光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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8月28日 《北海の港都》ジュライ

 特別実習の宿泊先として用意されたのは、大通り沿いのホテル≪インペリアル・ホテル・ジュライ≫。マキアスとエリオット君によると、帝都にもある有名な高級ホテルなんだとか。

 そういえば、先月帝都で会ったフレールとその婚約者のシェリーさんが泊まっていたホテルも、そんな名前だった気がする。

 貴族趣味全開なバリアハートのホテル程ではないけど、部屋の内装や調度品は私にとっては十分過ぎるほど豪華なものだ。こんな髙そうな所に泊まってたなんて――やっぱり、お金持ちの婿になっちゃったんだなぁと、この実習には全く関係の無い自分の幼馴染の変わり様をしみじみと実感してしまう。

 

 広々とした一階ロビーの窓から射し込むはもう夕日だけど、私達にとって今日はまだまだこれからだったりする。まさかとは思ったけど、チェックインの時にホテルの支配人から渡されたのは、実習課題の封筒であったのだ。

 依頼主は、北西準州の治安維持を担う準州憲兵隊。依頼内容は、”特区市街地の夜間警邏”の支援。午後六時から九時までの三時間の予定だ。

 

 そして、まぁ、当然の様に書類の右上には【必須】という赤い判子が押されている。つまり、”やらなきゃ落第”課題である。

 

 ジュライの駅から海岸方面に向かって、市街地を真っ直ぐ貫く大通り。三十アージュは在りそうな道幅で、灰色のコンクリートで舗装された立派な道路である。正直、こんな道路を帝都以外で目にするとは思わなかった。

 

 そんな大通りを横目に見てから、ホテルで貰ったガイドブックを読み耽っていたマキアスが呟く。

 

「《インペリアル(帝国の)大通り》――またの名を《エレボニア通り》か……」

「露骨ねぇ……まさか、あの駅前、”ギリアス・オズボーン広場”とかじゃないわよね?」

「……よく分かったな?」

 

 半ば呆れ気味で冗談を飛ばしたアリサだけど、まさかの冗談みたいな現実に顔を引き攣らせる。

 見開きのページに印刷された鳥瞰図風の地図を、マキアスはみんなに見せる様に机に広げた。

 大通りがすぐに分かるので、その起点となる駅前広場もおのずと把握できる。

 

 ”Eiserner Kanzler(鉄血宰相) Square(広場)”。

 

 まじだ。これは。

 

「……ネーミングセンスを疑うわ」

「あはは……」

 

 完全に呆れかえるアリサと乾いた声で笑うエリオット君。

 そんな、《ドライケルス大帝広場》みたいなノリで命名されても。オズボーン宰相はまだ存命中どころか、まだまだ現職なんだけど。

 

「ちなみに北に行く通りが≪ルーレ通り≫、南に行く通りが≪セントアーク通り≫というらしい」

 

 ここまで聞けば、東と西の他の通りは大体もう想像できる。もしかしたら南の端の小さな路地裏辺りには、《パルム通り》もありそうだ。

 

「この街、八年前まで外国だったのよね? 流石に露骨すぎて恥ずかしくなるわ」

「ドン引きだね」

 

 私もアリサと同じ気分だし、フィーの短い感想はこの場にいるみんなの率直な意見を代弁していた。

 帝国風の地名への改名は、間違いなく帝国の外地政策だと思う。元の地名ごと、その地の歩んできた歴史を葬り去って文化的にも帝国へと同化してゆく――その意図は”北西準州”の味気の無い名称からも良く分かる。

 

「いや、どちらも編入前かららしい」

「えぇ?」

 

 ≪インペリアル大通り≫の由来は、二十年程前に帝国軍が軍用道路として建設したから。そして、≪鉄血宰相広場≫の由来は、十年程前にこの街に鉄道を引いたのがオズボーン宰相だったから。マキアスがガイドブックから読んでくれたのはそんな単純なものだった。

 なんか梯子を外された気分である。

 

「なんでも、鉄道開通の記念とオズボーン宰相の功績を称えて、当時のジュライ議会が命名したらしいな」

「ふーん……」

 

 自国の宰相が当時外国から称えられるというのは、嫌な気はしないけど――その後の編入という結果があるだけに、少し複雑ではある。

 

「ま、併合されたってことは、国を売ったって事だろ? その市議会とやらは。そんな奴らなら帝国に媚の一つや二つ売るだろうさ」

 

 クロウ先輩の口から出た辛辣な一言に、私達は一瞬固まった。

 

「先輩、しーっ!」

「ちょっとは考えなさいよね……ミリアムじゃないんだから」

 

 

 ・・・

 

 

 なんかクジ運悪いなぁ。

 準州憲兵の詰所で簡単な説明を受けた後、私達B班は担当する市街地の街区ごとに二人のペアを三組作って課題にあたることとなった。帝都に比べれば市街地の範囲が狭いとはいえ、それでも二十万人近い人口を誇る帝国有数の大都会である。六人で固まっては三時間かけても市街地全域を回りきるのは不可能だ。

 このペア分けはブレードのカードをクジ引きの要領で用いて決めたものの――列車の席の対面に続いて、私の隣にはクロウ先輩がいたりする。

 

「ホテルのある大通りと比べれば凄く閑散としてますね」

「そうだな」

 

 北海に面する港町であるジュライ特区は、大まかに二つの街区に分けられる。

 一つは特区市街地の東側、駅前広場から特区の目抜き通りである《インペリアル大通り》を中心に海まで至る新市街(ノイシュタット)。

 もう一つが、特区西側の私達が今いる旧市街(アルトシュタット)だ。

 

 また、海沿いの港湾地区は、それぞれの街区に対応する形で新港、旧港と呼び分けてられており、大型船舶用の巨大な埠頭と港湾施設が整備されている新港に対し、旧港は専ら漁船などの小型船が利用する昔ながらの港なのだとか。

 

 帝都中心街に似た赤煉瓦の立派なビルが建ち並ぶ新市街と対照的に、古く小ぢんまりとした建物が建ち並ぶ旧市街。

 道も新市街は真新しいコンクリートで舗装されているのに対して、旧市街は所々でこぼこした古い石畳だ。

 

 伝統的な木組みの茶色い三角屋根の街並みは、どこか趣を感じさせるものであり、シックな様式の古びた導力灯の明かりが通りに映える。

 

「街の雰囲気も違いますね」

「そうだな」

 

 さっきからつまらなそうな返事しかしてくれないクロウ先輩に少しむっとしてしまう。

 その割には、あっち見たりこっち見たりと、課題には熱心に取り組んでいる様な気もするけど。ああ、私に不満なのか。

 

「それにしても、大分北に来ちゃったから夏なのに少し肌寒いですね」

 

 空を見上げるとまだまだ明るい。東の方でやっとお星様が少しちらつく位だ。でも、帝都近郊でいえば初夏位の気温しかないのではないだろうか。晩夏といっても、トリスタはまだまだ夜でも汗ばむ暑さなのに。

 

「そうだな」

 

 まただ。

 我慢の限界っていうか、流石に苛立つ。私が悪い事したならそう言えばいいのに。とにかく、それなりの理由を言って欲しい。

 

「もー……さっきから、なんなんですか」

「おっ」

 

 私の事なんて関係ないと言わんばかりに、何かに気付いたように声をあげた先輩が、足を早めてゆく。

 

「ちょっと、先輩! 真面目に聞いてくださいよ!」

「ワリィ、あの店いってくるわ」

 

 と、先輩が指差したのはお店は、この通りの中ではそれなりに賑わっていそうな居酒屋であった。

 

「はぁ!? なんでですか、課題中ですよ!?」

「便所だっつーの。なんだ、お前さんも一緒に来るか?」

「いくわけないじゃないですか! ……もう、朝からしつこいですよ!」

 

 今日までちゃんと守ってくれてたのに、なんで特別実習が始まってからこのネタでからかわれるのだろう。

 

 

 最初は居酒屋の軒先で先輩を待っていたのだけど、そんな私を見た店主らしいオジサンが親切にも中で待っている様に声を掛けてくれた。「逆に店先に立たれちゃ邪魔ってもんよ」とも言ってもいたけど、そんな訳でカウンター席の誰もいない一角で、中々出てこない先輩を待っている。

 

「その制服、準州の軍学校か?」

「あ、いえ……帝都のトールズ士官学院から来ました」

「へぇ、帝都から来たのかい」

 

 トールズの名を出してここまで反応が薄い事に少々驚きながらも、なんとなく理由は察することは出来る。各界で活躍する著名人を多く輩出し、帝国で絶対的な知名度を誇る名門士官学院の名前も、この街ではあまり意味がないらしい。もっとも、中身がまったくエリートじゃない私からすれば、こっちの方が気楽で大いに助かるのだけど。

 あまり興味もなさそうに応える店主の手から、プシュっと空気の抜ける音がしたと思えば、唐突に私の前に茶色のガラス瓶が置かれた。

 これは新しい詐欺だろうか。私の身分を聞いてきたのも、帝国人に対する嫌がらせをするため的な?

 

「あの、頼んでません」

「サービスだよ。サービス」

 

 どこか信じ切れずに、瓶口に鼻を持って行って匂いを嗅いでみる。うん、よくクロウ先輩が飲んでる外国産の茶色い炭酸飲料っぽい。

 

「妙な警戒しないでくれ。こんな店だからさ、若い女の子の客は久しぶりでね」

 

 肩を落として腕を広げる店主。そんなオジサンにつられて店を見渡す。確かにテーブルが樽だったり、ドラム缶だったりと港で働く男の店といった雰囲気である。魚と油にタバコの匂いが混じるこの空気は、故郷の村の酒場と一緒だ。

 そういうことなら、大丈夫かな。まぁ、クロウ先輩もいるし、ちゃんと導力拳銃はしっかり腰のホルスターにあるし。何といっても憲兵の腕章をしているのだから。

 瓶を手に取って、一気に喉に流し込んだ。

 

「駅前と比べるとここら辺は随分違うんですね」

「あぁ、あっちか」

 

 拭き終わったグラスを私の前に置いて店主は続けた。

 

「つい十年位前は新市街のあの辺りはスラム街だったんだけどねぇ」

 

 スラム街? その言葉はにわかに信じがたかっが、その後の店主の話は私を納得させるのに十分だった。

 なんでも、帝国は鉄道開通を急ぐあまり、当時のジュライ市の中心部から外れた場所に駅を建設したのだという。その後、駅周辺は再開発事業を受注した帝国系の企業によって一気に開発が行われ、スラム街は姿を消すと共に北西へ進出する帝国企業とその従業員の為の都市が丸ごと建設されたのだとか。

 新市街がまるで帝都の様な街並みなのも、通りの名が帝国風なのもこれで頷ける。あの街は、”帝国になった街”なんじゃなくて、”帝国が造った街”だったのだ。

 

「帝国様様、鉄道様様だよ。いま思えば市国時代も悪くはなかったが、景気は悪かったからねぇ。難民は押し寄せるわ、仕事はないわ」

 

 市国――それがこの街が国だった頃の名前なのかな。

 

「挙句の果てにテロまで起きる有様よ、なぁ?」

「ヒック、あぁ、アレで俺様一文無しになっちまってよぉ……嫁と娘にも逃げられちまったし……ヒック……クソジジイ……」

 

 店主が話を振ったのは私の反対側で結構出来上がっている客の中年男性。店主の補足によると、彼はどうも株や相場で大損して飲んだくれになったらしい。まぁ、飲んだくれるミラがあるなら、まだマシな部類かとは思うけど。

 

「ありゃ、不起訴だったんじゃなかったかねぇ。でもまぁ、あの好々爺……いまどうしてるかねぇ」

「くそじじい?」

「あぁ、市長の爺さんよ。市国最後のな」

 

 そうか、市国というぐらいだから、トップは市長だったんだ。帝国では領主はいても市長という公職はあまり聞かないので、すぐには思いつかなかった。

 この街であった爆弾テロ、その首謀者として逮捕されてしまったらしい。市長がテロってあり得るのだろうか、とは思うけど部外者の私は聞き手に徹した方が様だろう。

 

「あんな事が起きる位なら帝国の方が遥かにマシ、って街のお偉いさんの商人共は思ったのさ。少なくとも帝国に守られれば自分達のミラは安泰だと思ったんだろうよ」

「ま、俺ら船乗りはどうでもよかったんだけどよォ」

 

 私の隣にどかっと座ったのは見るからに海の男といった感じの色黒のオジサン。日曜の朝のサラ教官よりお酒臭い。というか、この店オジサンばっかじゃないか。

 

「まぁ税金だけは安くなったな! ガハハ!」

「新市街は確かに魅力的だけどよォ……俺達船乗りにゃちょっと眩し過ぎるんだよなァ……」

「ここいらには倉庫街みたいな危ない所もあるけどよぉ、昔ながらの街は気楽だぜ」

「まぁ、特区の役人は旧市街を観光地区にしたいみたいだけどねぇ」

「……ヒック……次はセイランド株……レミフェリア……」

 

 いつの間にかカウンター席にオジサン達が集まって来て、私にどんどん話しかけて来てくれる。それは良いのだけど、リィン関連でからかわれたアリサより顔を真っ赤にした酔っ払い達なので、話の流れがなんてありゃしない。

 適当に相手をしつつ、それとなく席を立った私の目にとまったのは、壁に飾られた地図らしきものだった。

 

「なんか珍しい物でもあったかい?」

「いえ……この地図なんですけど」

「あぁ、古地図だよ。地図というよりは絵だけどな」

 

 カウンターで酒盛りを楽しむオジサン達の相手をしつつ、私にもちゃんと応えてくれる律儀な店主。

 古典的な字体で記されたタイトルは”North Zemuria(北ゼムリア)”。細部は結構違うけど、地理の教科書の大陸全図で見覚えのある形の地形が色とりどりに塗り分けられている。

 上の方に”Principality of(レミフェリア) Remiferia(公国)”。

 そこから右にいくと、

Grand Principality(ノーザンブリア) of North Ambria(大公国)”。

 

 これらは国だ――それも大分昔の。地図の中の文字を見て、私はこれらが”国名”である事に気付いた。

 

 紙の上の大地の下半分を区切る様に走る太い赤線。それは川に重なる様に引かれている。これが今日列車で越えた大河――帝国領の旧国境。赤線より南には、一際大きな橙色で塗られる”D.Cayenne(カイエン公爵領)”、小さめの薄紫色の”C.Florald(フロラルド伯爵領)”という今に残る帝国諸侯の領地の名も読み取れる。

 そして、大河の北側から今でも名前を聞く北の二つの国までの間に、いくつもの色が存在していた。

 

「市国……大公国……色んな国があったんですね」

「百年以上前のここら辺だからなぁ」

 

 それが今や地図に記された国の殆どは存在せず、エレボニア帝国北西準州として、その国の名を失って帝国の版図の中にある。

 

「……内戦があったのってどこら辺なんでしょう?」

 

 それは、北西に行くと決まってから、ずっと気になっていた事。

 

「あぁ、帝国が介入したあの戦争か」

 

 店主の表情が少し曇り、視線を落とす。酔っ払い達も揃って口数が少なくなっていた。

 

「すみません、悪い事聞いてしまいました……」

 

 すぐに謝ったが、周りの空気の重さは晴れることはない。私はなにを朝、トワ会長にいわれてたのに……。

 

「いや、構わないよ。戦火こそ及ばなかったが、あの頃はこの街も大変でね。皆、色々と苦労したものさ」

 

 一様に重い表情のカウンターの客達が、店主の言葉に言外に同意する。私に嫌な顔こそしてはいないけど、複雑な思いがあるのは間違いなさそうだった。

 

「ジュライからちょっと東にいった、アンブルテールの辺りだよ」

 

 海沿いの小さな赤丸の”Jurai City(ジュライ市国)”から東――すぐ隣、”Duchy of Ambrterre(アンブルテール公国)”と記された南北に長細い灰色を指でなぞる。

 

「レミフェリアだかノーザンブリアだかの王族が領主をやってた小国だったなぁ。俺が嬢ちゃん位の頃だからもう二十年以上前か……革命だのなんだので自治州になっちまって戦争がおっぱじまったんちっまったんだ」

 

 店主が教えてくれる歴史は、私の知る北西動乱という内戦の時期とほぼ合致していた。

 

 つまり、私の指が指すこの灰色の国――ここが、私の生まれた場所。

 

 

「ところで、嬢ちゃん」

「はい?」

「一緒に来た兄ちゃんはコレか?」

 

 再びカウンターに座り直し、魚の塩漬けを啄む私に握りこぶしに親指を立てて聞いてくる店主。

 そう見えるのだろうか。あんまり嬉しくない勘違いで、かなり心外だ。

 

「……そう見えます?」

「まぁ、見えねぇな」

「だったら、聞かないでくださいよ」

「いや、ちょいと嬢ちゃんが心配になっちまって」

 

 はぁ。まぁあんなチャラそうな先輩を見たら、確かにそう思われても不思議じゃないかも。そんな、心配までしてくれるなんてこの街の人達は優しい。

 

「そういえば、あの兄ちゃんも帝都から来たのか?」

「ええ、そうですよ」

「……そうか、じゃあ思い過ごしだな」

 

 よく意図が分からない店主のぼやきにを首を傾げる。クロウ先輩の何が――

 

「って!?」

 

 のんびり寛ぎながら、この街の名産らしいサモーナの塩漬けをもう一切れつまんだところで、大事な事を忘れていた事に私は気付いた。

 多分、もう遅い。そうは分かっていても、確認せずにはいられない。店の奥まで走り、トイレらしい扉を勢い良く開け放つ――予想通り、あの銀髪の先輩がいる訳はない。

 

「……あ、あ、あ……」

 

 沸騰しそうな位の熱が頭に走り込み、不意に肩が震える。

 

「あんにゃろー!」

 

 気付いた時には、頭の先まで血が昇り切って、渾身の怒りを声にして放っていた。

 

 

 人通りのあまり多くない通りを右見て左見て、逃げ出した――いや、置き去りにしてくれた憎き銀髪の頭を探す。

 多分、あの店に入ったのも逃げ出す計画の内だったのだろう。きっと、店主にミラでも握らせて、飲み物とおつまみで私を引き留めさせたんだ。むっかつくぅ!

 大体そんなことに使うミラがあるなら、リィンに50ミラさっさと返せばいいのに!

 

「お、遅かったな」

「どこほっつき歩いてたんですか、先輩!?」

 

 先輩はすぐに見つかった。というか、何食わぬ顔で戻って来やがったもんだから、抑えもせずに怒鳴りつけてしまう。

 

「いやー、あっちに良さ気なカジノバーがあってよー」

「もー……!? 何やってんですか、私達、課題中ですよ……!」

 

 先程の私の大声のせいか、あちらこちらから視線が集まるのを感じて声を小さくする。

 どうどう、私。抑えて、抑えて。

 

「クク、ちゃっかりカウンターに座って楽しんでそうだったからなぁ」

「あ、あれは、世間……じゃなくて、現地情報の収集の一環というか……」

 

 ぐっ、辛い所を突いてくれる。確かに警邏の課題の事なんて忘れてお喋りに夢中になってたけど……たからって声すらかけずに置いてくなんてどういう了見だ!

 

「一応、忠告はしとくが……お前さん、ホストとか行くのは絶対やめとけよ? 後、ミラに困ってもああゆうオッサンの酒の相手は――」

「やるわけないじゃないですか!?」

 

 下らない忠告に、思わず怒鳴ってしまい、またもや、通りを行き交う人々の注目を集めてしまう。

 

「……そうじゃなくて、置いてかないでくださいよ」

 

 初めてきた街で、それも夜の酒場に女一人置いてくってほんと信じらんない。 そんな事も分からないから、顔だけは良いのにこの先輩はモテないんだ。

 

「ははーん、俺様がいなくて寂しかったか」

「……」

 

 あーもう! 確かに慌てたし、寂しかったかも知れないけど、それより怒ってる方が断然だし!

 喉の先まで出掛かった反論を飲み込む。いくら人通りが疎らだとはいっても、既に悪目立ちし過ぎて恥ずかしい。

 

「……別に」

「図星か」

 

 なにが図星なんだよ! と言いたい気持ちをやっとの思いで抑え込む。

 

「なんで先輩なんかと一緒なんでしょうね」

 

 なんか先週位から本当に女神様に見放されてる気がする。ちゃんとこないだ教会にはいったのに。学院に帰ったらエマにでも相談してみようかな……。

 

 

 酒場の酔っ払い達から聞いた話で、旧市街の港――旧港の倉庫街は一部は廃墟化していて治安が悪い場所だといっていた。

 その情報を頼りに港沿いを歩き回ると、倉庫街の一角からよく分からない騒がしい音楽を大音量で流して、たむろする男たちがいた。多分、見た目から私やクロウ先輩と同じ年頃の子だとは思うけど……。

 

「……やっぱり、注意とかしなきゃいけないんですかね」

 

 返事は帰ってこない。変に真剣な眼差しで、古びた倉庫を見つめていた。

 

「どうしたんですか?」

「ここはもういいだろ。戻ろうぜ」

「え、でも……明らかにあそこ、怪しそうっていうか」

 

 怪しいとかいうレベルではなく、正直に言えばお近付きになりたくは無い感じだ。あんな不良達を見るのは初めてだし、少なくとも私の周りには今までいないタイプであった。多分、最も近いのはこの隣にいる先輩か幼馴染だろうけど、少なくともⅦ組にはいない。いや、先月まではいなかった。

 

「オレ達二人で行ってもめんどくせぇ事にしかならねぇよ。ああいう輩はな」

「でも……」

 

 これは正式な依頼であり、必須課題なのだ。ここで放っておいて良い評価があるとも思えないし、住民の迷惑になっているのであれば、それを取り除くのも仕事なのだと思う。

 

「課題は警邏の支援だ。目の前で住民が絡まれてる訳でもねぇし、憲兵に報告するだけでいいと思うぜ。まぁ、対応してねぇからあんな粋がった奴等がいるんだろうがな」

「……わかりました。ここは先輩に従います」

 

 クロウ先輩の言い分は正しい。課題はあくまで警邏の支援であり、学生の私達には逮捕権はおろか、職務質問を行う権限すらない。それに、あの大人数を相手に二人は心許ないのも本当の話で、なにより後三十分もすれは九時だ。そろそろ、憲兵隊の詰所に報告に向かっても良い時間である。

 

「置いてかれたのに、ちゃんと聞き分けのいい後輩に感謝してくださいね」

 

 恩着せがましく先ほどの恨み節を添えて、帰路につくのだった。




こんばんは、rairaです。
さて、今回は8月28日の夕方~夜、ジュライ特区内での特別実習一日目のお話になります。
「閃の軌跡」原作三章のノルドの様に夕方着であれば、その日は課題無し…となりそうなものですが、今回は短い時間軸の中に詰め込む為にレグラムのA班と同様に一日目から特別実習の課題に追われる羽目になっております。

「暁の軌跡」ではレミフェリアに行く事が確定的となっている様ですが、かの国と歴史的に関わり合いのあるジュライも登場するのでしょうか。色々と粗い造りのタイトルですけど、分かっているとにやっとしてしまう小ネタが多いので期待したい所です。

次回も同日夜のお話となります。

最後までお読み頂きありがとうございました。お楽しみ頂けましたら幸いです。

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