光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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7月25日 遠い世界

 帝都の夏至祭の目玉といえば、間違いなく皇族の方々のご出席される行事なのだろう。

 だが、オリヴァルト皇子殿下が観戦されるという帝都競馬場で催される夏至賞を除けば、それらは私の様な一般市民からすれば縁遠いものばかり。

 セドリック皇太子殿下やアルフィン皇女殿下のご出席されるミサや園遊会に招待されているのは、それなりの地位や名誉を持つ人々――多くは名門貴族だ。

 ユーシスやアンゼリカ先輩ならもしかしなくても出れるかも知れないが、考えるまでもなく、天地がひっくり返ったとしても私は無理だ。

 そう考えると貴族の人が少し羨ましくもなる、だって《帝国の至宝》とも云われる皇太子殿下やアルフィン殿下に直接お会いし、言葉を交わす機会が有るのだから。私なんて写真でしか見たことがないのに。

 

 だが、実はオリヴァルト皇子殿下のお姿は私も見たことがあったりする。今でも思い出せる、フレールお兄ちゃんに連れて行って貰った昨年の秋のパルム市公式訪問での優雅なお姿。皇族の象徴でもある紅色の高貴な服に身を包んだ皇子は本当に格好良かった。

 皇太子殿下やアルフィン殿下も地方部に足を運んでくれれば良いのに、なんて思ってしまう。いや、こんな事を考えたら不敬だろうか……ごめんなさい。

 

 まあ、多くの帝都市民同様、私も行事に向かう皇族の方々のパレードでそのお姿を一目でも見れれば、もう最高に大満足である。もっとも明日の課題の合間に少しでも時間があるといいのだけど。

 

 そんな私に縁遠い行事も多いが、帝国内外から沢山の人が集まる帝都の夏至祭は実に各種様々な行事やイベントが催されている。その中には庶民的なイベントも少なく、帝国最大の展示見本市である《ヘイムダル・インペリアル・トレード・フェア》もその一つだ。

 

 市域南西部のズュートヴェステン地区、第一機甲師団という帝都の守りを一任する帝国正規軍屈指の伝統ある部隊の本拠地も有し、概ね工業地帯ともなっているこの街区に所在する巨大な展示会場は、数え切れない程沢山の来場者で賑わっていた。

 明らかに帝国人には見えない風貌や服装の来場者も少なくない事から、帝国のみならず大陸全土から集まっているようだ。

 

 そんな中を私達はバインダー片手に色々な企業の製品を見ていっているのだが、丁度見覚えのある特徴的なロゴを目にして私は隣のアリサに声を掛けた。

 

「あ、アリサ! ラインフォルト社だよ!」

「ラインフォルトが居ない訳が無いだろう。自社製品だけで見本市を開く程の企業だぞ」

 

 そんな私にすかさず突っ込んだのはユーシスだ。

 

「ラインフォルト社の製品か……ふむ、興味深いな」

「ウチのとこの商品の感想も書かなきゃいけない訳……?」

 

 物珍しさからか乗り気なガイウスとは対照的に、アリサが溜息混じりに呟いた。自社の商品ということで、彼女ももう見飽きるほど見ているのだとすると少し同情してしまう。

 

「まあまあ、アリサさん。これも課題ですから」

 

 そう、私達は百を超える様々な業種の帝国内外の名だたる企業が集まる見本市のレポートを書いているのだ。

 

 今回の特別実習の課題は『帝都庁に寄せられた依頼』であり本来は帝都庁の業務の筈なのに、どちらかというと日曜学校の社会科見学的なノリになってしまったのは、主に今回の依頼主のせいかも知れない。いや、多分そうだろう。

 私はほんの一時間ほど前にこの展示会場の入り口で出会った人物を思い出す。

 

 

「ふむ……依頼主とはここで待ち合わせだったか?」

「地方商人のアシスタントか……」

「見本市にアシスタントなんて必要かしら?」

「確かにそうですよね……」

 

 本日二つ目の課題は『地方商人のアシスタント』。詳細な依頼内容は別途依頼者より説明、以上。後は依頼主との待ち合わせ場所と時刻しか書かれていない課題の書類を見れば皆がそんな反応をしたくなる気持ちもよく分かる。

 

「トールズ士官学院の方ですね」

 

 私達の背中に予想外の声が掛けられたのは、展示会場の入り口に設置された時計台の時刻が、書類に記された待ち合わせ時刻を指す三分前だった。

 物腰の柔らかく明るい声の主は、純白の綺麗なワンピースに身を包む金髪の女の人。

 肩に流れる長めの金髪はアリサよりも濃く、蜂蜜色というのが正しいかもしれない。私より頭一つ背丈の低く、可愛らしくもある彼女だが、纏う雰囲気はれっきとした気品に溢れる大人の女性であった。

 一目見ただけで、こんな人になりたいかもって思う位に魅力的な人。ちょっと吹奏楽部の顧問のメアリー教官に似ているかもしれない。

 

「私はシェリーと申します。サザーラント州のパルム市から来ました」

「えっ!?」

 

 優しい笑みを浮かべてお辞儀をする彼女に、私は思わず声を上げてしまった。

 

「そういえばエレナさんって……」

 

 エマが気付いた通りだ。目の前の依頼主が口にした地名は、私の故郷に一番近い都市の名前だったのだから。

 

「どうかなさいましたか?」

「その、私もサザーラントの出身で……」

「それでは私達は同郷のよしみ――といった所でしょうか。どうか、よろしくお願いしますね」

「は、はい!」

 

 小さくお辞儀され、思わず嬉しさで胸がいっぱいになる。この帝都でパルム市から来た同郷ともいえる人に課題で出会うなんて。

 

「え、えっと……シェリーさん、私もパルム市の近くの村の出身なんです! リフージョって分かりますか?」

「まあ、あの村の……ええ、分かりますよ」

 

 彼女は少し驚いた風に笑った。多分、辺境過ぎる村の名前に驚いたのだろう。それでも、彼女が私の故郷の村の名を知ってくれていた事がとても嬉しかった。

 

 

「ラインフォルトのお嬢様に東の公爵家のご令息様……それに、外国ご出身の方……ふふ、帝都庁のお役人さんに付いていて貰うより遥かに楽しそうです」

 

 私達五人の自己紹介が終わった後に彼女は嬉しそうに呟き、まるで子供のような屈託の無い笑顔を浮かべた。

 

「ええっと……」

 

 そんな彼女に対して少し戸惑う私達。その理由は彼女からの依頼内容だった。

 彼女からの依頼は一つだけ。展示見本市を回って各社の発表している製品の感想をレポートとして纏める事。

 商品や企業の指定も無く、ただ一人一人の言葉で感想を書いてきて欲しいとの事だった。

 

 その意図に疑問を感じた私達に、彼女は丁寧に説明してくれた。

 

 例えばユーシスとアリサは帝国の最上流階級に属しているが、二人はあくまで貴族と平民という大きな違いがある。エマと私も、貴族領邦の地方辺境部出身と言っても、あまり話こそしないものの結構違うと思うし、ガイウスなんて帝国ではない外国出身だ。

 その五人が違う色を持つ私達が、この見本市に出展されている様々な製品にどの様な感想を抱くかを総合商社の人間として知りたいという事らしい。

 

「これも立派な市場調査という訳です」と彼女は小さく笑っていたが、そういう意味ではⅦ組というのはとても的を得ている様な気がした。

 A班の面々もいれば更に幅広かったのだが、流石にそれは言っても仕方が無い。

 

 

 そんな流れで、彼女の『市場調査』に協力することとなったのだが、肝心の依頼主の彼女は他にも予定が有るようで後程指定の場所で待ち合わせする流れとなっていた。

 丁度、私達がラインフォルト社の大きなエリアを一通り見終わった後、約束の時間も近づいており、私達は依頼主であるシェリーさんの指定した場所へと向うこととなる。その場所は、外国企業のエリアとしては最大の大きさを誇るリベール王国の総合導力器メーカー、ツァイス中央工房《ZCF》のエリア。

 

 ラインフォルト同様、様々な新しい導力製品が数多く展示されているが、その中でも特に目に付いたのが銀色の導力車と大きな導力エンジンだった。

 

 今日の私は何かとリベールに縁があるみたいだ。いや、お母さんの国というしっかりとした縁があるのだから、仕方の無いのだろうか。

 ZCFが大陸有数の総合導力器メーカーという事を考えると、私が意識し過ぎなのかも知れない。

 

 そんな考えに溜息を付いたら、心配そうにエマが私の方に顔を向けるので、少し慌てて笑った。

 ちなみにアリサといえばラインフォルト社の時と打って変わって、興味津々な様子で展示品に熱い視線を送っていたりする。やはり実家の影響か、彼女は女子にしては珍しく導力器やその技術が好きだ。勿論、導力学の成績も途轍も無く良い。今思えば、入学式の後のオリエンテーリングで私のラインフォルト社製の導力拳銃《スティンガー》について色々話してくれたっけ。そういえば、あの時、私はアリサが武器屋の娘なんじゃないかと疑ったけど、蓋を開けてみれば”武器屋”なんて規模じゃなかった。まあ、認識自体は正しかったのかもしれないけど。

 

 見たこともない銀色の導力車を見上げながら、私はもう懐かしくも感じる思い出を起こしていた。

 

「あれ――君達は?」

 

 私達の背中に声を掛けたのは、つい数時間前にリベール大使館で課題の依頼人として話をした大使館の事務官だった。

 彼の腕には冊子の束が抱えられており、何故かは分からないが荷物を運んでいる様子だ。

 予想外の再会に驚きながらも私達は挨拶を一通り交わた後に、彼は自らがこの場所にいる理由を話してくれた。

 

「大使館としてもこの見本市は帝国に進出するリベール企業や輸出品を紹介する大きなチャンスだからね。大使館員総出で支援しているのさ」

「それで、大使館が少し寂しかったんですね」

 

 ああ、確かに。と、私はエマの言葉に相槌を打つ。確かに大使館の中には人が少なかった様に思えた。

 

「まあ、それ以外にも公爵閣下の公式訪問や、来月の件での帝国政府との色々な調整もあったり――はは、文官は楽だと思ってたけどそうでもなかったなぁ」

 

 下っ端はどこでも辛いもんなんだね、とその体躯に少し似合わないような情けない言葉を漏らすお母さんの母国の大使館員。

 

「文官は、だと?」

「その言い方ですと……」

 

 そこに突っ込んだのはユーシスとエマ。

 

「ああ、二年前まで軍にいてね。大使館には去年の春に赴任してきたばかりなんだよ」

「ふむ、道理で身体を鍛えられている訳だな」

 

 ガイウスに頷きながら、「軍に居た時の癖でね」と笑顔で返す事務官。

『軍に居た』という言葉に少し身体が強張るのを感じたその時、目の前の彼が私に視線を向けた。

 

「エレナ・アゼリアーノさん、だっけ?」

 

 彼は私の名前を呼び、優しそうな笑顔を浮かべる。

 

「ええ、そうですけど……どうかしましたか?」

 

 でも何故だろう、優しそうなのに、何処か違和感を感じてしまう。

 

「――いや、その様子ではアテは外れてしまったと思ってね」

「は、はぁ……?」

 

 両手を広げて肩を落とす外国の大使館員に、私は戸惑いながら言葉を探した。

 

「ええっと……その……」

「事務官はん」

 

 どう返して良いか分からずにどもる私に助け舟を出したのは、Ⅶ組の仲間ではなかった。

 体格の良い事務官の後ろに立ったのは、いかにもやり手といった風格を漂わす気の強そうな女の人。その隣には秘書だろうか、何故か慌ててる気弱そうな男。

 

「所長さんは良く働く言うてたけど、学生を口説きながら油売るとはな?」

「ああ、すみません。これは別件でして……ミラノさん、それに――」

 

 事務官はミラノさんと呼ばれた女商人の後ろにいるシェリーさんに一礼した。

 

「この度はありがとうございました。大佐――いえ、今は所長様でしたね。良き契約が結べたと、宜しくお伝え下さい」

「はっ、勿論です」

 

 再び畏まって一礼する彼の姿を見て、私は何が何やらよく分からなくなっていた。

 少なくとも私達が”ただの地方商人”と思っていた彼女が、少なくとも”ただの地方商人ではない”事は確かだった。

 

 

 ・・・

 

 

 依頼されたレポートを渡した後、私達はシェリーさんと共に展示会場を後にして、トラムの停留所近くの喫茶店に入っていた。

 追加報酬として会計は彼女が全て持つという形で、遅めのお昼を食べる私達との他愛もない会話で予想通り彼女が只者ではないという事が分かることとなる。

 

 ラティーナ――それはサザーラント州セントアーク市を本拠とする地方財閥で、州内各地に支社を置いて帝国南部の物流を握る存在でもある。流石にラインフォルト・グループの様に誰もが知る程の大陸規模の巨大企業ではないものの、帝国南部では強い影響力を誇っており、アリサやユーシスは勿論の事、南部出身ではないエマも聞き覚えが有るようだった。

 彼女の父親はそのパルム支社を統括する責任者であるのだという。

 

「失礼だが、シェリー殿。貴女は――」

「ふふ、流石に分かってしまいますよね」

「では――」

 

 そして、私の記憶では財閥の創業家は確か――。

 

「確かに私の祖父は伯爵位を持ちますが、私自身は爵位の継承権からは遠い分家の人間です」

 

 目を伏せる彼女。

 

「ですから、私の事は今迄通りシェリーとお呼びください」

 

 小さく笑ってから私達を一通り見渡す。

 

「いや……しかし……」

「伯爵家の……」

 

 目の前にいるのは、故郷の州で大きな地盤を持つ財閥の一族であり、同時に伯爵という高位の貴族の直系血縁者なのだ。いくら爵位継承権が遠くても、貴族の血族であることには変わらない。

 そういえば、初めて会った時に貴族っぽい人だと思ったのだ。主に仕草や話し方が。

 

「ふふ、こんな事を皆様の前で口にするのは少々恥じらわれますが……私の家の爵位は獅子戦役の折に財力で手に入れたに等しいもの――所詮は成り上がりの商人に過ぎません。高貴なる血を持たぬ私の家が爵位を誇る事は、伝統と血統を重んじる東の《四大名門》としては良からぬ事だと思いませんか?」

 

 ユーシスに向けての言葉の端に私は、少し嫌な感じがした。何故なら、シェリーさんはきっとユーシスの出自も知っているのだろうから。

 

「いえ……しかし、先帝陛下から賜られた爵位ではありませんか」

「ふふ、ユーシス様はお優しいのですね。お気持ちは嬉しいのですが、ここは帝都――郷に入れば郷に従えという言葉という言葉もあるでしょう? そして、私はそれを望みます」

 

 小さく、そして深みのある笑顔で笑って彼女は続けた。

 彼女のその言葉の意味合いは私でも分かった。勿論、ユーシスはすぐに理解出来ただろう。

 

 今の帝都で『貴族』という身分は必ずしも利になる事では無いという事。実は昨日も帝都庁の第二庁舎を訪れた際や、晩ご飯を食べた大衆食堂で、ユーシスは周りからとても好意的とは思えない視線を浴びていた。

 

「なるほど……これは失礼致した」

「こちらこそ、ご配慮頂き有難うございます。ユーシス様」

 

 小さく頭を下げるシェリーさん。彼女は貴族である前に、財閥の一族の商人であるのかも知れない。

 私はそんな事を考えてしまった。

 

 

「――というのが、今回のお話でした」

 

 今回の交渉はリベール製導力製品の輸出販売の件だったのだという。

 ミラノという名のリベール人商人との交渉事をさらりと私達に説明してしまうシェリーさん。そんなに簡単に話してしまって良いのかとも思うが、彼女がそんなイージーミスをするとも思えないので問題は無いのだろう。

 

「帝国ではリベール製という言葉は一般的に高級感を連想されます。一早く導力化を成し遂げた先進国というイメージがある程度年配の世代には根強く残っているのでしょうね」

 

 いまでこそ帝国を初めとする主要国の導力化は国民の生活に欠かせない高い水準に達しているが、数十年前迄は決してそうではなかった。そんな中、リベール王国は当時の国王による王室からの資金援助を皮切りに多額の国家予算を投入して導力器の普及を国策として推進し、特記すべき速度で導力化を果たして三十年前には既に大陸最先端の導力先進国の地位を確立していたのだ。その当時、リベールと帝国では国民の生活水準に大きく差があったという。

 

 そんな導力史を思い浮かばせたシェリーさんの言葉に、少し複雑そうな表情を浮かべたのはアリサだった。

 

「アリサ?」

「……ちょっと耳が痛いわね。まあ、リベール製が高品質なのは確かだし……昔はウチも技術供与を受けていたみたいだけど」

「そういうつもりではなかったのですけど、気を悪くさせてしまったのであれば、申し訳ありません」

 

 自分に関係する分野だったからかどこか真剣なアリサに、シェリーさんは少し困った顔を向けた。

 

「それに、以前はは高価だったリベール製品も、オズボーン宰相閣下の貿易政策のお陰で手頃に手に入る様になってきているんです」

 

 ここ近年、特定の輸入品に対する関税の大幅な引き下げが行われている事はハインリッヒ教頭の政経の授業で学んでいた。

『帝国の更なる経済発展の為に対外経済政策を重視し、帝国内の主要産業の国際競争力を養う』というのが帝国政府の狙いではあるものの、急激な貿易政策の転換は当然の事ながら悪影響も伴う。

 ケルディックでの特別実習で訪れた農家が、安価な輸入農産物の大量流入による買取価格の低下に悩まされていたのもその一例だろう。旧来の帝国の貿易政策が自国産業の保護を過剰な迄に重視したものであった事を考えると当然事前に想定出来た影響なだけに、一部では諸外国に比べて生産性の低い帝国地方部の貴族領邦への帝国政府、《革新派》の経済的な圧力だと噂されてもいるらしい。現にハインリッヒ教頭はこの政策は否定的であり、帝都を初めとする帝国政府直轄地が漏れ無く大きな経済的恩恵を受けているのと対照的な帝国地方部の経済統計の話をしていた。

 

「じゃあ、パルムでリベール製の導力製品を売るということになるのかしら?」

「ええ。ですが、あくまでそれは副次的なもの――このお話の一番重要な部分は、”帝都への輸送”なのです」

「帝都への輸送、ですか?」

 

 アリサの質問に答えたシェリーさんの言葉に、私は思わず彼女に聞き返した。

 

「帝都とその近郊地域が帝国最大の人口を有する商圏でもある以上、販売展開は当然の事でしょう。それに先方も既に幾つかの小売店と接触しているみたいですしね。ですが、問題は”輸送手段”なのです」

 

 そこまで話してから、彼女は食後のコーヒーを音もなく一口啜った。

 

「帝都=リベール王都グランセル間の国際定期便航路の貨物取扱量の40%がリベールのある大商人が独占している事は皆さんご存知ですか?実にリベール側に割り当てられた取扱量の八割の専有……リベール飛行船公社との懇意な関係が伺えますね」

 

 それは少し刺のある言葉。まさに癒着や汚職といった言葉が脳裏を過る。どうしても、リベールには似つかわしくない響きの言葉だ。

 

「かといって帝都発着便の帝国側の貨物割り当て分は全て帝国政府の管轄下――元々空路は輸送費は遥かに高く付きますし、当然ながら私達に旨味はありません。ですので、今回私がミラノ様にご提案したのはパルム経由での鉄道輸送だったのです」

 

 パルム市はその立地の性格上、帝国南部の玄関口ともいうべき都市であり、同時に古くから紡績業が発達する事から、地方都市としては珍しくそれなりの規模の発着場も整備されており、鉄道駅の規模も比較的大きい。

 そして、何よりパルムから帝都までの道中はサザーラント州であり、彼女の属する財閥のお膝元でもある。つまり、彼女は自分の力を思う存分利用出来るのである。帝都までの鉄道もパルム市=リベール間の空路もハイアームズ侯爵家とも近い彼女達であれば有利な条件で、尚且つ優先的に都合を付ける事が出来るのは想像するに容易い。勿論、自分達のホームグラウンドであれば伯爵家という家格も利用出来るだけ利用するのだろう。

 

「なるほど。そして、相手は帝国南部での販路も同時に拓けるということか」

「ええ。勿論、その見返りにそれなりの条件は求めましたが、とても良いお返事を頂けました」

 

 彼女の顔はセントアーク市を本拠地としてサザーラント州全土に展開している財閥の一族に連なる商人の顔であった。

 今までの話は私にとってとても遠くの世界の話に思えた。本当の大人の世界というのだろうか、きっと貴族や政治家は常にこの様な世界に身を投じているのかもしれない。

 

「それにしても……シェリーさんは凄いんですね」

「ええ……同感ね」

 

 スケールの大きな話が続くことに、私は心の底からそんな言葉を出していた。隣に座るアリサも同じ思いの様だ。

 私も酒屋の実家の一人娘であり、一応は商人の端くれだとは思っている。でも、彼女とは何もかもが違う。生きる世界が違うとはこういう事を言うのだろうか。そういう意味では、ラインフォルトを知るアリサであれば、もしかしたら彼女ともっと深い話が出来るのかもしれないが。

 

「そうですか?私は自らが正しいと思ったことをこなしているだけです。それがセントアークでの私達の地位を上げることに繋がりますから」

 

 シェリーさんの声に少し力が篭もるのを感じた。彼女にも複雑な事情があるのだろう。セントアーク、つまり財閥本家という意味だと推測出来る。

 伯爵家の孫娘、直系ではあるものの爵位の継承権からは遠い――どうしても私はその裏側を想像してしまう。

 

「フン、天性の商才という奴なのかも知れんな」

「ふふ、ユーシスさんは褒め方がお上手ですね」

 

 ユーシス様の素直さに、私もびっくりだ。いつもの私への酷い扱いはどういう事なのか。それ程、彼女の思惑が理に適った物だったのかも知れないが。

 

「でも、私は本当は商談の為に帝都に来たのではないのです」

「「え?」」

 

 私とアリサの反応が被って、お互いに顔を向け合う。もっとも今までの話の流れから突然そんな事を彼女言われたのだから、私達以外も拍子抜けしていたが。

 

「確かに、今回の見本市に出向いた目的の一つではあります。新進気鋭と評判のボース商人であるミラノ様が見本市に来られるという話をお聞きしたので、一目お目にかかりたいと思いました」

 

 先程の見本市会場でのやり取りから、その仲介にリベール大使館、外国政府の存在があったのは間違いは無さそうだが、それには全く触れようとはしていない事に今更ながら気付いた。

 

「ですが、本当は帝都の夏至祭を楽しみたくて連れてきて貰っただけなんです」

「連れて来て、貰った?」

「はい」

 

 彼女はほんのり頬を赤らめてはにかんだ。先程の財閥の人間の顔は最早そこにはおらず、彼女はまるで恋する一人の女子だった。

 

「なるほど。その方を待っているということなんですね」

 

 シェリーさんの見せた違う顔に微笑むエマ。私だって思わず顔が綻んでしまいそうだから、仕方無い。

 

「ええ、お世話になった皆さんを是非紹介したいのです。ですから、もう少しだけ私にお付き合い頂けませんか?」

「その方は今どちらに?」

「彼はお仕事で州の事務所に出向いているのです。本当は三十分程前に待ち合わせしていたのですけど」

 

 エマの問いに、少し寂しそうな顔を作って答えるシェリーさん。

 州の事務所ということは大方ハイアームズ侯爵家に仕えるサザーラント州の役人といったところだろうか。

 

「そういえば、エレナさんはリフージョのご出身でしたね?」

「ええ、そうです! あ、私の実家、酒屋なんです! だから、私、シェリーさんの所の商会知ってますよっ!」

 

 彼女に話し掛けられたことが嬉しくて思わず、嬉々としてしまう。酒屋の一人娘と財閥に連なる貴族の血族という立場は大きく違っても、同郷というだけで少なからず親近感が湧くものである。

 

「まあ。では、彼を知っているかも知れませんね――」

 

 その言葉を私はすぐに理解は出来なかった。私の知り合いで、というか故郷の村には彼女のような上流階級のお嬢様のお相手になるような男はまず居ない筈である。それに州のお役人なんて――。

 

 そこで、私の思考は喫茶店のドアが勢い良く開く音に邪魔された。

 

「すまない、シェリー! 待たせた――」

 

 そして、慌てているような聞き覚えのある声。

 

「まあ、そんなに急がなくても――」

 

 思わず振り向いた先に居たのは、驚きを浮かべる大好きだった彼だった。

 

「――どうかしたのですか?」

 

 待ち人が来て嬉しそうにしていたシェリーさんに、困惑の声色が混じる。

 しかし、そんな彼女に声を掛けることも無く、まるで蚊帳の外とでも言うように彼と私はお互いに視線を動かせなかった。

 

「……フレール、お兄ちゃん……」




こんばんは、rairaです。
遂に「閃の軌跡Ⅱ」が発売されましたね。私といえばⅡ原作とこの作品と間に致命的な矛盾が生まれないかヒヤヒヤしながらも、やっとアリサ嬢と合流出来た所だったりします。何気にクレアさんが好きになりました。笑

さて、今回は7月25日、第四章の特別実習のニ日目の午前中~午後のお話となります。
前回のお話でちょっとシモン君の名前に触れてしまったので、分かる人には分かってしまっていたと思うのですが、今回は前回とはちょっと意趣の異なるリベール色を「空の軌跡3rd」の星の扉から取り入れています。ミラノさんは遂に帝都市場進出を果たすこととなりました。大使館の事務官の正体は皆様の想像通りです。

ミラノさんや例の会社はⅡが少し心配だったりしますが…。

そして、遂にエレナは番外編や夢を除いた本編でフレールと再会することとなりました。一か月の空白を経て、もう一つの最後の決着が付く事になります。

次回は今回の続きのお話となります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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