光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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7月26日 帝都繚乱・後編

「一刻を争う事態なんです!テロリストが――」

「地下からこの大聖堂へ侵入してくる、君達はそう言いたいのかね?」

 

 アリサの言葉を遮った目の前の女は、私達に問いかけるように続きを口にした。

 察しが良いのか、教会関係者から私達の話を聞いたのか。多分、前者の様な気がする。

 

 クロスベルのエリィさんやフレールとのやり取りの後、合流した私達は思い切ってある人物を訪ねた。テロリストの襲撃が行われるまでこのミサを執り行っていた、このヘイムダル大聖堂の責任者である大司教だ。だが、礼拝堂の中で散々手当たり次第にシスターさんや司祭様に尋ねていた事が耳に入っていたのだろうか、執務室での面会こそは受け入れてくれた大司教も当初はあからさまな態度で私達にまともに取り合ってはくれなかった。

 

 大司教との間にあまり意味を為さないやり取りをしていた時に、笑いながら執務室に入って来たのが、今私達の目の前に立つ修道服を着た背の高い女。一昨日の夕方、地下水道から出てきた私達とこの大聖堂の前で言葉を交わした、煙草を吸っていたりとシスターっぽくない怪しいシスターだった。

 

 彼女が私達の目の前に現れた瞬間、大司教は不快そうに顔を歪めて彼の執務室から出て行ってしまったので、私達の相手は怪しいシスターへと変わっているが、結局の所は何ら変わらない内容のやり取りだ。まあ、少なくとも他の人と違って彼女は”知らぬ存ぜぬ”ではないだけマシといった所かもしれないが。

 

「残念ながら無理な相談だな」

 

 彼女の言葉を肯定する私達だが、あっさりと突っぱねる。

 

「分かったわ。エンゲルス中尉を呼びましょう――」

「兵隊を連れてきても我々の答えは何も変わらんぞ」

 

 そして、私達のある意味では最終手段を否定してしまう。

 

「ここは女神への祈りの場として七耀教会の保護下にある不可侵の聖域――この意味は学生のお前達も知っている事だと思うが」

 

 教会や礼拝堂といった施設は女神に近いという意味合いで神聖な場所とされ、その建物の建つ土地をも含めて国家ではなく七耀教会に帰属している。

 つまり、簡単に言えばこの場所は帝国内にあって、帝国の国家権力の届かない場所なのである。

 

 教会関係者が認めない限り、何人たりとも地下に足を踏み入れることは出来ない。

 だからこそ、こうやって許可を求めるしかないのだ。

 

「そ、それでしたら僕からもお願いさせて頂きます……!」

 

 私達が完全に行き詰まってしまった時に、扉の開く音と共に後ろから若い男の子の少し震えて硬い声がした。

 その声に振り返った私は、驚きの余り言葉にならない声を上げてしまう。

 

「こ、皇太子殿下……!?」

 

 アリサとユーシスの驚く声。

 殿下がこの大聖堂の中に居る事は知っているが、まさかこんな場所に来られるなんて思いも寄らなかったのだ。殿下の脇に立つ鉄道憲兵隊のドミニク少尉も困惑した顔を浮かべていた。

 

「お久しぶりです、ユーシスさん」

「皇太子殿下もお変りない様で安心しました。……この様な状況でなければ良かったのですが」

 

 皇太子殿下と面識のあるユーシスが短いやり取りを交わすが、二人の顔は再会を手放しに喜び合っている状況では無い事を物語っている様に真剣であった。

 

「士官学生の皆さんですね。鉄道憲兵隊の方から話を伺いました。僕としても頼もしい限りです」

「勿体無いお言葉……」

「こ、光栄です……」

「あ、ありがとうございます……っ」

 

 そして、突然の皇太子殿下の登場に驚いたのは私達だけではなかった。

 

「これは驚いたな……。こんな所まで御足労をおかけして申し訳無い、若君」

「いえ……皆さんも不安の中耐えているのです。僕も帝国の皇族の一員として、何より皇太子として、護って下さっている鉄道憲兵隊や士官学校の皆さんの力になれればと思いました」

 

 皇太子殿下の言葉に驚くと共に、誇らしくなった。お世辞でもだったとしても殿下に『頼もしい』と、そして、『力になりたい』と言われたのだから。

 

 この場にいる私達全員の視線が、大司教の机に寄り掛かっているシスター服の女に向けられる。

 

「若君のその熱意を無碍にするのは、”我々”の本意では無い。だが、いかにアルノールの血を引く者であっても”教会”との”盟約”によって定められしは国主たるエレボニア皇帝のみ。君の父上であれば話は早かったのだがな」

 

 殿下の頼みであれば、と期待した私達の思いはものの見事に裏切られた。

 まさかの拒否という結果に、流石に誰も言葉が出ない。

 

「心苦しいが今回はお引き取り願おう。これは教会の総意でもある」

 

 明確な拒絶を突き付けられた殿下は、流石に予想していなかったように驚きを浮かべるが、すぐに残念そうな顔で「そうですか……」と小さく呟いた。

 

「教会の方がそう判断したのであれば……仕方がありません。その……お力になれずにすみません」

 

 瞼を伏せてそう続けた殿下は、私達に小さく頭を下げてドミニク少尉を伴って戻ってしまった。最後に、扉を閉めた少尉のとてつもなく鋭い視線がシスター服の女に向けられていたが、私とて彼女と全く同じ気持ちだ。この女は帝国国民が敬愛する殿下に恥をかかせたも、同義に思えたから。

 

 だからこそ、殿下が去った後の執務室にはこれまでに無い程の緊張が張り詰めていた。

 そんな部屋の空気に耐えかねたのか、机により掛かっていた女が溜息を付いて肩を竦める。

 

「……だが、若君に免じてここは一つ、良い事を教えてやろう」

 

 と、言ってこちらに一歩近づく。

 

「ここの”地下”への侵入は不可能だ。お前達が見た地下水道のあの”封”ですら、”普通の方法”では破ることは出来まい。なんなら女神に誓ってやっても良いぞ」

 

 その言葉に私達の誰も反論は出来なかった。

 口調こそ軽かったが、妙な説得力を感じたのだ。まるで、彼女の紅輝石の様な視線に”信じこまされている”様に。

 

 やっぱり、この人、シスターっぽくない。さっきは私達が大司教と話している時にも割り込んできたし。教会の人であるのは確かなんだろうけど、一体何者なんだろう。まあ、もっともそんな疑問をぶつけてもきっと答えてはくれない事だけは、私でも分かるけど。

 

「それは、視れば分かっただろう?」

 

 不敵な笑みをその顔に浮かべるシスターの視線が動いた。私に――いや、少しずれてる。私の右隣……エマの方?

 そして、意味深にもう一度小さく笑う。今度は声に出して。

 

「フフ、面白い気配が混じっていると思ってはいたがな。それでは、諸君の健闘でも女神に祈らせて貰うとしようか」

 

 よく分からないことを口にして私達の脇を素通りし、執務室を出てゆくシスターの背中に皆が呆気にとられていた。

 

 

 結局、私達はそのままエンゲルス中尉へ教会の非協力的な姿勢を報告することとなるのだが、鉄道憲兵隊の現場指揮官の反応は至って普通だった。どうやら、中尉は指揮を取る上でクレア大尉や上層部から大聖堂敷地内での作戦行動時には教会への配慮を厳命されていたのだとか。だからこそ、大聖堂の地下への立入り不許可は予想の範囲内だった様だ。

 ちなみに、皇太子殿下の件はあくまで殿下の独断のようであり、無理を言われる殿下にドミニク少尉も押し切られてしまったらしい。

 

 その上で中尉は既にそれを見越して次の段階へと移行させていた。

 

 一つ目はテロリストの掃討作戦。私達があのシスターと問答している間に、大聖堂敷地内に隠された多数の地下水道への出入口が発見されており、既に現在大聖堂に配備されていた部隊の半分以上が地下水道へ突入しているとの事だ。同時に近隣の街区でも地下水道の一斉捜索が開始されているという。

 

 二つ目は参加者の避難の前倒し。大聖堂近辺は未だ不安要素が多い事から、市中の安全な場所まで鉄道憲兵隊の車両で片っ端から移動させるとの事だった。これはつい先程入ったクレア大尉の指示でもあるらしい。こちらはドミニク少尉が直接指揮を執るとのことだった。

 

 私達は少し納得のいかないまま、テロリストの侵入経路となった地下水道へと突入した部隊の後釜として大聖堂敷地内の警備へと移ることになる。

 

 

 ・・・

 

 

 十六時――テロリストによる最初の凶行から約一時間が過ぎた。

 

 帝都各所で水道管が破裂し、帝都競馬場で爆弾テロが起きたのが丁度十五時――大聖堂と園遊会が襲われたのが十五時十五分――皇女殿下が敵の手に落ちたという情報から三十分程。未だテロリストどもに連れ去られたアルフィン殿下やエリゼちゃんの安否やそれを追うリィン達A班についての連絡は無い。

 いつの間にか少し傾き頬を照らす西日の中、私は大聖堂本堂から少し離れた教会庭園を走っていた。

 

 ヘイムダル大聖堂の敷地は、帝都という大都市の中と言う事を考えれば特記出来る程広大なものだ。地図上で見た限りは旧校舎を含めた士官学院が丸々入りそうな位で、敷地内には《ヘイムダルの白き塔》として名高い双塔の大聖堂本堂、そして、修道院等の様々な教会施設も存在する中、敷地内の大部分を占めるのがこの中世風の庭園である。

 

 敷地内で警戒活動中だったのだが、地下水道への入り口と思われる地下への扉を発見し、それを報告に向かっている。

 本当は《ARCUS》の導力通信で応援を呼ぶのが一番ではあるのだが、残念ながら通信も混み合っている様で中々繋がらなかったので、こうして私が伝令役を引き受けて警備本部へと走っている。

 

 その途中、庭園の端にある修道院近くの小さな建物に何かの気配を感じた。大聖堂本堂以外の建物はこの警備計画の為、もぬけの空となっているので、気配がするということは間違いなく警備の兵士か――敵。

 

 私は足音を殺して、恐る恐る建物の裏側へと顔を覗かせる。そこに居たのは、傭兵を連想させる緑色のテロリストの装束の背中。

 

「手を上げろ!」

 

 咄嗟に口から出たそんな立派な文句を叫びながら、私は内心で激しい焦りを感じていた。まさか、こんな所で遭遇するなんて。

 私の構えるアサルトライフルの銃口は、ニアージュ程のすぐ目の前でこちらを振り返る騎士風の仮面を被ったテロリストへ向けられている。

 

 早まる鼓動。ライフルの重量を支える左手が、グリップを握り引き金に指を掛ける右手が汗ばむ。

 

「武器を捨てて、両手を頭の後ろに!!」

「……」

「そのまま跪け!」

 

 幸いな事に無言ながらも私の言葉にテロリストは素直に従った。彼が握っていた旧式の導力サブマシンガンが庭園の石畳の地面へと転がる。

 それは、明確な降伏の証であった。

 

「ちょっとでも動いたら撃つ!」

 

 不審な動作があった訳では無い。ある意味ではこれは私が自分を保つために必要な威圧に近かった。

 

 今、この場で私は一対一で”敵”と対峙していた。敵を一瞬で倒せる武器を構えて。

 

 武器の有無、そして、ニアージュという距離。

 私が右手の人差指が少し動かしてライフルの引き金を引けば、初速800アージュ秒間十数発もの勢いで発射される0.5リジュ弾に貫かれて目の前のテロリストの身体は蜂の巣になるだろう。

 

 間違いなく、絶命する筈。

 

 今、目の前のテロリストの生命を握っているのは私だ。生殺与奪を完全に掌握している。

 しかし、この場で絶対的な強者となってもなお、人生で初めての状況に緊張していた。

 

 この仮面の下でテロリストはどんな顔をしているのだろう。

 帝都競馬場に仕掛けた爆弾で沢山の人を恐怖に陥れ、大聖堂と園遊会を襲撃して、アルフィン殿下を拉致した憎きテロリスト。一体、どんな人間が帝国の全てを敵に回すような凶行に手を染めたのだろうか。

 

「……そのマスクを外して」

 

 本来は私よりも背丈の高い筈の跪いたテロリストから戸惑い、そして拒否の雰囲気を感じる。

 

「早く!!」

「くっ……!」

 

 ほんの、一瞬。

 ヘルメットの中から出てきたのは普通の若い男だった。普通にトリスタの街を歩いていても全く違和感を感じる事なんて無いと断言できる位の――こんな凶行に手を染めるのだから、さも悪人面だろうと思っていた私の予想が裏切られる。

 

 こんな人が、何故テロリストに――目の前の男の素顔に気を取られた次の瞬間、私はまるで殴打されたような衝撃を左頬に受けた。

 地面を転がった騎士風のヘルメットと口の中に広がる血の味に、私は状況を把握する。

 

「こんの……!」

 

 思わず引き金を引いてしまった時、私は背筋が冷えた。

 今日、この銃は実弾が入っており、対魔獣以外で初めて設定した”対人殺傷”出力――鼓膜をつんざく銃声とその反動で腕の中で暴れる。

 

 だが、誤って放った銃弾はテロリストの男には当たらず、気付いた時には彼はギザギザに尖った刃先の短剣を私に振りかざす。

 咄嗟にライフルを盾にしてその刃を防ぐが、短剣に注がれた力はすさまじいもので、一気に私はバランスを崩して足を持っていかれる。

 

 地面に思いっ切りお尻をぶつけ、建物の壁に背中をぶつけ――そんな痛さに少し目を細めるが、今はそんな事を気にする場合では無いのは明白だ。

 

「!?」

 

 気付けば、いつの間にか形勢逆転。

 

 喉元にナイフが突き付けられ、触れていないのにも拘らず痛みが鋭く刺さった。

 

 殺される――私の頭が激しく警鐘を鳴らしている。

 

「銃をこちらに寄越せ。我々の邪魔をしなければ命までは奪わない」

 

 荒い息の中、あくまで降伏を要求する男の言葉に、ほんの少しだけ恐怖が和らいだ。

 上がりきった心拍が、徐々に落ち着くと共にほんの少しだけ余裕ができた。

 

 突きつけられるナイフは怖い。ほんの数リジュ動くだけで、あのギザギザの刃は私の喉を掻っ切るだろう。それはもう、にがトマトの皮を裂くように。

 

 でも、私はここでテロリストなんかに屈する訳には行かない。

 私達Ⅶ組は、今日、鉄道憲兵隊と協力してテロリストと戦っている。それが意味する物は大きい。何故なら、私達の後ろには守るべき人達がいるのだ。

 

 それは、皇太子殿下であったり、フレールやシェリーさん、大聖堂にいる帝国内外からの要人のミサの参加者――オリヴァルト殿下に帝都競馬場の観客――クロウ先輩。リィン達A班はアルフィン殿下とエリゼちゃん。

 

 帝都の夏至祭という帝国にとっての重要な日、帝国で最も重要な人物である皇族の方々を狙った凶行――紛れも無く、テロリストは敵だ。この帝国を攻撃する、帝国の敵なのだ。

 

 だからこそ、私が屈する訳にはいかない。

 

 この日、私達の後ろにいるのは数十万人の帝都市民であり、数千万の帝国国民でもあるのだから。

 

「……嫌……」

「……あん?……もう一度言うぞ――」

 

 仮にも私は士官学院生。帝国正規軍を目指す士官候補生だ。

 

 誰が、お前達なんかに負けてやるものか。

 

「嫌だっ……!!」

 

 叫びながら私は、ナイフを持つ男の手に思いっ切り噛み付く。金切り声に近い悲鳴を上げながら、よろめく男。

 

 今だ!

 

 容赦無く、右足を男の腹を目掛けて思いっ切り蹴りつけた。未だに右手をもう片方の手で抑えていた男にそれを避ける術はなく、苦悶の呻き声と上げる。

 

 そして、最後に、私は再びライフルを突き付ける。

 銃口は男の腹に密着し、男の顔が恐怖に歪む。

 

 一瞬、時が止まった様に感じた。

 

 今、引き金を引けば勝てる――この男を殺して。

 

 ――殺す……?

 

 殺す。この男を、死なせる、ということ。

 どうしてか、私はつい数十秒前の男の顔が浮かんだ。私に突きつけている震えている刃。私へ降伏を促す声。

 

 何故、私を躊躇無く殺して逃げなかったのだろう。"テロリスト"なら、それが一番だろう。何より彼は、私に素顔を目撃されている。自分の身を守る上で私が生きているのは都合の悪い筈だ。

 

 彼は極悪非道のテロリストなのに……極悪、非道?

 私を殺すのを躊躇した男が?

 

 指が、動かない。

 

 目の前のこの男、人間の命を奪うという行為への恐怖が、引き金にかかった指を躊躇わせた。

 

 次の一瞬、必死の形相の男の腕がライフルを真横に弾く。その反動で人差し指が引き金を押し込み、爆音の銃声が音を掻き消す。抑えきれない反動に持ち上がり、暴れる銃身が構える腕から抜け落ちる。

 

 しまった。どうにか距離をとって脅しでも銃口を再び――直後、突然の激痛と共に視界が一気に弾け飛ぶ。

 脇腹への強烈な一撃だと把握した時には、既に私の体は壁に叩き付けられていた。全身を貫いた衝撃に呼吸さえも覚束無ずに咽返る。

 

 

「小娘が!……調子に乗りやがって!」

 

 遠のきそうになる意識を引き戻したのは、私の目の前に立つ男の声。思わず見上げた。

 西日を背に肩を上下に動かしながら吐く荒い吐息が、私の顔にまで届く。

 

 そこで初めて、私は死の恐怖を感じ、咄嗟に腰に手をやる。

 

 ――無い!?

 

 いつもならそこに有るはずの導力拳銃のグリップは無かった。

 

「若いし兵隊じゃなさそうだが、鉄血に協力してる時点で同罪だよな……!」

 

 絶体絶命。という言葉が頭を過る。

 私は、ここで死ぬのかも知れない。

 

「大義の為だからな……大義の為だ……!」

 

 どうして?

 

 血走った瞳。それは、先程と変わって狂気の色を宿していた。

 激情の果てに、狂った人間。

 

 これが、テロリスト。

 躊躇した私が、馬鹿だったのだろうか。

 

 私は、ここで死ぬの?

 

 刃渡りが包丁程もあるギザギザに尖った短剣の刃が光る。

 

 私は恐怖に潰れた。諦めたんじゃない、動けない。

 

 私を見下ろす男の早い息遣いが止まる。そして、狙いを定めるように短剣を振り上げる――

 

 逃げたいのに、痛いのは嫌なのに、死ぬのは嫌だ。こんな奴に――

 

 今まさに、それが一気に私に振り下ろされる。風を斬る音。

 首を縮こませ私は目をぎゅっと瞑り、すぐに訪れるであろうその瞬間を覚悟した時、二発の銃声が響いた。

 

 

「そいつから離れろ、屑野郎。 次は殺す」

 

 声は氷の様に冷たくて、一瞬誰のものなのかも分からなかった。

 

 顔を上げ目を開けた私の視界の中で、赤い鮮血が石畳に落ち、絶叫が響いた。

 そして、自らの腕を庇う様に支えるテロリストの男。

「消えろ」という再びの冷たい声と、それに従って逃げる男の背中。

 

 そんな光景を呆然と、まるで他人事の様に私は眺めていた。

 

 信じられなかったから。

 

「大丈夫か!?」

 

 両手を私の肩に置く彼の顔は酷く心配していて。

 

 いつの間にか、壁に背中を預けて座り込む私を抱き締めていて。

 

「フレール……なんで、ここに?」

 

 大の男の力で強く抱き締められたことによる小さな息苦しさが、何よりもこれが現実である事を物語っていた。

 やっと自分が無事であったことを実感しながら、私は彼の腕の中で訊ねる。

 

「シェリーさんは……?」

 

 現実に思考が戻って来ると共に浮かんできた彼の婚約者の名前。

 

「さっきの嬢ちゃん達と一緒に鉄道憲兵隊が避難させてくれている」

「……守ってあげなきゃ……」

 

 彼にとっては、彼女が世界で一番守るべき人だろうに。私なんかより。

 あまり口に出したくはないし、考えたくは無いけど、私が彼に銃を貸した理由の一つでもあった。

 

「……嫌な予感が、したもんでな」

 

 少々の間を置き、小さく彼は口にした。

 その間に彼はどんな顔をしていたのだろう、そんな事を考えてしまう。頬を密着させ合う私達には、お互いの顔は見れないから。

 だけど、私としても今の状態は有り難かった。

 

 だって、今、ほんの少し期待したから。

 

「……ありがとう」

「当然だ」

 

 当然なんだ。

 

 そう何の迷いもなく言われることは満更ではなく、満足感や優越感すら覚える。それらは小さな火の粉で、まだ僅かに私の心に残った物を燻らせてゆく。

 

「お兄ちゃんだから?」

 

 私の言葉に、返事は帰っては来ない。

 

「幼馴染だから……?」

 

 続けて口にした言葉にも、彼は私を抱き締めながら無言を貫いた。

 密着する身体を伝って、どこか僅かな迷いを感じる。

 

 その時、私は分かったのだ。そして、自嘲的に小さく息を吐いて、瞼を閉じた。

 

「……もう、どっちでもいっか……嬉しい事には変わりないし……」

 

 素直に嬉しかった。今、私は少しだけ彼の心に触れられたから。

 

「ね、フレール……私、ずっと、ずっと好きだったんだ」

 

 そう、私が最初にあの村に来た時に出会ったのが十三年前――彼に想いを寄せた他の子への焼き餅と嫉妬から私自身の気持ちを自覚したのが五年前――彼が村を出たのが三年前――士官学院に入学する私を導力車で送ってくれたのは、三月三十日。

 随分時間が経ってしまったけど、私は自分の偽らざる気持ちをやっと口に出せた。やっぱり、好きで好きでしょうがないのだ。

 

「幼馴染のフレールお兄ちゃん、としてじゃなくて……フレールが、大好きだった。恋してたんだよ」

 

 でも、いくら本心から言葉を紡いでも、それが叶うことは無い事は知っていた。

 彼の答えはもう、私には分かっているのだ。

 

 

 ほんの十秒程度の短い時間が、本当に長く感じる。

 

「……そうか。エレナ――俺はもうお前の気持ちに応えることは出来ない」

 

 すまない、と口にするフレール

 目を瞑って待っていた私の鼓膜に心地の良い声が、分かりきった答えを響かせる。

 

 これでもかという位しっかりとした言葉。どう解釈しても、一筋の光の可能性すら無い。

 思わず彼の背中に回す腕に力が入ってしまうほど、その言葉は私の胸を貫いた。

 

 瞑った瞼の裏に思い出が浮かぶ。

 

 本当は、何も言わず気持ちを仕舞いこんでおけば良かったのかもしれない。今後、殆ど顔を合わせることの無いだろう私達だ。そうすれば、私も彼もゆっくりと時間が解決してくれたに違いない。

 

 でも、どうしてか、私は終わったことを明確にして欲しかった。

 

 悲しいことなのに、どこかに清々しい。

 今まで感じたことの無い不思議な気持ち。

 

「……うん。わかってた」

 

 そんな言葉と共に私は名残惜しく思いながら、もう一度腕に強く力を込める。

 そして、彼の身体から腕を離した。

 

 察しの良い彼はすぐに立ち上がって手を出してくれて、私はそれを取る。しかし、立ち上がろうとした時に私は左脚に痛みを感じて、そのまま少しよろけてしまった。

 

 言わんこっちゃないという顔でその頼もしい腕で身体を支えてくれた彼に、私は苦笑した。

 離れようとしたのに、また抱き締められている様になっている様が面白かったのだ。彼の婚約者であるシェリーさんに対しての後ろめたい気持ちは勿論あるが、もう一度、抱き付いてしまいたくなってしまうじゃないか。

 

 だけど、それはこちらに近付く沢山の足音によって阻まれた。

 Ⅶ組の仲間達だろうか、それとも鉄道憲兵隊の兵士だろうか。あれだけの銃声を聞けば流石に誰かは気付くだろうし、当然といえば当然だ。

 いずれにしても、こんな誤解を招きそうな体勢のままでいるのは不味いということ位は私も彼も分かっており、自然と二人の体が離れる。

 

 そして、彼は先程まで私が座っていた場所の傍らから一丁の導力拳銃を拾って、私に差し出した。

 

「……返しておくぞ。護身用なんだ、次からは拳銃を人に気軽に渡すなよ。それに……他でもないリーベさんの銃だろ」

「え……?」

 

 唐突に出たお母さんの名前に驚いて聞き返すが、私がその意味を聞く前にアリサの声が私の名を呼んだ。

 Ⅶ組の皆が鉄道憲兵隊の兵士達と共にこの場所にやって来たのだ。

 

 心配するアリサやエマの声、安堵の表情を浮かべるガイウスとユーシス。

 フレールと私に事情を訊ねる分隊長を名乗る鉄道憲兵隊の兵士。

 

 そんな時、アリサの《ARCUS》が鳴り響く。

 それは、祈る様な気持ちで待ち望んでいた知らせで、私達はフレールや兵士達を交えて喜びを分かち合った。

 

 

 

 Afterwards...

 

 

 人外の力を以って庭園の一角の大木に叩き付けられたテロリストの装束姿の男が、四肢をありえない方向に曲げてボロ人形の様に地面へと転がる。青々とした芝生を赤く染めて。

 

「帝国の兵隊共の眼を逃れたとて、”教会”が許すと思ったか?」

 

 仮にも信仰の場を侵さんとした狼藉者を――シスター服に身を包んだ長身の女はそう小さく口にして、無残な姿と成り果てた哀れな男を冷ややかな目で見下ろした。

 右の手の甲と腕の銃創。当たり場所が悪かったのだろう、未だその二つの傷口からは赤い鮮血が溢れている。

 

 だが、男が死ぬのは少なくとも今、この場では無いのを女は知っていた。

 

「死んだ方が楽だったろうな。恨むなら、あの甘い男を恨むといい」

 

 処置をする訳でも無く、ただ冷ややかな視線を向けるのみ。

 

 フッ、と小さく笑った女が振り返り、ある一点に視線を送ったのは次の瞬間だった。

 

「隠れていないで早く出て来い――私が狩る気になる前にな」

 

 庭園近くの修道院の屋根の上に取り付けられた風見鶏の上。そこに彼女の視線は向けられていた。

 

「流石は泣く子も黙る《紅輝石》の君。私の奇術など無意味であったようだ」

 

 不可思議な光の中から姿を現し、大層な一礼を地面から見上げる彼女に向けたのは、全身白装束の衣服を纏った仮面の男。

 

「教会の狗を束ねる者として、これでも鼻は利くものでね――特に目障りなお前達の臭いにはな。そういえば、昨日はまた下らん戯れに興じていたらしいじゃないか、《蛇》のコソ泥」

 

 笑みを浮かべながら小さく頷いて肯定した男は、愉快そうに続ける。

 

「貴女がこの緋の都に舞い戻られたと小耳に挟み、私なりに見事な《紅耀石》で歓迎の意を示そうと思った次第――フフ、今日は良き想い出に浸られましたかな?私も愛読家の一人として、かの物語の終焉を飾るこの地を訪れられた事、そして、まさか主演たる貴女自ら来られるとは――粋な計らいに感激の極み」

「面白い冗談を言ってくれるな――《怪盗紳士》」

 

 自嘲的な笑みを浮かべた女は一度下を向き、彼女の頭を覆うフードを脱ぐ。

 まるで《紅輝石》の様に赤く輝きを放つ鋭い瞳を《怪盗紳士》と呼ばれた男へ彼女が向けた瞬間、この空間を煉獄とも氷獄とも思える強烈な圧迫感が支配した。

 男を見上げている筈だった彼女が、まるで圧倒的に上から男から見下ろしていると認識させるのに十分過ぎる程の絶対的な気。

 

「私の問に答えろ。何の理由で《蛇》が”此処”にいる? 返答如何では我々と全面的に事を構えると受け取らせて貰うぞ」

「……これは失礼。このブルブラン、美が在る所に常に在り――少々私の趣向からは外れた物ではあったが、しかと見届けさせてもらった次第――」

 

 その言葉にシスター服姿の女の瞳が大きく見開かれる。

 そして、大聖堂の庭園に笑い声が高く響いた。




こんばんは、rairaです。
この話をもって『帝都繚乱編』、第四章7月26日の夏至祭を襲った帝国解放戦線のテロのお話は終わりとなります。

いざ単独での遭遇戦となると帝国解放戦線の末端のテロリスト一人にも敵わない主人公…というのは置いておいて、実際にその程度の実力です。
まだ”敵”との戦いに慣れていない彼女にとっては、少し相手が悪すぎたかも知れません。

《紅耀石》ことシスター・アイン。「閃の軌跡」原作では全く絡むことはありませんでしたが、この作品ではオリジナルのB班視点を良い事に二回も登場して貰いました。

次回のおまけを挟み、ジュライ・ガレリア要塞編となる五章へと入る予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。
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