光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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4月17日 放課後

 トマス教官の熱い愛の篭った帝国史に始まる睡魔との戦いを制し、私は今日一日を無事に乗り切ることができた。

 明日は自由行動日。軍と同じで長期休暇の殆どない士官学院において、唯一の定期的な休日といっていい日だ。その為、廊下行き交う生徒達の様子は開放感に満ちていたりする。勿論、私やⅦ組のクラスメート達も例外ではなくて、私達の廊下での立ち話もどこかいつもよりも弾んでいた。

 

「そういえば皆はもう部活は決めたりしているのか?」

「うーん、一応見学は行っているのだけど……これといったのがまだ無いわね」

「私もです。文芸部とか興味はあるので、今日この後アリサさんと見学にいく約束をしてて」

 

 エマは寮の自室でも結構読書とかしているので、文芸部は似合っているかもしれない。

 

「エマは文化部か。ふむ……アリサ、そなたも文化部希望なのだろうか?」

「私はまだどっちにするか決めてないんだけどね。そういえば、エレナはどう?」

「うーん、私もまだ決めてないなぁ」

 

 実際あまりピンとくる部がない――文化部は専門的だし、運動部に入るほど体を動かすのが好きな訳でもない。

 

「エレナ、もし良かったらだが、私と一緒に水泳部を見に行かないか? そなたの故郷は南部沿岸であったし、泳ぎはしていたのだろう?」

「あ……あはは、それが私、泳げないわけじゃないんだけど……水は苦手で……」

「ふむ…そうか」

 

 もう何年も前になる夏の日、今朝の手紙を出した相手に誘われたのが嬉しくて調子に乗っていたら、足をつって溺れかけたのが理由なのだが、恥ずかしくて皆には言える訳がない。

 それに、校外活動の許可を貰えば出来るという話を聞いていたので、空いた時間をアルバイトに当てて自分の使う生活費を稼ごうと私は考えていた。ただでさえ私という働き手が一人減って経営に余り余裕のない実家の店は大変なのに、お祖母ちゃんから生活費となる仕送り送ってもらうのも申し訳無さ過ぎる。

 

「それでは仕方がないな。では、私はギムナジウムに見学に向かうとしよう。それでは、皆またな」

 

 ラウラがすぐ右手の階段を下りていく。彼女の誘いを断った私は少し罪悪感を感じた。

 

「じゃあ、エマ。私たちも見学にいきましょ。エレナは一緒にいかない?」

「うん……教官室にいく用事があるから、今日はちょっと難しいかなぁ」

「そっか。それじゃあまた夜ね」

「うん。またねっ」

 

 その場で別れると私は中央階段の方へ向かい、反対にアリサとエマは先程ラウラが降りた目の前の階段を下っていった。

 

 

・・・

 

 

 教官室のトマス教官に校外活動の許可書についての話を聞きに行くと、理由等あまり聞かれる事もなく快く申請を受け付けてくれた。許可書の発行まで少し時間はかかるので、また後日教官室を訪ねるようにとのことだ。

 とりあえず、思っていたより早く用事が終わりⅦ組の教室へ戻ると、教壇にはサラ教官がいた。ホームルームの後、教室から出て行って様な気がしたのだけど。

 

「あれ、サラ教官どうしたんですか?」

「うーん、ちょっとねー。あ、あったあった」

 

 何かガサゴソと教壇の中に入っていた物を取り出した。生徒名簿……だろうか。

 教室の外からだと死角になって見えなかったが、どうやらサラ教官の他にもリィンも教室の中にいた様だ。

 

「リィンもまだ残ってたの?」

「ああ、ちょっとサラ教官に頼み事されてさ。Ⅶ組の物を受け取りに行くのに生徒会まで行こうとしてた所かな」

 

 なるほど、流石リィンだ。お人好しだからサラ教官に押し付けられたのかもしれない。

 

「あ、丁度いいじゃない。お手伝い一人ぐらい連れて行ったら? そこのお暇そうなお嬢さんとか」

「ええっ……」

 

そんな「私超イイコト思いついた」って顔をして言わないで欲しい。

 

「そんな手伝いが必要な仕事なんですか?」

「んー、まぁ、いないよりいた方がこれからは楽になるかもね」

 

(これからは?)

 

「うーん、確かに暇だし私も手伝うよ?」

 

 リィンと知り合ってからまだ二週間程度だけども、この学校の生徒で初めて話した人でもあり色々とお世話になっている。

 そんな彼には、どちらかといえば私は自ら手を貸すべきだろう。

 

「でも、本当にいいのか? 部活の見学とかさ。みんな色々見に行ってるみたいだし」

「あー……部活かぁ。正直、これといった所が無いんだよねー……。身体を動かすのは嫌いじゃないんだけど、運動部に入ってまでとは思わないし……かと言って文化部みたいに専門的に何かやるのも難しそうだし……」

「はは、俺と同じだな」

 

爽やかな笑顔で私に同意してくれるリィン。

 

ちょっとドキッとしちゃうじゃないか。

 

「それじゃあ、俺と付き合ってもらえるか?」

 

 しっかりと目が合っていたせいか、その言葉の違う方の意味が思わず頭を過った。

 

 ……この人はいきなり何て紛らわしい言い方をするのだろう。

 

 目の前の相手こそ全然違うものの、何度か思い描いて悶えたシチュエーションに胸が一瞬だけ跳ね上がるのを感じたのだから。

 そんなことを考えれば、迷惑なことに頭の中で彼の声が何度もリピートしてしまって、顔が熱が帯びてゆく。取り敢えず、返事をしない訳にもいかないので、私は頷いた。

 

「あれ、エレナ体調悪いのか? 顔、少し赤いけど……」

「……大丈夫、大丈夫……うん。とりあえず、生徒会、いこっか」

「ならいいんだが……」

 

 これ以上、下らないことで紅潮する顔をリィンに見せたくない私はそそくさと教室を出た。

 

「あれは危険ねぇ……」

 

 その後、教室に一人残されたサラ教官がそう呟くのをリィンは耳にしたという。

 

 

・・・

 

 

 本校舎から生徒会のある生徒会館を目指して外に出た頃、ようやく私は心の落ち着きを取り戻すことに成功した。

 正直、リィン程の整った顔立ちの男にあんな事を言われたなんて想像すると、自分に気が全くなくてもその破壊力は絶大だ。勿論、精神的な意味での。

 そんな事を考えながらリィンの隣を歩いてると、丁度生徒会館の前で私達は知らない先輩に声をかけられた。

 

「よ、後輩君たち」

「えっと……」

 

 バンダナにピアス、上着を腕まくりしたスタイルのいかにもチャラそうな外見の先輩。緑色の制服である事から平民生徒であることがわかる。まぁ、この外見で貴族様ならそれはそれで驚きなのだが。

 

「お勤めゴクローさん。入学して半月になるが調子の方はどうよ?」

「あ、ええ――正直、大変ですけど今は何とかやっている状況です。授業やカリキュラムが本格化したら目が回りそうな気がしますけど」

「はは、分かってんじゃん。特にお前さんたちは色々てんこ盛りだろうからなー。ま、せいぜい肩の力を抜くんだな」

「は、はあ……」

 

 やはり、特別オリエンテーリングやホームルームで言われたように本格化したら今より忙しい様だ。

 私は果たしてこの学院を卒業できるのか心配になってくる。

 

「そっちはどうよ?」

「えっと、授業、眠いです。あはは……」

 

 咄嗟にこんなことしか言えない自分が本当に恥ずかしい。案の定、目の前のチャラい先輩は大爆笑だ。

 

「くっ、くくっ……わりぃわりぃ、お前さん面白い奴だな。やー、まじ授業とか眠いよなぁ。俺様なんて毎日五時間は寝てるぜ」

 

 一日の授業で五時間も寝ることをドヤ顔で語る先輩が、この名門士官学院にいるとは想定外過ぎて空いた口が塞がらなかった。

 しかし、本当に寝てても大丈夫なのだろうか。《鉄血宰相》ばりの鋼の意志を持って、うたた寝はしても熟睡はしないようにこの一週間頑張ってきたというのに。

 

「……それで二年生になれるんですか?」

 

 リィンが半ば呆れた様に先輩に訊ねた。

 

「進級の自体は何も問題ないはずだぜ。まあ留年制度自体が無いからな」

「おおー……!」

 

 このチャラそうな先輩が私には希望のお星様に見えた。

 

「……それって、卒業の時に問題になるってことなんじゃないですか?」

「おう、ぶっちゃけそゆことだな」

 

 ……って、全然何の解決にもなってない!

 やはり、快眠授業ライフは夢のまた夢のようだ。

 

「えっと、先輩。名前、伺っても構いませんか?」

「まあまあそう焦るなって。まずはお近付きの印に面白い手品を見せてやるよ」

「「手品?」」

 

 それにしても、この先輩、手法がとことんチャラい。しかし、私にとってこの軽いノリは、どこか故郷の幼馴染を思い起こさせて心地良くもすらも感じた。

 

 先輩に求められて、手品に使う50ミラのコインを貸すこととなったリィン。

 その銀色の硬貨は、先輩の拳の上でちらりと瞬いた。

 

「そんじゃあよーく見とけよ」

 

 その声と共に打ち上げられた硬貨は、回転しながら夕日を受けて輝く。私達が見上げる中、眩い放物線の光の軌跡を描いてから、丁度首を上げなくて済む付近にまで落ちてきた所で――先輩の右手と左手が素早く交差し、先程までそこにあった光を消し去った。

 

……あれ?

 

「――さて問題。右手と左手どっちにコインがある?」

「うわぁ……私全然わからないよ……」

「……それは――右手ですか?」

「残念、ハズレだ」

 

右手の掌を開き、そこにコインが無い事をアピールする先輩。腕まくりしてる以上、袖の中という可能性も無だろう。

 

だったら後は――

 

「じゃあ左!」

「おいおい、そりゃーないだろ、後輩ちゃん。流石にそれは――」

 

 呆れた様に笑いながら先輩は、握られたままの左手の掌をゆっくりと開く。

 

「ハズレだ」

 

 しかし、その中にはコインは無かった。正直、もう意味がわからない。

 そして、物凄く自慢げな顔の先輩。ドヤ顔だ。悔しい、というより、なんか遊ばれてた様でむかつく。

 

「うわぁ!? えっ、じゃあ、どこ!?」

「なるほど。”手品”ってことですね」

 

 リィンが察したかの様に納得する。ああ、なるほど。つまり”手品”だから右にも左にも無くていいのだ。

 

「フフン、まあその調子で精進しろってことだ。せいぜいサラのしごきにも踏ん張って耐えていくんだな。――そうそう。生徒会室なら二階の奥だぜ」

 

 そんじゃ、良い週末を、と言い残して先輩は校門の方へと歩いてゆく。

 その後、リィンが貸した50ミラコインが帰ってきてないことに気づき、あの先輩に一本取られたのだと分かった。

 まあなんともチャラそうな先輩だった。ってか、後輩からたかる先輩ってどうなの……。

 

 少なくとも、私もリィンにも一つだけ確かな教訓が出来た。士官学院の先輩には、一筋縄にはいかない人もいるという。

 

 

・・・

 

 

 生徒会室で出迎えてくれたのは、入学式の日に校門で私たちの荷物を預かってくれた女の先輩だった。彼女は生徒会長のトワ・ハーシェル――この学院の生徒会長を務めている二年生。生徒会長だと言われた時、にわかに信じられなくリィンとお互い顔を向き合ったぐらいだが、この際は一旦置いておこう。

 サラ教官からの仕事として、彼女から受け取ったのはⅦ組のみんなの生徒手帳だった。黒革でトールズの紋章が入る格好良い生徒手帳。我ながら当然の事なのだが、こういうのを見ると士官学院生なんだと実感する。

 

「――えっと、それでは他の手帳をⅦ組のみんなに渡しておけばいいんですね?」

「うん。よろしくね」

 

 私達に屈託のない笑顔を向けて頷いた生徒会長は続ける。

 

「うーん、でもリィン君たちも一年なのに感心しちゃうな」

「……えっと、何がですか?」

 

 私はあくまでリィンのお手伝いでここにいるので、基本的な応対は任せっきりだ。だが、生徒会長の口から出てきたのは私が全く知らなかった事だった。

 

「えへへ、サラ教官からバッチリ事情は聞いてるから。何でも生徒会のお仕事を手伝ってくれるんでしょ? うんうん、さすが新生Ⅶ組だねっ」

 

 うん?

 

「その……いったい何の話ですか?」

「えっと、生徒会で処理しきれないお仕事を手伝ってくれるんでしょう?『特科クラス』の名に相応しい生徒として自らを高めようって――みんな張り切ってるから生徒会の仕事を回してあげてってサラ教官に頼まれたんだけど……」

「ええっ!? リィン、そうなの!?」

「……」

 

 驚きのあまり声が裏返りそうになる。Ⅶ組の人はみんな真面目だけど、まさか生徒会のお手伝いという奉仕活動までこなそうとするなんて。少しハード過ぎるのではないだろうか。

 

「ひょ、ひょっとしてわたし何か勘違いしちゃってた……? 入学したばかりの子達に無理難題をおしつけようとしてたとかっ……」

「――いえ、サラ教官の話通りです。随分忙しそうですし、遠慮なく仕事を回してください」

「そ、そっかぁ……ビックリしちゃった。えへへ、でも安心して。あまり大変な仕事は回さないから。今日中にまとめて、朝までに寮の郵便受けに入れておくから。とりあえず、リィン君のポストに入れてもいいかな?」

「ええ、お願いします」

 

 無言で考え込むリィンに慌てるトワ会長だが、リィンが先ほどの話を肯定した途端に落ち着きを取り戻してくれた。

 そして、”生徒会の手伝い”の話――いままで私になかったのは何故だろう。少し――落ち込む。

 

 

 そんなに頼り無いかなぁ……まあ、頼りないよね……。

 

 その後、トワ会長に連れられて学食で晩ご飯を奢られるまで、私の耳に話はあまり入ってこなかった。

 

 

・・・

 

 

 リィン・シュバルツァーは校門前で星空を見上げていた。

 大陸最大の都市である帝都の近郊都市であるトリスタの街の灯はリィンの故郷のユミルより遥かに明るく、星空はそれに押されるように薄いものとなっていた。少なくともここでは、星空を横切る天の川を視認することは出来ない。

 リィンと共にトワ会長からご飯を奢ってもらい明日も生徒会の手伝いをすることとなった相方のエレナは、Ⅶ組の教室にリュックを忘れたために取りに行っている最中である。そういえば、生徒会館に向かう時にエレナは何故かそそくさと先に教室を出て行ってしまっていた。思えばサラ教官にリィンと共に仕事を押し付けられたあの時、エレナはリュックを取りに教室に戻ってきたのだろう。

 

 ついさっき校舎の施錠しようとしていた用務員のガイラーさんに声をかけていたぐらいだから、まだまだ時間はかかるだろう。元気のない星空からもう殆ど消灯されている本校舎の尖塔部分の時計に目を移した時、ポケットの中の《ARCUS》の着信音が鳴った。

 

<――グーテンターク。我が愛しの教え子よ。どうやら会長に夕食をおごってもらったみたいね。それに両手に花だなんて中々羨ましいシュチュエーションじゃないの。――>

 

 こんな下らない事をまず通信の最初に言ってくる人なんて限られている。というより、Ⅶ組のメンバーは皆お互いに《ARCUS》の番号を交換しているものの、まだお互いに頻繁に連絡を取り合うほどの利用してはいないのだ。今回も勿論、サラ教官一人しかいない。

 リィンはその愛しの教え子をだまし討ちしてくれた事を毒づくが、これは今後のカリキュラムに関係のある事だと、サラ教官はいう。

 だが、彼はどうしても一つのことが気がかりになっていた。

 

「ですが、一つだけ――どうして、”俺とエレナ”なんですか?」

 

 そこでリィンは一拍置いて、さらに突き詰めるように続けた。

 

「クラス委員長はエマだし、副委員長はマキアスですよね? 身分で言うなら、ユーシスやラウラのような貴族出身者までいる――なのに何故、俺達なんですか?」

<――ふふっ……それは君はあのクラスの”重心”とでも言えるからよ。――>

「え……」

<――”中心”じゃないわ。あくまで”重心”よ。対立する貴族生徒と平民生徒、留学生までいるこの状況において君の存在はある意味”特別”だわ。それは否定しないわよね?――そしてあたしは、その”重心”にまずは働きかけることにした。Ⅶ組という初めての試みが今後どうなるかを見極めるために。それが理由よ。エレナに関しては――まぁ、頼まれたらあの子断られないでしょうし、一人より二人の方が何かと便利でしょ?――>

「エレナが断れない事をわかっててって中々酷い理由ですね。でもそれ以外にも理由はありそうですね?」

<――ふふっ、鋭いわね。でもそれを私が明かすのは教官としてのルール違反だし、ここら辺で勘弁して頂戴。――>

 

そこまでサラ教官は話すとすぐ直後になにやら、ぐっ……ぐっ……と飲み物が喉を通る音が導力波に乗ってリィンの耳に伝わってきた。

 

「……って教官。何を飲んでいるんですか?」

<――ビールよ。ビール。週末なのに部屋で一人寂しく一人酒に決まってるでしょうが。まったくもうダンディで素敵なオジサマの知り合いでもいたら一緒に飲みに行ってるんだけど。――>

「あのですね――」

 

 まったくこの人は教官としてどうなんだろうか、と一言二言文句でも言おうかとリィンは思ったのだが、その前にサラ教官の声に遮られる。

 

<――ま、あんまり深く考えずにやってみたら? どうやら”何か”を見つけようと少し焦ってるみたいだけど――まずは飛び込んでみないと”立ち位置”も見いだせないわよ?――>

 

「ごめんー、お待たせ!」

 

 本校舎から駆け寄ってくるエレナ。リィンが思ってたより早かったようだ。

 

<――ふふっ、そろそろお邪魔かしらね。あ、女の子と一緒だからって寮の門限までにはちゃんと帰ってくるのよー。入学直後に不純異性交遊とかで生徒指導のお世話になられると私も困るからね。まぁ、ぶっちゃけバレなかったら許可してあげても――>

「帰・り・ま・す。」

 

 またもや下らない事を言い始めるサラ教官に呆れ、話の途中だがリィンは通信を切った。

 

「どうしたの? 誰かと《ARCUS》で通信してたみたいだけど?」

「ああ……サラ教官なんだけど。なんか変な事言ってきたから……」

「あ、あはは…」

 

 苦笑いするエレナ。二人は第三学生寮までの短い道のりについた。

 

「いやー、でも会長にはおご馳走になっちゃったね――お腹いっぱいいっぱい」

「ああ、そうだな。エレナ、結構食べてたよな。えっと――潮風のスープパスタだったか?」

「うんうん。船乗りの食事って感じで作るのは結構簡単なのに、すっごく美味しいんだよね。懐かしくなっちゃうな」

「はは、エレナの故郷の味だったりするのか?」

「まあ、それに近いかなぁ」

「なるほどな」

 

 そこで会話はとまった。エレナは少し俯いており食事の話をしていた時と比べて、明らかに元気はない。

 歩きながら数分、もう駅前の公園を抜け第三学生寮が視界に入った頃、エレナは俯くのをやめて笑って話し始めた。

 それはリィンでなくても、誰もが分かる程明らかな空元気であったのだが。

 

「…そういえば、さ。みんな水臭いよ? 生徒会のお手伝いをしようって話してたの私、知らなかったよー?」

 

 そんなに頼りないかなぁ……とエレナは続けて呟いた。

 リィンは遂に合点がいった。エレナが生徒会室から表情を曇らせていたのは、”生徒会の手伝い”がⅦ組みんなで決めた事だと勘違いしていた為だった。

 元はといえば生徒会室でトワ会長に聞かれた際に、機転を利かせてそのまま肯定した為に生じた勘違いしたのだろうし、少し責任を感じるリィンであった。

 

「……あれは、その。サラ教官に図られた……としか言い様がないな。」

「図られた……つまり、騙された罠に嵌められた的な? じゃあ、トワ会長の言っていたⅦ組のみんなが張り切ってるっていうのは……嘘? サラ教官の」

「ああ、そうだ」

 

 リィンの顔を見つめながら、目を丸くするエレナ。先程まで曇っていたその表情が分かりやすく安堵に満たされてゆく。

 

「はは……よかったぁ……。あーあ、ちょー悩んでたのに! もー、サラ教官めー! 朝の仕返しだとしても酷い!」

 

 エレナの言う”朝の仕返し”はリィンには分からなかったが、少なくても元気になってくれた様で安心した。しかし、エレナの勘違いにおいてはあまりサラ教官は原因の大元ではあるものの、どちらかというと生徒会室でリィンが肯定したのが一番の原因であるのだが――まぁ、何かややこしそうな事になりそうな気がしたリィンはその事を口に出すのを控える。

 こうして二人は士官学院に入って初めての自由行動日を迎えることになるのであった。

 




こんばんは、rairaです。
ルーアン風『潮風のスープパスタ』の出典は空の軌跡SCになります。酒場《アクアロッサ》の大皿料理ですね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

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