『海と山の天気は変わりやすい』とはよく言うものの、この季節にこんな大雨が降るなんて私にとっては想定外も想定外。全く思いもよらなかった。
広大な帝国では場所によっては気候も異なる。故郷とこの島、そして、学院のある帝都近郊地域もそれぞれ違い、温暖で乾燥している南部では夏季は水不足に悩まされるほど雨は降らない。
中間試験の頃の長雨でも同じ事を感じていたのだが、中々身に染み込んだ習慣や癖が直せない様に、やはり未だ私は色々な事柄で故郷を基準に考えてしまうのが抜けない。『三つ子の魂百まで』とは少し違う様な気はするけど、何となく本質は似ている気もする。何気に私がリフージョの村で暮らし始めたのは三歳の時だったし。
今の状況と関係のない方向に思考がズレていくことに気付き、ハッと我に返る。関係ない事を考えて転けたりしたら目も当てられない。
我ながらかなり急いで走ってはいるが、ただでさえ良くない足元でこの大雨だ。もはやいつ転んで体が泥まみれになるかも分からないのに。
(”女神様の気まぐれ”だと思っても納得出来ない……!)
よく故郷の教会の神父様は悪い天気の時に女神の気まぐれと語っていたが、仮に本当なら……こんな唐突に大雨を降らすなんて空の女神様も流石に癇癪過ぎるだろう。
――結構不味い、そう脳内で警鐘が鳴らされる。
最初は帽子に肌を湿気らす位だった小雨は、あっという間にまるでシャワーような強烈な雨となり、深く被った筈の帽子を染みて頭を濡らしてゆく。
右手に昼食のバスケット――もう中身もびしょ濡れだろうが――左手にはレイクロード社の釣り竿、背中にはスリングの紐で負うような状態のライフルが走る度に左右に揺れて偶に痛くて、やっぱり重い。
帽子の中も完全に水を含み、髪から額に流れるように雨水が走る。
足がいつの間にか冷えている――冷たい雨水は容赦無く靴の中に侵入し靴下をたっぷり濡らし、まるで両足が水中に半分突っ込んだ様な音がしている。
つい二十分程前にみんなと別れた場所に、やっと辿り着いた時、私は言葉を失った。
なんと、先程見た小川は数倍の川幅の濁流となっていたのだ。
あの近くに行くのは流石に自殺行為ではないか……そして、みんなの姿は見えない。
置いて行かれた、見捨てられた――そんな感情が浮かぶ。
(そんな訳ない――Ⅶ組のみんなが私を見捨てる筈なんて無い……けど……)
そう信じてはいるものの、少なからず不安になってしまう。
だって、誰も居ないのだから。
更に、全身ずぶ濡れで走っていた為に熱さと冷たさが混ざり、そんな私の身体の状態が不安を増大させる。
それにいくらⅦ組のみんなでもこの大雨の中、私を探すのは難しいのでは……。
気付けばいつの間にか雨粒が斜めに降っており、私の濡れた髪が風に煽られる。風が出てきた、これはもう本格的な暴風雨になるかもしれない――流石にこれは不味い所じゃなくて、やばい。このまま私一人ぼやっとしていれば命の危険がある。
(でも、どうしよう……)
急に、いつの間にか一気に自分が子供になったような気分になった。まるで見知らぬ土地で迷子になったのに似た気持ち――額と顔を流れる雨水の冷たさと対照的な熱が目頭に溜まる。
やばい、泣く――。
「エレナ、こっちだよ!」
強い雨音はその声を掻き消し、声がどこから発せられたのかが分からない。もしかしたら、私の幻聴という可能性もあるかも知れない――しかし、例え幻聴であったとしても悲観的な気持ちは一気に消えた。
目の前には数アージュの高さの崖、眼下には森林と濁流。この崖は少し左手奥から降りれるが――
「エレナ!」
再び聞こえたのは、確実に仲間の声だ。
私は恐る恐る崖の下を覗きこむと今迄死角だった岩肌にぽっかりと穴が開いており、その前にⅦ組の面々がいた。
・・・
「はぁ……はぁ……」
強い雨音しか聞こえない中に、私の熱い吐息の音だけが響いた。熱くて、冷たい。
「大丈夫?」
「う、うん……めっちゃ頑張って走ったけど……」
私の返事にエリオット君は心配そうにしてくれていそうな気がするが、人の顔に見ながら歩ける程この洞窟の入口は楽ではなく、隣を歩いてる彼と目を合わせることも出来ない。
それにしても雨の中を走るという行為は非常に体力を消耗させるというが、それは本当なのだろうと実感していた。既にもう今直ぐベットに倒れこみたいぐらいだ。
「……中々戻ってこないから、本当に心配したぞ」
「マキアスは心配症――ごめん、心配かけた」
少し前を歩くマキアスとのやり取り。冗談で返す私に、シルエットだけしか分からない彼が振り返り、彼の顔に張り付いているのは真剣そのもののである事を察する。
雨の入ってくる入口付近からほんの少し歩くと共に、目がこの暗さに慣れてきて何となく洞窟の中の様子が把握出来てくる。
その時、視界が白色に染まった。
直後、鼓膜を大きく揺らす轟音が鳴り響く。
「ひっ……!」
「うわっ……!」
思わず声が出て、ビクッと飛び上がりそうになる。いや、心臓は確実に飛び上がった。明らかに鼓動は早くなっている。
いくつになってもあの恐怖心を酷く煽る落雷の轟音は苦手だ。子供の時の様に怖くて眠れないなんていう事は無いが、それでも怖いものは怖い。
隣で手で両耳を押さえて、目をぎゅっと瞑ってしゃがみ込むエリオット君。
「えっと……エリオット君?」
「ご、ごめん……」
彼は慌ててその場から立ち上がる。暗くて表情はよく分からないが、声から察するに恥ずかしそうにしているのかも知れない。
「雷、怖いの?」
「……う、うん……あはは……情けないよね……」
「大丈夫、私も怖いから。普通だよ」
落ち込んでる男子相手にこんな事を思って良いのかは分からないが、私は少し安堵していた。
ラウラやフィー達は雷なんてへっちゃらそうだし、マキアスだった怖がってそうには見えない。
一人ぐらい私と一緒に怖がってくれる、普通の反応の人が居てくれた方が安心できてしまう。
「大きな雷だな……」
「ああ、そうだな……」
「光と音のラグが0.1秒程度……35アージュか。結構近いね」
空気中の音の速度はおよそ秒速340アージュ。つまりこの距離以上離れていたら、閃光から轟音まで一秒の間が生じる筈である。
あの差の時間を把握して、直ぐ様距離に直すフィーは流石だ。
「……それにしても……海と山は天気が変わりやすいと良く言うが、まさかこれ程とはな……」
「同感だ。こんなに大荒れになるとは予想外だったな」
ラウラがマキアスの言葉に頷き、洞窟の入口へ顔を向ける。
厚い雲に阻まれている様で外は結構暗く、雨が入ってこないように十アージュほど奥に入ったために採光の期待できない洞窟内は全く明かりは無い。
この洞窟が明るくなるのは、時折轟音とともに洞窟内を閃光で明るくする落雷の時だけだった。
洞窟内の地面は汚れてはいそうだが、もう棒になりかけている脚の悲鳴は無視できず、私はその場に座り込んだ。
濡れたスカートと下着越しにひんやりとした岩肌の冷たさを感じて、ほんの一瞬の寒気を感じながらもそのまま背中も洞窟の壁面に預ける。
疲れた。濡れた自分の身体はよく見えないが、まるで水を着ている様な感触だけである程度の状態はわかる。
「……とりあえず、ご飯食べない? 朝作ってもらったバスケットはちゃんと持って来たよ」
現実逃避を兼ねて――自らの横に置いてある籐カゴを叩いて、皆に提案してみる。
もう中身までぐちゃぐちゃに濡れていそうだけど、と付け加えて。
考えても溜息しか生まれなさそうな事は取り敢えず頭の片隅に置いておこう。ご飯の間ぐらいは。
「しかし……」
外は先程よりも更に暗くなり、この暗さではもう誰がどこに居るかも微妙だ。私も足を伸ばすと自分のつま先が何処にあるのか分からないかも知れない。
マキアスの声色の通り、流石にこの状態でご飯は難しすぎるだろうか。
「うん。これは使えそう」
いつの間にか洞窟の入口付近にいて、この空間の唯一光源をバックにしゃがむフィーが、少し太めの木の枝を数本手に持っていた。
そのまま彼女は私達に軽快に近づいてくる。
「いや、しかし……まさか摩擦で起こすのか?」
私達が座り込む場所の丁度真ん中辺りに集めた木の枝を置いてゆく彼女に、怪訝そうにマキアスが尋ねた。
原始時代流の木と木で摩擦発火だなんて大人の男でも難しいと言われているのに――いや、フィーの身体能力なら出来ないことも無いだろうけど……。
「もっと簡単な方法がある」
彼女の行動に難しそうな顔をするマキアスの疑問に一言で答え、木の枝を集めた場所から数歩下がり、おもむろに何かを取り出した。
「《ARCUS》駆動――」
フィーの呟きとともに、暗闇の中に浮き出たのはアーツ駆動中に展開される赤色の魔法陣。
ぼやっとした赤色の光にみんなの顔が照らされるが、誰もがフィーの行動を理解出来ていないようだ。
「いっ、一体!?」
「――《ファイアボルト》」
マキアスを遮って、フィーがアーツ名を口にすると魔法陣が消え、彼女の手にする《ARCUS》から小さな火の玉が生まれる。
辺りを照らしたその火の玉は木の枝の集まる場所へと直撃し、瞬く間に発火した。
「わぁ……!」
「そういう使い方が……」
お互いの顔が見える位にまでは明るくなった洞窟内を見渡しながら、感嘆するマキアスとエリオット君。
私もフィーの臨機応変さに驚きながら、気付けば彼女を賞賛していた。
「すごい……!」
「まぁ、前にもこんな事があったから。火が消えない様に燃えやすそうな物を集めてくれると助かるかも」
「ああ、わかった……!」
フィーの言葉を聞いて、マキアスとエリオット君が明かりが届く身の近くの木の小枝や葉っぱを探し始め、無言ではあるもののラウラも一応は協力する様子を見せている。
(私も探さないと……)
と、思いながらも身体が中々動かない。そんな私に最初に気付いたのがフィーだった。
「――エレナ?」
「って、ちょっとエレナ、びしょ濡れだよ!?」
次にエリオット君。大きな声が洞窟内に響き、皆の視線が集まる。
焚き火の明かりで水に濡れて色が変わった上着を見たのだろう。洞窟の外では皆が皆余裕が無かったので気付かれなかったが、流石に明かりがあれば隠す事は難しい。
「だ、だよね……」
そんな間の抜けた返事しか出来ないのは、自分の状態を知っていたからだ。あれだけの大雨の中走ってきたのだ。勿論、上着はずぶ濡れだろうし、水を含んで重たさすら感じる。その中のシャツや下着も雨水や汗が染みて、肌にぴったりとくっつく感触が気持ち悪い。
けれど、もう疲れきった私にとっては上着を脱ぐのも面倒で、同じくずぶ濡れの帽子すら被ったままだ。
とりあえず、帽子と上着は脱いでおこうか……。
まず帽子を脱ぎ、早く乾けばという期待を込めて焚き火の近くに置く。そして、制服の上着を脱ぐためにボタンに手を掛ける。透けちゃってるんだろうなぁ、と一瞬脳裏を過るが所詮は焚き火の明かり、流石に分からないと信じたい。
上着も帽子同様に火の近く置く。帽子はともかくこっちは早く乾いて欲しい。
ついでにたっぷり水を含んでタポタポと音がしそうなスニーカーと靴下も脱ぐ。気持ち悪い状態からやっと解放されて気持ちいいが、まるで長風呂してしまった時のような皮のふやけた素足はちょっと恥ずかしく、男子二人に見られたくなくて膝を抱え込んで隠す。
(正直、問題なのは上より下なんだけど……)
目を少し落とす、こっちはスカートが完全に水を含んでおり、下着もぐっちょり。もう色々と酷い。
スカート、早めに絞らないと。下着は……。
(脱いで乾かすのが一番なんだけど……)
でも、男子の居る中で脱げるわけが無いし、彼らの目の触れる所で乾かすなんてもっての外だ。そんなのは流石に恥ずかしすぎる。無理、絶対無理。
心配そうな視線を私に向けるマキアスとエリオット君は、私がこんな事を考えてるなんて絶対分からないだろう。いや、逆に察されたら非常に恥ずかしいのだけど。この場にA班側の男子がいなくて良かった。リィンやガイウスならピンと来るかも知れないし――ユーシス様は単純に尖すぎる。
「大丈夫……?」
「多分……大丈夫」
エリオット君には何とか笑うことは出来た。主に諦めの意味合いの苦笑いだけど。
「とりあえず、このタオルを使ってくれ。頭だけでも拭いた方が良い」
「あ、ありがとう……ラウラ」
小さなタオルハンカチを差し出してくれるラウラ。ちょっと高級感のある肌触りに、少し遠慮がちに濡れた前髪を拭いた。
・・・
「良かった……そんなに濡れてない」
濡れた籐カゴの中に二重の紙袋に入っていたためか、私達の昼食はそれ程濡れてはいなかった。
少し硬くて厚めのパン塩っぱいハムとポテトサラダが挟んである。あまり色は良く分からないのであくまで多分――だが。
「おいしい……」
このままガブっとこのパンに食いつきたい――のだが、それでももっと味わって食べないと勿体無くて少しずつ少しずつ口を進めてしまう。一応、一人当たりそれなりの量は用意されてるのだけど。
ポテトサラダはスパイスの味が強く、ハムの風味はいつも食べるものと違いかなり塩っぱいが、これが郷土の味という奴なのだろう。背中とお腹がくっつきそうだった空きっ腹には何でも美味しい。
「それにしても、更に強くなってそうだよね」
パンを片手に洞窟の出口に目を向けているエリオット君の言う通り、雨音と落雷の頻度は少し強くなっている様に思う。
「……外の暗さから相当雲が厚い筈。当分はここから動けないね」
「当分は……って、8時に南島に渡らないと朝まで此処にいることになるんじゃ……」
フィーの言葉に不安そうな顔をするエリオット君。
「まあ、そうなるね」
「今は1時過ぎ……後7時間か」
《ARCUS》の時計で時刻を確認したマキアスが表情を曇らす。
「ここで一晩は過ごす覚悟はした方がいいと思う」
「ええぇ……」
「じゃあ、こんな嵐の中、海を渡るの?」
エリオット君が少し情けない声を上げ、フィーが問い返す。
「だけど……」
それは、自殺行為に等しい。ただでさえ、もう暴風雨といっても差し支え無い程の天候だ。海の荒れ方なんて想像したくもない。干潮になって砂の橋が出たとしても高波に拐われてしまえば一巻の終わりだろう。
ここに好んで一晩も居なくはないが、外に出る訳にもいかないのだ。
「仕方あるまい。幸いこうして雨風を凌げて暖もとれている。空腹は避けられまいが、一晩位ならば何とかなるだろう」
「私も同感かな……」
二つ目のパンの最後の一欠片を飲み込んで、私はラウラの言葉に同意した。
想像以上に自分の声が小さかったが、ちゃんと意思は通じたようで安心する。
「……諦めるしか無さそうだな」
「……うん」
マキアスもエリオット君も反対することはなく、今後の予定は天候が回復するまでこの場に留まる方向で決定だろう。
もっとも単に他の選択肢が無いというのが事実なのだが。
再び洞窟の中を沈黙が支配する。洞窟内に響くのはパチパチという焚き火の薪からの音のみ。
静かにそれぞれのパンを頬張る皆の姿は、考えれば考える程暗くなるものだ。あれが明日までの最後のご飯だと考えれば、もっと大事に食べれば良かった。
そんな事を考えながら焚き火を眺めていると、急に瞼が重くなってくる。
どうせここから出ることも出来ないのだ――寝てしまっても――。
・・・
「くしゅっ」
まどろみの中で急に寒気を感じたと思えば、くしゃみと共に目が覚める。
暗い洞窟内にぼんやりとした焚き火。肌にまとわり付くじめじめとした湿気は外の雨のものか、私の濡れた服からか。
鼻水をすすりながら、寒さを実感する。髪は少しは乾いてきただろうか、しかし絞り忘れた制服のスカートの水が冷えてお尻が冷たい。
再び寒気に襲われて、自らの身体を抱き締めるように深く腕を組み、背中を丸める。
触れ合う腕が冷えきって冷たい。
「……すまない、起こしてしまったか?」
私を覗きこんでいたのは、申し訳無さそうな顔をしたラウラ。
「……あ……うん……あれ?」
上着は脱いだ筈なのに、何故か上着が私の背中に掛けられている。焚き火の傍には私のものと思われる上着と帽子。
この私のよりほんの少しだけ大きなサイズの上着が誰の物かはすぐに分かった。何故なら、上着を着ていないのはラウラしか居なかったから。
「ラウラの?」
「……上着無しでは寒いだろうと思ってな」
「ありがとう……」
もう一度、ぎゅっと自分を抱き込む。
上着を掛けてくれていても寒いのだ。無かったらもう完全に冷え切っていたかもしれない。
「気付かなかった。エレナ……そなた、濡れていたのは上着だけではなかったのだな」
ラウラの視線が下、私の下半身に移る。
お尻が、太腿が冷たい訳だ。私の座っている場所を中心にちょっとした水溜りの様になっていた。
「あ……その……大丈夫、だよ?」
「……身体も冷えているな」
すっと左手をラウラの手に取られる。彼女の手が温かい。そのまま、ずっと触れていて欲しいと思うぐらいに。
「……ぬ、濡れてても大丈夫だって……!」
タイミングの悪いことにそこで私はもう一度、くしゃみをしてしまった。
私のバカ。みんなに心配をかけるなんて。
「ちょっと出てくる」
そう告げたのはフィー。
「えぇ!?」
「待ちたまえ! この嵐の中何をするつもりだ!?」
エリオット君が驚き、マキアスが強い口調でフィーを止め、ラウラは無言で無表情の彼女を見つめる。
ラウラから目を逸らしたのか、私とフィーの目が少し合う。
「小屋から荷物を持って来る」
「……私の着替え?」
「それもある」
「だ、大丈夫だって……その……最悪は……」
恥ずかしがらずにスカートと下着を脱いじゃえば……うう、避けたいけど。
やはり、もうこのままでいい、と声を大にして叫びたい。
「エレナのだけじゃない」
「え?」
「私の荷物の中には非常時に使えそうな物も入ってる」
「だが、つい先程君自身がこの状況の危険性を話していたじゃないか!」
少し感情的に声を荒げるマキアスだが、表情は至って真剣だ。真剣にフィーの単独行動を阻止しようとしている。
「……私は団でこれより酷い悪天候下での作戦行動の経験がある。波打ち際近くに寄らなければ、私にとっては然程問題無い」
静かに意思を感じさせるようにフィーが口を開いた。それは、明確に自分は違うという意味合いを帯びていた様に思えた。
「……しかし、それでもフィー君も荷物も濡れるだろう!?」
「そうだよ、フィー。私は大丈夫だって……こうやって火に当たってれば全然マシだよ」
マキアスと私は同調して彼女を止めようとするが、彼女の豊富な経験と知識を根拠とした分析は私達が現状を甘く見ていた事を突きつけられる。
「天気が崩れてから急激に気温が下がってる。これは寒冷低気圧の証拠。このまま夜を迎えるとこの装備だと厳しいかも知れない。それに――」
フィーはそこで一呼吸置く。
「――このまま二、三日悪天候が続く可能性もある」
私は絶句した。二、三日ここから動けなくなる可能性があるなんて、もう完全な遭難者ではないか。
そして、マキアスも無言だった。彼から反論が無いと言うことが、フィーの分析が理にかなったものだった事を物語っている。
「エレナ程じゃないけどみんな結構濡れてるし、小屋にある全員の荷物を持って来る。非常用の食料もあるし、二日程度なら耐えれる筈」
自分のことで精一杯だったので今迄目に入らなかった。確かにフィーの髪の毛先がいつもと違っているし、マキアスの上着の肩も少し色が違う。
みんなもこの洞窟を見つける迄に少なからず雨に打たれたのだろう――そして、私の為に洞窟の外に出て私の名前を呼んでくれてた。
「でも……そんな無茶な!」
全員分の荷物を持って来るなんて、フィーはこの嵐の中を何度往復するつもりなのだろう。
「私も行こう」
「え……?」
ラウラの言葉に皆の視線が彼女に集まった。フィーを避けていたラウラが、フィーに賛同し協力するというのだ。
私やマキアス、エリオット君も勿論だが、一番驚いているのはフィー。言葉の意味と今の状況が信じられない、という顔をしている。
「一人では大変だろう。それに私達や荷物が濡れてしまったとしても、ここまで持ち込めれば乾かせる。そして、二人の方が効率が良い」
そこで一呼吸付いて、ラウラはフィーを見つめた。
「そうだろう? フィー」
フィーの顔が驚きから真剣な表情へと変わる。交差する二人の視線。
長い時間にも思える数秒の沈黙を破ったのは、フィーだった。
「……分かった。一緒に行こう、ラウラ」
こんばんは、rairaです。
やっと二章末まで進んだ碧Evoですが、やっぱりトワ会長も《G》もいないんですね。分かってはいた事ではあるのですけど…少しばかり残念です。
さて、今回は突然の土砂降りに心も身体もずぶ濡れのエレナとB班の面々のお話です。
前回、これまで刺々しく対立していたラウラとフィーの関係が、ラウラのあからさまな拒絶を理由に次の局面に入りました。
ただ、今回は非常時ということで二人も一時的に協力し合う事になりそうです。
原作のフィーが暴風雨の中を自由に行動できるかどうかは分かりませんが、この作品の彼女は壁走りしてしまう位ですし、《西風の旅団》であれば悪天候下での奇襲なんてのも有ったと想定して書いてみました。
ラウラは…アルゼイド流ならば問題無いということにしておいて下さい。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。