光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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7月26日 帝都繚乱・中編

 規制線を超えてサンクト地区に入った頃、風と馬が道路を蹴る音の中で甲高い乾いた音を耳にした。

 街並みの向こう、夏空に浮かぶ雲に向けて聳える大聖堂の白い双塔が大きくなるに従って、その音は断続的に、そして少しずつ鮮明になる。それは、紛れも無く銃声であり、今から向かう場所で戦いが行われている証拠だった。

 

「強く気を持て」

「……うん、わかった」

 

 私の不安を感じ取ってくれたのか、背中越しに密着するユーシスが声を掛けてくれた。

 これから、戦いの中に飛び込むことになるのだ。そう考えた時、無意識に彼の身体に回す腕に力がこもっていた事に気付いた。

 

 これじゃあ、いくら口で強がっても全くの無意味じゃないか――今更の話だけど。

 

 

 大聖堂へ続く坂道が見えた時、その手前には何台もの鉄道憲兵隊の車両と銃を構えて警戒する兵士達の背中があった。彼らを横目に馬は更に速度を上げて坂道を一気に駆け上がる。

 

 大聖堂はもうすぐ、すぐそこだ。

 

 帝都で最も女神様に近い神聖で荘厳な大聖堂本堂が徐々にせり上がり、その重厚な扉が目に入ったその時。左手より爆発音と共にはっきりとした銃声が立て続けに何回も鳴り響いた。

 風を切る音に掻き乱されているとは言え、かなり近いのは言うまでもない。

 咄嗟にその方向へと顔を向けると、大聖堂の建物の脇の樹木を楯に鉄道憲兵隊の兵士達と銃を撃ち合っている数人の人影を視界に捕えた――あれが、テロリスト。

 

 一年に一回の盛大なお祭である夏至祭を楽しむ帝都市民を、恐怖と混乱に突き落とした凶行に及んだ奴ら。

 

 今まで感じていた戦いが怖いという感情より、目の前にいる奴らが許せないという感情が、一気に膨れ上がるのを感じた。

 

「ユーシス、援護を頼む!」

「ああ、任せろ!」

 

 私がしがみついているユーシスが剣を抜き、雄叫びと共にガイウスの馬は速度を増す――その先には、五人程の傭兵の様にも見える戦闘服に身を包み、騎士風のヘルメットを被った武装したテロリストの集団。

 坂を駆け上がった勢いをそのままに、彼らに向けて突撃を敢行するガイウス。一気に集団のど真ん中を突き抜けた彼とその十字槍が一方的にテロリストを薙ぎ払い、それに続いて突っ込むユーシスが止めを刺す形で剣を振りかざす。

 

「騎兵だと!?」

 

 驚くテロリストの声を耳にした時には、私達は転回を終わり二度目の突撃を敢行していた。こちらを向いて慌てながら武器を構える憎きテロリスト達。しかし、彼らの声は直ぐに焦りと狼狽えに取って代わられる。

 大聖堂側で車両を盾にして守りを固めている鉄道憲兵隊の兵士が私達に呼応して、攻勢を仕掛けたのだ。あっという間に窮地に立たされたテロリスト達が茂みの中へと消えてゆくのには然程時間は掛からなかった。

 

「貴方達!」

 

 戦いが一応の終わりを迎えた後、一直線に私達へと駆け寄って来たのはアリサだった。先程の戦いの最中、車両の影に隠れている鉄道憲兵隊の兵士達の中に見知った金髪が見たような気がしたので、もしかしたらとは思っていたけど正解だったみたいだ。

 

 彼女の煤で汚れている顔や髪がここで繰り広げられた激しい戦いを物語っているが、それでもこの状況で笑顔を見れた事に私は何より嬉しく思えた。それに、汚れているのは私も一緒だろう。競馬場ではあの爆風に巻かれたのだし、水浸しの通路を考えなしに走ったりもしたのだから。

 

「状況はどうだ?」

「今のでほぼ最後よ!大聖堂への襲撃は鉄道憲兵隊が防ぎきったわ!」

 

 笑顔でアリサはそう応える。私達はどうやら少し遅かったようだけど、それでもこれは喜ぶべき事だろう。

 

 

「ありがとう……アリサ」

 

 慣れない下馬に危うく地面に顔をぶつける所だったけど、私は下にいたアリサのお陰で何とか事なきを得ていた。

 思いっ切りアリサに抱き着きながら、しっかりと支えてくれた彼女に感謝すると共に、彼女が無事だった事を感じながら再会の喜びを噛みしめる。

 

「どういたしまして。無事で良かった……一時は本当に心配したわ」

「私もだよ。大聖堂が襲われたって聞いた時は……」

 

 そこで、私達は小さく笑い合った。

 

「あ……エレナ。実はね、ミサの参加者の中に……」

「全く……グズグズしている余裕はないぞ」

「え、ええ……そうね。警備本部に向かいましょう。そこにエマもいるわ」

 

 何か思い出したかのようにアリサが言いかけたのだが、それは馬上のユーシスに窘められた。それ程重要な話でもなかったのだろう、アリサも少しバツの悪そうな顔をする。ちょっと言い方はアレだけど、今は非常時であり、ここもつい数分前まで”戦場”だった場所なのだ。ユーシスが正しいのは間違い無い。

 

 巨大な白亜の大聖堂本堂。その丁度裏側に仮設テントによる警備本部が鉄道憲兵隊によって設営されていた。

 

 この場所を襲撃したテロリストはおよそ数十人。どんな方法を使ったかは不明だが、彼等は大聖堂を中心にサンクト地区内に何重にも敷かれた警備線を掻い潜り鉄道憲兵隊の本陣とも言えるこの場所を真っ先に襲撃した。

 しかし、警備の部隊が混乱したのはほんの僅かな間。大聖堂警備の現場責任者でもあるエンゲルス中尉の指揮の下、鉄道憲兵隊は迅速に守備態勢を整えて大聖堂内部へのテロリストの侵入を阻止する事に成功する。

 

 流石は鉄道憲兵隊といった所だろうか。警備線の内側から警備本部への突然の襲撃という不測の事態を受けても、帝国正規軍の最精鋭と名高いその実力を遺憾無く発揮していた。

 

 こういう比較はあまり好きではないけど、帝都競馬場での帝都憲兵の混乱を目の当たりした私達だからこそ、彼らは本当に頼もしく思えた。

 もっとも、一万人以上の大観衆を抱えていた帝都競馬場と大聖堂では大きく現場の事情も異なるので、一概に帝都憲兵隊が能力で劣っていると言える訳では無いのだが。

 

 そんな現状の詳細をアリサから聞かされながら、大聖堂の脇を通り私達は警備本部へと足早に向かう。

 直ぐに大聖堂裏側の庭園広場に設営されたテント群が目に入り、その一角に《ARCUS》を駆動させているエマを見つけた。どうやら彼女は負傷した兵士への応急処置を行っているみたいだ。

 

 近付く私達に気付いたエマの顔がぱっと明るくなり、私は手を振る。だけど、私達が再会を喜び合おうとした時、近くから大声が上がった。

 

「こちらへ向かっている第四、第五、第七中隊は急行せよ!リーヴェルト大尉率いる本隊の指揮下へ入れ!」

 

 現場指揮官である鉄道憲兵隊のエンゲルス中尉の声だ。丁度この隣のテントには軍用の簡易据置型の導力通信機があり、彼もその場所で警備部隊の指揮にあたっているのだ。

 

「どうかしたの、エマ?」

 

 鉄道憲兵隊の兵士達が忙しない様子なのは直接攻撃を受けたことで十分説明が付く。だけど、テロリストを危うげなく撃退出来たにも関わらず、ここに居る兵士達の表情は良くないし、中尉の声は張り詰めたものだった。

 

「それが……」

 

 エマが深刻そうな顔を浮かべ、言い辛そうにする。

 彼女から聞かされた理由は、私達に衝撃を与えるには十分過ぎる程だった。

 

 アルフィン皇女殿下がご出席されている園遊会が催されているマーテル公園。そこに多数の大型魔獣が突然現れ、現在近衛兵部隊が交戦中だというのだ。

 既に鉄道憲兵隊の司令所のある帝都駅からクレア大尉直属の本隊も急行しているという。

 

 そんなエマの説明の途中で、導力通信機が着信を知らせるベルが辺りに鳴り響き、私達の視線は隣のテントのエンゲルス中尉へと向けられた。

 

「……ええ、彼らの尽力もありまして問題無く……ええ……こちらからも三個中隊を向かわせております。……何ですと……!?……了解致しました……」

 

 通信機の受話器を置くとともに、呆然とした様子でパイプ椅子へと力なく腰掛けたエンゲルス中尉。鉄道憲兵隊きっての若く優秀な指揮官と兵士に評判の中尉らしくない姿に、私達は重大な事が起きたことを悟って隣のテントへと向かった。

 

「中尉、園遊会の方の続報ですか?」

 

 何かあったのでしょうか?、と不安そうな顔でアリサに続いてエマもエンゲルス中尉に訊ねると、彼は小さく私達に「ああ、すまない」と呟いて目を伏せた。

 

「……許し難い報せだ。……皇女殿下と侍女がテロリストの手に落ちた」

 

 中尉の言葉を理解するのに少々時間を有した。完全に言葉の意味を理解した時、私は言葉を失う。

 ここに戻って来てから二度目の衝撃は先程の比では無かった。言葉と共に全てが終わってしまったかのような喪失感に胸が満ちたかと思えば、次の瞬間には油に火をつけたかの様に激しい怒りとなって燃え上がる。

 

「何かの間違いではないんですか!?」

 

 それを私が言ったのか、アリサが言ったのか、それとも他の誰かが言ったかすら分からない。

 間違いだと信じたかった。まさか、あのアルフィン殿下とその侍女、リィンの妹のエリゼちゃんが敵の手に落ちるなんて――想像も出来なかったから。

 

「先程、会場に居合わせた帝都知事閣下から大尉に直接連絡があった様だ。まず間違いはなかろう」

「そ、そんな……」

「おのれ……」

 

 私達B班の面々も口々に漏らす中、突然中尉の拳が机に振り下ろされた。

 

「……クソッ、我々があの場にいればこんなことには……近衛軍の無能共め!」

「中尉……」

 

 やるせない気持ちはここに居る皆が感じていることだろう。守らなくてはいけない人を、守れなかかったのだ。

 

「……だが、大尉の目は間違いなかった様だ」

「え……?」

 

 悔しさに露わにして顔を歪ませていたエンゲルス中尉が、数秒瞼を伏せたた後に口にした言葉は少し意外なものだった。

 

「君達トールズの七組のもう一班が目下先行して奴らを追跡の為に地下道へ突入している。それが現時点での唯一の救いだろうな。流石はトールズと言うべきか……君達の帝都競馬場での件も既に聞いている。混乱の中、本当に良くやってくれた」

 

 私とガイウスとユーシスに向けられる中尉の視線。衝撃的な話の後でもあったので、労われたり褒められたりしている事に気付かなかった位だ。

 そして、今アルフィン殿下とエリゼちゃんを真っ先に追っているのはリィン達だという事を知らされる。

 

「奇襲こそ防げたとはいえ、我々も油断は禁物だ。こちらへの第二波の警戒しながら、今後の掃討作戦を含めてもう暫く我々への協力を頼むぞ」

 

 奴等がどのようにして我々の警備体制の裏をかいたか解らぬ以上、未だ周囲に相当数が付近に潜伏していると見て間違い無いだろうからな。そう続けた中尉の言葉で、エマが何かに気付いた様に口を開いた。

 

「あの……その事なんですけど……」

「どうかしたのか、委員長?」

 

 ガイウスに訊ねられ、中尉を含めたこの場の全員の視線がエマに集まる。

 

「いえ……思い出してみてください。私達が特別実習初日にここに来た時の事を」

「……あ……」

「なるほど……そういう事か」

 

 私達が特別実習初日に設備点検と魔獣駆除を兼ねた依頼で足を踏み入れた地下水道。サンクト地区内の正確な図面は覚えてはいないが、私達が地上に出た場所は大聖堂敷地内の広場、それも本堂の真ん前であった。あの場所の先には重厚な鉄製の扉で封がされていたが、間違い無く大聖堂の敷地内を突き抜けるように続いているのは間違い無いだろう。つまり、帝都外縁部から反対側へ入り込めば地上に敷かれた何重もの警備線を掻いくぐる事が出来たのではないだろうか。その他にも地下水道というだけあって私達が足を踏み入れていない側道も多く存在している事を踏まえれば、あの様な地上への出口が他にも多数この近辺に存在する可能性も大いに有り得る。

 

 マーテル公園を襲ったテロリストの詳しい話を聞けば、あちらも地下道から地上に大穴を開けて水晶宮ことクリスタルガーデンの内部に現れたのだという。つまり大聖堂の建物の内部に直接仕掛けてくる可能性も否定は出来ないのだ。というより、テロリストがマーテル公園で行った手段を考慮すれば、それを狙って来る可能性は高いように思える。

 

 私達からの話を聞いたエンゲルス中尉は兵士達に地下水道への入り口の捜索と地下での追跡を平行した掃討作戦を指示し、近隣の街区に展開する部隊や帝都憲兵隊へ導力通信で同様の命令を出してゆく――そして、私達はこの大聖堂の地下からの侵入という最悪の事態を阻止するために動き始めた。

 

 

 大聖堂内部の荘厳で巨大な礼拝堂――普段のミサであれば千人以上もの帝都市民の参加者で埋め尽くされるらしいこの場所も、今日に関しては安全対策という観点から参加者は百人に満たないらしい。その為、礼拝堂の規模が一目に把握できる場所から見れば、閑古鳥が鳴いている様にも思えて少々寂しく感じられた。

 皇太子殿下ご臨席という事もあり、毎年の参加者は帝国内外の名のある著名人が多いのだが、今年は《革新派》との対立が深まる昨今の情勢を受けて貴族派の重鎮の多くは参加を取りやめているという話を昼間の話し合いの際に耳にしていた。そう考えれば唯でさえ少ない参加者が更に少なくなっているのだろうか。確かに、こうやって見渡すと警備の兵士の数の方が多い位である。

 

 そんな礼拝堂ではあるが、良い事なのか悪い事なのか満員に収容した時と変わらないのではと思ってしまう程騒がしかった。声が反響して響き易い教会の造りもそれに一役買っているとは思うが、礼拝堂の奥では多くの参加者が鉄道憲兵隊の女性将校であり建物内の警備責任者でもあるドミニク少尉に詰め寄り、頻りに囃し立てている。

 全く関係ないが、その光景は思わず私にパルム市の市場の競りの光景を彷彿とさせた。

 

「外の状況は一体どうなっているんだね!?」

 

 貴族風の服装をした男が声を張り上げる。ミサの参加者達も不安なのだろうけど……。

 

「現在、安全確認を行っている最中であります。終わり次第、我々が責任を持って――」

「お前達だからこそ信用出来ないのだろう!?《革新派》の狗共が!近衛兵はどうしたのだ!?皇太子殿下もおられるのだぞ!」

 

 どうやら、それだけでは無さそうだ。

 

「み、みなさん、どうか――」

「殿下!この者達は今まさに、殿下の御身をむざむざ危険に晒しておるのですぞ!?」

 

 主祭壇前の最前列に鉄道憲兵隊の兵士に囲まれた皇太子殿下のお声を一瞬で掻き消すのは先程の男。

 それに賛同する声が野次の様に次々に上がり、更にドミニク少尉を威圧するように怒鳴り散らす。

 

「貴様、殿下に不敬であるぞ!」

「いいや!この状況だからこそ、私は栄えある帝国貴族として言わせて貰う!早く近衛兵をよばないか!我らラマール貴族の守護たる兵の精鋭が集う――」

 

 半ばヒステリー気味に捲し立てる男によって礼拝堂の不満が爆発しようとしていた時、更に大きい苛立ちの声が上がった。

 

「ええい、先程から煩いぞ!少しは黙らないか!……フィ、フィリップ、早くここから出られんのか!?」

「か、閣下……」

 

 今朝、大使館前で導力車に乗って行った太ったリベールの王族のその人だ。本人は騒ぐ貴族を諌めようとしたのかも知れないが、その直後に言った隣の執事への言葉は焦り過ぎたのか声が裏返っており、ちょっと台無しだ。なんか、とっても惜しい。オリヴァルト殿下ならもっと格好良く、競馬場の時みたいに場を治められただろうと思ってしまった。

 

 だけど、効果が無かった訳ではない。皇太子殿下と同じく最前列に座っている外国とはいえ王族の発言でもあったからだろう。先程まで喚いていた貴族も不満気な表情こそ隠してはいないが、その場は少なからず静まった。

 

 そこにもう一人、今度は老人が立ち上がった。その傍らには銀髪の女性が少し不安げな顔で見上げている。

 

「皆さん、少し冷静になりましょう」

 

 髭をたんまりと蓄えた老人の姿は結構高齢の様に見えるが、その背中は全く衰えを感じさせない雰囲気を漂わせていた。

 何より、決して大きかった訳ではない老人の声が礼拝堂の中にしっかりと通ったのだ。老人は貴族らしかぬ丁寧な口調で、ドミニク少尉や皇太子殿下の近くへ詰め寄る参加者達に自らの席へ戻るように促した。

 

「フッ、その御仁の仰る通りだぞ。貴族たるもの如何なる時も常に優雅に振舞わねば!仮にこの場に不敬な賊が押し入ろうとも、我等は陛下の臣下として皇太子殿下の御身を御守りし、帝国貴族としての気概を身の程知らずな賊に知らしめてやれば良いだけの事ではないか!」

「フロラルド伯爵の仰る通りだ!」

 

 リベールの王族と老人に呼応するように芝居地味た言い方で言葉を並べたのは紫色の髪の初老の男。最後に手で自らの前髪をかき上げて得意げな顔を決めた。

 私からすれば大分寒かった言葉も、貴族受けは大層良かったらしく多くの参加者から賛同の声が上がる。それにしても、どっかで聞いたことのある家名だ。

 

「ですが、旦那様……」

 

 場違いな拍手喝采を受けながら決め顔を続ける初老の男に、これまた紫色の髪の執事が言いにくそうに何かを伝えようとしていた。

 

「うん、なんだね?」

「武具の持ち込みは禁止されており、旦那様の槍は先程鉄道憲兵隊の方に預けたばかりですが……」

 

 途端に礼拝堂が静まり返り、次の瞬間、ざわめきが爆発する。

 

「……と、取り乱すでない!得物が無ければこの身以って御守りするだけのこと!」

 

 ざわめき始めた礼拝堂内に余裕を余り感じさせない声が響いた。

 

 

「……下手な漫才を見せられている気分だ。帝国の恥晒しも良い所だな」

「頭が痛くなってくるわね……」

 

 その様子を目にして額に手をやるユーシスに、全面的に同意する言葉を口にするアリサ。私に至ってはエマ同様乾いた笑いしか出なかった。結構今更だけど、正直、あんまりガイウスには見て欲しくなかったかもしれない。

 

 そんな礼拝堂内の参加者の様子に溜息を付きながら、私達は手分けして大聖堂の本堂内にいる教会関係者にテロリストに狙われる可能性のある地下室等の存在の聞き込みを始めたのだが。残念ながら、知らぬ存ぜぬという反応しか返してくれなかった。

 地下という言葉を出すだけで、それまで優しく応対してくれたシスターさんの顔が強張るのだ。まるでそれは、口止めされている様にも思えた。

 今となっては完全に警戒されてしまったのか、視線が合っただけで目を逸らされてしまうし、近付けば避けられてしまう。

 

「アリサ、私達悪い事してるのかな?」

「……そうね。さっきから明らかに教会の人にあからさまに不審がられているというか……警戒されてるわね」

 

 私と話しながらアリサが近くにいた若いシスターに視線を移すと、彼女は気付いた途端に目を逸らして礼拝堂の奥の方へと去ってしまった。

 どうやら、更に見ただけで避けられる様になってしまったらしい。

 

 未だテロリストの第二派の襲撃は無く、状況は比較的落ち着いているとはいえ、決して時間に余裕が有る訳ではないのに私達に何も進展はない。ただ一つ確実に言えることは、教会関係者に嫌われたという事は間違いは無さそうだ。

 

「すみません、ちょっとお聞きして宜しいですか?」

「あ、はい……」

 

 肩を落として溜息を付いた私達に背中から声が掛けられる。

 振り向いた先には銀髪の女性――先程、騒いでいた参加者に席に戻るように促した老人の隣に立っていた人だった。

 つい十分程前にも思ったことだけど、こうして近くで見ると美人な人だ。銀色というよりプラチナブロンドに近い長い髪はサラサラで、リボンで結っているのも結構似合っているし、私なんて着たことすら無い最正装のアフタヌーンドレスをしっかりと着こなしている。身体も、その、ボディラインは羨ましい位で……歳は私より少し年上に思えるけど、どこかの貴族のご令嬢だろうか。

 

「無理を承知でお尋ねしたいのですが……外の状況について教えて頂けませんか?」

「えっと……それは、ちょっと……機密っていうか……」

「鉄道憲兵隊の作戦行動に関する情報は、一切私達から伝えることは出来ないわ。ごめんなさい」

 

 どう言えばいいのか分からなくて隣に目で助けを求めると、すぐにアリサがきっぱりと説明したくれた。流石はアリサ。格好良い対応だ。

 でも、目の前の銀髪の彼女は引き下がること無く、小さなバッグから取り出した手帳のような物を開いて私達に差し出した。

 

「私、これでも一応クロスベル自治州警察に所属する警察官なのです。本日は外遊中の自治州議会議長の護衛も兼ねております」

 

 ”クロスベル自治州警察局 特務支援課 エリィ・マクダエル”

 

 手帳の最初の頁にはそう印字されていた。クロスベル州の政府機関に勤める……エリィさんという人みたいだ。

 

「マ、マクダエル……って!まさか……貴女は……」

 

 け、警察……?

 

 驚くアリサとは別に、私の頭の中に疑問が浮かぶ。クロスベルの議長を護衛ということは、オリヴァルト殿下のミュラー少佐の様な人ということだがら……軍の様な組織なのだろうか?

 あまり聞き覚えのない言葉に頭を捻るが、一旦置いておく事にした。

 

「自治州の共同代表であるお祖父様の警護に関して私は重大な責務を負っています。その為、今の状況を教えて頂きたいのです。場合によっては、皆さんに何か協力出来るかも知れません」

「ええっと……」

 

 彼女のフィーに似た色の真剣そのものの瞳に、思わず圧倒されてたじろぐ私達。

 断るのが筋であるのは何となくは分かる。だけど、内容も内容なのだ。私達はあくまで鉄道憲兵隊に協力しているだけの士官学院生で、責任を持って判断出来る立場ではない。

 相方のアリサもどうしたものかと困っている表情を浮かべているのを見て、私はこの場の責任者であるドミニク少尉に目を向ける。

 少々落ち着いたとはいえ、何だかんだと未だ揉めている中心にいるドミニク少尉だが、重要そうな話をしている訳でもない。この色んな意味で不利な状況を打開する為には仕方無いと思って、足を動かそうとした時。

 

「ダメだぜ。お嬢さん、これは《革新派》の面子が掛かった大問題だからな」

 

 私の耳に真っ直ぐ飛んできたのは聞き覚えのある声。一瞬、心臓が跳ね上がりそうなまでに胸の中で鳴り響き、私は足を止めて声の主の方向へと慌てて顔を向ける。

 

「フ、フレール!?」

 

 声を聞けば予想通りだけど、こんな事は想定外も想定外だ。なんでこんな所にいるんだ。このミサの出席者は帝国内外の要人だという話では――。そこまで考えて、フレールの後ろで小さく頭を下げるシェリーさんが目に入り、少なからず納得した。この人は私とは違う遠い場所に居る人達なのだ。

 

「よっ。お疲れさんだな。アリサお嬢さんから競馬場に行ってるって聞いてたんだが、戻ってきたんだな」

「あなたは……?」

 

 突然割り込むように話の間に割って入って来たフレールに訝しげな顔を向けるクロスベルの警察官を名乗るエリィ・マクダエルさん。私は教えてくれなかった事への不満を乗せて隣のアリサに恨めしげに目を向ける。

 

「わ、私はちゃんと言おうとしたのよ?」

 

 ただ、言おうとした度にタイミング悪く邪魔が入って、と苦し紛れに続ける。まあ、あくまで現在の状況を考えれば仕方の無い事でもあるのだけど。

 

「はぁ……」

 

 そんな気が抜けてしまいそうな私の溜息の隣で、フレールが軽々しいノリで銀髪の女性に名乗っている。何というか、こんな時にもかかわらず女子相手では本当に相も変わらずだ。

 まったくもう、その後ろでシェリーさんが少し寂しそうな顔をしているじゃないか、と思いきやそうでも無かった。なんか心配して損した気分だ。

 

「サザーラント州領邦軍……それに、ラティーナ……」

「おたくは?」

「……クロスベル自治州警察、特務支援課所属エリィ・マクダエルと申します」

「……マクダエル、ですか。……お孫さんですね?」

 

 頷くエリィさんを見て「へぇ」と驚くフレール、そして「やっぱり……」と零したアリサを見て、私はやっと全ての糸が繋がった気がした。

 エリィさんはクロスベル州の議長さんのお孫さんなんだ。そういえば、さっき確かに『お祖父様』と彼女は口にしていたことを思い出す。

 

「お嬢さん、悪い事は言わねぇ。適当に今晩の豪華な晩飯の事でも考えて待ってりゃ、まぁその内解決するだろうよ。なんたって、ここは正規軍の最精鋭部隊に守られた帝都で最も警備が厳重な場所――ラマールの近衛軍よかよっぽど安心っもんさ」

 

 その冗談めいた言葉は私とアリサに緊張を走らせた。

 言っている本人を含めてこの場にいるミサの参加者は知らされていないが、近衛軍が警備を担っていた園遊会が襲撃されてアルフィン殿下がテロリストの手に落ちたというのは紛れも無い事実だ。だから、フレールの軽口は恐ろしい程的を得ており、アリサも私も質の悪い冗談と分かっていても笑えなかった。

 

 今、まさに昨日お会いしたあの可憐な殿下が凶悪なテロリストに連れ去られ、お命を危険に晒されている事。そして、殿下を攫って逃走する奴らを追うのは私達の片割れのリィン達A班――今まさに帝都の反対側で繰り広げられているであろう緊迫した状況を思い出させるには十分すぎた。

 

 そして、この大聖堂にも同じ様な襲撃が仕掛けられる可能性はあるという事も。

 

「どうした?」とフレールから声を掛けられるまで、思わず言葉を失った私達。慌てて私は首を横に振るって「なんでもないよ」と返す。

 

 本当は全然、何とも無く無いのだけど。

 

「ま、って訳でお前達も――」

「ごめん、アリサ。先に行ってて――ちょっと来て」

 

 上手く話を纏めてくれたフレールの言葉を私は遮って、礼拝堂の人目に付かない柱の陰まで彼の手を引っ張った。しっかりとアリサやエリィさんからも見えない影になっている事を確認してから、自分の腰のホルスターから導力拳銃《ラインフォルト・スティンガー》を引き抜き、彼の手にグリップを握らせるように置いた。

 

「これを……万が一の時の為に、持ってて」

 

 皇太子殿下ご臨席のミサということもあり、参加者の帯剣及び武器の携帯は例外なく許されていない。領邦軍の軍人であるフレールも例外は無く、今は丸腰の筈である。

 仮に何かあった時、あくまで彼が彼自身の身を守れるように。私にはライフルがあるから、武装という面では問題はない。シャロンさん経由でアリサのお母さんからこのライフルを貰って以来、それまで使っていた導力拳銃は護身用の武器に成り下がり、めっきり使わなくなってるし。

 

「……この銃は……」

 

 彼は自らの手にある銃に視線を落とす。昔、お父さんが軍で使っていた物である事に気付いたのだろう。”Luca”と名前も彫ってある位だし、私の村の人ならこの名前を見れば誰でも気付くだろう。

 そして、顔を上げて口を開いた。

 

「――状況、あんま芳しくないんだな」

 

 口に出すことも、頷くこともしない。私はあくまで鉄道憲兵隊の要請を受けて、夏至祭のテロ警備の為に協力している士官学院生の一人。彼は領邦軍の軍人だけど、あくまで守るべき対象であるミサの参加者。

 その立場の違いから、口に出すことは憚られた。

 

「ああ、わかった。有り難く又借りしておくぜ。無理はするなよ」

 

 上着の中に私の銃を仕舞いこみ、もう片方の手で私の左肩を叩くフレール。

 

 もう、頭じゃないんだ。

 

 未だにそんな事を思ってしまう自分に、私は本当に嫌気が差した。




こんばんは、rairaです。
今回は第四章の特別実習の三日目のヘイムダル大聖堂でのお話となります。
前回の帝都競馬場のお話は夏至祭のテロという大きな事件の中では、あくまで最初の陽動、次の陽動がこのお話の直前に起きた大聖堂襲撃となります。
帝国解放戦線にとっての本命はあくまでリィン達のA班側のアルフィン姫様とエリゼ拉致ですので、B班視点のこの作品は実は陽動をニ連続で相手をしただけだったりもしますが……それでも、その場にいるからには為すべきことを為すしか無いのです。

今回は沢山のゲストキャラクターを出させて貰っていたりします。しかし、このテロを目の前で見ていてあの通商会議と思うとエリィさんも議長も心中穏やかでは無いでしょうね…。

次回は引き続き夏至祭のテロ編である「帝都繚乱」の後編となります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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