリィンとユーシスのことだろうが――それよりも重要なのは、ラウラのこのお誘いを受けるべきか、否か。

 

 からかわれそうなので本人の前では絶対に言わないが、私の憧れはサラ教官だ。勿論、ラウラやリィンの様な剣士にも憧れるが、彼女のどんな間合いであっても強さを発揮する鮮やかなスタイルに目を奪われたと言っても過言ではない。

 導力銃と導力機構の付いたサーベルを自在に扱い、圧倒的なパワーとスピードで相手を封殺する――フィーには「アレは論外」と言われてしまったが、憧れる分には自由だろう。

 

 ラウラから剣について学ぶことが出来れば、一歩だけでもサラ教官に近づけるかも知れない。そんな淡い希望すら浮かぶ。

 もし、私もあんな風に戦えたら――。

 

「エレナ」

 

 私を妄想の世界から引き戻したのは、目の前のラウラではなくフィーの声であった。

 驚いて後ろを振り返ると、そこには一人で良いと海岸沿いの魔獣の退治に行ってしまったフィーが私を見上げていた。

 

「そなたは一人で海岸沿いを回るのでは無かったのか?」

 

 先程の微笑みを打ち消して悪感情すら漂うラウラ。声も冷たい。

 

「えっと……どうしたの?」

「もう海岸は全部終わったから。エレナの調子を見に来た。邪魔だった?」

「そっか、ありがとう……」

 

 口にこそ出さないが、少なくともラウラとの話をしている最中という意味では邪魔だったかも知れない。しかし……。

 

「え、えっと、ラウラ……一応、その……考えておくね?」

「ああ、分かった」

 

 ほんの少し、フィーに視線を向けたラウラは何とも言えない表情で口を開く。

 

「……私はあちらの方へ行くとしよう。視界からは出ないように心掛けるが、もしお互いを見失ってしまったら昼にまた会おう」

「あ……ラウラっ……」

「これは私自身の問題なのだ。気にすることはない。……それはエレナも分かっていると思うが?」

 

 まさか、昨晩マキアスとエリオット君に言った言葉を聞かれていたとは。

 あの二人がラウラに言う等は考えられないし、やはりあのテラスでの会話がラウラの耳に入っていたというのが正しいだろう。

 

 ラウラはフィーを嫌っていたり憎んでいたりしているのではない。しかし、やはり無理なのだろうか。

 

「ごめん……」

 

 フィーが小さく呟いた言葉は、何に対してなのだろう。

 落ち込んだ表情を見せたフィー。ぶつかり合ってこそいるが、ラウラにここまであからさまに避けられた事に少なくないショックを受けていたのは明らかだった。

 

「フィーが謝ることはないと思うよ。私はそう思う」

 

 私だってラウラを止めなかった。リィンが、アリサが私の立場だったらどうするのだろう。

 二人を説得するだろうか。それとも、私の様に出来る限り問題に関わらず、いつも通り接して”二人に任せる”スタンスだろうか。

 

 でもリィンやアリサなら、少なくとも今の様な事は起きなかった。そんな気がするのだ。

 

 

 ・・・

 

 

「ライフルはどう?」

 

 フィーがやっと口を開いてくれるまで十分は掛かった。やっぱりショックだったのだろうとは思うが、私には掛ける言葉が見つからない。

 悩むラウラの姿を知る以上、薄っぺらく彼女を批難するのは流石に筋違いにしか思えないのだ。故郷に居た頃は少なからずその様な同調のノリがあったが、このⅦ組にはそんな事を私の口から聞いて喜ぶ人は居ない。そう考えるとⅦ組の人は本当に良い人ばかりだと思ってしまうのだ。

 

「いい感じだよ。やっぱり威力がすごい違う」

「そっか」

 

 フィーは素っ気無さそうにそう呟くと、何かを探すように辺りを見渡した。

 

「じゃあ、アレを狙って」

 

 そして、大分先の崖の上をフィーは指差す。フィーの視力の高さに驚きながらライフルを構えると、スコープ越しに何やら大型の牛の様な魔獣が認識された。

 私の目には小粒にしか見えなかったというのに。

 

「339アージュ……この距離なら……」

 

 シャロンさんから渡されたこの銃、RF-XF1200の有効射程距離は400アージュ。導力拳銃と比べれば遥かに射程は伸びているが、空気抵抗による威力や弾速の減衰や風による弾道のブレ等を考慮すれば、やはり近ければ良いことに越したことはない。但し、普通のライフルであれば。

 ただ、この銃には射撃管制装置という絶対必中を保証してくれる物がある。

 

 スコープの中では、自動的に目標だと認識された魔獣が緑色の四角い枠で囲われている。これをスコープの中心になるように銃口を少しずつ動かしてゆくと……枠の色が赤へと変わり、この状態でトリガーを引けば確実に命中するのだ。

 

 私は赤枠の中にいる魔獣に向けて景気良くトリガーを長く引く。

 激しい発砲音と銃が跳ね上がるような連続する反動を受けながら、十発程度の弾丸を撃ち込み目標を沈黙させた――筈だった。

 

「あれっ、えっ……外した!?」

 

 スコープの中で、一瞬だけ体勢を崩した牛型魔獣が逃走する姿が見えた。

 

「やっぱり」

「え?」

「エレナはまだライフルに慣れてない。いくら射撃管制装置が付いていて、アシストしてくれても当たらないものは当たらない」

「え、えっと……」

「一発目は射撃管制装置のお陰で大体当たると思う。でも、その反動をちゃんと抑えれなかったらそれ以降は当たらないよね?」

 

 私の認識では絶対必中の筈なのに、その発想は甘過ぎたようだ。

 

「それにマシンガンじゃないんだから、基本的にフルオートは使わない方がいい。反動でブレてどうせ当たらないから、弾を無駄にバラ撒くだけ」

 

 特に遠くを狙うなら尚更、と付け加えるフィー。

 確かに今日私が倒した魔獣は遠いとはいっても50アージュも離れていなかったし、羽蟲等の比較的小さな魔獣であった。そう考えればイージーゲームな訳である。

 

 いつになったら私は一人前になれるのだろうか。そう思うと少し落ち込みたくなる。

 武器だけで強くなったつもりだなんて甚だしい――そう言われているみたいで。

 

「じゃあ、次は――」

「あ、エレナ達!」

 

 フィーの次のターゲットの指示を遮ったのはエリオット君の声。

 少し離れた場所で彼が手を振っていた。その隣にはマキアスも居る――そしてラウラも。

 

「あの下に魚の課題に使えそうな綺麗な小川があるんだが、昼も近いし川原で昼食としないか?」

 

 合流したマキアスがちらりと森の影の中に見える小川を指しながら口にした提案は、確かに魅力的だった。朝から三時間駆け回っていたのだ。流石にお腹も空く。

 

「ん。もうこの辺りは魔獣の駆除も粗方終わった。海岸沿いもオーケーかな」

「こちらはまだ少し掛かりそうだが――まあ、制限時間はたっぷりあるからな」

 

 南島と北島を行き来するためにはあの干潟を通らなくてはならない。潮の満ち引きの関係から干潮を待たねばならず、再び歩いて南島に渡れるのは約十二時間後となる。

 その為、私達はいくら早く課題を終わらせてもこの北島に後八時間は滞在することは確定事項なのだ。だから、時間はいっぱいあるのだ。

 

「じゃあ、私、お昼ご飯に貰ったバスケット持ってくるね」

「では――」

「じゃ――」

「一人で大丈夫。すぐ戻るから、みんなは川で待ってて?」

 

 私はラウラとフィーの言葉を遮って、そのまま荷物を置いている海岸沿いの小屋に向かって駆けた。

 ゴロゴロとした石に足を取られそうになりながらも、皆の姿が後ろに見えなくなる迄は勢いは落とさずに走りきった自分を褒めてあげたい位だ。

 

 あの場でどっちかを選ぶ何て私には出来ないし、二人を選んだら気不味すぎる。我ながら損な役回りだと思いながらも仕方が無いと諦めながら、肩で息をしながらトボトボと歩く。走ったからか、溜息が荒い呼吸に飲まれてしまう。

 

 十分程ですぐに辿り着き、酒場のお姉さんから渡された昼食と借り物の釣り竿を手に持って、小屋を出た私はふとした違和感を感じた。

 

 あたりが少し暗い。

 そう感じて上を見上げた私の顔に、灰色の空からの小さな水滴が当たる迄、僅かな時間も無かった。

 

(……雨?)




こんばんは、rairaです。
中々碧Evoが進まなくて困っています。零Evoの時もそうでしたが、やっぱりある程度同じ内容をプレイするのは中々進みませんね。分かっていたことですが…。取り敢えず今回はBGMが素敵でした。

さて前回は朝から色々と痛々しいことになっていましたが…今回は大して危険な相手では無いものの久しぶりの戦闘でした。実に15話ぶりだったり、私自身も驚きです。それだけ三章の学院での話が長かったんですね。また日常回が書きたくなってきました。

今回は複雑なラウラにスポットライトを当ててみました。この物語はエレナ視点ですので少し分かりづらいかもしれませんが…。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。