フィーの持って来ていたランプの明かりを頼りに、焚き火から少し離れた場所でぱぱっと躊躇無く着替えを済ます。
流石にここで時間を掛けるのは、洞窟の出口近くの雨が入ってこないギリギリの場所でこちらに背中を向けているマキアスとエリオット君に悪い。
少し濡れている着替えの袋にびしょびしょの制服のシャツとスカート、下着類を突っ込む。これはブリオニア灯台に帰ってから洗濯だ。特別実習に来てまで洗濯だなんて……少し気は重いが仕方ない。
(そういえば、バリアハートは最高級ホテルだったからなぁ……)
先月の特別実習で止まった帝国最高級の五つ星ホテルに思いを馳せる――残念ながらブリオニア島にそんなホテルは存在しないし、まず何よりこの島には宿屋が無かったりする。
持って来ていた着替えはスポーティなTシャツとハーフパンツ。洞窟内のひんやりとした空気の中では少し寒いが、タオルケットやその内乾くであろう上着を着れば、流石に凍える事は無さそうだ。
黒色のハーフパンツから伸びる自らの脚を見る。
脚が短いというのはもう諦めている事なので頭の片隅に放り投げて、いつのも制服のスカートと比べる。案外、特別実習時は制服よりこっちの方が動きやすいのでは無いだろうか。勿論、制服も制服で中々良い素材が使われていたりするらしく、見た目よりも耐久力があるらしいのだが――今思い返すとスカートで走り回るのは抵抗感しかないのだ。
(私が短いスカートに慣れてないだけなのかなぁ……)
トールズの制服、可愛いのだけどちょっと短すぎるのだ。これが帝都や都会のファッションなのかも知れないが、故郷に居た頃の適当な着こなしと、お店のエプロンが懐かしく思えてしまう。
着替え終えた事を男子二人に伝えると共に、ラウラとフィーの待つ焚き火の場所へと戻る。
「ラウラ、フィー、ありがとう。また助けられちゃった」
彼女達が一見すれば変わっていない様に見えるのは、外に出る時に上着だけは脱いでいったからだ。なので、実は上着の下に着る制服のシャツは今乾かしている所だったりする。それに下は制服のスカートではなくそれぞれ自分達が持って来た着替えの服で、ラウラはスペアなのか制服のスカートと全く同じ物だし、フィーはホットパンツだ。
「ん」
「当然のことだ」
二人はお互いに距離を取って座っているものの、何となく以前より遠くなっている気がした様な気もする。
私の気のせいかもしれないけども。
「雨、止みそうにないね」
「……更に強くなっていっている様だったな」
「波も相当高かった。今の海は大型船でも危ないかも」
厳しい外の状況を聞かされた私は、そっか、と小さく呟いて二人の間に腰を下ろす。
《ARCUS》に組み込まれている時計は午後四時前を指していた。
「このまま当分動けないんだろうし、少し休んだほうがいいね」
この嵐の中、ここから海岸近くまで往復した二人に少しでも休んで欲しかった。いくら彼女達の身体能力が一般人離れしていたとしても、体力を消耗していない訳がないのだから。まあ、私が寝たかったという気持ちが全く無いと言えば嘘になるけども。
「エレナ、そなたが先に休むといい」
「だね。私は火を見ていなきゃいけないから」
なんでこういう時ばかりこの二人は気が合うのだろう。この位仲良くしてくれれば私達の気苦労も減るというのに、なんて考えが一瞬頭を過るが――多分、この二人はそれぞれが私の為を思って本気でそう言ってくれているのだ。
「ラウラ、フィー。火は僕が見ておこう、他の皆も今は休んでおいてくれ」
「マキアス?」
「これぐらいしか今の僕には出来ないからな……」
「一晩中一人で火の番なんて無理。三時間で交代する」
「そうだ。マキアス、そなたはそれ程鍛えている訳でもなかろう?」
一気に劣勢に立たせられるマキアス。たった三時間では彼も引き下がる訳にはいかないだろうが、ラウラとフィーへの反論は難しく、彼女らを納得させるのは更に難しい。
「じゃ、じゃあ、マキアスの次は僕が見るよ!」
「そう来たら、次は私だよね」
そんなマキアスに加勢したのはエリオット君。そして、私もそれに続いた。
「君達……」
「はは、僕もこの位しか出来ないからね」
「ね、二人共。これでどう?」
これで九時間、どうだ!
丁度、私が二、三度寝してちょっと寝坊したのと同じ位の時間は休める筈だ。
きっと今二人を交互に見た私の顔には、してやったりという表情が張り付いている事だろう。
・・・
(いざ一人になると寂しいなぁ……)
私がエリオット君に肩を優しく揺すられたのは、交代時間の午後十時を少し過ぎた頃だった筈。
寝起きの悪い私が少し寝過ごしてしまったのだけど、嫌な顔一つしない彼は本当に優しい。だが、もう少しちゃんと起こしてくれれば良かったのに、とも思わなくもない。
そう、アリサやエマの様に。教科書で叩かれるナイトハルト教官流は勘弁だが。
交代してから暫くの間、私は中々寝付けないらしい彼と皆を起こさない様に小声でお喋りして過ごすことなるが、楽しい時間も長くは続かなかった。いつの間にか彼は規則的な寝息を立ててしまっていて――もう少し話し相手をして欲しかったという我儘な気持ちと、私と話すのがつまらないかったのだろうかという不安に少し落ち込む。
荒れ狂う外の状況なんてお構いなしな事を考えながら、独りで小さな炎をぼんやりと眺める時間はそれは長くて、とても退屈なものだった。
火に焼かれた薪の音と、もう慣れてしまった激しい雨音。洞窟の中で反響し、前者はかなり大きく、後者はくぐもって聞こえる。
交代の時間はまだだろうかと足元の《ARCUS》に私が手を伸ばしたその時、大きな地響きと共に視界が縦に揺れた。
「わぁっ……!?」
私の声のせいか地響きのせいか、眠りについていた皆が飛び起きる。
「な、何……? さっきの……?」
「一体、なんだったんだ……?」
すぐに揺れが収まった後も私達が狼狽える中、フィーとラウラは二人同じ方向を見ていた。
洞窟の更に奥、真っ暗闇の中を。
「……この奥からか……地震、という訳では無さそうだ」
「確認してくる。皆は待ってて」
双銃剣の片割れを片手に、空いた方の手に導力灯を持って立ち上がるフィー。
「待ちたまえ。単独行動は認めないぞ。皆で確認しに行くべきだ」
・・・
暫し洞窟を歩いている間、私は微妙な違和感を感じていた。
ひたすら進行方向は直進、傾斜も殆ど無い。更に奥に進むにつれて、いつの間にか壁や床、天井がくっきりと整ってゆく洞窟――これではまるで――その続きの言葉が頭に浮かんだのと同じ時、その場所を見た。
「これ……扉だよね?」
エリオット君が目の前の切り立った壁を見上げて口にする。
「やっぱり」
と、口にするフィーは歩いている時から想像が付いていたのだろう。
辿り着いたのは明らかに洞窟という言葉では表せない異質な空間。
これまで歩いてきた洞窟と比べて天井の高さは全然違い、目の前には高さ数アージュはありそうな巨大な扉のような石板が鎮座している。
もっとも扉の様に見える彫刻かもしれないが。
「明らかに人の手が入っている遺跡だな……。巨石文明のものと見て間違いはなさそうだが……やはりこの洞窟は……?」
「ん。トンネルっていうのが正しいかも。かなり古そうだけど」
「な、なんか不気味だね……」
「……同感だな」
エリオット君の言葉に頷くラウラ。導力灯に照らされる闇の中の遺跡は異様な雰囲気を纏っている。
扉に近づいたフィーは一通り観察した後、まるでノックをするかのように扉を叩いた。
「結構な厚さがあるけど……この向こう、今何か気配が――」
「「気配が……?」」
私は唾を飲み込む。気配、魔獣だろうか、それとも――。
「――危ない、退いて!」
一瞬だけ反応が遅れるが、縦揺れの中をよろめきながらもその場から離れる。
最初は言葉に反応しただけであったが、揺れる視界の中で扉が倒壊する様を見せ付けられ、警告の真意を悟った。
「扉が……!」
「もう、大丈夫みたい」
「今の地震の所為だろうが、水の侵食もあったようだな……」
崩れた扉の残骸を見てマキアスがそう語る。確かに扉の反対側は水に削られた後があり、先程まで扉によって隠されていた通路の天井から水が滴っていた。
「――しかし……これは……」
崩れた扉の向こうには天井の高い通路がぽっかりと口を開いている。しかし完全な暗闇という訳では無く、なんと壁がぼやっと光っていた。導力灯でも火でもなく、ただ光っているのだ。
「”苔”――みたい」
「苔……だと?」
壁際に近づいて光の正体を確認するフィー。彼女は発光する苔に照らされた通路の奥に顔を向ける。
「……何か変」
「ああ、確かに何かがおかしい。この淀んだ空気は何だ……?」
地震の原因は不明だが、もうこんな不気味な場所は御免だと、ここで来た道を引き返すのかと思いきや――
「って、入っちゃうの!?」
素っ頓狂な声を上げたエリオット君の反応どおり、まさか二人は奥へと足を踏み入れ、少し先でこちらを振り返っている。
しかし、その表情は硬いものだった。
「気を付けて。何か来る」
「え?」
突然、壁から飛び出したのは黒い影。
「うわぁっ!?」
「なっ!?」
それは直後に、ラウラの大剣に薙ぎ払われ、両断されるが――気付けば通路の天井や地面に空いた穴から次々と飛び出してくる。
まるで悪魔を連想させるかの様な、邪悪な刺々しい牙を露わにした口のある木。いや、木なのだろうか――まるで薔薇の茎のような刺があり、木の幹のように太いが、滑らかで木というより弦に近いようにも思える。明らかに異形だ――その身体を左右にくねらせる姿はもう見ているだけで身震いを抑えれない。
まるで、地獄の植物――こんな邪悪そうな魔獣がこの世に居るとは俄に想像し難かった。
気付けば目の前には十本以上の異形の植物魔獣。完全に行く手を阻まれる形になっていた。
「くっ……! 何なんだ、こいつらは!?」
マキアスが散弾を群れの中に打ち込み、反響した銃声と金切り声に近い魔獣の奇声が鼓膜を通じてお腹を響かす。
「数が多すぎる」
「……うむ」
ラウラとフィーの二人からなるB班の前線部隊は、連携こそなくてもⅦ組随一の高い戦闘能力をいかんなく発揮している。しかし、何分相手の数が多すぎた。
一体倒しても、またいつの間にかに一体が姿を表している。一気に倒さなくてはここを抜けるのは難しい。しかし、この様な狭い場所では彼女達の奥の手は有効に使えないのは明白だ。
幸い彼女らとマキアスが魔獣を足止めしながら戦ってくれているお陰で、私の所には直接的な攻撃は未だ来ていない。
あの数の異形の魔獣といつまでもぶつかり合っていても埒が明かないだろう――私はどうするべきなのだろう。どうしたら、目の前に立ちはだかるあの魔獣達を一掃できるだろうか。どうすれば、私はこの戦いで役に立てる……?
「《ARCUS駆動》――!」
(あ……)
――そうか。
隣でアーツを駆動させたエリオット君の声が、私にとって最大の助けとなった。
すぐさまポケットから自らの《ARCUS》を取り出し、その中心にある他より少し大きな銀耀石の結晶回路に触れる。
「支援するよ!《ARCUS駆動》――!」
私は導力魔法(オーバルアーツ)が苦手だ。
アーツは人によって向き不向きが有り、個人の才能が大きく影響する。それは、戦術オーブメントである《ARCUS》の盤面を見比べれば一目瞭然だ。
今、私が手に持つ《ARCUS》の盤面は比較的平均的な部類ではあるが、どうしてもずっと苦手意識を持っていたのには理由がある。
一旦アーツを駆動させれば発動までの時間は集中力を維持しなくてはならない。駆動中に他の行動をとることは推奨されず、集中を乱せばアーツの威力効果に影響が出たり、駆動時間が更に伸びることに繋がる。それも、危険と隣り合わせの戦闘中なのにも関わらず。
私が自らの《ARCUS》に組み込んでいる結晶回路(クオーツ)が戦闘中の身体能力の強化を目的とした物が多いのも理由の一つかも知れない。Ⅶ組の中ではあまり戦闘能力が高くない私は、どうしてもオーブメントの強化に頼らなくてはならない。
いまこうして右手で開かれている《ARCUS》の盤面には、金耀石と黒耀石、そして紅耀石の能力強化効果のあるクオーツが嵌めこまれている。
そして、最大の理由は七耀石の生み出す導力エネルギーへの親和性も私は大して高くもない事だ。今でも私がアーツで攻撃するより、才能のあるエリオット君が攻撃した方が効果――威力は遥かに高い筈だ。
そう思うと少しバカバカしくも思う。
だけど――”攻撃目的の”アーツでなければその限りではない。
「――いっけえ!」
何処からともなく銀色の剣が降り、”銀の茨”の名の通りに異形の魔物を円状に取り囲む。
そして、その楔の内側に浮かび上がる白色の五芒星の陣。
五芒星からの巨大な光芒が遺跡の天井に向けて爆発し、場が狂気に満ちる。
私はその時、信じがたい光景を目にした。
眩い白色と紫色の幻属性の閃光で染まる視界の中、魔物の影が消え失せてゆく。まるで、崩れるように、溶けるように。
強烈な光の奔流の音の中に、何体もの異形の魔物の断末魔の叫びが混じる。
明らかに様子がおかしい。
「なっ……」
「ええっ……!?」
そして、光が消えた後には魔物の痕跡は何一つ残らず、地面には数え切れない程の七耀石の小さな結晶が散らばっていた。
この状況が物語るのは一つしか無い――あの異形の魔物達はその身体を維持する事が困難な程の導力魔法の力を受けて消滅してしまったのだ。
「エレナ、凄い!」
隣ではアーツ駆動中の魔法陣を解除して、私を褒めてくれるエリオット君。結果的に、私は彼の仕事を取ってしまった形かもしれない。
(私、こんなに強かったっけ……?)
そんな、馬鹿な。エマやエリオット君じゃないのに。
「……おかしいね」
徐ろにしゃがみ込み、七耀石の小さな欠片”セピス”を一粒摘むフィー。
「《シルバーソーン》は強力なアーツだけど、ここまでじゃない筈」
「フィー、よく分かったね?」
「アーツの魔法効果を見れば直ぐに分かる。ちょっと前にエプスタインのリストに追加されて、流行ったアーツだから」
「流行った?」
「こっちの話。便利なアーツだから、どんな戦場でも重宝する」
ああ、なる程。混乱させる効果が便利だということなのだろう。私もそれを狙って使ったのに、まさか魔物を全滅させるとは思わなかった。
「《ARCUS》の説明書は一通り読んだが……そのアーツはそこまで高威力な上級アーツという訳では無いな……確かにマニュアルのリストに書かれていたより、かなり威力があり過ぎる様にも思える」
「もしかしたら幻属性が弱点の魔獣が居るとか?」
エリオット君が何気なく口に出したと思われる推測に皆の目が点になる。多分、私もだろう。
「……幻属性が弱点?」
「馬鹿な……上位三属性が弱点なんて……あり得ないぞ」
思案するフィーと否定するマキアス。
士官学院の実技教練ではアーツの使い方に関しても基本項目として教えられる。攻撃アーツであれば基本四属性で魔獣の弱点を付き大ダメージを与えるのが定石であり、弱点属性の判断の付かない場合は上位属性のアーツでダメージを与えるのも良い――等の実戦での基本事項だ。
何故、弱点属性が分からない場合に上位属性のアーツを利用するかといえば、それぞれ物質的な属性を司る基本四属性とは違い、時間・空間・認識作用を司る上位三属性への耐性を持つ生物はこの世に存在しないとされているからである。同時に、それらの属性を弱点とする生物も存在しない。
簡単に纏めると、上位属性のアーツはどんな相手でも”それなり”の威力を発揮する便利さがある。
なのにも関わらず――結果としては目の前の通路に居た魔物は消滅してしまった。
一体何なのだろう。あの魔獣は、この場所は……どうしても腑に落ちなかった。
・・・
ぼやっとした苔の明かりで不気味な通路。その奥へと進み続けた私達の目の前に現れたのは、巨大なドーム状の地下空間と明らかに人間ではない大きな人影であった。
その巨体の拳を地に向けて振り下ろされると、視界が縦に激しく揺れる。アレが地震の正体であった。
「ゴーレム……伝承の魔法生物か……」
小さく呟くラウラ。あれがお伽話の錬金術師が作った忠実な石人形だというのだろうか、想像してた物よりずっと大きい。
「エレナ、距離わかる?」
「えっと……33アージュ」
「……結構あるね」
と返すフィー。あのゴーレムは地下空間の丁度中央にいる。地下にこんな巨大な空間があるのだから、私も驚かずにはいられない。
「私が牽制射撃して、ラウラとフィーの突入を助けるよ。壁に寄っかかれば反動を何とか抑えれそうだし」
無言で頷いて、踏み込むフィーとラウラ。
自分の提案通りに、最初の初手は最も射程の長い私となった。
まだ結構マガジンの中身は残っている。これを全部撃ってしまえば、ある程度ならあの硬そうなゴーレムにダメージを与えれるだろうか。
二人が位置に付いたのを確認し、巨大な岩の人形を囲むようにラウラとフィー、そして私達三人が正三角形の位置取りが完了する。
もう考えている時間はない――私はすぐ隣のエリオット君とマキアスに合図を送る。
そして、引き金を引いた。
・・・
ゴーレムとの戦いを始めて一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか――いつの間にかライフルの反動にも慣れきってしまい、フィーがゴーレムへ攻撃するタイミングからワンテンポ遅れるように合わせて、まるで機械的な反射の様に二回引き金を引く。
標的は大きく暴れて、巨大な腕を妖精の様な立ち回りを見せるフィーに向けて振るうが、そこに合わせてライフルより大きな発砲音が空気を響かし、畳み掛けるように凄まじい速度で水柱が直撃する。
「エレナ!」
この掛け声の数秒前には、私は《ARCUS》の戦術リンク相手をフィーから声の主であるラウラに移していた。
フィーの攻撃が終わり、次はラウラ――そうやって攻撃役の二人と適宜戦術リンクを組むことによって、私は攻撃後に生まれる僅かなゴーレムの隙を突いて遠距離から追撃をお見舞い出来る。そして、それが成功すれば更に大きな隙を生み出し、次の攻撃へのチャンスが生まれる。
ラウラが巨大なゴーレムの左肩を斬りつけ、その一撃に気を取られたゴーレムが体勢を崩す。
私はこの時を待っていた。
冷静に引き金を少し長め引く。相変わらず壁に身体を密着させているので、激しい反動はある程度に抑えられているものの、やはり少なからずブレている事だろう。
だが、相手はあれだけの巨体である。いくらなんでもこの距離で全弾外すことはあり得ない。
間髪入れずにマキアスの牽制射撃が入り、私は再びフィーとの間に――。
「ぐっ……!」
脳裏で光る苔の生える巨大な岩が物凄い勢いで迫った。幻覚ではない――今まさに、ラウラがあの巨体の岩の腕の攻撃を受けたのだ。
「ラウラ――!?」
岩の腕の直撃を受けたラウラが地に叩きつけられる。
「こ……こっのぉっ!」
仲間を地に叩きつけられる様を目の前で見せられた私は、激しく昂ぶった怒りを十数発の弾丸という形で一気に叩きつける。
怒りに我を忘れていたわけではない。しかし、気が付いた時にはそれまで跳ね上がるように暴れる銃口が動きを止めていた。弾切れ――もう30発入りのマガジンを使い切ったのだ。
(不味い……!)
通路の異形の魔物と遭遇した時に一本目を使いきり、先程の牽制射撃で二本目を、今ので三本目を使いきってしまった。弾の入ったマガジンはもうポケットの中には無く、後は腰のホルスターの導力拳銃《スティンガー》しかない。つまり後10発も無い拳銃弾を撃ち尽くせば、私に残された攻撃手段はアーツしか無くなる。
無論、この距離を導力拳銃が狙える距離である筈も無く、もう私は戦術リンクで追撃することも出来なくなったのだ。
「ラウラ! 大丈夫か!?」
「ああ……! 少しかすり傷を受けたに過ぎない」
大剣を杖のようにして立ち上がるラウラの言葉が嘘であるのは、リンク状態である私には手に取るように分かった。それでも彼女の決意は固い。
「マキアス! そなた達は援護を! 私がここで囮になる! フィー、背後に回るのだ!」
再び腕を振り上げたゴーレムへ一撃を見舞った彼女が叫ぶ。
「馬鹿な事言わないで。私が囮になる」
「そなたこそ馬鹿なことは言うな! そなたの身体ではあの攻撃を受け止めきれん!」
「躱せばいいだけ。私の攻撃よりラウラの攻撃の方がこの魔物には効く筈……!」
「そなたの動きがもう鈍くなっている事ぐらい分かる!」
フィーとラウラ、それぞれが敵の巨体と戦いながら激しい言葉の応酬を交わす。
戦闘が始まってから既に結構な時間が経っている。ラウラが攻撃を貰ってしまった様に、私がもうライフルを使えないように、皆の体力も集中力も限界が近づいていた。
そんな時、二回、鼓膜を揺らす轟音が響く。
頭部に直撃したのか、蹌踉めく岩の巨体。
「こいつを倒すのには君達の力が必要だ。それぐらい僕でも分かる」
それはマキアスの声。
「ここは僕に任せたまえ――」
私の数アージュ前方にいる彼は、ここからでは背中しか見えない。
ゴーレムが攻撃を受けた方向――つまり、マキアスのいるこちらを向く。
「――その代わり、止めは頼んだぞ。ラウラ、フィー」
ラウラとフィーの言葉を打ち消すように、マキアスのショットガンが火を噴き、散弾が文字通り岩肌に炸裂する。
散弾銃の反動は相当なものだ。
それを堂々と立って次々に撃ち込むマキアスの姿は、まさしく私達B班のリーダーに相応しかった。
エリオット君の《ハイドロカノン》が、私の《フロストエッジ》がゴーレムに直撃して、その足を遅らせる。
必死の時間稼ぎも虚しく、ゴーレムはもう大分近い。後衛の私達からでも十アージュも離れていない無いだろう。
そして、私達を庇うように立つマキアスには、間もなくゴーレムの硬く冷たい岩の剛腕が届く頃合いだ。
だが、マキアスには諦めた様子はなかった。
岩の剛腕が振るわれようとしている、その腕に向けて彼は銃口を向けた。
「マキアス、逃げ――!」
《ARCUS》から手を放し、咄嗟に導力拳銃を取り出して立て続けに引き金を引く。
だが、彼は信じていたのだ。
「我が渾身の一撃食らうが良い――」
リンクを結んだままのラウラの視界が私の頭の中で”視え”、彼女の声が響く――もう至近に迫ったゴーレムの巨体の背中側、私からでは見えない場所の一人の少女もその片隅にちゃんと見えた。
「奥義・洸陣乱舞!」
「シルフィードダンス!」
タイミングは私でも分かる程合っていない。戦術リンクを結んでいる訳でも無い。
でも、絶対にこの二人ならやってくれる。そんな、確信が確かにあったから。
こんばんは、rairaです。
前回は突然の嵐とラウラとフィーの一時的に協力し合うお話でしたが、今回は地下での戦闘のお話となります。
私の想像ではブリオニア島はノルド高原と同じ意味合いを持つ場所だったりします。ですので今回は、上位属性の有効等ノルドの石切り場+旧校舎の様な場所を登場させてみました。
魔獣もノルドで登場した物を引っ張って来ていたりします。あのノルドのゴーレム、手配魔獣にしては強いんですよね。
次回で長かった三章も終わりとなる予定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。